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平成30年3月28日判決言渡
平成29年(行ケ)第10176号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成30年3月14日
判決
原告株式会社KALBAS
同訴訟代理人弁護士櫻林正己
同訴訟代理人弁理士後呂和男
寺尾泰一
中山英明
被告日本情報開発株式会社
同訴訟代理人弁護士山﨑順一
同訴訟代理人弁理士林實
主文
1特許庁が無効2017-800011号事件について平成29年8
月21日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
本件は,原告が請求した特許無効審判の不成立審決に対する取消訴訟である。争
点は,サポート要件(特許法36条6項1号)違反の有無及び進歩性の有無につい
ての判断の当否である。
1手続の経緯
被告は,平成27年3月20日(以下,「本件原出願日」という。)に出願された
実用新案登録第3198127号に基づいて,平成28年1月21日に出願され(特
願2016-21270号),同年11月11日に設定登録がされた特許(以下,「本
件特許」という。特許第6035579号。発明の名称「登記識別情報保護シール」)
の特許権者である(甲10,乙8)。
原告は,平成29年1月30日,本件特許の無効審判請求をしたところ(無効2
017-800011号),特許庁は,平成29年8月21日,「本件審判の請求は,
成り立たない。」との審決をし,同審決謄本は,同月31日に原告に送達された。
2本件発明の要旨
本件特許の請求項1~4に係る発明(以下,それぞれ「本件発明1」~「本件発
明4」といい,まとめて「本件発明」という。)は,次のとおりである。
(本件発明1)
登記識別情報通知書の登記識別情報が記載されている部分に貼り付けて登記識別
情報を隠蔽・保護するための,一度剥がすと再度貼り直しできない登記識別情報保
護シールであって,前記登記識別情報保護シールを構成する粘着剤層の少なくとも
前記登記識別情報に接触する部分には前記登記識別情報通知書に粘着しない非粘着
領域を有することを特徴とする登記識別情報保護シール。
(本件発明2)
前記非粘着領域は,前記登記識別情報が記載されている部分を囲む矩形領域であ
ることを特徴とする請求項1記載の登記識別情報保護シール。
(本件発明3)
前記非粘着領域は,前記登記識別情報が記載されている部分を囲む任意の多角形
領域であることを特徴とする請求項1記載の登記識別情報保護シール。
(本件発明4)
前記非粘着領域は,コーナー部にR面取りなどの面取りがされていることを特徴
とする請求項2乃至3いずれか1項記載の登記識別情報保護シール。
3審決の理由の要旨
(1)原告が主張した無効理由
ア無効理由1
請求項1において,「一度剥がすと再度貼り直しできない」と機能的に記載され
た発明特定事項を含んで特定される発明は,発明の詳細な説明に記載した範囲を超
えるものであるから,本件発明1~4は,特許法36条6項1号の規定する要件を
満たしておらず,その特許は同法123条1項4号の規定に該当し,無効とすべき
ものである。
イ無効理由2
本件発明1~4は,甲1及び甲2に記載された発明,又は甲1及び甲3に記載さ
れた発明に基づいて,出願前に,当業者が容易に発明をすることができたものであ
るから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,
その特許は同法123条1項2号の規定に該当し,無効とすべきものである。
(2)無効理由1についての判断
本件特許の明細書(以下,図面と併せて「本件明細書」という。)の発明の詳細
な説明の記載からすると,本件発明の課題は,「登記識別情報通知書記載の登記識
別情報を有効に隠蔽・保護するとともに,何度も登記識別情報保護シールの剥離作
業を行っても登記識別情報が読み取り不能になることのない登記識別情報保護シー
ルを提供すること」にある。
そして,上記課題を解決する手段として,本件明細書の発明の詳細な説明には,
「登記識別情報保護シールを構成する粘着剤層が,登記識別情報の上に堆積しない
ように,粘着剤層の内部に登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域を設けるこ
と」を採用したと記載されている。
一方,本件発明は,上記課題を解決する手段として,「登記識別情報保護シール
を構成する粘着剤層の少なくとも登記識別情報に接触する部分には登記識別情報通
知書に粘着しない非粘着領域を有すること」と特定するものである。
そうすると,本件発明の上記課題を解決する手段と本件明細書の発明の詳細な説
明に記載された上記課題を解決する手段とは,実質的に対応しているといえる。
なお,本件発明の「一度剥がすと再度貼り直しできない」との発明特定事項は,
本件原出願日前に,当業者においてよく知られた事項である。
したがって,請求項1の記載は,発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発
明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから,特許法36条6項1号
の規定に適合するものである。
(3)無効理由2についての判断
ア引用発明の認定
(ア)特開2007-52379号公報(甲1。以下,「甲1文献」という。)
記載の発明(以下,「甲1発明」という。)
「登記識別情報通知書が法務局から下付された際に登記識別情報を秘匿していた
目隠しシールを前記登記識別情報通知書から剥がした後に前記登記識別情報を秘匿
するための一度剥がすと貼り直しができない登記識別情報保護シール。」
(イ)特開2010-260184号公報(甲2。以下,「甲2文献」とい
う。)記載の発明(以下,「甲2発明」という。)
「上面に情報が複写記録される複写記録領域を有する第1のシートと,
上記複写記録領域の周辺部において第1のシートに対して貼着されて上記複写記
録領域を覆い,上記複写記録領域に対応する上面が非複写記録面に形成されること
により,上記第1のシートの複写記録領域に記録された情報を隠蔽するとともに,
複写記録領域に対応する部分が除去可能な除去領域に形成された第2のシートと,
上記第1のシート及び第2のシートの上に離脱可能に積層され,上記第1のシー
トの複写記録領域に対応する部分に,上記複写記録領域に複写記録する情報を記録
する情報記録領域が設けられた第3のシートとを備え,
上記第2のシートは,少なくとも上記複写記録領域及びその周囲の貼着領域を覆
う大きさ形状に形成され,裏面の周辺部に接着剤層が形成されて貼着領域において
第1のシートに貼着されており,
上記第2のシートには,貼着領域に対応して接着剤層が設けられた帯状領域の内
側に,容易に切り離すことができる切断線としてのミシン目が環状に設けられ,こ
のミシン目の内側が,容易に除去可能な除去領域に形成されており,
上記第1のシートに隠蔽された情報を閲覧する場合には,第2のシートの除去領
域をミシン目を切断することにより剥離除去すると,複写記録領域が露呈して複写
記録された情報を閲覧することができ,このとき,第2のシートはミシン目から切
断してしまうので,再び第1のシートに貼着することはできず,情報の漏洩を防止
する情報隠蔽記録シート。」
(ウ)実願昭61-189006号(実開昭63-92774号)のマイク
ロフィルム(甲3。以下,「甲3文献」という。)記載の発明(以下,「甲3発明」
という。)
「被着体の情報表示部を視認不能に覆う不透明部を備えたシート体から成り,前
記情報表示部の周部に位置して前記シート体に剥離可能な印刷層を形成すると共
に,該印刷層上に該シート体を被着体に接着するための感圧性接着剤層を積層して
成り,
シート体を被着体より剥離すると,印刷層はシート体に対して剥離可能である一
方,感圧性接着剤層に接着されているから,引き剥がされるシート体に追従するこ
となく,該印刷層の少なくとも一部は接着剤層上に転移して,シート体を被着体に
再度接着させようとしても,シート体は前記剥離された印刷層上には接着せず分離
状態にあり,元の状態には復帰しない秘密保持シート。」
イ本件発明1について
(ア)本件発明1と甲1発明との対比
(一致点)
「登記識別情報通知書の登記識別情報が記載されている部分に貼り付けて登記識
別情報を隠蔽・保護するための,一度剥がすと再度貼り直しできない登記識別情報
保護シールであって,前記登記識別情報保護シールを構成する粘着剤層を有する登
記識別情報保護シール。」
(相違点)
本件発明1は,「粘着剤層の少なくとも登記識別情報に接触する部分には登記識
別情報通知書に粘着しない非粘着領域を有する」のに対し,甲1発明は,そのよう
なものではない点。
(イ)相違点の判断
a登記識別情報保護シールにおいて,登記識別情報保護シールを登記
識別情報通知書に何度も貼り付け,剥離することを繰り返すと,粘着剤層が多数積
層して,登記識別情報が読み取れにくくなるという課題(以下,「本件課題」とい
う。)は,周知の課題であるから,甲1発明において内在する自明の課題といえる
が,甲1発明には,本件課題を解決するための手段は示されていない。
甲2発明には,「(秘密)情報通知書に貼り付けるために外周部に接着剤層を設
け,(秘密)情報通知書の複写記録領域に記録された情報(秘密情報)に対応する
部分(領域)には,接着剤層を設けていない秘密情報保護シール」が示されている
といえる。ところで,甲2文献には,本件課題は記載も示唆もされていない。また,
甲2発明は,第2のシートの裏面の周辺部に接着剤層を第1のシートの貼着領域に
貼着して,第1のシートの複写記録領域に記録された情報を隠蔽し,第2のシート
の第1のシートの複写記録領域に対応する除去領域を切断線としてのミシン目を切
断することにより剥離除去して,第1のシートに隠蔽された情報を閲覧するもので
あって,接着剤層の部位を剥がすものでなく,本件発明や甲1発明とは,その前提
において異なる。また,甲2発明は,例えば,請求書に使用するもので,第1のシ
ートに貼着された第2のシートを剥離除去して,複写記録された情報を閲覧するも
のであって,再度,そのような第1のシートに新たな第2のシートを貼着して使用
することは想定していない。そうすると,甲2発明において,第2のシートを第1
のシートに何度も貼り付け,剥離することを繰り返すと,接着剤層が多数積層して,
閲覧する複写記録された情報が読み取れにくくなるといった課題が,自明であると
はいえない。
また,甲1発明は,登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り
付け,剥離することを繰り返しても,登記識別情報が解読不能とならなくするため
の機能,作用を有するものではない。
したがって,甲1発明に甲2発明を適用する動機付けはない。また,相違点に係
る本件発明1の発明特定事項が,当業者にとって設計事項であるとする根拠もない。
甲1発明において,他に相違点に係る本件発明1の発明特定事項を備えるものとす
ることを,当業者が容易に想到し得たといえる根拠も見当たらない。
よって,甲1発明において,甲2発明を適用することにより,相違点に係る本件
発明1の発明特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得るものではない。
b甲3発明には,「(秘密)情報通知書に貼り付けるために外周部に
印刷層,及び感圧性接着剤層を設け,(秘密)情報通知書の情報表示部に記載され
た秘密情報に対応する部分(領域)には,感圧性接着剤層を設けていない秘密情報
保護シール」が示されている。
ところで,甲3文献には,本件課題は記載も示唆もされていない。また,甲3発
明は,例えば,個人情報(秘密情報)が記載された葉書に使用し,被着体に接着さ
れたシート体を剥離して,情報表示部に記載された秘密情報を閲覧するもので,再
度,当該被着体に新たなシート体を接着して使用することは想定していない。
そうすると,甲3発明において,シート体を被着体に何度も貼り付け,剥離する
ことを繰り返すと,感圧性接着剤層が多数積層して,閲覧する秘密情報が読み取れ
にくくなるといった課題が,自明であるとはいえない。
また,甲1発明は,登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り
付け,剥離することを繰り返しても,登記識別情報が解読不能とならなくするため
の機能,作用を有するものではない。
したがって,甲1発明に甲3発明を適用する動機付けはない。また,上記相違点
に係る本件発明1の発明特定事項が,当業者にとって設計事項であるとする根拠も
ない。甲1発明において,他に相違点に係る本件発明1の発明特定事項を備えるも
のとすることを,当業者が容易に想到し得たといえる根拠も見当たらない。
よって,甲1発明において,甲3発明を適用することにより,相違点に係る本件
発明1の発明特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得るものではない。
ウ本件発明2~4について
本件発明2~4は,本件発明1の発明特定事項をその発明特定事項の一部とする
ものであって,本件発明1が,当業者にとって容易に発明することができたものと
はいえないのであるから,同様に本件発明2~4は,当業者が容易に発明すること
ができたものとはいえない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(サポート要件違反)
本件発明1は,被告の主張によると,「保護シールは,登記識別情報に対応する部
分の周辺に強粘着層が形成されているが,登記識別情報に対応する部分については,
のり殺しの技術により,非粘着の構成になっている」という例(以下,「被告主張包
含例」という。)を含み,審決が認定したように「一度剥がすと再度貼り直しできな
い」登記識別情報保護シールが,本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記
載された発明に限定されると解する根拠はない。
そして,被告主張包含例では,粘着層は保護シートに対しても強い粘着力を有し
ているから,登記識別情報に接する部分に粘着層(強粘着層)を設けることは元々
できない。なぜなら,そのようにした場合,登記識別情報を確認できないからであ
る。そうすると,被告主張包含例では,本件課題自体が生じず,本件課題を解決で
きる範囲を超えた発明が本件特許の請求項1に記載されており,同請求項1の記載
は本件明細書の記載を超えるものであるから,サポート要件違反である。
2取消事由2(甲1発明及び甲3発明に基づく相違点の判断の誤り)
(1)本件発明1と甲1発明との相違点は,本件発明1は,「粘着剤層の少なく
とも登記識別情報に接触する部分には登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域
を有する」のに対し,甲1発明は,「粘着剤層の形成が,シートの全面についてなの
か,その一部なのかが明らかではない点」である。
(2)本件課題は,当業者における周知の課題であり,甲1発明に内在する自明
の課題であった。また,特開2002-55618号公開公報(甲12)には,積
層フィルムを情報隠蔽用に使用した場合,情報部分にも脆質着色層が残り,情報の
確認がしにくく,誤認する恐れがあるという本件課題の示唆,及び,情報を覆う部
分は非接着状態にするという本件課題の解決手段の示唆が認められる。
(3)本件原出願日当時,当業者は,各種の周知の粘着技術,粘着量を調整する
周知の技術を使用して,保護シールの範囲に応じて,粘着力を調整し,粘着力をゼ
ロにして粘着しないようにし,粘着の範囲を変えるなどして,各種プライバシー等
秘密情報保護のためのシールを開発,販売していた(甲11~14)から,秘密情
報保護シールの秘密情報部分を非粘着領域とし,その周囲部分を粘着性を残したま
まにする構成は,周知慣用技術であった。
当業者が,秘密情報を保護するシールという同じ技術分野である甲3発明に接し
たとき,秘密情報を保護するシールであるという共通の課題を有する背景に基づい
て,周辺にしか「接着層・印刷層」を形成せず,秘密情報に対応する部分について
「非粘着領域」とする構成によって,本件課題が解決されることを認識する。
したがって,甲1発明に甲3発明を組み合わせて,本件発明1の構成に至ること
は容易想到である。
(4)審決は,課題の共通性について,本件課題が主引用例と副引用例に開示さ
れ,かつ,それが共通しないと組み合わせることは容易ではないと解し,甲1文献
及び甲3文献が本件課題を明示していないから,組合せの動機付けがないと判断し
た。
しかし,組合せの容易性判断における課題は,常に,請求項に係る発明の課題が,
主引用例及び副引用例の双方に明示的に開示されていなければならないものではな
い。
3取消事由3(甲1発明及び甲2発明に基づく相違点の判断の誤り)
(1)情報表示部を保護するに際し,周辺部で接着して剥がれないようにした上
で,情報を保護するために,その部分について粘着剤層を設けない,又は,粘着剤
層の粘着力を無効化するという構成は,当業者における周知慣用技術である。そし
て,甲1発明において,粘着剤層が積層することにより,その下の情報が読み取り
にくくなるという課題は自明であるから,秘密情報保護シールという同一技術分野
の,秘密情報を保護するという課題が共通する甲2発明の構成を採用することは,
当業者において容易になし得る事項である。
(2)被告の主張によると,本件発明1は,被告主張包含例を含むところ,甲1
発明にについて,甲2発明の「情報に対応する部分には粘着剤層を設けない」構成
を採用すると,本件発明に至る。
そして,甲2発明の構成を甲1発明の登記識別情報保護シールに適用することに
ついて何らの困難性も認められないし,効果の予測可能性も認められる。
4取消事由4(本件発明2~4に関する相違点の判断の誤り)
審決は,本件発明1について無効理由が認められないことから,本件発明2~4
について無効理由がないと判断している。
しかし,本件発明1について,無効理由がないとする審決の判断には誤りがある
から,審決の上記判断についても誤りがある。
第4被告の主張
1取消事由1について
特許法36条6項1号の要求を満たすか否かは,専ら,請求項の記載と明細書の
発明の詳細な説明の記載との対比により判断されるべき事項であるから,本件特許
の請求項にも本件明細書にも記載のない被告主張包含例を持ち出すことによって,
サポート要件を論じることは,失当である。特定の登記識別情報保護シールが本件
発明の技術的範囲に含まれるか否かは,別途検討されるべき事項である。
特許発明の技術的範囲は,請求項の記載により定められるのであり(特許法70
条),均等侵害が認められることをも考慮すると,本件明細書に記載された実施例の
態様のみに限定されるものではない。
2取消事由2及び3について
(1)本件課題は,甲1文献には,全く記載も示唆もされていない。また,本件
課題が本件原出願日前に周知であることを示す証拠はない。甲9のブログは,登記
情報保護シールの利用者である司法書士によるものであり,登記識別情報保護シー
ルの製造・販売業者が本件課題を認識していたことを示すものではない。登記識別
情報保護シールの製造・販売業者らは,登記識別情報制度発足から本件原出願日ま
での約10年間,本件課題を認識していなかったから,これを解決する機能,作用
を有する保護シールの構造について何らの発明も考案も行っていなかった。
(2)本件課題は,登記識別情報通知書において情報保護シールを何度も貼り付
け,剥離することを繰り返すと,粘着剤層が多数層積層して,登記識別情報が読み
取れにくくなるという登記識別情報保護シールに固有の課題である。これは,登記
識別情報通知書という,不動産所有権に関わる重要書類で登記手続において何度も
繰り返し使用され,そこに記載された登記識別情報の保護シールがその度に剥離さ
れ,再貼付されるという,特殊な文書に使用するためのものであることにより生じ
る特殊な課題であって,甲2発明や甲3発明におけるような一度だけ剥がしただけ
でその目的を達成するシールの情報の確認困難という課題とは全く異なるものであ
る。したがって,不動産登記実務,とりわけ登記識別情報通知書と保護シールの取
扱い実務についての知識のない一般的なシール製造・販売業者にあっては容易に認
識できるような課題ではない。
(3)仮に,甲1発明において本件課題が内在する自明の課題であったとしても,
甲1文献には本件課題の解決手段が示されておらず,甲2発明及び甲3発明は,「何
度も貼り付け,剥離することを繰り返す」ことを想定するものではなく,本件課題
解決の機能,作用を有しない。したがって,甲1発明に甲2発明又は甲3発明を適
用する動機付けはない。
3取消事由4について
上記2と同様,原告の主張には理由がない。
第5当裁判所の判断
1本件発明の概要
(1)本件明細書(甲10,乙8)には,以下の記載がある。
【技術分野】【0001】本発明は,登記識別情報を保護する登記識別情報保護シ
ールに関する。
【背景技術】【0002】不動産の登記識別情報は,登記済証に代えて発行される,
アラビア数字その他の符号の組み合わせからなる12桁の符号である。登記識別情
報は,不動産及び登記名義人となった申請者ごとに定められ,登記名義人となった
申請者のみに通知されるものである。登記識別情報は,その提供者が登記名義人本
人であることを登記所に確認させるための暗証番号のようなものとされている。従
って,登記識別情報の12桁の符号を示せば,不動産の所有者として登録申請を行
うことができ,登記識別情報を第三者に盗み見られないよう厳重に保管・管理する
必要がある。
【0003】現在,登記識別情報通知書により登記識別情報が通知される。
図7は登記識別情報通知書700の見本である。登記識別情報710は登記識別
情報通知書700の下部に12桁の符号720とQRコード730とで構成されて
いる。登記識別情報通知書700は,登記識別情報710の上に目隠しシール74
0を貼って申請者に交付される(以下シール方式という)。この目隠しシール740
は一度剥がすと再度貼り付けることができないため,登記識別情報710の隠蔽・
保護が図られる。今後,登記識別情報通知書は,シール方式を改め,図8に示す折
り込み方式(登記識別情報810を記載した部分が隠れるよう,A4サイズの用紙
(登記識別情報通知書800)の下部の折り込み部840を折り込んで当該登記識
別情報810を被覆し,その縁をのり付けする方法)に変更される。
【図7】
【図8】
【0004】登記識別情報を確認する場合,シール方式では,目隠しシール74
0を剥がし,登記識別情報110を読み取る。折り込み方式では,折り込んだ部分
に設けたミシン目から折り込み部分840を切り剥がし,登記識別情報810を確
認する。いずれの方式においても,一度でも登記識別情報を確認してしまうと登記
識別情報を再度隠蔽・保護することができず,第三者に容易に盗み見られる状態に
なってしまう。上記状態になった登記識別情報通知書の登記識別情報記載部分に貼
り付けて登記識別情報を隠蔽・保護するための登記識別情報保護シールが提案され
ている。当該登記識別情報保護シールも,一度剥がしてしてしまうと貼り直しがで
きないシールである。
【0005】図9は従来の登記識別情報保護シール900を示したものである。
この登記識別情報保護シール900を,例えば,図7に示す登記識別情報通知書7
00の目隠しシール740を剥した後の登記識別情報710記載部分に粘着剤層9
20を介して張り付ければ,登記識別情報710を隠蔽・保護することができる。
登記識別情報保護シール900は保護シール層910と粘着剤層920とで構成さ
れる。粘着剤層920は保護シール層910に対する部分と,登記識別情報通知書
700に貼り付けられる部分とでは性質が異なり,保護シール層910に対する部
の粘着力は非常に弱く,登記識別情報保護シール900を剥がすと保護シール層9
10のみが剥離し,粘着剤層920は登記識別情報通知書700に残留する。粘着
剤層920と保護シール層910との粘着力が弱いので,保護シール層910を再
度貼り直すことができないようになっている。
【図9】
【発明の概要】【発明が解決しようとする課題】【0006】司法書士,銀行など
では登記識別情報を何度も使用する場合がある。その都度,前記登記識別情報保護
シール900を剥がして登記識別情報710を確認し,その後新しい登記識別情報
保護シール900を登記識別情報通知書700の登記識別情報710記載部分に貼
り付けて登記識別情報710を隠蔽・保護する作業を行う。図10は登記識別情報
保護シール900を何度も貼り付け,剥離を繰り返した後の登記識別情報通知書7
00の登記識別情報710記載部分の断面を模式的に現したものである。図10に
示すように,粘着剤層910が何層にもわたって堆積していることが分かる。粘着
剤層910が着色されていたり透明度が低い場合,粘着剤層910が多数積層する
と登記識別情報710が読み取れなくなる場合がある。
【図10】
【0007】本発明は,上記従来の不都合を改善するために案出されたものであ
り,登記識別情報通知書記載の登記識別情報を有効に隠蔽・保護するとともに,登
記識別情報が読み取り不能になることのない登記識別情報保護シールを提供するこ
とを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】【0008】本発明の登記識別情報保護シールは,
登記識別情報通知書の登記識別情報が記載されている部分に貼り付けて登記識別情
報を隠蔽・保護するための一度剥がすと再度貼り直しできない登記識別情報保護シ
ールであって,登記識別情報保護シールを構成する粘着剤層の少なくとも登記識別
情報に接触する部分には登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域を有すること
を特徴とするものである。本発明は,前記非粘着領域は,前記登記識別情報が記載
されている部分を囲む矩形領域であることを特徴とするものである。本発明は,前
記非粘着領域は,前記登記識別情報が記載されている部分を囲む任意の多角形領域
であることを特徴とするものである。本発明は,前記非粘着領域は,コーナー部に
R面取りなどの面取りがされていることを特徴とするものである。
【発明の効果】【0009】本発明では,第三者に盗み見られないよう厳重に保管・
管理する必要がある登記識別情報を隠蔽・保護できるとともに,何度も登記識別情
報保護シールの剥離作業を行っても登記識別情報が解読不能とならない。
【発明を実施するための形態】【0011】・・・図1に示すように,登記識別情
報保護シール100は,保護シール層110と粘着剤層120で構成する。図1下
方の下面図に示すように,粘着剤層120の内部には,矩形の非粘着領域130が
設けられている。本実施例では,非粘着領域130は粘着剤が存在しない領域とし
ている。
【図1】
【0012】登記識別情報通知書200を開封し登記識別情報210を確認した
後,図2に示すように登記識別情報通知書200の登記識別情報記載部の上部に,
登記識別情報保護シール100を張り付けることで,登記識別情報210を再度隠
蔽・保護することができる。その際,非粘着領域130の内部に登記識別情報21
0が位置するように,任意の位置決め手段により位置決めを行う。現在,登記識別
情報210は12桁の符号220とQRコード230とで構成されているが,将来
その内容・構成が変更される可能性がある。
【図2】
【0013】司法書士,銀行などでは登記識別情報210を何度も使用する場合
がある。その都度,登記識別情報保護シール100を剥がして登記識別情報210
を確認し,その後新しい登記識別情報保護シール100を登記識別情報通知書20
0の登記識別情報210記載部分に貼り付けて登記識別情報210を隠蔽・保護す
る作業を行う。図3は,登記識別情報通知書200から登記識別情報保護シール1
00を剥がした状態を示したものである。登記識別情報保護シール100の粘着剤
層120は,保護シール層110側の粘着力は弱く,貼り付ける登記識別情報通知
書200側の粘着力は強くされているので,登記識別情報保護シール100を剥が
すと,粘着剤層120は登記識別情報通知書200に転写され,保護シール層11
0だけが剥ぎ取られる。転写された粘着剤層120は登記識別情報210の上に重
なることはない。また,一度剥がした登記識別情報保護シール100の保護シール
層110は,再度貼り直すことができないので,登記識別情報210を第三者に容
易に盗み見られることを防止できる。
【図3】
【0014】登記識別情報210を何度も使用すると上記作業を繰り返すことに
なり,結果,図4に示すように粘着剤層120積み上がるが,登記識別情報210
の上には粘着剤層120が堆積しないので,たとえ粘着剤層120が着色されてい
たり,透明度が低い物質で構成されていたとしても,登記識別情報210が判読不
能になることがない。
【図4】
【0015】上記実施例では,非粘着領域130は粘着剤が存在しない領域とし
たが,非粘着領域130を非粘着物質で構成しても良い。
【0016】非粘着領域130の形状は,図5に示すような任意の多角形として
も良い。また,図6に示すようにコーナー部にR面取りなどの面取りを施しても良
い。
【図5】
【図6】
(2)以上から,本件発明は,以下のとおりのものと認められる。
本件発明は,登記識別情報を保護する登記識別情報保護シールに関する(【000
1】)。
不動産の登記識別情報は,第三者に盗み見られないよう厳重に保管・管理する必
要がある。登記識別情報は,従来はシール方式,今後は折り込み方式を用いて登記
識別情報を隠した状態で登記識別情報通知書により申請者に交付されるが,一度で
も登記識別情報を確認してしまうと,いずれの方式においても,登記識別情報を再
度隠蔽・保護することができなくなる。(【0002】~【0004】)
そのため,登記識別情報を確認した後に再度登記識別情報通知書の登記識別情報
記載部分に貼り付けて登記識別情報を隠蔽・保護するための,一度剥がしてしまう
と貼り直しができない登記識別情報保護シールが提案されている(【0004】)。
従来の登記識別情報保護シールは,保護シール層と粘着剤層とで構成されており,
粘着剤層の保護シール層に対する部分と,登記識別情報通知書に貼り付けられる部
分とでは性質が異なり,保護シール層に対する部分の粘着力は弱いため,登記識別
情報保護シールを剥がすと保護シール層のみが剥離し,粘着剤層は登記識別情報通
知書に残留する。保護シール層を再度貼り直すことはできない。したがって,登記
識別情報を何度も使用して,登記識別情報保護シールを何度も貼り付け,剥離する
ことを繰り返すと,登記識別情報通知書の登記識別情報記載部分に粘着剤層が何層
にもわたって堆積し,登記識別情報が読み取れなくなる場合がある。(【0005】,
【0006】)
本件発明は,登記識別情報通知書記載の登記識別情報を有効に隠蔽・保護すると
ともに,登記識別情報が読み取り不能になることのない登記識別情報保護シールを
提供することを目的とし,登記識別情報通知書の登記識別情報が記載されている部
分に貼り付けて登記識別情報を隠蔽・保護するための一度剥がすと再度貼り直しで
きない登記識別情報保護シールであって,登記識別情報保護シールを構成する粘着
剤層の少なくとも登記識別情報に接触する部分には登記識別情報通知書に粘着しな
い非粘着領域を有することを特徴とする(【0007】【0008】)。
本件発明の登記識別情報保護シールは,登記識別情報を何度も使用しても,登記
識別情報の上には粘着剤層が堆積しないので,登記識別情報が判読不能になること
がない。また,一度剥がした登記識別情報保護シールの保護シール層は,再度貼り
直すことができないので,登記識別情報を第三者に容易に盗み見られることを防止
できる。(【0013】【0014】)
2取消事由1(サポート要件違反)について
(1)特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特
許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載
された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載に
より当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,
また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課
題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきもので
あり,明細書のサポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負うと解するのが相
当である(知財高裁平成17年11月11日判決,平成17年(行ケ)第1004
2号,判例時報1911号48頁参照)。
(2)本件明細書の発明の詳細な説明の記載によると,本件発明は,前記1(2)
のとおり,再度貼り直すことができない登記識別情報保護シールを,何度も貼り付
け,剥離することを繰り返すと,登記識別情報通知書の登記識別情報記載部分に粘
着剤層が何層にもわたって堆積し,粘着剤層が多数積層すると登記識別情報が読み
取れなくなる場合があるという本件課題を解決する手段として,登記識別情報通知
書の登記識別情報が記載されている部分に貼り付けて登記識別情報を隠蔽・保護す
るための一度剥がすと再度貼り直しできない登記識別情報保護シールを構成する粘
着剤層の少なくとも登記識別情報に接触する部分には登記識別情報通知書に粘着し
ない非粘着領域を有するという構成を採用したものであり,登記識別情報を何度も
使用しても,登記識別情報の上には粘着剤層が堆積しないので,登記識別情報が判
読不能になることがないという効果が得られるものであると認められる。
他方,特許請求の範囲の請求項1には,「登記識別情報通知書の登記識別情報が記
載されている部分に貼り付けて登記識別情報を隠蔽・保護するための,一度剥がす
と再度貼り直しできない登記識別情報保護シール」であって,「前記登記識別情報保
護シールを構成する粘着剤層の少なくとも前記登記識別情報に接触する部分には前
記登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域を有する」という構成を有すること
が記載されており,この構成を採用することにより,登記識別情報を何度も使用し
ても,登記識別情報の上には粘着剤層が堆積しないので,登記識別情報が判読不能
になることがないという効果が得られることを当業者は認識できるから,本件発明
1は,発明の詳細な説明の記載により当業者が本件課題を解決できると認識できる
範囲のものということができる。
(3)原告は,被告主張包含例のように,何度貼り直しても粘着層が積層して,
登記識別情報が読み取りにくくなるという本件課題自体が生じないものが含まれる
から,本件特許の請求項1の記載は,本件明細書の記載を超えている,と主張する。
しかし,本件明細書によると,本件課題は,従来用いられていた登記識別情報保
護シールが有していた課題である。被告主張包含例において,登記識別情報に対応
する部分に,非粘着の保護シールではなく,粘着剤層と保護シール層との粘着力が
弱い保護シールを用いると,本件課題が生じ,その課題を解決するために,登記識
別情報に対応する部分を非粘着とすることが考えられるから,被告主張包含例にお
いて従来技術として本件課題を生じるものを想定することができる。したがって,
被告主張包含例から本件課題が生じないことは,上記(1)の判断を左右するものでは
なく,原告の主張には,理由がない。
(4)したがって,取消事由1には理由がない。
3取消事由2(甲1発明及び甲3発明に基づく相違点の判断の誤り)について
(1)甲1発明の認定
ア甲1文献には,以下の記載がある。
【請求項1】登記識別情報通知書が法務局から下付された際に登記識別情報を秘
匿していた目隠しシールを前記登記識別情報通知書から剥がした後に前記登記識別
情報を秘匿するための一度剥がすと貼りなおしが出来ない登記識別情報保護シール
であって,
前記登記識別情報保護シールを前記登記識別情報通知書に貼付する者が押印及び
又は署名をするための第一の領域と,
前記登記識別情報保護シールを前記登記識別情報通知書から剥がす者が押印及び
又は署名をするための第二の領域と
を表面に備えることを特徴とする登記識別情報保護シール。
【発明の詳細な説明】【技術分野】【0001】本発明は登記識別情報を保護する
ための登記識別情報保護シール,登記識別情報保護シールの使用履歴を把握するた
めの登記識別情報保護シール使用履歴書,登記識別情報保護シールの使用履歴を把
握するための登記識別情報保護シール使用履歴書綴り,登記識別情報保護シールを
印刷し,作成履歴を把握するための登記識別情報保護シール印刷システムに関する。
【背景技術】【0002】現在,登記識別情報通知という書面(以下,登記識別情
報通知書という)により登記識別情報が通知される。・・・
【0003】ここで,登記識別情報は登記を行う際に使用するものであり,この
登記識別情報が他人に知られてしまうと勝手に登記がされてしまう恐れがある。こ
のため,登記識別情報の管理は徹底する必要があり情報漏洩を防止する必要がある。
【0004】現在,登記識別情報通知書の登記識別情報が記載された領域・・・
には,いわゆる目隠しシールが貼られることにより登記識別情報が通知される。こ
の目隠しシールにより,登記識別情報の保護が図られる。
【0005】目隠しシールとは,一度剥がすと貼りなおしが出来ないシールであ
る。
【発明の開示】【発明が解決しようとする課題】【0006】しかし,司法書士,
銀行等においては登記識別情報を何度も用いる場合があり,登記識別情報を何度も
見る場合がある。目隠しシールは上述のように一度剥がすと貼りなおしが出来ない
ので,登記識別情報を一度見てしまうと登記識別情報を再度隠すことが出来ず,登
記識別情報の漏洩が問題となる。また,誰が登記識別情報を見たかの把握も難しい。
【課題を解決するための手段】【0008】上記課題を解決するため請求項1記載
の発明は,登記識別情報通知書が法務局から下付された際に登記識別情報を秘匿し
ていた目隠しシールを前記登記識別情報通知書から剥がした後に前記登記識別情報
を秘匿するための一度剥がすと貼りなおしが出来ない登記識別情報保護シールであ
って,前記登記識別情報保護シールを前記登記識別情報通知書に貼付する者が押印
及び又は署名をするための第一の領域と,前記登記識別情報保護シールを前記登記
識別情報通知書から剥がす者が押印及び又は署名をするための第二の領域とを表面
に備えることを特徴とする登記識別情報保護シールである。
【発明の効果】【0032】請求項1記載の発明によると登記識別情報保護シール
を登記識別情報通知書に貼り付けることで,登記識別情報を隠匿するので登記識別
情報を保護できる。また,登記識別情報保護シールには第一の領域及び第二の領域
が備わることにより,ここに押印等がされれば,登記識別情報保護シールを貼付し
た者,剥がした者を特定でき,また,登記識別情報保護シールは貼りなおしが出来
ないとすることで登記識別情報保護シールが貼られ,押印等がされている限り登記
識別情報が保護される。登記識別情報保護シールが剥がされた場合,登記識別情報
保護シールに押印等がされていない場合は不正に登記識別情報が見られた可能性が
あるというのが分かり,これにより登記識別情報が知らぬ間に漏洩し,不正な登記
がされることを防げる。さらに,登記識別情報保護シールは目隠しシール等に印刷
するだけで作成でき,初期投資額,ランニングコストが廉価である。
【図1】
【図2】
イ以上より,甲1発明は以下のとおりのものと認められる。
登記識別情報通知書に記載された登記識別情報は,他人に知られないよう管理す
る必要があるところ,司法書士,銀行等において何度も用いる場合があり,登記識
別情報の漏えいを防止し,誰が登記識別情報を見たのかを把握する必要がある(【0
002】,【0003】,【0006】)。そこで,登記識別情報通知書が法務局から下
付された際に登記識別情報を秘匿していた目隠しシールを登記識別情報通知書から
剥がした後に登記識別情報を秘匿するための一度剥がすと貼り直しができない登記
識別情報保護シールであって,登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に貼
付する者が押印及び署名をするための第一の領域と,登記識別情報保護シールを登
記識別情報通知書から剥がす者が押印及び署名をするための第二の領域とを表面に
備えることを特徴とする登記識別情報保護シールという構成を採用する(【000
8】)。これによって,登記識別情報を隠匿し,登記識別情報保護シールを貼付した
者,剥がした者を特定することができ,登記識別情報の漏洩及び不正な登記を防止
するという効果がある(【0032】)。
ウしたがって,甲1発明は,前記第2,3(3)ア(ア)のとおりのものと認め
られる。また,本件発明1と甲1発明を対比したときの一致点は,前記第2,3(3)
イ(ア)のとおりのものと認められ,相違点は,「本件発明1は,『粘着剤層の少なくと
も登記識別情報に接触する部分には登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域を
有する』のに対し,甲1発明は,『粘着剤層の形成が,シートの全面についてなのか,
その一部なのかが明らかではない』点。」である。
(2)相違点の判断
ア甲3発明の認定
(ア)甲3文献には,以下の記載がある。
①「2.実用新案登録請求の範囲
1.被着体の情報表示部を視認不能に覆う不透明部を備えたシート体から成り:
前記情報表示部の周部に位置して前記シート体に剥離可能な印刷層を形成すると共
に,該印刷層上に該シート体を被着体に接着するための感圧性接着剤層を積層して
成ることを特徴とする秘密保持シート。」(1頁5行~11行)
②「〔産業上の利用分野〕本考案は,葉書等の被着体に接着することにより,該被
着体に表示された情報を視認不能に覆う秘密保持シートに係り,該シートを一旦剥
離してしまうと,該シートを被着体に再度接着せしめても前記剥離による秘密漏洩
の事実を隠匿できないようにしたものに関する。」(1頁13行~19行)
③「〔従来の技術と問題点〕近年,種々の現金の受取りや,公共料金振替済等の個
人情報を通知する通知書が金融機関等より発行されている。このような通知書は,
一般的に,葉書又は封書により郵送されているが,封書の場合は高コストである。
従って,コスト的には葉書の方が有利であるが,前記個人情報が人目に触れる欠点
がある。」(1頁20行~2頁7行)
④「〔問題を解決するための手段〕前記問題点は,葉書の情報表示部をシート体に
より被覆することにより解決することができる。例えば,前記情報表示部を視認不
能に覆う不透明部を備えたシート体を葉書に接着すれば良い。この際,発信者の接
着作業を簡便ならしめるためには,予めシート体に感圧性接着剤層を備えておくの
が有利である。
然しながら,前記感圧性接着剤によるときは,第三者がシート体を葉書から剥離
して情報を取得した後,再度シート体を葉書に接着せしめるようなことがあっても,
受信者にはこの秘密漏洩の事実があったことを感知できないという新たな問題を提
起する。
このため,本考案は,前記の如きシート体であって,剥離による秘密漏洩の事実
を受信者に感知せしめる手段を具備せしめたものである。而して,本考案の秘密保
持シートは,被着体の情報表示部を視認不能に覆う不透明部を備えたシート体から
成り:前記情報表示部の周部に位置して前記シート体に剥離可能な印刷層を形成す
ると共に,該印刷層上に該シート体を被着体に接着するための感圧性接着剤層を積
層して成る点に特徴を有する。」(2頁8行~3頁11行)
⑤「(第1実施例)第1図乃至第3図に示す第1実施例において,被着体1として
は葉書を例示しており,シート体4としては該葉書と同形同大のフィルム状合成樹
脂シートを例示している。・・・シート体4を被着体1より剥離すると,第3図C及
び第2図に示すように,印刷層7はシート体4に対して剥離可能である一方,感圧
性接着剤層8に接着されているから,引き剥がされるシート体4に追従することな
く,該印刷層7の少なくとも一部は接着剤層8上に転移する。従って,シート体4
を被着体1に再度接着させようとしても,シート体4は前記剥離された印刷層7上
には接着せず分離状態にあり,元の状態には復帰しない。」(3頁15行~6頁19
行)



(イ)以上より,甲3発明は以下のとおりのものと認められる。
種々の現金の受取りや,公共料金振替済等の個人情報の通知を葉書で行う場合,
個人情報が人目に触れるという問題点がある(前記(ア)③)。これを解決するために,
葉書の情報表示部をシート体で被覆するが,そのシート体に感圧性接着剤層を備え
る場合,第三者がシート体を葉書から剥離して情報を取得した後,再度シート体を
葉書に接着させても秘密漏洩の事実を感知することができないという新たな問題が
生じる(前記(ア)④)。例えば,被着体の情報表示部を視認不能に覆う不透明部を備
えたシート体から成り,情報表示部の周部に位置してシート体に剥離可能な印刷層
を形成するとともに,印刷層上にシート体を被着体に接着するための感圧性接着剤
層を積層して成り,シート体を被着体より剥離すると,印刷層はシート体に対して
剥離可能である一方,感圧性接着剤層に接着されているから,引き剥がされるシー
ト体に追従することなく,印刷層の少なくとも一部は接着剤層上に転移して,シー
ト体を被着体に再度接着させようとしても,シート体は剥離された印刷層上には接
着せず分離状態にあり,元の状態には復帰しない秘密保持シートは,前記新たな問
題を解決することができる(前記(ア)④~⑧)。
(ウ)したがって,甲3発明は前記第2,3(3)イ(イ)bのとおりのものと認
められる。
イ甲1発明に甲3発明を適用する動機付け
登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け,剥離すること
を繰り返すと,粘着剤層が多数積層して,登記識別情報を読み取りにくくなるとい
う登記識別情報保護シールにおける本件課題は,登記識別情報保護シールを登記識
別情報通知書に何度も貼り付け,剥離することを繰り返すと必然的に生じるもので
あって,登記識別情報保護シールの需要者には当然に認識されていたと考えられる。
現に,本件原出願日の5年以上前である平成21年9月30日には,登記識別情報
保護シールの需要者である司法書士に認識されていたものと認められる(甲9)。
そして,登記識別情報保護シールの製造・販売業者は,需要者の要求に応じた製品
を開発しようとするから,本件課題は,本件原出願日前に,当業者において周知の
課題であったといえる。
そうすると,本件課題に直面した登記識別情報保護シールの技術分野における当
業者は,フィルム層(粘着剤層)の下の文字(登記識別情報)が見えにくくならな
いようにするために,粘着剤層が登記識別情報の上に付着することがないように工
夫するものと認められる。甲3発明と甲1発明は,秘密情報保護シールであるとい
う技術分野が共通し,一度剥がすと再度貼ることはできないようにして,秘密情報
の漏洩があったことを感知するという点でも共通する。したがって,甲1発明に甲
3発明を適用する動機付けがあるといえる。
甲1発明に甲3発明を適用すると,粘着剤層が登記識別情報の上に付着すること
がなくなり,本件課題が解決される。したがって,甲1発明において,甲3発明を
適用し,相違点に係る構成とすることは,当業者が容易に想到するものと認められ
る。
ウ被告の主張について
(ア)被告は,本件課題が,甲1発明の課題として周知であることを示す証
拠はない,と主張するが,前記イのとおり,採用できない。
(イ)被告は,本件課題は,登記識別情報保護シールにおける特殊な課題で
あって,甲3発明のような一度剥がしただけでその目的を達成するシールの情報の
確認困難という課題とは異なるから,一般的なシールの製造・販売業者が容易に認
識できるものではない,と主張する。
しかし,本件発明1及び甲1発明は,いずれも登記情報保護シールであり,当業
者として想定されるべきであるのは,登記情報保護シールの製造・販売業者である
ところ,前記イのとおり,登記情報保護シールの製造・販売業者は,利用者である
司法書士が認識し公表していた課題を認識していたといえる。したがって,被告の
主張には,理由がない。
(ウ)被告は,甲1文献には本件課題の解決手段が示されておらず,甲3発
明は何度も貼り付け,剥離を繰り返すことを想定するものではなく,本件課題解決
の機能,作用を有しないから,甲1発明に甲3発明を適用する動機付けはない,と
主張する。
しかし,甲1文献には本件課題の解決手段が示されておらず,甲3発明が何度も
貼り付け,剥離することを繰り返すことを想定していないとしても,前記イのとお
り,甲1発明に甲3発明を適用する動機付けはあり,甲1発明に甲3発明を適用す
ることによって本件課題が解決される。したがって,被告の主張には,理由がない。
エ以上より,取消事由2には,理由がある。
4取消事由4(本件発明2~4に関する相違点の判断の誤り)について
審決は,本件発明1について無効理由が認められないから,本件発明2~4につ
いて無効理由がないと判断した。しかし,前記2のとおり,本件発明1について,
無効理由がないとする審決の判断には誤りがあるから,本件発明2~4についての
審決の判断は,その前提を誤ったものであり,誤りがある。
したがって,取消事由4には,理由がある。
5よって,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求には理由がある。
第6結論
以上のとおり,原告の請求には理由があるから審決を取り消すこととして,主文
のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
森義之
裁判官
永田早苗
裁判官
古庄研

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