弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人は、無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人秦重徳作成名義の控訴趣意書記載の通りであるから、
これを引用し、これに対し当裁判所は、次のように判断する。
 論旨は、原判決が被告人において追越禁止区域内において他の自動車を追越した
事実竝びに右追越について被告人に追越禁止区域内の追越であるという認識なく、
すなわち過失により追越した事実を認定しながら、道路交通取締令違反行為は故意
ある場合は勿論過失により違反行為をした場合にも処罰を免れないとして同令第二
十一条及び第五十七条第二号を適用しているのは、本来故意犯のみに適用される同
令の解釈を誤つて適用した違法な処置であると主張するのである。
 よつて原判決を検討するに、原判決は、証拠によつて被告人が原判示追越禁止区
域内で他の自動車を追越したのであるが、その際被告人の不注意より、すなわち、
被告人の過失により右横断幕及び標識を見落したものと認定するとし、右判示に続
いて「従つて本件追越行為も右過失により追越禁止区域内の追越の認識なく過失に
より追越したものと認定する。
 これを法律に照すに道路交通取締令違反行為は人命の危険並びに秩序維持のため
罰する行政罰であつて故意ある場合は勿論過失により違反行為ある場合と雖も処罰
せらるるものであるので本件に関しては同令第二十一条第五十七条第二号……を適
用し……」と判示し被告人を科料金四百円に処しているのである。以上によれば原
判決は被告人が不注意により右横断幕及び標識を見落したものと認定しているので
あるが、その趣旨とするところは被告人において追越という事実の認識はあつた
が、その地点が法令によつて追越を禁止された地域であることの認識が被告人の不
注意に因り存在しなかつたとするのであるから、原判決がその末尾において明らか
に過失による違反行為と判示しているように過失犯として右法条違反の罪の成立を
認めているとともに又検察官が原審以来主張しているように右追越禁止区域である
ことの認識のないことはいわゆる法律の不知といわれるべきものであつて唯追越と
いう事実の認識さえあれば右法条違反罪の成立に必要な犯意としては十分であると
いう見解を是認し被告人につき右法条違反の成立を肯認しているものの如くでもあ
るので以下これらの点について検討を加えることとする。
 先ず道路交通取締令第二十一条第一項(本件は第一項に該当する事案である。)
に違反し同令第五十七条第一号に該当する犯罪が故意犯のみならず過失犯をも含む
かどうかの点について考えてみるに、凡そ刑罰法規においては、故意犯のみが処罰
の対象となることが原則であつて、過失犯を処罰する場合はその例外であり直接明
文の存する場合又は直接明文はなくとも個別的に検討して当詳法規の全趣旨から推
して過失犯を処罰する律意が認められる場合でなければならない。(刑法第三十八
条第一項)そしてこれを認める場合も罪刑法定主義の原則にかんがみ極めて慎重に
検討し単に行政取締目的の徹底を期する上に必要であるというようなことに藉口し
て安易にこれを結論すべきものではない。ところで前記法令違反の罰則は形式的概
括的に追越行為を禁止し違反行為者に対し比較的軽い罰金又は科料を科するもので
あつて過失犯に対する処罰の場合にもあてはまる外観を具えているものの如くでも
あるが、これは同令による取締の目的が同令の母法である道路交通取締法第一条に
規定するように道路における危険防止及びその他の交通の安全を図ること、すなわ
ち、専ら発生することあるべき交通事故を未然に防止するにあつて違反行為の取締
ということに重点がないことから生ずるものであるからこれとて過失犯を処罰する
一徴表というわけにはゆかない。その他同令を前記道路交通取締法を参照しなが
ら、考察しても過失犯をも処罰しなければならない特段の理由は発見できない。な
お、取締の徹底という見地について考察してみるに、なるほど事故防止のためには
故意犯も過失犯も等しく処罰するのが相当とも一応考えられるのであるが、不注意
による違反を防止するためには、先ず何が違反であるかを認識させその規律の遵守
を徹底させるのが前提である。さればこそ、同令第五条においては当該公安委員会
に道路標識又は区画線によつて適当な表示をなすことを義務付けておるのである。
刑罰をもつてする威嚇よりまず規律の周知徹底が先決問題であり、これに努力しな
いで処罰の徹底のみを期するは本末顛倒と考えられる。因に本件においては原判決
も判示しているように、又記録に現われた諸般の証拠竝びに当審において事実の取
調としてした証人尋問の結果、検証の結果によつても明らかなように本件事故発生
当時当該追越禁止区域につき現在示されているような道路面の「追越禁止」なる文
字の表示、白線及び黄緑による道路上の区画線の各不存在、追越禁止区域たること
を示す道路標識及び所轄警察署の掲げた横断幕の位置の不適当など関係者に追越禁
止区域たることの認識を与える手段に甚だ手落が存していたことが明白である。
 <要旨第一>以上述べたところにより少くとも同令第二十一条第一項第五十七条第
二号違反の罪に関する限り、その処罰の対象は、刑罰法規の原則である
故意犯のみであり過失犯はこれに包含されないものと解するのが相当と思料される
のである。
 次に本件において追越禁止区域であることの認識のないことはいわゆる法律の不
知であつて犯意を阻却するものではなく被告人に他の自動車を追い越すという認識
がある以上故意犯として本件犯罪が成立するかどうか<要旨第二>の点について考察
してみるに、犯意ありということ、すなわち、罪となるべき事実を認識するという
ことは、道路交通取締令第二十一条第一項第五十七条第二号の罪におい
ては、その認識は積極的なものであつても未必的な消極的なもののいずれであつて
も差し支えないこと勿論であるけれども、単に他の自動車を追い越すという認識だ
けでは足らず、公安委員会の定める場所、すなわち、追越禁止区域内で他の自動車
を追い越すという認識を意味するものと解するのが相当である。(昭和二十五年二
月二十一日最高裁判所第二小法廷昭和二十四年(れ)第二五九四号森林法違反被告
事件判決参照)そして右公安委員会が何日如何なる法令で右追越禁止区域を指定し
たかを知る必要はなく(本件追越禁止区域の指定は、昭和二十八年四月二日付東京
都公安委員会告示第二号によりなされている。)この指定法令の不知こそまさにい
わゆる法令の不知といわれるものに該当すると解しなければならない。従つて前記
見解は到底採用できないものである。然らば、原判決の事実認定にして以上の如く
なりとすれば、故意犯としても勿論本件犯罪は成立しないものとしなければならな
い筋合である。
 以上説明するところによりいずれにするも原判決が前記道路交通取締令違反の罪
の成立を認め右法条をもつて問擬したのは、まさしく法令の解釈を誤つてその適用
に違法の廉があり、この違法は判決に影響を及ぼすことの明らかな場合であり原判
決は到底破棄を免れない。論旨はいずれにするも結局理由がある。
 よつて刑事訴訟法第三百八十条第三百九十七条第一項に則り原判決を破棄し、同
法第四百条但書を適用して当裁判所自ら更に判決をする。
 本件公訴事実は、被告人は、昭和二十八年六月十四日午前十一時三十分頃緊急自
動車以外の普通乗用車第□―△△△△△号を運転中東京都公安委員会が追越禁止の
場所と指定した東京都南多摩郡a町bc番地先道路において前方進行中の三輪自動
車第○―×××××号を追い越したものであるというにある。
 よつて按ずるに、犯意の点を除き右事実は、関係各証拠によりこれを肯認するに
十分である。進んで犯意の有無の点を検討するに、原審並びに当審における検証の
結果、原審竝びに当審における証人A同B、原審証人Cの各証言被告人の原審第三
回公判廷における供述その他の証拠を綜合するときは本件追越禁止区域は、甲州街
道(一級国道)の国鉄日野駅附近の比較的人や車馬の交通の頻繁な東京から八王子
に向つてゆるやかな左カーブをえがく右駅附近から東京に向つて二百米位の区域に
亘つておつて、東京寄り左側八坂神社附近においては道路幅員九米その両側に人道
を有し車道は左右両路とも優に自動車二両が並行できる状況であり、本件追越をし
た地点においては道路幅員は九米位であるが、両側に人道なく直ちに人家に接して
いる状況であること、本件事故発生当時現在同所に見られるような白線による左右
両側の道路区画線黄線による追越禁止区域たることを表示する区画線、「追越禁
止」なる文字による道路上の表示は存在せず、現在前記八坂神社前に存する追越禁
止の標識は当時はこの地点より五九・二米位日野駅寄りの人道上車道に近接する地
点にあつたこと、右の標識の移転は更に見やすい位置に移すためであつたこと、所
轄警察署のかかげた横断幕は、元の位置すなわち八坂神社より十数米位東京寄りの
地上約五米の位置に存在するも東京寄りから進行する自動車にとつてその背景をな
す国鉄の線路竝びに陸橋その後の山野左側の樹木人家等或は天候等により明認でき
ないとまではいえないにしても全然何らの障碍なく直ちに明認できる関係にあるも
のとはいい難く、すなわち、簡単容易には意識的に予め注意しないで漫然進行する
ときは見落し易い状況にあること、被告人は、昭和二十四年頃自動車運転免許証を
受け、爾来自家用車を運転していたものであるが、現在までの間警音器を鳴らすべ
きところでこれを鳴らさず警察係官に注意を受けたことが一回あるのみで他に自動
車運転に関し何らの事故をおこしたことなく、本件事故現場を自動車を運転して通
行するのは最初であつたこと、被告人は当日家族を乗せ特にいそぎの用があるわけ
でもなく本件事故現場に現場の制限時速三十二粁位の速力でさしかかつたところ、
前方に引越荷物を満載し時速二十五、六粁で同所が追越禁止区域であることを知ら
ず標識にも横断幕にも気付かず道路の最左側をBの運転する小型貨物三輪自動車が
あり前記横断幕から約百十九米の地点すなわち人道がなくなり旧甲州街道が分岐す
る地点附近でこれを右側において追い越し、少しく進行し交番前附近で立審中のA
警察官に呼びとめられて停車してからも何故停車を命ぜられたか不可解な面貌であ
り、右警察官から追越禁止区域内の追越であることを指示されて横断幕は気がつか
ず追越禁止区域であることは知らなかつたと答えていること、右警察官は当日立審
中駐留軍の自動車の追越禁止違反を認め、その車のナンバーを確かめようとして本
件道路上に出て右側を眺めたところ、被告人の追越を現認したものであること、同
所附近は追越禁止違反の事故が多く一日十四、五件に達し、その違反者のうちには
往往にして追越禁止区域であることを知らない旨申し述べるものもあつたが、標識
や区画線の完備した現在ではその違反数も減少していること等を窺い知ることがで
きるのである。
 以上の諸事実関係を基礎として考察すれば、被告人の終始弁解するように、本件
追越は、原判決の認定どおり全く被告人において追越禁止区域内であるという認識
(未必的な認識を含めて)なくしてなした追越行為であり、しかも被告人にのみ追
越禁止区域であることを知らない点の責を負わすことのできないものと認定しなけ
ればならない。然らば、本件犯罪の犯意としては追越禁止区域であることの認識を
必要とするものであること及び検察官のこのような認識の欠如はいわゆる法律の不
知であつて犯意を阻却しないとする主張の理由のないことは既に説明したとおりで
あるから、以上の諸証拠によつて未だ被告人には前記法条違反の犯罪の成立に必要
な犯意の存在を肯認し得ないのである。そして右認定を覆し被告人の犯意の存在を
肯認するに足りる的確なる証左の発見できない本件においては結局本件公訴事実
は、その証明十分ならずと認むるの他はない。
 よつて被告人に対しては刑事訴訟法第三百三十六条に則り無罪の言渡をすること
として主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 工藤慎吉 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

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