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主文
原判決中,上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
理由
上告代理人倉田嚴圓の上告受理申立て理由について
1本件は,上告人が,保険会社である被上告人に対し,店舗総合保険契約に基
づき,水害保険金100万円の支払を求める事案である。
2原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,平成16年3月29日,被上告人との間で,①保険期間を同年
4月3日∼平成17年4月3日,②保険の目的を上告人所有の第1審判決別紙物件
目録記載1の建物(以下「本件建物1」という。)及びこれに収容される設備,什
器等並びに上告人所有の同目録記載2の建物(以下「本件建物2」という。)及び
これに収容される設備,什器等,③保険金額を本件建物1につき7200万円,こ
れに収容される設備,什器等につき430万円,本件建物2につき7800万円,
これに収容される設備,什器等につき420万円とする店舗総合保険契約(以下
「本件保険契約」という。)を締結した。
(2)上告人は,平成16年7月1日,A損害保険株式会社との間で,保険期間
を同日∼平成17年7月1日,保険の目的を上告人所有の第1審判決別紙物件目録
記載3の建物(以下「別件建物」という。),保険金額を7000万円とする店舗
総合保険契約(以下「別件保険契約」という。)を締結した。
(3)本件保険契約に適用される普通保険約款(以下「本件約款」という。)に
は,次のような条項がある。
ア1条7項は,豪雨による洪水等の水災によって保険の目的が損害を受け,そ
の損害の状況が同項各号のいずれかに該当する場合には,その損害に対して水害保
険金を支払う旨定め,上記損害の状況として,同項3号は,保険の目的である建物
が床上浸水を被った結果,当該建物にその保険価額の15%未満の損害が生じたと
きを,同項4号は,保険の目的である設備,什器等を収容する建物が床上浸水を被
った結果,当該設備,什器等に損害が生じたときを,それぞれ定めている。
イ7条4項は,1条7項3号及び4号に定める水害保険金の額につき,保険金
額の5%とする(ただし,1回の事故につき,1構内ごとに100万円を限度とす
る。)旨定めている。
ウ14条4項は,「被保険者の所有する建物または建物以外のものについて,
第1条(保険金を支払う場合)第7項の損害に対して保険金を支払うべき他の保険
契約がある場合には,同項各号の損害ごとに次の各号によります。」と定め,14
条4項3号は,「第1条(保険金を支払う場合)第7項第3号または第4号の損
害」と題して,次のとおり定めている。
「それぞれの保険契約につき他の保険契約がないものとして算出した第1条(保
険金を支払う場合)第7項第3号または第4号の損害に対する支払責任額の合計額
が,1回の事故につき,1構内ごとに100万円(他の保険契約に,この損害に対
する限度額が100万円をこえるものがあるときは,これらの限度額のうち最も高
い額)または保険価額に5%(他の保険契約に,この損害に対する支払割合が5%
をこえるものがあるときは,これらの支払割合のうち最も高い割合)を乗じて得た
額のいずれか低い額(以下この号において「支払限度額」といいます。)をこえる
ときは,当会社は,次の算式によって算出した額を第1条(保険金を支払う場合)
第7項第3号または第4号の水害保険金として,支払います。この場合において,
支払責任額の算出にあたっては,第7条(水害保険金の支払額)第4項の規定を適
用して算出した額とします。
支払限度額×この保険契約の支払責任額/それぞれの保険契約の支払責任額の合
計額=第1条(保険金を支払う場合)第7項第3号または第4号の水害保険金の
額」
(4)本件建物1,2は,平成16年9月30日,豪雨のため,床上浸水を被
り,その結果,本件保険契約の保険の目的に生じた損害は,本件約款1条7項3号
及び4号所定の損害に該当し,本件約款7条4項によれば,本件保険契約の水害保
険金の額は100万円となる。別件保険契約に適用される普通保険約款には,本件
約款1条7項3号及び7条4項と同旨の規定があるところ,別件建物も,上記豪雨
のため,床上浸水を被り,それらの規定によれば,別件保険契約の水害保険金の額
は100万円となる。
3被上告人は,本件建物1,2と別件建物とは,本件約款14条4項3号にい
う「1構内」にあるから,同号が適用され,被上告人が上告人に支払うべき水害保
険金の額は50万円となる旨主張して,上告人の請求を争っている。
4原審は,本件建物1,2と別件建物とは,本件約款14条4項3号にいう
「1構内」にあるから,同号が適用され,被上告人が上告人に支払うべき水害保険
金の額は50万円となると判断して,同額の支払を求める限度で上告人の請求を認
容した。
5しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)本件約款14条4項は,「第1条(保険金を支払う場合)第7項の損害に
対して保険金を支払うべき他の保険契約がある場合」に適用されるところ,本件約
款1条7項の損害は,当該保険契約の保険の目的が受けた損害であるから,上記の
「他の保険契約」とは,当該保険契約と保険の目的を同じくする保険契約を指すも
のであって,当該保険契約と保険の目的を異にする保険契約はこれに該当しないこ
とは,約款の文言からして明らかなものというべきである。
(2)また,本件約款14条1項は,本件約款1条8項,10項,12項又は1
3項所定の各費用(保険事故の発生に伴い被保険者が支出を余儀なくされる費用)
に対して保険金を支払うべき他の保険契約がある場合に,上記各項に基づいて支払
うべき保険金(臨時費用保険金,失火見舞費用保険金,地震火災費用保険金又は修
理付帯費用保険金。以下「費用保険金」と総称する。)の額について,本件約款1
4条4項と同様に,他の保険契約との保険給付の調整を定めているが,この場合に
おける「他の保険契約」には,「保険契約の保険の目的以外のものについて締結さ
れた保険契約」が含まれることを文言上明示しているところ,同項には,そのよう
な文言はない。水害保険金は,水災により保険の目的である財産が受けた損害をて
ん補するものであり,同一の保険の目的に他の保険契約が重複して締結される場合
には,被保険者が各保険契約に基づき保険給付を受けることにより実際に生じた損
害の額を超える保険給付を受けて利得を得る事態が生じ得るので,これを避けるた
め,他の保険契約との間で保険給付の調整が必要となるが,保険の目的を異にする
保険契約が締結される場合には,被保険者が各保険契約に基づき保険給付を受けて
も,上記のような事態が生ずることはない。これに対して,費用保険金は,保険事
故の発生に伴って被保険者が支出する損害調査費用,見舞金等の費用をてん補する
ものであり,上記費用は,その性質上,必ずしも当該保険契約の保険の目的のみに
固有に生ずるとは限らず,保険の目的を異にする保険契約が締結される場合にも,
被保険者が各保険契約に基づき保険給付を受けることにより実際に支出した費用の
額を超える保険給付を受けて利得を得る事態が生じ得ることになる。水害保険金と
費用保険金には,上記のような保険給付の性質の相異があることからすると,保険
の目的を異にする保険契約が締結されている場合に,費用保険金については他の保
険契約との間で保険給付の調整を図ることとし,水害保険金についてはそのような
保険給付の調整は図らないこととすることには,実質的にみても,合理的な理由が
あるというべきである。
(3)そうすると,本件保険契約と保険の目的を異にする別件保険契約は,本件
約款14条4項にいう「他の保険契約」には該当しないと解するのが相当であるか
ら,被上告人が上告人に支払うべき水害保険金について同項は適用されないことに
なり,前記事実関係によれば,その水害保険金の額は100万円であると認められ
る。
6以上と異なり,本件において本件約款14条4項が適用されることを前提
に,本件保険契約の保険の目的である本件建物1,2と別件保険契約の目的である
別件建物とが同項3号にいう「1構内」にあるとして被上告人が上告人に支払うべ
き水害保険金の額を50万円と認めた原審の上記判断には,判決に影響を及ぼすこ
とが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,そ
の余の点について判断するまでもなく,原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れな
い。そして,以上説示したところによれば,上告人の請求を全部認容した第1審判
決は結論において正当であるから,上記部分についての被上告人の控訴を棄却すべ
きである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官涌井紀
夫,同宮川光治の各補足意見がある。
裁判官涌井紀夫の補足意見は,次のとおりである。
本件訴訟においては,第1審以来,本件建物1,2と別件建物とが本件約款14
条4項3号にいう「1構内」にあるかが争われてきている。このような訴訟の経緯
にかんがみ,この「1構内」の文言の解釈について,付言しておくこととする。
原審の適法に確定した事実関係によれば,本件建物1は保育園として,本件建物
2は老人ホームとして,別件建物は診療所として,それぞれ利用され,その利用目
的を異にし,本件建物1,2と別件建物との間にはアスファルトで舗装され歩道の
整備された幅員6mの公道が存するほか,本件建物1の敷地と上記公道との間には
フェンスが,また,本件建物2と上記公道との間には植え込みがそれぞれ設けられ
ているというのである。このような事実関係の下で,原審は,被上告人の主張する
とおり,上記の「1構内」とは,囲いの有無を問わず,保険の目的の所在する場所
及びこれに連続した土地で,同一保険契約者又は被保険者によって占有されている
ものをいい,この場合,公道,河川等が介在していても構内は中断されないものと
解釈した上で,本件建物1,2と別件建物とは上記の「1構内」にあるとして,同
号が適用されると判断している。
しかし,本件約款が,不特定多数の一般人を対象とする店舗総合保険契約につい
て適用されるものであることからすると,本件約款中の文言については,店舗総合
保険契約を締結する一般人の通常の理解に照らした解釈が行われるべきであるとこ
ろ,原審のような解釈は,「構内」の文言の通常の意味から離れ,一般人の通常の
理解を超える意味を付与するものといわざるを得ない。しかも,本件約款自体に
は,そこにいう「1構内」の意義を被上告人の主張するように広く解釈すべきこと
を根拠付けるような定めは何ら含まれていないのである。
そうすると,上記事実関係によれば,本件建物1,2と別件建物とは,上記の
「1構内」にあるとは認め難いものというべきであり,この点においても,原審の
判断は,是認することができない。
裁判官宮川光治の補足意見は,次のとおりである。
1店舗総合保険契約の保険の目的に生じた損害は,保険の目的である積極財産
の喪失の危険と費用を負担することにより消極財産が発生する危険に分かれる。前
者に関するいわゆる積極保険については,同一の保険の目的について保険事故,保
険期間を共通にする複数の保険契約が存在し,被保険者が各保険契約によって保険
給付を受ける場合は,被保険者に利得が生じ得るので,各保険契約による保険給付
を調整する必要があるが,当該保険の目的以外のものについて保険契約が存在する
場合には,被保険者に利得が生ずる余地はなく,上記のような調整をする必要がな
い。これに対し,後者に関するいわゆる消極保険については,保険事故が発生した
場合における各保険契約の定めによるてん補額が損害額を超え被保険者に利得が生
ずるということが,当該保険の目的以外のものについての保険契約が存在する場合
においてもあり得るので,当該保険の目的以外のものについての保険契約との間で
も保険給付を調整する必要がある。
本件約款では,他の保険契約がある場合の保険給付の調整に関しては14条に定
められているが,同条1項において,「他の保険契約」に関し,1条8項(臨時費
用),10項(失火見舞費用),12項(地震火災費用)又は13項(修理付帯費
用)の各費用に対して保険金が支払われる場合には「この保険契約の保険の目的以
外のものについて締結された保険契約であっても,これを含み」と特記されている
のは,以上の趣旨であると理解できる。
水害保険は,いわゆる積極保険に属する。本件約款では,水害保険に関しては,
他の保険契約がある場合の保険給付の調整については14条4項に規定されている
が,上記特記は存在しない。14条4項の文言としては,「他の保険契約」には
「この保険契約の保険の目的以外のものについて締結された保険契約」を含んでい
ないことは明確である。そのことは,上記保険の分類に対応する保険給付調整の差
異に沿っていると理解できる。
なお,水害保険金の支払額について,本件約款7条3項ないし5項は,「1構内
ごとに」限度額を定めているが(本件約款14条4項2号,3号は,これを受けて
他の保険契約がある場合の保険金支払額の算出方法を定めている。),「1構内ご
とに」とは「1構内ごとに当該保険の目的を一括して」という意味であると解すべ
きである。本件では,一つの保険契約で保険の目的が本件建物1と本件建物2と二
つ存在する場合であるところ,いずれも「1構内」に含まれる点については争いが
ないので,本件の水害保険金額は,100万円となる。
2本件約款では,水害保険金の支払額は,①保険価額の30%以上の損害が生
じたときは,保険価額によって定め,保険金額との比例てん補及び縮小割合(70
%)により算出されるが,床上浸水又は地盤面より45㎝を超える浸水を被った結
果,②保険価額に生じた損害が15%以上30%未満の場合は保険金額の10%,
③15%未満の場合は保険金額の5%によって算出される(7条)。②と③は,逐
一損害算定の資料を求めず,実際の損害と乖離しない損害率で画一的に処理するも
のであり,合理性を有する。ところが,②の場合は「1構内ごとに200万円」,
③の場合は「1構内ごとに100万円」を限度とするとされている(7条3項,4
項)。ほとんどの契約では,この限度額条項が適用されるものと考えられる。水害
は広範な地域に及ぶ可能性があり,1事故による損害が巨額となるおそれがあるこ
とを考えると,「100万円」,「200万円」といった具体的限度額を設けて支
払保険金の額を抑制するということは不合理であるとはいえない。しかし,支払保
険金額を抑制しようとする保険者の保険政策はこれで達せられているというべきで
あるのに,さらに「1構内」で絞り込むということは,過度に保険者の利益が図ら
れているのではないかという疑問がある。水害保険における「1構内」の要件は,
不当条項であるとまではいえないが,将来的には約款に残すかどうかが検討される
べきであり,少なくともそれは広く解釈されるべきではない。
3保険約款は複雑で容易に理解し難く,本件でも,当事者のみならず第1審及
び原審においても本件約款14条1項及び同条4項について議論されることがなか
った。また,本件約款は,損害保険料率算出団体に関する法律によって設立された
損害保険料率算出機構作成の標準保険約款によっているが,約款改正の趣旨(平成
7年改正前は,標準保険約款14条1項は,「この保険契約の保険の目的以外のも
のについて締結された保険契約であっても,これを含み」という特記の対象として
同約款1条7項の水害損害を同条8項,10項,12項又は13項の各費用損害と
併記していた。)が保険実務に浸透していないということもあったと思われる。契
約者である市民の合理的意思と乖離しない,分かりやすい約款の作成と保険実務に
おける消費者保護の精神に沿った約款の解釈・運用が望まれる。
(裁判長裁判官涌井紀夫裁判官甲斐中辰夫裁判官宮川光治裁判官
櫻井龍子裁判官金築誠志)

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