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平成30年4月4日判決言渡
平成29年(ネ)第10090号特許権侵害差止請求控訴事件
原審・東京地方裁判所平成27年(ワ)第30872号
口頭弁論終結日平成30年2月26日
判決
控訴人東和薬品株式会社
同訴訟代理人弁護士新保克芳
酒匂禎裕
小倉拓也
被控訴人興和株式会社
同訴訟代理人弁護士北原潤一
佐志原将吾
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
第2事案の概要等
1事案の概要(略称は,特に断らない限り,原判決に従う。)
本件は,名称を「医薬」とする発明に係る特許権(本件特許権)を有する被控訴
人が,控訴人が製造,販売及び販売の申出をする被告製品は本件特許の請求項2に
係る発明(本件発明2)の技術的範囲に属すると主張して,控訴人に対し,特許法
100条1項に基づき,被告製品の製造,販売及び販売の申出の差止めを求めると
ともに,同条2項に基づき,被告製品の廃棄を求める事案である。
被告製品が本件発明2の技術的範囲に属することは当事者間に争いがないところ,
原審は,控訴人は先使用権を有するとは認められず,本件発明2についての特許が
特許無効審判により無効にされるべきものとも認められないとして,被控訴人の請
求をいずれも認容した。
そこで,控訴人が原判決を不服として控訴した。
2前提事実等
原判決「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから,これを引用する。
なお,以下,次の各ロット番号の錠剤を,かぎ括弧内のとおり,それぞれ略称す
る。
ⅰ)本件2mg錠剤の実生産品
ロット番号B028「028実生産品」
ロット番号B062「062実生産品」
ロット番号B087「087実生産品」
ⅱ)本件4mg錠剤の実生産品
ロット番号B003「003実生産品」
ロット番号B012「012実生産品」
ロット番号B023「023実生産品」
ⅲ)本件2mg錠剤のサンプル薬
ロット番号PTVD-201「201サンプル薬」
ロット番号PTVD-202「202サンプル薬」
ロット番号PTVD-203「203サンプル薬」
ⅳ)本件4mg錠剤のサンプル薬
ロット番号PTVD-303「303サンプル薬」
3争点
原判決「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから,これを引用する。
第3争点に関する当事者の主張
次のとおり,当審における当事者の主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」
の第3記載のとおりであるから,これを引用する。
1争点1(控訴人は先使用権を有するか)について
〔控訴人の主張〕
(1)水分含量の管理
ア水分含量によってピタバスタチン製剤のラクトン体が生成することは技術常
識であり,控訴人は,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤の治験薬製造前から,錠
剤中の水分含量を管理する必要性を認識していた。
また,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤は,A顆粒とB顆粒を製造し,これら
の顆粒に添加剤を混合して打錠して製造するところ,絶対量の少ない添加剤は別と
して,A顆粒とB顆粒は,製造直後に水分量が測定され,測定直後に気密容器に保
管される。打錠工程では環境に暴露されるとしても,30分程度にすぎず,水分の
影響はほとんど受けない。そして,打錠工程後の錠剤は,PTP包装がされるまで,
気密容器に保管される。PTP包装後は,同包装により空気中の水分の影響が大幅
に遮断され,翌日にはアルミピローに封入されるから,水分が増加することはない。
したがって,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤の製造に当たり,錠剤の水分含
量は管理されていたというべきである。
イ控訴人は,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤の製造に当たり,ピタバスタ
チンに由来する類縁物質の生成が抑制されることを製品の要件とし,水分含量につ
いても,ピタバスタチンを含有するA顆粒とB顆粒(この2つの顆粒で製剤の●●
を占める。)の水分含量を測定し,また,その範囲を管理していた。
さらに,控訴人は,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤の開発に当たり,水分の
影響により生成されるラクトン体及び5-ケト体の生成を抑制できるかについて測
定し,安定な製剤であることを確認した。
したがって,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤について,製剤自体として特定
の水分含量であることが確認されていなくとも,水分含量を調整して,水分による
影響を受ける類縁物質が生成しない,長期安定な薬剤という点は,確定していたも
のである。控訴人は,無包装状態での安定性試験でも類縁物質が生成しない製剤を
製造できる方法を確立していたものである。なお,B顆粒の水分含量の管理値を●.
●●●●から●●●●●●に改めたことは,実生産の規模に応じたものであって,
出来上がるB顆粒及び製剤の水分含量や安定性に変わりがないことを前提としてい
る。
仮に,水分含量を考慮した場合であっても,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤
のサンプル薬及び実生産品において,5−ケト体の生成を抑制できているから,控訴
人が管理していた水分含量は1.5%以上であったというべきである。
(2)サンプル薬の測定時の水分含量
本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤のサンプル薬は,PTP包装及びアルミピロ
ー包装されており,これらの包装は本件発明2における気密包装体に該当し,その
中で保存されていた錠剤の水分含量は,封入時点と変わることはない。上記アルミ
ピロー包装は,厳格な保存用のアルミピローであって,アルミの他にも樹脂で全体
がラミネートされており,チャックの外側で完全に加熱圧着されているから,水分
遮蔽効果として十分なものであるといえ,専門家によるリーク試験を行っても気泡
が生じず,内容物の水分含量も増大しなかった。また,アルミピロー中の錠剤にお
いて,ラクトン体自体の生成もみられないことから,ラクトン体の生成による水分
増加も否定される。ピタバスタチンの口腔内崩壊錠ではない他の一部の医薬品にお
いて,アルミピロー包装下において水分含量の変化があったとしても,そもそも当
該アルミピロー包装の水分透過のレベル自体が異なるものである。
また,サンプル薬の測定時の水分含量と実生産品の水分含量は,ほぼ同じ値であ
る。さらに,203サンプル薬を再製造した錠剤の水分含量は,本件発明2の水分
含量の範囲内であることが確認された。
したがって,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤のサンプル薬の測定時の水分含
量(本件発明2の固形製剤の水分含量の範囲内である。)は,製造直後の値を維持
していたというべきである。
(3)実生産品の水分含量
控訴人は,治験薬と同じ製造条件で製造することを記載して製造承認を申請して
おり,サンプル薬と実生産品は,同一の工程で製造されている。
したがって,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤のサンプル薬の水分含量は,実
生産品の水分含量(本件発明2の水分含量の範囲内である。)と実質的に変わらな
い。
(4)サンプル薬の顆粒の水分含量
A顆粒とB顆粒の水分含量を基に算出した錠剤の水分含量が,実際の錠剤の水分
含量よりも低いのは,前者が乾燥減量法(離脱しない結合水等の水分含量は測定さ
れない。また,測定値は設定温度に左右される。)で測定され,後者がカールフィ
ッシャー法(全水分量を測定することができる。)で測定されたことから生じたも
のである。結晶水を含むメタケイ酸アルミン酸マグネシウムに対する水分測定では,
前者では2.5質量%,後者では5.8質量%になった。なお,前者と後者の水分
含量が同程度である測定結果(甲13)も存するが,乳鉢で粉砕するという乾燥減
量法の測定時に吸湿が生じた可能性がある。
したがって,顆粒からの算出値と実際の錠剤の測定値が相違することは,何ら不
可解なものではない。
(5)即時実施の意図
控訴人は,本件出願日前に,本件2mg錠剤について,治験薬等の製造を完了し,
承認申請に必要な各種試験に着手し,そのうち長期保存試験以外の全ての試験は完
了していた。このように,本件出願日前に処方や製造方法が確立していたところ,
その後,控訴人は,これらを変更することもなく製造承認申請を行っているから,
医薬品の内容は一義的に確定していたというべきである。
実際にも,201サンプル薬,202サンプル薬,203サンプル薬の水分含量
は,実生産品の水分含量と変わらない。また,5-ケト体の生成も同じレベルで抑
制されている。
(6)小括
よって,控訴人は,先使用権を有する。
〔被控訴人の主張〕
(1)水分含量の管理
本件出願日当時,ピタバスタチン又はその塩は,他のスタチン系化合物とは異な
り,水分に対して安定な物質であることが知られており,水分量によってピタバス
タチン製剤のラクトン体が生成するという技術常識は存在しなかった。そして,控
訴人は承認申請前後で,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤について,いずれもB
顆粒の水分含量の管理範囲を変更していること,控訴人は承認申請時に医薬品医療
機器総合機構に対し,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●と述べていることからすれば,控訴人は,承認
申請時において,錠剤中の水分含量を厳密に管理する必要性について認識していな
かったことが推認される。
さらに,サンプル薬の製造指図記録書から実生産品の製造工程は明らかにはなら
ないほか,サンプル薬の製造指図記録書には,A顆粒及びB顆粒の整粒後や打錠後
から気密容器に保管するまでの時間等については一切示されておらず,水分含量の
管理はなされていない。
(2)サンプル薬の測定時の水分含量
控訴人がサンプル薬の保管に使用したとするアルミピロー包装●●●●●●●●
●●●●には,「湿気,酸化,変色等の影響を受けやすい商品の包装には充分ご注
意下さい。」と記載されているほか,同包装の底部の折り曲げ部分のアルミが剥が
れているものもあるから,同包装の水分遮蔽効果は不十分なものである。控訴人が
アルミピロー包装について行ったリーク試験は,定量性,再現性に欠けるものであ
る。
そして,サンプル薬の測定時は,製造時から4年以上経過しており,その間に水
分含量が増加していることが疑われる。PTP包装やアルミピロー包装がされた医
薬品であっても時間の経過に伴い水分含量が増加することが認められ,控訴人の製
造販売に係る多数の医薬品においても,PTP包装やアルミピロー包装だけでは水
分遮蔽効果が不十分であることから,さらに乾燥剤が入れられている。アルミピロ
ー包装のされた製剤のモデル実験は,その保存期間は1か月と短いから参考になら
ず,その間に0.01~0.02質量%もの重量増加も認められる。
また,サンプル薬と実生産品,203サンプル薬と訴訟係属後に再製造された錠
剤は,それぞれ同一の製造工程により製造されたものであるとは認められないから,
それぞれの水分含量を比較することはできない。
そもそも,203サンプル薬とされる錠剤のラベル表記も,測定実験ごとに相違
しており,控訴人がサンプル薬であると主張する錠剤が,本件出願日以前に製造さ
れたサンプル薬であるか否かも不明である。
(3)実生産品の水分含量
本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤は,いずれも承認申請の前後で,錠剤の68
%を占めるB顆粒の水分含量の管理範囲が●●●●●●●●から●●●●●●●●
へと変更されている。したがって,サンプル薬と実生産品は,少なくともB顆粒の
水分含量の管理範囲において異なっており,同一工程により製造されていたとはい
えない。
(4)サンプル薬の顆粒の水分含量
A顆粒とB顆粒の水分含量を基に算出した錠剤の水分含量は,実際の錠剤の水分
含量よりも低く,サンプル薬の測定時の水分含量は不可解な値を示している。メタ
ケイ酸アルミン酸マグネシウムは,本件2mg錠剤の6.7質量%を占めるにすぎ
ないから,これを乾燥減量法とカールフィッシャー法によって測定した場合の水分
含量の相違は,サンプル薬の測定時の水分含量が不可解な値を示すことの合理的な
説明にはならない。
(5)即時実施の意図
控訴人は,承認申請前後で,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤について,いず
れもB顆粒の水分含量の管理範囲を変更している。
また,控訴人がサンプル薬であると主張する錠剤が,本件出願日以前に製造され
たサンプル薬であるか否かも不明であるから,サンプル薬の水分含量は,実生産品
の水分含量と変わらないということはできない。
(6)小括
よって,控訴人は,先使用権を有するということはできない。
2争点2(本件発明2に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきもの
か)について
〔控訴人の主張〕
(1)水分含量の下限値
ア乙13には,ピタバスタチンにおいて水分の影響で生成する類縁物質として
5-ケト体があること,ピタバスタチンの水分含量を調整することで,5-ケト体
の生成を抑制できることが示されている。また,乙20には,ピタバスタチンの水
分量を5~15%に調節すれば,類縁物質(ピタバスタチンの類縁物質が5-ケト
体を含むことは技術常識である。)の生成を減らすことができること,水分量が低
下すると類縁物質が増加することが示されている。
したがって,ピタバスタチン原薬の水分量をコントロールして5-ケト体の生成
を抑制できること,ピタバスタチン原薬の水分量が5%未満になると類縁物質が増
加することは知られていたものである。また,水分が医薬の安定性に影響を与える
ことから,原薬だけではなく,製剤における水分含量を調整することも技術常識で
ある。したがって,本件発明2の水分含量の下限値(1.5質量%)は,5-ケト
体の生成抑制のために,当業者であれば適宜設定するものである。
イ本件明細書【表4】にも他の実施例にも,水分含量が1.5質量%未満の比
較例が示されていないから,水分含量を1.5質量%以上にすることによって,5
-ケト体の生成が「顕著に抑制される」という効果は,何ら確認されていない。ま
た,再試験(乙44)によって,水分含量の下限値を1.5質量%と設定すること
は,5-ケト体の生成抑制として意味がないことが明らかになった。さらに,水分
の存在がピタバスタチン製剤に含まれる酸化剤成分に影響を与えることはあり得る
としても,水分含量1.5質量%はピタバスタチンカルシウムの原薬中の水分含量
(0.085質量%)と比較して非常に多いから,1.5質量%から水分含量が減
少しても,それ自身では酸化剤ではない水分が酸化反応に対して顕著な影響を及ぼ
すことはない。
このように,本件発明2における水分含量の下限値の設定(1.5質量%以上)
には,5-ケト体の生成抑制効果は全く認められないし,本件明細書でも具体的に
示されていない。したがって,水分含量の下限値に意味はなく,その点で本件発明
2の進歩性を認めることはできない。
(2)水分含量の上限値
本件発明2と乙7発明はいずれもピタバスタチンに崩壊剤を混合しているところ,
その課題は,ラクトン体の生成を抑制するという点で全く同じである。そして,ピ
タバスタチンが水分の影響を受けて分解物を生成すること,その解決のために水分
含量を調整することは技術常識である。したがって,ラクトン体の生成抑制の観点
から,本件発明2における水分含量の上限値(2.9質量%以下)を設定すること
は,設計事項にすぎない。
また,乙7発明では,ラクトン体生成の抑制が十分に達成されていないから,よ
り一層の生成抑制を実現するために,水分含量の調整を試みることは,当業者であ
れば当然に試みる。
(3)小括
したがって,乙7発明において,相違点②に係る本件発明2の構成を採用するこ
とは,当業者が容易に想到し得たものである。
〔被控訴人の主張〕
(1)水分含量の下限値
控訴人は,本件発明2における水分含量の下限値の設定には,5-ケト体の生成
抑制効果が認められない旨主張するが,同主張の位置付けは明らかではない。また,
本件明細書には,水分含量を1.5質量%まで減少させていくと,5-ケト体の生
成率が上昇することが記載されていることからすれば,医薬組成物の水分含量を1.
5質量%以上とした場合に5-ケト体の生成が抑制できることは本件明細書におい
て明らかである。さらに,このことは,再試験(甲24)によって確認されている。
(2)水分含量の上限値
乙7発明は,ラクトン体生成を抑制する効果があるアルカリ土類金属塩化物を必
須成分としており,「ラクトン体の生成の抑制」についての課題を既に解決したも
のであるから,乙7公報に接した当業者が,さらに水分含量の上限値を設定するこ
とにより,ラクトン体の生成を抑制しようと動機付けられることはない。また,本
件出願日当時,ピタバスタチン又はその塩は,他のスタチン系化合物とは異なり,
水分に対して安定な物質であることが知られていたから,ピタバスタチン又はその
塩について,水分含量を減少させる動機付けは存在しない。さらに,乙8ないし1
4は,水分に対して安定な物質であるピタバスタチン又はその塩を含有する医薬製
剤の水分含量の調整について記載するものではないから,かかる医薬製剤の水分含
量を低く調整することの動機付けにはならない。
(3)小括
したがって,乙7発明において,相違点②に係る本件発明2の構成を採用するこ
とは,当業者が容易に想到し得たものではない。
第4当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人は本件発明2に係る特許権について先使用権を有するとは認
められず,本件発明2に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものとも
認められないから,被控訴人の請求は理由があると判断する。
その理由は,以下のとおりである。
1本件発明2について
被告製品が本件発明2の技術的範囲に属することは当事者間に争いがないところ,
本件明細書(甲2)によれば,本件発明2の特徴は,以下のとおりである。
(1)本件発明2は,ピタバスタチン又はその塩の固形製剤を用いた医薬品に関す
るものである。(【0001】)
(2)ピタバスタチン又はその塩は,高脂血症治療剤,高コレステロール血症治療
剤等の有効成分として有用である。カルメロース又はその塩,クロスポビドン,結
晶セルロースといった医薬品添加物は,極めて高い吸湿性を有し,崩壊剤等として
利用される。(【0002】,【0009】)
しかし,カルメロース又はその塩,クロスポビドン,結晶セルロースといった崩
壊剤とピタバスタチン又はその塩とを混合したところ,経時的に多量のラクトン体
(医薬品の有効性の低下や医薬品間での有効性の不均一性の原因ともなり得るも
の。)が生成することが判明した。本件発明2は,ラクトン体生成の抑制された固
形製剤を用いた医薬品を提供することを課題とする。(【0003】,【0009】)
(3)本件発明2は,混合物中の水分含量が増加するに従いラクトン体の生成量が
増加することが明らかとなったことなどから,固形製剤の水分含量を一定値以下と
することによって,ピタバスタチン又はその塩由来のラクトン体の生成が抑制でき
ることを見いだし,完成されたものである。(【0010】)
また,固形製剤の水分含量を1.5質量%以上とした場合,ラクトン体とは別の
分解物である5-ケト体の生成を抑制できる。5-ケト体と水分との関係について
これまで報告されていない。(【0025】)
さらに,本件発明2は,固形製剤を気密包装体に収容することにより,包装体外
からの水分の侵入を妨げ,包装体内部に存在する固形製剤の水分含量を長期間に渡
って安定的に保つ。(【0045】)
(4)本件発明2の固形製剤は,崩壊性に優れる。また,本件発明2の固形製剤は,
ピタバスタチン又はその塩由来のラクトン体生成が抑制され,5-ケト体の生成も
抑制されるから,固形製剤中のピタバスタチンの安定性が良好である。さらに,本
件発明2の固形製剤は,気密保存可能な包装体にて包装され,長期間に渡って水分
含量が安定的に保たれる。(【0013】,【0025】,【0045】)
2争点1(控訴人は先使用権を有するか)について
⑴控訴人は,本件出願日までに,本件2mg錠剤について,サンプル薬を製造
し,長期保存試験を除く治験を終了しており,本件4mg錠剤について,サンプル
薬を製造し,その治験を開始していた(乙1の1~10,3の4~8,4の1~1
2,6の4~6,18)。
そして,控訴人は,本件出願日までに,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤のサ
ンプル薬を製造し,治験を実施していたことをもって,控訴人は発明の実施である
事業の準備をしている者に当たり,本件発明2に係る特許権について先使用権を有
する旨主張する。
ここで,特許法79条にいう「発明の実施である事業…の準備をしている者」と
は,少なくとも,特許出願に係る発明の内容を知らないで自らこれと同じ内容の発
明をした者又はこの者から知得した者でなければならない(最高裁昭和61年(オ)
第454号・同年10月3日第二小法廷判決・民集40巻6号1068頁参照)。
よって,控訴人が先使用権を有するといえるためには,サンプル薬に具現された技
術的思想が本件発明2と同じ内容の発明でなければならない。
(2)サンプル薬の水分含量
アサンプル薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であると
いえるためには,まず,本件2mg錠剤のサンプル薬又は本件4mg錠剤のサンプ
ル薬の水分含量が1.5~2.9質量%の範囲内にある必要があるから,この点に
ついて検討する。
イサンプル薬の測定時の水分含量
(ア)控訴人は,サンプル薬の水分含量を測定しているところ,その測定時期,
測定方法及び水分含量の測定結果は,次のとおりである(乙32,51)。
対象測定時期測定方法水分含量
201サンプル薬平成29年10月~11月カールフィッシャー法2.22~2.30質量%
202サンプル薬平成29年10月~11月カールフィッシャー法2.38~2.46質量%
203サンプル薬平成29年10月~11月カールフィッシャー法2.34~2.39質量%
203サンプル薬平成28年9月カールフィッシャー法2.67質量%
303サンプル薬平成28年9月カールフィッシャー法2.12質量%
(イ)しかし,201サンプル薬,202サンプル薬及び203サンプル薬が製
造されたのは●●●●●●●から●●にかけてであり,303サンプル薬が製造さ
れたのは●●●●●●●から●●にかけてであり(乙1の1~11,4の9~12),
サンプル薬の製造時から測定時まで4年以上もの期間が経過している。
また,これらのサンプル薬には,本件発明2と同様に極めて吸湿性の高い崩壊剤
が含まれるものであって,201サンプル薬,202サンプル薬,203サンプル
薬及び303サンプル薬には,実際に吸湿性の高い添加剤(クロスポビドン,トウ
モロコシデンプン,メタケイ酸アルミン酸マグネシウム)が含まれているから(甲
2,乙1の1~11,4の9~12),サンプル薬の水分含量は容易に増加し得る
ものである。
さらに,これらのサンプル薬は,PTP包装及びアルミピロー包装がされている
ところ,実際に用いられていたアルミピロー包材(乙37,38)は,その構成か
らは透湿性のない適切な包材ということはできる(乙39の1・2,48)。しか
し,実際に用いられていたアルミピロー包材と同じ品番のアルミピロー包材の中に
は,底部の折り曲げ部分のアルミが剥がれているものもある(甲18,26)。ま
た,防湿性を確保したアルミピローの製造は,医薬品メーカーの管理方法を含めた
製造方法に大きく依存する旨指摘されている(乙48)。実際に用いられていたア
ルミピロー包材に対して,専門家による立会いの下,リーク試験が行われ,気密性
が担保されていることが確認された旨報告されているものの(乙49),同リーク
試験は,検体を水没させ,一定の減圧条件(槽内圧力-40kPa,保持時間30
秒間)において,気泡が発生しないことを目視検査するというものである。水没試
験による気泡確認によって医薬包装の完全性を試験する方法は,個人の技量による
判別量の差や水槽内の細菌・水の表面張力による検出限界などの問題を有する旨指
摘されているほか,-40kPaの圧力下において,直径5μmの孔からは5分経
過後も気泡が確認できず,直径10μmの孔においても,気泡の発生にばらつきが
みられるとされている(甲27)。上記リーク試験の結果をもって,実際に用いら
れたアルミピロー包材が気密性を有していたと確定することはできない。そうする
と,サンプル薬が,長期間にわたって,アルミピロー包装下で保管されている間に,
湿気の影響を受けて水分含量が増加した可能性も,十分にあり得るものである。
なお,サンプル薬の測定時の水分含量と,実生産品の水分含量(後記ウ(ア))や,
203サンプル薬を再製造したとされる錠剤の水分含量(2.18~2.26質量%。
乙54~56)は,ほぼ同じである。しかし,そもそも,サンプル薬と,実生産品
や203サンプル薬の再製造品が同一工程により製造されたものとは認められない
から,この事実をもって,サンプル薬の測定時の水分含量が,製造時の水分含量と
ほぼ同じであったということはできない。
(ウ)したがって,サンプル薬の測定時の水分含量が本件発明2の範囲内である
からといって,4年以上も前の製造時の水分含量も本件発明2の範囲内であったと
推認できるものではない。
ウ実生産品の水分含量
(ア)控訴人は,実生産品の水分含量を測定しているところ,その測定方法及び
水分含量の測定結果は,次のとおりである(乙16)。
対象測定方法水分含量
028実生産品カールフィッシャー法2.74質量%
062実生産品カールフィッシャー法2.24質量%
003実生産品カールフィッシャー法2.31質量%
012実生産品カールフィッシャー法2.30質量%
(イ)もっとも,前記のとおり,サンプル薬と実生産品との間で,B顆粒の水分
含量の管理範囲が●●●●●●●●から●●●●●●●へと変更されている。また,
A顆粒及びB顆粒以外の添加剤の水分含量,打錠時の周囲の湿度,気密包装がされ
るまでの管理湿度などの点において,サンプル薬と実生産品との製造工程が同一で
あることを示す証拠はない。
(ウ)したがって,サンプル薬と実生産品が同一工程により製造されたものとい
うことはできないから,実生産品の水分含量が本件発明2の範囲内であるからとい
って,サンプル薬の水分含量も同様に本件発明2の範囲内であったということはで
きない。
エサンプル薬の顆粒の水分含量
(ア)控訴人は,A顆粒とB顆粒の水分含量を測定しているところ,その測定方
法及び各顆粒の水分含量の測定結果から算出した錠剤の水分含量の推計値は,次の
とおりである(乙23の1・2,25の1・2,41の1~4)。
対象顆粒の測定方法錠剤の水分含量の推計値
201サンプル薬乾燥減量法●●●●●
202サンプル薬乾燥減量法●●●●●
203サンプル薬乾燥減量法●●●●●
303サンプル薬乾燥減量法●●●●●
(イ)乾燥減量法もカールフィッシャー法も日本薬局方において採用されている
水分含量の測定方法であって(甲20),087実生産品及び023実生産品の水
分含量は,乾燥減量法とカールフィッシャー法のいずれの測定方法を採用しても,
ほぼ同一の測定値を採るとの測定結果もある(甲13)。控訴人によるA顆粒とB
顆粒の水分含量の上記測定は,設定温度80度における乾燥減量法で測定されてい
るところ,乾燥減量法における乾燥温度は医薬品各条に委ねられるものであって(乙
40),控訴人は測定時に,追加乾燥も実施している。そうすると,控訴人が採用
した乾燥減量法により顆粒の水分含量を測定した上で,錠剤の水分含量を推計する
ことも許容され得るものである。そして,上記のとおり,201サンプル薬,20
2サンプル薬,203サンプル薬,303サンプル薬のA顆粒とB顆粒の水分含量
を基に算出した錠剤の水分含量の推計値は,本件発明2の範囲内のものではない。
(ウ)このように,サンプル薬の顆粒の水分含量を基に算出すれば,サンプル薬
の水分含量は本件発明2の範囲内にはない可能性を否定できない。
オ以上のとおり,サンプル薬を製造から4年以上後に測定した時点の水分含量
が本件発明2の範囲内であるからといって,サンプル薬の製造時の水分含量も同様
に本件発明2の範囲内であったということはできない。また,実生産品の水分含量
が本件発明2の範囲内であるからといって,サンプル薬の水分含量も同様に本件発
明2の範囲内であったということはできない。かえって,サンプル薬の顆粒の水分
含量を基に算出すれば,サンプル薬の水分含量は本件発明2の範囲内にはなかった
可能性を否定できない。その他,サンプル薬の水分含量が本件発明2の範囲内にあ
ったことを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,控訴人が,本件出願日までに製造し,治験を実施していた本件2m
g錠剤のサンプル薬及び本件4mg錠剤のサンプル薬の水分含量は,いずれも本件
発明2の範囲内(1.5~2.9質量%の範囲内)にあったということはできない。
(3)サンプル薬に具現された技術的思想
ア仮に,本件2mg錠剤のサンプル薬又は本件4mg錠剤のサンプル薬の水分
含量が1.5~2.9質量%の範囲内にあったとしても,以下のとおり,サンプル
薬に具現された技術的思想が本件発明2と同じ内容の発明であるということはでき
ない。
イ本件発明2の技術的思想
前記1のとおり,本件発明2は,ピタバスタチン又はその塩の固形製剤の水分含
量に着目し,これを2.9質量%以下にすることによってラクトン体の生成を抑制
し,これを1.5質量%以上にすることによって5-ケト体の生成を抑制し,さら
に,固形製剤を気密包装体に収容することにより,水分の侵入を防ぐという技術的
思想を有するものである。
ウサンプル薬に具現された技術的思想
(ア)控訴人が,本件出願日前に,サンプル薬の最終的な水分含量を測定したと
の事実は認められない。
(イ)また,203サンプル薬及び303サンプル薬の製造工程では,A顆粒及
びB顆粒の水分含量を乾燥減量法による測定において●●●●●●●●にする旨定
められているものの(乙23の1・2,25の1・2),A顆粒及びB顆粒以外の
添加剤の水分含量は不明である。また,サンプル薬には吸湿性の高い崩壊剤や添加
剤が含まれているにもかかわらず,打錠時の周囲の湿度,気密包装がされるまでの
管理湿度などは不明である。
そうすると,サンプル薬に含有されるA顆粒及びB顆粒の水分含量について,●
●●●●にする旨定められているからといって,控訴人が,サンプル薬の水分含量
が一定の範囲内になるよう管理していたということはできない。
(ウ)さらに,012実生産品及び062実生産品の製造工程では,B顆粒の水
分含量を乾燥減量法による測定において●●●●●●●にすると定められており
(乙24,26の1・2),サンプル薬と実生産品との間で,B顆粒の水分含量の
管理範囲が●●●●●●●●から●●●●●●●●へと変更されている。控訴人は,
サンプル薬の水分含量には着目していなかったというほかない。
(エ)したがって,控訴人は,本件出願日前に本件2mg錠剤のサンプル薬及び
本件4mg錠剤のサンプル薬を製造するに当たり,サンプル薬の水分含量を1.5
~2.9質量%の範囲内又はこれに包含される範囲内となるように管理していたと
も,1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値となるように管理していた
とも認めることはできない。
エ以上のとおり,本件発明2は,ピタバスタチン又はその塩の固形製剤の水分
含量を1.5~2.9質量%の範囲内にするという技術的思想を有するものである
のに対し,サンプル薬においては,錠剤の水分含量を1.5~2.9質量%の範囲
内又はこれに包含される範囲内に収めるという技術的思想はなく,また,錠剤の水
分含量を1.5~2.9質量%の範囲内における一定の数値とする技術的思想も存
在しない。
そうすると,サンプル薬に具現された技術的思想が,本件発明2と同じ内容の発
明であるということはできない。
オ控訴人の主張について
(ア)控訴人は,水分含量によってピタバスタチン製剤のラクトン体が生成する
ことは技術常識であったから,控訴人は,本件2mg錠剤及び本件4mg錠剤の治
験薬製造前から,錠剤中の水分含量を管理する必要性を認識していたと主張する。
しかし,一般的に,医薬組成物において製剤中の水分が類縁物質生成の原因にな
るという技術常識(乙8~10)や,ピタバスタチンについては水分含量を調整し
なければならないという技術常識(乙12~14,20,57)が認められるとし
ても,水分含量の調整方法は様々であるから,このような技術常識のみから,ピタ
バスタチン又はその塩と特定の崩壊剤から成る錠剤であるサンプル薬について,錠
剤としての水分含量を一定の範囲内となるように管理することを控訴人が認識して
いたといえるものではない。
したがって,本件出願日前の技術常識をもって,控訴人がサンプル薬の水分含量
を管理する必要性を認識していたということはできない。
(イ)控訴人は,サンプル薬について,水分含量を調整することにより,水分に
よる影響を受ける類縁物質が生成しない,長期安定な薬剤を製造する点は,確定し
ていた旨主張する。
しかし,控訴人が,サンプル薬について,ラクトン体及び5-ケト体の生成の程
度について測定し,安定な製剤であることを確認していたとしても,前記のとおり,
控訴人が,サンプル薬を製造するに当たり,その水分含量を1.5~2.9質量%
の範囲内又はこれに包含される範囲内となるように管理していたとも,1.5~2.
9質量%の範囲内における一定の数値となるように管理していたとも認めることは
できない。サンプル薬において,5-ケト体の生成を抑制できていたとしても,こ
れをもって,控訴人が,サンプル薬の水分含量を1.5質量%以上に管理していた
と推認できるものではなく,また,これが,控訴人がサンプル薬の水分含量を1.
5質量%以上に管理するという技術的思想を有していた結果として生じたものと評
価できるものでもない。
したがって,サンプル薬について,何らかの方法を採用することにより,水分に
よる影響を受ける類縁物質が生成しない,長期安定な薬剤を製造する点が確定され
ていたとしても,これをもって,サンプル薬に具現された技術的思想が,本件発明
2と同じ内容の発明であるということはできない。
(4)小括
以上のとおり,控訴人が,本件出願日までに製造し,治験を実施していた本件2
mg錠剤のサンプル薬及び本件4mg錠剤のサンプル薬に具現された技術的思想は,
いずれも本件発明2と同じ内容の発明であるということはできない。したがって,
控訴人は,発明の実施である事業の準備をしている者には当たらないから,本件発
明2に係る特許権について先使用権を有するとは認められない。
よって,争点1に係る控訴人の主張は理由がない。
3争点2(本件発明2に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきもの
か)について
⑴原判決の引用
次のとおり訂正及び削除するほか,原判決「事実及び理由」の第4の2記載のと
おりであるから,これを引用する。
ア原判決21頁6行目に「【0089】,【表4】」とあるのを,「【表2】,
【表5】ないし【表7】」と訂正する。
イ原判決22頁16行目から21行目を削除する。
(2)当審における控訴人の主張について
ア控訴人は,乙13及び乙20から,ピタバスタチン原薬の水分量をコントロ
ールして5-ケト体の生成を抑制できること,ピタバスタチン原薬の水分量が5%
未満になると類縁物質が増加することは知られていた旨主張する。
しかし,乙13には,水分含量が約5質量%である結晶性形態のピタバスタチン
カルシウムが安定していたことを示す根拠として,3か月間にわたる5-オキソを
含む複数の類縁物質の増減値が記載されるにとどまる(【請求項1】,【0044】,
【表1】)。乙13は,水分含量が特定の範囲である結晶性形態のピタバスタチン
原薬においては類縁物質の増加が少ないことを示すものであって,複数の類縁物質
から,あえて5-ケト体の生成抑制と水分含量の相関関係に着目し,その相関関係
に基づいて,さらに,製剤においても水分含量の下限値を調整することを示唆する
ものではない。また,乙20は,ピタバスタチンカルシウムの水分含量を5~15%
に調節すれば,類縁物質の生成を抑制することができる旨記載されるにとどまる
(【請求項1】,【0010】,【表1】)。類縁物質に5-ケト体が含まれるこ
とが技術常識であったとしても,かかる記載は,類縁物質に含まれる5-ケト体の
生成抑制と水分含量の相関関係に着目し,その相関関係に基づいて,さらに製剤に
おいても水分含量の下限値を調整することを示唆するものではない。医薬の安定性
という観点から製剤における水分含量を調整することが技術常識であったとしても,
安定性に影響を及ぼす複数の指標の中から,特定の指標に着目し,その指標と水分
含量との相関関係を見いださなければ,製剤の水分含量の下限値を特定することは
できるものではない。
このように,乙13及び20は,ピタバスタチン又はその塩を含有する医薬製剤
において,その水分含量の下限と5-ケト体との生成抑制との関係について示唆す
るものではないから,控訴人の主張は採用できない。
イ控訴人は,本件発明2における水分含量の下限値の設定(1.5質量%以上)
には,5-ケト体の生成抑制効果は全く認められないし,本件明細書でも具体的に
示されていない旨主張する。
しかし,本件明細書の実施例には,固形製剤の水分含量を1.5質量%まで減少
させていくと,5-ケト体の生成率が上昇することが記載されている(【0068】
~【0070】,【表4】)。そうすると,本件明細書には,少なくとも水分含量
が1.5質量%以上の範囲内においては,水分含量が減少すると,5-ケト体の生
成率が上昇することが説明されており,本件発明2は,5-ケト体の生成率を一定
程度以下に抑制するために,固形製剤の水分含量の下限値を1.5質量%に設定す
るという構成を採用したものということができる。なお,固形製剤の水分含量が1.
5質量%以上の範囲内においては,水分含量が減少すると,5-ケト体の生成率が
上昇するという上記実施例の結果は,再試験からも裏付けられるものである(甲2
4,乙44)。
そして,本件発明2は,5-ケト体の生成抑制と水分含量の関係に着目し(【0
025】),5-ケト体の生成率を一定程度以下に抑制するために,固形製剤の水
分含量の下限値を1.5質量%に設定するという構成を採用したものである。本件
発明2は,水分含量の下限値である1.5質量%に臨界的意義を見いだしたもので
はないから,その下限値において5-ケト体の生成が顕著に抑制されるか否かは,
本件発明2の進歩性判断を左右するものにはならない。
このように,本件発明2における水分含量の下限値の設定は,5-ケト体の生成
抑制を一定程度以下に抑制するという意味において,生成抑制効果を認めることが
でき,このことは本件明細書の実施例にも記載されているものであるから,控訴人
の前記主張は採用できない。
(3)小括
以上のほか,周知の技術事項を示すものとして控訴人が挙げる乙8ないし14に
は,5-ケト体の生成を抑制するという観点以外の観点からも,ピタバスタチン又
はその塩を含有する医薬製剤の水分含量の下限値を1.5質量%と特定することに
ついて,動機付けとなる記載は見当たらない。そうすると,乙7発明において,少
なくとも,相違点②のうち水分含量の下限値に関する部分に係る本件発明2の構成
を採用することは,当業者が容易に想到し得たものということはできない。したが
って,本件発明2は,乙7発明に周知の技術事項を適用することにより,容易に発
明をすることができたということはできないから,本件発明2に係る特許は,特許
無効審判により無効にされるべきものとは認められない。
よって,争点2に係る控訴人の主張は理由がない。
4結論
以上のとおり,被控訴人の請求は理由があるから,被控訴人の請求をいずれも認
容した原判決は,相当であって,本件控訴は,これを棄却すべきである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官高部眞規子
裁判官山門優
裁判官片瀬亮

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