弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1相手方は,申立人目録(1)記載の申立人らに対し,本案(当庁平
成18年(行ウ)第81号事件)の第一審判決言渡しまで,神戸市立
児童福祉施設等に関する条例(神戸市昭和33年条例第1号)の一部
を改正する条例の制定をもってする神戸市立a保育所を平成19年3
月31日限り廃止する旨の処分をしてはならない。
2本件申立てのうち,申立人目録(2)記載の申立人らの申立てをい
ずれも却下する。
3申立費用は,申立人目録(2)記載の申立人らと相手方の間に生じ
た費用については同申立人らの負担とし,その余の申立人らと相手方
の間に生じた費用については相手方の負担とする。
事実及び理由
第1申立ての趣旨
相手方は,申立人らに対し,本案(当庁平成18年(行ウ)第81号事件)の第一
審判決言渡しまで,神戸市立児童福祉施設等に関する条例(神戸市昭和33年条例第
1号)の一部を改正する条例の制定をもってする神戸市立a保育所を平成19年3月
31日限り廃止する旨の処分をしてはならない。
第2当事者の主張
申立人らの主張は,別紙「仮の差止申立書「申立人意見書1」及び「2007」,(
年2月19日付け)意見書」各記載のとおりであり,これに対する相手方の主張は,
別紙「意見書(1」及び「意見書(2」各記載のとおりである。))
第3当裁判所の判断
1本件は,相手方が,その設置する神戸市α××番地所在の神戸市立a保育所(以下
「本件保育所」という)を平成19年3月31日をもって廃止する内容の条例(以。
下「本件条例」という)を制定し,その施行に伴って本件保育所を廃止して民間の。
社会福祉法人に運営を移管する予定であるところ,同保育所に入所していた児童及び
その保護者である申立人らが,相手方に対して,本件条例の制定は申立人らの保育所
選択権等を侵害するものであって違法である等と主張して本件条例の制定の差止めを
,。求める本案訴訟を提起するとともに同条例の制定の仮の差止めを求めた事案である
2差止めの訴えの提起があった場合において,その差止めの訴えに係る処分又は裁決
がされることにより生ずる償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があり,
かつ,本案について理由があるとみえるときは,裁判所は,申立てにより,決定をも
って,仮に行政庁がその処分又は裁決をしてはならない旨を命ずることができる(行
政事件訴訟法37条の5第2項)が,仮の差止めは,公共の福祉に重大な影響を及ぼ
すおそれがあるときは,することができない(同条第3項)ので,以下,本件におけ
る上記各要件の充足の有無について検討する。
3本件記録によれば以下の事実が一応認められる。
(1)相手方は,神戸市立児童福祉施設等に関する条例(神戸市昭和33年条例第
),,1号を制定し昭和49年5月1日に神戸市α××番地に本件保育所を設置して
本件保育所において保育に欠ける児童の保育を実施してきた(乙1,28の2。)
平成18年4月1日時点の本件保育所の入所可能児童数は137名,入所児童数は
122名,常勤職員は,保育士14名,調理士2名,管理員1名,非常勤職員は,
保育補助12名,調理士2名である(乙1,28の1。)
申立人らは,本件保育所に在籍する児童及びその保護者である。
(2)相手方は,阪神・淡路大震災の影響などから厳しい財政状態にあり,財政の
危機的状況の打開策について大学教授等の専門家に意見を求めたところ,平成14
年11月に神戸市行財政改善懇談会から,平成15年10月に神戸市事務事業外部
評価委員から,それぞれ提言がなされた。同提言では,公立保育所に関して「民間
とのコスト比較や適正配置の観点もふまえ,役割分担を明確にし,民営化の数値目
標の設定を行うなど民営化について検討する必要がある」等と指摘がされていた。
(乙13ないし15。)
他方で,相手方は,保育所入所の待機児童の解消や多様な保育ニーズヘの対応等
の観点から,平成17年2月に「神戸市次世代育成支援対策推進行動計画(神戸っ
子すこやかプラン21」を策定し,このプランに基づき,子ども達に対して,そ)
(,の最善の利益を考慮しながら総合的な施策を実施することとしていた甲総A15
乙27。)
そして,相手方は,このような厳しい財政状況の中,限られた人材と予算のもと
で子育て施策を積極的に実施していく上において,行財政運営における協働参画や
民間の知恵や力の活用という視点に立ち,これまで以上に限られた人材や財源を最
大限有効に活用する必要があるとして,上記神戸市行財政改善懇談会や神戸市事務
事業外部評価委員の提言を踏まえ,上記プランの計画期間中の平成22年度までの
間,20か所程度の保育所の運営主体を相手方から社会福祉法人に移管して,公民
格差の解消を図りながら,必要となる施策を推進していくとの方針を決定した。こ
のような観点から,相手方は,平成18年度から神戸市立b保育所,神戸市立c保
育所及び神戸市立d保育所の3か所の保育所を民間に移管するとともに,平成19
年度からは神戸市立e保育所,神戸市立f保育所及び本件保育所の3か所の保育所
の民間移管を予定した(甲総A8,28,乙28の2。この一環として,平成1)
9年2月16日,同日から始まる神戸市議会における第26号議案として,本件保
育所を含めた上記3つの保育所を神戸市立児童福祉施設等に関する条例の別表第1
から削除する旨の条例改正案(本件条例)が神戸市長より提出されるに至っている
(甲総A82。)
(3)相手方は,本件保育所の民間移管について,以下のとおりのスケジュールで
本件保育所に入所している児童の保護者らに対して通知して民間移管に係る趣旨や
そのスケジュール等の説明会を実施した(甲総A13,19,29,33,35,
64,83。)
回数説明会開催日時主な説明内容
1平成17年12月27日移管についての趣旨説明
2平成18年1月29日移管についての趣旨説明
3平成18年4月23日移管の概要,平成18年度4月移管の3保育
所の状況説明
4平成18年5月28日平成18年度4月移管の3保育所の状況説
明,平成19年度移管先法人の公募条件,今
後のスケジュールの説明
5平成18年6月18日移管先法人募集の説明
6平成18年9月17日経過説明,移管先法人再募集の説明
7平成18年10月17日申し込み法人が運営する保育園の実地視察
8平成18年11月2日移管引継ぎスケジュール案の説明
9平成19年2月11日共同保育のスケジュールの説明
(4)この過程で,相手方は,本件保育所の移管条件として,本件保育所の建物及
び備品の無償譲渡を受けるとともに用地についての使用許可を受けて使用料を支払
うこと,入所児童数枠,年齢構成,年間行事及び子育て支援事業については,移管
前の内容を承継すること,休所日については神戸市立児童福祉施設等に関する条例
の規定に従うこと,従前どおりの開所時間を最低限確保すること,保育内容として
は現在の保育内容を引き継ぎ保育運営を行うこと,特別保育事業等として相手方の
要綱に基づく障害児保育及び幼児に対する主食提供を実施すること,原則として,
幼児主食提供代等,相手方が予め認めた費用以外の費用の負担を求めないこと,入
所児童数に応じて,児童福祉施設最低基準及び相手方の指導に基づく職員を配置す
ること,保育所での勤務経験4年以上の保育士を3分の1以上は確保すること,相
手方が指定する引継ぎ期間中に,移管後に勤務する予定の職員の配置を行う等の円
滑な移管のために必要な対策を講じること等を定めた上で,移管先の社会福祉法人
の募集を行った(乙28の1,30,31。)
(5)平成18年7月30日及び同年8月5日に,相手方の募集に応じた社会福祉
法人からプレゼンテーションが実施されたが(乙35,この時に募集に応じた社)
会福祉法人は辞退ないし社会福祉法人選考委員会(乙29参照)によって適当では
ないと判断されたため,結局移管先の社会福祉法人は選出されなかった(甲総A4
6。そこで,相手方は再び移管先の社会福祉法人の募集をしたところ,3つの社)
会福祉法人がこれに応募した(乙40。そして,社会福祉法人選定委員会による)
審査の結果,平成18年11月7日付けで本件保育所の移管先法人として社会福祉
法人g(以下「本件法人」という)が選ばれ,神戸市長から本件法人に対して本。
件保育所の移管先に選ばれた旨が通知された(乙50。本件法人については,平)
成18年11月7日付けで本件保育所保護者会が,乳幼児に対する細かい保育や移
管に対する意気込み等にかんがみ本件法人を移管先に希望するとの意見書を出して
()。,,,いた乙48ただし同保護者会は従前から移管そのものに同意しておらず
前記選考委員会においても,保護者委員が共同保育期間を3か月間とすることに対
する強い反対意見を表明した(乙46,47,49。)
(6)本件法人は,平成14年8月21日に設立された,多様な福祉サービスがそ
の利用者の意向を尊重して総合的に提供されるように創意工夫することにより,利
用者が,個人の尊厳を保持しつつ,心身ともに健やかに育成され支援することを目
的とする,資産の総額を1億0339万円余とする社会福祉法人であり,既にh保
育園の設置経営の実績がある法人であった(乙52。そして,本件法人は,平成)
18年11月29日付けで,保育所の設立認可を受けて本件保育所の施設を継続使
用して保育所を運営する予定であり,上記(4)の移管条件に従うことを承諾する
旨の請書を神戸市長宛てに提出した(乙51。)
(7)本件法人では,本件保育所と同様に,児童120名の定員(ただし,平成1
8年12月13日時点での児童在籍数は132名である)に対して常勤保育士1。
4名(うち新規採用予定9名,常勤調理員2名の配置を予定しているが,現在,)
本件保育所で相手方の非常勤職員として勤務している保育士2名を新規採用する予
定である(乙56。また,本件法人が法人内での転勤又は新規採用により本件保)
育所に配置することが内定している保育士11名のうち,保育所での勤務経験が4
年以上の者の人数は,移管条件である3分の1以上を充たしている(乙55。)
(8)相手方は,本件保育所に在籍する児童の保護者らに対し,本件保育所の民間
移管にあたり大要次のように共同保育を行う予定であると当初説明していた(甲総
A45。)
ア平成19年1月
移管先法人の保育士1,2名と,本件保育所の児童及び保護者との顔合わせ・
見学を,週に2日行う。
イ平成19年2月
,,。クラスを固定せず移管先法人の保育士34名による保育補助を週3日行う
ウ平成19年3月上旬ないし中旬
移管先法人の保育士3,4名で,クラスを固定して修了式まで保育補助を,週
5日行う。
エ平成19年3月下旬
修了式以後は,移管先法人の保育士が次年度担任予定のクラスに入り,移管先
法人主導の保育を行う。相手方の保育士による保育補助は,毎日,各クラス1名
で行う。
(9)申立人らは,平成18年12月13日,上記引継ぎのための共同保育案は不
十分であり,また,そもそも本件保育所の民間移管にも反対であるとして,本案訴
訟を提起し,同日,本件仮の差止めを申し立てた。
(10)相手方は,平成19年2月11日の保護者説明会において,移管先法人の
選定が当初の予定よりも2か月遅くなったためとして,大要,次のような本件保育
所の共同保育の(変更)スケジュール案を提示した(甲総80。)
ア平成19年2月26日から2週間は,本件法人の保育士2,3人又は3,4人
が,週3回又は週4回,夕方の保育に参加し,児童と一緒に遊んだりして過ごす
とともに,児童を迎えに来た保護者と挨拶をしたり,会話を交わすことにより,
児童や保護者と顔なじみになり信頼関係を培っていく(必要に応じ朝の受入時間
帯に実施することも検討する。。)
イ平成19年3月16日(5歳児の修了式)前には,同月18日以降のクラス別
共同保育実施に先立って,現在の担任の保育士と本件法人の担任の保育士が話し
合う時間を設け,クラス全体の特徴・雰囲気を確認し合い,配慮事項等を確認す
る。
,,ウ平成19年3月19日からは移管後の本件法人のクラス担任がクラスに入り
クラスの保育の様子,流れ,児童の様子を理解してもらう。これにより,一日の
保育の流れを引き継いでいく。
エ平成19年3月26日からは,本件法人の職員全員が共同保育に入り,保育生
活の流れを理解する。
オ平成19年4月1日以降同年5月末までは,本件法人職員と共に,現在の本件
保育所の職員(クラス担任等)を原則各クラスに1名常時配置し,旧担任クラス
で保育補助を行う。
カ共同保育終了後も,その時の状況を十分に考慮し,現在の本件保育所職員の巡
回による指導等,必要なフォローを行っていく。
(11)上記(10)のスケジュールの変更も踏まえ,平成19年2月13日,当
裁判所は,和解勧試の前段階として,相手方に対し,本件保育所における共同保育
のスケジュールに関し,最低限次のような内容を確保することができないかを検討
されたい旨要請した。
ア平成19年2月26日から同年3月末日までの移管(引継ぎ)のための共同保
育について
相手方において予定している保育士の人数,1日当たりの稼働時間,週当たり
の稼働日数の概略についての説明を受けてから,別途考察する。
イ平成19年4月1日以降の移管後のフォロー態勢としての共同保育について
実質的に週5日の共同保育態勢が実施される平成19年3月19日から起算
し,共同保育期間は最低6か月とする。
引継ぎ当初段階(平成19年3月19日から3か月間程度)では,各クラス最
低1名(合計7名)の保育士が週5日,1日8時間程度(正規保育時間内の適宜
の時間帯,共同保育に参加する。)
次の2か月間では,各クラス最低1名(合計7名)の保育士が週5日,1日5
時間程度(正規保育時間内の適宜の時間帯,共同保育に参加する(延べ人数で)
あるので,同時の掛け持ちにならない限り,1人で複数組を順次受け持つことは
できる。。)
最後の1か月間では,各クラス最低1名(合計7名)の保育士が週5日,1日
3時間程度(正規保育時間内の適宜の時間帯,共同保育に参加する(延べ人数)
であるので,同時の掛け持ちにならない限り,1人で複数組を順次受け持つこと
はできる。。)
(12)相手方は,平成19年2月16日,共同保育は期間だけではなく内容の充
実に力点を置くことが大切であり,また,長期に渡って共同保育を行うことは,児
童がいつまでも相手方の保育士を頼りにし本件法人の保育士との信頼関係を築く上
で支障を生みかねないこと,本件法人の保育士による主体的な保育の妨げとなるこ
と,新しい運営主体の下での新しい保育態勢のスタートが遅れることといった問題
点もあり,概ね3か月を目処とした共同保育計画は妥当である旨記載した上申書の
提出をもって当裁判所の上記要請に対する回答をした。
その上で,相手方は,大要次のように共同保育を行う予定である旨,共同保育の
内容の詳細について明らかにした(乙64。)
ア平成19年2月26日から同年3月末日まで
(ア)平成19年2月26日から同年3月2日までの5日間のうちの3日間,
本件法人の保育士3名ずつが,1人1日当たり3時間,園庭・保育室での保育
に参加する。
(イ)平成19年3月5日から同月9日までの5日間のうちの4日間,本件法
人の保育士4名ずつが,1人1日当たり3時間,園庭・保育室での保育に参加
する。
(ウ)平成19年3月12日から同月14日までの間の1日において,各クラ
スの新旧担任の保育士同士が児童票(児童の特徴,配慮事項等が記載されてい
る)等に基づき引継ぎを行い,さらに本件法人の保育士6名が1人1日当た。
り6時間,園庭・保育室での保育に参加する。
()(。),エ平成19年3月19日から同月24日までの5日間祭日を除くは
本件法人の保育士6名が各クラスに分かれて,1人1日当たり8時間,各保育
室に入り,現保育士とともに保育に参加する。
(オ)平成19年3月26日から同月30日の5日間は,本件法人の保育士9
名が移管後に担任として配置予定の0歳児ないし4歳児の各クラスに入り,1
,,。人1日当たり8時間程度各保育室に入り現保育士とともに保育に参加する
イ平成19年4月2日から同年5月末日まで
本件法人では,0歳児クラスに2名,1歳児クラスに2名,2歳児クラスに3
名,3歳児クラスに2名,4歳児クラスに1名,5歳児クラスに1名の保育士を
配置して保育を行う。
(ア)平成19年4月2日から同月14日まで
相手方の保育士(移管前の担任)7名が,月曜日から土曜日まで,本件法人
の保育に合わせ(延長勤務を含む)共同保育を実施する。。
(イ)平成19年4月16日から同年5月末日まで
相手方の保育士(前回)7名が,月曜日から金曜日まで保育に入り,午前9
時から午後5時30分までの定時勤務で共同保育を実施する。
(13)しかし,相手方は,平成19年2月23日に至り,本件法人から「保護者
に対する本件法人の紹介と,相手方・本件保育所保護者会・本件法人の三者による
移管に関する協議の場を設定してもらった上で,3月下旬ころより共同保育に入り
たい」旨の申出があったとして,共同保育の計画を変更することにした旨の上申。
書を提出した。相手方が明らかにした変更後のスケジュール案は次のとおりである
(乙67。)
ア平成19年3月26日から同月30日まで
平成19年3月26日から同月30日までの5日間で,本件法人の保育士9名
が,移管後に担任として配置される0歳児ないし4歳児の各クラスに分かれて入
り,1人1日当たり8時間程度,現保育士とともに共同保育に当たる。
イ平成19年4月2日から同年6月末日まで
(ア)平成19年4月2日から同月28日まで
相手方の保育士(移管前の担任)7名が,月曜日から土曜日まで,本件法人
の保育に合わせ(延長勤務を含む)共同保育を実施する。。
(イ)平成19年5月1日から同年6月末日まで
相手方の保育士(前同)7名が,月曜日から金曜日まで保育に入り,午前9
時から午後5時30分までの定時勤務で共同保育を実施する。
4償うことのできない損害を避けるための緊急の必要性の有無について
(1)行政事件訴訟法37条の5第2項は,仮の差止めの要件として「償うこと,
のできない損害を避けるため緊急の必要」があることを定めている。
これは,本案事件における差止判決を待っていたのでは「償うことのできない損
害」を生ずるおそれがあって,これを避けるために緊急の必要があることを要件と
するものであるから償うことのできない損害とは差止訴訟の要件である一,「」,「
定の処分又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合(同」
法37条の4第1項)よりも損害の回復の困難の程度が著しい場合をいうものと解
すべきであり,金銭賠償が不可能な損害が発生する場合のほか,社会通念に照らし
て金銭賠償のみによることが著しく不相当と認められるような場合を指すものと解
される。
(2)そして,前記第3,3のとおり,償うことのできない損害の有無を判断する
に当たっては,本件条例の改正に伴って相手方が措置することを予定している民間
移管の内容や円滑な移管のためにとられる予定の引継ぎや共同保育等のスケジュー
ル等の諸般の事情を前提とした上で,市立保育所としての本件保育所の廃止が保育
児童やその保護者らに与える影響について勘案すべきである。
(3)そこで,検討するに,前記のとおり,確かに,申立人らは,市立保育所とし
ての本件保育所が廃止されたとしても,希望すれば,本件保育所と同じ場所で同じ
施設を用いて設置される児童福祉法及び相手方の基準によって要求される水準を一
応は満たした私立の保育所としての本件保育所において,引き続き保育を受けるこ
とが可能であるとはいえる。しかしながら,市立保育所の廃止と民間移管に伴い相
当程度の保育環境の変化が生じることもまた不可避であり,これが保育児童に対し
て大きな影響を与えるであろうことも容易に想像の付くことである。無論,保育士
の交替といった事態は,保育士の転勤や退職,児童の転所等によっても通常起こり
うる事態ではあり,また,本件法人による保育所も認可保育所として所定の条件を
満たしたものなのであって,たとえ本件のように職員の転勤時等よりも多くの職員
が交替することになったとしても,共同保育の期間中に新しい保育士と従前の保育
士とが共同で保育を行うことを通じて,本件法人の保育士との間でもスムーズに保
育児童との間の信頼関係が構築されていくことが予定されているのであれば,十分
,,な引継ぎがなされているものとして民間移管によって児童に多大な悪影響が生じ
これを仮に差し止めるべき償うことのできない損害が生じるとまではいえないもの
というべきであるが,本件においては上記3のとおり,共同保育について,相手方
は,当初,移管前に3か月間の共同保育を行い円滑な引継ぎを実現するためのスケ
ジュールを公表していたところ,移管先法人の第1回目の選考が失敗に終わったこ
とを理由に,平成19年2月11日に至って,同年1月に予定されていた共同保育
の開始時期を同年2月26日まで遅らせ,同月16日,詳細な保育内容を示して同
月26日から3か月間の共同保育を行うことを重ねて明らかにしておきながら,わ
ずか1週間後の同月23日には,同月26日の共同保育開始は不可能であるとして
同年3月26日まで開始時期を遅らせた新たなスケジュールを提示するに至ってい
るものである。
そして,本件条例では平成19年3月31日に市立保育所としての本件保育所を
廃止して同年4月1日に民間移管することとしており,この予定を貫く限り,本件
保育所に本件法人の保育士の多くを招いて引継ぎのために移管前に行うものはわず
か5日間だけという極めて短いものとなっており(その当否は措くとしても)そ,
もそも相手方の従前の計画においてもこれが3か月ないしは1か月以上であったこ
とも併せると,5日間といった短期間での引継ぎが可能であるとは到底考えられな
い。確かに,記録によれば,本件保育所の保護者の中にも,移管前に移管先法人の
経験のある保育士が共同保育に参加することは事実上困難であると予想されること
などから,むしろ移管後に共同保育を行う方が望ましいとの意見を持つ者がいたこ
とが窺え,その意見にも一理ある。しかし,本件保育所の保護者説明会において,
相手方側の出席者(主幹保育士)が,経験上,4月に引継ぎを完了するのが最良で
あると発言したことがあり(甲総A64,平成18年4月に民間移管し,同月1)
日から3か月間の共同保育に入ったd保育所の保護者の中には「移管後は法人が,
主体で公立時代の保育士は肩身の狭い思いをし,遠慮していた。引継ぎは公立保育
所が主体となっている間に行っておくべきである」との意見を持つ者もいる(甲。
総A56。これらの発言,意見にもあるように,相手方の予定どおり進行するな)
ら,平成19年4月以降は,本件法人が本件保育所の経営,運営の主体となるので
あり,入所児童の生命身体の安全及びその健康確保に第一次的な責任を負うのも本
件法人であることはいうまでもない。退所する5歳児を除き,また,若干転所する
児童がいる可能性を考慮しても約90名又はそれに近い人数の児童を一挙に引き継
,,ぐ本件法人がわずか5日程度の共同保育及びその他の書面等による引継ぎにより
個々の児童の個性等を把握し,その生命,身体の安全等に危険が及ぶことのない体
制を確立できるとはおよそ考えられない。d保育所の保護者の前記意見にあるとお
り,移管後,保育を補助する本件保育所の保育士は,立場上,現在と同じように児
童に接することができないであろうから,共同保育が実施されるからといって前記
危険が回避できるとは考えられない。本件法人が児童及び保護者に対して担うべき
責務に照らすと,本件法人における前記の安全確保体制の確立が民間移管後であっ
ても差し支えないとの見解には左袒できない。すなわち,本件においては,単に共
同保育の期間が3か月間で十分か否かを論ずるのみでは足りないというべきとこ
,,。ろ現時点では相手方にはこの視点が欠落しているといわざるを得ないのである
また,本件保育所の民間移管を保育所の新規設立と同視して引継ぎを重視しない見
解も,既に安定した保育環境にある多数の児童を引き継ぐ本件法人と新規設立保育
所の相違を正しく認識しないものといわざるを得ず,採り得ない。
共同保育の内容についてみても,平成19年2月11日の時点においてすら人員
や時間等の詳細が定まってはおらず具体性に欠けるものであり,当裁判所からの釈
明後に,保育士の人数や共同保育の時間帯などがある程度具体的になりはしたもの
の,同月23日には共同保育の計画内容を大幅に修正するなど,間近に共同保育の
実施を控えているにもかかわらず,相手方の共同保育計画自体が具体性に欠けてお
り,どの程度の実のある共同保育を実施しようとしているのかについて相手方自身
の内部で確固とした決意や計画があるのかすらも疑わしく感じられる。
さらに,相手方の共同保育案は,主に平成19年2月11日の保護者説明会にお
いて保護者らに説明がなされているものであるが,申立人ら多くの保護者の反対を
受け(甲総A83,移管先の本件法人からすらも期間が短いなどとして見直しを)
求められている(甲総A77)上に,現在の本件保育所の保育士からも1年間の共
(,同保育が望ましい旨の意見が表明されていることが窺われるのであり甲総A74
83,このように関係者の多くが反対する中,わずか5日間だけの移管前共同保)
育による本件保育所の民間移管を強行すれば,これに伴って多大な混乱が起きる蓋
然性は極めて高いものといわざるを得ない。付言するに,相手方は,平成19年2
月23日に移管前の共同保育の期間を5日間とする前記計画を提示する理由とし
て,本件法人から,共同保育に入る前に,保護者に対する本件法人の紹介と,相手
方・本件保育所保護者会・本件法人の三者による移管に関する協議の場を設定して
もらいたい旨の申出があったことを挙げる。しかし,記録による限り,相手方が,
同年3月26日からの3か月間の共同保育開始につき,本件保育所保護者会の了解
を得た形跡は全くなく,本件法人の承諾を得たことも確認できない。疎明資料によ
り一応認められる前記保護者会の意見からすると,仮に,本件法人の希望する三者
協議会が実現したとしても,前記保護者会が相手方の前記計画に賛成する可能性は
少なく,保護者の信頼と協力を重視する(甲総A77)本件法人が同年3月26日
の共同保育実施に踏み切れるのかも極めて疑問である。この点で,事前の共同保育
期間を5日間とする相手方の最新の共同保育計画でさえ,実現の可能性がどの程度
あるのか疑わしい。
本件保育所の民間移管に伴い前記のとおり申立人ら児童の生命・身体等に重大な
危険が生ずるばかりか,保護者及び児童の保育所選択に関する法的利益も侵害され
る。すなわち,これが公法上の契約関係に基づき発生する極めて強固なものである
か,行政処分として発生する範囲内の程度のものであるかはともかくとして,児童
福祉法24条は保護者に対してその監護する乳幼児にどの保育所で保育の実施を受
けさせるかを選択する機会を与え,市町村はその選択を可能な限り尊重すべきもの
としており,これは保護者に対して保育所を選択し得るという地位(入所後,当該
保育所において,一定期間にわたる継続的な保育の実施を受ける地位を含む)を。
法的利益として保障したものと認められること,児童自身についても,直接の保育
の対象であることから,上記の法的地位が認められるべきであることからして,か
かる意味での保育所選択権であるというべきである。
本件においては,上述したように相手方から本件法人への円滑な引継ぎのために
行われる共同保育の計画の期間,内容及び実行可能性等について計画自体において
問題があることは明らかであり,前記のような極めて不十分で実質的にみれば無き
に等しい性急な共同保育を経ただけで市立保育所としての本件保育所を廃止しこれ
を民間移管することは,申立人らの保育所選択に関する法的利益を侵害するもので
あり,社会通念に照らして金銭賠償のみによることが著しく不相当と認められるも
のというべきである。
(4)この点,相手方は,公立の保育所においても,通常の場合数名の保育士の人
事異動があり,保護者の事情による児童の転所もあることであって,保育士の交替
等による保育士と児童との人的相互関係の変化自体は異質なものとはいえないが,
それでも相手方は万全を期すために本件法人との共同保育を予定して児童らへ生じ
うる支障の回避措置を十分に踏まえており,償うことのできない損害はあり得ない
旨主張する。
しかしながら,本件のように保育所が民間に移管される場合においては,その保
育士の大部分が入れ替わることになるのであり,通常時の保育士の人事異動とは異
なる。また,児童の転所の場合であれば,児童らや保育士らをはじめとする職員に
ついても安定した環境が形成されている受入先の保育所の中に当該児童が入ってい
くところ,本件のように保育所自体が民間に移管される場合においては,児童ら全
員が見知らぬ環境に突然晒されることになるのであって状況が異なる。そして,そ
うであるからこそ,相手方は,児童らへ生じうる支障を回避するために,円滑な移
管のための共同保育を行うことが必要になるところ,本件では移管前の共同保育案
が極めて不十分で無きに等しいことは上述したとおりである。
また,相手方は,民間への移管が行われた他の保育所について,共同保育が成功
した旨るる主張するが,他の保育所のほぼすべてが移管前からある程度の期間は共
同保育が行われていることが窺えるのであって(甲総A30等,これがわずか5)
日間だけであるとする本件とは事情を明らかに異にし,移管後に共同保育を実施し
たd保育所については保護者に対するアンケートも実施されておらず,その評価を
下せる段階ではない上,保育所によって個別具体的な事情もあるのであるから,他
の保育所の場合を引いて本件保育所についても共同保育が成功するということはで
きない。
よって,相手方の主張を採用することはできない。
(5)なお,以上のような不利益を被る者は,平成19年3月末日をもっても未だ
保育期間が満了しない申立人らのみであるから,同日までに保育期間が終了する申
立人らについては,上記のような償うことのできない損害があるとは認められない
といわなければならない。
5本案について理由があるとみえるか否かについて
(1)前記のとおり,特定の保育所に在籍する児童及びその保護者に対して保育所
選択権が認められるとしても,市町村が,その設置している当該保育所を廃止する
こと自体が全く許されないわけではないというべきであり,廃止についての判断は
保育所を取り巻く諸事情を総合的に考慮した上での当該市町村の政策的な裁量判断
にゆだねられているものと解される。
もとより,保育所廃止に係る判断は無制約に許容されるわけではなく,当該施設
が保育所であるという施設の性質や入所中の児童や保護者の前記利益が尊重される
べきことを踏まえた上で,その廃止の目的,必要性,これによって利用者の被る不
利益の内容,性質,程度等の諸事清を総合的に考慮した合理的なものでなければな
らないことは当然である。そして,本件においては,市立保育所としての本件保育
所の廃止による保育所選択権の侵害を保育児童やその保護者らに受忍させるには,
児童及び保護者の損害及び不利益をできる限り少なくするため十分な措置を講ずる
ことが必要となるというべきである。この点については,本件条例に伴って相手方
が措置することを予定している民間移管の内容や円滑な移管のためにとられる予定
の引継ぎや共同保育等のスケジュール等の諸般の事情を検討すべきこととなる。
(2)疎明資料によれば,相手方において,市立保育所の廃止により財政状況を立
て直す必要性があること自体は一応認められるものの,上記4のとおり,相手方か
ら本件法人への円滑な引継ぎのために行われる共同保育の計画の期間,内容及び実
行可能性等については計画自体において問題があり,前記のような極めて不十分で
実質的にみれば無きに等しい性急な共同保育を経ただけで市立保育所としての本件
保育所を廃止しこれを民間移管することは,申立人らの保育所選択権を,相手方に
与えられた裁量権を逸脱又は濫用して侵害するものといわざるを得ず,本案につい
て理由があるとみえる場合に当たるものというべきである。
6公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれの有無について
本件条例の制定を仮に差し止めることによって,相手方の財政計画や職員の配置計
画に多少の変動が生じることは否めないが,これが公共の福祉に重大な影響を及ぼす
とまではいえないことは明らかである。
この点,相手方は,本件申立てが認められれば,相手方の次世代育成支援対策推進
行動計画である「神戸っ子すこやかプラン21」の着実な推進に支障をきたし,子ど
も達への施策に影響がでるため,公共の福祉に重大な影響を及ぼす旨主張する。しか
し,本件保育所一つの廃止を仮に差し止めたことによって,相手方の次世代育成支援
対策推進行動計画全体に重大な影響が出るとまではいえず,相手方の主張を採用する
ことはできない。
7申立人の申立ての利益について
申立人らは本件条例の制定の仮の差止めを求めているところ,このうち平成19年
3月31日までに保育期間が終了する児童及びその保護者については,本件条例の制
定を仮に差し止めても市立保育園としての本件保育所で同年4月1日以降,保育の実
施を受ける法的利益があるとは認められず,単に償うことのできない損害がないのみ
ならず,そもそも申立ての利益がないものといわなければならない。
よって,平成19年3月31日までに保育期間が終了する児童及びその保護者であ
る別紙申立人目録(2)に記載の申立人らの本件条例の制定の仮の差止めを求める申
立ては不適法である。
8相手方は,平成18年4月以降に本件保育所に入所した申立人児童ら及びその保護
者である申立人らは,平成19年4月からの民間移管を承知して入所したのであるか
ら,これら申立人らの本件申立ては信義則に反する旨主張する。しかし,相手方が保
護者に配布又は送付した書面(乙57,58)には,わずか5日程度の共同保育を経
ただけで民間移管する予定である旨の記載などはなく,保護者らは,移管されるにし
ても,移管後に児童の生命・身体に危険が及ぶことなどないよう万全の措置を経て移
管されると信じていたことは推測するに難くなく,この信頼が大きく揺らいでいる以
上,平成18年4月以降入所の申立人児童及びその保護者である申立人らの本件申立
てが信義則に反することはない。
9以上によれば,申立人目録(2)記載の申立人らについての本件申立ては不適法で
あるから却下することとし,その余の申立人目録(1)記載の申立人らについての本
件申立ては理由があるから認容することとし,主文のとおり決定する。
平成19年2月27日
神戸地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官佐藤明
裁判官菊池章
裁判官松下絵美

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