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平成18年(行ケ)第10204号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成18年10月11日
判決
原告株式会社フジクラ
訴訟代理人弁理士棚井澄雄
同高橋詔男
被告日立電線株式会社
訴訟代理人弁理士平田忠雄
同岩永勇二
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2004-80133号事件について平成18年3月29日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が有する後記特許について,被告が無効審判請求をしたとこ
ろ,特許庁が特許を無効とする旨の審決をしたことから,原告がその取消しを
求めた事案である。
なお,上記審判請求については,特許庁が平成17年3月28日に特許を無
効とする旨の審決をし,これに対し当庁が平成17年8月1日に特許法181
条2項により上記審決を取り消す決定をしたことから,特許庁で再び審理され
ていたものである。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁等における手続の経緯
原告は,平成3年12月18日,名称を「光ファイバケーブル」とする発
明について,平成2年12月18日にした特許出願(特願平2-41157
2号)に基づく優先権を主張して(優先権主張国日本),特許出願(特願
平3-353715号)をし,平成12年12月8日,特許第313830
8号として設定登録を受けた(請求項1~3。特許公報は甲10。以下「本
件特許」という。)。
これに対し,被告は,平成16年8月30日付けで,本件特許について無
効審判請求をしたので,特許庁はこれを無効2004-80133号事件と
して審理した上,平成17年3月28日,「請求項1~3に係る発明につい
ての本件特許を無効とする」旨の審決をした。そこで原告は,当庁に上記審
決の取消しを求める訴えを提起し(平成17年(行ケ)第10453号),
また,平成17年7月8日に特許庁に対し訂正審判を請求した(訂正200
5-39118号)ところ,当庁は,平成17年8月1日,特許法181条
2項により,上記審決を取り消す決定をした。
このようにして,特許庁は,再び無効2004-80133号事件につい
て審理することとなり,また,原告が平成17年9月5日に上記訂正審判の
請求書に添付されたとおりの訂正の請求をしたものとみなされた(以下「本
件訂正」という。訂正2005-39118号事件はみなし取下げ。)とこ
ろ,特許庁は,平成18年3月29日,本件訂正を認めず,「特許第313
8308号の請求項1ないし3に係る発明についての特許を無効とする」旨
の審決(甲9)をし,その審決謄本は平成18年4月10日原告に送達され
た。
(2)発明の内容
ア本件訂正前(以下,各請求項に記載されている発明を順に「訂正前発明
1」などという。)
【請求項1】多数の光ファイバを並列的に配置してテープ状に集合し,
端部を一括融着接続する光ファイバケーブル(1)であって,前記光ファ
イバの少なくとも接続端部近傍に発生する曲りの曲率半径(R)が,光フ
ァイバの波長帯(λ)においてλ/1.41よりも大きいことを特徴とす
る光ファイバケーブル。
【請求項2】1.3μm帯用シングルモード光ファイバにおいて,その
光ファイバの接続端部近傍に発生する曲りが,曲率半径0.9m以上であ
って,かつ,最大許容接続損失値が0.5dB以下であることを特徴とする
「請求項1」に記載の光ファイバケーブル。
【請求項3】1.55μm帯用シングルモード光ファイバにおいて,そ
の光ファイバの接続端部近傍に発生する曲りが,曲率半径1.1m以上で
あって,かつ最大許容接続損失値が0.5dB以下であることを特徴とする
「請求項1」に記載の光ファイバケーブル。
イ本件訂正後(下線は訂正部分)
【請求項1】多数の光ファイバを並列的に配置してテープ状に集合し,
端部を一括融着接続する光ファイバケーブル(1)であって,前記光ファ
イバの少なくとも接続端部近傍に発生する曲りの曲率半径(R)が,光フ
ァイバの波長帯(λ)においてλ/1.4よりも大きいことを特徴とする
光ファイバケーブル。
【請求項2】1.3μm帯用シングルモード光ファイバにおいて,その
光ファイバの接続端部近傍に発生する曲りが,曲率半径0.9m以上であ
って,かつ,最大許容接続損失値が0.5dB以下であることを特徴とする
「請求項1」に記載の光ファイバケーブル。
【請求項3】1.55μm帯用シングルモード光ファイバにおいて,そ
の光ファイバの接続端部近傍に発生する曲りが,曲率半径1.1m以上で
あって,かつ最大許容接続損失値が0.5dB以下であることを特徴とする
「請求項1」に記載の光ファイバケーブル。
(3)本件訂正の内容
ア訂正事項a
「特許請求の範囲」の「請求項1」において,誤記の訂正を目的とし
て,「λ/1.41」を「λ/1.4」に訂正する。
イ訂正事項b
「発明の詳細な説明」の段落【0009】において,明りょうでない記
載の釈明を目的として,「λ/1.41」を「λ/1.4」に訂正する。
ウ訂正事項c
「発明の詳細な説明」の段落【0022】において,誤記の訂正を目的
として,「曲率0.92」を「曲率0.9」に,「曲率半径は,0.92
mと1.1m」を「曲率半径は,1.1mと0.9m」に,各訂正する。
エ訂正事項d
「発明の詳細な説明」の段落【0023】において,誤記の訂正を目的
として,「【数3】1.3/0.92≒1.411.55/1.1≒
1.41」を「【数3】1.3/0.9≒1.41.55/1.1≒
1.4」に訂正する。
オ訂正事項e
「発明の詳細な説明」の段落【0024】において,誤記の訂正を目的
として「λ/1.41」を「λ/1.4」に訂正する。
(4)審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりであり,その理由の要点は,次のと
おりである。
ア本件訂正事項a~eは,誤記の訂正又は明りょうでない記載の釈明とは
いえないから,平成6年法律第116号による改正前の特許法(以下「旧
特許法」という。)134条2項ただし書に適合しない。しかも,本件訂
正事項aは,実質上特許請求の範囲を変更するものであるから,旧特許法
134条5項によって準用される126条2項に適合しない。
〈判決注旧特許法の規定は次のとおり〉
第134条
2項:第123条第1項の審判の被請求人は,前項又は第15
3条第2項の規定により指定された期間内に限り,願書
に添付した明細書又は図面の訂正を請求することができ
る。ただし,その訂正は,願書に添付した明細書又は図
面に記載した事項の範囲内においてしなければならず,
かつ,次に掲げる事項を目的とするものに限る。
1特許請求の範囲の減縮
2誤記の訂正
3明りょうでない記載の釈明
5項:第126条第2項から第4項まで,第127条,第12
8条,第131条,第132条第3項及び第4項並びに
第165条の規定は,第2項の場合に準用する。
第126条
2項:前項の明細書又は図面の訂正は,実質上特許請求の範囲
を拡張し,又は変更するものであってはならない。
イ本件訂正前の特許請求の範囲「請求項1ないし3」には,特許を受けよ
うとする発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているとは
いえないから,旧特許法36条5項2号の規定する要件を満たしていな
い。
〈判決注旧特許法の規定は次のとおり〉
第36条5項
2号:特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない
事項のみを記載した項(以下「請求項」という。)に区
分してあること。
(5)審決の取消事由
しかしながら,審決の判断には次のとおり誤りがあるから,審決は違法と
して取り消されるべきである。
ア取消事由1(訂正事項cの訂正を認めなかった誤り)
(ア)訂正事項cが誤記の訂正に当たることにつき
光ファイバの曲がりの「曲率」は,曲がりを有する光ファイバをセラ
ミックV溝とセラミッククランプで把持し,光ファイバを回転させて基
準線からのずれを2方向から測定し,得られた円の軌跡に対する近似円
を作成し,この近似円の直径から算出することができる。かかる測定方
法で30回測定した結果では,「曲率」の測定値が1.51+0.0
8,-0.10と大きくばらついている(Aの実験証明書。甲12)。
これは,100分の1位の数値に技術的意味がないことを示すものであ
る。誤差が生じる要因として,測定装置の測定限界に基づく誤差と人的
操作に基づく誤差(例えばV溝を刻設した基台に光ファイバを脱着する
位置にずれが生じることによる誤差等)が挙げられるが,上記測定時の
平成17年12月22日,23日の技術水準では,これ以上測定誤差を
小さくすることは困難である。
本件特許の優先日である平成2年12月18日当時の「曲率」の測定
の技術水準は,平成17年12月22日,23日の測定の技術水準より
劣ることは当然であるから,本件特許の優先日における「曲率」の測定
値は,100分の1位の数値に技術的意味がない。
したがって,本件特許の図面(甲10参照)の図5において,X点の
曲率は「0.9」としか読みとることしかできないから,「発明の詳細
な説明」の段落【0022】の「曲率0.92」が「曲率0.9」と同
一の意味を表示するものであることは,客観的に明らかであり,「曲率
0.92」を「曲率0.9」に変更することは,何ら新規な操作には当
たらない。
してみれば,「発明の詳細な説明」の段落【0022】において「曲
率0.92」を「曲率0.9」に訂正する訂正事項cは,誤記の訂正に
当たるものである。訂正事項cは,誤記の訂正に当たらないとする審決
の判断は誤りである。
なお,被告は,「10分の1位の数値にもばらつきが生じることにな
ると考えられるから,「曲率0.92」を「曲率0.9」と訂正したと
しても,技術的意味はないことになる。」と主張している。しかし,本
件特許公報(甲10)には,従来技術の問題点として,「軸ずれが12
μm程度の場合には,1.55μm用SM光ファイバでは1dB程度の
大きな接続損失が生じている。」と記載されている(段落【0006
】)。接続損失1dBを,本件特許の図面の図5の曲線A’に当てはめ
ると,曲率はおおよそ1.3となるが,被告の主張するように,1/1
0位が意味がないとすると,曲率1.3は1と読むしかないことにな
る。一方,接続損失を0.5dBとするためには,同図の曲線A’か
ら,曲率はおおよそ0.9となり,被告の主張するように,1/10位
が意味がないとすると,曲率0.9は1と読むしかないことになる。従
来技術の問題点として挙げられている接続損失1dBの場合の曲率が1
であるのに対し,かかる問題を解決して接続損失を0.5dBとした場
合の曲率も1では,光ファイバの少なくとも接続端部近傍に発生する曲
がりの曲率半径を特定の範囲内にすることによって,形状的な曲がりあ
るいは曲がりぐせが主要因となって接続損失が生じるという問題を解決
した本件発明が成立し得ないこととなる。このことから,1/10位の
数値に本件発明の本質的意味があることは明らかである。
また,被告は,「原告が技術的意味がないと主張する100分の1位
の数値を四捨五入する必然性が存在しない。」と主張している。しか
し,測定値aを測定値bで割ったa/bが,測定技術から,1/10位
にしか意味がなく,1/100位には意味がない場合であっても,計算
上は小数点以下の無限の桁数まで計算が可能である。例えば,aが7.
0,bが9.0と測定された場合,a/bは計算で0.777777…
…という数値が算出される。ここで,1/10位にしか意味がない場
合,a/bは0.7か0.8ということになるが,この場合,より計算
値に近い0.8を採用することは技術常識であって,計算値から遠い
0.7を採用することはあり得ない。これは,グラフから数値を読み取
る場合も同様である。グラフでは,0.7と0.8の間であって,0.
7よりは0.8近くにプロットされている場合,0.8と読み取るのが
技術常識であって,0.7と読み取ることはあり得ない。四捨五入する
とはかかる意味を有するから,四捨五入する必然性が存する。
(イ)平成18年1月4日付意見書の判断につき
審決は,以上の(ア)で述べた点に関する被請求人(原告)の平成18
年1月4日付意見書について判断しているが,その判断は,次のとおり
誤っている。
審決は,本件特許の図面(甲10参照)の図5について,「そうする
と,曲線A’がそもそも近似曲線であり,その近似曲線と接続損失値と
の交点からX軸に垂線を下ろして読み取られる曲率の値も当然に近似値
にすぎないのであるから,当該曲率は,X軸の目盛り(目盛りが100
分の1位で有ることは明らか,そうでなければ有効数字3桁の算出値を
正確にプロットすることができない)のとおりに読み取ればよいのであ
って,それをあえて読取り値を10分の1位に丸めて有効数字を2桁に
する操作が,測定誤差の観点からみても,誤記の訂正にあたるとはいえ
ないというべきである。」と判断している(8頁下から11行~4
行)。確かに,目盛りが1/100位であることは明らかである。しか
し,曲線A’そのものが近似曲線なのであり,平成17年12月22,
23日当時の測定方法で測定しても上記(ア)のような大きな誤差を生じ
ているのであるから,X点における曲率を0.92と読むことは意味が
ない。
審決は,「また,曲率の算出値は上記のとおり100分の1位まであ
って,それをX-Y座標上にプロットしたのであるから,被請求人が主
張するような「図面からは10分の1位としか読めない」ということは
あり得ず,しかも,当該主張は,訂正審判請求書における「『曲率0.
9以下』への訂正は,曲率,曲率半径の数値を,1/100位を四捨五
入して1/10位に統一し,明細書全体の整合性を図ったものであ
る。」…との記載とも矛盾する(すなわち,「図面からは10分の1位
としか読めない」のであれば,1/100位を四捨五入することは意味
がない)。」と判断している(8頁下から3行~9頁6行)。しかし,
1/100位は意味がないから,曲率を意味のある数値とするために,
図から1/100位を読み取って,これを四捨五入し,1/10位まで
の数値としているのである。「1/10位としか読めない」のであっ
て,「1/10位しか読めない」のではない。1mm単位で目盛りが打
ってある定規を用いて物の長さを測定するとき,目測で1mm未満の長
さを読み取ってこれを四捨五入し,その物の測定値とすることは常識で
ある。
審決は,「さらに,上記実験証明書によれば30回測定した曲率の測
定値が1.51+0.08,-0.10と大きくばらついていることか
ら,100分の1位の数値に技術的な意味が無い旨主張しているが,本
件明細書に記載されたデータ(図5)と同様な測定方法により測定され
たのか明らかでないこと,提示された曲率は算出されたデータであって
測定値ではないこと,測定値である光ファイバ先端部の回転軌跡の直径
のデータが示されておらず,その測定精度も不明であることなどからみ
て,上記実験証明書の結果と本件明細書に記載されたデータとを関連づ
けることに合理的理由が見当たらない。」と判断している(9頁7行~
14行)。しかし,上記(ア)で述べたように,本件特許の優先日当時の
測定方法を用いて測定を行えば,測定値が大きくばらつくから,曲率の
100分の1位の数値に技術的な意味が無いのは明らかである。また,
光ファイバ先端部の回転軌跡の直径のデータは前記甲12に示してあ
る。したがって,上記実験証明書の結果と本件特許の図面(甲10参
照)の図5に記載されたデータとを関連づけることに合理的な理由が十
分にある。
審決は,「また,有効数字の観点から考察しても,有効数字3桁の曲
率0.92を有効数字2桁の曲率0.9に変更する訂正は誤記の訂正と
はいえない。すなわち,測定値を読み取るルールによれば,有効数字
0.92は0.915~0.925の間に「真の値」があるという意味
であり,また,有効数字0.9は0.85~0.95の間に「真の値」
があるという意味であるから,両者が意味する範囲はまったく異なる。
むしろ有効数字0.9の意味する範囲の方が有効数字0.92の範囲よ
り広いのであるから,有効数字3桁の曲率0.92を有効数字2桁の曲
率0.9に変更する訂正は数値範囲の拡張であるといえる。」と判断し
ている(9頁15行~23行)。しかし,「有効数字0.92」は0.
915~0.925の間に「真の値」があるという意味ではない。真の
値は,0.90かもしれず,0.91かもしれず,0.93かもしれ
ず,そもそも0.92と読み取ることに意味がないために0.9とする
のである。
以上のとおり,平成18年1月4日付意見書に対する審決の判断は誤
っている。
なお,被告は,「1/10位の数値を決定する限りにおいて,1/1
00位の数値に技術的意味があることが明白であり,X点における曲率
を0.92と読むことは意味がないということにはならない。」,「原
告が技術的意味がないと主張する1/100位をあえて読み取って,こ
れを四捨五入すると技術的意味がある数値となるとする根拠が不明であ
る。」などと主張している。しかし,上記(ア)で述べたとおり,0.9
とするか1.0とするかを決定するために,1/100位を読み取るの
であって,1/100位自体に意味があるのではない。
イ取消事由2(訂正事項dの訂正を認めなかった誤り)
上記アで述べたように,「曲率0.92」を「曲率0.9」に訂正する
ことが認められるべきであるから,「発明の詳細な説明」の段落【002
3】において「【数3】1.3/0.92≒1.411.55/1.1
≒1.41」を「【数3】1.3/0.9≒1.41.55/1.1≒
1.4」に訂正する訂正事項dも,誤記の訂正に当たるものである。した
がって,訂正事項dは誤記の訂正に当たらないとする審決の判断は誤りで
ある。
ウ取消事由3(訂正事項eの訂正を認めなかった誤り)
上記イで述べたように,「1.41」から「1.4」への訂正は,誤記
の訂正に当たるから,「発明の詳細な説明」の段落【0024】において
「λ/1.41」を「λ/1.4」に訂正する訂正事項eも,誤記の訂正
に当たるものである。したがって,訂正事項eは誤記の訂正に当たらない
とする審決の判断は誤りである。
エ取消事由4(訂正事項aの訂正を認めなかった誤り)
上記イで述べたように,「1.41」から「1.4」への訂正は,誤記
の訂正に当たるから,「特許請求の範囲」の「請求項1」において「λ/
1.41」を「λ/1.4」に訂正する訂正事項aは,誤記の訂正に当た
るものである。
「λ/1.4」よりも大きい範囲は,「λ/1.41」よりも大きい範
囲に包含されるから,この訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し又は変
更するものではない。
なお,被告は,「λ/1.4」について,「(λ/1.45)超~λ/
1.35」という意味であると主張するが,本件発明の技術的範囲を確定
するに当たっては,「λ/1.4」は,あくまでλを1.4で割ったもの
であって,被告が主張するような「(λ/1.45)超~λ/1.35」
ではない。本件発明の技術的範囲を「(λ/1.45)超~λ/1.3
5」と主張することは,技術的範囲を拡張解釈するものとして許されな
い。
また,被告は,訂正事項aの訂正により,「請求項1」と「請求項3」
の下限の関係が逆転するから,少なくともこの点において,訂正事項a
は,実質上特許請求の範囲を変更するものであると主張する。しかし,
「請求項3」は,「請求項1」を引用しているから,「請求項3」の下限
が「請求項1」の下限よりも広くなることはなく,訂正によりそれらの下
限の関係が逆転することはない。
よって,訂正事項aは誤記の訂正に当たらず,実質上特許請求の範囲を
変更するものであるとする審決の判断は誤りである。
オ取消事由5(訂正事項bの訂正を認めなかった誤り)
上記エで述べたように,訂正事項aは,誤記の訂正に当たるから,「発
明の詳細な説明」の段落【0009】において「λ/1.41」を「λ/
1.4」に訂正する訂正事項bは,明りょうでない記載の釈明に当たるも
のである。したがって,訂正事項bは明りょうでない記載の釈明に当たら
ないとする審決の判断は,誤りである。
カ取消事由6(訂正前発明1について「特許請求の範囲」には特許を受け
ようとする発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されていると
はいえないと判断したことの誤り)
(ア)上記したところから明らかなように,本件特許の図面(甲10参
照)の図5から読み取ったX点の曲率は0.9(波長1.55μm)で
あり,図4から読み取ったY点の曲率は1.1(波長1.3μm)であ
る。そうすると,X点での曲率半径は1.1mとなり,Y点での曲率半
径は0.9mとなる。かかる曲率半径を,本件特許公報(甲10)の段
落【0023】記載の【数3】の式に当てはめると,1.3/0.9≒
1.4,1.55/1.1≒1.4となる。
(イ)これに対し,審決は,訂正前発明1について,「しかしながら,上
記の段落【0022】における(ハ),(ニ)のとおりであるとすれ
ば,曲率半径(R)は,1.3μm帯用:1/1.1≒0.909,
1.55μm帯用:1/0.92≒1.087となり,光ファイバの波
長帯λ〔μm〕との間には,それぞれ1.3μm帯用:1.3/0.9
09≒1.430,1.55μm帯用:1.55/1.087≒1.4
26の関係が成立する。してみると,上記段落【0022】~【002
4】において導出されたλ/1.41は明らかに誤りであるから,これ
を用いた本件発明1の「曲率半径(R)が,光ファイバの波長帯(λ)
においてλ/1.41よりも大きいこと」がいかなる技術的意義を有す
るのか不明であり,発明の構成が明確に把握できない。」と判断し(1
7頁下から1行~18頁12行),本件訂正前の「特許請求の範囲」に
は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみが
記載されているとはいえないとする。
(ウ)しかし,審決記載の上記各計算式において,曲率0.92,曲率半
径0.909,1.087,波長帯と曲率半径との比1.430,1.
426の1/100位以下は無意味な数値であり,波長帯と曲率半径と
の比は,上記(ア)のとおり1.4が正しい。したがって,審決における
上記判断は誤りである。
キ取消事由7(訂正前発明2について「特許請求の範囲」には特許を受け
ようとする発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されていると
はいえないと判断したことの誤り)
(ア)本件特許公報(甲10)の段落【0022】~【0024】によれ
ば,1.3μm帯用シングルモード光ファイバにおいて,最大許容接続
損失値が0.5dB以下となるためには,曲率半径は,1.3/1.4
≒0.9以上であることが必要である。
(イ)しかるに,審決は,訂正前発明2について,「上記の本件明細書の
段落【0022】~【0024】によれば,1.3μm帯用シングルモ
ード光ファイバにおいて,最大許容接続損失値が0.5dB以下を満た
すためには,曲率半径は,λ(1.3)/1.41≒0.922以上でな
ければならないところ,本件発明2では「曲率半径0.9m以上」とし
ており,両者の関係が明らかでない。さらには,…そもそもλ(1.3)
/1.41なる関係式が誤りなのであるから,これを前提とした「曲率
半径0.9m以上」がいかなる技術的意義を有するのか不明であり,か
かる構成は不明りょうであるから,本件明細書の特許請求の範囲には,
特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみが記載
されているものとはいえず」と判断している(18頁下から15行~5
行)。
(ウ)しかし,これまで述べてきたように,「1.41」は,「1.4」
の誤りであり,1.3/1.4≒0.9が正しいのである。したがっ
て,訂正前発明2の「曲率半径0.9m以上」の技術的意義は明らかで
あり,「特許請求の範囲」は「特許を受けようとする発明の構成に欠く
ことができない事項のみが記載されていなければならない」という要件
を満たすものであるから,審決における上記判断は誤りである。
ク取消事由8(訂正前発明3について「特許請求の範囲」には特許を受け
ようとする発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されていると
はいえないと判断したことの誤り)
(ア)本件特許公報(甲10)の段落【0022】~【0024】によれ
ば,1.55μm帯用シングルモード光ファイバにおいて,最大許容接
続損失値が0.5dB以下となるためには,曲率半径は,1.55/
1.4≒1.1以上であることが必要である。
(イ)しかるに,審決は,訂正前発明3について,「上記の本件明細書の
段落【0022】~【0024】によれば,1.55μm帯用シングル
モード光ファイバにおいて,最大許容接続損失値が0.5dB以下を満
たすためには,曲率半径は,λ(1.55)/1.41≒1.099以上
となり,一方,本件発明3では「曲率半径1.1m以上」としているか
ら,大凡一致している。ところが,本件発明3は,本件発明1を引用す
る発明であって,本件発明1は上記()で述べたように,そもそもλⅰ
(1.55)/1.41なる関係式が誤りなのであるから,これを前提と
した「曲率半径1.1m以上」がいかなる技術的意義を有するのか不明
であり,したがって,かかる構成は不明りょうであるから,本件明細書
の特許請求の範囲には,特許を受けようとする発明の構成に欠くことが
できない事項のみが記載されているものとはいえず」と判断している
(19頁3行~15行)。
(ウ)しかし,これまで述べてきたように,「1.41」は,「1.4」
の誤りであり,1.55/1.4≒1.1が正しいのである。したがっ
て,訂正前発明3の「曲率半径1.1m以上」の技術的意義は明らかで
あり,「特許請求の範囲」は「特許を受けようとする発明の構成に欠く
ことができない事項のみが記載されていなければならない」という要件
を満たすものであるから,審決における上記判断は誤りである。
ケ取消事由9(仮に本件訂正が認められないとしても,訂正前発明1~3
について「特許請求の範囲」には特許を受けようとする発明の構成に欠く
ことができない事項のみが記載されているとはいえないと判断したことの
誤り)
(ア)本件特許公報(甲10)の段落【0022】に記載されている図
4,図5から読み取った「曲率0.92」,「曲率1.1」は,いずれ
も有効数字2桁である。審決において散見される「0.92は有効数字
3桁」(例えば,4頁15行)は,2桁の誤りである。かかる前提の上
に,本件特許公報の段落【0023】の【数3】式について検討する。
(イ)【数3】式は,波長を曲率半径で除したものであるが,曲率が上記
の通り有効数字2桁であるから,その逆数である曲率半径や,曲率半径
で波長を除した【数3】式の商も当然2桁で表されなければならない。
Y点の曲率半径は1/1.1=0.909090……となるから,有
効数字の観点から0.91とすべきである。また,X点の曲率半径は1
/0.92=1.0869565……となるから,有効数字の観点から
1.1とすべきである。
そうすると,【数3】式は,正しくは1.3/0.91,1.55/
1.1となり,段落【0023】の【数3】式は誤記である。この式の
商は,2桁が有効数字であるから,【数3】式において,1.3/0.
91を計算すると,1.4285714……となるが,正しくは1.4
となる。同様に,【数3】式において,1.55/1.1を計算する
と,1.4090……となるが,正しくは1.4となる。
【数3】式において,「1.41」を「1.4」に訂正することは,
科学的又は技術的観点から必然的に導かれることであり,本件特許の図
面(甲10参照)の図4,図5において,曲率を有効数字2桁で読み取
った以上,【数3】式において,商を「1.41」から「1.4」に訂
正することは,明細書,図面の記載からみて正しい内容であるというこ
とができる。さらに,「1.41」は,当然に「1.4」と同一の意味
を表示するものであると客観的に認められるものである。
そうすると,「特許請求の範囲」の「請求項1」の「λ/1.41よ
りも大きい」は,「λ/1.4よりも大きい」が正しい。
(ウ)したがって,仮に本件訂正が認められないとしても,本件特許明細
書及び図面の記載は明確であり,訂正前発明1~3について,審決が,
「特許請求の範囲」には特許を受けようとする発明の構成に欠くことが
できない事項のみが記載されているとはいえないと判断したことは誤り
である。
なお,被告は,「原告が有効数字2桁が正しいと主張するのであれ
ば,「曲率0.92」は,0.915~0.925の間に真の値がある
ということになり,前記ア~クの主張と矛盾する。」と主張している。
しかし,原告の上記(ア)(イ)の主張は,あくまでも本件訂正が認められ
ず,本件発明の内容が本件訂正前の内容であると仮定した場合の主張に
すぎないから,前記ア~クの主張と矛盾するものではない。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(4)の事実は認めるが,(5)は争う。
3被告の反論
(1)取消事由1に対し
ア「訂正事項cが誤記の訂正に当たることについて」につき
「曲率」の測定値が1.51+0.08,-0.10と大きくばらつく
(Aの実験証明書。甲12)のであれば,10分の1位の数値にもばらつ
きが生じることになると考えられるから,「曲率0.92」を「曲率0.
9」と訂正したとしても,技術的意味はないことになる。
しかし,原告が技術的意味がないと主張する100分の1位の数値を四
捨五入する必然性が存在しない。なぜなら,切上げ,切捨てという手法も
あるからである。また,そのような技術的意味がない100分の1位の数
値を四捨五入した結果得られる10分の1位の数値にどのような技術的意
味が存在するのかも不明である。
以上のとおり,「曲率0.92」が誤りで「曲率0.9」が正しく,
「曲率0.92」が「曲率0.9」と同一の意味を表示するものであると
客観的に認められるとはいえないから,訂正事項cは誤記の訂正とはいえ
ない。
イ「平成18年1月4日付意見書の判断について」につき
原告は,「曲線A’そのものが近似曲線なのであり,平成17年12月
22,23日当時の測定方法で測定しても大きな誤差を生じているのであ
るから,X点における曲率を0.92と読むことは意味がない」旨の主張
をする。しかし,他方で,原告は,「曲率を意味のある数値とするため
に,図から1/100位を読み取って,これを四捨五入し,1/10位ま
での数値としている」旨の主張もしており,この主張からすると,図から
「0.92」と読むか「0.95」と読むかで,「0.9」となるか
「1.0」となるかの差異を生ずることになる。そうすると,1/10位
の数値を決定する限りにおいて,1/100位の数値に技術的意味がある
ことが明白であり,X点における曲率を0.92と読むことは意味がない
ということにはならない。
また,原告が技術的意味がないと主張する1/100位をあえて読み取
って,これを四捨五入すると技術的意味がある数値となるとする根拠が不
明である。原告は,「1mm単位で目盛りが打ってある定規を用いて物の
長さを測定するとき,目測で1mm未満の長さを読み取ってこれを四捨五
入し,その物の測定値とすることは常識である。」とも主張するが,目測
で読み取った1mm未満の長さは,意味がある数値であり,意味がある数
値を四捨五入することと,技術的意味がない1/100位の数値を1/1
0位の数値とすることとは,異なる。
原告は,「光ファイバ先端部の回転軌跡の直径のデータは甲12に示し
てある。したがって,上記実験証明書の結果と本件特許の図面(甲10参
照)の図5に記載されたデータとを関連づけることに合理的な理由が十分
にある。」と主張する。しかし,回転軌跡の直径のデータを示したからと
いって,審決で述べられている実験証明書の問題は解消されておらず,実
験証明書の結果と本件特許の図面(甲10参照)の図5に記載されたデー
タとを関連づけることに合理的な理由があるとはいえない。
原告は,「「有効数字0.92」は0.915~0.925の間に「真
の値」があるという意味ではない。真の値は,0.90かもしれず,0.
91かもしれず,0.93かもしれず,そもそも0.92と読み取ること
に意味がないために0.9とするのである。」と主張する。しかし,原告
は,上記のとおり1/100位に技術的な意味があるとも考えられる矛盾
した主張をしている。また,「真の値は,0.90かもしれず,0.91
かもしれず,0.93かもしれない」とすると,0.95かもしれず,そ
うすると,四捨五入すれば1.0となって,0.9が正しい値であるとの
主張と矛盾する。
(2)取消事由2に対し
「曲率,曲率半径の数値を,1/100位を四捨五入して1/10位に統
一すること」が誤記の訂正に当たらないことは,上記(1)のとおりであり,
訂正事項dも誤記の訂正とはいえない。
(3)取消事由3に対し
上記(2)のとおり訂正事項dは誤記の訂正とはいえないから,これに基づ
く訂正事項eも誤記の訂正とはいえない。
(4)取消事由4に対し
ア上記(3)のとおり訂正事項eは誤記の訂正とはいえないから,これに基
づく訂正事項aも誤記の訂正とはいえない。
イ「1/100位を四捨五入して1/10位に統一し,明細書全体の整合
性を図った」という本件訂正全体の趣旨からすると,訂正事項aにおける
「1.4」は「1.35≦1.4<1.45」を意味するものと考えられ
るから,本件訂正前には権利範囲外であった「λ/1.44よりも大き
い」もの等に対する権利行使も可能になる。したがって,訂正事項aは,
実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものである。
また,本件訂正前には,「請求項3」は曲率半径が1.1以上であるの
に対し,「請求項1」は曲率半径が1.099(1.55/1.41)以
上であったが,「請求項1」について「λ/1.41」を「λ/1.4」
と訂正することにより,「請求項3」は曲率半径が1.1以上であるのに
対し,「請求項1」は曲率半径が1.107(1.55/1.4)以上と
なる。このように,訂正により「請求項1」と「請求項3」の下限の関係
が逆転するから,少なくともこの点において,訂正事項aは,実質上特許
請求の範囲を変更するものである。
さらに,「請求項2」,「請求項3」は,「請求項1」を引用している
から,「請求項1」についての訂正事項aが,実質上特許請求の範囲を拡
張又は変更するものである以上,「請求項2」,「請求項3」について
も,実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものである。
(5)取消事由5に対し
上記(4)のとおり訂正事項aは誤記の訂正とはいえないから,これに基づ
く訂正事項bは明りょうでない記載の釈明とはいえない。
(6)取消事由6~8に対し
原告の主張は,認められない訂正に基づく主張であるから失当である。
(7)取消事由9に対し
原告が有効数字2桁が正しいと主張するのであれば,「曲率0.92」
は,0.915~0.925の間に真の値があるということになり,前記1
(5)ア~クの主張と矛盾する。
また,図5のX点から読み取った「曲率0.92」は,算出されたデータ
であって測定値ではないから,正確な値をそのまま読み取ればよいのであっ
て,有効数字2桁が正しいとする合理的な理由が見当らない。してみると,
【数式3】において,「1.41」が誤りで「1.4」が正しい数値である
とする根拠はない。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)
(訂正の内容),(4)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2取消事由1(訂正事項cの訂正を認めなかった誤り)について
(1)旧特許法134条2項ただし書2号は,「誤記の訂正」を目的とする場
合には明細書又は図面を訂正することを認めている。ここでいう「誤記」と
いうためには,訂正前の記載が誤りで訂正後の記載が正しいことが,当該明
細書及び図面の記載や当業者(その発明の属する技術の分野における通常の
知識を有する者)の技術常識などから明らかで,当業者であればそのことに
気付いて訂正後の趣旨に理解するのが当然であるという場合でなければなら
ないものと解される。
(2)そこで,訂正事項cが上記(1)のような観点から「誤記の訂正」というこ
とができるかどうかについて判断する。
ア本件特許の本件訂正前の明細書(本件特許公報。甲10)の「発明の詳
細な説明」段落【0022】~【0024】には,次のような記載があ
る。
「【0022】従ってこのような事情から,接続しようとする光ファイ
バどうしが互いに正反対方向に曲りを生じていたとしても,先のような接
続損失に対する要件,即ち最大許容接続損失を0.5dB以下に設定するた
めには,少なくとも各光ファイバの曲り具合が図5から1.55μm帯用
のものについては,点X:曲率0.92以下であり,・・・(ハ)
また,図4から1.3μm帯用のものについては,点Y:曲率1.1以
下であること,・・・(ニ)
が必要となることが判明し,換言すれば,1.55μm帯と1.33μm
帯に対して曲率半径は,0.92mと1.1mになり,光ファイバの波長
帯λ〔μm〕との間には,それぞれ
【0023】
【数3】
1.3/0.92≒1.41
1.55/1.1≒1.41
【0024】の関係が成立する。すなわち曲率半径がλ/1.41以上で
あれば最大許容損失値を満足できることが判明した。」
また,本件特許の図面(甲10参照)の図4は,1.3μm帯用光ファ
イバの曲率と接続損失の関係を記載したもので,互いに正反対に同一曲率
で曲がったものどうしを接続させた場合を実線Aで示し,一方が当該曲率
で曲がっていて他方は真っ直ぐなものを接続させた場合を実線Bで示して
いる。本件特許の図面の図5は,1.55μm帯用光ファイバの曲率と接
続損失の関係を記載したもので,互いに正反対に同一曲率で曲ったものど
うしを接続させた場合を実線A’で示し,一方が当該曲率で曲がっていて
他方は真っ直ぐなものを接続させた場合を実線B’で示している。
イ以上の本件特許明細書及び図面の記載からすると,本件訂正前の「発明
の詳細な説明」の記載は,①1.55μm帯用のものについては,図5か
ら,曲率が0.92以下である場合に接続損失が0.5dB以下になり,
1.3μm帯用のものについては,図4から,曲率が1.1以下である場
合に接続損失が0.5dB以下になることが判明した,②1.55μm帯用
のものについては,曲率半径が0.92m以下である場合に接続損失が
0.5dB以下になるから,波長帯λ〔μm〕との間には,1.55/1.
1≒1.41という式が成立する,③1.3μm帯用のものについては,
曲率半径が1.1m以下である場合に接続損失が0.5dB以下になるか
ら,波長帯λ〔μm〕との間には,1.3/0.92≒1.41という式
が成立する,というものであると認められる。この記載は,(a)曲率は,
1で曲率半径を除したものであるから,曲率と曲率半径は同じではないに
もかかわらず,上記①のとおり図4,5から求めた曲率を,上記②,③の
とおりそのまま曲率半径として用いていること,(b)上記②,③のとお
り,1.55μm帯用のものについては,曲率半径0.92m以下である
ことが必要であるといいながら,式においては,1.55を1.1で除し
ており,1.3μm帯用のものについては,曲率半径が1.1m以下であ
ることが必要であるといいながら,式においては,1.3を0.92で除
していることの各点において,理解不能であるというほかない。したがっ
て,「特許請求の範囲」の「請求項1」における「λ/1.41よりも大
きいこと」は,その技術的な意義が不明であるというほかない。
もっとも,以上の記載をできるだけ合理的に理解すると,次のようにい
うことができる。すなわち,上記②,③の「曲率半径」は「曲率」の誤り
であり,そうすると,曲率半径は,1.55μm帯用のものについては1
/0.92≒1.087,1.3μm帯用のものについては1/1.1≒
0.909となり,これらを各波長帯λ〔μm〕で除すると,1.55/
1.087≒1.426≒1.43,1.3/0.909≒1.430≒
1.43となる,ということができる。そして,このように理解した場合
でも,「λ/1.43」という数値しか得られないから,「特許請求の範
囲」の「請求項1」における「λ/1.41よりも大きいこと」は,やは
り,その技術的な意義が不明であるというほかない。
なお,後記8のとおり,曲率,曲率半径等の有効数字は2桁でなければ
ならない旨の原告の主張は採用することができない。本件特許明細書によ
れば,【数3】式により求めようとする数値(λ/曲率半径)は,図4及
び図5により求められた損失が0.5dBとなる際の曲率となる条件を定
めるために計算により求められる数値であるから,【数3】式により求め
られる数値はできるだけ正確に計算されることが望ましいのであり,本件
特許の本件訂正前の明細書において,【数3】により求められた数値が小
数点2位に近似して表示されていることからすると,上記のように小数点
3位まで取って計算し,最終結果を小数点2位に近似して表示することが
合理的である。
ウ原告は,本件特許の優先日における「曲率」の測定値は,100分の1
位の数値に技術的意味がないと主張し,甲12(原告の社員であるAが平
成17年12月に行った実験結果を記載した書面)の実験結果によると
「曲率」の測定値が1.51+0.08,-0.10と大きくばらついて
いることをその根拠とする。しかし,本件特許明細書及び図面には,「曲
率」の測定値は100分の1位の数値に技術的意味がない旨の記載はない
し,また,上記ア・イのとおり,1.55μm帯用のものについては,図
5から,曲率「0.92」という100分の1位の数値を読み取って,そ
れを基に,「λ/1.41」という「特許請求の範囲」の数値を算出して
いる(もっとも,その過程は,上記イのとおり理解不能である。)。そう
すると,本件特許の本件訂正前の明細書及び図面の記載から,「曲率」の
測定値は100分の1位の数値に技術的意味がなく,「発明の詳細な説
明」の段落【0022】における「曲率0.92」の記載は誤りで「曲率
0.9」が正しいと認めることはできない。本件特許明細書及び図面の記
載をできるだけ合理的に理解しても,上記イのとおり理解することしかで
きない。
エさらに,甲12の実験結果は,平成17年9月5日に本件訂正の請求が
されたものとみなされた後の平成17年12月に原告の社員が行った1実
験の結果にすぎず,このような実験結果があるからといって「曲率」の測
定値は100分の1位の数値に技術的意味がないことが,当業者にとっ
て,本件特許の優先日より前から技術常識であったと認めることは到底で
きない。その他に,「曲率」の測定値は100分の1位の数値に技術的意
味がないことが,当業者にとって,本件特許の優先日より前から技術常識
であったと認めるに足りる証拠もない。
オよって,本件特許明細書(本件特許公報)の「発明の詳細な説明」の段
落【0022】における「曲率0.92」の記載は誤りで「曲率0.9」
が正しいことが,本件特許の本件訂正前の明細書及び図面の記載や当業者
の技術常識などから明らかで,当業者であればそのことに気付いて訂正後
の趣旨に理解するのが当然であると認めることはできないから,「発明の
詳細な説明」の段落【0022】における「曲率0.92」の記載は「曲
率0.9」の誤記であると認めることはできない。
カ以上のとおり,訂正事項cの訂正は誤記の訂正に当たらないとして訂正
を認めなかった審決の判断に誤りはなく,取消事由1は理由がない。
3取消事由2(訂正事項dの訂正を認めなかった誤り)について
上記2で述べたように,「曲率0.92」を「曲率0.9」に訂正すること
は,誤記の訂正に当たることはなく,認められないから,本件特許明細書にお
いて,曲率,曲率半径等の100分の1位の数値を10分の1位に統一するこ
とが誤記の訂正に当たるということはできない。
そうすると,「発明の詳細な説明」の段落【0023】において「【数3】
1.3/0.92≒1.411.55/1.1≒1.41」を「【数3】
1.3/0.9≒1.41.55/1.1≒1.4」に訂正する訂正事項d
は,誤記の訂正に当たるものではなく,認められない。したがって,訂正事項
dは,誤記の訂正に当たらないとして訂正を認めなかった審決の判断に誤りは
なく,取消事由2は理由がない。
4取消事由3(訂正事項eの訂正を認めなかった誤り)について
上記3で述べたように,「1.41」から「1.4」への訂正は,誤記の訂
正に当たるものではなく,認められないから,「発明の詳細な説明」の段落【
0024】において「λ/1.41」を「λ/1.4」に訂正する訂正事項e
も,誤記の訂正に当たるものではなく,認められない。したがって,訂正事項
eは,誤記の訂正に当たらないとして訂正を認めなかった審決の判断に誤りは
なく,取消事由3は理由がない。
5取消事由4(訂正事項aの訂正を認めなかった誤り)について
上記4で述べたように,「λ/1.41」から「λ/1.4」への訂正は,
誤記の訂正に当たるものではなく,認められないから,「特許請求の範囲」の
「請求項1」において「λ/1.41」を「λ/1.4」に訂正する訂正事項
aは,誤記の訂正に当たるものではなく,認められない。
また,前記2(2)で述べたとおり,本件特許明細書及び図面(甲10)の記
載において,「λ/1.41」という数値はその技術的な意義が不明であった
のであり,これが「λ/1.41」ではなく「λ/1.4」であれば技術的な
意義を有すると理解できる記載があったということもできないから,「特許請
求の範囲」の「請求項1」において「λ/1.41」を「λ/1.4」に訂正
することは,本件訂正前の明細書及び図面に開示されていなかった新たな技術
的な意義を持ち込むものであって,実質上特許請求の範囲を変更するものであ
るということができる。
したがって,訂正事項aは,誤記の訂正に当たらず,実質上特許請求の範囲
を変更するものであるとする審決の判断に誤りはなく,取消事由4は理由がな
い。
6取消事由5(訂正事項bの訂正を認めなかった誤り)について
上記5で述べたように,訂正事項aは,誤記の訂正に当たらず,実質上特許
請求の範囲を変更するものであって,訂正は認められないから,「発明の詳細
な説明」の段落【0009】において「λ/1.41」を「λ/1.4」に訂
正する訂正事項bの訂正を,明りょうでない記載の釈明に当たるとして認める
ことはできない。その旨の審決の判断に誤りはなく,取消事由5は理由がな
い。
7取消事由6~8(訂正前発明1~3について「特許請求の範囲」には特許を
受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されていると
はいえないと判断したことの誤り)について
原告の主張は,本件訂正が認められることに基づく主張であるところ,前記
のとおり,本件訂正は認められないから,取消事由6~8はいずれも理由がな
い。
8取消事由9(仮に本件訂正が認められないとしても,訂正発明1~3につい
て「特許請求の範囲」には特許を受けようとする発明の構成に欠くことができ
ない事項のみが記載されているとはいえないと判断したことの誤り)について
前記2(2)で述べたとおり,本件特許明細書及び図面(甲10)の記載にお
いて,「λ/1.41」という数値はその技術的な意義が不明であったから,
本件訂正前の「特許請求の範囲」の「請求項1」には,特許を受けようとする
発明の構成に欠くことができない事項のみが記載されているとはいえない。
また,本件訂正前の「特許請求の範囲」の「請求項2」及び「請求項3」
は,いずれも「請求項1」を引用しているから,「請求項2」及び「請求項
3」についても,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項
のみが記載されているとはいえない。
この点につき,原告は,本件特許公報(甲10)の段落【0022】に記載
されている図4,図5から読み取った「曲率0.92」,「曲率1.1」は,
いずれも有効数字2桁であるから,その逆数である曲率半径や,曲率半径で波
長を除した【数3】式の商も当然2桁で表されなければならない。そうする
と,【数3】式は,正しくは1.3/0.91,1.55/1.1となり,こ
の式の商は,いずれの式についても,1.4となる。「特許請求の範囲」の
「請求項1」の「λ/1.41よりも大きい」は,「λ/1.4よりも大き
い」が正しい旨主張する。しかし,「特許請求の範囲」の「請求項1」は,
「λ/1.41」であって,「λ/1.4」ではない。また,前記2(2)アの
とおり,本件特許明細書(本件特許公報。甲10)の記載では,【数3】式の
商は「1.41」である。曲率の記載が有効数字2桁であるからといって,こ
れらの「1.41」という明示の記載を無視して,「1.4」と解すべき理由
はない。また,上記のように,本件特許明細書の記載では,曲率が有効数字2
桁であるように記載されているにもかかわらず,【数3】式の商は有効数字3
桁のように記載されていること,本件特許明細書の記載では,同じ波長を示す
数値であるにもかかわらず,「1.55μm」,「1.3μm」,「1.33
μm」といった有効数字の観点からすれば不統一な表記がされていること,他
に本件特許明細書に有効数字を意識した数値表示がされていることをうかがわ
せる記載はないことからすると,本件特許明細書における数値の表記が有効数
字を意識してされているとはいえないから,本件特許明細書の記載からは,曲
率,曲率半径及び【数3】式の商について,有効数字2桁で表さなければなら
ないとは解されない。したがって,原告の上記主張は,本件特許明細書及び図
面の記載において,「λ/1.41」という数値はその技術的な意義が不明で
あったとの上記認定を覆すに足りるものではない。
よって,取消事由9は理由がない。
9以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官田中孝一

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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛