弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
       事   実
 控訴代理人らは「原判決を取消す。被控訴人が昭和四七年一二月二一日付をもつ
て控訴人に対してなした昭和四七年六月二六日以降の労働者災害補償保険法による
遺族補償給付を支給しない旨の処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人
の負担とする。」との判決を求め、被控訴指定代理人らは主文同旨の判決を求め
た。
 当事者双方の事実上の主張および証拠関係は次に附加するほかは、原判決事実摘
示と同一であるから、これをこゝに引用する。
一 控訴人の主張
1 原判決は「受給権発生前から事実上の養子縁組関係同様の事情にあつた者が、
受給権発生後に右縁組の届出をした場合は、それによつて受給権者たる養子は、養
子嫡出子たる身分を取得し、これに附随して両者間の法定血族関係を基礎にした扶
養関係、相続関係が生じ、ひいては受給権発生後における受給権者の被扶養利益の
喪失状態を解消する何らかの変動をきたす」と判断し、労働者災害補償保険法(以
下単に労災保険法という)第一六条の四第一項第三号が規定する失権事由としての
「養子になつたとき」とは前記の如く嫡出子たる身分を取得したときもそれに該当
すると解するものゝようである。
2 しかし労災保険法第一六条の四第一項第三号が事実上の養子となつた場合と法
律上の養子となつた場合を等しく失権事由として規定している趣旨は、嫡出たると
否とにかゝわらず、事実上のそれを含む養親子関係の成立によつて受給権者の被扶
養利益の喪失状態が解消されるからである。
 そこで、現実の被扶養利益の喪失の解消と無関係な将来における養親の死亡の際
における相続権の有無や、嫡出子たる身分取得による法定血族関係を基礎にした扶
養関係の成立などを失権の理由とするのは相当でない。
3 労災保険法第一六条の四第一項第三号の場合、一般的に被扶養利益の喪失状態
の解消として一律に受給権を消滅させる扱いをしていることや、個々的な場合にお
ける財産関係の実質的変動如何が失権事由としての評価を異にするものでないこと
は控訴人もこれを争わない。しかし事実上の養子であつたものが、法律上の養子に
なつた場合は、一般的類型的に、被扶養利益の喪失状態を解消するような身分的な
そして財産の関係には変動がないとみるのが相当である。本件の場合控訴人と訴外
Aとの間に事実上の養親子関係が成立していたことは明白で被控訴人もこれを認め
ているが、これが法律上の養親子となつても前記法規の趣旨から、それが被扶養利
益の喪失状態を解消する事由となるものではないので失権事由に該るとの解釈はと
ることができない。
 以上の理由により本件の不支給処分は違法であるから取消さるべきである。
二 証拠関係(省略)
       理   由
一 当裁判所は、控訴人の本訴請求を棄却すべきものと判断するが、その理由は左
に附加するほかは、原判決理由と同一であるから、これを引用する。
1 控訴人は受給権発生前から事実上の養子であつた者が、受給権発生後法律上の
養子になつたとしても、一般的に被扶養利益の喪失状態を解消する身分的関係およ
び財産的関係の変動がないから、失権事由に該らないと主張するので判断する。
 遺族補償年金についての受給権の消滅すなわち失権は、遺族補償年金が労働者の
死亡により被扶養利益を喪失した遺族に対してそれを填補することを目的として支
給されるものであることにかんがみ、受給権者において被扶養利益の喪失状態が解
消したとみなされるに至つたとき、その者は遺族補償年金を受けることのできる遺
族でなくなつた(労災保険法第一六条の四第二項)ものとして、その受給権を消滅
させる趣旨のもとに労災保険法第一六条の四第一項各号が規定されている。そし
て、特に同条第一項二号ないし四号の失権事由は、受給権者の身分関係の変動に伴
い当然にその被扶養状態に変動が生ずるものであることを前提としているものと解
される。
 ところで、事実上の養親子とは、一般に当事者間に養親又は養子と認められる事
実関係を成立させようとする合意があり、扶養の事実関係があるにも拘らず、養子
縁組の届出を欠く場合をいうのであるから、その後において養子縁組の届出がなさ
れ法律上の養親子関係が成立しても、当事者間には扶養に関して事実的には変動が
ないのが通常であるといえる。しかしながら、事実上の養親子の場合、法律的にこ
れをみるとき当然に、養子縁組の効果としての嫡出子の身分の取得や養親および養
親親族との間に親族関係や、相続、扶養等の親族法上の法律関係が生ずるものでは
なく、これらは法律上の養親子関係の成立によつてはじめて発生するものであるか
ら、原判決理由説示のとおり、事実上の養親子が法律上のものとなることによつ
て、従前の事実上の養親子関係のもとにあつたとき以上の新な法律関係が形成さ
れ、その新な法律関係の形成に従い、当事者間に被扶養状況の変動が生じたものと
解するのが相当である。
2 しかも、受給権発生後に新に事実上の養親子関係が成立した場合は、被扶養利
益喪失の解消として受給権の失権事由となることが労災保険法第一六条の四第一項
三号に明記されているのに対し、受給権発生前から事実上の養親子関係が成立して
継続している場合は、これが受給権者資格要件の障害となり、又受給権発生後の消
滅事由となる旨の規定もないので、その関係が継続する限りにおいては、右受給権
は消滅するものでもないが、受給権発生後の両者の具体的事実上の扶養関係を対比
するとき、その発生の時期が異るとはいえ、両者の間に実質上異る点が存在すると
は考えられないのに、法律上その取扱いを異にするのは労災保険法の規定上止むを
得ないところであるとしても、控訴人主張の如く、受給権発生前からの事実上の養
親子が受給権発生後法律上の養子縁組に高められ、前叙説示のとおりの身分上、財
産上の効果が発生するに至つたにも拘らず、そこには扶養関係における事実上の変
動がないとして、これを失権事由に該らないとすることは、受給権発生後の事実上
養親子関係の成立が失権事由となることと比較して極めて均衡を失する結果になる
といわざるを得ない。
3 労災保険法上、遺族補償年金の給付を受ける者を遺族に限定しており、更に同
法第一六条の四の第二項において、遺族補償年金を受けることができる者が前項の
各号に該当するに至つたときは遺族補償年金を受けることができる遺族でなくなる
旨の規定の存在並びに先に述べた理由からみても、本件の場合、控訴人が訴外Aと
法律上の養子縁組をしたことは、労災保険法第一六条の四第一項第三号に該当する
ものと解するのが相当である。
二 そうすると控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、控訴人の本件
控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担については民事訴
訟法第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 原政俊 松尾俊一 川井重男)

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