弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1原告の土地家屋調査士の業務停止処分の取消請求に係る訴えを却下する。
2原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1福井地方法務局長が平成18年11月27日付けで原告に対してなした同年
12月3日から1か月間土地家屋調査士の業務を停止するとの処分を取り消す。
2福井地方法務局長が平成18年11月27日付けで原告に対してなした同年
12月3日から3週間司法書士の業務を停止するとの処分を取り消す。
3被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成18年11月27日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,土地家屋調査士及び司法書士である原告が,福井地方法務局長によ
り受けた各懲戒処分(土地家屋調査士業につき業務停止1か月間,司法書士業
につき業務停止3週間)はいずれも裁量を逸脱する違法なものであったなどと
主張して,
(1)各懲戒処分の取消し,
(2)国家賠償法に基づき,違法な各懲戒処分により被った損害の賠償として,
220万円(慰謝料200万円及び弁護士費用20万円の合計額)及びこれ
に対する各懲戒処分のなされた平成18年11月27日から支払済みまで民
法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払
を求めた事案である。
2前提事実(争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる
事実)
(1)当事者
原告は,平成▲年▲月▲日に司法書士名簿への登録を,平成▲年▲月▲日
に土地家屋調査士名簿への登録をそれぞれ行い,平成17年当時は,福井県
坂井市α×番地に事務所(以下「原告事務所」という。)を設け,司法書士
及び土地家屋調査士として,各業務に従事していた(甲8,9)。
(2)土地家屋調査士についての懲戒処分
ア懲戒処分の際に認定された事実(甲9)
(ア)原告は,平成17年12月下旬頃,別紙物件目録記載1の建物(以
下「×番の建物」という。)について,その登記名義人であるA(以下
「亡A」という。)の子であるBから,建物滅失登記申請(以下「本件
滅失登記申請」という。)の依頼を受けた。
原告は,上記依頼以前に,Bから,亡Aを中間相続人とする土地の順
次相続登記及び担保権設定登記の各登記申請の依頼を受けたことがあり,
Bとは面識があった。
しかし,原告は,本件滅失登記申請の依頼を受けたのが年末の繁忙期
であったため,上記順次相続登記等の件を失念し,×番の建物の登記名
義人である亡Aが既に死亡していることに気づかずに,本件滅失登記申
請の申請人を亡Aとしたまま手続を進めた。
(イ)原告は,×番の建物の登記名義人が亡Aであることを登記事項要約
書で確認したが,本件滅失登記申請にあたっての現地調査においては,
×番の建物の滅失の経緯等をBから聴取しただけであるのに,建物調査
書(以下「本件建物調査書」という。)の「所有者の調査」欄中の「申
請人」の項目に印を付け,「登記原因日付」欄の取毀年月日については
「申請人の説明」によるとの事実と異なる記載をして自ら職印を押印し
てこれを完成させて,本件滅失登記申請書に添付した。
また,原告は,亡A名義の委任状の書式を原告の補助者において作成
させたうえで,原告事務所において,同補助者立会いのもと,Bの叔母
をして上記委任状に「C」の印を押印させてこれを完成させ,この委任
状を本件滅失登記申請書に添付した。
(ウ)原告は,平成17年12月22日,福井地方法務局登記部門に対し,
死者である亡A名義の本件滅失登記申請書を提出し,同日,この申請は
受付されたが(同日受付第×××号),同部門の調査担当者は,亡Aの
死亡を疑い,同月26日,×番の建物につき実地調査を行ったところ,
亡Aと親戚関係にある隣人からの聴取により亡Aは平成7年▲月▲日に
死亡していたことが判明した。
上記調査担当者は,平成17年12月27日,原告から本件滅失登記
申請の受託経緯等につき事情を聴取したうえで,平成18年1月4日,
不動産登記法25条4号の規定により本件滅失登記申請を却下した。
その後,Bは,原告に対し,改めて亡Aの相続人として×番の建物の
滅失登記申請を依頼し,原告は,その登記手続を完了させた。
イ聴聞手続(甲4)
福井地方法務局長は,平成18年9月19日,原告に対し,土地家屋調
査士法44条3項に基づき,上記アの事実を非違事実として,予定される
処分内容,その理由及び聴聞の日を記載した聴聞通知書を交付したうえで,
同月29日,聴聞手続を行った。
ウ処分の理由(甲9)
福井地方法務局長は,×番の建物の登記申請人とされていた亡Aは既に
死亡していたにもかかわらず,原告が本人確認を怠ったためこれを看過し
て,本件滅失登記申請の申請人を亡Aをとしたうえ,亡Aから×番の建物
の滅失の経緯を聴取していないにもかかわらず,あたかもこれを聴取した
かのように記載した建物調査書を添付して,本件滅失登記申請をしたとし,
これは,土地家屋調査士法2条(職責),23条(虚偽の調査・測量の禁
止),24条(会則の遵守義務)及び福井県土地家屋調査士会会則87条
(品位保持等)に違反し,土地家屋調査士に対する社会の信頼と品位を著
しく失墜させる行為であることなどを理由として,平成18年11月27
日,原告に対し,同年12月3日から1か月の間,原告の土地家屋調査士
としての業務を停止するとの懲戒処分(以下「懲戒処分1」という。)を
した。
(3)司法書士についての懲戒処分及びその理由
ア懲戒処分の際に認定された事実(甲8)
(ア)原告は,平成17年12月27日,株式会社D銀行(以下「㈱D銀
行」という。)E支店の担当者から別紙物件目録記載2の建物(以下
「×番3の建物」という。)を含む3つの不動産について(以下「本件
各不動産」という。),F株式会社(以下「F㈱」という。)を義務者
とする抵当権抹消登記申請(以下「本件抹消登記申請」という。)の依
頼を受けた。
上記依頼の際,原告の補助者は,㈱D銀行E支店担当者から登記原因
証明情報,登記済証,登記権利者の署名及び押印がされた委任状3通を
受領した。
(イ)×番3の建物の登記名義人は,かつてG及びH(以下「亡H」とい
う。)であったが,亡Hの共有持分については,相続を原因として,そ
の全部がIに移転しており,これについては,「平成15年▲月▲日相
続」との持分全部移転登記もなされていた。
しかし,本件抹消登記申請においては,×番3の建物の登記権利者は
G及び亡Hとされており,上記委任状もI名義ではなく亡H名義で作成
されていた。
(ウ)原告は,補助者を介して,平成18年1月6日,㈱D銀行E支店の
担当者から,登記義務者の代理権限証書を受領し,同日,本件各不動産
の登記権利者らの申請意思を原告自身で確認しないまま,同補助者をし
て,福井地方法務局登記部門に対し,亡H名義の委任状を添付した本件
抹消登記申請書を提出させた(同日受付第×××号)。
福井地方法務局登記部門の調査担当者は,本件抹消登記申請につき調
査したところ,×番3の建物につき登記権利者とされていた亡Hにつき,
上記(イ)の相続を原因とした持分全部移転の登記がなされていたことが
判明し,本件抹消登記申請書に添付された委任状のうち亡H名義の委任
状が不真正なものであることが明らかになった。
原告は,平成18年1月13日,福井地方法務局登記部門統括登記官
から本件抹消登記申請の受託経緯等について事情聴取を受け,同人に対
し,本件各不動産の登記権利者らの登記申請意思の確認を怠ったと述べ
た。
(エ)本件抹消登記申請は,その後,補正の機会を与えられ,原告自身で
亡Hを除く本件各不動産の登記権利者らの本人確認及び登記申請意思の
確認を行ったうえで,同申請を補正し,登記手続を完了した。
イ聴聞手続(甲3)
福井地方法務局長は,平成18年9月19日,原告に対し,司法書士法
49条3項に基づき,上記アの事実を非違事実として,予定される処分内
容,その理由及び聴聞の日を記載した聴聞通知書を交付したうえで,同年
10月2日,聴聞手続を行った。
ウ処分の理由(甲8)
福井地方法務局長は,原告が本件各不動産の登記権利者らにつき本人確
認や登記申請意思の確認を行わずに本件抹消登記申請を行ったとし,これ
は司法書士法2条(職責),23条(会則の遵守義務),福井司法書士会
会則88条(書類の作成)及び98条(会則等の遵守義務)に違反する行
為であり,司法書士制度に対する国民の信頼を著しく失墜させる行為であ
るうえ,同時期に土地家屋調査士として受託した業務についても登記申請
人の本人確認を怠った登記申請をするなど,登記制度の一翼を担う資格者
代理人としての自覚を欠いているといわざるを得ないなどとして,平成1
8年12月3日から3週間,原告の司法書士としての業務を停止するとの
懲戒処分をした(以下「懲戒処分2」といい,「懲戒処分1」と併せて
「本件各懲戒処分」という。)。
(4)審査請求及び本訴提起(甲20,21)
原告は,平成18年11月30日,名古屋法務局長に対し,本件各懲戒
処分の取消しを求めて審査請求を行った。
名古屋法務局長は,平成19年1月5日,上記審査請求をいずれも棄却
した。
原告は,平成19年4月27日,本件各懲戒処分の取消しを求めて本訴
を提起した。
(5)本件各懲戒処分に付された期間の経過
原告が本訴を提起するまでに,司法書士業の業務停止期間(平成18年
12月3日から3週間)及び土地家屋調査士業の業務停止期間(同日から
1か月間)は,いずれも経過した。
3争点
(1)業務停止期間経過後に提起された本件各懲戒処分の取消請求につき,原告
に訴えの利益が認められるか。
(2)本件各懲戒処分が,いずれも裁量の逸脱等により違法なものと認められる
か。
(3)福井地方法務局長の過失(違法な職務行為),原告に生じた損害及びこれ
らの間の因果関係
4争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(訴えの利益)について
(原告の主張)
ア処分に付された期限が経過した後も,当該処分を取り消さねば法律上の
不利益を被るような場合には,当該処分を受けた者は,この処分の取消し
につき訴えの利益があるというべきである。
イ本件各懲戒処分について
(ア)行訴法9条2項の趣旨からすれば,当該不利益が法律上のものか否
かを判断するに際しては,法令の文言のみならず,当該不利益の及ぼす
事実上の影響力も考慮すべきである。
(イ)確かに,土地家屋調査士法42条及び司法書士法47条には,過去
の懲戒処分を将来の懲戒処分の際の加重事由とするとは規定されていな
い。
しかし,土地家屋調査士や司法書士に対して懲戒処分がなされる際に
は,過去の懲戒歴の有無や程度が考慮されているのが実情である。
特に,司法書士に対する懲戒処分については,司法書士等に対する懲
戒処分に関する訓令(法務省民二訓第1081号。以下「訓令」とい
う。)4条が,「司法書士等が行った行為の態様が極めて悪質であるこ
と,その行為の件数が多数であること等の相当の事由あるときは,……
前条の規定において行うものとされる懲戒処分より重い懲戒処分を行う
ことができる」と規定し,過去になされた懲戒処分は上記「相当な事
由」の内容となり,将来の懲戒処分の際には不利益な事実として考慮し
うるとされている。
このように,本件各懲戒処分が取り消されない限り,原告は,将来の
懲戒処分の際にこれが考慮されてしまうといった不利益を負っている。
そして,土地家屋調査士や司法書士に対する懲戒処分の各業務に与え
る影響の重大性からすれば,上記の不利益については,事実上の不利益
に止まらず,法律上の不利益であるというべきである。
(ウ)したがって,原告には,本件各懲戒処分の取消しを求めるにつき,
訴えの利益がある。
ウ懲戒処分2について
(ア)福井県司法書士会司法書士総合相談センター設置規則(以下「相談
センター設置規則」という。)5条4項(4)によれば,福井県司法書士会
の運営する司法書士総合相談センター相談員(以下,同センターを「相
談センター」と,その相談員を単に「相談員」という。)の欠格事由と
して,「司法書士法47条第2号の懲戒処分を受け,その処分の期間が
終了した日の翌日から2年を経過しない者」が挙げられている。
また,福井県司法書士会調停センター設置規則(以下「調停センター
設置規則」という。)13条1項(4)によれば,福井県司法書士会の運営
する福井県司法書士会調停センターの手続実施者(以下,同センターを
「調停センター」と,その手続実施者を単に「実施者」という。)の欠
格事由として,「司法書士法47条第2号の懲戒処分を受け,その処分
の期間が終了した日の翌日から2年を経過しない者」が挙げられている。
(イ)懲戒処分2は,平成18年12月23日に終了したから,原告は,
未だ処分終了した日の翌日から2年が経過しない者にあたり,相談員及
び実施者の資格を有しないことになる。
(ウ)以上のとおり,原告には,相談員や実施者になれないといった法令
上の不利益があるのだから,これを取り消すことによって回復すべき法
律上の利益がある。
(被告の主張)
ア原告の主張イについて
原告の主張は,要するに,将来,原告が懲戒処分を受ける際,本件各懲
戒処分が情状として事実上考慮される虞があるというにとどまるものであ
る。この不利益は,あくまでも事実上のものであるから,本件各懲戒処分
の取消しにつき,原告に訴えの利益はない。
イ原告の主張ウについて
相談センター設置規則及び調停センター設置規則は,法令ではなく,い
ずれも福井県司法書士会が設けた規則に過ぎない。したがって,上記各規
則により原告が被る不利益は,法令上の不利益ということはできず,懲戒
処分2の取消しにつき,原告に訴えの利益はない。
(2)争点(2)ア(懲戒処分1の裁量逸脱)について
(原告の主張)
ア本件滅失登記申請
(ア)申請者への意思確認
a原告は,本件滅失登記申請より1年以上も前の時期に,Bから亡A
を中間相続人とした登記申請を受任したことがあったものの,本件滅
失登記申請時には,亡Aの死亡を失念していた。この点については,
年間800件を超える登記申請業務を取り扱っているためやむを得な
いところである。したがって,原告が亡Aの死亡を看過したことはや
むを得ず,また,その生存を誤信したことについても落ち度があると
はいえない。
b原告は,本件滅失登記申請時,亡Aが生存しており,かつBにおい
て亡Aの意思を確認のうえ本件滅失登記申請の依頼をしたと誤信して
いた。そして,本件滅失登記申請のため亡A名義で委任状が作成され
た際,その作成に関わったBの叔母からも何らの疑問が示されなかっ
た。したがって,原告が,亡A本人の意思を確認しなかったことはや
むを得ず,落ち度があるとはいえない。
(イ)本件建物調査書
本件建物調査書は,12月という繁忙期に登記申請に不慣れな補助者
が関与して作成されたため,結果的に亡A本人から調査したかのような
虚偽の記載がなされたのであって,あえて虚偽記載をしたものではない。
イ有利に考慮すべき事情
(ア)本件滅失登記申請は却下されたが,原告は直ちにBを申請人として
×番の建物の滅失登記申請をし,この手続は完了した。これにより,B
に実害は生じていない。
(イ)本件滅失登記申請は,報告的登記であって権利変動に関係する登記
ではないから,権利変動に関する登記の事案に比較すれば,非違の程度
は軽いといえる。
(ウ)原告は,再発防止のために原告及び補助者において必ず申請人本人
から申請意思を確認するよう徹底し,本人確認も同様とした。
(エ)原告にはこれまで懲戒歴等はなく,原告は,本件を深く反省して,
福井地方法務局による事情聴取にも誠実に供述して事案の解明に協力し
た。
ウ原告が,本件滅失登記申請により得た報酬は9220円であり,これに
比較すると,業務停止1か月は重きに失する。
エ土地家屋調査士自ら現地調査を行わず,補助者をしてこれを行わせ,所
有者の立会いがなかったのに立会人欄に所有者の氏名住所を記載したとい
う建物調査報告書に虚偽の記載をした事案では,被懲戒者は,以前に同様
の過誤を行っていたにもかかわらず戒告処分とされている。
土地家屋調査士による滅失登記申請の際,補助者が死者名義を冒用した
委任状を作成した事案において,土地家屋調査士がタイプミスであるなど
と不合理な弁解をしたにもかかわらず,業務停止1週間とされている。
また,業務停止1か月の事案は,懲戒処分1に比較して相当悪質な事案
である。
オ以上のとおり,原告の土地家屋調査士の業務停止期間を1か月とした懲
戒処分1は,事案の内容等や他の懲戒処分に比較すると重きに失し,裁量
の逸脱がある違法なものである。
(被告の主張)
ア申請者への意思確認
(ア)原告は,それまでにBから亡Aを中間相続人とした登記申請等を受
任しており,本件滅失登記申請を受任した際には,亡Aの死亡を知って
いた。
(イ)原告は本件滅失登記の申請人は亡Aであり,かつ亡AとBとは別人
であると認識していたのだから,原告自身で又は補助者に適切な指示・
監督をして亡A本人の意思を確認すべであったのに,土地家屋調査士と
しての基本的な注意義務を怠った。
イ建物調査書
原告は土地家屋調査士として,原告自身で又は補助者に適切な指示・監
督をして適正な建物調査書を作成すべきであったにもかかわらず,これを
怠り,×番の建物の所有関係につき亡Aから確認していないのに,原告が
亡Aから×番の建物の所有関係について事情を聴取したかのような体裁の
本件建物調査書を作成した。
上記経過によれば,原告は,亡Aから何ら事情聴取をしていないにもか
からわらず,憶測で亡Aが所有権を有していると判断し,同人から事情を
聴取したかのように装って本件建物調査書にその旨記載したに等しい。
ウ以上のとおり,原告は,土地家屋調査士としての基本的な調査・確認事
項である申請人の本人確認や申請意思の確認を怠り,不動産の表示の登記
の適正を期すべき土地家屋調査士の使命に違背したことが明白である一方,
原告にとりたてて酌むべき事情はない。
したがって,原告の行為は,土地家屋調査士に対する社会の信頼と品位
を著しく失墜させるものであるといえ,1か月の業務停止処分が重きに失
するということはない。
(3)争点(2)イ(懲戒処分2の裁量逸脱)について
(原告の主張)
ア本件抹消登記申請
(ア)不動産登記の閲覧等
原告は本件抹消登記申請の際に登記事項要約書により登記権利者・義
務者の確認をしていないが,不動産登記の閲覧・謄写は,申請人の本人
確認や申請意思確認の1つの手段に過ぎず,費用もかかるのであるから,
常に閲覧・謄写はできない。したがって,原告の上記確認未了の点につ
き落ち度があるとはいえない。
(イ)亡Hへの意思確認
a金融機関から登記申請を依頼される場合,本人確認は金融機関にお
いてされていることが多く,司法書士からの重ねての本人確認に対し
ては,本人から金融機関へ問い合わせなどがされるため,金融機関か
ら不快感を示されることがしばしばある。そこで,担保権設定登記の
抹消登記手続の場合,司法書士からの本人確認は控えてしまうことは
よくある。
b㈱D銀行E支店担当者は,抵当権抹消登記手続に継続的に関与して
その業務に習熟していたうえ,同支店からの依頼で問題が生じたこと
はなく,同支店に対してはそれまでの取引のなかで死者を申請人とす
る登記申請ができないことも説明してあった。したがって,㈱D銀行
E支店担当者から亡H名義の委任状が交付されれば,生存する同女に
つき本人確認のうえでの依頼と信頼することはやむを得ない。
c㈱D銀行E支店の担当者からは,亡H名義の委任状が家族の委任状
とともに交付され,同時に渡された登記関係書類からも亡H死亡につ
き疑いが生じるような事情は窺えなかった。
dしたがって,本件で原告自らが本人確認や登記申請意思確認をしな
かったことについて落ち度があるとはいえない。
イ有利に考慮すべき事情
(ア)本件抹消登記申請は,原告による補正のうえその登記手続が完了し
たのであり,登記権利者等に実害は生じていない。
(イ)本件は,抵当権設定登記の抹消登記申請であり,登記権利者にとっ
ては保存行為であったのだから,本人確認を怠ったことの非違の程度は
他の事案と比較してより軽い。
(ウ)原告は,㈱D銀行E支店担当者と協議し,今後,死者名義の委任状
等の不真正な委任状を交付しないよう充分指導するとともに,担保権抹
消登記手続についても原告が委任状作成の場に立ち会うようにし,再発
防止を尽くした。
(エ)原告は,本件を深く反省し,福井地方法務局による事情聴取にも誠
実に供述して事案の解明に協力した。また,原告は,司法書士会の会務
にも熱心に取り組み,公的活動にも貢献してきた。
ウ原告が,本件抹消登記申請により得た報酬は1万0380円であり,こ
れに比較すると,業務停止3週間は重きに失する。
エ本件と同種事案についてなされた懲戒処分を全国的に見ると,戒告処分
にとどまることも多く,業務停止の場合は停止期間が1週間というものが
多い。よほど悪質な事情があっても業務停止期間は2週間までである。
最近の福井県内における懲戒処分では,所有権移転登記等の登記義務者
及び登記権利者の意思確認を怠って登記申請をした事案で戒告処分,土地
家屋調査士の資格のない司法書士が表示の登記につき代理したという事案
で戒告処分という状況にある。
したがって,より悪質性の低い原告に対して,業務停止期間3週間とい
う懲戒処分2は重きに失する。
オ以上のとおり,原告の司法書士の業務停止期間を3週間とした懲戒処分
2は,事案の内容等や他の処分に比較すると重きに失し,裁量の逸脱があ
る違法なものである。
(被告の主張)
ア不動産登記の閲覧等
司法書士が登記申請業務を遂行するに際しては,登記権利者・義務者を
把握することが必要である。これについては不動産登記を閲覧・謄写して
確認するのが通常であり,本件ではそれ以外に有効な手段はなかったので
ある。このように,原告は,登記権利者・義務者の確認のために不動産登
記を確認すべき注意義務を負っていたにもかかわらず,これを怠ったもの
で,この原告の落ち度は重大である。
イ亡Hへの意思確認
(ア)まず,金融機関からの登記申請の依頼であっても,司法書士におい
て登記権利者・義務者の意思確認をするのはその職責上当然である。
(イ)次に,原告は,なによりも×番3の建物の登記を確認するなどして
本件抹消登記申請における登記権利者・義務者を確認すべきであった。
亡Hの持分が相続によりIに全部移転したことは,×番3の建物の不動
産登記上明らかだったのであるから,登記の確認により亡Hの死亡は容
易に知り得たはずで,同女名義の委任状が本件抹消登記申請書に添付さ
れるということも当然回避できた。
ウ以上のとおり,原告が亡Hの死亡を看過し,同女名義の委任状を添付し
ての本件抹消登記申請をしたのは,司法書士としてなすべき基本的な調査
・確認を怠ったためである。
このように,原告の行為は,司法書士制度に対する国民の信頼を著しく
失墜させるものであったうえ,本件滅失登記申請を却下された2日後に本
件抹消登記申請をしたことからも窺えるように,原告には登記制度の一翼
を担う資格者代理人としての自覚が著しく欠けている。
不動産登記法の改正(平成16年法律第123号)により,司法書士等
による登記名義人確認情報の提供制度が設けられたが,この制度の適正な
運用のためには,司法書士による非違行為がなされた場合,厳正かつ的確
な懲戒処分を行う必要がある。原告は,懲戒処分1,懲戒処分2と連続し
て本人確認及び申請意思確認を怠っており,不動産登記制度における司法
書士の職責が重いことに照らせば,3週間の業務停止処分が重きに失する
ということはない。
(4)争点(3)(過失・損害・因果関係)について
(原告の主張)
ア福井地方法務局長は,その裁量を逸脱して漫然と違法な本件各懲戒処分
を行った過失がある。
イ原告は,違法な本件各懲戒処分により,土地家屋調査士については1か
月,司法書士については3週間の業務停止を余儀なくされ,多大な精神的
苦痛を被ったが,これに対する慰謝料は200万円が相当である。
また,本訴の提起・遂行を弁護士に依頼するのに要した費用のうち20
万円は違法な本件各懲戒処分と相当因果関係のある損害にあたる。
ウよって,原告は,被告に対し,国家賠償法に基づき220万円及びこれ
に対する本件各懲戒処分のなされた平成18年11月27日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(被告の主張)
いずれも争う。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(訴えの利益)について
(1)本件各懲戒処分の業務停止期間はいずれも経過したのであるから,原告が
その取消しを求めるには,原告に本件各懲戒処分の取消しによって回復すべ
き法律上の利益(訴えの利益)が認められる必要がある(行訴法9条1項)。
(2)ア原告は,土地家屋調査士や司法書士に対する懲戒処分では,過去の処分
歴の有無・程度が考慮されているうえ,懲戒処分の業務に及ぼす影響が重
大であることからすれば,過去の懲戒処分を考慮される不利益は,行訴法
9条2項の趣旨からしても,法律上の不利益と解すべきであると主張する。
イしかし,行訴法9条2項は当該処分等の相手方以外の者について当該処
分等を取り消す法律上の利益が認められるか否かについての判断指針を規
定したものであり,本件のように当該処分に付された期限が経過した後,
当該処分の相手方において当該処分の取り消しを求める事案について規定
したものではない。
ウまた,原告の主張する不利益は,あくまでも事実上のものに止まるので
あるから,それをもって本件各懲戒処分の取消しによって回復すべき法律
上の利益(訴えの利益)があるとは言えない。
エ原告の上記主張は,理由がない。
(3)ア原告は,懲戒処分2を受けたため,相談センター設置規則や調停センタ
ー設置規則により,相談員及び実施者の資格を有しないという法令上の不
利益を被っていると主張する。
イ司法書士法53条12号は,会則に「その他司法書士会の目的を達成す
るために必要な規定」を記載しなければならないと規定し,これを受けて
福井県司法書士会会則が定められている。
そして,上記会則3条(18)は,福井県司法書士会の事業として,国民に
対して司法書士が提供する法的サービスの拡充に関する事業を行う旨規定
し,同会則116条は,会則の施行に必要な規程及び細則は理事会の承認
を経て会長が定めると規定している。
以上に基づき,福井県司法書士会は,相談センター設置規則を定め,福
井県司法書士会の事業として相談センターを設置し,「相談センターが開
催する相談会における相談員には相談員名簿に登載された者を充てなけれ
ばならない」が,司法書士法47条2号の懲戒処分(2年以内の業務の停
止)を受け,その処分期間が終了した日の翌日から2年を経過しない者に
ついては相談員名簿への登載を拒否するか,登載されている者については
相談員名簿から削除しなければならないとしている(相談センター設置規
則1条,5条2項,4項)。
ウまた,司法書士は,司法書士として活動するためには,日本司法書士会
連合会に備える司法書士名簿に登録を受けるとともに(司法書士法8条),
事務所所在地を管轄する法務局等の管轄区域内に設けられた司法書士会に
入会することが法律により強制されている(同法57条,58条)。
エ上記イ,ウのとおり,司法書士に対する業務停止の懲戒処分は,その業
務停止期間が経過した後にあっても,法律によって加入が強制される団体
の内部において,法律で定めることが規定されている会則,それに基づく
相談センター設置規則により,その活動や資格を2年間もの長期にわたり
制約することになるのである。したがって,このような不利益については,
法律上の不利益にあたるというべきである。
オ原告への懲戒処分2による業務停止期間は,平成18年12月23日に
終了し,原告は,未だ処分終了した日の翌日から2年が経過しない者にあ
たるため,現在も相談員の資格を有しないのであるから,原告には,懲戒
処分2の取消しによって回復すべき法律上の利益(訴えの利益)があると
認められる。
(4)以上のとおり,懲戒処分1の取消請求に係る訴えは,原告に訴えの利益を
認めることができず不適法であるものの,懲戒処分2の取消請求に係る訴え
は訴えの利益が認められる適法なものである。
2争点(2)(本件各懲戒処分の裁量逸脱)について
(1)地方法務局長の裁量
ア司法書士に対する懲戒処分は,当該司法書士の事務所の所在地を管轄す
る法務局又は地方法務局の長(以下「法務局長等」という。)に委ねられ
ている。懲戒事由としては,司法書士法違反又は同法に基づく命令違反が
規定されているが,司法書士法違反には,司法書士会の会則違反や日本司
法書士連合会の会則違反も含まれている。(司法書士法47条,23条)
イそして,司法書士に対する懲戒処分は,国が独占的資格として認めた司
法書士の業務の適正を保持するために行われるものであり,本来的に国の
責任において行使されるべき性質のものである。また,法務局長等は,そ
の職務上司法書士の懲戒事由を最もよく知りうる立場にあり,かつ司法書
士に対する指導を行う所属司法書士会との連携を充分に図りうる立場にあ
る。このような事情から法務局長等に懲戒権限が付与されているのである。
また,懲戒権を行使すべきか否か,懲戒処分の内容を判断するにあたっ
ては,懲戒事由の内容,程度,被処分者への影響などの諸般の事情を総合
的に考慮することが必要である。
ウこれらからすれば,司法書士の行為が懲戒事由に該当する場合に,懲戒
権を行使すべきか否か,どのような内容の懲戒処分とするかについては,
法務局長等の合理的な裁量に委ねられているものと解される。
したがって,法務局長等による懲戒処分は,全く事実の基礎を欠くか,
又は社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を超え,又は裁量権を
濫用してなされたと認められる場合に限り違法となるというべきである。
エ以上の理は,土地家屋調査士に対する懲戒処分についても同様である
(土地家屋調査士法42条,24条)。
(2)懲戒処分1
ア前提事実及び証拠(甲40,乙1ないし3,原告本人)によれば,次の
事実が認められる。
(ア)原告は,Bから,J,亡A及びBとの順次相続を原因とした別紙物
件目録記載3の土地(以下「×番の土地」という。)の所有権移転登記
申請の依頼を受け,平成16年10月6日,登記原因を「昭和63年▲
月▲日亡A相続・平成7年▲月▲日相続」として,上記所有権移転登記
申請をした。
原告は,×番の土地の登記名義人であるBから,同土地についての抵
当権設定登記申請の依頼を受け,平成17年8月29日,上記抵当権設
定登記申請をした。
Bは,×番の建物を取り壊し,平成17年12月21日,その代わり
に,別紙物件目録記載4の建物(以下「×番2の建物」という。)を新
築のうえ,原告に対し,その頃,×番2の建物の表示登記申請を依頼し
た。
(イ)原告は,上記表示登記申請に係る現地調査の際,×番の建物の滅失
登記がなされていないことに気づき,その旨Bに指摘したところ,同人
から平成17年12月下旬頃,本件滅失登記申請の依頼をされたので,
これを受けた。
×番の建物については,亡Aが登記名義人であったが,同人は,平成
7年▲月▲日に死亡していた。
(ウ)原告は,本件滅失登記申請をするにあたって,補助者であるKと共
に現地に赴き,×番の建物に係る調査を行った。その際,大工から×番
の建物滅失の事情を聴取したが,Bは現場にいなかったため,原告は,
Bから事情を聴取することはなかった。
原告の補助者であるLは,Kの指示を受け,建物調査書の書式中,
「⑤所有者の調査」欄の「申請人」欄,「⑧登記原因日付」欄の「申請
人の説明」欄に,それぞれ記しを付けて本件建物調査書を作成し,原告
は,その内容を確認のうえこれに押印した。
(エ)Bは,原告ないしその補助者に対し,住宅取得控除を受けるため,
本件滅失登記申請を年内に行う必要があるが,自身は仕事が忙しく年内
に委任状作成のために原告事務所を訪れることはできないから,代わり
の者を訪問させて,その者をして委任状へ押印させると電話で述べた。
その後,Bの叔母が,原告事務所を訪問し,同叔母において,原告の
補助者立会いのもと,委任者の氏名「A」と記載された委任状に「C」
との印鑑を用いて押印した。その際,原告は,原告事務所外にいたため,
上記押印に立ち会うことはなかった。
(オ)原告の補助者であるMは,申請人欄に「A」と記載した本件滅失登
記申請書を作成し,原告はその内容を確認のうえ,これに押印した。
そして,原告は,平成17年12月22日,その補助者をして,本件
滅失登記申請書に本件建物調査書及び亡A名義の委任状を添付して,こ
れらを福井地方法務局に提出した。
イ亡A名義の委任状の作成
(ア)不動産登記法16条1項は,登記は原則として当事者の申請でなけ
ればすることができないと規定し,当事者とは,登記権利者,登記義務
者,登記名義人,表題部に所有者として記載された者及び実体法上の権
利者等とされている。
不動産登記法24条1項,25条4号は,登記の申請があった場合,
登記官は申請人となるべき者以外の者が申請していると疑うに足りる相
当な理由があると認めるときは,その権限の調査をし,申請の権限を有
しない者の申請による登記の申請を却下しなければならないと規定する。
以上からすれば,土地家屋調査士や司法書士の有資格者が依頼を受け
て登記申請をするにあたっては,まず,申請人の権限を調査・確認すべ
き注意義務があり,これは土地家屋調査士及び司法書士の職務上,極め
て基本的なものである。
また,土地家屋調査士や司法書士が上記登記申請をするにあたっては,
委任者である登記申請人に委任及び登記申請の意思のあることが前提に
なるから,この意思を確認すべきこともごく基本的な注意義務である。
さらには,直接の依頼者と当該登記の申請人とが異なる場合には,登
記申請人に対し,委任及び登記申請の意思があることを確認すべき注意
義務がある。
したがって,申請人の権限の調査・確認を怠ったり,申請人の委任及
び登記申請の意思確認を怠った土地家屋調査士及び司法書士の負うべき
職務上の責任は重大である。
(イ)本件において,原告は,亡Aが生存しているとの認識のもと,亡A
名義の委任状を本件滅失登記申請書に添付して本件滅失登記申請をしよ
うとしたのであるが,依頼者であるBと登記申請人である亡Aとが別人
であることは認識していたのであるから,その委任状の作成にあたって
は,原告自身ないしその補助者をして,亡Aに対して,本件抹消登記申
請をする意思があるのか,これを原告に委任する意思があるのかを確認
すべき職務上の注意義務があるものとして行動すべきであったというこ
とができる。
また,原告が依頼者であるBに対して,亡Aの委任及び登記申請の意
思を確認したいなどと申し向けていれば,亡Aの死亡は容易に判明した
はずである。
しかるに,原告は,亡Aの上記意思の確認をしようとはせず,結果,
Bの叔母が押印した亡A名義の委任状が作成されるに至ったのである。
(ウ)原告の上記行為は,土地家屋調査士法2条(職責),24条(会則
の遵守義務)及び福井県土地家屋調査士会会則87条(品位保持等)の
規定に違反することは明らかである。
そして,本件滅失登記申請の際の申請人とされた亡Aの意思確認をし
ようとする姿勢が見られないという原告の職務態度からすれば,原告の
非違の程度は著しいというべきである。
(エ)なお,被告は,それまでの経緯から原告が亡Aの死亡を知っていた
と主張するが,原告が年間約800件の登記申請事務を行っていたこと
からすれば(原告本人),亡Aの死亡を失念していたとの説明は合理的
であって,被告の上記主張は直ちに採用できない。
また,原告は,本件滅失登記申請の依頼に至る経緯や,Bの叔母が亡
A名義の委任状作成に何ら疑問を呈さなかったことから,原告が亡Aの
意思はBにより確認済みであると信じたことに落ち度はないと主張する
が,上記(ア)のとおり,土地家屋調査士が負担する基本的な注意義務の
内容に照らし,原告の上記主張は理由がないことは明らかである。
ウ本件建物調査書の作成
(ア)建物調査書は,登記官による当該不動産の表示に関する調査(不動
産登記法29条)を補助するため作成されるもので,したがって,土地
家屋調査士において建物調査書を作成するにあたり適正な調査を行うこ
とは極めて基本的かつ重要な事柄である。土地家屋調査士法23条,7
1条も,その適正な調査を確保するために,土地家屋調査士に対しては,
罰則(1年以下の懲役又は100万円以下の罰金)をもって虚偽の調査
を禁じている。
したがって,適正な調査を怠り,漫然と建物調査書に虚偽の記載をし
た土地家屋調査士の負うべき職務上の責任は重大である。
(イ)本件において,原告は,×番の建物の滅失経緯について調査するに
あたって,現場で大工から聞き取っただけであり,申請人である亡Aは
当然であるが,依頼者であるBからも全く事情を聴取していなかっうえ,
補助者が作成した本件建物調査書には,亡Aから聞き取りをした旨記載
されていたのに漫然とこれを見逃し,申請人である亡Aから×番の建物
の取毀年月日に関する調査をしたとの虚偽の内容を記載した本件建物調
査書に押印をしてこれを完成させた。
原告のこの行為は,土地家屋調査士法2条(職責),23条(虚偽の
調査,測量の禁止)及び24条(会則の遵守義務)並びに福井県土地家
屋調査士会会則87条(品位保持等)の規定に違反することは明らかで
ある。
また,原告は,土地家屋調査士が職務として果たすべきごく基本的な
注意義務である適正な建物調査書の作成を怠ったもので,その責任は重
大であるうえ,亡Aから×番の建物の滅失経緯につき聞き取っていない
ことは原告自身が知っていたのだから,本件建物調査書の内容を確認し
た際に,その誤りに気付くことは容易であったことからすれば,非違の
程度も著しいというべきである。
(ウ)なお,原告は,意図的に本件建物調査書に虚偽の記載をしたもので
はないと主張する。しかし,土地家屋調査士は,適正な建物調査書を作
成すべき職務上の注意義務があり,意図的に虚偽の記載をしてはならな
いことは論を待たないうえ,補助者を使うのであれば,適切な指示と的
確な点検をすべき注意義務を負っているのであるから,虚偽の記載が故
意によるものではなく補助者の過誤によるものであったことをもって,
直ちにその責任を軽減させる根拠とすることはできない。
エ(ア)以上のとおり,原告は,申請人の意思確認義務及び適正な建物調査
書を作成すべき義務といった土地家屋調査士として果たすべきごく基本
的な職務上の注意義務を怠ったものであり,その非違の程度は甚だしい
といえる。
(イ)したがって,原告の土地家屋調査士としての業務を1か月停止する
とした懲戒処分1については,原告主張の本件に関するその余の事情
(実害が生じていないこと,本件滅失登記申請が報告的登記であったこ
と,再発防止策を講じたこと,懲戒歴等や反省の態度,本件滅失登記申
請による報酬額)や,他の懲戒処分との比較を考慮しても,なお社会通
念上著しく妥当性を欠き,裁量権の範囲を超えるものであったというこ
とはできない。
(ウ)原告は,土地家屋調査士や司法書士に対する懲戒処分の基準が不明
確であって,懲戒処分1においては恣意的な加重がなされたと主張する。
しかしながら,上記のとおり,懲戒処分1の処分内容が重きに失すると
は認められないから,原告に対する処分に恣意的な加重がなされたと認
めることもできない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
(エ)よって,懲戒処分1につき,国家賠償法上の違法があるとは認めら
れず,その余の点を判断するまでもなく,懲戒処分1の違法を理由とす
る国家賠償請求については理由がない。
(3)懲戒処分2について
ア前記前提事実及び証拠(甲2,40,乙6,10,12,原告本人)に
よれば,次の事実が認められる。
(ア)原告は,平成15年に×番3の建物を含む本件各不動産の抵当権設
定登記申請の依頼を受けて,これを行った。
×番3の建物は,もともとNとGの共有であった。そして,Nの持分
については,平成12年▲月▲日相続を原因として亡Hに移転したとの
登記がなされた(平成12年8月25日受付)。さらに,亡Hの持分に
ついては,平成15年▲月▲日相続を原因としてIに移転したとの登記
がなされた(平成16年6月15日受付)。
(イ)原告は,平成18年1月4日,㈱D銀行E支店(担当者:O)から,
×番3の建物を含む本件各不動産につき本件抹消登記申請の依頼を受け
た。
原告は,Oから,亡H名義の委任状を受け取ったが,亡Hに対して,
原告自身又は補助者をして,委任及び登記申請の意思確認をしようと試
みることはなかった。
原告は,平成15年に行った本件各不動産についての抵当権設定登記
についての事件記録や電磁的記録をもとに,補助者であるMをして本件
抹消登記申請書を作成させ,これを確認のうえ押印した。
(ウ)原告事務所においては,登記申請書を提出する直前に登記事項要約
書の閲覧ないし謄写をしてその内容と登記申請書の内容とを比較確認し
たうえで,登記申請書を提出する方法を採用していた。
しかるに,原告ないしその補助者は,福井地方法務局に対し,亡H名
義の委任状を添付した本件抹消登記申請書を提出する際,×番3の建物
の登記事項要約書の閲覧・謄写をすることはなかった。
イ(ア)原告は,申請人の権限(誰が登記権利者・義務者が誰であるのか)
を調査・確認すべき注意義務があることは,上記(2)イのとおりである。
本件抹消登記申請において,登記権利者・義務者を正確に把握する方
法は,×番3の建物の最新の登記を確認するのが最も適切な方法だった
のであり,原告自身ないしその補助者が登記内容の確認をしていれば,
原告においても,亡Hが既に死亡しており同人を申請者とすることがで
きないことは容易に知り得たといえる。
しかるに,原告は,×番3の建物に係る過去の登記申請資料をもとに
して本件抹消登記申請書を作成し,最新の登記を確認することを怠った
ため,登記権利者・義務者を正確に把握することができないまま,亡H
の死亡とそれに基づくIへの移転登記を看過し,亡H名義の委任状を添
付した本件抹消登記申請書を提出するに至ったのである。
(イ)また,原告は,亡Hは生存していると認識していたのであるから,
亡Hの意思確認しようと試みれば,少なくともその死亡は容易に判明し
たはずである。
さらに,原告の主張するように,司法書士の多くが金融機関からの登
記申請依頼を受けた場合に,申請人本人に意思確認をしていないとして
も,依頼を受けた司法書士としては,少なくとも,金融機関の担当者か
ら意思確認の状況等を聴取すべきである。そして,㈱D銀行の担当者は
亡Hの死亡を知っていたのであるから,原告が担当者に亡Hに対する意
思確認状況の確認をしていれば,同人の死亡は容易に判明していたはず
である。
このように原告が基本的な注意義務を尽くしていれば,亡Hの死亡に
気付くことは全く容易なことだったということができ,亡H名義の委任
状を添付した本件抹消登記申請書を提出することも容易に避けられたの
である。
(ウ)原告のこれらの行為は,司法書士法2条(職責),23条(会則の
遵守義務)並びに福井県司法書士会会則88条(法令又は依頼の趣旨に
そぐわない書類の作成を禁ずる旨の定め。)及び98条(会則等の遵守
義務)に違反するというべきである。
そして,原告の行為態様は,司法書士としての全く基本的な注意義務
に違反したというものであり,その態様は芳しくなく非違の程度は著し
いといわざるを得ない。
(エ)なお,原告は,㈱D銀行の担当者を信頼して亡Hの意思確認をしな
かったことにつき落ち度がないとしてるる主張するが,司法書士は資格
を得て業として登記申請を行うのであるから,たとえ直接の依頼者が金
融機関であり,担当者がその業務に習熟していたとしても,申請人の委
任及び登記申請の意思の確認をするという司法書士の注意義務が軽減さ
れないことは当然であり,原告の上記主張は理由がない。
また,原告は,常に不動産登記を確認するのは困難であるとも主張す
る。しかし,司法書士は,登記申請にあたり登記権利者・義務者等を正
確に把握すべき職務上の注意義務を負っており,その手がかりとして最
も重要かつ適切な資料が当該不動産についての最新の登記であるのはい
うまでもないのであるから,最新の登記に匹敵する他の資料があればと
もかく,そうでないならば,登記権利者・義務者を把握するために当該
不動産の最新の登記を確認すべきである。本件では,最新の登記に匹敵
するような他の資料があったとは認められないし,原告がそのような資
料を確認してその職責を果たしたということもできず,原告の上記主張
は理由がない。
ウ(ア)そして,原告は調査担当者から本件滅失登記申請について申請人の
意思確認等をしたか否かなどの点について聞き取りを受けた後に,ほど
なくして行われた本件抹消登記申請においても,申請人の意思確認を全
く行っていないことに鑑みると,原告は,業として登記申請を行う資格
を与えられた者として,申請人の意思確認の重要性を真に理解している
のか,その補助者らにそれを周知徹底しているのか甚だ疑問であって,
本件抹消登記申請における非違の程度は重大と言わざるを得ない。
(イ)したがって,原告の司法書士としての業務を3週間停止するとした
懲戒処分2については,原告の主張する本件に関するその余の事情(実
害が生じていないこと,抵当権設定登記の抹消登記申請は,登記権利者
にとっては保存行為であったこと,再発防止策を講じたこと,反省の態
度,これまでの司法書士としての公務貢献,本件抹消登記申請の報酬
額)や,他の懲戒処分との比較を考慮しても,なお社会通念上著しく妥
当性を欠き,裁量権の範囲を超えるものであったということはできない。
(ウ)原告は,土地家屋調査士や司法書士に対する懲戒処分の基準が不明
確であって,懲戒処分2においても恣意的な加重がなされたと主張する。
しかしながら,上記のとおり,懲戒処分2の処分内容が重きに失すると
は認められないから,原告に対する処分に恣意的な加重がなされたと認
めることもできない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
(エ)よって,懲戒処分2につき,原告の取消請求を認めるに足りる違法
や,国家賠償法上の違法があるとは認められないから,その余の点を判
断するまでもなく,懲戒処分2の違法を理由とする取消請求及び国家賠
償請求はいずれも理由がない。
第4結論
以上のとおり,懲戒処分1の取消しに係る訴えは,訴えの利益がないからこ
れを却下し,本件各懲戒処分につき裁量を逸脱した違法はないから,原告のそ
の余の請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
福井地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官坪井宣幸
裁判官池上尚子
裁判官中嶋万紀子

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