弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告らの訴えのうち,道路占用更新許可処分の義務付けを
求める部分をいずれも却下する。
2原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1原告a株式会社(以下「原告a」という。)関係
(1)被告が平成26年1月17日付けでした原告aの道路占用更新許可申請に
対する不許可処分を取り消す。
(2)被告は,原告aに対し,平成26年4月1日から平成29年3月31日ま
で,別紙1物件目録記載1の各区画の道路占用更新許可処分をせよ。
2原告b(以下「原告b」という。)関係
(1)被告が平成26年1月17日付けでした原告bの道路占用更新許可申請に
対する不許可処分を取り消す。
(2)被告は,原告bに対し,平成26年4月1日から平成29年3月31日ま
で,別紙1物件目録記載2の各区画の道路占用更新許可処分をせよ。
3原告c株式会社(以下「原告c」という。)関係
(1)被告が平成26年1月17日付けでした原告cの道路占用更新許可申請に
対する不許可処分を取り消す。
(2)被告は,原告cに対し,平成26年4月1日から平成29年3月31日ま
で,別紙1物件目録記載3の各区画の道路占用更新許可処分をせよ。
4原告d(以下「原告d」という。)関係
(1)被告が平成26年2月7日付けでした原告dの道路占用更新許可申請に対
する不許可処分を取り消す。
(2)被告は,原告dに対し,平成26年4月1日から平成29年3月31日ま
で,別紙1物件目録記載4の各区画の道路占用更新許可処分をせよ。
第2事案の概要
本件は,大阪市e区のf高架橋の高架下(以下「f高架下」という。)に所在す
る別紙1物件目録記載の各区画(以下「本件各区画」という。)を占用する原告
らが,f高架橋の道路管理者である被告に対し,平成26年4月1日以降の本件
各区画の占用の更新許可を求めて,それぞれ,道路法(ただし,平成26年法律
第53号による改正前のもの。以下,特に断らない限り同じ。)32条1項に基
づく道路占用更新許可申請をしたところ,f高架橋の耐震補強・補修工事(以下
「本件耐震補強等工事」という。)の実施の必要性を理由とする不許可処分(以
下「本件各不許可処分」という。)を受けたため(ただし,原告bが申請者であ
るかどうか,処分の名宛人であるかどうかには争いがある。),被告を相手に,
①本件各不許可処分の取消し及び②同日から平成29年3月31日までの道路占
用更新許可処分の義務付けを求める事案である。
1関係法令等の定め
(1)道路法32条1項は,同項各号のいずれかに掲げる工作物,物件又は施設
を設け,継続して道路を使用しようとする場合においては,道路管理者の許
可を受けなければならない旨規定し,同項7号は,「前各号に掲げるものを
除く外,道路の構造又は交通に支障を及ぼす虞のある工作物,物件又は施設
で政令で定めるもの」を掲げている。
道路法施行令7条は,道路法32条1項7号の政令で定める工作物,物件
又は施設は,次に掲げるものとする旨規定し,同施行令7条9号は,「トン
ネルの上又は高架の道路の路面下に設ける事務所,店舗,倉庫,住宅,自動
車駐車場,自転車駐車場,広場,公園,運動場その他これらに類する施設」
を掲げている。
(2)道路法33条1項は,道路管理者は,道路の占用が同法32条1項各号の
いずれかに該当するものであって道路の敷地外に余地がないためにやむを得
ないものであり,かつ,同条2項2号から7号までに掲げる事項について政
令で定める基準に適合する場合に限り,同条1項の許可を与えることができ
る旨規定する。
なお,平成26年法律第53号(平成27年4月1日施行)による改正後
の道路法33条2項1号は,同法32条1項7号に掲げる工作物,物件又は
施設のうち,「高架の道路の路面下に設けられる工作物又は施設で,当該高
架の道路の路面下の区域をその合理的な利用の観点から継続して使用するに
ふさわしいと認められるもの」で同法33条1項の規定に基づく政令で定め
る基準に適合するもののための道路の占用については,同項の規定にかかわ
らず,同法32条1項の許可を与えることができる旨規定する。
(3)大阪市道路占用規則(昭和60年大阪市規則第73号〔甲A4〕)9条は,
占用の許可は,別に定める基準により行うものとする旨規定し,大阪市道路
占用許可基準(昭和62年大阪市告示第242号の2。ただし,平成27年
大阪市告示第497号による改正前のもの〔甲A5,乙A21,69〕)2
7条は,高架道路の路面下の占用については,「高架道路の路面下の占用許
可について」(平成17年9月9日付け国道利第6号国土交通省道路局長通
知〔乙A15〕)によらなければならない旨規定する。ただし,同条所定の
上記通知は,平成21年2月1日に廃止されており,同日以降,「高架の道
路の路面下及び道路予定区域の道路占用の取扱いについて」(同年1月26
日付け国道利第20号大阪市建設局長宛て国土交通省道路局路政課長通知
〔乙A30〕。以下「第20号通達」という。)に読み替えられる。
(4)第20号通達に添付されている「高架の道路の路面下及び道路予定区域の
道路占用の取扱いについて」(平成21年1月26日付け国道利第19号地
方整備局道路部長等宛て国土交通省道路局路政課長通知〔乙A30〕。以下
「第19号通達」という。)の別紙1「高架下の占用許可基準等」1(2)(カ)
は,占用物件の天井は,原則として,高架の道路の桁下から1.5m以上空
けることとし,同(キ)は,占用物件の壁体は,原則として,高架の道路の構造
を直接利用しないものであるとともに,橋脚から1.5m以上空けることと
している。
また,「高架の道路の路面下及び道路予定区域の有効活用の推進について」
(平成21年1月26日付け国道利第18号大阪市長宛て国土交通省道路局
長通知〔乙A23〕)に添付されている「高架の道路の路面下及び道路予定
区域の有効活用の推進について」(同日付け国道利第17号地方整備局長等
宛て国土交通省道路局長通知〔乙A23〕。以下「第17号通達」という。)
1(2)は,高架下の占用は,道路管理上及び土地利用計画上十分検討し,他に
余地がないため必要やむを得ない場合に限って認められているものであるが,
まちづくりや賑わい創出などの観点からその有効活用が必要と認められる場
合には,道路管理上支障があると認められる場合を除き,当該高架下等の占
用を認めて差し支えないとし,同通達1(3)は,高架下等の占用の許可に当た
っては,公共的ないし公益的な利用を優先することとしている。
2前提となる事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全
趣旨により容易に認められる事実。以下,書証番号は特に断らない限り枝番号
を含む。)
(1)f高架橋
アf高架橋は,gの貨物駅への引き込み線を越えるf陸橋と淀川を渡るh大
橋を接続する高架橋として,昭和7年に建設され,昭和10年7月から供
用が開始された道路である。f高架橋は,鉄筋コンクリート(以下「RC」
という。)製であり,別紙2「構造概要」のとおり,ラーメン構造部(3径
間)と落し込み桁(単径間)が交互にゲルバー部で接続されている(乙A
14,17)。
f高架橋の交通量は,1日当たり3万5288台(平成22年当時)であ
り,gとhを結ぶ重要な幹線道路であるとともに,災害時の緊急交通路・避
難路にも指定されている。
イf高架橋は,国道i号(gh線区間)及び府道j号大阪aa線の各一部で
あり,国道i号の部分は,国土交通大臣が管理する指定区間に指定されて
いないため,指定市である被告が管理者であり(道路法13条1項,17
条1項),府道j号の部分も,指定市である被告が管理者である(同法1
5条,17条1項)。
(2)当事者等
ア原告aは,平成26年3月31日まで,f高架下の別紙1物件目録記載
1の各区画(別紙3占用状況図のうち桃色のマーカーを付した部分。以下
「原告a区画」という。)の道路占用更新許可を受けてきた者である。
イ原告bは,k株式会社(以下「k」という。)の代表取締役である(甲A
3,甲B2の23,2の24)。
別紙1物件目録記載2の各区画(別紙3占用状況図のうち青色マーカー
を付した部分。以下「原告b区画」という。)については,平成26年3
月31日まで,道路占用更新許可がされており,その申請名義人は原告b
の叔父であるl(昭和41年死亡)である。
ウ原告cは,平成26年3月31日まで,別紙1物件目録記載3の各区画
(別紙3占用状況図のうち緑色マーカーを付した部分。以下「原告c区画」
という。)の道路占用更新許可を受けてきた者である。
エ原告dは,平成26年3月31日まで,別紙1物件目録記載4の各区画
(別紙3占用状況図のうち橙色マーカーを付した部分。以下「原告d区画」
という。)の道路占用更新許可を受けてきた者である。
オ被告は,道路法上の道路管理者としてf高架橋の維持管理を行うととも
に,f高架下の道路占用許可に係る事務等を行う地方公共団体である。
(3)本件各不許可処分
ア原告aは,平成25年12月18日頃,被告に対し,同日付け道路占用
更新許可申請書を提出し,原告a区画の占用更新許可申請をした(甲B1
の1)。
被告は,平成26年1月17日頃,原告aに対し,「平成26年度から
f高架橋の補修・補強工事を実施する必要があり,占用物件が存在したま
までは当該工事が出来ないため。」との理由を付した同日付け不許可処分
決定通知により,上記申請を不許可とする旨の処分をした(甲B1の2)。
イ原告bは,平成25年12月19日,被告に対し,申請者の氏名欄に「l」,
担当者欄に「k株式会社代表取締役b」と記載した同月18日付け道路占用
更新許可申請書を提出し,原告b区画の占用更新許可申請をした(乙A1。
ただし,原告bが申請者であるかについては争いがある。)。
被告は,平成26年1月17日頃,上記アと同様の理由を付した同日付
け不許可処分決定通知により,上記申請を不許可とする旨の処分(以下「原
告b不許可処分」という。)をし,原告bに通知した(甲B2の2)。
ウ原告cは,平成25年12月18日頃,被告に対し,同日付け道路占用
更新許可申請書を提出し,原告c区画の占用更新許可申請をした(甲B3
の1)。
被告は,平成26年1月17日頃,原告cに対し,上記アと同様の理由
を付した同日付け不許可処分決定通知により,上記申請を不許可とする旨
の処分をした(甲B3の2)。
エ原告dは,平成26年1月21日頃,被告に対し,同日付け道路占用更
新許可申請書を提出し,原告d区画の占用更新許可申請をした(甲B5の
1)。
被告は,平成26年2月7日頃,原告dに対し,上記アと同様の理由を
付した同日付け不許可処分決定通知により,上記申請を不許可とする旨の
処分をした(甲B5の2)。
(4)本件訴えの提起
原告らは,平成26年2月17日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
なお,被告は,原告らに対し,本件各区画の占用物件の収去及び本件各区
画の明渡しを求める訴訟(当庁平成26年(ワ)第8771号建物収去土地
明渡等請求事件)を提起している。
第3主たる争点及び当事者の主張の要旨
1主たる争点
(1)原告bの訴えの適法性(本案前の争点)
(2)本件各不許可処分の適法性・裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無
2当事者の主張の要旨
(1)原告bの訴えの適法性(本案前の争点)
(被告の主張)
ア原告b区画の道路占用更新許可申請は「l」名義でされたものであり,原
告bを名宛人とする処分は存在しないから,原告b不許可処分の取消しの
訴えは,存在しない処分の取消しを求めるものであって不適法である。ま
た,これを「l」に対する道路占用不許可処分の取消しを求めるものと理解
したとしても,原告bはその取消しを求める原告適格を有しない(なお,
lは既に死亡しており,名義変更手続も取られておらず,被告が原告b区
画につき道路占用更新許可処分をすることはできないから,いずれにして
も上記不許可処分は適法である。)。
原告b区画については,従前から「l」名義で占用許可がされてきたとこ
ろ,平成25年12月19日,原告bから,突然,被告に対し同原告(b)
名義の占用更新許可申請書が提出され,これにより,被告は初めてlが死
亡していることを知った。しかし,平成25年度の原告b区画の占用者は
lであるから,異なる名義人に対する更新許可手続をすることはできず,
被告の担当者は,原告bに対し,大阪市道路占用規則29条2項所定の名
義変更の届出を行うよう求めた。しかし,原告bは,名義変更に必要な他
の相続人の同意書を取ることができない旨述べたため,被告は,当面の例
外的措置として,申請者欄の氏名が「l」に補正された申請書(乙A1)を
受け付けたものである。
イ原告bによる道路占用更新許可処分の義務付けの訴えは,適法な取消訴
訟等が併合提起されていないこと(行政事件訴訟法37条の3第3項2号),
原告bによる法令に基づく適法な申請がないこと(同法3条6項2号)か
ら,不適法である。
(原告bの主張)
原告bは,kの代表者として,叔父の「l」名義で原告b区画を占用してき
たのであり,同区画の占用許可を受けてきた者は,lこと原告bである。
原告b区画は,元々,l(原告bの叔父)とl(原告bの父)が共同経営し
ていた株式会社n(以下「n」という。)の事業用地として占用許可を受けた
ものであり,当初は個人名義でしか許可されなかったため,便宜上,l名義で
占用許可を受け,同社及びその事業を受け継いだkの歴代の代表者(l,l及
び原告b)が管理,使用してきた。このような経緯に照らすと,原告b区画の
道路占用更新許可申請の名義人は,形式上は「l」とされているものの,実質
的にはkの代表者個人というべきであり,lの相続人らもそのように認識し
ている。被告も,上記のような実態を認識しつつ,長年にわたり,「l担当
者k株式会社代表取締役b」の名義による申請や,l及び原告尾形による占用
を容認してきたのであり,原告bが原告b区画の占用許可を受けてきたとい
うのが被告と原告bの共通認識である。今回の申請においても,被告の担当
者は,原告bに対し,死者であるはずの「l」名義での申請を指導しており,
「lことb」の趣旨で当該申請を受理したことが明らかである。
(2)本件各不許可処分の適法性・裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無
(原告らの主張)
ア判断枠組みについて
本件各不許可処分の司法審査においては,①本来の用途への支障,②使
用目的の相当性,③使用の必要性,④期限付き占用許可の趣旨(更新拒絶
に係る正当事由の有無),⑤信頼保護ないし信義則違反について総合考慮
し,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるかどうかを判断すべきである。
これらの事項を考慮せず(要考慮事項の不考慮),又は考慮すべきでない
事項を考慮し(他事考慮),又は重要な事実に誤認があり,社会通念に照
らし著しく妥当性を欠く場合には,本件各不許可処分は,裁量権の範囲を
逸脱し又はこれを濫用するものとして,違法となる。
イ①本来の用途への支障について(詳細は別紙4「本件耐震補強等工事に
関する原告らの主張」のとおり)
原告らの占用は,f高架下の空間を占用するものであるから,国道i号及
び府道j号の通行には何ら影響を与えない。むしろ,原告らの占用は,f高
架下の空間を有効活用するもので本来的な用途といえるから,本件耐震補
強等工事に当たっても,可能な限り,その占用が継続されるよう配慮されな
ければならない。
原告らは本件耐震補強等工事の必要性について積極的に争うものではな
いが,f高架橋の構造強度に危険はなく,耐震性能に致命的な問題もないか
ら,本件耐震補強等工事を行うべき差し迫った必要性はない。また,被告が
採用するRC巻立て工法ではなく,包帯補強工法(橋脚にポリエステル繊維
ベルトを巻き立てる工法)やリブバー補強工法(橋脚に棒状の鋼材を巻き立
てる工法)等の工法を用いれば,原告らを立ち退かせることなくf高架橋
の耐震補強を行うことが可能である(被告は,耐震補強の工法を検討するに
際し,原告らの立退きを当然の前提としており,不当である。)。また,仮
に原告らを立ち退かせる必要があるとしても,平成26年3月末の時点で
占用者全員を立ち退かせる必要はなく,占用者のいない区画から順次工事
を行い,原告らの占用区画を移動させながら工事を行うことも可能である。
また,工事完了後の維持管理についても,占用物件を残したまま点検調査を
行うことは十分に可能である。
このように,原告らの占用を認めても,本件耐震補強等工事及びその後の維
持管理への支障は軽微であり,被告は,可能な限り,本件耐震補強等工事と
原告らの占用の継続を両立させるべきである。
ウ②使用目的の相当性及び③使用の必要性について
被告は,f高架橋の建設当初から,f高架下の商店街構想に基づき,一般の
高架下には見られない通路を設け,その両側を占用区画として占用者を招致
し,占用者による工作物の新築・改築を前提とし,占用権の相続による世代を
超えた継続使用を予定していたのであるから,f高架下の占用は,高架下空間
の有効活用という本来的用途そのものである。また,f高架下の有効活用は,
第17号通達の方針(まちづくりや賑わい創出などの観点から高架下空間の
有効活用を推進する方針)にも適うものである。
原告らは,f地区及びf高架下の特質と立地条件を生かした魅力あるまちづ
くりと賑わいの創出を真剣に考えており(これに対し,被告にはf高架下の有
効活用に関する具体的な計画はない。),飲食店やアンティークショップ等の
店舗は,中津高架下独自の文化・芸術の発信基地となり,賑わいを創出し,マ
スコミの注目も集め,更なる進化を遂げつつあった。また,占用者らは,f高
架下の環境の維持管理を担っており,地域の安全にとっても不可欠の役割を
果たしていた。しかも,原告らは,多額の資本を投下して事業を開始・継続し,
f高架下の有効活用に貢献してきたのであり,その占用の解消は致命的な経済
的損失をもたらす。
このように,f高架下の有効活用,f高架下の環境の維持管理,占用解消に
伴う経済的損失の観点から,原告らの占用の継続を認める必要性は極めて高
い。
エ④期限付き占用許可の趣旨(更新拒絶に係る正当事由の有無)について
占用の目的等に鑑みて不相当に短期間の期限が付されている場合,その期
限は条件等の見直しのために設定された更新時期であり,更新の拒否(許可の
撤回)には正当な事由を要すると解される。
本件の場合,被告の商店街構想に基づく高架下空間の有効活用のためには,
数年単位の短期では使用目的を達することができないこと,占用者がf高架
下に建築物を建築して長期使用することが前提とされており,実際にも,占用
者によって建築物が建築され,2年又は3年の短期間の更新が約80年にわ
たり繰り返されてきたこと等から,本件各区画の占用許可の期限は,条件等の
見直しのために設定された更新時期であり,更新の拒否には正当な事由を要
すると解するのが合理的である。
そして,原告らの占用の継続は,f高架下の本来の用途への支障にはならず,
むしろ本来の用途であるから,更新を拒否する正当事由は認められない。
オ⑤信頼保護ないし信義則違反について
原告らは,f高架下の有効活用という被告の政策に協力して約80年にわ
たって占用を継続し,有効活用とともに,f高架下の環境の維持管理に貢献し
てきた。まちづくりや賑わいの創出には,相当の資本投下を含む腰を据えた取
組が必要であり,2年又は3年ごとに退去を求められるという不安定な地位
しか与えられないのであれば,有効活用は不可能であるから,長期占用が大前
提であり,正当事由がない限り退去を求められることはないという信頼があ
ることが不可欠である。よって,このような原告らの信頼利益は,信義則上保
護に値する。
しかも,本件各区画については,初代の占用者と被告との間において,真に
やむを得ない事情がない限り,被告の都合で一方的に退去を求めることはし
ないという明示又は黙示の合意があった。この合意は,本件各区画の占用を承
継した原告らにも承継されている。
カ要考慮事項の不考慮及び他事考慮について
被告は,本件各不許可処分に当たり,本件耐震補強等工事の必要性(①)を
過度に重視し,使用目的の相当性(②),使用の必要性(③),更新拒否の正当
事由(④),信頼利益(⑤)等の要考慮事項を考慮していないことが明らかであ
る。
それどころか,被告は,原告らの占用が本件耐震補強等工事の支障になると
いうよりも,原告らの立退き自体を目的として本件各不許可処分をしたことが
明らかである。このことは,被告が,大阪駅前地下道の事案において,oを優遇
する一方,長期にわたり地下道を占用してきた占用者に対し,占用区画の明渡し
自体を目的とする不許可処分を行っていることからもうかがわれる。
キまとめ
以上のとおり,原告らの占用の継続を認めることによる本来の用途への支障
は軽微である一方で,原告らの使用目的は相当性を有しており,原告らが使用を
継続する必要性も極めて高く,占用許可がされなければ原告らに致命的な経済
的損失を与えるとともに,f高架下の空間の有効活用に支障が生じる。かつ,原
告らの占用は更新を前提としており,更新を拒否すべき正当事由が必要である。
被告は,これらの事項を考慮することなく,原告らを退去させること自体を目的
として本件各不許可処分をしており,本件各不許可処分は,裁量権の範囲を逸脱
し又はこれを濫用するものとして違法である。
(被告の主張)
ア判断枠組みについて
本件各区画の占用更新申請の可否を判断するに当たっては,道路法の趣
旨や道路占用許可の性質を踏まえ,f高架橋の道路としての機能や維持管理
の必要性,工事の合理性等の諸般の事情を考慮した道路管理上の政策的・技
術的判断が不可欠である。そのため,このような判断は,これを決定する行
政庁(道路管理者)の広範な裁量に委ねられているというべきであって,裁
判所がその適否を審査するに当たっては,当該決定が裁量権の行使として
されたことを前提として,その基礎とされた重要な事実に誤認があること
等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合,又は,事実に対する評価
が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考慮すべき事情を考慮
しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くもの
と認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したもの
として違法となるというべきである(最高裁判所平成18年11月2日第
一小法廷判決・民集60巻9号3249頁等参照)。
イ本件耐震補強等工事の必要性,工法等について(詳細は別紙5「本件耐
震補強等工事に関する被告の主張」のとおり)
f高架橋は,交通・防災において極めて重要な道路であるにもかかわら
ず,現在に至るまで,占用区画の明渡しを伴わない範囲での個別の工事・補
修しか行われておらず,老朽化が進んでいるにもかかわらず抜本的な耐震
対策や劣化補修がされたことがなかったものであり,平成22年度及び平
成24年度の調査結果等に照らしても,f高架橋の耐震補強の必要性は明白
である。
f高架橋は,RCラーメン構造を有し,このような構造の道路橋の耐震
補強方法は,RC巻立て工法,鋼板巻立て工法及び炭素繊維シート巻立て工
法の3つの工法が標準的に用いられるところ,RC巻立て工法は,補強効果
や耐久性に優れ,火災に対する抵抗も強く,維持管理性にも優れており,い
つ生じるかわからない大災害時において,緊急交通路として即時に機能回
復すべきf高架橋の耐震補強の方法として最も合理的かつ適切である。ま
た,RC巻立て工法の経済的合理性も明らかである。
原告らは,包帯補強工法やリブバー補強工法等を用いれば原告らの立退
きは必要ないなどと主張するが,これらの工法は道路の橋脚の耐震補強に
用いられた実例に乏しい上,耐火性能,維持管理の容易性,経済合理性等に
おいてRC巻立て工法に劣後することが明らかであり,これらの工法を採
用しなかったことが裁量権の範囲の逸脱又はその濫用となるものではない。
また,橋脚と占用物件との間には,維持管理のため1.5mの離隔距離を設
ける必要があり(第19号通達),いずれにしても占用物件を残すことはで
きない。
ウ原告らの不利益について
(ア)原告らの不利益の性質,要保護性等について
道路占用は道路の二次的利用として本来的用法に支障のない範囲で許
可されるものにすぎず,道路管理や公益の観点から占用の解消があり得
ることは,占用者において当然認識し受忍すべきことである。加えて,原
告らの占用物件は営業ないし事業の場であり,原告らの損失は,仮にある
としても経済面での損失に限られ,公共性・公益性を優先すべき道路占用
において,このような特定人の収益活動を殊更に保護すべき必要は低く,
このほか,道路占用として,原告らが保護されるべき特段の事情もない。
また,被告は,これらの不利益について,補償金や猶予期間により十分配
慮を尽くしている。
原告らの各占用許可においては,占用権の譲渡・転貸等を禁止する旨
の定めがあり(大阪市道路占用規則28条,占用許可条件16項),また,
占用者から「占用許可場所を他人に転貸し,または,占用権を譲渡する行
為は一切しないこと」を厳守する旨の誓約書を得ており,被告は,原告ら
に対し,転貸等を許諾したことはない。それにもかかわらず,原告らは,
被告の許可を受けずに,本件各区画を第三者に賃貸するなどしてきたの
であり,また,かかる取扱いについて,被告が承諾したり容認したことも
ない。
しかも,本件各区画の占用料は,付近の賃貸料相場に比較し著しく低
廉に設定され,原告らは,長年にわたって莫大な利益を享受し続けてきた
のであり,原告らの投資コストは,あるとしても既に十分回収されている。
(イ)fのまちづくりについて
原告らは,「まちづくり構想」なる主張を繰り返すが,本件耐震補強
等工事は,fのまちづくりや環境に何ら支障になることはなく,本件耐震
補強等工事の実施により,fの街としての環境が損なわれるとか,まちづ
くりに支障が生じるというのは,単なる原告らの主観にすぎない。原告ら
の「まちづくり構想」なる主張は後付けにすぎず,原告らの本訴の主眼は,
本件各区画における自らの経済的な私益を確保するための明渡しの回避
にあることは明らかである。
エ信義則違反等の主張について
f高架橋についての長期間の占用という事情を踏まえても,道路占用は,
道路の本来的機能を害しない限りにおいて二次的に認められ得るものであ
り,原告らも,本件各区画の占用許可の解消があり得ることは当然認識して
いた。他方,被告は,f高架橋の長期間の占用についての事情にも鑑み,耐
震補強等の必要性を認めて以降,その工事方法や対応について慎重に検討
するとともに,占用者らの不利益にも配慮を尽くしてきたところであり,何
ら信義則に反するなどといった事情はない。
原告らは,「真にやむを得ない事情がない限り,被告の都合で一方的に
退去を求めることはしないという合意」があったと主張するが,本件各区画
の占用許可は,当初から,期間を定めてされたものであったことは明らかで
あり,原告らの上記主張は,上記の許可条件に反しているばかりか,当時の
道路法にも抵触する違法なものであり,当時の被告の担当者がこのような
合意をするとは考えられない。また,原告らも,更新の都度,道路管理者が
必要な場合には占用期間内であっても占用区画を返還する旨誓約しており,
道路管理上の必要が生じた場合に占用許可が解消され得ることを十分に認
識していた。
オ他事考慮(原告らを立ち退かせる目的)の主張について
原告らは,本件各不許可処分が,原告らを退去させること自体を目的と
するものであると主張するが,失当である。
本件耐震補強等工事において,合理的・現実的に採用可能な工法として
は,いずれの工法によっても占用物件を存置したまま工事を実施すること
はできず,いずれにせよ占用者の退去と占用物件の収去を要するところで
あり,また,これらの工法のうち最も合理的であるRC巻立て工法による限
り,明渡しをせずに工事を実施することが不可能であることは原告らも認
めるとおりであり,そのために退去を求めることは何ら他事考慮ではない。
被告が,本件各区画につき特定の者に有利に扱おうとか,特定の者に対する
不当な目的,不公平・不平等取扱い等により明渡しを求めた等の事情もない。
カまとめ
大規模な震災はいつ発生するか予測がつかず,また,道路の老朽化は,
国家的に緊急の対策が求められている社会的問題である。f高架橋の災害時
の緊急交通路としての重要性,老朽化の状況,従前の工事実施状況等を踏ま
えれば,被告として,早急に本件耐震補強等工事を実施する必要があること
は明らかである。被告は,本件各不許可処分に当たり,第三者による調査結
果を踏まえ,道路橋の標準的な工法のみならず複数の工法を検討するとと
もに,占用者らの不利益や,工事後の高架下空間の有効活用の在り方につい
ても検討した上で本件耐震補強等工事の方針を策定し,占用者らに対し十
分な説明を尽くしてきたのであって,その対応に何ら不当や裁量逸脱とさ
れる事情はない。他方,原告らは,道路占用の許可を受け莫大な利益を享受
してきたにもかかわらず,市民や一般通行者の生命・身体の安全や経済的負
担等を犠牲にし,また,他の占用者との不公平も顧みず,自らの私益さえ確
保されればよいという身勝手な態度に終始するのであるが,これが暴論で
あることは明らかである。
第4当裁判所の判断1(原告bの訴えの適法性・本案前の争点)
1認定事実
前記前提となる事実に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事
実が認められる。
(1)nは,大正9年にp(原告bの祖父)が創業し,昭和8年にその子であるl
及びlが法人化した,ホーロー製品の製造等を行う株式会社である(甲A1
6,184,甲B2の17,2の20~2の22,2の35)。
nの代表取締役であったlは,昭和13年頃までに,nの事業用地とするた
め,被告に対し,同人名義で原告b区画の道路占用許可の申請をし,その許
可を受けた。そして,nは,その頃,原告b区画に占用物件を建築し,これを
倉庫等として利用していた。(以上につき,甲A16,甲B2の10~2の
12,甲C6)
(2)nは戦災のため昭和20年頃に廃業し,lも昭和41年に死亡したが,その
後も,原告bの父であるl(lの弟)が,l名義で原告b区画の道路占用更新
許可処分を受け,これを,ホーロー製品の製造等を行うbb株式会社(昭和2
3年設立,昭和32年廃業)やk(昭和46年設立。ただし,現在はホーロー
製品を扱っていない。)の倉庫等として利用していた(甲A184,甲B2
の19)。
(3)原告bは,平成10年頃,kの代表取締役となり,その後,原告b区画の
道路占用更新許可申請の際には,申請者の氏名欄に「l」,担当者欄に「k株
式会社代表取締役b」と記載した申請書を提出し,l名義でその許可を受けて
いた(甲A184,甲B2の3,2の4)。
(4)原告bは,平成25年12月18日頃,原告b区画の道路占用更新許可申
請のため,被告に対し,申請者の氏名欄に「b」と記載した申請書を郵送で提
出した。被告の担当者は,申請者の氏名が従前のもの(l)と異なっていたこ
とから,原告bに電話して確認したところ,lは既に死亡しているとのこと
であったため,原告bに対し,名義変更の手続を行うよう指導した。しかし,
原告bは,lの相続人(なお,原告bはlの相続人ではない。)の同意書が
取れないため名義変更の手続を行うことができないとして,被告に対し,申
請者の氏名欄の「b」を二重線で抹消して「l」に訂正し,担当者欄に「k株式
会社代表取締役b」と記載した同月18日付け申請書を提出し,原告b区画
の占用更新許可申請をした。(以上につき,甲A184,甲B2の1,甲C
6,乙A1,54,乙B2の2,証人q)
(5)被告は,平成25年12月19日,当面の例外的措置として,上記訂正後
の申請書を受け付けた。そして,被告は,平成26年1月17日頃,原告bに
対し,「l」を名宛人とする同日付け不許可処分通知を送付し,上記申請を不
許可とする旨の処分(原告b不許可処分)をした。同通知には,他の占用者
らに対する不許可処分と同様に,「平成26年度からf高架橋の補修・補強
工事を実施する必要があり,占用物件が存在したままでは当該工事が出来な
いため。」との理由が記載されていた。(以上につき,甲B2の2,乙A1,
54,乙B2の2)
2検討
上記認定事実によれば,原告bは,nの事業を受け継いだkの代表取締役の
地位にある者として,被告に対し,自らを実質的な申請者とする趣旨で,申請
者の氏名を「l」とし,担当者を「k株式会社代表取締役b」とする平成25年
12月18日付け申請書(乙A1)を提出したものと認めるのが相当である。
他方,被告は,lが既に死亡しており,原告bが実質的な申請者であることを
認識しつつ,当面の例外的措置としてこれを容認し,上記申請書を受け付ける
とともに,その不許可処分に当たっても,lが死亡していること等を理由にす
ることなく,他の占用者に対する不許可処分と同様の理由(f高架橋の補修・補
強工事を実施する必要があること)を付したことが認められる。
以上によれば,原告b不許可処分については,原告b(lことb)が申請者で
あり,かつ,その名宛人であると認めるのが相当である。したがって,原告bが
提起した原告b不許可処分の取消しを求める訴えは,適法である。
被告は,原告bを名宛人とする処分は存在しないとして原告b不許可処分の
取消しを求める訴えの適法性を争うが,上記のとおり採用することができない
(なお,原告bの道路占用許可の義務付けの訴えについては,行政事件訴訟法
37条の3第3項2号により,原告b不許可処分が取り消されるべきものであ
ることが訴訟要件となるため,他の原告らの義務付けの訴えと併せて後に論ず
ることとする。)。
第5当裁判所の判断2(本件各不許可処分の適法性・裁量権の範囲の逸脱又はそ
の濫用の有無)
1判断枠組みについて
(1)道路は,一般交通の用に供される道であり,国民の生活を支える普遍的か
つ基礎的な社会資本であって,高度の公共性を有する(道路法1条,2条1
項参照)。同法32条1項は,一定の工作物,物件又は施設を設け,継続し
て道路を使用しようとする場合においては,道路管理者の許可を受けなけれ
ばならない旨規定するところ,これは,上記のような道路の性質に鑑み,道
路を特定の者が占用しようとする場合には,そのような占用が道路の本来の
目的ないし機能を阻害しないかを,当該道路の状況を最もよく把握する道路
管理者に判断させることとしたものと解される。そして,同法33条1項は,
道路管理者は,道路の占用が同法32条1項各号のいずれかに該当するもの
であって道路の敷地外に余地がないためにやむを得ないものであり,かつ,
同条2項2号から7号までに掲げる事項について政令で定める基準に適合す
る場合に限り,同条1項の許可を与えることができる旨規定するところ,こ
れは,道路の占用は飽くまでも道路の本来の目的ないし機能を阻害しない範
囲内で認められるべきものであることから,道路管理者が道路の占用を許可
するために最低限満たすべき要件を定めてその裁量権の範囲を限定し,必要
以上の道路占用及び道路管理上好ましくない道路占用を排除することとした
ものと解される。
(2)このような道路法32条1項及び33条1項の規定の趣旨及び文言等に加
え,道路管理者は,道路に関する工事のためやむを得ない必要が生じた場合
等においては,道路占用許可の取消し等をすることができるとされているこ
と(同法71条2項)等にも鑑みると,道路の占用を許可するかどうかは,
道路管理上の政策的,技術的な観点に基づく道路管理者の広範な裁量判断に
委ねられているものと解され,上記の裁量判断は,①道路の占用を認めるこ
とによる道路管理上の支障の有無及び程度等を考慮した上で,副次的に,②
道路占用の必要性ないし利益(占用を拒否されることにより失われる利益)
の性質及び程度等をも考慮してされるべきものと解される。
そして,道路管理者の道路の占用の許否に係る判断が裁量権の範囲の逸脱
又はその濫用となるか否かの司法審査においては,その判断が裁量権の行使
としてされたことを前提として,その基礎とされた重要な事実に誤認がある
こと等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合,又は,事実に対する
評価が明らかに合理性を欠くこと,判断の過程において考慮すべき事情を考
慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くもの
と認められる場合に限り,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと
して違法となるとすべきものと解するのが相当である。
(3)以下,上記の判断枠組みに沿って,本件各不許可処分につき裁量権の範囲
の逸脱又はその濫用があるか否かについて検討する(なお,被告は,原告ら
による本件各区画の占用が同法33条1項所定の要件に該当しない旨の主張
はしていないので,この点の検討は行わない。)。
2道路管理上の支障の有無及び程度等について
(1)認定事実
前記前提となる事実に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実
が認められる。
アf高架橋は,gの貨物駅への引き込み線を越えるf陸橋と淀川を渡るh大
橋を接続する高架橋として,昭和7年に建設され,昭和10年7月から供
用が開始された道路である。f高架橋は,RC製であり,別紙2「構造概要」
のとおり,ラーメン構造部と落し込み桁(ゲルバー桁)が交互にゲルバー
部で接続されている。
f高架橋の交通量は,1日当たり3万5288台(平成22年当時)であ
り,gとhを結ぶ重要な幹線道路であるとともに,平成23年3月に大阪
市防災会議が策定した大阪市地域防災計画において,災害時の緊急交通路・
避難路に指定されている。
イ被告は,道路法に基づく道路管理者として757の橋梁についての維持
管理を行っているところ,平成7年の阪神淡路大震災以降,「災害に強い
まちづくり」の一環として,平成8年度に策定された「大阪市地域防災計
画」等を基本方針とし,老朽化等の事情により耐震化が必要な331の橋
梁(f高架橋を含む。)を対象として耐震対策事業計画を策定し,平成30
年度の完成を目処に耐震対策を実施してきており,これらの331の橋梁
のうち,既に320以上の橋梁の耐震対策を完了している。また,被告は,
平成21年以降,「大阪市橋梁保全更新計画」に基づき,橋の計画的な点
検,維持補修,補強による予防保全を重視した橋の長寿命化に取り組んで
いる。(以上につき,乙A54,65,66,証人q,証人r)
ウf高架下の区画は,戦前から占用が許可されてきたところ,占用者が建
設した占用物件は,f高架橋の橋脚と密着し又は一体となって設置されて
いた。そのため,f高架橋は,その建設から長期間が経過し老朽化が進んで
いるにもかかわらず,これまで,占用区画の明渡しを伴わない範囲での個
別の補修,補強等が行われたにとどまり,抜本的な耐震対策や劣化補修が
行われたことがなかった。(以上につき,乙A17,54,55,証人q,
証人r)
他方,道路橋の設計基準である道路橋示方書においては,f高架橋は,防
災計画上の位置付けや当該道路の利用状況等から,B種の橋(特に重要度
が高い橋)に該当し,橋の供用期間中に発生する確率が高い地震動(レベ
ル1地震動)については,「地震によって橋としての健全性を損なわない
性能(耐震性能1)」,橋の供用期間中に発生する確率は低いが大きな強度
を持つ地震動(レベル2地震動,概ね震度6弱相当程度)については,「地
震による損傷が限定的なものに留まり,橋としての機能の回復が速やかに
行い得る性能(耐震性能2)」を確保することが求められる(乙A29,
60,証人r)。
エ被告は,平成18年以降,昭和初期等に建設された高架橋で,建設当初
から高架下に民間の占用を認めているため十分な点検や耐震補強を実施す
ることができていない6つの老朽高架橋(s跨線橋,t跨線橋,hバイパス,
u跨線橋,v高架橋,f高架橋)を対象として,業務委託による耐震性の評
価等を実施した。そして,大阪市建設局(橋梁担当・路政担当)は,平成
23年3月,「老朽高架橋に関する検討報告書・平成22年度版」(以下
「平成22年度報告書」という。)を作成した(乙A17)。
平成22年度報告書には,f高架橋につき,「コンクリートが落下するな
ど老朽化が最も顕著であり,これまでに調査・補修補強を繰り返している。」
(1-9),「照査を行った結果,いずれの橋脚においても所定の耐力を
満足しない結果となった。許容値に対する発生断面力の超過率は,最大で
1.71(所定の耐力の60%程度)となっている。」(2-32),「P
21橋脚以外の橋脚全てで耐震補強が必要である。」(同),「桁下の空
間には,占用物件があるため点検を行うためのスペースが無く,上部工主
桁,床版下面,あるいは下部工橋脚・橋台前面,支承部へ近接できず,橋
梁点検・調査が実施出来ない状況である。」(3-106)などと記載さ
れている(乙A17)。
オ被告からの業務委託により,株式会社建設技術研究所が平成25年3月
に作成した「f高架橋検討報告書」(以下「平成24年度報告書」という。)
には,次のような記載がある(乙A14,29)。
健全度評価「◆ゲルバー部は,詳細調査の結果,コンクリート,鉄筋の
材料としては,比較的健全であると考えられる。◆だが,漏水が著しく,
部分的に鉄筋の腐食,コンクリート剥離等が見られる。」(1-15),
「◆上部工側・下部工側ゲルバー部先端および横梁が,漏水による著しい
損傷を受けている。◆現状でさらに鋼板の腐食が進んでいることより,鋼
板接着部のコンクリートは耐荷性が低下していると判断する。」(1-1
7),「◆鋼板接着部は,内部のコンクリートの状況が把握できないこと,
さらに,過去に損傷・劣化が生じたために補強した可能性が高いことから,
追加調査の必要性を検討する。」(1-19)
機能性評価(耐荷性)「◆主桁の応力度が許容値を最大約1.2倍超過
する結果となった。◆主桁付け根部分がOUTするため,床版上面部の補
強が必要となる。」(1-26)
機能性評価(耐震性)「◆…過年度検討の傾向と同様に,すべての“橋
脚”で橋軸方向および橋軸直角方向ともに,せん断耐力を最大約3倍超過
する結果となった。◆過年度検討で照査が行われていなかった“主桁・横
梁”も橋軸方向および橋軸直角方向ともに,せん断耐力を最大約2倍超過
する結果となった。◆曲げはOK」(1-27)
現橋構造のまとめ「◆ゲルバー部は,鋼板接着工は,漏水によりコンク
リートが劣化した部分に対して補修されたと推察され,現状でさらに鋼板
の腐食が進んでいることより,鋼板接着部のコンクリートは耐荷性が低下
していると判断する。◆床版・主桁は,耐荷性および耐震性の計算上OU
Tとなる。◆柱は,耐震性の計算上OUTとなる。」(1-28)
カ被告は,上記のような経緯や調査結果等を踏まえ,早急にf高架橋の全
面的な耐震・耐荷力補強工事及び劣化補修工事を行う方針を決定した。そ
して,橋脚の耐震補強の工法については,標準的な工法であるRC巻立て
工法,鋼板巻立て工法及び炭素繊維シート巻立て工法の比較検討を行うと
ともに,筋交い工法(鉄骨ブレース工法)及び耐震壁工法についても検討
した結果,RC巻立て工法が,補強効果の信頼性が最も高く,耐久性に優
れ,維持管理も容易であり,他の工法の半分近いコストで施工が可能(cc
の作成資料によれば,f高架橋の1スパン10m当たりの直接工事費用は,
RC巻立て工法が332.4万円であるのに対し,鋼板巻立て工法は84
1.1万円,炭素繊維シート巻立て工法は706.9万円とされている。)
で経済性にも優れていることから,RC巻立て工法によることとした。ま
た,被告は,劣化補修工事及び上部工の耐震・耐荷力補強工事の工法につ
いては,f高架橋に設置されている占用物件や鋼板等を撤去し,全箇所に
つき直接目視による詳細な調査を行い,その調査結果等も踏まえて,鋼板
接着工法,外ケーブル工法,下面増厚工法等の中から最適な工法を選択す
ることとした。(以上につき,甲A57,69,乙A11の3,34,3
7,55~58,証人r)
キ被告は,当初,f高架下の占用者全員の明渡しを得て,一斉に工事等を進
める予定であったが,原告らが本件各区画の明渡しを拒否しているため,
現在は,明渡し済みの区画から分割して工事等を実施している(乙A55,
証人r)。
(2)耐震・耐荷力補強及び劣化補修の必要性について
上記認定事実によれば,f高架橋は,1日当たり約3万5000台もの車
両が通行する重要な幹線道路であるとともに,災害時の緊急交通路・避難路
にも指定されている防災上も重要な道路であるところ,昭和7年に建設され
てから本件各不許可処分まで80年近くの長期間が経過し老朽化しているに
もかかわらず,高架下建物が存在するため抜本的な耐震対策や劣化補修が行
われたことがなく,平成22年度報告書及び平成24年度報告書においても,
ほぼ全ての橋脚について耐震性の基準を満たしておらず,その他の部分につ
いても耐震性及び耐荷性の基準を満たしていないなどとされている。加えて,
我が国は,近年,平成7年の阪神淡路大震災,平成23年の東日本大震災,
平成28年の熊本地震といった巨大地震を幾度も経験しており,更なる巨大
地震の発生も予想されているところであって,このような地震によりf高架
橋が落橋したり損壊したりする事態となれば,多数の人命にかかわる深刻な
結果を招きかねない上,今日,老朽化した橋脚等の耐震・防災対策は喫緊の
国家的な課題とされていること(乙A24~27)なども考慮すると,f高架
橋全体につき,耐震・耐荷力補強及び劣化補修を早急に行う必要があること
は明らかである。
(3)橋脚の耐震補強の工法について
ア上記認定事実によれば,被告は,f高架橋の橋脚の耐震補強の工法につ
いて,標準的な工法であるRC巻立て工法,鋼板巻立て工法及び炭素繊維
シート巻立て工法等の比較検討を行ったところ,RC巻立て工法が,補強
効果の信頼性が最も高く,耐久性に優れ,維持管理も容易であり,経済性
にも優れていることから,RC巻立て工法によることとしたことが認めら
れる。そして,RC巻立て工法に上記のような優位性が認められ,それ故
にほとんどの道路橋の耐震補強工事において用いられていることは,証拠
(甲A69,乙A11,14,34,55,証人w,証人rなど)から十分
に明らかであり(なお,原告らも,道路橋の耐震補強工事のほとんどがR
C巻立て工法で行われていること,占用者の存在を考慮しなければRC巻
立て工法が適切な工法であることを認めている。),被告が耐震補強の工
法としてRC巻立て工法を選択したことにつき不合理な点は見当たらない。
イこの点につき,原告らは,包帯補強工法等の工法を用いれば,占用物件
を撤去することなくf高架橋の耐震補強を行うことが可能であると主張す
る。
しかし,原告らが特に強く主張する包帯補強工法については,そもそも
道路橋の耐震補強に係る標準的な工法とはされていないのであって,実際
にも道路橋での施工実績はほとんどなく(被告が包帯補強工法の開発者で
ある構造品質保証研究所株式会社に確認したところによれば,高架橋のう
ち道路橋での施工実績は1件しかなく,それも,ひび割れの修繕工事であ
って耐震補強工事ではないとの回答であったことが認められる〔乙A5
1〕。),道路橋の耐震補強に用いた場合の補強効果や耐久性には不確実
な面があるといわざるを得ないし,鉄道橋において相当数の施工実績があ
るとはいえ,多数の施工実績があるRC巻立て工法よりも信頼性に劣るこ
とは明らかである。しかも,包帯補強工法は,熱に弱いというのであり(甲
A213,証人w),巨大地震の際には火災も発生することが多いことを考
えると,上記の弱点をカバーするために耐火被覆等の対策が可能であると
しても,この点につき特段の対策を要しないRC巻立て工法に劣ることは
明らかである。また,包帯補強工法には紫外線に弱いなどといった特徴も
ある上(証人w),橋脚に繊維材を巻き付けるという点で炭素繊維シート巻
立て工法に類似することから,その短所として指摘されている漏水,破損
等による補強効果の低下(乙A11の3)が同様に当てはまるとみられる
ことから,施工後長期間経過した場合を想定すると,ポリエステル繊維ベ
ルトの劣化・破損等により,著しく補強効果が低下する危険性も否定し難
いし,そのような危険を避けるための維持管理の費用や手間も無視し難い。
さらに,経済性についてみても,巻き立てる回数等によって費用が異なっ
てくるため単純な比較は困難であるが,原告らの主張を前提としても,せ
いぜいRC巻立て工法と同程度であるというのであって(証人wも同旨),
RC巻立て工法よりも経済性に優れているとはいえない。また,原告らは,
包帯補強工法を採用すれば,占用物件の壁に穴を空けるだけで施工可能で
あるというが,個々の占用物件の壁の構造や強度は不明であるため,相当
の費用と手間をかけて調査しない限り,壁に多数の穴を空けることにより
壁が崩落したり損壊したりする危険性があるし(証人w),占用物件は被告
の所有財産ではないため,工事完成後の橋脚や巻立て材の維持管理に支障
が出る可能性も否定し難い。
以上によれば,f高架橋の橋脚に係る耐震補強の工法としては,包帯補
強工法よりもRC巻立て工法の方が明らかに合理的であるというべきであ
る。
また,原告らは,包帯補強工法のほかにも,炭素繊維シート巻立て工法,
リブバー補強工法,一面耐震補強工法などを用いれば,占用物件を撤去す
る必要はないと主張する。しかし,炭素繊維シート巻立て工法については,
包帯補強工法において指摘した短所(熱,漏水,破損等による補強効果の
低下)がそのまま当てはまる上,包帯補強工法よりも費用がかかるとされ
ているし(甲A113),リブバー補強工法や一面耐震補強工法は,包帯
補強工法と同様,道路橋の耐震補強に係る標準的な工法とはされておらず,
道路橋への施工実績もほとんどないことがうかがわれる上,炭素繊維シー
ト巻立て工法や包帯補強工法よりも更に費用がかかるとされている(乙A
50,弁論の全趣旨)。このように,原告らが主張するいずれの工法も,f
高架橋の橋脚の耐震補強工法として,RC巻立て工法に勝るものとは認め
られない。
ウ上記のとおり,f高架橋の橋脚に係る耐震補強の工法として,RC巻立
て工法を選択した被告の判断は合理的であるところ,その施工のためには,
橋脚間に足場を架設し,重機や資機材の搬入等をした上で,橋脚周りの壁
を除去して掘削し,鉄筋や型枠を組み立てた上,橋脚の周囲にRCを巻き
立てる必要があり,施工スペースの確保や安全確保の観点からも,占用物
件を撤去することは不可欠であると認められる。
なお,f高架橋の橋脚は,地中の基部に至るまで所定の耐震性能を欠い
ていることが認められるから(乙A29,52,証人r),仮に原告らが主
張する包帯補強工法やリブバー補強工法等を採用したとしても,橋脚の基
部の耐震補強を行うためには,その周辺を掘削する必要があり,いずれに
しても占用物件の撤去は必要であると認められる。これに対し,原告らは,
占用物件を撤去せずに基部の耐震補強を行う工法(地中部鋼板圧入耐震補
強工法,斜め鋼材あと挿入耐震補強工法)もあると主張するが,これらの
工法を用いたとしても,橋脚に接着している占用物件の壁を撤去すること
なく基部の耐震補強を行うことが可能であるとは考え難い(甲A93,9
4,証人w)。また,原告らは,弾力性のある補強材を用いる包帯補強工法
等の工法によれば,橋脚の基部に応力が集中しないため,基部の補強が不
要になるなどと主張するが,f高架橋の橋脚に係る耐震補強の工法として,
包帯補強工法等が適切でないことは前述のとおりであるし,その点をおく
としても,f高架橋においては,RC巻立て工法を採用することにより基
部に応力が集中し,基部の耐震補強を行う必要が生じるというのではなく,
もともと基部の耐震性能が不足しているというのであるから,道路橋示方
書の基準への適合性も含め,包帯補強工法等の工法を採用するだけで基部
の耐震補強が不要になることにつき,原告らから十分な説明がされている
とはいえない(証人r。なお,証人wの供述及び甲A第185号証も,地中
部の耐震補強が不要になる可能性を指摘するにとどまり,これが不要とな
る根拠を十分に示すものとはいえない。)。
(4)劣化補修工事及び上部工の耐震・耐荷力補強工事の工法について
ア上記認定事実によれば,被告は,劣化補修工事及び上部工の耐震・耐荷
力補強工事の工法については,f高架橋に設置されている占用物件や鋼板
等を撤去し,全箇所につき直接目視による詳細な調査を行い,その調査結
果等も踏まえて,鋼板接着工法,外ケーブル工法,下面増厚工法等の中か
ら最適な工法を選択することとしているというのである。そして,f高架
橋は建設から長期間が経過し老朽化が進んでいるところ,これまで占用物
件が存在していたため必ずしも十分な点検調査がされておらず,損傷の有
無やコンクリートの健全性等について慎重かつ確実な調査を行う必要があ
ると考えられることも考慮すると,上記のような被告の方針は合理的なも
のといえる。そして,上記のような詳細な調査を行うに当たっては,調査
の障害となる占用物件を撤去する必要があることは明らかである。
また,上記認定事実によれば,f高架橋の劣化補修工事及び上部工の耐
震・耐荷力補強工事については,詳細調査の結果等を踏まえて,鋼板接着
工法,外ケーブル工法,下面増厚工法等の中から最適な工法が選択される
こととなるところ,これらの工法は,橋上から施工可能な橋面防水工を除
き,高架下に足場を組み立てて施工する必要があることが認められ(乙A
37,55,証人w,証人r),この点からも,占用物件を撤去する必要が
あると認められる。
イこれに対し,原告らは,工法選択の前提となる詳細調査の関係につき,
必ずしも全箇所の調査は必要ではないとか,ファイバースコープや超音波
検査機器等を用いた非破壊検査も可能であるなどと主張する。しかし,f高
架橋が老朽化していることなど上記の点に加えて,道路橋については5年
に1回の近接目視による点検が基本とされていること(平成27年国土交
通省令第4号による改正前の道路法施行規則4条の5の2〔乙A27〕)
や,非破壊検査には相応の費用や手間がかかることも考慮すると,上記の
ような簡略な調査や非破壊検査が適切であるとはいえない。
また,原告らは,劣化補修工事や上部工の耐震・耐荷力補強工事を行う
に当たっては,占用物件を撤去して足場を組まなくとも,高架橋の上から
上部工(ゲルバー桁)をジャッキアップしたり(甲A72),占用物件を
足場にしたりすることにより施工することができるなどと主張する。しか
し,f高架橋の規模等に照らして,高架下に何も工作物を設けることなく
上部工をジャッキアップする工法を採用し得るのかは不明であるし,仮に
このような工法を採用し得るとしても,その施工は非常に難度の高いもの
となるとみられる上,相当期間にわたる通行止めなどが必要となり,交通
に支障を来す可能性も高い。また,占用物件を足場にするといっても,個々
の占用物件の構造や強度は不明であって,これを足場として利用すること
ができるのかどうかも全く不明であるし,工事の安全性や効率性の観点か
ら問題があることも明らかである。原告らの主張は採用することができな
い。
(5)順次退避方式等の主張について
ア原告らは,占用者がいない区画から順次工事を行い,工事が完了した区
画に原告らが一時的に退避し,全体工事が完了した後に元の占用区画に戻
すことにより,原告らを退去させることなく本件耐震補強等工事を施工す
ることが可能であると主張する。
しかし,この主張は,原告らが本件各区画から退去する必要性があるこ
とを前提とするものであり,本件各不許可処分の適法性を左右する主張と
はいえない。また,この点をおくとしても,本件各不許可処分当時,f高架
下の各区画に原告らが一時退避可能な区画があったとは認められないし,
原告ら以外の占用者に対しては占用更新を拒否し,原告らのみ占用更新を
許可するといったように,原告らを他の占用者と区別して取り扱うべき合
理的な理由もない(なお,退去を拒否した者のみ一時退避が許され,従前
の占用が保護されるならば,今後同様の場面において誰も任意に退去しよ
うとしなくなることは自明である。)。さらに,原告らを他の区画に一時
退避させるといっても,占用物件の移転ないし建築を要するなど相当の費
用と時間が必要となると考えられ,一斉施工と分割施工の費用の多寡を比
較するまでもなく,前述のとおり早急に行われるべき本件耐震補強等工事
において,このような方法を採用することが適切でないことは明らかであ
る。原告らの主張は採用することができない。
イ原告らは,仮に一時的に退去する必要があるとしても,工事完了後に再
占用を認めるべきであると主張する。
しかし,この主張も,原告らが本件各区画から退去する必要性があるこ
とを前提とするものであり,本件各不許可処分の適法性を左右する主張と
はいえず,失当である。
なお,本件においては,この点に関連して,橋脚等から占用物件まで1.
5mの離隔距離を確保する必要があるかどうかについて争われているので,
審理の経過に鑑み付言するに,関係法令等の定めのとおり,被告において
は,平成21年2月1日以降,高架道路の路面下の占用については第20
号通達によらなければならないとされており(大阪市道路占用規則9条,
大阪市道路占用許可基準27条),同通達は道路占用許可に係る被告の処
分基準として位置付けられるところ,その基準によれば,占用物件の天井
は,原則として,高架の道路の桁下から1.5m以上空けることとされ,
占用物件の壁体は,原則として,高架の道路の構造を直接利用しないもの
であるとともに,橋脚から1.5m以上空けることとされているのである
から(第19号通達の別紙1「高架下の占用許可基準等」1(2)(カ)(キ)),
高架下に新たに占用物件を建築する場合には,特段の事情のない限り,橋
脚等から占用物件まで1.5m以上の離隔距離を確保する必要があること
は明らかである。また,上記の点をおいても,前述のとおり,道路橋につ
いては5年に1回の近接目視による点検が基本とされており,長期にわた
る維持管理の観点からしても,上記の程度の離隔距離を確保しておくこと
が適切であることはいうまでもない。
(6)小括
以上のとおり,f高架橋については,耐震・耐荷力補強及び劣化補修を早急
に行う必要があるところ,その橋脚の耐震補強工事(RC巻立て方式)の施
工,工法等の選択の前提となる詳細調査,劣化補修工事及び上部工の耐震・
耐荷力補強工事の施工のいずれの観点に照らしても,占用物件を全て撤去す
ることが必要であると認められ,原告らに本件各区画の占用を認めると,被
告において適切な調査方法や工法を選択することができず,道路管理上著し
い支障が生ずるものと認められる。
3道路占用の必要性ないし利益(占用を拒否されることにより失われる利益)
の性質及び程度等について
(1)原告らが被る経済的損失について
ア認定事実
前記前提となる事実に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事
実が認められる。
(ア)原告a関係(甲A194,B1の4,1の5~1の12,甲C5,原
告a代表者本人)
原告aは,平成26年1月17日付け不許可処分の時点で,原告a区
画(11区画)の占用物件全てを6名の賃借人に賃貸しており,その賃
貸収入は月額187万3072円(年額2247万6864円)であっ
た。他方,原告aが被告に対して支払った平成25年分の原告a区画の
占用料は,年額236万9063円であった。
原告aは,賃貸物件の内装工事代金等として,2000万円以上の費
用を費やしている。なお,原告aの代表者であるxは,平成18年頃,
当時の原告aの代表者に対し,原告aの株式購入代金として2000万
円を支払った。
(イ)原告b関係(甲A184,甲B2の5~2の11,2の13~2の1
6,甲C6)
原告bは,原告b不許可処分の時点で,原告b区画(5区画)のうち
1区画を原告bの建築事務所として使用し,その他の4区画の占用物件
(所有名義人はn)をk及びyに賃貸しており(ただし,yとの賃貸借契
約書の貸主の名前はlである。),その賃貸収入は月額22万円(年額
264万円)であった。他方,原告bが被告に対して支払った平成25
年分の原告b区画の占用料は,年額127万0156円であった。
原告bは,平成11年以降,730万円以上の費用をかけて原告b区
画の占用物件の内装工事等を行った。
(ウ)原告c関係(甲A196,甲B3の7~3の12,3の14~3の4
8)
原告cは,平成26年1月17日付け不許可処分の時点で,原告c区
画(8区画)のうち0.5区画を原告cの事務所として使用し,5.5
区画の占用物件を4人の賃借人(うち1名はk)に賃貸し,その賃貸収入
は月額94万7500円(年額1137万円)であった(なお,当時空
き物件であった2区画のうち1区画は,三菱電気システムサービス株式
会社が月額15万7500円で賃借していたが,同社は,上記不許可処
分に先立つ平成25年9月に同区画から退去した。)。他方,原告cが
被告に対して支払った平成25年分の原告c区画の占用料は,年額20
1万9733円であった。
原告cは,平成5年に600万円をかけて事務所を2階建てにするた
めの工事を行ったほか,平成6年以降も,水道,電気,シャッター,ト
イレ等の工事のため1700万円以上の費用を費やしている。
(エ)原告d関係(甲A197,甲B5の9)
原告dは,平成26年2月7日付け不許可処分の時点で,原告d区画
(2区画)の占用物件をkに賃貸し,その賃貸収入は月額5万円(年額
60万円)であった。他方,原告dが被告に対して支払った平成25年
分の原告d区画の占用料は,年額13万7309円であった。
(オ)占用許可条件(甲B1の3,2の3,3の4)
原告らに交付された,平成24年度及び平成25年度の本件各区画に
係る道路占用更新許可書には,次の許可条件が記載されている。
7項道路管理又は道路工事等のため本市が必要と認める場合は,占用
者の負担において本市の指示どおり占用物件の撤去又は位置変更を
行うこと。
16項占用物件は占用者自身が所有し使用すること。また,占用権を
他人に譲渡もしくは転貸し,又は,担保に供さないこと。
(カ)原告らによる誓約書の提出(乙A4,原告a代表者本人)
原告らは,平成25年度の道路占用更新許可申請に先立ち,「1.占
用許可場所を他人に転貸し,または,占用権を譲渡する行為は一切しな
いこと。」,「3.道路管理者が必要な場合は占用期間内であっても,
設置した施設工作物等を無償で除却し,占用場所を完全に原状に回復の
うえ返還すること」などの事項を厳守する旨が記載された誓約書に署名
又は記名押印し,これを大阪市長に提出した。
イ検討
原告らは,上記ア(ア)から(エ)までの認定事実のとおり,本件各区画の占
用が失われれば,得べかりし多額の賃料収入を失い,多額の投下資本が回
収できなくなり,法人に至ってはその存立の基盤を失うなど,致命的な経
済的損失をもたらすと主張する。
確かに,占用が許可されないことにより原告らが失う賃料収入の額は大
きく,特に,原告aは1年当たり約2000万円,原告cは1年当たり約
1000万円もの多額の利益を失うことになる。しかし,このような利益
は飽くまでも原告らの経済的な利益(私益)にすぎず,高度の公共性を有
する社会資本である道路の占用を許可すべきか否かの判断において,重視
されるべき性質の利益とはいえない。しかも,道路占用更新許可書の許可
条件16項には,「占用物件は占用者自身が所有し使用すること」と明記
されており,原告らが占用物件(本件各区画の建物等)を賃貸する行為は
明らかに占用許可条件に違反する行為であるし,原告らによる占用物件の
賃貸行為は,原告らが提出した誓約書の趣旨(占用許可場所を他人に転貸
しない)にも反している(なお,原告aは,平成19年9月,被告に要望
書〔甲A17〕を提出し,口頭で,原告a区画に飲食店をテナントとして
入居させることの了承を得たなどと主張するが,上記要望書には占用物件
を賃貸することは記載されていないし,その他の証拠をみても,被告が上
記のような了承をしたことを認めるに足りる証拠はない。)。このように,
原告らの賃料収入に関する利益は,保護の必要性に乏しいというべきであ
り,道路占用許可をすべきかどうかの判断において,原告らに有利に考慮
すべきものとはいえない。むしろ,原告らが,占用許可条件に反して占用
物件を賃貸し,多額の利益を得てきたという事情は,原告らに不利益に考
慮されてもやむを得ないというべきである(なお,被告において,占用物
件が第三者に賃貸されていることを知りながらこれを黙認していたとみる
余地もないではないが,仮にそうであったとしても,原告らの占用物件の
賃貸による経済的利益が,道路法上,保護の必要性に乏しいものであるこ
とに変わりはないというべきである。)。
また,原告らは,占用物件の内装工事や維持管理等のために多額の費用
を支出してきたことが認められるが,道路占用更新許可書の許可条件7項
によれば,道路管理又は道路工事等のため被告が必要と認める場合には,
たとい道路占用許可の期間内であっても,占用者の負担で占用物件の撤去
等を行わなければならないとされており(道路法71条2項1号参照),
しかも,原告らは,道路管理者が必要な場合は占用許可期間内であっても
占用物件を無償で除却し,占用区画を原状に回復して返還することを厳守
する旨の誓約書を自ら提出しているのであって,占用物件に対する投下資
本を喪失する危険は,本件各区画の占用許可において所与の前提とされて
いることであり,道路管理上の必要性が認められる限り,原告らにおいて
受忍すべき性質の不利益であるといわざるを得ない。しかも,原告らは,
上記認定事実のとおり,多額の賃貸収入を得てきたものであって,その金
額や年数等に鑑みても,内装工事等の費用(投下資本)を回収するに足り
る十分な利益を得てきたものといえ,この点につき,原告らを特に保護す
べき必要性があるとは認められない。
(2)f高架下の有効活用等の主張について
ア原告らは,f高架下の特質(ノスタルジックな昭和の空気感,レトロな雰
囲気)とその立地条件を生かした魅力あるまちづくりと賑わいの創出を真
剣に考えており,原告らに占用を継続させることは,高架下の有効活用と
地域の活性化に資するものであり,第17号通達の方針(まちづくりや賑
わい創出などの観点から高架下空間の有効活用を推進する方針)にも適う
ものであるから,原告らの占用を認めるべきであるなどと主張する。
しかし,第17号通達1(2)は,要旨,高架下の占用は,まちづくりや賑
わい創出などの観点からその有効活用が必要と認められる場合には,道路
管理上支障があると認められる場合を除き,当該高架下等の占用を認めて
差し支えないとし,同通達3(1)は,要旨,高架の道路は,損壊等の事故が
発生した場合に被害が甚大となることから,高架下の占用については,高
架の道路の保全に支障がない場合に認められるものであることとしている
(乙A23)。このように,原告らが主張する「まちづくりや賑わい創出」,
「高架下の有効活用」といった利益は,原告らが援用する第17号通達に
おいても,道路管理上支障がない場合に限り,副次的に考慮される利益と
して位置付けられているにすぎないし(このことは,平成26年法律第5
3号による改正後の道路法33条2項1号により,高架下の占用につき許
可要件が緩和された現在においても同様である。),高架下の有効活用が
必要と認められる場合であっても,その占用を認めて「差し支えない」と
されているにすぎない。しかも,同通達1(3)は,高架下等の占用の許可に
当たっては,公共的ないし公益的な利用を優先することとしているところ,
原告らの本件各区画の占用は,自ら事務所や倉庫等として使用するか,占
用許可条件に反してこれを第三者に賃貸し収入を得るかのいずれかであっ
て,公共的ないし公益的な利用であるとはいえないことも考慮すると,原
告らが主張する上記の利益は,原告らの占用を積極的に認めるべき理由と
はならないというべきである(なお,第17号通達が,大阪市道路占用規
則9条及び大阪市道路占用基準27条により,第20号通達と同様に,道
路占用許可に係る処分基準と位置付けられるかどうかについては議論があ
り得るが,いずれにしても,原告らが主張する高架下の有効活用等の利益
は,原告らの占用を積極的に認めるべき理由とはならないというべきであ
る。)。
なお,原告らは,ニューヨークの「ハイライン」の成功例や,原告らや
そのテナントが行うイベント等の盛況ぶりを示すなどして,f高架下の有
効活用等に関する原告ら(特に原告a及びその関連会社であるz)の構想
が創造的でハイセンスである旨を縷々述べるが(甲A195,証人出口善
広など),原告らの上記構想は飽くまでも一つの考え方にすぎず,本来,
本件耐震補強等工事後のf高架下の有効活用の在り方については,f高架
橋の維持管理上の要請や地域住民の意向等を踏まえ,公共的ないし公益的
な利用方法を優先して検討,議論されるべき問題であり,原告らの上記構
想が実現するよう被告が配慮する必要はないというべきである。
イ原告らは,清掃活動,街灯の設置管理,雨漏り対策,鳩の糞害対策など
f高架下の環境の維持管理を担っており,地域の安全にとっても不可欠の
役割を果たしていたなどと主張する。
しかし,占用物件の維持管理は占用者の義務とされており,雨水の落下
についても被告は責任を負わないとされているから(大阪市道路占用規則
26条〔乙A2〕,占用許可条件2項,12項,14項〔甲B1の3等〕),
上記行為の多くは,原告らにおいて必要な行為を行っていたものにすぎな
いし,原告らが自主的にこのような維持管理を行ってきたからといって,
将来にわたり原告らにこれを委ねなければならない理由もない。したがっ
て,このような事情は,原告らの占用を積極的に認めるべき理由とはなら
ないというべきである。
(3)原告らの信頼利益,信義則違反等の主張について
ア原告らは,遅くとも昭和11年前後に初代の占用者の占用が開始された
時点で,被告と各占用者との間で,「真にやむを得ない事情がない限り,
被告の都合で一方的に退去を求めることはしないとの明示又は黙示の合意」
があり,上記の合意は原告らにも承継されていると主張する。
しかし,上記の合意を裏付ける客観的な書面は存在せず,このような合
意の存在をうかがわせるような書面も見当たらないし,そもそも,道路法
に基づく道路占用許可という事柄の性質上,常識的にみて,このような合
意がされるとは考え難い。また,上記の合意に関する原告らの供述等(甲
A184,194,196,甲C5,6,原告a代表者本人)をみても,
その合意の時期,方法,内容等はあいまいであり,合意の承継方法も,先
代の占用者から伝え聞いたなどといったもので,その承継の際に被告が関
与したような事情も全く見当たらない。したがって,これらの供述等に照
らしても,昭和11年頃の初代の占用者と被告との間に上記のような合意
が存在したとは認められないし,ましてや,これが原告らに承継されたと
も認められない。原告らの主張は採用することができない。
イ原告らは,初代の占用者から約80年にわたって占用を継続し,f高架
下の有効活用とともに,その環境の維持管理に貢献してきたのであり,正
当事由がない限り退去を求められることはないという原告らの信頼は保護
されるべきであるとも主張する。
しかし,道路法上,占用許可期間内であっても,道路に関する工事等の
ため道路占用許可が取り消されることはあり得るし(道路法71条2項参
照),原告らは,道路占用更新許可申請に際し,「道路管理者が必要な場
合は占用期間内であっても,設置した施設工作物等を無償で除却し,占用
場所を完全に原状に回復のうえ返還すること」と記載されている誓約書に
署名又は記名の上押印し,被告に提出している(乙A4)。このように,
原告らは,道路管理上必要があれば,たとい占用許可期間内であっても,
占用物件を無償で撤去して明け渡すべき立場にあり,また,このことを自
ら誓約していたものである。したがって,上記のような原告らの信頼は,
長期間の占用継続により原告らが有するに至った事実上の期待にすぎず,
道路管理上の必要性がある場合にまで殊更に保護すべきものとはいえない。
ウ原告らは,説明会等の本件各不許可処分に至る経緯や,本件各不許可処
分後の立退交渉の経緯等を主張し,被告による退去に向けた手続は,手段
の相当性を欠くなどと主張する。
しかし,これらの事情は,本件各不許可処分の違法性を基礎付けるもの
ではないというべきである。また,被告の説明等が著しく不十分,不適切
であったとか,被告の立退要求が社会的相当性を逸脱するものであったな
どというような事情も認められない。原告らの主張は採用することができ
ない。
4本件各不許可処分の適法性(まとめ)
以上のとおり,f高架橋については,耐震・耐荷力補強及び劣化補修を早急に
行う必要があり,原告らに本件各区画の占用を認めると,被告において適切な
調査方法や工法を選択することができず,道路管理上著しい支障が生ずると認
められ(上記2),他方,原告らが被る経済的な不利益は,その性質上特に重
視されるべきものではない上,かえって,原告らは占用許可条件に反して占用
物件を賃貸し多額の収入を得てきたものであり(上記3(1)),原告らが主張す
るf高架下の有効活用,維持管理,原告らの信頼利益等についても,原告らの
占用を積極的に認めるべき理由とはならないというべきであるから(上記3(2)
(3)),本件各不許可処分に係る被告の判断は,社会通念に照らし著しく妥当性
を欠くものとはいえず,その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものと
は認められない。
したがって,本件各不許可処分は,いずれも適法である。
5原告らのその他の主張について
(1)原告らは,本件各区画の占用許可の期限は,条件等の見直しのために設定
された更新時期であり,更新の拒否には正当な事由を要すると解すべきとこ
ろ,本件各不許可処分に正当な事由は認められないと主張する。
確かに,占用の目的等に鑑みて不相当に短期間の期限が付されている場合
には,当該占用を継続させることができない特別の理由がない限り,占用期
間の更新を拒否することはできないと解する余地がある。しかし,本件にお
いては,当初の占用から既に約80年もの期間が経過しており,当初の占用
目的を達成するため必要かつ十分な期間が経過しているというべきであって,
原告らの上記主張はその前提を欠くものといわざるを得ない。また,仮に正
当な事由(特別の理由)を要すると解したとしても,これまでに説示したと
おり,f高架橋につき早急に本件耐震補強等工事を実施する必要があること
が認められ,本件各不許可処分には正当な事由があるというべきである。原
告らの主張は採用することができない。
(2)原告らは,被告は占用関係の解消(原告らの立退き)自体を目的として本
件各不許可処分をしたものであり,いわゆる他事考慮があるなどと主張する。
しかし,f高架橋につき早急に本件耐震補強等工事を実施する必要がある
と認められることは,これまでに説示したとおりであって,被告が占用関係
の解消を目的として本件各不許可処分をしたとは認められない。なお,大阪
駅前地下道の事案は,本件とは関係がない。
6原告らの道路占用更新許可処分の義務付けの訴えについて
原告らは,行政事件訴訟法3条6項2号のいわゆる申請型の義務付けの訴え
として,本件各区画に係る平成26年4月1日から平成29年3月31日まで
の道路占用更新許可処分の義務付けを求めるところ,前記のとおり,本件各不
許可処分はいずれも適法というべきであるから,原告らの訴えのうち上記義務
付け請求に係る部分は,行政事件訴訟法37条の3第1項2号の要件を欠き,
いずれも不適法である。
第6結論
以上によれば,原告らの訴えのうち,道路占用更新許可処分の義務付けを求め
る部分はいずれも不適法であるからこれを却下し,原告らのその余の請求はいず
れも理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第7民事部
裁判長裁判官山田明
裁判官徳地淳
裁判官安藤巨騎
(別紙1)
物件目録
1原告a関係
占用場所大阪市e区f高架下第35,37,39,43,45,46,48,
50,52,54,56号(別紙3占用状況図のうち桃色マーカー
を付した部分)
占用数量803.42㎡
2原告b関係
占用場所大阪市e区f高架下第6,8,14,47,49号(別紙3占用状
況図のうち青色マーカーを付した部分)
占用数量420.36㎡
3原告c関係
占用場所大阪市e区f高架下第11,32,33,34,36,38,40,
42号(別紙3占用状況図のうち緑色マーカーを付した部分)
占用数量710.58㎡
4原告d関係
占用場所大阪市e区f高架下第76,77号(別紙3占用状況図のうち橙色
マーカーを付した部分)
占用数量48.01㎡
(別紙4)
本件耐震補強等工事に関する原告らの主張
1f高架橋の耐震補強工事に際し,原告らの立退きは必須ではないこと
(1)巻立て工法による耐震補強工事の構造工学的意味
地震力で橋脚が破壊する場合,その破壊の形態は「曲げ破壊」と「せん断破
壊」の2種類がある。曲げ破壊では鉄筋が伸びながら穏やかに進行するが,せん
断破壊は一瞬で終局状態,つまり破壊に至る。阪神大震災において倒壊した阪
神高速道路の高架橋も,せん断破壊により倒壊した。これを避けるため,橋脚の
せん断耐力を補強し,曲げ破壊が先行する補強を行うのが,巻立て工法により
耐震補強工事を行う構造工学的な意味である。
当初はRC巻立て工法ばかりが行われた。その理由は,橋脚自体がRC製で
あり,橋脚をそのまま太くするという発想に素直に結びつくからである。構造
工学的には,橋脚が太くなることよりも,せん断補強筋と呼ばれる円周方向の
鉄筋が増加することに大きな意味がある。倒壊した阪神高速道路の橋脚や,そ
の他大地震で倒壊している建物のほとんどが,このせん断補強筋の不足のため
に倒壊している。建築基準では昭和56年の建築基準法改正で,いわゆる新耐
震基準が採用されているが,以前の旧耐震基準と新耐震基準の最大の違いは,
必要とされるせん断補強筋の量である。
せん断補強筋は,柱を円周方向に締め付ける拘束力を発生する。この拘束力
がせん断破壊を防止する。つまり,柱を円周方向に締め付ける拘束力が発生す
れば,その部材はせん断補強筋,つまりRCである必要はない。そのため,鋼板
を用いた鋼板巻立て工法や,炭素繊維シートを用いた炭素繊維シート巻立て工
法が考案された。鋼板巻立て工法のメリットは,鋼板を立て込むために重機が
必要となるものの,現場での施工が容易で仮設が少なくて済み,工期が短く,補
強後に橋脚の太さがほとんど変わらないことである。炭素繊維シート巻立て工
法ではさらに,施工が容易で,重機が入れない部分でも施工が可能となる。
(2)道路橋と鉄道橋に根本的な違いはないこと
道路橋と鉄道橋では,橋の上を通過するものが異なるため,想定する荷重の
大きさに違いがあるが,形式が同じであれば,荷重に耐えるための構造的な仕
組みは同じである。荷重が大きくなるのであればその分巻立材の巻き数を増や
すことで耐久性を確保することも可能であり,鉄道橋で実施されている耐震補
強工法が道路橋でも利用可能であることは間違いない。f高架橋は鉄道橋で一
般的に用いられている構造と同じラーメン構造であり,鉄道橋と形式が同じで
あるから,適用できる耐震補強工事も同様のものとなる。
(3)道路橋において,ほとんどの耐震補強工事がRC巻立て工法で行われている
理由(被告が採用する理由)
巻立て工法の巻立材は,RCに始まり,その後も進化を続けている。一方で,
RC巻立て工法は,施工が簡単であることに加え,一般的にはコストが抑えら
れることから,現在でも広く用いられている。鉄道橋では,工事の確実性及び高
架下スペースの制約から,ほとんどが鋼板巻立て工法をはじめとするRC巻立
て工法以外の工法が用いられているが,道路橋では特にRC巻立て工法が多く
用いられているようである。
道路橋でRC巻立て工法が多く用いられている理由についての被告の見解は,
道路の場合は道路占用許可という比較的立退きをさせやすい法律上の仕組みが
採られているため,一般的な工法であるRC巻立て工法が採られることが多い,
というものである。つまり,被告は,道路橋においては高架下占用者に対する配
慮が不要であるから,一般的で施工が容易なRC巻立て工法が用いられるとし
ている。被告が,f高架橋においてRC巻立て工法以外の工法を実質的に検討し
なかった理由は,原告らを立ち退かせることに法律上の障害がないものと認識
し,原告らの立退きを大前提として工事を計画したためである。
なお,被告はRC巻立て工法を採用する理由として,「強度の発現が確実」
なる理由を挙げるが,利用実績のある他工法でも強度の発現は確実であるから,
RC巻立て工法を採用する理由にはならない。
(4)RC巻立て工法を採用した場合に占用物件が障害となる理由
RC巻立て工法では,既存の橋脚の周りに改めて鉄筋を組み上げ,型枠を設
置し,コンクリートを流し込む工事を行う。そのため,既存の橋脚の周りに,鉄
筋を組み上げる作業のための足場や,型枠を設置する仮設工事が必要となる。
この仮設の設置には相当の面積が必要となるため,占用物件の壁は全て撤去
が必要となり,事実上占用物件の取り壊しが必要となる。
(5)立退き不要の耐震補強工法(まとめ)
原告らは多数の代替工法を挙げてきたが,そのうちコストの面で採用が現実
的と考えられる工法を表にしたものが表1である。
表1:RC巻立て工法及び代替工法の比較
RC巻立鋼板巻立炭素繊維包帯リブバー
せん断補強効

◯◯◯◯◯
曲げ補強効果◯◯△××
地中部補強必要必要不明不要不要
足場・型枠必要不要不要不要不要
補強後の柱の
太さ
大きくなるやや大きくな

わずかに大き
くなる
わずかに大き
くなる
やや大きくな

工事費安い高い(RCの約
2倍)
やや高い(RC
の約1.4倍)
安い(RCと同
程度)
やや高い
工期長い短い短い短い不明
立退要否必要必要工法による不要不要
施工実績多い少ない少ない採用実績はあなし
(道路橋)る
施工実績
(道路橋以外)
道路橋と比較す
れば,採用実績
は相当少ない。
多い(主に鉄
道橋)
少ない(主に
建築物)
近年伸びてい
る(主に建築
物と鉄道橋)
少ない(主に
鉄道橋)
ア炭素繊維シート巻立て工法
(ア)長所と短所
長所は,施工に大規模な仮設が不要である点,補強対象の柱が,耐火被
覆を考慮してもあまり大きくならない点,改良された炭素繊維シート巻立
て工法を採用すれば,壁がとりついた柱でも補強可能である点が挙げられ
る。
短所としては,耐火性・耐候性があるが,被覆や耐火ボードを施工する
ことにより解決できる。その他,コストが高いことが挙げられる。
(イ)実例
各種建築物で実績が多いほか,道路橋でも阪神高速道路の高架橋におい
て採用実績がある。その際,高架下の賃借人に対し,立退きを求めることな
く耐震補強工事を完了している。
イ包帯補強工法
(ア)長所と短所
長所は,柱に壁がとりついていても問題なく工事可能,工事費が安価で
ある,仮設が不要(RC巻立て工法で必要な仮設費用が不要),地中部の補
強が不要であることが挙げられる。
短所としては,耐火性・耐候性が指摘されることがあるが,対策は工法
の中で当然に予定されており,被覆や耐火ボードを施工することにより耐
火性・耐候性を付与している。また,表面にモルタルを施工する場合もある。
典型的な屋外利用可能な耐水耐火ボードであるケイ酸カルシウム板の材料
込み工事単価の一例は,1㎡当たり2200円程度で,施工面積が大きくな
ればその分単価が下がることを考慮すれば,価格も安価であり,コストへの
影響も小さい。
その他,被告は,道路橋での施工実績が少ない点を短所として指摘する。
しかし,これは包帯補強工法自体に10年程度の歴史しかないことや,道路
橋の補強工事における前例主義が原因であり,包帯補強工法に技術的問題
があるためではない。なお,被告は,最近,大阪市立弘済院の2棟と大阪市
立住吉市民病院の2棟,計4棟の耐震補強工事に包帯補強工法を採用して
おり,包帯補強工法の信頼性については被告自身も認めている。
(イ)壁に穴を空けることの問題点
柱に壁が貼り付いている部分に包帯を巻き立てる際には,壁に包帯を通
す穴を空ける必要がある(なお,壁にスリットを空けなくとも施工可能であ
る。)。これまで壁と橋脚及び橋桁の接合状況が不明であったため,この穴
の大きさや個数によっては,施工中に壁が倒れる可能性が否定できないと
考えられてきた。しかし,f高架下の占用物件の壁は,RC壁,コンクリー
トブロック壁のいずれにおいても,橋脚や橋桁に予め埋め込まれたナット
に対しねじ込まれたアンカーで固定されていることが,解体工事の際に確
認された。そのため,アンカー位置を避けて穴を空ければ,壁が倒れるおそ
れはない。なお,アンカー位置は,コンクリート表面からハンディサイズの
鉄筋位置検査装置を用いることにより容易に特定可能である。
万が一,施工中にアンカーを切ってしまっても,アンカーは複数存在す
るため,問題はない。仮に,壁の倒壊を防ぐために支える仮設(支保工)を
設けるとしても,この仮設は小規模であるため,工期やコストに与える影響
は小さい。
(ウ)実例
鉄道高架橋(JR東海の新幹線高架橋)や中央官庁庁舎,地方自治体庁
舎,病院(大阪市立の病院4棟を含む)や集合住宅等の建築物において,1
000件以上,耐震補強工法として採用されている。
(6)占用物件を撤去せずに工事するメリット
ア工期が短くなる
占用物件の解体が不要となるため,その分工期短縮が可能となる。その効
果は,仮設材料やレンタル機材の賃借期間の短縮による全体工事費のコスト
縮減と,早期の耐震補強完了である。
イ解体費用が不要
占用物件の解体には解体費用が発生するが,占用物件の解体が不要であれ
ば,その費用も不要となり,コストの縮減となる。
ウ包帯補強工法とRC巻立て工法は同程度のコストであること
包帯補強工法とRC巻立て工法のコストは同程度である。包帯補強工法の
実施例が少ない理由としては,開発されてからまだ10年程度の時間が経過
したにすぎないこと,包帯補強工法は特許工法であるため施工可能な業者が
限られていることが挙げられる。逆に,RC巻立て工法の採用例が多い理由
は,前例主義及びどの業者でも施工が可能であることが挙げられる。
RC巻立て工法には,せん断補強に限られず,曲げ補強も可能であるとい
う特性があるが,この特性にはデメリットもある。また,f高架橋で必要とな
るのはせん断補強であり,曲げ補強は不要であることが確認されている。さら
に,解体工事が不要となることによるコストダウンを考慮すれば,全体のコス
トは包帯補強工法の方がRC巻立て工法よりも小さくなる可能性もある。
(7)代替工法について
ア耐火性
代替工法のうち,炭素繊維シート巻立て工法及び包帯補強工法については,
材料自体がRCと比較すると耐火性に劣るため,万が一,高架下が火災になっ
た場合のため,耐火性能を付加する必要がある。その手法としては一般的に耐
火パネルを貼り付ける方法の他,耐火材を吹き付ける方法,表面にモルタルを
施工する方法がある。これらの対策は,当然のものとして工法の中に組み込ま
れているため,耐火性の不足はそもそも両工法の欠点には当たらない。なお,
耐火ボードの設置により,耐火性は問題にならないことは,被告自身も認めて
いる。
イ柔らかい補強であることの意味
包帯補強工法及びリブバー補強工法は,補強部材を堅くすることなく(曲
げ強度を上げることなく)せん断耐力のみを増大させる,柔らかい耐震補強工
法である。
RC巻立て工法や鋼板巻立て工法では,橋脚の曲げ強度が大きくなってし
まう。そうすると,未補強部分に応力が集中し,破壊してしまう。具体的には,
補強が難しい地中部や,橋桁との接合部周辺が破壊されてしまう。それを避け
るため,地面を掘削し地中部も補強するなど,大がかりな耐震補強工事が必要
となる。つまり,もともと曲げ強度が十分な橋脚を補強する場合,曲げ強度を
更に大きくすることは,耐震性能にとって害となる。
これに対し,包帯補強工法では,補強部分も硬くならず,未補強部分と同
様に変形するため,橋脚全体で地震力を受け止めることとなり,未補強部分に
応力が集中しない。そのため,包帯補強工法やリブバー補強工法を採用した場
合は,被告が予定している橋脚地中部の耐震補強工事が不要となり,コストダ
ウンが可能である。
(8)小括
被告が予定しているRC巻立て工法は,高架下占用者の存在を無視すれば,
適切な工法の一つであることは確かである。しかし,曲げ補強が不要であるf高
架橋の工法として,RC巻立て工法と包帯補強工法とを比較すれば,RC巻立
て工法は補強効果やコストの点で同程度であり,地中部補強の必要性や工期の
点ではむしろ包帯補強工法の方が優れている。施工実績の面でRC巻立て工法
に安心感があるが,包帯補強工法の施工実績がRC巻立て工法に比較して少な
いのは開発されて間もない工法であることや,特許工法であることが理由であ
って,信頼性に劣ることを意味するわけではない。
したがって,f高架橋で採用する工法として包帯補強工法は,RC巻立て工
法と同程度に推奨される工法である。
その上で,包帯補強工法を採用すれば占用物件の撤去は不要であるのである
から,被告はRC巻立て工法と同程度の条件で,占用物件の撤去をすることな
く耐震補強を完了することが可能であったにもかかわらず,そのような検討を
するまでもなく,高架下占用者の立退きを大前提として耐震補強工法の選定を
行ったのである。
2f高架橋の劣化補修工事に際し,原告らの立退きは必須ではないこと
(1)連続桁化工事は行わないことになったこと
鈴木意見書(甲A51)によれば,「桁の架け替えを伴うような大工事にな
るかも知れない場合には,コストとの関係で,高架下の建築物の撤去が必要と
なる可能性がある」とされている。この桁の架け替えを伴う大工事の典型例で,
高架下占用者の立退きをすること無く工事を行うことが極めて難しい工事が,
ゲルバー部を除去し,高架橋全体にわたり連続桁とする連続桁化工事である。
この点,被告の工事説明では,既に連続桁化工事は行わないことが確定してい
るため,高架下占用者の立退きが必須の工事は行われないといってよい。
(2)ゲルバー部の劣化について
ゲルバー部の劣化について,確かに劣化が顕著な部分が存在し,その部分に
ついては速やかに劣化補修を行うことが望ましい。しかし,そもそもゲルバー
部はf高架橋の一部分に限られている。原告らはこれまでにも,高架橋の上面
からジャッキアップすることにより立退きを要さずにゲルバー部の打ち替えを
行う補修方法を示したが,どうしても補修のために立退きが必要であれば,そ
の限られた補修部分の区画については一時的に立ち退く形で工事に協力する。
ただし,補修完了後は,被告は再占用を認めるべきである。
3被告は工法の検討前から高架下占用者の立退きを当然の前提としていたこと
(1)設計条件が確定する時期
設計条件としての,施工上利用可能な空間の大きさ,すなわち高架下占用者
を立ち退かせるか否かは,工法を検討する前に決定されるものである。
(2)当初の3工法の意味
被告が当初,耐震補強工法として比較検討した3つの工法は,RC巻立て工
法,耐震壁工法及び筋交い工法である。
これらの工法は,いずれも占用物件の撤去が必要となる工法である。とすれ
ば,上記(1)記載のとおり,この最初の工法の候補を選定した段階で高架下占用
者の立ち退かせることは決定されているから,被告は計画の当初から高架下占
用者の占用継続を設計条件として考慮していなかったといえる。被告自身も,
5つの工法を検討したがその全てが占用物件の撤去が必要な工法であるとし,
今回の耐震補強工事を検討するに当たり,高架下占用者の立退きが大前提にな
っていたことを認めている。被告は,高架下占用者の立退きを大前提とした理
由として「何を巻き立てるにしても密着してる高架下施設を撤去する必要があ
りますので,その撤去,あと壊す重機建設機械を占用区内に入れないといけな
いですので」と説明しているが,これは占用物件の撤去が不要な工法の存在を
無視した,占用物件の撤去が必須という結論先取の議論であり,占用者の立退
きが大前提とされたことの理由としては合理性に欠ける。
4現在の占用物件の存在が点検調査を困難にするものではないこと
被告は,占用者の立退きを求めるもう一つの理由として,高架橋の維持管理の
ため,点検用・処置用スペースとして1.5mの空間が必要であり,この空間を
設けた場合には占用可能スペースは極端に小さくなることを挙げている。
(1)点検に1.5mの空間は必要か
ア「原則として」という文言は,遵守が求められる技術基準にあり得るのか
被告は,1.5mの根拠を自ら具体的に検討したわけではなく(足場の設
置に必要との発言もあるが,その内容は抽象的である。),国土交通省による
通知である第19号通達で挙げられた数値を根拠としている。第19号通達
では,「原則として」1.5mの空間を確保するよう記載されているが,技術
者が遵守を求められるような技術基準であれば,第19号通達別紙1の1(2)
(カ)(キ)のように,「原則として」との文言が入ることは,一般的にない。同条
は,技術的助言にすぎないが,更に原則論にすぎないことが文言からも明らか
である。
なお,技術基準において規定の例外を認める場合は,基準を規定したのち,
明文で例外を規定することにより,基準を守ることができない場合に技術者
が持ち得る裁量の幅を限定していることが多い。例えば,JR西日本福知山線
脱線事故の刑事訴訟において問題となった普通鉄道構造規則10条1項は,
設計最高速度が110km/hを超える場合,線路の最小曲線半径を600m以
上にすることを求めつつ,2項においては「前項の規定にかかわらず,地形上
等のためやむを得ない場合は,本線における曲線の最小曲線半径は,百六十メ
ートルとすることができる。」と定め,1項に定める原則規定の例外を認める
と共に,最小曲線半径を160m未満にすることはやむを得ない事情があっ
ても許さない仕組みになっている。これに対し,第19号通達では「原則とし
て」という文言のみで高架橋と占用物件の離隔距離の例外を認めているため,
離隔距離の最低値に制限はなく,道路管理者の裁量をいかんなく発揮するこ
とを認めたと読み取ることができる(もっとも,第19号通達は技術的助言に
すぎず,そもそも法的拘束力を持たない。)。
イ第19号通達の記載について
まず,被告は,第19号通達で1.5mの離隔距離が要求されていること
を理由に,f高架橋においても占用物件と高架橋躯体の間に1.5mの離隔距
離が必要であると主張している。
しかし,国土交通省によれば,当該通知は地方自治法第245条の4の規
定に基づく「技術的助言」に当たり,地方自治体が判断する際の参考となる情
報にすぎないとされている。また,1.5mという数字自体も具体的な状況を
想定した数字ではない。したがって,第19号通達による1.5mの離隔距離
の要求には法的拘束力はなく,被告が原告らに立退きを求めることを正当化
する理由には当たらない。
ウ目視点検に必要な空間について
目視点検のためには人が入ることのできるスペースがあれば十分であるし,
仮に人が入ることができなくとも,点検用の小型のカメラがあれば可能であ
る。
(2)局所的に目視できない部分がある状態は許容されないのか
現在のf高架下の建築物は,高架橋の橋脚の一部に壁が接触しているため,
接触している部分については直接の目視点検ができない。
しかし,壁が接触している部分の周辺のコンクリートの状態から,見えない
部分の劣化状況は判断可能である。例えば,見えない部分から錆汁が出てきて
いたり,見えない部分からひび割れが進行してきたりするのが見えれば,見え
ない部分でコンクリートが劣化していることが推定可能である。周辺の状況か
ら劣化の進行が予想された場合に,その部分について破壊検査を行い,正確な
劣化状態を把握すれば,維持管理上なんら問題はない。
なお,部材同士の接合や狭隘箇所の多い建築物においては,直接目視できな
い箇所が多数存在するが,建築技術者はその制限を当然のものとして受け止め,
周辺の状況を含めた総合的な判断で建物の維持管理を行っている。
(3)内部造作は点検の障害となるか
占用物件の屋内に内装を設け,その結果,橋脚や橋桁及び床版の表面が広範
囲にわたり見えなくなれば,維持管理の上で障害となる。そのため,維持管理の
ためには,内装を設けることを止めるか,脱着式の内装にして維持管理に支障
がない屋内の状況にする必要がある。一方,内装以外の造作については,高架橋
躯体の目視点検を妨げるものではないから,維持管理に問題を生じるものでは
ない。なお,内装以外の造作としては,二階建て鉄骨造作が例として挙げられ
る。
(4)小括
以上のとおり,占用物件の存在は高架橋の維持管理を大きく困難にするもの
ではなく,具体的に維持管理手法を考慮すれば,占用物件があっても問題なく
維持管理は可能である。
5被告の真意,大阪駅地下街事案から分かること
被告は,高架下占用者の占用継続について,具体的検討は何も行っておらず,
原告らの占用継続に対してなんらの配慮も努力も行っていない。
ここで,大阪駅前地下道の拡幅工事に関連して,大阪駅前地下道の占用者の扱
いについての大阪市議会議員と大阪市職員の興味深いやりとりがある。平成25
年3月の建設港湾委員会において,維新の会の市会議員である市位議員の問いか
けとして,長期にわたり大阪駅前地下道の占用許可を受けていた団体について,
既得権益はなくすべきとの文脈の中で,「この団体への道路占用許可手続につい
ても見直すべきではないかと思う。」との発言があった。これに対する市の回答
は,「今回,道路整備工事の実施に合わせて,これらの物件の許可手続きを見直
していく」との発言があった。その上で,大阪駅前地下道の道路拡幅とは直接の
関係がないはずの,通称ぶらり横町で占用許可を受けてきた道路占用者たちは,
道路拡幅を理由に立退きをもとめられ,立退きを強要された。被告は,道路拡幅
工事にかこつけて,真の目的である,市議会議員の希望を叶えたのである。
被告が,f高架下占用者の占用継続に対して何ら具体的な検討を行っていない
こと,f高架橋は耐震補強が自覚された阪神大震災の時点で既に築60年程度に
達しており,補強・補修の可能性は20年程度前から自覚されていたにもかかわ
らず本件に至るまで高架下占用者に対する案内が一切なかったこと,f高架下占
用者に対する立退き要請が,当時維新の会代表であったddが市長に就任した平成
23年11月以降急速に決定・進行したことからすれば,f高架橋においても大
阪駅前地下道と全く同様,工事を口実として長期間にわたる道路占用許可の解消
を行うこと自体が被告の目的,真意であったと考えられる。
(別紙5)
本件耐震補強等工事に関する被告の主張
1本件耐震補強等工事の必要性について
(1)被告においては,平成7年の兵庫県南部地震以降,「災害に強いまちづくり」
の一環として,被告が管理する橋梁の耐震対策事業や,橋梁の長寿命化のため
の橋梁保全更新計画に取り組んできたが,f高架橋は,交通量が非常に多く,市
内の重要な幹線道路であるとともに,災害時の緊急交通路にも指定され,交通・
防災において極めて重要な道路であるにもかかわらず,戦前から占用物件が橋
脚と密着ないし一体となって設置されているため,現在に至るまで,占用区画
の明渡しを伴わない範囲での個別の工事・補修に限られ,老朽化が進んでいる
にもかかわらず抜本的な耐震対策や劣化補修がされたことがないという状況に
あった。
(2)他方,道路橋の設計基準である道路橋示方書では,f高架橋は,防災計画上
の位置づけや当該道路の利用状況等から,特に重要度が高いB種の橋に該当し,
橋の供用期間中に発生する確率が高い地震動(レベル1地震動)については,
「地震によって橋としての健全性を損なわない性能(耐震性能1)」,橋の供用
期間中に発生する確率は低いが大きな強度を持つ地震動(レベル2地震動,概
ね震度6弱相当程度)については,「地震による損傷が限定的なものにとどま
り,橋としての機能の回復が速やかに行い得る性能(耐震性能2)」を確保する
ことが求められる。
(3)平成22年度の調査において,f高架橋はすべての橋脚において道路橋示方
書の所定の耐力を満足せず,さらに,平成24年度の調査において,解析・構造
計算,現地調査・点検,文献調査等による詳細な耐震性能の調査を行ったとこ
ろ,f高架橋の標準的な構造部において,橋脚・横梁・主桁の全般にわたり道路
橋示方書所定の基準を満たしていない状態であることが判明しており,f高架
橋の耐震補強の必要性は明白である。
(4)また,f高架橋の健全性については,平成24年度の調査において,占用物
件内部も含め,ゲルバー部・床版・主桁・柱について,鉄筋腐食状況の確認等の
点検を行ったところ,漏水が激しく,部分的なコンクリートの損傷,鉄筋露出な
どが橋全体に見られ,補修を必要と要する箇所は全体的に存在するという状況
であった。
(5)特に,f高架橋においては,応力が集中する箇所や,上部工側・下部工側ゲル
バー部先端及び横梁については漏水による損傷が激しく,さらに,鋼板接着に
より補強している箇所は内部のコンクリートの状況を観察することができず,
現在はさらに損傷が進んでいるおそれが高い状況にある。
なお,平成24年度の調査においては,コア抜き等の調査は構造上,安全性
に問題があると判断し点検調査を実施しておらず,また,占用物件が接着して
いるとか,占用者らの要望により調査時間が限られた等の事情により,損傷が
明らかな個所を外観目視し,写真撮影するのみの概略調査しかできていない区
画も存し,これらの箇所においては,占用物件を撤去した上で詳細調査を実施
する必要がある。
2本件耐震補強等工事の工法選択について
本件耐震補強等工事の工法選択に当たっては,災害時の緊急交通路として,今
後,長期間の供用に供すべきとの機能に適した工法を採用しなければならない。
また,大地震はいつ発生するかわからないこと,f高架橋が緊急交通路であるのみ
ならず,日常的にも交通量が非常に多い市内の重要な幹線道路であり,工事によ
る交通支障は最低限にとどめるべきこと等を踏まえれば,本件耐震補強等工事は,
可及的速やかに,かつ,安全・確実に実施すべきものである。もちろん,本件耐震
補強等工事が,市民の税金等の公金を財源とすることに鑑みれば,経済性も重要
な考慮要素である。
したがって,本件耐震補強等工事の工法や工事計画を策定するに当たっては,
被告において,法令や関係通達等の定めに従うとともに,かような観点から,道
路の安全通行や工事の経済性をはじめとして,施工期間,工事の容易性・確実性,
施工後の維持管理の内容等の諸般の事情を総合的に勘案し,決定すべきものであ
る。
3橋脚の耐震補強等工事の工法について
(1)f高架橋は,RCラーメン構造を有するところ,原告らも認めるとおり,か
ような構造の道路橋の耐震補強方法は,RC巻立て工法・鋼板巻立て工法・炭素
繊維シート巻立て工法の3つの工法が標準的に用いられる。
f高架橋の耐震補強等工事の検討に当たって,被告は,平成22年度及び平
成24年度の調査等の過年度の調査結果を踏まえ,f高架橋の構造その他の諸
条件を前提に,RC巻立て・鋼板巻立て・炭素繊維シート巻立ての各工法に加
え,建築分野で用いられることの多い筋交い工法,耐震壁工法を比較検討した。
その結果,RC巻立て工法は,補強効果や耐久性に優れ,火災に対する抵抗も強
く,また,維持管理性にも優れており,いつ生じるかわからない大災害時におい
て,緊急交通路として即時に機能回復すべきf高架橋の耐震補強の方法として
最も合理的かつ適切である。
(2)他方,鋼板巻立て工法及び炭素繊維シート巻立て工法は,いずれも,その補
強効果は既設コンクリートの強度に左右される上,火災により急に耐力が低下
するところ,大震災発生時には,大規模火災の併発や,断続的な余震が続くこと
等の懸念があることからして,道路管理者としては,本件耐震補強等工事にお
いて,かような性質を有する工法は採用し得ないと判断した。また,鋼板巻立て
工法及び炭素繊維シート巻立て工法は,定期的な再塗装等の維持管理を要する
のであって,今後,長期にわたりf高架橋を維持保全する必要に照らせば,か
かる点が劣後する工法は不適当である。
(3)また,経済性については,1スパン(6橋脚。本件耐震補強等工事の対象橋
脚数は360橋脚である。)10m当たりの直接工事費用は,RC巻立て工法は
332.4万円であるところ,鋼板巻立て工法は841.1万円,炭素繊維シー
ト巻立て工法は706.9万円であって,RC巻立て工法の経済的合理性も明
らかである。
4劣化補修工事・上部工の工法について
(1)被告は,f高架下の占用者から占用区画の明渡しを受けた後,占用物件を撤
去し,調査未了箇所等の調査を進め,その結果を踏まえ,f高架橋の劣化補修工
事及び上部工の耐震・耐荷力補強工事等の詳細設計を行い,最適な工法を選択
することとしているが,原告らが明渡しを拒絶しているため,現時点をもって
詳細設計ができていない状況にある。
(2)この点,被告は,要補修箇所については,全箇所について直接目視による点
検を行う予定であるが,これは,道路橋について,5年に1回の近接目視により
点検することを定める道路法施行規則4条の5の2が平成26年7月に施行さ
れたものの,f高架橋については占用物件が存在したため,従前,目視による全
箇所点検を行ったことがないこと,f高架橋が建設後80年以上経過しており,
コンクリートの健全性は慎重に評価すべきこと,f高架橋の日常の交通量や災
害時の緊急交通路・避難路としての重要性を踏まえたものであり,確実かつ効
率的な調査を行うため,必要かつ相当な対応である。
(3)また,上部工の耐震・耐荷力補強工事及び劣化補修工事については,調査未
了箇所の調査を踏まえて詳細設計を行う必要があるが,橋梁全体に影響するた
め,全体の明渡しを得た後に,鋼板接着工法,外ケーブル工法,下面増厚工法,
部分打ち替え,橋面防水工,第三者抑止対策工の中から最適な工法を選定する
予定である。
5明渡しの必要性について
(1)橋脚の耐震補強工事との関係
ア被告が検討したRC巻立て・鋼板巻立て・炭素繊維シート巻立てを含め,
橋脚の耐震補強に当たっての一般的な巻立て工法は,いずれも,補強材を既設
の橋脚の回りに巻き立てるため,その施工に当たっては,いずれの補強材を用
いても,橋脚に接着する占用物件は収去する必要がある。また,橋脚に接着し
た占用物件のみならず,橋脚周囲を掘削したり,鉄筋や型枠を組み立てるに当
たっては,足場の設置や重機の作業スペース等の施工環境を確保する必要が
あり,また,施工時の安全確保の観点からも,占用区画の明渡しは不可欠であ
る。
イとりわけ,f高架橋の橋脚や橋桁に接着するブロック壁等の占用物件は,
昭和初期の頃から占用者らが設置・維持管理してきたものであり,占用終了時
に除却し原状回復すべき占用物件であって(道路占用規則30条,占用許可条
件5項),今後30年以上の供用を前提とする本件耐震補強等工事に当たっ
て,f高架橋の保全や維持管理等も考えれば,本件耐震補強等工事の一部に占
用者らの占用物件を組み込むとか,被告がその維持管理を行う必要を生ずる
工法は採用し得ない。
さらに,占用物件の強度や材質,設計条件などについての資料もなく,全
ての占用者ないし物件設置者から円滑に協力を得られる確証もなく,被告と
して,占用物件を工事計画に組み込んだ上で,f高架橋に適用可能な工事計画
を具体的に詳細に検討することは到底不可能である。
(2)劣化補修工事及び上部工の耐震・耐荷力補強工事との関係
ア劣化補修工事及び上部工の耐震・耐荷力補強工事については,コンクリー
トの欠け落ち,ひび割れ,鉄筋露出・腐食,漏水などの有無を詳細に調査し,
コンクリート内部の損傷の程度を把握した上で,損傷原因を考察し,具体的な
補修箇所・補修方法等についての詳細設計を実施する必要があるが,そのため
には,先立って,f高架橋に設置されている占用物件や鋼板等を必要に応じて
除去等する必要がある。
イまた,f高架橋の道路としての重要性や,老朽化の状況,従前の調査結果等
を踏まえれば,全箇所について占用物件を除却した上で,直接目視による方法
を採用することは必要かつ相当であるし,かかる点検調査方法は,道路法施行
規則の定めにも即したものである。
ウまた,劣化補修工事及び上部工の耐震・耐荷力補強工事については,前記
の工法を検討しているが,橋上から施工可能な橋面防水工を除き,橋下に足場
を組み立てて施工する必要があり,足場等の施工環境を確保するためにも,橋
桁下に設置されている占用物件は撤去する必要がある。
(3)一斉に明渡しを求めることの必要性・相当性
ア被告としては,早急に,また,確実かつ安全に,さらに経済性をも踏まえ
て本件耐震補強等工事を実施する必要があるところ,一斉に工事を実施する
ことによって,工事ヤードを十分に確保し,安全かつスピーディに工事を施工
することができ,周辺住民や利用者等への影響を最小限とし得る。また,間接
工事費等についても,一斉工事の方が分割工事よりも安価であり,分割工事に
比べ,一斉工事の効率性・安全性・経済性は明らかである。さらに,占用者間
の公平性や円滑な進行といった観点も踏まえれば,占用区画の占用期間満了
に際し,占用者全員から一斉に明渡しを得て全体的に調査・工事を進め,可及
的速やかに工事を完成すべきとの判断の相当性は明らかである。
イこの点,原告らが明渡しを拒絶するため,被告は現在,やむなく工事の分
割実施を余儀なくされているが,これによるコスト増はもとより,原告らは他
の区画の工事についても協力する姿勢を見せず,結局,工事の円滑な実施に現
に支障が生じているのであって,このような状況に鑑みても,一斉施工の合理
性は明らかである。
6工事後の占用について
(1)上記のとおり,本件耐震補強等工事においては,RC巻立て工法(厚み25
㎝)を採用することが相当であり,これにより,物理的に空間は狭くなる上,今
後,適切な維持管理を行うため,道路法施行規則及び第20号通達に従い,道路
構造を直接,近接目視により点検し得るよう,道路構造より1.5m確保する必
要があり,その場合,占用可能な空間は大幅に減少し,被告が従前と同規模の占
用区画を提供することは不可能である。
(2)この点,f高架橋を含め,被告が管理する老朽高架橋においては,長年,占用
物件が接着しているため,道路構造の劣化が進んでいるにも関わらず,十分な
点検・補修を行うことができなかったという問題を抱えてきたのであり,橋梁
の点検・補修に当たっては,5年に1回の計画的な詳細点検により橋の損傷状
態を確実に把握し,橋の劣化を予測し,損傷が大きくなる前に補修を行う,とい
う橋梁保全更新計画の方針等も踏まえるに,今後のf高架橋の維持管理におい
て,上記点検スペースを設けることの必要性・相当性は明らかである。
(3)もとより,本件耐震補強等工事実施後,f高架橋のその余の高架下空間につ
いては,高架下空間の有効活用や地域のまちづくり等の観点も踏まえ,改めて
検討すべきものであり,今後占用に供する可能性はあるが,道路占用に当たっ
ては,公共目的が優先し,公平性にも配慮を要するため,原告らの既得権確保の
ための再占用を約束することはできない。
7原告らの主張について
(1)退去の必要性について
原告らは,過去に占用者を退去させることなく円滑に耐震補強等の工事が行
われており,本件でも同様のことが可能であると主張する。
しかし,f高架橋では,占用物件が橋脚に接着しこれと一体になっていたた
め,大規模な補修・耐震対策を行うことはできず,これまでの補修工事は,偶々
退去済みであったり,協力を得られた占用区画に限り,都度都度行われた個別
的対応にすぎない。この点,平成22年度の調査においても,過去に行われた補
修工事は一部にとどまり,全般的な耐震補強工事が行われたことはない旨報告
されている。原告らが指摘する,床版の下面の鋼板の貼り付けや落橋防止のワ
イヤーを設置するなどの対策も,通路部など占用区画の明渡しを伴わない一部
分に限られ,本件耐震補強等工事で所期する耐震性能を確保し得るものではな
いし,eeの区画の補修工事は,火災による損傷に対する当面の補修に過ぎず,
鋼板巻立てによる耐震補強工法と類似するとしても,構造の一部に対するかか
る工事によって,橋全体の耐震補強の効果は期待できない。
したがって,f高架橋において,全橋脚・橋桁を対象とする抜本的な本件耐
震補強等工事を実施する必要性は明らかである。
(2)橋脚の耐震補強等工事の工法に係る主張について
ア原告らは,原告ら主張の工法を選択すれば,占用物件を撤去することなく
工事をすることが可能であるから,かかる工法を検討・採用せず行われた本件
各不許可処分が裁量逸脱であると主張する。
しかし,道路占用の二次的性質や,f高架橋の耐震補強等工事の必要性・重
要性・緊急性を踏まえるに,道路管理者である被告が,f高架橋の耐震補強等
工事を行うに当たって,いかなる工法を採用すべきかは,法の趣旨や,道路の
安全通行の観点や,工事の経済性,施工期間,工事の容易性・確実性,施工後
の維持管理等の諸般の事情を踏まえ検討すべき事柄であって,道路占用の二
次的性質を置いてもなお,占用者の個人的利益を優先し,原告らが明け渡さず
に済む工法を検討,採用しない限り裁量逸脱であるなどとの原告らの主張は,
法の趣旨を無視する暴論である。被告は,道路橋の耐震補強方法として,標準
的に採用されている複数の工法に加え,さらにf高架橋の特性等も検討し,f
高架橋の耐震補強として最も合理的な工法を採用し,また,これにより明渡し
を求めることになる占用者に対しては,補償金や猶予期間等の点において十
分に配慮しているのであり,かかる検討過程に何ら不当なところはない。
イ原告らが主張する工法は,確立した工法でないものがあるばかりか,原告
らは,これらの工法を抽象的・定性的に列挙し,その理論的・部分的な適用の
可能性を強調するのみで,f高架橋の機能・構造等や,占用物件の設計条件,
地中基部の工法との関係,劣化補修・上部工工事との関係や,機材等の施工環
境も含めた工事全体を踏まえた具体的な施工可能性や,本件耐震補強等工事
と比較しての合理性やコスト等を示さない。そのため,原告らの主張を前提と
しても,これらの工法によって占用物件の撤去や占用区画の明渡しを行うこ
となく,本件耐震補強等工事の目的を実現し得るとは到底考え難い。
この点,原告らが橋脚の耐震補強方法として主張した,包帯補強工法やリ
ブバー補強工法等は,道路橋の耐震補強工事としての実績がほとんどなく,こ
れらの理論上の適用可能性すら不明であるが,仮にこれらの工法によるとし
ても,いずれの工法も占用物件に穴をあけるとかスリットを空ける等,占用物
件の一部の除却は必要であり,また,かかる工事を現実・具体的に検討するた
めには,占用物件についての強度や設計書等の詳細な資料が不可欠である。ま
た,占用区画内の橋脚や床版等や地中基部の耐震補強等工事を実施するため
には,いずれの工法によっても,占用区画内への立ち入りや接着している占用
物件の除却等を要する。
しかるに,被告としては,占用者の財産であり,被告が強度や構造等も把
握し得ず,占用者がその責任において維持管理するとともに占用の終了時に
は撤去して原状に回復すべき占用物件を,今後,長期間にわたって供用し続け
るf高架橋の耐震対策に組み込むとか,設置したまま工事を行うなどという
工法は取り得ないし,工事途中で残部の壁が損壊・倒壊等する危険があるな
ど,工事の安全性等も確保できない。また,これらの工法は,工事の施工の容
易性や,コスト・耐火性,今後の維持管理性の諸点においてRC巻立て工法に
劣後するものであり,このような工法を被告が検討しない限り,裁量権の逸脱
となるとの主張は失当である。
なお,原告らは,ff株式会社の事例や,電鉄会社の事例を繰り返し主張し
ているが,これらの例は本件において参考となるものではない。とりわけ,電
鉄会社の事例は,緊急交通路として震災直後より早期に機能復旧すべき必要
がないことはもとより,道路法令や通達等の適用もなく,道路と荷重条件等の
前提も異なり,さらに,通常(壁面部分も含め)賃貸借に供しており借地借家
法の適用を受けるのであって,何ら参考になり得ない。
(3)劣化補修工事に関する主張について
ア原告らは,点検について,ヒンジ部等の劣化損傷が激しい部分だけで足り,
f高架橋の全箇所点検は不要だとか,非破壊検査で足りると主張する。
しかしながら,f高架橋は,建設以来全般的な点検・補修を行ったことがな
く,とりわけ占用物件が接着しておりこれまで目視による点検ができていな
い部分について,今般,目視により直接劣化損傷状態を確認する必要性は極め
て高い。道路法施行規則が5年に一度の目視点検を求めていること,非破壊検
査より直接目視による点検を実施する方が確実かつ効率的であること等から
して,大震災や将来にわたっての防災対策として,f高架橋において全箇所の
目視点検を実施することの必要性・相当性は明らかである。
イまた,原告らは,占用物件を利用して足場を組むなどの工夫で,工事の施
工に占用物件の撤去は不要であると主張する。
しかしながら,占用者を退去させないまま,既存の鋼板を外したり,損傷・
劣化箇所をはつったり,接着面の下地処理をしたり,耐荷力補強のための鋼板
設置等の補修工事をしたりすることが,安全性や効率性の観点から妥当でな
いことは明らかであり,また,占用物件は占用者の所有財産であり,かつ,強
度や安全性が不明であり,このような占用物件を利用して足場等を設置する
ことは工事の安全確保の観点から行い得ない。また,上部工につき,橋上から
ジャッキアップするなどという方法は,仮にできたとしても,コンクリートを
打設するに当たって型枠やそれを支える支保工が桁下に必要となるし,橋上
の道路上にジャッキや支保工を設置するためには相当期間にわたる道路の全
面通行止めが必要である(橋桁をジャッキアップしながら,一部の車線制限に
とどめ車両を通行させればよい,などという主張は,道路構造や道路の安全通
行に与える支障を無視した暴論である。)。また,工事の長期化に伴いコスト
も増加するし,f高架橋の幹線道路としての重要性に照らして,道路管理者と
してはおよそ採用し難い。
(4)順次退避の方法について
ア原告らは,RC巻立て工法であっても,順次施工することで,原告らをf
高架橋から退去させることなく,本件耐震補強等工事を実施することができ
ると主張する。
イこの点,原告らからいまだ明渡しが得られないため,現状,被告はやむな
く分割工事の実施を余儀なくされてはいるものの,各工区は,それぞれ並行し
て各工程を施工することになり,いずれの工区においても常時何らかの工事
は施工している状況になるため,原告らが一時退避可能なスペースは生じな
い。
ウ原告らが主張する,既に退去済みの占用区画より工事を開始し,その間は
原告らの営業を続けさせ,退去済み占用区画の工事が完了した後,原告らを当
該区画に退避させ,その後,原告らの占用区画の工事に着手し,原告らの占用
区画の工事完了後,原告らを元の区画に戻す,などという方法では,本件耐震
補強等工事の完成に膨大な時間がかかることは明らかであり,いつ起こるか
わからない大地震に備え可及的速やかに完了すべき本件耐震補強等工事とし
て,かかる工法は採用し得ないし,また,劣化補修や上部工等についての詳細
設計を実施するためには,f高架橋の損傷部位や原因等を全体的・総合的に把
握した上で検討を進める必要があるから,原告らの占用区画のみ除外して先
行して工事を完了することは極めて非効率的・非合理的であり,また,経済
性・迅速性も欠く。
エまた,もとより,本件各不許可処分の違法性は,本件各不許可処分当時の
事情に照らし判断すべきものであるところ,原告らの主張は,原告ら以外の占
用者等に対しては立退きを求め,原告らのみに対しかかる便宜を図ることを
前提とした,あまりに身勝手なものであり,公平性の観点等からもかような対
応は許容し難い。
オまた,工事完了後は,コンクリートの巻立厚及び1.5mの離隔距離を確
保するため,工事前と同じ広さの空間は確保できず,元の占用区画に戻すこと
はできないし,それをおいても,道路占用に当たっては,公共性・公益性を優
先し,また,公平・透明な手続によるべきもので,原告らのみに再占用を約束
することはできない。
(5)明渡しを求めることが他事考慮に当たるとの点について
ア原告らは,本件各不許可処分が,「原告らを退去させること自体を目的と
している」ものであり,これが不当な意図ないし他事考慮であるかのように主
張するが,失当である。
イまず,本件耐震補強等工事において,合理的・現実的に採用可能な工法と
しては,いずれの工法によっても占用物件を存置したまま工事を実施するこ
とはできず,いずれにせよ占用者の退去と占用物件の収去を要するところで
あり,また,これら工法のうち最も合理的であるRC巻立て工法による限り,
明渡しをせずに工事を実施することが不可能であることは原告らも認めると
おりであり,そのために退去を求めることは何ら他事考慮ではない。
ウまた,本件耐震補強等工事後のf高架橋の高架下空間の占用のあり方につ
いては,今後検討すべき課題であるが,いずれにしても,f高架橋の高架下空
間を占用に供するに当たっては,橋脚より1.5mの離隔を設ける必要があ
り,従前の占用者に対し従前どおりの広さの空間を占用に供することは物理
的に不可能である。この点,かかる方針は,第19号・第20号通達のほか,
道路老朽化が社会的問題となったことを受け,直接目視による計画的な点検
を義務付ける法改正にも沿ったものであり,また,これは,橋梁の適切な維持
管理と長寿命化のために被告において策定している橋梁予防保全計画にも基
づくもので,被告としても,従前の事後的・場当たり的な点検・補修を見直し,
緊急交通路であるf高架橋の道路としての機能を確実に確保し,道路の長寿
命化を図るために必要な対策である。
そのため,被告は,本件耐震補強等工事により抜本的・全般的な補修・補
強を行った後,改めて占用許可をするに当たっては,法の要請に従い,本来あ
るべき占用のあり方に立ち帰って占用を認めるという方針に立ったのであり,
かかる方針は,道路管理者として極めて正当であり,何ら不当なところはな
い。
エこのほか,原告らのこれまでの主張によっても,被告が,本件各区画につ
き特定の者に有利に扱おうとか,特定の者に対する不当な目的,不公平・不平
等取扱い等により明渡しを求めた等の事情もない。実際,既に工事が終了した
三津屋高架橋においても,維持管理に必要なスペースを除いた高架下空間は,
当該地域住民による有効活用に供されているのであって,被告として,まちづ
くりや高架下の有効活用といった道路の使用方法を殊更に軽視したこともな
い。
本件耐震補強等工事の検討に当たって,被告の判断過程には何ら不当な目
的や他事考慮はなく,裁量逸脱の余地はない。

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