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裁判例


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主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決中控訴人に関する部分を取り消す。
2上記部分に関する被控訴人の請求を棄却する。
第2事案の概要
1国民年金法は,日本国内に住所がある20歳以上60歳未満の者を強制的に
国民年金の被保険者とし,国民年金に加入している間にかかった疾病や負傷が
もとで一定以上の障害が残った場合には,一定の要件の下で,障害基礎年金を
(「」。),受けることができることとした上で後記の拠出制障害基礎年金である
なお,国民年金に加入する前にかかった疾病や負傷がもとで一定以上の障害が
残った場合にも,一定の要件を満たせば,障害基礎年金を受けることができる
こととし(後記の「20歳前障害基礎年金」である,その支給要件の判定。)
日を,いずれの場合についても,障害の原因となった疾病又は負傷及びこれら
に起因する疾病について,初めて医師又は歯科医師の診察を受けた日,すなわ
ち「初診日」と規定している。すなわち,同法30条1項は,初診日において
同法の被保険者であることを拠出制障害基礎年金を支給するための要件とし,
同法30条の4は,初診日において20歳未満であったことを20歳前障害基
礎年金を支給するための要件としているのである。
本件は,平成元年法律第86号による改正(平成3年4月1日施行)前の国
民年金法により学生の国民年金への加入が任意とされていた当時,大学在学中
(21歳の時)に統合失調症(当時の呼称は「精神分裂病)の診断を受けた」
被控訴人が,障害基礎年金につき支給の裁定の請求をしたが,初診日において
20歳以上の学生であって,国民年金に任意加入していなかったとして,不支
給の処分を受けたため,①学生について,国民年金の強制適用の対象から除外
し,国民年金に任意加入する場合に保険料免除の制度を設けていない上記国民
,,,,,年金法の規定は憲法14条25条31条に違反すること②被控訴人は
20歳前に統合失調症を発病し,医師の診療を受けるべき状態にあったから,
このような被控訴人に対しては,疾病の特質等にかんがみ,国民年金法30条
の4所定の障害基礎年金を支給すべきであるのに,不支給の処分を行ったのは
違法であることなどを理由に,控訴人(いわゆる地方分権一括法により,処分
をした行政庁である東京都知事から処分権限を承継)に対し,上記障害基礎年
金の不支給処分の取消しを求めるとともに,国に対し,昭和34年以降,学生
の身分を有する者に対する不合理な差別を容認するなど,憲法に違反する内容
の立法を行ったこと,又はこのような不合理な差別等による不利益を救済する
措置を講じなかったことが違憲,違法であると主張して,国家賠償法1条1項
に基づき慰謝料2000万円の支払を請求した事案である。
原審は,被控訴人の控訴人に対する請求を認容し,国に対する請求を棄却し
た。これに対し,控訴人が本件控訴を提起し,被控訴人は国に対する請求を棄
却された部分について控訴を提起しなかった。
2関係法令の定め等,前提事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,次の
とおり補正し後記3のとおり加えるほかは原判決の事実及び理由中第,,「」「
2事案の概要」の1から3まで(原判決2頁23行目から12頁24行目ま
で)のうち控訴人に関する部分に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決7頁20行目の「30条の2第1項を規定」を「30条の2第1
項の規定」に改める。
(2)原判決9頁6行目の「障害認定日」を「障害認定日」に,25行目の「
「障害福祉年金に」を「障害福祉年金の」にそれぞれ改める。
(3)原判決11頁3行目から4行目にかけての「A病院を受診し,B病院に
入院し,精神分裂病と診断された(甲1,60」を「A病院精神科を受)。
診し,悪性症候群と診断され,同日,精神分裂病の診断によりB病院(現在
の○病院)に保護義務者の同意による入院(旧精神衛生法33条)の措置を
採られた(甲1,54,60,証人C」に改め,5行目から6行目にか)。
けての「A病院精神科」の次に「以下「A病院」という」を加え,8行(。)
目の「次のとおりであった」を「社会保険審査会の裁決書(甲2)において
次のとおり認定されている」に,14行目の「甲2」を「甲2の6頁」に,
21行目の「甲1」を「甲1,2」にそれぞれ改める。
3控訴人の当審における追加主張
(1)知的障害及び先天性の身体障害については,乳幼児期に医師の診察を受
けているのが通常であり,また,就学の際にも健康診断がある(学校保険法
4条,5条,同法施行令2条7号,同法施行規則2条)ので,診断書等によ
る証明がなくとも,社会通念上,20歳前に「初診日」があることが明らか
な疾病である。これに対し,統合失調症は,発症時期に相当なばらつきが認
められ,必ずしも20歳前に発症するわけではない上「発症の日を一時点,
に特定するのが医学的にも困難な疾病」である。したがって「初診日」要,
件の趣旨に照らし,統合失調症に関しては,なお個々の請求者の個々の障害
が障害基礎年金の対象となるべき障害か否かを客観的明確性をもって画一的
に判断する必要があることは明らかである。このように,上記知的障害等の
傷病と統合失調症とは「初診日」要件の本質に係る事情を異にしているので
あって,両者を同様に取り扱うことはできない
(2)原判決は,障害等級の認定の基準日を特定する「初診日,被保険者期」
間及び保険料納付に関する要件を判断する基準日を特定する「初診日,併」
合障害に関する要件を判断する基準日を特定する「初診日」のいずれについ
ても拡張解釈の必要はないとしているが,一つの法律中の条文上同一の文言
を一部の要件についてのみ,しかも統合失調症の場合に限定して,文理を離
れた意味を持たせ,別異の解釈をすることは,法の解釈適用の混乱を招き,
法の許容するところではない。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(ア)(拠出制障害基礎年金を支給すべきことを理由とする取消しの
可否)について
当裁判所も,本件処分の根拠規定が違憲であることを理由に,被控訴人に対
し拠出制障害基礎年金を支給すべきであるとして,本件処分の取消しを求める
被控訴人の主張は理由がないものと判断する。その理由は,原判決の「事実及
び理由」中「第3争点に対する判断」の1(原判決12頁末行から14頁4
)(,「」行目までに記載のとおりであるからただし原判決13頁7行目の2項
を「2項」に改める,これを引用する。)。)
2争点(1)イ(20歳前障害基礎年金を支給すべきことを理由とする取消しの
可否)について
(1)被控訴人の病状並びに統合失調症の病理及び特質
次のとおり補正するほか,被控訴人の病状の経緯については原判決の「事
実及び理由」中「第3争点に対する判断」2の(1)(原判決14頁7行目
から17頁2行目まで)に,統合失調症の病理については同(2)(原判決1
7頁3行目から18頁6行目まで)に,統合失調症の特質については同(4)
ウ(ア)(原判決22頁末行から23頁22行目まで)にそれぞれ記載のとお
りであるから,これを引用する。
ア原判決14頁10行目の「同年2月23日」の前に「姉と弟の3人きょ
うだいの長男として生まれ」を,18行目の「父親が」の次に「大酒を,
飲んで」をそれぞれ加え,21行目の「重ねた」を「重ねるうち,自分が
天才であるとか皇太子であるとかいう考えが意識の中に現れるようになっ
た」に改め,同行の「東北大学」の次に「理学部」を,25行目の「同年
4月」の次に「19歳」をそれぞれ加える。()
イ原判決15頁1行目の「高校2年生」の次に「16歳∼17歳」を()
加え,6行目の「大学入学後の」を「大学入学後間もない」に,16行目
の「恋愛感情を抱き,その際」を「恋愛感情を抱くとともに」にそれぞれ
改め,18行目の「話が」の前に「全く」を加える。
ウ原判決16頁22行目の「Dクリニックを受診しており」の次に「同(
クリニックのE医師は,被控訴人が昭和56年5月にA病院を受診した時
から同病院精神科において被控訴人の治療を担当してきたが,同医師のク
リニック開設に伴い,被控訴人も同クリニックで治療を受けるようになっ
たものである」を加える。。)
「」エ原判決17頁8行目から9行目にかけての発生頻度の高い疾患の一つ
の次に「一生に一度でもなった人の割合は,1000人中7∼8人にな(
る。乙37」を,15行目から16行目にかけての「特色がある」の)。
次に次のようにそれぞれ加える。
「()。,統合失調症に特徴的なのは真性妄想一次妄想である真性妄想は
その妄想の発生を基礎にある感情や心理から了解することの困難な妄想で
あり,その形式として妄想知覚,妄想着想,妄想気分,妄想追想などが知
られている。妄想知覚は,対象を知覚することには異常がないが,知覚す
る日常の出来事に特別な(異常な)意味が加わることによって妄想が成立
する。すなわち,知覚されたものへの特別で確信のある非現実的な意味づ
けである。妄想着想は,現実にそぐわない考えが突然浮かび確実視される
もので,例えば「自分は全知全能者である」と確信する」。
オ原判決23頁1行目の「甲49,59」を「甲48,49,59,証人
C」に,6行目の「同居し」を「同居していたり」にそれぞれ改める。
(2)被控訴人に関する20歳前障害基礎年金の支給要件の充足性
ア上記(1)に認定の事実及び医学的知見に証拠(甲1,52,60,証人
C)を総合すれば,被控訴人は,昭和56年5月24日に名古屋駅で保護
された時点において,相当に進行した幻覚妄想状態にあり,発症から既に
かなりの期間を経過した統合失調症の病状にあったこと,被控訴人に妄想
着想が現れたのは,高校2年生(16∼17歳)のころ,自分が天才であ
るという考えが意識の中に現れるようになったころであり,発病の端緒は
このころにあると考えることができること,大学に入学後間もない昭和5
4年5月(19歳)の時点で,授業中自分が天才であると思ったり,多数
の女子学生が集まっているのを見て自分が天才かどうか実験されていると
いう妄想着想や妄想知覚が明確に現れていること,また,そのころから始
めた家庭教師のアルバイト先の生徒の姉に恋愛感情を抱くとともに,この
人こそ皇太子浩宮すなわち自分にふさわしい女性であると思ったり,アル
バイト先で生徒が泣いているのを見て,生徒の成績が悪いため,その姉と
家庭教師の自分を結婚させてやることができないことを嘆いて泣いてくれ
ていると考えるなど,自分の周囲に生じた客観的には無関係な様々な出来
事を自分に関係づける妄想知覚や脈絡のない妄想着想を生じていたことを
認めることができる。
以上の事実に照らすと,被控訴人は,遅くとも19歳の時点で統合失調
症を発病し,精神科医による診療を必要とする状態にあったものというべ
きである。
イそして前記前提事実及び被控訴人の病状の経緯として認定した事実原,(
判決14頁7行目から17頁2行目まで)によれば,被控訴人が,統合失
調症について初めて医師の診療を受けた日(昭和56年5月27日)から
1年6月を経過した昭和57年11月27日の時点において,障害等級に
該当する程度の障害の状態にあったものか否か定かではないとしても,遅
くとも本件処分を受けた平成11年1月28日の時点甲1の診断書の障(「
害の状態」は平成10年8月15日現症)においては,障害等級に該当す
る程度の障害の状態にあり,その障害は統合失調症に起因するものと認め
ることができる。また,20歳前障害基礎年金の支給要件とされる所得制
限の要件についてもこれを満たしていると認めることができる。
ウしかし,被控訴人は,20歳(昭和▲年▲月▲日)を過ぎた昭和56年
5月27日に初めて医師の診断を受けたもので,それまで,統合失調症に
起因する症状について医師の診療を受けたことはないことは上記のとおり
である。そこで,被控訴人は20歳になる前に統合失調症を発病し,医師
による診療を受けるべき状態にあったのだから,国民年金法30条の4に
規定する「その初診日において20歳未満であつた者」との要件を満たし
ていると解すべきであるという被控訴人の主張の当否について,項を改め
て検討する。
(3)国民年金法30条の4の「初診日」の解釈
国民年金法30条の4(20歳前障害規定。第1項は,20歳前に障害の
状態であった者が20歳に達して障害基礎年金を支給されることとなる場合
を,第2項は,20歳前に発症した傷病により20歳以後に障害の状態とな
る場合を規定したものであるが,本件においてその適用が問題となる昭和6
0年法附則25条による同法30条の4第1項の適用に関しては,先に引用
の原判決10頁4行目から21行目までに記載のとおりである)は,20。
歳前障害基礎年金の支給対象者を「疾病にかかり,又は負傷し,その初診,
」,「」,日において20歳未満であつた者と規定し初診日の定義については
同法30条1項が拠出制障害基礎年金の支給要件について定める中で疾,,「
病にかかり,又は負傷し,かつ,その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾
病(以下「傷病」という)について初めて医師又は歯科医師の診療を受け。
た日」と規定している。
控訴人は,この定義規定により国民年金法上「初診日」の意味は一義的に
明らかであって,被控訴人が同法30条の4第1項の20歳前障害基礎年金
の支給対象者に該当しないことは明らかであると主張する。
ア立法の経過
(ア)昭和34年に国民年金法が制定された当時「障害年金は,疾病に,
かかり,又は負傷し,かつ,次の各号の要件に該当する者が,その疾病
又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」という)がなおつ。
た日(その症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含
むものとし,以下「廃疾認定日」という)において,その傷病により。
別表に定める程度の廃疾の状態にあるときに,その者に支給する。一
当該傷病についてはじめて医師又は歯科医師の診療を受けた日以下初(「
診日」という)において被保険者であつた者については,初診日の前。
日において次のいずれかに該当したこと。イ∼ハ省略。二初診日にお
いて被保険者でなかつた者については,初診日において65歳未満であ
り,かつ,初診日の前日において第26条各号(注・老齢年金の支給要
件)のいずれかに該当したこと(30条)と規定し,別表において。」
は障害の範囲から内科的疾患に基づく身体障害及び精神障害が除外され
ていた。そして,同法は「特例による障害年金」として「障害福祉年,
金」の制度を設け,その一つとして「疾病にかかり,又は負傷し,そ,
の初診日において20歳未満であった者が,廃疾認定日後に20歳に達
したときは20歳に達した日において,廃疾認定日が20歳に達した日
後であるときはその廃疾認定日において,別表に定める1級に該当する
程度の廃疾の状態にあるときは,前条第1項の規定(注・障害福祉年金
の支給要件)の適用については,その者は,同項各号の要件に該当する
ものとみなす(57条1項)と規定していた。これが昭和60年法。」
付則25条により現行の20歳前障害基礎年金の制度として引き継がれ
ることになったものであることは,前述(先に補正の上引用の原判決9
頁14行目から10頁21行目まで)のとおりである。
(イ)ところで,精神障害が障害年金の対象とされたのは,昭和39年法
律第87号による改正後の国民年金法からであったが,この改正後の同
法30条1項は「障害年金は,疾病にかかり,又は負傷し,かつ,次,
の各号の要件に該当する者が,その疾病又は負傷及びこれらに起因する
疾病(以下「傷病」という)についてはじめて医師又は歯科医師の診。
療を受けた日(以下「初診日」という)から起算して3年を経過した。
日その期間内にその傷病がなおつた場合においてはそのなおつた日そ((
の症状が固定し治療の効果が期待できない状態に至った日を含む)と。
し,以下「廃疾認定日」という)において,その傷病により別表に定。
める程度の廃疾の状態にあるときに,その者に支給する。ただし,その
者が初診日において第28条の規定(注・支給の繰上げ)により老齢年
金の支給を受けていたときは,この限りでない。一初診日において被
保険者であつた者については,初診日の前日において次のいずれかに該
当したこと。イ∼ニ省略。二初診日において被保険者でなかつた者に
ついては,初診日において65歳未満であり,かつ,初診日の前日にお
いて第26条に規定する要件(注・老齢年金の支給要件)に該当したこ
と」と規定し「初診日」を障害年金又は障害福祉年金の支給要件に。,
使う規定の仕方は従前どおり維持された。
(ウ)他方,厚生年金保険法(昭和29年法律第115号)は,旧厚生年
金保険法(昭和16年法律第60号)を引き継ぎ,当初から精神障害に
ついても障害年金の対象とし,その受給権者を「被保険者であつた間に
疾病にかかり,又は負傷した者が,その傷病につきはじめて医師又は歯
科医師の診療を受けた日から起算して3年を経過した日(その期間内に
その傷病がなおつた場合においては,そのなおつた日)において,その
傷病により別表第一に定める程度の廃疾の状態にある場合(47条1」
),,項と定め発症日における被保険者資格を要件としていたのであるが
昭和60年法律第34号による改正によって「疾病にかかり,又は負,
傷し,その疾病又は負傷及びこれらに起因する疾病(以下「傷病」とい
。)(「」うにつき初めて医師又は歯科医師の診療を受けた日以下初診日
という)において被保険者であつた者が,当該初診日から起算して1。
年6月を経過した日(その期間内にその傷病が治つた日(その症状が固
。),定し治療の効果が期待できない状態に至つた日を含むがあるときは
その日とし,以下「障害認定日」という)において,その傷病により。
次項に規定する障害等級に該当する程度の障害の状態にある場合」と規
定されることとなり,初診日における被保険者資格を要件とする制度に
改められた。
(エ)以上のような立法の経過に照らすと,立法者は,傷病について,そ
の発症日と初診日の概念を明確に区別した上で,精神障害なかんずく精
神病のうちで発生頻度の高い統合失調症に起因する障害(以下「精神,
障害」というときは,主に統合失調症に起因する障害を念頭に置いて考
えることとする)についても,定義文言どおりに「初診日」の概念を。
適用すべきものとしているようにみえないでもない。
(オ)しかしながら,精神障害が障害年金の対象とされた昭和39年の国
民年金法の改正時に「初診日」の要件との関係で精神障害の特質につ,
いて検討が加えられた上で,支給要件該当性につきその特質を考慮した
解釈の余地を一切認めないものとする決断がされた形跡をうかがうこと
はできない。また,昭和60年法は,基礎年金制度の導入に当たって,
社会保険制度としての被保険者要件の判断時期を一般的に統一したもの
であって,このときにも,特に精神障害の特質が考慮された形跡をうか
がうことはできない。
(カ)したがって,通常の疾病と異なり「ありふれた病気の一つ」であ,
りながら「その原因について今のところ不明」であり,今日でも誤解,
されることの多い病気であって(乙37,発病から医師の診療を受け)
,,,るに至るまでの期間が本人や家族等の偶然的な判断行動に左右され
長期化しがちであるという精神障害の特質を考慮に入れた上で,それで
もなお,精神障害についても,実際に医師の診療を受けた「初診日」に
20歳未満であることを,20歳前障害基礎年金の要件とすべきである
と解するのが立法者の意思であると速断することはできないというべき
である。
イ20歳前障害基礎年金の支給要件である「初診日」の要件の趣旨と統合
失調症
(ア)そこで,国民年金法が,拠出制障害基礎年金及びこれを福祉的見地
から補完するものと位置付けられる20歳前障害基礎年金の支給要件の
判定日をいずれも「初診日」と規定した趣旨について考えるに,国民年
金法30条に関する立法担当者の解説書(乙6の173∼174頁)に
は「このように本法(国民年金法)においては,初診日における資格,
なり年齢なりが要件の一つとされたのであるが例えば厚生年金保険注,(
・上記アの昭和60年法律第34号による改正前のものである)にお。
いては傷病の発病日における被保険者資格を要件としてこれを定めてい
る例もあり,発病日における資格等を要件とすることもできるのである
が,これを採らなかったのは,被用者のごとく一定の職場において健康
管理がおこなわれ,また,医療保険による保障が行われている場合と異
なり,本法の適用者については傷病がいつ発生したかを把握することは
技術的に困難であるからである。また,障害年金の支給事由である傷病
がなおった日または固定した日における被保険者資格等を要件とする考
え方もあるが,つぎに述べる保険料拠出要件との関連において,逆選択
がおこなわれる可能性が大きいので,不適当とされたものである」と。
,,(「」。)記載されておりこれによれば傷病の発生日以下発症日という
とせずに初診日によることとしたのは,国民年金の保険者が個々の傷病
の発生時期を確認するのは困難であるという,専ら技術的な理由による
ものであることが明らかである。
(イ)思うに,社会保険制度による保険給付としての性格に照らせば,障
害基礎年金の支給要件としては,医学的に見て当該傷病の発症日を基準
にするのが最も適切なはずであり,保険事故発生の可能性が高くなって
から保険に加入するという,いわゆる逆選択の可能性が完全に排除され
るという意味で,制度本来の趣旨にも合致すると考えられる。しかし,
大部分の傷病においては,発症日と初診日は接着しているのが通常であ
ると考えられるから,初診日を基準にしても余り不都合は生じないので
あって,制度設計としては,むしろ初診日を基準にした方が,裁定機関
による画一的かつ迅速な認定を可能にするものとして合理的である。
国民年金法30条1項及び同法30条の4において,いずれもその支
給要件の判定日を「初診日」と規定されているのは,上記のように大部
分の傷病において発症日と初診日が接着しているという前提ないし擬制
の下に,裁定機関による画一的かつ迅速な認定を実現するという観点か
ら,初診日をもって画一的に発症日と取り扱うことにしたものであると
解される。
,,,(ウ)そうすると立法者はその前提ないし擬制が現実と大きく乖離し
社会保険制度による救済としての給付を必要とする障害が救済の対象か
ら排除されてしまうような場合についてまで「初診日」の要件を形式,
的に適用してこれを排除する趣旨であったものと解するのは相当でな
い。
(エ)前記認定(先に補正の上引用の原判決23頁1行目から22行目ま
で)及び上記ア(カ)のとおり,統合失調症については,大部分は15歳
から35歳までに発病し,最も多いのは17,18歳から26,27歳
,,までの約10年間であるとされ本人に病識がないのが通常であること
社会の偏見もあって家族も困難な立場に置かれること等の医学的,社会
的要因により,発病から医師の診療を受けるに至るまでの期間が長期化
しがちであるという特質があるから,被控訴人のように,20歳になる
,,前に統合失調症を発症してもその段階で医師の診療を受けるに至らず
病状が進行し悪化して,20歳を過ぎてから初めて医師の診療を受ける
こととなるという事例は類型的に十分予想し得ることである。
このような者について,発症日と初診日が接着しているという前提を
全く欠くにもかかわらず,この「初診日」の要件を文言どおりに形式的
に解釈して,同法30条の4の適用を拒むのは,前述のような立法の経
過を有する20歳前障害規定の本来の趣旨に反するものといわざるを得
ない。そして,統合失調症について,20歳になる前に統合失調症を発
症し医師の診療を必要とする状態にあったか否かを医師の診断に基づき
事後的に判定することは,何ら不可能なことではないし,その診断,判
定について,医学的に客観性,公平性を確保することができないなどと
いうことはできない。
(オ)したがって,統合失調症を発症し,医師の診療を必要とする状態に
至った時点において20歳未満であったことが,医師の事後的診断等に
より医学的に確認できた者は,同法30条の4に規定する「その初診日
において20歳未満であつた者」との要件を満たすものと解するのが相
当である。
ウ知的障害及び先天性の身体障害の取扱い
年金行政の実務においては,知的障害及び先天性の身体障害について,
実際に20歳前に医師の診療を受けたか否かにかかわらず,一律に,疾病
等にかかりその初診日において20歳未満であった者として,20歳前障
害基礎年金を支給する取扱いがされている。この行政実務の運用について
は,原判決24頁7行目から25行目までに記載のとおりであるから,こ
れを引用する。このような行政実務の運用は「初診日」の要件を文言ど,
おりに形式的に解釈するのは20歳前障害規定の本来の趣旨に反し,立法
の趣旨が,社会保険制度による救済としての給付の可能性を合理的に探求
すべきものであることを示しているものといえる。
控訴人は,知的障害及び先天性の身体障害を負った者は,乳幼児期に医
師の診察を受けているのが通常であり,また,就学の際にも健康診断があ
るので,それらが「初診日」と解される旨の主張をするが,控訴人自身,
原審においては「知的障害及び先天性の身体障害については,実際に2,
0歳前に医師の診療を受けていなくても・・・無拠出制の障害基礎年金,
が支給されている」と主張していたのであり,就学時の健康診断や乳幼児
期の診察にまでさかのぼって「初診日」の文理に拘泥する必要はないとい
うべきである。
エ国民年金に任意加入することの期待可能性
20歳前障害基礎年金は,拠出制障害基礎年金に任意加入することがで
きない場合の補完的な性質を有するものであるところ,20歳以上の学生
については,任意加入の申出をすることにより,申出をした日に被保険者
資格を取得することができるとされていた(国民年金法附則(ただし,昭
和60年法律第34号による改正前のもの)6条。)
控訴人は,このことを根拠に,被控訴人のような20歳以上の学生につ
いては,補完的な性質を有する20歳前障害基礎年金の規定を適用する基
礎を欠くと主張するが,被控訴人のように20歳になる前に既に統合失調
症を発症した者が,国民年金に任意加入することの意味,得失を正しく認
識,理解して,加入の要否を判断するのは,一般的に困難と考えられるか
ら,被控訴人が国民年金に任意加入することを当然に期待できたというこ
とはできない。したがって,上記主張は採用することができない。
オ国民年金法上「初診日」を要件とする他の規定の解釈
国民年金法上「初診日」を要件とする他の規定として,障害等級該当性
の認定の基準日(障害認定日)に関する30条1項,30条の4及びこれ
を前提とする事後重症制度に関する30条の2,30条の4第2項,第3
項,被保険者期間及び保険料納付要件に関する30条1項並びに併合障害
の認定に関する30条の3第1項,第2項があるが,以上については,い
ずれも一義的明確に定まることが要求され,かつ,上記の統合失調症の特
質を考慮する必要はないから,これらの関係規定を統合失調症を発症した
者に適用する場合であっても,その「初診日」については,文言どおり初
めて医師の診療を受けた日と解するのが相当である。
控訴人は,単一の法律の中で「初診日」という同一の用語が複数用いら
れているのに,その一部について,しかも統合失調症の場合に限定して,
異なる趣旨に解釈するのは,法の解釈適用の混乱を招くもので,許されな
い旨主張する。しかし,発病から医師の診療を受けるに至るまでの期間が
長期化しがちであるという特質を有する統合失調症について,20歳前障
害基礎年金の支給要件としての「初診日」の要件を文言どおりに形式的に
解釈するのは合理性を欠き,20歳前障害規定の本来の趣旨に反すること
は前示のとおりである。これに対し,その余の「初診日」を要件とする規
定については,いずれも一義的明確性が要求され,統合失調症の特質を考
慮する必要はないのであるから,このような場合には,一つの法律の中の
同じ文言であっても,限られた場面でのみ,これを他と異なる趣旨に解釈
することができるというべきである。
カまとめ
以上の検討によれば,学生であって,20歳となってから,国民年金に
任意加入することのないまま,医師による統合失調症の診療を受け,拠出
制障害基礎年金の支給を受けられない者が,医師の事後的診断等により,
統合失調症の症状が発現して医師の診療を受けることを必要とする状態と
なった時点が20歳前であると認められる場合には,国民年金法30条の
4に規定する「その初診日において20歳未満であつた者」との要件を満
たすと解するのが相当である。そして,前記(2)ア及びイのとおり,被控
,,,訴人は医師の診断により20歳となる前に統合失調症の症状が発現し
医師の診療を受けることが必要となったことを医学的に証明しているか
ら,本件処分時において,20歳前障害基礎年金の支給要件を満たしてい
たと認められる。
したがって,本件処分は違法であるから取り消されるべきである。
,,キなお上記カの判断に関連するその余の控訴人の主張についての判断は
次のとおり補正するほかは,原判決30頁16行目から33頁22行目ま
でに記載のとおりであるから,各冒頭の符合を除き,これを引用する。
(ア)原判決31頁17行目の「画一的処理」から24行目の「できない
こと」までを「画一的な処理を必要とする行政上の要請を損なうことな
く具体的妥当性を求めることは可能なのであって,むしろ,裁定機関に
よる画一的かつ迅速な認定を実現するという観点から一律に定めざるを
得なかった規定について,合理的で柔軟な解釈により立法の趣旨目的を
実現することは,立法者の合理的意思に沿うものとして期待されている
ものと考えられること」にそれぞれ改め,末行の「拡張」を削る。
(イ)原判決32頁10行目の「前記(ア)の判断」を「上記の判断」に改
め,11行目冒頭から25行目末尾までを削る。
(ウ)原判決33頁4行目の「前記ウ(ア)のとおり」を「上記認定のとお
り原判決23頁1行目から22行目までに12行目の前記(ア)()」,「
の判断」を「上記の判断」にそれぞれ改める。
3以上によれば,被控訴人の本件請求は理由があるから認容すべきであり,こ
れと同旨の原判決は相当である。
よって,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決
する。
東京高等裁判所第22民事部
裁判長裁判官石川善則
裁判官倉吉敬
裁判官德増誠一

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