弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人らは無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は、各被告人及び弁護人駿河哲男外一名並びに同高橋融外四名作
成の各控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は検事辰巳信夫作成の答
弁書記載のとおりであるから、これを引用する。これに対し当裁判所は次のとおり
判断する。
 原審記録及び証拠物を精査し、当審における証拠調の結果に徴し按ずるに、
 弁護人駿河哲男外一名の所論は、原判決摘示の弁護人らの主張に対する判断の項
第四公訴棄却の申立に対する判断に対する非難であるが、この点に関する原審判断
は首肯できるのであつて、所論は独自の見解にすぎず、論旨は理由がない。
 次に被告人ら及び弁護人らの爾余の論旨に関する原審判断も亦概ねこれを首肯す
るに足りるのであるが、当裁判所は法令の解釈適用につき別異の見解を有するの
で、職権をもつて按ずるに、
 原審は証拠に基づき末尾添付別紙(一)の事実を認定し、被告人らの禁止文書頒
布の所為に対し、公職選挙法二四三条五号、一四六条一項を、政治的目的を有する
文書を配布した所為に対し、国家公務員法一一〇条一項一九号、一〇二条一項、人
事院規則一四―七、五項一号、六項一三号を各適用したのであるが、
 一、 公職選挙法一四六条は、選挙運動のために使用する文書の頒布制限規定で
ある同法一四二条の脱法行為として、選挙期間中の一定の文書の頒布を禁止してい
るのであるから、同法一四六条一項の文書は同法一四二条一項の文書とは異なり、
文書の外形、内容自体からみて選挙運動のために使用するものと推知され得る文書
(昭和三五年(あ)第一一七三号同三六年三月一七日第二小法廷判決、刑集一五巻
三号五二七頁参照)とは認められない場合ではあるが、右文書の使用の形態等を綜
合判断して、同じく、選挙運動のために使用するものと認められる場合でなけれ
ば、その頒布は同法一四六条一項にいう同法一四二条の禁止を免かれる行為には該
当しないといわなければならない。(昭和三〇年(あ)第三七一八号同三一年四月
一三日第二小法廷判決、刑集一〇巻四号五七八頁は、「公職選挙法一四六条に違反
する罪の成立には、その行為にあたり特定の候補者の当選を得しめる目的のあるこ
とを要しない」と判示するが、同条の文書が選挙運動のため使用する文書と認めら
れることまで否定する趣旨とは解せられない。)
 <要旨>ところで、選挙運動とは特定の選挙につき特定の議員候補者を当選させる
ため投票を得又は得させるに付き、直接又は間接に必要且つ有利な周旋、勧
誘若しくは誘導その他諸般の行為をすることといわれる(昭和三八年(あ)第九八
四号、同年一〇月二二日第三小法廷決定、刑集一七巻九号一七五五頁参照)のであ
るが、ここで問題となるのは特定の議員候補者を当選させるためという意味であ
る。公職選挙法では選挙は投票により行い、選挙人は投票用紙に当該選挙の公職の
候補者一人の氏名を自署して投票するいわゆる単記投票の方式をとつている。即ち
投票は確定の一人の候補者に向けられているのであるから、選挙運動にいう特定の
議員候補者を当選させるためということも、確定の一人の候補者の当選目的を意味
するのであつて、複数の候補者の当選目的ということは、選択的に多数の中から確
定の一人に一票を求めるという選挙運動の本義に添わないものである。(もつと
も、選挙区を異にする場合は各選挙区毎に確定の一人ということになるから、多数
選挙区の各確定の一人の候補者の総計ということになれば、確定の複数の候補者の
当選目的ということが特定の候補者の当選目的ということを意味し得るのは勿論で
ある。)このように解することは、選挙の実態にも即するし、公職選挙法の目的に
も添うものと考える。蓋し、公職選挙法一条は「この法律は、日本国憲法の精神に
則り、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する
選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正
に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期することを目的とす
る。」と規定しているのであるが、選挙運動はもとより政治運動の一形態であり憲
法二一条の保障する表現の自由の政治面における最も普遍的な行為現象であるか
ら、その解釈は厳格になされるべきであり、公職選挙法の定める選挙運動のために
使用する文書の頒布等の制限規定についていえば、その制限目的は経済的事由と選
挙の公正を理由とするものであろうが、紙に関する経済的理由は現今その意味を失
い、選挙費用の平等等の問題は選挙費用額の制限をもつて賄い得ることであるか
ら、本来自由であるべき個人の政治運動の制限としては選挙の公正即ち選挙人の自
由な意思の表明を阻害するか否かにかかるといえるのであるが、自由意思の阻害は
確定の一人の候補者の当選目的の場合にこそその意味があり、確定はしていても複
数の候補者を選択的に推薦する場合は自由な選挙意思の拘束、阻害として刑罰をも
つて臨むべき行為とは解せられないのである。
 最高裁判所判例(昭和四三年(あ)第四八七号、同四四年三月一八日第三小法廷
判決、刑集二三巻三号一七九頁)は公職選挙法一四二条一項の選挙運動のために使
用する文書につき、「その選挙運動において支持されている候補者(または立候補
が予測ないし予定された者)は、一人であることを必要とせず、特定されていれ
ば、複数人であつてもさしつかえない。」と判示するが、事案は、確定の一人の候
補者に当選を得させる目的があることを認定しているのであり、文書の内容も同一
政党の各選挙区における各確定の一人の候補者の集計が複数であるというに過ぎな
いものと推測されるのであつて、本件のように各選挙区毎に複数政党の複数候補者
のある場合にまで、特定の候補者といい得るかを直ちに決し得る先例とは考えられ
ない。(東京高等裁判所昭和三五年(う)第二六二四号、同三六年六月六日判決、
高等裁判所判例集一四巻四号二二二頁もいわゆる革新候補者の氏名を列記した文書
につき、特定の候補者の当選を目的としたものとして公職選挙法一四二条にいう選
挙運動のために使用する文書にあたる事例と認めているが、これ亦、各選挙区毎に
確定の一人の氏名を列記したものと推測され、本件に適切でない。)
 かようにみてくると、確定されてはいるが、選挙区毎に複数の政党名及びその各
候補者の氏名を列記した文書は、候補者の特定を欠くが故に、それだけでは公職選
挙法一四二条一項の選挙運動のためにする文書に該らないし、又それを頒布して
も、右複数の確定者の一選挙区における確定の一人のための当選目的を認めるべき
特段の事情がない限り、選挙運動のために使用する文書の頒布禁止を免かれる行為
として同法一四六条一項の禁止に違反するものとはいえないのである。(このよう
な解釈が、公職選挙法一四二条、一四六条の合憲性を判示した最高裁判所判例(昭
和三〇年四月六日刑集九巻四号八一九頁、同年三月三〇日同集同巻三号六三五頁各
大法廷判決等)に反するものでないことは説明を要しない。)
 本件文書は、前記のように革新政党の候補者を推薦し、各選挙区毎に社会党、共
産党の複数候補者の氏名を列記したものである。(もつとも、伊豆七島については
共産党候補者一名のみを記載しているが、文書の綜合的判断からこの者についての
み特段の意味をもたせるわけにはいかない。)その内容は革新候補者らの推薦であ
り、確定の一人の候補者の当選を得させることを目的とするものとは認められな
い。その配付行為等から綜合判断しても、その目的を確定の一人の当選に限定すべ
き特段の事情は見当らないのであつて、選挙運動のために使用する文書の頒布の禁
止を免かれる行為とは認められないのである。被告人らの本件文書の頒布は公職選
挙法一四六条一項に違反しない。
 二、 次に国家公務員法違反の点であるが、人事院規則一四―七、五項一号は政
治的目的として同規則一四―五に定める公選による公職の選挙において、特定の候
補者を支持し又はこれに反対することと定めているのであるが、ここにいう特定の
意義は前記選挙運動に関して判示したように確定の一人を意味するものと解する。
 蓋し、政治的目的一般としては特定の意味を確定の複数者とも解し得る余地はあ
るが、本号の目的は正に公職選挙法一三六条の二において公務員の選挙運動とみな
されるものであり又行為の内容においても同法条二項四号に定めるものは、公務員
の地位利用を要件としてはいるが、人事院規則一四―七、六項一三号に定める政治
的行為と等しい。しかして、その違反に対する法定刑は、公職選挙法においては二
年以下の禁錮又は三万円以下の罰金であり(同法二三九条の二、二項)、国家公務
員法違反においては三年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金である(同法二〇条一
項一九号)。もとより各法の立法目的は異なるであろうが、行為の目的、内容を同
じくする二者については、刑の均衡の面からいつても後者において定める特定の意
義を前者において定める意味よりも広義に解すべきではないと考える。それ故本件
文書は候補者の特定性を欠き政治的目的を有する文書に当らない。
 三、 ところで、仮に前記特定の意義を確定の一人と限定すべきではなく、確定
の複数者をも含むと解するのが正当であるとして、更に本件被告人らの所為の可罰
性について考察するに、
 先ず、国家公務員法違反の点から按ずるに、国家公務員が他の公務員と異なり政
治的目的を有する政治的行為を処罰されることは合理的な理由があることではあろ
うが、この点に関し一応政治的目的、政治的行為という二重の枠はめはしているに
せよ、いわば一般的禁止を規定する国家公務員法、人事院規則の法条は憲法二一条
の定める言論の自由の立場から合憲的に解釈されねばならないのであつて、この観
点からすれば国家公務員の処罰の対象となる政治的行為は、それが国家公務員とし
ての立場換言すれば国家公務員の地位に基づく行為でなければならない。蓋し、一
私人としての行為まで国家公務員であるが故に処罰されなければならない理由はな
い。国家公務員の地位に基づく行為であるか否かは、広く行政の中立性の立場か
ら、行為の主体即ち行為者の職務が裁量権ある管理職の地位にある者であるか否
か、行為の態様が、勤務時間内か否か、勤務庁施設の内か外か、行為の内容が公務
員の地位又は職務に関運するか否か等により客観的に判断されるべきであり、非管
理職の公務員の勤務時間外、勤務庁施設外の、公務員の地位又は職務に関連性のな
い行為は、たとえ政治的目的を有する政治的行為であつても、国家公務員法の定め
る政治的行為の禁止に違反しない。このように解することは、同法条の合憲性を判
示する最高裁判所の判例(昭和三三年三月一二日、同年四月一六日各大法廷判決、
刑集一二巻三号五〇一頁、同六号九四二頁参照)の趣旨に反するものではなく、同
法の目的、立言に矛盾するものでもない。むしろ人事院規則一四―七、四項が勤務
時間外の行為をも処罰の対象とし、同一四―七、六項一号に、職名、職権又はその
他の公私の影響力利用を政治的行為として掲げていること、前出の公職選挙法一三
六条の二が公務員の地位利用という合理的な理由により選挙運動として政治活動を
制約していること及び国家公務員法の罰則の法定刑の重いこと等の反面解釈から非
管理職の公務員の地位に基づかない行為を除外する趣旨であることが窺われるので
ある。
 本件において、被告人らの所為は原判決も認定するように、行為の態様として勤
務時間に近接し、勤務庁施設内の行為であり、この限りにおいて公務員の立場に基
づく行為といわざるを得ないのであるが、行為の主体の面からいえば、被告人Aは
統計官の地位にあつたとはいえ、その職務内容は他の両被告人と共に裁量権のない
機械的職務に従事する非管理職と見るべきものであり、行為の態様としては、組合
の候補者推薦決定を内容とする文書の配付であつて、その方法は組合の日常活動と
してとられていたいわゆる朝ビラの配付であるから、たまたまその行為が形式上政
治的行為に該当するにせよ、組合活動に随伴する行為として違法性は低いのみなら
ず、原審認定結果も被告人Aは一一枚、同A1は六枚、同A2は一四枚の各同僚に
対する配付であり、被告らの主観においても、割り当てられた組合の日常行動とし
ての意識が主潮をなすもので、違法性の認識において軽度のものというべきである
から、以上を綜合すれば、被告人らの所為は社会生活上行為の通常性を有するもの
であつて、実質的違法性を欠き、刑罰をもつて処断するに価する行為とは認められ
ない。この観点からすれば、畢竟、被告人らの所為は国家公務員法一一〇条一項一
九号に該らない。
 しかして、この理は、被告人らの所為の公職選挙法二四三条五号該当性について
も妥当し、たまたま被告人らの所為が形式上公職選挙法一四六条一項違反に該当す
るにせよ、その行為の態様、被告人らの主観において行為の通常性を有し、実質的
違法性を欠き被告人らの所為は公職選挙法二四三条五号に該当しない。
 してみれば、以上いずれの面からみても本件は罪とならない。
 よつて、爾余の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条、三八〇条に則
り、被告人らに対し有罪を認定した原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に則り更に
判決する。
 本件公訴事実は末尾添付別紙(二)のとおりであるが、右記の理由により被告人
らの所為は罪とならないことになるから、同法四〇四条、三三六条に則り被告人ら
に対し無罪の言渡をする。
 よつて、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 堀義次 判事 高橋幹男 判事 林修)
 別紙(一)
 (罪となるべき事実)
 被告人ら三名は、何れも、総理府事務官として、東京都新宿区若松町九五番地所
在の総理府統計局(以上「統計局」と略称)に勤務し、被告人Aは同局製表部受託
製表課第五係に、被告人A1は同局製表部経済製表課家計調査換算第三係に、また
被告人A2は同局製表部人口製表課職産符号第二係に夫々所属する一般職の国家公
務員であり、夫々、昭和四〇年七月当時組合員約四〇〇名を有した統計局職員組合
に所属したものであるが、被告人ら三名は、夫々、昭和四〇年七月八日公示に基き
同年同月二三日施行の東京都議会議員選挙に際し、別紙一覧表(一)及び(二)記
載の日本社会党から立候補したBほか五六名、日本共産党から立候補したB1ほか
三五名の当選を得しめる目的で、その選挙運動の期間中である昭和四〇年七月九
日、前記統計局構内において、公職選挙法第一四二条の禁止を免れる行為として
 第一、 被告人Aは、右同日午前八時五〇分ごろから同日午前九時七分ごろ迄の
間、前記統計局西門内側附近において、単独若しくは右統計局職員組合の書記で国
家公務員たる資格を有しないCと共謀のうえ、縦約一八センチメートル、横約二五
センチメートルの藁半紙を半裁にした用紙の表面に、縦書で二行に「都議選いよい
よ始まる」「=我々の真の代表を選ぼう=」と比較的大きな文字で表題を付し、さ
らに行を改めて、「参議院選挙が終り都議選も昨8日告示され開始された。今回の
都議選は長い間隠されていた自民党議員の汚職が、都民の前に明るみに出され、”
自民党都政はもう許せない”という激しい都民の怒りの中で、都議会解散を勝ちと
つた選挙です。参選における自民党の完敗は都民がこうした都議会における汚職、
腐敗の政治に対してきびしい判断を下した結果なのです。高物価、重税、交通地
獄、水ききんと毎日悩まされているのはこの悪政の結果です。住み良い明るい東京
都にする為に重要な選挙です。我々の代表を一人でも多く出す様みんなで一人の棄
権者もなく23日は投票しましよう。組合としては大会の政治活動の自由、政党支
持の自由の原則の上に立つて先の中央執行委員会で社、共両党支持を決定し、都議
選において次の候補者を推せんいたしましたのでお知らせいたします。」と、一一
行に亘り、比較的小文字で記載し、さらにその余白(表面の紙面の約半分弱)及び
これに続けてその裏面の約三分の一弱を費し、上、下二段に枠組をして、その各枠
内をさらに横に三段に分ち、各々上から選挙区、社会党所属の同選挙立候補者氏
名、共産党所属の同様立候補者氏名(記載上は単に社会党、共産党と表示)と区分
をした欄内に、社会党については千代田区ほか二三の特別区、北多摩郡ほか二郡、
八王子市ほか八市に亘る前記一覧表(一)記載のその立候補者の全員、共産党につ
いては右選挙区のほか伊豆七島を含めた各選挙区に亘る右一覧表(二)記載の殆ん
どの立候補者(新宿区において立候補した共産党のDのみを除く全員)の氏名を表
示(なお、社会党についてはD1をD2と、D3をD4と、D5をD6と、共産党
についてはD7をD8と、D9をD10と夫々表示)し、これに引き続いて、右裏
面の余白に原水禁大会についての日程、原水禁問答、ソフト寄席の案内等を記載
し、その裏面左下隅に統計職組教宣ニユース№一五〇なる記載のあるビラ一一枚を
折柄登庁中の同局職員E、E1(以上同被告人のみの単独犯)、E2、E3、E
4、E5、E6、E7(情を知らない右E6を介して配布)、E8、E9、E10
(以上Cと共謀)に対し夫々一枚宛配布し、
 第二、 被告人A1は、右同日午前九時ごろから同日午前九時八分ごろ迄の間、
右統計局北側の仮門内側附近において、右統計職組教宣ニユース№一五〇、六枚を
折柄登庁中の同局職員E11、E12、E13、E14、E15、E16に対し、
夫々一枚宛配布し、
 第三、 被告人A2は、前記統計局勤務の職員で右組合所属の氏名不詳の組合員
二名位と共謀のうえ、同日午前八時四五分ごろから同日午前九時一〇分ごろまでの
間、右統計局南側の裏門内側附近において、右統計職組教宣ニユース№一五〇、一
四枚を、折柄登庁中の同局職員E17、E18、E19、E20、E21、E2
2、E23、E24、E25、E26、E27、E28、E29、E30に対し、
夫々一枚宛配布し
 もつてこれを頒布するとともに、政治的目的を有する右のような統計局職員組合
発行名義の文書を夫々配布することによつて、人事院規則で定める政治的行為をし
たものである。
別紙一覧表(一)
<記載内容は末尾1添付>
別紙一覧表(二)
<記載内容は末尾2添付>
別 紙 (二)
<記載内容は末尾3添付>

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