弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決及び第一審判決を破棄する。
     本件を青森地方裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人高橋潔の上告趣意について。
 所論は、原判決の判例違反を主張するけれども、控訴趣意は、単に犯意について
の事実誤認の主張にすぎなかつたのであり、原判決が所論の事項につき法律上の判
断を示しているものとはいえないから、判例違反の論旨を容れることはできない。
しかし、つぎの理由により、結局、原判決は破棄を要するものと認められる。
 すなわち、第一審判決の確定する本件犯罪事実は、被告人はりんごの仲買を業と
するものであるが、Aに対し、りんご「国光」五百箱を売り渡す契約(上越線a駅
渡の約)をし、その代金六十二万五千円を受領しながら、履行期限が過ぎても、そ
の履行をしなかつたため、Aより再三の督促を受けるや、昭和二三年四月一一日そ
の履行の意思のないのにAを五能線b駅に案内し、同駅でBをしてりんご四百二十
二箱の貨車積を為さしめ、これに上越線a駅行の車標を挿入せしめ、「恰も林檎五
百箱をa駅迄発送の手続を完了し着荷を待つのみの如くAに示してその旨同人をし
て誤信させAが安心して帰宅するやその履行を為さず因て債務の弁済を免れ以て財
産上不法の利益を得たものである」というのである。
 しかしながら、刑法二四六条二項にいう「〔人ヲ欺罔シテ〕財産上不法ノ利益ヲ
得又ハ他人ヲシテ之ヲ得セシメタル」罪が成立するためには、他人を欺罔して錯誤
に陥れ、その結果被欺罔者をして何らかの処分行為を為さしめ、それによつて、自
己又は第三者が財産上の利益を得たのでなければならない。しかるに、右第一審判
決の確定するところは、被告人の欺罔の結果、被害者Aは錯誤に陥り、「安心して
帰宅」したというにすぎない。同人の側にいかなる処分行為があつたかは、同判決
の明確にしないところであるのみならず、右被欺罔者の行為により、被告人がどん
な財産上の利益を得たかについても同判決の事実摘示において、何ら明らかにされ
てはいないのである。同判決は、「因て債務の弁済を免れ」と判示するけれども、
それが実質的に何を意味しているのか、不分明であるというのほかはない。あるい
は、同判決は、Aが、前記のように誤信した当然の結果として、その際、履行の督
促をしなかつたことを、同人の処分行為とみているのかもしれない。しかし、すで
に履行遅滞の状態にある債務者が、欺罔手段によつて、一時債権者の督促を免れた
からといつて、ただそれだけのことでは、刑法二四六条二項にいう財産上の利益を
得たものということはできない。その際、債権者がもし欺罔されなかつたとすれば、
その督促、要求により、債務の全部または一部の履行、あるいは、これに代りまた
はこれを担保すべき何らかの具体的措置が、ぜひとも行われざるをえなかつたであ
ろうといえるような、特段の情況が存在したのに、債権者が、債務者によつて欺罔
されたため、右のような何らか具体的措置を伴う督促、要求を行うことをしなかつ
たような場合にはじめて、債務者は一時的にせよ右のような結果を免れたものとし
て、財産上の利益を得たものということができるのである。ところが、本件の場合
に、右のような特別の事情が存在したことは、第一審判決の何ら説示しないところ
であるし、記録に徴しても、そのような事情の存否につき、必要な審理が尽されて
いるものとは、とうてい認めがたい。ひつきよう、本件第一審判決には、刑法二四
六条二項を正解しないための審理不尽、理由不備の違法があるものというべく、同
判決およびこれを支持して控訴を棄却した原判決は、刑訴四一一条一号により破棄
を免れないものである。
 よつて同四一三条に従い、全裁判官一致の意見で、主文のとおり判決する。
 本件公判期日には、検察官安平政吉が出席した。
  昭和三〇年四月八日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎

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