弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人成田篤郎の上告理由第一点について。
 論旨は、被上告人が上告人の賃料として供託した金員を受領した以上は供託原因
と異なる趣旨で受領した旨の主張をなしえない筈であるのに、原審が右供託金の受
領によつても賃貸借契約の存在を承認したことにならないと判示したのは、民法四
九四条の解釈適用を誤つたものであるという。しかし、原判決の確定したところに
よれば、被上告人らが右供託金を受領した当時、上告人および被上告人ら間に本件
土地につき賃貸借契約の成否をめぐつて争いがあり、被上告人らが右供託金を受領
するに先き立つて上告人に対し、右供託金は上告人に対する被上告人らの本件建物
明渡義務不履行による損害賠償請求権の内入弁済として受領する旨の申入れをなし
たというのであり、このような事情の認められる場合においては、被上告人らが上
告人の賃料として供託した金員を受領したとしても、これをもつて本件建物賃貸の
対価たる賃料として受領したものとは解されず、従つて右受領によつても別段賃貸
借契約の存在を承認したものというべきものでないことは、当裁判所の判例(昭和
三六年(オ)第二一五号、同三九年二月一四日第二小法廷判決)の趣旨に徴して明
らかなところである。従つて論旨は採用できない。
 同第二点について。
 論旨は、原審が、被上告人らの金五〇万円の支払と上告人の本件建物明渡とは同
時履行の関係にあることを認めながら、被上告人らの金五〇万円の弁済の提供、さ
らには供託の事実もないのに、上告人に本件建物明渡義務の履行遅滞があると判断
したのは、民法五三三条、四九四条の解釈適用を誤つたものであるという。
 原判決によれば、上告人の本件建物明渡義務はその敷地明渡の義務と共に被上告
人ら先代亡Dの金五〇万円支払の義務と同時履行の関係に立つものであり、右Dも
しくは被上告人らが上告人に対して右金員の提供をしなかつたことは当事者間に争
いのないところであるが、上告人は、本件和解成立後その無効を主張し、右建物お
よび敷地明渡期限に先き立つて早くも右Dを被告として右和解調書に基づく強制執
行に対する請求異議の訴を提起し、敗訴の一審判決を受け、控訴したところ、控訴
棄却の判決を受け、さらに上告をなしたものであつて、このように本件建物および
敷地明渡義務の存在を極力争つている上告人の態度に徴すると、被上告人らにおい
て前示金員を提供しても上告人がその受領を拒絶することが明らかであり、かつそ
の翻意も期待しえないというのであり、右認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照
らして首肯しうるところである。しかして、このように同時履行の関係にある双務
契約の当事者の一方がその債務を履行しない意思を明確にしている場合には、他方
当事者において履行の提供をしなくても右一方の当事者は同時履行の抗弁権を行使
して債務不履行の責を免れることを得ないものと解すべきことは、大審院の判例(
大正一〇年(オ)第六七二号同年一一月九日判決、民録二七輯一九〇七頁参照)と
するところであり、本件においてこれを変更する必要は認められない。従つて、論
旨は採るを得ない。
 同第三点について。
 論旨は、被上告人ら先代亡Dは本件和解において本件建物明渡期限後の損害金債
権を放棄したとの上告人の抗弁を排斥した原判決には、審理不尽、理由不備の違法
があるという。しかし、本件和解のなされたいきさつについて、原判決がその確定
した事実に基づき、所論和解条項において被上告人ら先代亡Dが上告人の本件建物
明渡期限経過後の遅延賠償請求権を放棄することまで約したものではないと判断し
たのは、相当である。また、被上告人らにおいて金五〇万円の提供をしなくても上
告人が本件建物明渡義務の履行遅滞に陥つたものと認めた原審の判断が正当である
ことは、前記第二点に対する判断に説示したとおりである。論旨は、ひつきよう、
原判決を正解しなかつた結果、前提を誤つたものであつて、採用するに足りない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のと
おり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    田   中   二   郎

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