弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
1 被告は,原告に対し,金30万円及びこれに対する平成14年1月31日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを5分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とす
る。
4 この判決は,第1項につき仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
  被告は,原告に対し,金1000万円及びこれに対する平成14年1月31日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,長女A及び長男Bと同居していた原告が,被告に対し,「C」の名称で
カウンセラーとして活動している被告が平成13年6月1日,原告の別居中の妻D
(以下「D」という。)と共にAとBを小学校と保育園から強引に連れ去って,原
告の親権を侵害したとして,不法行為に基づき慰謝料1000万円と訴状送達日の
翌日である平成14年1月31日から支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払を
求めた事案である。
1 前提事実
(1) 原告(昭和32年5月17日生)とD(昭和34年12月18日生)は平成4
年3月31日婚姻した夫婦であり,その間には長女A(平成4年7月10日生)と
長男B(平成10年9月27日生)の2人の子がいる(甲1)。
(2) 被告(昭和22年2月15日生)は,名古屋市内において「C」の名称で女性
を対象としてカウンセラーとして活動しているほか,シェルター(緊急一時避難
所)の運営を主体とする「E」の活動や,「F」の活動も行っている(乙5,
7)。
(3) 原告とDは,平成13年4月ころ別居したが,別居後まもなく,AとBは父親
である原告と共に生活するようになり,Aは愛知県春日井市立G小学校に通学し,
Bは同市内のH保育園に通園していた(甲4)。
(4) Dと被告は,平成13年6月1日,上記小学校と保育園に赴いた(争いがな
い)。
2 争点
 (1) 被告の行為の違法性
 (原告の主張)
  被告は,平成13年6月1日,何ら権限もなく,原告に対する予告等もないま
まに暴力的かつ強引に子供らを小学校と保育園から連れ去ったもので,被告の行為
は原告の親権を違法に侵害するものとして不法行為を構成する。
 (被告の主張) 
DはAとBの親権者であり,夫の下から子供らを連れ出すことは違法ではない。
 さらに,原告はDに身体的暴力を振るっていただけでなく,Aにも日常的に精神
的虐待を加えており,子供らを早急に原告の下から連れ戻す必要性があった。この
点からもDの子供らを連れ戻す行為が適法であることは明らかである。
 Dの行為が適法である以上,Dから依頼を受け,単に付添いをしたにすぎない被
告の行為は何ら不法行為を構成しない。
(2) 原告の損害
  原告は親権を侵害され,子供らとの平穏な生活が破壊された結果,多大な精神
的苦痛を被ったとして慰謝料の額を1000万円と主張し,被告はこれを争った。
第3 争点に対する判断
1 証拠(甲3,4,9,10,12ないし14,乙1ないし6,8,証人D,原
告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば以下の事実が認定できる。ただし,
甲4,乙5,乙6,証人Dの証言及び被告本人の供述のうち以下の認定に沿わない
部分は採用しない。
(1) 原告とDは平成4年の結婚当初からペット等のことが原因で口論になることが
頻繁にあった。同年8月には,口論をきっかけに原告がAを連れて家を飛び出した
ことがあり,また,平成8年12月ころには,やはり口論をきっかけにDがAを連
れて実家に戻ったところ,その後原告がDの下からAを連れ戻したりしたこともあ
った。この間Dは,平成5年4月に離婚の調停を申し立てたものの原告とやり直す
ことにし,これを取り下げたことがある。Dは,平成12年7月,離婚を決意し,
子供らを置いて家を出て,離婚の調停を申し立てると共に,子の引渡しを求める保
全処分を申し立てるなどしたが,原告とやり直すことになり,各申立てを取り下げ
た。やり直す際,原告はAをさる呼ばわりすることをやめることなどを約束した。
(乙6)
(2) 原告とDは,平成13年4月2日に再び口論になり,Dが包丁を投げ付け,こ
れに対して,原告がDに暴力を振るい,Dは約1週間の加療を要する背部,腰部,
両下肢挫傷等の傷害を負った。Dは,喧嘩の後,子供らを連れて実家に戻ったが,
まもなく原告が子供らを連れて行った。子供らは,原告の自宅でそれぞれ従前の小
学校,保育園に通学,通園し,原告は両親の協力を受けながら子供らを養育してい
た。原告が子供らを養育している間,原告がDと子供らとの面会を拒絶するといっ
たような事情はなかった。
  Dは,原告と別居を開始した直後,被告代理人I弁護士(以下「I弁護士」と
いう。)に離婚と子供らの引渡しについて相談・委任し,実家を出て原告の知らな
い住居を確保し,子供らを連れ戻した上で離婚調停を申し立てるという方針を立て
た。
 さらに,I弁護士は,精神面のケアのため,カウンセリングの専門家である被告
をDに紹介した。(甲4,乙1,5,6,証人D,原告本人)
(3) 被告は,I弁護士から今後,住居を確保してDと子供らが原告から身を隠した
上で離婚調停を申し立てるという方針について説明を受けて,被告事務所でDと会
い,Dからこれまでの原告との生活の経緯を聞き,子供らの連れ戻し方法等につい
て話し合った。
  被告は,子供らを連れ戻す方法として,Dが一度原告の下に戻って機会を見て
子供らを連れて家を出る方法を提案したが,Dはこの方法をとることに賛成せず結
論は出なかった。
平成13年5月1日,I弁護士の法律事務所で,同弁護士とDに被告も加わって打
合せを行った。子供らを連れ出す方法として,被告は,Dが一度原告の下に戻り,
隙を見て子供らと一緒に家を出る方法を再度提案したが,Dが反対し,結局,Dが
子供らが学校や保育園にいる間に連れ出すという方法を採ることが基本方針として
了解された。被告はこの方法にはあまり乗り気ではなかったが,特に反対もしなか
った。
  もっとも,この段階ではまだDの住居が決まっていなかったため,具体的にい
つ,どのように子供らを連れてくるかについてまで話し合うには至らず,準備が整
い次第Dの判断で行うことになった。
  Dは,同月31日,東海市内のアパートに引っ越しを済ませ,生活の準備がで
きたため,翌6月1日に子供らの学校と保育園に行くことにした。Dは,当初1人
で子供らを連れ出すことを計画していたが,前日になって不安になり,電話で被告
に翌日実行することを告げて急遽付添いを依頼した。これに対して,被告は最初
「そんなこと1人でやりなさい。」などと言って断っていた。しかし,どうしても
1人では心細いなどとDに懇請されたため,付添いのみという条件で承諾した。
(乙5,6,被告本人)
(4) 平成13年6月1日午前10時ころ,被告とDは,JR春日井駅で待ち合わせ
をした。被告は車を駅付近に止め,タクシーで目的地に向かうことにした。被告は
Dとタクシーに同乗し,まずAの通学するG小学校に赴いた。Dは最初1人で校内
に入って行き,被告は正門付近に駐車したタクシー内で待機していた。Dは,同女
の実父の具合が悪いなどと告げてAの引渡しを求めたが,教師がDの言動に不審を
感じて慎重を期し,Aを引き渡そうとしなかった。そのため,Dは10分くらいた
ったころ,一度タクシーに戻り,被告に対して,教師が子供を渡そうとしないので
親戚ということで立ち会って欲しいなどとと頼んだ。そこで,被告は,タクシーか
ら降りてDと共に通用門に向かった。そこで被告が,教師に対して「おばさんで
す。」,「彼女にお子
さんを渡してあげてください。」などと話しているうちに,DはAの教室に行き,
抱きかかえるようにしてAを連れてきた。被告は通用門のところでAを引き取り,
Dが後を追ってきた教師と対応している間に,Aの手を引っ張ってタクシーに乗
せ,後から乗り込んだDと共に,そのままH保育園に赴いた。
H保育園付近にタクシーを止めた後,Dは1人で保育園に入って行き,被告はAと
タクシー内で待機していた。Dは5分くらいのうちにBを連れて戻り,園長の制止
を振り切ってタクシーに乗り込んだ。
被告,Dと子供らは,そのままタクシーで春日井駅付近に戻り,被告の車に乗り換
えた。被告は,昼食をとった後,東海市内のDのアパートまで3人を送り届けてか
ら仕事場へ向かった。(甲4,13,14,乙5,6,証人D,原告本人,被告本
人)
(5) その後,Dと子供らは,前記東海市内のDのアパートで生活を始めた。被告
は,注意すべき点を電話でDにアドバイスするなどし,また,被告の自宅をDへの
郵便物の転送先とした。Aは,平成13年6月20日から新しい小学校に通うこと
になった。同日,被告はDからアパート付近で原告とその父親を見た旨の連絡を受
けた。そこで,被告はDと子供らの新しい生活場所を見付けるためにI弁護士らと
連絡を取り合って協力した。Dと子供らは,同年7月ころ,犬山市内の母子生活支
援施設に入所することになった。(甲4,9,乙5,6,原告本人,被告本人)
(6) なお,Dは,平成13年4月ころ原告と別居した後,同年5月15日に夫婦関
係調整の調停を,同年7月2日には婚姻費用分担の調停を申し立てた。同月12日
に成立した婚姻費用分担調停の調停条項中には,原告とDの別居中は,Dが子供ら
を事実上監護養育すること,原告が月額7万5000円の婚姻費用を支払うことが
定められていた。原告は,同日の調停を不服として同月25日夫婦関係調整の調停
を申し立てた。
  一方,Aは,平成13年8月ころ,原告に電話をかけ,家に帰りたい旨を訴え
た。同年10月15日の調停期日において,子の面接交渉に関して対立がとけなか
ったことから,Dらの居所を探していた原告は,同月18日,子供らを連れ去っ
た。子供らは現在原告と生活し,AはG小学校に通学し,BはH保育園に通園して
いる。(甲4,12,乙3ないし6,8,原告本人,被告本人)
(7) Dは,その後,子の監護者の指定審判の申立て,子の引渡し審判の申立て及び
審判前の保全処分(子の引渡し)の申立てをし,また,配偶者暴力に関する保護命
令を申し立てた。保護命令の申立てについては,平成13年11月7日,原告に対
して保護命令が出された。原告は,保護命令に対して即時抗告を申し立てたが,同
年12月4日,棄却された。
審判前の保全処分(子の引渡し)については同月3日,Dへの仮の引渡しを命じる
審判が出たが,平成14年4月15日,抗告審は原審判を取り消し,Dの申立てを
却下した。さらに同年9月18日,本案(子の監護者の指定審判の申立て,子の引
渡し審判の申立て)でもDの申立てはいずれも却下された。(甲3,10,乙2な
いし4)
2 争点について
 (1) 被告の行為の違法性の有無
前記1(3)及び(4)の認定事実によれば,Dは,平成13年5月1日にI弁護士の法
律事務所で同弁護士と被告も加わってなされた打合せの際の基本方針に従って,同
年6月1日の白昼,突然子供らのいる小学校と保育園を訪れ,教師や保育園園長の
制止を振り切り,実力を行使して強引に子供らを取り戻したもので,被告は,Dが
子供らを奪取するのに同行し,これに加担したものと認めることができる。
Dは,A及びBの母親として両名に対する親権を有してはいるが,子の引渡しの手
段としては本来家事審判等の法的手段によるべきであり,実力行使による子の奪取
は,その子が現在過酷な状況に置かれており,法律に定める手続を待っていては子
の福祉の見地から許容できない事態が予測されるといった緊急やむを得ない事情の
ある場合を除いて許されないというべきである。
原告は,平成13年4月までのDとの同居中に,Aを「さる」と呼んで邪険に扱っ
たり,お菓子をめぐっていやがらせをするなどしたことがあり(証人D),その養
育態度にDが不審を抱いていたことは否定できないとしても,原告が子供であるA
やBに対して暴力を振るった形跡はなく,Dとの別居後においても,子供らは,原
告の下で従前と同様のG小学校(A),H保育園(B)にそれぞれ通学,通園して
おおむね安定した生活を送っていたものであり,このことは従前から通っているG
小学校や,原告の下での生活に強い親和性を示すA作成の書面(甲11,12)か
らも充分窺うことができる。そうすると,D自身においては原告の暴力を恐れて身
を隠すという事情があったとしても,子供らについては,小学校や保育園から実力
で奪取してまで原告
の下から取り戻さなければその福祉を害するといった緊急やむを得ない事情があっ
たとは言い難く,Dが,法的な手段によらずに,子供らを白昼小学校や保育園から
強引に連れ去った行為は,社会通念上許容される限度を超えた違法なものというべ
きである。
したがって,Dに同行,加担した被告の行為も同様に違法との評価を免れず,原告
のAとBに対する平穏な親権の行使を妨げたものとして原告に対する不法行為を構
成するというべきである。
本件において原告のDに対する暴力的言動があり,いわゆるドメスティックバイオ
レンスの問題が背景にあるとしても,これはあくまで原告とDとの夫婦間の問題で
あり,Dが原告と別居した後,子供らが原告の下で安定した生活を送っていたこと
からすれば,このことが母親であるDの実力による子供らの奪取を正当化する事情
になるとはいえない。
この点,被告は,本件はドメスティックバイオレンスの問題であり,Dに同行した
当日の被告の行動に関しても,付添いの線を超えないように心がけていた旨供述す
るが,夫婦間のドメスティックバイオレンスの問題と親子の問題とは区別すべきで
あることは前記のとおりであるし,また,前記1(4)認定のとおり,被告の当日の行
動は,「おばさん」役を演じたり,Aの手を引っ張ってタクシーに乗せるなどし
て,Dの子供らの奪取行為を容易にする言動をしているのであって,単なるDの付
添い役にとどまるものとは評価できない。
以上の検討によれば,Dの子供らの奪取行為に同行,加担した被告の行為は,被告
が子供らを実力で奪取する方法に必ずしも賛成しておらず,当初はDに同行するこ
とを断っていたが,Dに懇請されて同行することになったことを考慮しても,違法
であるといわざるを得ない。
(2) 原告の損害
  被告の上記違法行為により原告の親権は侵害されたものであり,これにより原
告が被った精神的苦痛に対する慰謝料の額は,Dが本件子供ら奪取行為に至った経
緯,奪取行為の態様,被告の果たした役割等本件に顕れた一切の事情を考慮してこ
れを30万円と定めるのが相当である。
3 結論
  以上によれば,原告の本訴請求は,被告に対し,不法行為による損害賠償(慰
謝料)として金30万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上
明らかな平成14年1月31日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延
損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないか
らこれを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民訴法64条本文,61条を,
仮執行の宣言につき同法259条1項を各適用して,主文のとおり判決する。
   名古屋地方裁判所民事第6部
       裁判長裁判官   氣賀澤 耕 一
          裁判官   岡 田   治
          裁判官   目 代 真 理

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛