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平成12年(行ケ)第479号 審決取消請求事件(平成15年11月10日口頭
弁論終結)
          判    決
       原   告      株式会社カネミツ
       訴訟代理人弁理士   鈴 江 孝 一
       同          鈴 江 正 二
       同          木 村 俊 之
被   告      日本イスエード株式会社
訴訟代理人弁理士   大 塚 明 博
同          小 林   保
          主    文
原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が平成11年審判第35580号事件について平成12年11月
1日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「ボス部を有する板金物及びボス部の形成方法」とする
特許第2816548号発明(平成4年1月10日出願,平成10年8月21日設
定登録。以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
 被告は,平成11年10月20日,原告を被請求人として,本件特許の
請求項1に係る発明についての特許を無効にすることについて審判の請求をし,平
成11年審判第35580号事件として特許庁に係属したところ,原告は,平成1
2年5月12日,特許請求の範囲の記載等の訂正(以下「本件訂正」という。)を
求める訂正請求をした。特許庁は,上記事件について審理した結果,平成12年1
1月1日に「特許第2816548号の請求項1に係る発明についての特許を無効
とする。」との審決をし,その謄本は,同月20日,原告に送達された。
 2 特許請求の範囲【請求項1】の記載
    (1) 本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」とい
う。)に記載のもの
 平坦部から曲げられて一体に突出された回転軸嵌合用の筒状のボス部
の突出高さが,ボス部内径の半径寸法よりも長い寸法で高く形成されていることを
特徴とするボス部を有する板金物。
  (2) 本件訂正に係る明細書(以下「訂正明細書」という。)に記載のもの
 平坦部から曲げられて該平坦部の一側方向に一体に突出された回転軸
嵌合用の筒状のボス部の突出高さが,ボス部内径の半径寸法よりも長い寸法で高く
形成され,かつ前記ボス部の基部の内周面が前記平坦部の他側方向に向けて突出さ
れていることを特徴とするボス部を有する板金物。
     (以下,上記(1)の発明を「本件発明1」,上記(2)の発明を「訂正発明
1」という。)
3 審決の理由
 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,訂正発明1は,実願昭53-
16869号(実開昭54-121149号)のマイクロフィルム(甲6,以下
「刊行物1」という。)記載の発明(以下「刊行物発明1」という。),昭和34
年5月30日日刊工業新聞社発行,橋本明著「プレス作業と型工作法」第3版17
6頁~179頁(甲7,以下「刊行物2」という。)記載の発明(以下「刊行物発
明2」という。)及び実願昭58-156537号(実開昭60-62627号)
のマイクロフィルム(甲11,以下「刊行物3」という。)記載の事項(以下,そ
の発明を「刊行物発明3」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることが
できたものであって,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を
受けることができず,本件訂正は,平成6年法律第116号による改正前の特許法
134条2項及び同条5項において準用する同法126条3項の規定に適合しない
ので,当該訂正は認められないとした上,本件発明1は,刊行物発明1,2に基づ
いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許の請求項1
に係る発明についての特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであ
り,無効とすべきであるとした。
第3 原告主張の審決取消事由
1 審決は,訂正発明1と刊行物発明1との相違点2の判断を誤った(取消
事由)結果,訂正発明1の独立特許要件の判断を誤り,ひいては,本件発明1の進
歩性の判断を誤ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(相違点2の判断の誤り)
(1) 審決は,訂正発明1と刊行物発明1との相違点2として認定した,
「訂正発明1では,ボス部の基部の内周面が平坦部の他側方向に向けて突出されて
いるのに対して,刊行物1記載の発明(注,刊行物発明1)では,そのようになっ
ていない点」(審決謄本5頁3)相違点2)について,「刊行物3記載の事項にお
けるボス部3は,一枚の円状鋼板から曲げられて形成されており,ボス部3の後方
鍔部6は,訂正発明1の平坦部の他側方向に向けて突出されているボス部の基部の
内周面を含む部分であることが明らかである。したがって,刊行物1記載の発明に
刊行物3記載の事項を適用して訂正発明1のように構成することも,当業者が容易
に想到し得る事項である。なお,この点に関して,被請求人(注,原告)
は,・・・刊行物3記載のボス部3は,バーリング加工によって形成したバーリン
グ部8aの内周面をさらに拡径して前方鍔部4と後方鍔部6とを形成しているもの
であるから,その前方鍔部4と後方鍔部6の内周面は上記バーリング部8aの内周
面よりさらに拡径することになり,上記バーリング部8aの内周面を後方に突出す
るものではないのに対して,訂正発明1は,ボス部の基部の内周面が平坦部の他側
方向に向けて突出されている構成であり,ボス部の内径(内周面)が拡径されてい
る構成ではない旨主張している。しかしながら,訂正発明1は,・・・「板金物」
に関する物の発明であって,そのボス部がどの様な方法で形成されたかは,その構
成要件ではないものであるところ,刊行物3記載のボス部3の後方鍔部6は,ボス
部の内径(内周面)が拡径されたものであったとしても,平坦部の他側方向に向け
て突出されているボス部の基部の内周面を含む部分であることに間違いはなく,
『ボス部の基部の内周面が平坦部の他側方向に向けて突出されている』ものであっ
て訂正発明1と異なるところはない」(同頁下から第2段落~6頁第3段落)と判
断したが,誤りである。
(2) 訂正発明1の構成中,「かつ前記ボス部の基部の内周面が」との記載
は,その前文のボス部の構成を再び繰り返して記載することなく前文のボス部の構
成を端的に記載したもの,すなわち,「平坦部から曲げられて該平坦部の一側方向
に一体に突出され,その突出高さが,ボス部内径の半径寸法よりも長い寸法で高く
形成された回転軸嵌合用の筒状のボス部(以下『訂正発明1のボス部』という。)
の基部の内周面が」を再び繰り返して記載することなく端的に記載したものであ
る。そして,訂正発明1のボス部の基部の内周面が,「前記平坦部の他側方向に向
けて突出されている」と記載されているのであるから,訂正発明1のボス部の基部
の内周面と相違する異質な径のものが前記平坦部の他側方向に向けて突出されてい
るという記載をしているものではない。
  訂正明細書(甲8添付)の発明の詳細な説明には,「この時,前記ボ
ス部6はほぼ位置規制されており,前記平坦部8の材料の一部が流動してくるだけ
であり,そのボス部6の平坦部8の一側方の上面(ボス部6の先端側が突出してい
る側の面)からの高さおよび肉厚はほとんど変化しないと共に,ボス部6の基部の
内周面が平坦部8の他側方の下面方向に向けて突出する」(段落【0023】)と
記載されており,上記のように高く形成されたボス部の基部の内周面は,内径がほ
とんど変化されずに,その内周面がさらに前記平坦部の他側方向に向けて突出され
ているものであることは明らかである。
  また,審決は,本件訂正に係る訂正事項c,すなわち,「段落番号
【0023】及び段落番号【0028】における第6,7行目の『その高さおよび
肉厚はほとんど変化しない。』を『そのボス部6の平坦部8の一側方の上面(ボス
部6の先端側が突出している側の面)からの高さおよび肉厚はほとんど変化しない
と共に,ボス部6の基部の内周面が平坦部8の他側方の下面方向に向けて突出す
る。』と訂正する」(審決謄本3頁第4段落)について,「訂正事項cは・・・特
許請求の範囲の減縮に対応してなされた発明の詳細な説明の訂正であり,明りょう
でない記載の釈明に相当し,且つ,本件特許明細書又は図面に記載した事項の範囲
内の訂正であって,実質的に特許請求の範囲を拡張又は変更するものではない」
(同4頁下から第3段落)と判断して,「かつ前記ボス部の基部の内周面が前記平
坦部の他側方向に向けて突出されている」という記載が上記の意味であることを認
めており,図14→図15及び図14→図19の記載も併せて訂正事項cを読め
ば,一層そのことが明らかである。
(3) 刊行物発明3のボス部3(第4図,第5図)は,バーリング加工によ
って形成されるもので,このバーリング加工によって形成されたボス部3の高さ
は,ボス部内径の半径よりも短い寸法で低く形成されているものである。また,刊
行物発明3の後方鍔部6は,上記短寸大径のボス部3の内径を拡大して形成されて
いるか(第6図~第8図),あるいは上記短寸大径のボス部3の形成に先立って形
成されているものである(第9図,第10図)。これに対して,訂正発明1は,上
記のとおり,ボス部の突出高さが,ボス部内径の半径寸法よりも長い寸法で高く形
成され,その高く形成されたボス部の内径をほとんど変化させずに,さらに,その
ボス部の基部の内周面が平坦部の他側方向に向けて突出されている構成である。し
たがって,刊行物発明3の後方鍔部6と訂正発明1の突出構成とは,改良しようと
するボス部の対象も,その改良の発想や着想も,その発想及び着想を成し遂げるた
めの加工技術も,結果物の構成状態も全く異なるから,刊行物発明3のボス部3の
後方鍔部6は訂正発明1の突出構成と異なるところはないとした審決の認定は誤り
であり,刊行物発明3の後方鍔部6に基づいて,訂正発明1の突出構成とすること
は,当業者が容易に想到し得る事項ではない。
(4) 刊行物発明1,3は,いずれも訂正発明1のボス部のようにボス部の
突出高さがボス部内径の半径寸法よりも長い寸法で高く形成された回転軸嵌合用の
ボス部ではないのみならず,このボス部の基部の内周面が平坦部の他側方向に向け
て突出されているという構成でもない。したがって,仮に,刊行物発明3を刊行物
発明1に適用したとしても,刊行物発明1の円筒体2と平坦部1の構成からして,
刊行物発明3の円筒体の内径拡大により後方鍔部6が形成される構成しか想定する
ことはできず,訂正発明1の構成にはならないから,審決の判断は誤りである。
(5) 被告は,訂正明細書の段落【0031】,【図面の簡単な説明】欄の
【図11】の記載によれば,訂正発明1のボス部の形成はバーリング加工で行うこ
とができるとされている旨主張するが,図11A,図11B図,図12A,図12
B図の各工程を説明した段落【0018】,【0019】の記載及び図13A,図
13Bの工程を説明した段落【0020】の記載から明らかなとおり,段落【00
31】は,半径寸法よりも長い寸法で高くボス部を形成していく図4A,図4Bの
屈曲(しごき)工程の前段階においては,図11A,図11Bに示される,バーリ
ング加工によって孔5Aの周辺部分1cを素材1の膨らみ方向に突曲させる工程を
行ってもよいことを記載しているのであって,バーリング加工によって半径寸法よ
りも長い寸法で高くボス部を形成することができることや,バーリング加工によっ
て高く形成されたボス部の基部の内周面が平坦部の他側方向に向けて突出されるも
のを形成することができることを記載しているものではない。バーリング加工によ
っては,訂正発明1のボス部を形成することも,また,訂正発明1のボス部の基部
の内周面が前記平坦部の他側方向に向けて突出されるものを形成することもできな
い。
(6) 刊行物2(甲7)には,179頁の第234図の最下図において,ボ
ス部の内径(直径)が「16φ」と記載され,ボス部の高さが「12」と記載され
ていることから,平坦部から曲げられて一体に突出された筒状のボス部の高さ(1
2)が,ボス部内径の半径(16φ÷2=8)よりも長い寸法で高く形成されてい
るボス部が記載されている。しかしながら,この刊行物発明2のボス部の基部の内
周面は,訂正発明1のように,平坦部の他側方向に向けて突出されていないし,こ
のように高く形成されたボス部の基部の内周面を平坦部の他側方向に向けて突出さ
せることができる技術が開示されているものでもない。他方,刊行物発明2のボス
部に対応する刊行物発明3のボス部は,第7図に示されるバーリング状部8aであ
り,このバーリング状部8aには,当初の基部の内周面からではなく,拡大化され
た新たな内周面から後方鍔部6が形成されている。訂正発明1は,高く形成された
ボス部の基部の内周面が,拡径されることなく,更に前記平坦部の他側方向に向け
て突出されている板金物を提供する点に特徴を有しているものであるが,この構成
は刊行物発明2,3には記載されていないから,これら刊行物発明2,3に基づい
て,当業者が容易に訂正発明1の構成を想到することはできない。
  第4 被告の反論
1 審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(相違点2の判断の誤り)について
(1) 訂正発明1は,「板金物」に関する「物の発明」であり,「基部の内
周面が前記平坦部の他側方向に向けて突出されている」とは,少なくとも基部の内
周面が前記平坦部の他側方向に向けて突出していればよいことであって,基部の内
周面が,更に平坦部の他側方向に向けて突出されたものであろうと,新たに内径を
拡径したボス部の新内周面が平坦部の他側方向に向けて突出されたものであろうと
問うところではない。また,訂正明細書の段落【0023】の記載は,基部の内周
面を前記平坦部の他側方向に向けて突出させる成形工程(方法)と,その工程より
生ずる作用の記載であって,このような作用は,「物の発明」である訂正発明1の
構成からは認められない。段落【0023】の「ボス部6の平坦部8の一側方の上
面からの高さおよび肉厚はほとんど変化しないと共に,ボス部6の基部の内周面が
平坦部8の他側方の下面方向に向けて突出する」との記載から,訂正発明1の「ボ
ス部の基部の内周面が前記平坦部の他側方向に向けて突出されている」との構成
を,「ボス部の内周面の内径が拡径され,その拡径された新内周面が平坦部の他側
方向に向けて突出されている」ものを含まないと解すべき合理的な理由はない。仮
に,訂正発明1の突出部が上記のものを含まないとすれば,段落【0023】の上
記内容を反映させた構成とすべきであり,また,それができたはずである。さら
に,訂正発明1を実施した「ボス部を有する板金物」のボス部を見て,「ボス部の
基部の内周面が,さらに平坦部の他側方向に向けて突出された」ものか,あるいは
「新たに内径を拡径したボスの新内周面が,平坦部の他側方向に向けて突出され
た」ものか,判別は不可能である。
(2) ボス部の形成方法が相違する旨の主張は,審決の判断に対する反論と
なっていない。また,ボス部の改良の発想や着想が相違しているとする主張にあっ
ては,刊行物3に,「後方鍔部6は,ボス部3の高さがボス部内径の半径よりも短
い寸法で低く形成される短寸大径のボス部3を改良の対象とし」たとの記載も示唆
もない。訂正明細書には,「なお,最初に説明したボス部形成方法(図1~図7
B)において,図11A・図11Bに示したバーリング加工工程や図13A・図1
3Bに示したボス仕上げ工程を行なってもよいのは勿論のことである」(段落【0
031】)と記載され,【図面の簡単な説明】の欄の【図11】に,「図11Aは
同上のバーリング工程を説明するための要部の断面図であり,図11Bは同バーリ
ング工程の異なる状態を説明するための要部の断面図である」と記載されている。
これらの記載によれば,訂正発明1のボス部の形成はバーリング加工で行うことが
できるとされていることが明らかである。
(3) 原告は,訂正発明1が「板金物」に関する「物の発明」であるのに,
刊行物発明1~3との比較においては,訂正明細書に記載された訂正発明1の製造
方法及びこの方法により生じる作用効果をもって比較している。訂正明細書に記載
された方法は,訂正発明1の製造方法であるにしても,訂正発明1は訂正明細書に
記載されている方法によってのみ製造できるものであるとする記載はなく,上記方
法以外の方法で製造することも可能である。また,作用効果にあっても,訂正発明
1からは,訂正明細書に記載された訂正発明1の製造方法により生じる作用効果が
必ず生ずるものとは認められず,訂正発明1が訂正明細書に記載された方法によっ
てのみ製造されたものと限定して解釈すべき理由はない。訂正発明1と刊行物発明
1~3との比較にあっては,訂正発明1の構成と刊行物発明1~3の構成とを比較
すべきである。そして,刊行物発明2の板金物は,平坦部から曲げられて一体に突
出された筒状のボス部の突出高さが,ボス部内径の半径寸法よりも長い寸法で高く
形成されており,刊行物発明1に刊行物発明2を適用して訂正発明1のような「ボ
ス部の突出高さが,ボス部内径の半径寸法よりも長い寸法で高く形成されている」
構成とすることは,当業者が容易に想到し得る事項であり,また,刊行物発明3の
ボス部3は,一枚の円状鋼板から曲げられて形成されており,ボス部3の後方鍔部
6は,訂正発明1の平坦部の他側方向に向けて突出されているボス部の基部の内周
面を含む部分であることが明らかであるから,刊行物発明1に刊行物発明3を適用
して訂正発明1のように構成することも,当業者が容易に想到し得る事項である。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由(相違点2の判断の誤り)について
(1) 審決は,訂正発明1と刊行物発明1との相違点2に係る「訂正発明1
では,ボス部の基部の内周面が平坦部の他側方向に向けて突出されているのに対し
て,刊行物1記載の発明(注,刊行物発明1)では,そのようになっていない点」
について,刊行物発明1に刊行物発明3を適用してその容易想到性を肯定している
ので,まず,訂正発明1の概要について見ると,訂正明細書(甲8添付)には,
「【発明の属する技術分野】本発明(注,訂正発明1)は,例えばポリVプーリや
クランクシャフトプーリなどの板金物に一体に形成される回転軸嵌合用の筒状ボス
部を有する板金物及びそのようなボス部の形成方法に関する」(段落【000
1】),「【従来の技術】従来,板金物に一体に形成する筒状のボス部は,バーリ
ング加工によって形成していた」(段落【0002】),「【発明が解決しようと
する課題】ところが,バーリング加工の場合,平坦部にパンチなどで孔を形成して
おき,この孔を押し広ろげながら孔回りの平坦部を立ち上げていくものであるか
ら,高さの高い筒状のボス部を得ようとすればボス部の内径も広がることになる。
つまり,ボス部の高さをhとし,ボス部の内径の半径をrとすれば,h<rのボス
部しか作ることができなかった。このため,小径の孔で高さの高いボス部を得よう
とすれば,ボス部だけを別体に製作しておいて,このボス部を,孔をあけた平坦部
に溶接または止具で取付けるしか手がなかった。本発明は,このような事情に鑑
み,小径の孔で高さの高い回転軸嵌合用のボス部を有する板金物を提供することを
目的とする。また,本発明は,平坦部から曲げられて一体に突出された筒状のボス
部でありながら小径で高さの高い回転軸嵌合用のボス部の形成方法を提供すること
を目的とする」(段落【0003】~【0004】),「【発明の実施の形態】ま
ず,板金製プーリ(板金物)のボス部の形成方法について図に基づいて説明する。
なお,この実施の形態のボス部は,直径が90~100mm程度,板厚tが5mm
程度の円形板状の金属製素材を使用して,図8に示すとおり,ボス部の内径d1が
12mm程度(半径r1は6mm程度),プーリの外径d2が80mm程度,平坦
部8の下面からボス部6の先端までの高さhが35~36mm程度,ボス部6の突
出高さh1が30~31mm程度になるようにしている。・・・この図4A~図7
Aの各屈曲工程では,図4A,図4Bに示す素材1の外周縁部1eと孔周辺部分1
cの間の湾曲部分1bがしごかれて,その湾曲部分1bが膨らみ方向とは逆方向に
加圧されることにより,次第に筒状にしかも形成すべきボス部6の内径の半径寸法
よりも長い寸法の高さに絞り込まれていき,その結果,図7B及び図8に示すとお
り,平坦部8の中心部に,その平坦部8から曲げられて一体に突出された上下に貫
通する筒状のボス部6が得られ,そのボス部6の突出高さh1は,ボス部6の内径
d1の半径(r1)寸法よりも長い寸法の高さに形成されるものである。・・・因
みに,図8に示すボス部6は,内径d1が12mm程度と小さく,かつ,突出高さ
h1が30~31mm程度の板金物7となっているものである。次に,他のボス部
形成方法の実施形態について説明する。・・・上記のような屈曲工程後において,
図13Aおよび図13Bに示すように,仕上げ専用のポンチ12a2およびダイホ
ルダ13b2を用いて,前記筒状ボス部6の端面6aを軸方向から圧縮することに
より,その筒状ボス部6を所定の突出高さに整えるように仕上げ工程を行なう。以
上の各工程によって,図14に示すように,平坦部8の中心部に,平坦部8から曲
げられて一体に突出された上下に貫通する筒状のボス部6が得られ,そのボス部6
の突出高さh1は,ボス部6の内径の半径(r1)寸法よりも長い寸法の高さに形
成されているものである。次に,この板金物10を用いて,その外周壁部にポリV
溝を形成する工程について説明する。まず,ポリV溝を成形するための外周壁部の
厚肉化工程が行なわれる。この厚肉化工程は図15に示すように,前記板金物10
を挟んだ下型14と上型15とをプレス機を介して互いに近接させることにより,
板金物10の平坦部8をその板厚方向から加圧させる。これによって,平坦部8の
材料が外周側に流動し,板金物10の外周部分10aが厚肉化される。この時,前
記ボス部6はほぼ位置規制されており,前記平坦部8の材料の一部が流動してくる
だけであり,そのボス部6の平坦部8の一側方の上面(ボス部6の先端側が突出し
ている側の面)からの高さおよび肉厚はほとんど変化しないと共に,ボス部6の基
部の内周面が平坦部8の他側方の下面方向に向けて突出する。・・・次に,図14
に示した板金物10を用いて他の板金製プーリの形成方法を図に基づいて説明す
る。まず,板金物10の平坦部加圧工程が行なわれる。この平坦部加圧工程は図1
9に示すように,前記板金物10を挟んだ下型23と上型24とをプレス機を介し
て互いに近接させることにより,板金物10の平坦部8をその板厚方向から加圧す
る。これによって,平坦部8の材料を外周側に流動させて,板金物10の外径Dが
必要径になるように押し広げる。この時,前記筒状ボス部6はほぼ位置規制されて
おり,前記平坦部8の材料の一部が流動してくるだけであり,そのボス部6の平坦
部8の一側方の上面(ボス部6の先端側が突出している側の面)からの高さおよび
肉厚はほとんど変化しないと共に,ボス部6の基部の内周面が平坦部8の他側方の
下面方向に向けて突出する」(段落【0006】~【0028】),「【発明の効
果】以上のように,本発明は,平坦部から曲げられて一体に突出されているにもか
かわらず小内径で十分な突出高さの確保された回転軸嵌合用のボス部を有する板金
物と,そのようなボス部の好適な形成方法を提供できるものである。また,このよ
うなボス部は板金製プーリなどの板金物に好適に適用できるものである」(段落
【0033】)と記載されている。
  これらの記載によれば,訂正発明1は,従来,板金物に一体に形成す
る筒状のボス部は,バーリング加工によって形成していたため,ボス部の高さより
ボス部の内径の半径の方が大であるボス部しか作ることができなかったところ,小
径の孔で高さの高い回転軸嵌合用のボス部を有する板金物を提供することを目的と
して,平坦部から曲げられて平坦部の一側方向に一体に突出された筒状のボス部の
突出高さが,ボス部内径の半径寸法よりも長い寸法で高く形成されることを特徴と
し,平坦部から曲げられて一体に突出されているにもかかわらず小内径で十分な突
出高さの確保された回転軸嵌合用のボス部を有する板金物を提供できるという作用
効果を奏するものと認められる。
(2) 原告は,相違点2に係る「ボス部の基部の内周面が平坦部の他側方向
に向けて突出されている」との構成について,訂正明細書の上記段落【0023】
の「この時,前記ボス部6はほぼ位置規制されており,前記平坦部8の材料の一部
が流動してくるだけであり,そのボス部6の平坦部8の一側方の上面(ボス部6の
先端側が突出している側の面)からの高さおよび肉厚はほとんど変化しないと共
に,ボス部6の基部の内周面が平坦部8の他側方の下面方向に向けて突出する」と
の記載を根拠として,その突出高さがボス部内径の半径寸法よりも高く形成された
ボス部の基部の内周面が,内径がほとんど変化されずに,その内周面がさらに平坦
部の他側方向に向けて突出されているものであり,訂正発明1のボス部の基部の内
周面が平坦部の他側方向に向けて突出されている突出部は,内径がほとんど変化さ
れずにその内周面が更に平坦部の他側方向に向けて突出されているもののみであっ
て,内周面を突出させる前のボス部の基部の内周面における内径と異なる径のもの
が突出されているもの,すなわち,内径を拡径するものを含まないと主張する。
  しかしながら,訂正発明1は,上記のとおり,板金物という物に関す
る発明であるところ,訂正発明1の「平坦部から曲げられて該平坦部の一側方向に
一体に突出された回転軸嵌合用の筒状のボス部の突出高さが,ボス部内径の半径寸
法よりも長い寸法で高く形成され」の構成から明らかなように,筒状のボス部につ
いては,平坦部から曲げられて形成されるという製造方法により特定されるものと
も解される。この場合に,平坦部から曲げて,一側方向の筒状のボス部と他側方向
の突出部とを同時に形成することは技術的に不可能であるから,ボス部の基部の内
周面が平坦部の他側方向に向けて突出されている突出部については,平坦部から曲
げられて形成されるという製造方法により特定されるものと解することはできな
い。また,訂正発明1の「かつ前記ボス部の基部の内周面が前記平坦部の他側方向
に向けて突出されている」との構成について,この突出部の形成方法も特定されて
いないから,突出部が製造方法により特定されるものと解する余地はない。そうす
ると,訂正明細書に記載された上記工程(製造方法)により突出部を形成すれば,
ボス部の基部の内周面は内径がほとんど変化せずに平坦部の他側方の下面方向に向
けて突出するとしても,訂正発明1の突出部は製造方法により特定されるものでは
なく,明細書の記載を参酌して解釈すべき理由もない以上,原告の主張する訂正発
明1の上記構成は,その文言どおり,ボス部の基部の内周面が平坦部の他側方向に
向けて突出されているものと解さざるを得ないのであり,突出部の形成により内径
が変化するか否かは訂正発明1の要旨とは無関係というべきである。したがって,
訂正発明1の上記突出部の構成は,内径がほとんど変化されずにその内周面がさら
に平坦部の他側方向に向けて突出されているもののみであり,内径を拡径するもの
は含まないとする原告の主張は失当である。
(3) 原告の主張は,ボス部の基部の内周面が突出されている状態にあって
も,筒状のボス部は,その突出高さがボス部内径の半径寸法より高い必要があるか
ら,突出部の形成に内径を拡径するものは含まないという趣旨にも解されるが,訂
正明細書によれば,上記のとおり,突出部を形成する工程の前の屈曲工程におい
て,ボス部の突出高さは,ボス部の内径の半径寸法よりも高く形成されるのである
から,突出部の形成により内径が拡径するのであれば,内径の拡径を見込んで,突
出高さをより高く形成しておけば,突出部の形成後にも,ボス部の突出高さをボス
部内径の半径寸法よりも高くするとの要件は満足されるのであり,原告の主張は採
用することができない。
(4) 原告は,刊行物発明3のボス部は,バーリング加工によって形成され
るものであり,ボス部の高さはボス部内径の半径よりも短い寸法で低く形成されて
いるものであるから,仮に,刊行物発明3を刊行物発明1に適用したとしても,円
筒体の内径拡大により後方鍔部が形成される構成しか想定することはできず,訂正
発明1の構成にはならないから,審決の相違点2の判断は誤りであると主張し,こ
の主張は,訂正発明1のボス部の基部の内周面は,内径がほとんど変化されずに,
その内周面が更に平坦部の他側方向に向けて突出されているものであることを前提
とするものと解されるが,この前提が誤りであることは上記のとおりである。
(5) また,原告は,刊行物発明3の後方鍔部6と訂正発明1の突出構成と
は,改良しようとするボス部の対象も,その改良の発想や着想も,その発想及び着
想を成し遂げるための加工技術も,結果物の構成状態も全く異なっているから,両
者は異なるところはないとした審決の認定は誤りであり,刊行物発明3の後方鍔部
6に基づいて,訂正発明1の突出構成とすることは,当業者が容易に想到し得る事
項ではないと主張する。
  しかしながら,審決は,「刊行物3記載のボス部3の後方鍔部6は,
ボス部の内径(内周面)が拡径されたものであったとしても,平坦部の他側方向に
向けて突出されているボス部の基部の内周面を含む部分であることに間違いはな
く,『ボス部の基部の内周面が平坦部の他側方向に向けて突出されている』もので
あって訂正発明1と異なるところはない」(審決謄本6頁第3段落)と認定してい
るのであって,改良しようとするボス部の対象,その改良の発想や着想,その発想
及び着想を成し遂げるための加工技術などが異なるところはないと認定しているの
ではないから,原告の主張は,審決を正解しないで論難するものであり,失当であ
る。そして,刊行物3(甲11)には,「前記ボス部3は,円状鋼板の中央に穿設
された支持孔2を,軸方向前方にバーリングされた前方鍔部4と,この前方鍔部4
に連続して後方押出しされた後方鍔部6とからなる」(3頁最終段落~4頁第1段
落)と記載されており,第4図~第10図の図示をも併せ考えると,刊行物発明3
においても,ボス部の基部の内周面が平坦部の他側方向に向けて突出されていると
いえるから,審決の「刊行物3記載のボス部3の後方鍔部6は,ボス部の内径(内
周面)が拡径されたものであったとしても,平坦部の他側方向に向けて突出されて
いるボス部の基部の内周面を含む部分であることに間違いはなく,『ボス部の基部
の内周面が平坦部の他側方向に向けて突出されている』ものであって訂正発明1と
異なるところはない」(審決謄本6頁第3段落)とした認定に誤りはなく,そうで
ある以上,刊行物発明1に刊行物発明3を適用して訂正発明1の相違点2のように
構成することも,当業者が容易に想到し得る事項であるといわざるを得ない。
  付言すれば,訂正発明1は,突出部の形成により内径が拡径するもの
を含み,バーリング加工によって該突出部の形成を行うものを含むというべきであ
るし,突出部を形成する工程の前の屈曲工程において,内径の拡径を見込んで,ボ
ス部の突出高さを高く形成しておけば,バーリング加工による該突出部の形成後に
も,ボス部の突出高さをボス部内径の半径寸法よりも高くすることができることも
上記のとおりであるから,刊行物発明3の後方鍔部6と訂正発明1の突出構成と
が,改良しようとするボス部の対象,その改良の発想や着想において異なるとして
も,加工技術や,結果物の構成状態が異なっているとはいえず,刊行物発明3を刊
行物発明1に適用すると訂正発明1の相違点2に係る構成になるというべきであ
る。なお,訂正発明1の突出構成については,訂正明細書に改良の発想や着想は記
載されていない。
(6) 原告は,刊行物発明2のボス部に対応する刊行物発明3のボス部は,
第7図に示されるバーリング状部8aであり,このバーリング状部8aには,当初
の基部の内周面からではなく,拡大化された新たな内周面から後方鍔部6が形成さ
れているから,これら刊行物発明2,3から当業者が容易に訂正発明1の構成を想
到することはできないとも主張するが,審決は,刊行物発明1を主たる引用発明と
し,これに刊行物発明2,3を適用することにより,訂正発明1は当業者が容易に
発明をすることができたものと判断しているのであり,刊行物発明2,3に基づい
て訂正発明1は当業者が容易に発明をすることができたと判断しているのではない
から,原告の主張は,それ自体として,審決の取消事由とはなり得ないばかりでな
く,訂正発明1のボス部の基部の内周面は,内径がほとんど変化されずに,その内
周面がさらに平坦部の他側方向に向けて突出されているものであることを前提とす
るものであるから,失当である。
(7) したがって,相違点2に係る訂正発明1の容易想到性を肯定した審決
の判断に原告主張の誤りはない。
2 以上のとおり,原告の取消事由の主張は理由がなく,他に審決を取り消
すべき瑕疵は見当たらない。
  よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり
判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
            裁判官 早  田  尚  貴

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