弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 原告が平成5年11月1日の脳出血による発症につき国家公務員災害補償法に
よる障害補償給付を受ける権利を有する地位にあることを確認する。
(2) 訴訟費用は,被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 事案の概要
 1 事案の要旨
 原告は,原告の脳出血が公務に起因するものであるとして,被告との間におい
て,その後遺障害について国家公務員災害補償法による障害補償給付を受ける権利
を有する地位にあることの確認を求めた。
 これに対して,被告は,原告の脳出血は基礎疾患が自然経過的に進展したもので
あり,公務に起因するとはいえないなどと主張して争っている。
2 前提事実
 以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(甲1,2,9,11,23,3
4ないし36,乙1,21,22の1・2,23,24の1・2・4・9,25,
26,41,43,54の1,59の2ないし4,66,67,70,71,7
5,証人A,B,C,D)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。
(1) 当事者
 原告(昭和17年6月23日生)は,昭和43年4月国立E工業高等専門学校
(以下「E高専」という。)に機械工学科助手として採用され,昭和50年4月同
科講師,昭和55年4月同科助教授,平成2年4月同科教授となり,教官として勤
務していたが,後記慣例に従い,平成4年12月ころ,同科学科主任に就任するこ
とが内定し,平成5年4月,同科学科主任に就任した。
(2) 脳出血の発症等
 原告は,平成5年11月1日E高専3階にあった原告の研究室において,C学生
課長と話をしていたところ,脳出血(高血圧性脳出血としての小脳出血)を発症し
て倒れ(以下「本件発症」という。),救急車でF総合病院に搬送された。その
後,翌2日に血腫除去の手術を受けるなど,平成6年12月22日まで入院して治
療を受け,退院後は自宅で療養している。
 原告は,本件発症日(平成5年11月1日)以後休務し,平成6年5月1日休職
処分に,平成9年5月1日免職処分にそれぞれ付された。
(3) 本件訴えに至る経緯
 文部大臣(当時。以下同じ。)は,平成6年8月18日,原告の本件発症につい
て公務外認定を行い,そのころ,原告に通知した。同通知には,「本件疾病は,医
学経験則上,あなたのかねて有する素因又は基礎疾患が長期間にわたり自然経過的
に進展した結果発症したものと認められ,それに対して,発症前の職務がある程度
その発症に影響していたとしても,これが相対的に有力な原因とまでは認められな
いのであるから,公務との相当因果関係は認められず,よって,本件災害は公務上
の災害とは認められない。」との記載がある。
 原告は,平成9年8月18日,人事院に対し,国家公務員災害補償法24条によ
る災害補償審査申立てをしたが,人事院は,平成10年9月22日,「本件災害
は,原告の従事した業務が有力な原因となって発生したものとみることはできず,
原告のかねて有していた基礎疾患が自然経過的に進展した結果,たまたま勤務中に
発生したものとみるのが相当である」として,原告の審査申立てを棄却した。
 原告は,平成10年10月20日,本件発症が公務に起因するものであるとし
て,本件訴えを提起した。
(4) 学科主任の職責等
 E高専では,校長の諮問に応じ,公務の円滑な運営を図るため,学生の入学及び
卒業,学生の教育及び生活,学寮,諸規則の制定及び改廃,予算及び概算並びに施
設及び設備に関すること等学校運営における重要事項について具体的方策を審議す
るため,運営委員会が設置されており,各学科主任もその構成員とされていた。
 機械工学科では,同学科の円滑な運営を図るための連絡調整等を行う場として,
同学科の教官による教室会議が毎週1回程度開かれていた。
 学科主任は,上記運営委員会と教室会議との間において,一方では,学科を代表
して運営委員会に出席し,教室会議等で調整された学科の意見を表明し,他方で
は,同委員会における連絡事項等を学科(教室会議等)へ持ち帰るなどの役割が期
待される立場にあるものである。
 学科主任の任期は2年とされ,機械工学科では,慣例として,教授が順送りでこ
れに就任し,5年生担任を兼ねることとされていた。
(5) 後記各過重要因(後記3の原告の主張(1))について
① 定員流用問題について
 E高専では,本来機械工学科に所属していなければならないはずの応用数学・応
用物理の担当教官及び助手の籍を,一般教育科に置いていたところ,平成4年5
月,文部省から,これを改め,応用数学・応用物理の教官及び助手を一般教育科か
ら機械工学科に移すように指示を受けた。
② 実験中の学生の負傷について
 平成5年10月19日,機械工学科の学生がディーゼルエンジンの分解と組み立
ての実験中にフライホイール(重さ15キログラム)を落として,左足背に全治約
10日間の打撲,挫創を負うという事故が起きた。
 機械工学科では,実験の際,約40名の学生に対して12ないし13名の教員・
技術者がペアを組んで担当することになっていたが,負傷した学生については,担
当教官が技官に任せて実験実習室にいなかったという事情があり,同月29日,技
官が原告に対して,「教官がもっと責任をもってやるべきことをしてほしい。この
ことを機械工学科の教室会議で伝えてほしい。」と要望した。
③ 国家公務員定員削減問題について
 政府の方針による第8次定員削減計画において,平成3年11月1日付け書面を
もって,文部省大臣官房人事課からE高専に対し,平成4年度から同7年度にかけ
て各1名,計4名を削減するとの目標が通知され,E高専において,平成3年11
月22日,運営委員会上で報告された。これに対して,E高専は,定年退職者の後
任を補充しないことによって,毎年度1名ずつの定員削減を実現するとの計画を立
てたが,平成6年3月末をもって定年退職することが見込まれていたのは,機械工
学科の実習工場での実習等を担当していたG学生課実習係長であった。
④ 女性職員の時間削減・待遇改悪問題について
 E高専では,予算上の必要性等の理由により,各学科に配置されている事務補佐
員の女性職員(非常勤職員)を日々雇用から時間勤務(パートタイム)に切り替え
るとの方針がいったんは決定されたものの,平成4年3月16日の運営委員会にお
いて協議された結果,再検討することになり,併せて,とりあえず同年3月末で退
職予定の機械工学科日々雇用職員の後任については,同年4月から時間勤務のパー
ト職員を採用することになった。
 ところが,この措置について機械工学科のH教授(当時の同科学科主任)が機械
工学科内の了解を得ていないにもかかわらず,運営委員会において同科が了解して
いる旨の報告をしていたことが判明し,機械工学科において後日問題となった。
⑤ 非常勤講師問題について
 E高専では,I金属工業株式会社(以下「I金属」という。)に対し,機械工学
科の非常勤講師の派遣依頼を行い,情報処理の授業科目の担当を委嘱していたとこ
ろ,委嘱していた者以外の者が非常勤講師として来ていたことが問題となった。
(6) 原告の基礎疾患等
 原告は,かねてより高血圧症との診断を受けていた。定期健康診断又はこれに代
わる人間ドックにおける原告の血圧値は,以下のとおりである。
   測定年月日
 最高血圧(mmHg)
 最低血圧(mmHg)
昭和50年12月 8日
昭和51年12月 3日
昭和52年11月 2日
昭和53年10月31日
昭和54年10月23日
昭和56年10月20日
昭和58年10月20日
昭和60年10月17日
昭和61年10月14日
昭和62年10月16日
昭和63年 6月13日
平成 元年 6月
平成 2年 6月23日
平成 3年 6月 8日
平成 4年 6月15日
平成 5年 6月17日
   164
   130
   156
   150
   150
   170
   165
   192
   159
   184
   170
   140
   180
   130
   150
   160
   112
    80
   110
   110
    86
   110
   125
   140
   128
   128
   130
   110
   130
    70
    90
   100
 上記の期間のうち,原告は,昭和62年10月から昭和63年4月
までの間,昭和63年6月から平成2年1月までの間,平成2年6月から平成3年
3月までの間及び平成5年6月,高血圧症に対する治療を受けていた。その治療に
際して測定された原告の血圧値は,以下のとおりである。
   測定年月日
 最高血圧(mmHg)
 最低血圧(mmHg)
昭和63年 6月21日
昭和63年 7月 1日
昭和63年10月 4日
昭和63年10月17日
昭和63年10月31日
昭和63年11月12日
昭和63年11月25日
昭和63年12月12日
昭和63年12月24日
平成 元年 1月14日
平成 元年 3月23日
平成 元年 4月 3日
平成 元年 4月11日
平成 元年 5月27日平成 元年 7月13日
平成 元年 7月27日
平成 元年 8月 8日
平成 元年 9月 2日
平成 元年10月14日
平成 元年10月28日
平成 元年11月27日
平成 2年 1月19日
   152
   148
   141
   148
   130
   162
   150
   144
   110
   130
   140
   130
   140
   124
   130
   140
   154
   130
   150
   124
   128
   144
    70
   106
   100
    98
    90
   120
   116
    90
    70
   110
   100
   100
   100
    82
    90
    80
    86
    90
   100
    90
    90
    92
   測定年月日
 最高血圧(mmHg)
 最低血圧(mmHg)
平成 2年 7月21日
平成 2年 8月 4日
平成 2年 8月21日
平成 2年10月20日
平成 2年12月 3日
平成 3年 1月14日
平成 3年 2月16日
   150
   130
   134
   132
   188
   142
   140
   110
    90
   100
    88
   110
    94
    94
(7) 医師の意見
 J医師が本件に関して作成した意見書(乙75)には,以下のような記載があ
る。
① 原告の脳出血の種類
 原告は長期に亘る高血圧状態にあり,かつF総合病院入院時のX線CT所見より
脳出血病巣は高血圧性脳出血の多発領域である小脳であり,危険因子や発症様式を
含めた判断からも高血圧性脳出血としての小脳出血であると診断できる。また,発
症翌日の開頭血腫除去術時に出血の原因となり得る脳動脈瘤,動静脈奇形,腫瘍等
を認めていないこともこの診断を支持する。
② 原告の脳出血危険因子の程度
 原告の有する脳出血危険因子としては,高血圧症と多量飲酒が注目される。ま
ず,原告の高血圧症については,昭和50年12月8日実施の健康診断で高度の高
血圧(164/112mmHg)を指摘されているが,その後の職員定期健康診断やこ
れに代わるドック検査(昭和63年以降K胃腸病院で受検)では一時的な不定期の
通院加療時(K胃腸病院またはL医院)を除けば,拡張期血圧が100mmHgを超え
るコントロール不良の高血圧状態が長期に持続している。特に平成3年3月23日
にK胃腸病院を受診後は平成5年11月1日の小脳出血発症の4か月以上前の6月
17日に1回受診しているのみであり,十分な降圧治療を受けない状態が持続して
いたものと推察される。一方,高血圧による臓器障害の評価については,定期に実
施された血液検査,検尿,眼底検査や心電図,胸部レ線などの検査では平成5年6
月のドックでも高尿酸血症,クレアチニン高値傾向,大動脈硬化を見る以外に異常
所見に乏しく,臓器障害の進行程度は比較的軽い状態と判断される。ただし,平成
5年11月25日にF総合病院で実施した脳MRI検査(乙72)では左尾状核部
にも小梗塞病変が認められており,脳には高血圧性の臓器障害として無症候性脳梗
塞が脳出血発作発症前から存在した可能性も大きいと思われる。
 以上,通院を要する高血圧状態にあったにもかかわらず,その受診は極めて不定
期で,高血圧のコントロール状態は不十分であり,MRI検査結果からは高血圧性
臓器障害の進行しやすい脳では,高血圧性の細小動脈障害を示唆する無症候性脳梗
塞が脳出血発症前から既に存在していた可能性が高く,また危険因子となるレベル
の飲酒習慣の継続も高血圧による脳出血発症の危険性を増強する要因になったもの
と判断される。
③ 原告の業務内容,発症直前の行動の脳出血発症への関与の可能性
 原告の発症した脳出血は典型的な高血圧性の小脳出血と判断され,その発症には
コントロール不良の高血圧が主要因をなすものと想定される。また,原告の業務内
容は特に脳出血発症の準備状態を形成するものとは考えられず,発症直前の行動に
関しても,特に脳出血発症の引き金となるような強度の身体的あるいは精神的負荷
を引き起こす事態や急激な作業環境の変化に相当する事態は認められない。
④ 原告の日常業務及び発症直前の行動がない場合の脳出血発症の可能性
 脳出血の主たる原因をなす高血圧症は遺伝要因と環境要因が関わる病態であるた
め,原告の日常業務がその進行に悪影響を及ぼすことはあり得ないことではない
が,健診での要加療の指摘以来医療機関でのコントロールを受けており,業務外の
過ごし方や薬物療法などにより本来かなりのレベルまでコントロール可能である。
しかしながら,きわめて不定期の受診のために高血圧症のコントロール状態は必ず
しも良好であったとは言い難く,仮に日常業務や発症直前の行動がなくとも上述の
危険因子の状態(②の項目)から判断して高血圧性脳出血を自然発症する可能性は
高いものと判断する。
⑤ 原告の業務内容または発症直前の行動が,同人の脳出血発症を著しく早めた可
能性
 高血圧性脳出血の直接の原因を発症後医学的に定めることは困難であると言わざ
るを得ないが,上記の②ないし④で述べたごとく,原告の日常の業務内容や発症直
前の行動が脳出血の発症に関係した可能性は完全には否定できないものの,本例の
元来有していた脳出血発症の準備状態を形成する危険因子の状態は,何時脳出血を
発症してもおかしくない状態にあったと考えられ,脳出血発症の自然経過を著しく
早めたという医学的証拠は見あたらないものと判断される。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
 本件発症は公務に起因するものといえるか。
(原告の主張)
(1) 原告の公務は,以下の述べるとおり,特別過重なものであった。
① 定員流用問題
 前記前提事実のとおり,E高専では,応用数学・応用物理担当教官の籍を是正し
なければならないなどの問題が生じていたところ,この問題は,E高専にとって
は,文部省の指摘のとおり解決しなければ予算削減等の不利益を被るおそれがある
重大な問題である反面,籍を移す当該教官等にとっても,これを受け入れる機械工
学科の教官らにとっても,利害関係が対立し,関係者間で合意を取りまとめること
は困難であった(E高専においては,一般教育科の方が教授の定員が多く,機械工
学科と比較して教授に昇任しやすいなど,一般教育科の方が機械工学科よりも容易
に早く助教授・教授に昇任できる実態があり,当該教官等にとっては,移籍によっ
て以後の昇任につき不利益を生じるおそれがあった。また,機械工学科の教官実員
が増えれば,教授・助教授への昇任等についてそれだけ競争が激しくなる可能性が
あった。)。
 現に,E高専では,平成4年5月に文部省から上記指示を受けて改善策を検討し
ていたところであるが,原告が学科主任に就任した平成5年4月までに解決するこ
とはできず,最終的に解決したのは,原告が発症した日(平成5年11月1日)か
ら8か月以上も後の平成6年7月6日(実施は平成7年4月1日)であって,この
ような経過からも解決困難な問題であったことがうかがえる。
 以上のような問題に対して,原告は,平成5年4月以降,機械工学科の学科主任
として,文部省の是正指示を実現するに当たり,その具体的方策について,同学科
の教官(助手から教授まで10名)からなる教室会議の意向と,B校長を含む運営
委員会の意向との間で板挟みになったような状態で非常に苦悩していたものであ
る。
② 実験中の学生の負傷
 前記前提事実記載の事故について,機械工学科の中でこのような事故が起こった
のは初めてであり,原告は学科主任として非常にショックを受けた。また,原告
は,30歳代のころ,実習工場主任として安全教育対策を手掛け,マニュアル(機
械実習安全心得)をも作成した経歴を有することもあって,工場の責任者としての
自覚と認識を持っていたから,その意味でも原告が受けた精神的打撃は大きかっ
た。
③ 国家公務員定員削減問題
 前記前提事実のとおり,国家公務員の定員削減計画に対し,E高専当局として
は,学生課の実習係長であり,機械工学科技官として配属されていた前記Gが平成
6年3月をもって定年退職の予定であったため,その後任を補充しないことにより
対処する方針であったが,機械工学科としては,その実習に携わる者が削減される
ことは安全面からみて看過できない問題であった。このような理由もあって,それ
まで機械工学科では技官が削減されなかったのであるが,原告が学科主任を務めて
いたときにはじめて,上記のとおり,技官の削減が通告され,原告は学科主任とし
ての立場上非常に苦悩していた。原告は,後記女性職員の時間削減・待遇改悪問題
もあり,またもや機械工学科が標的にされたと思い悩んでいた。
 平成5年11月1日午後3時40分ころから,原告は,前記C学生課長とこの問
題について話し合いをしていた最中に,校長命令であるから従うようになどと激し
い言葉で迫られ,脳出血を発症したのであり,この時のやり取りが本件発症の引き
金になった蓋然性が高く,また,この問題に対する原告の苦悩の大きさが示されて
いるといえる。
④ 女性職員の時間削減・待遇改悪問題
 前記前提事実のとおり,平成4年3月末で退職予定の機械工学科日々雇用職員の
後任については,同年4月から時間勤務のパート職員を採用することになったが,
同措置について機械工学科のH教授(当時の同科学科主任)が機械工学科内の了解
を得ていないにもかかわらず,運営委員会において同科が了解している旨の虚偽の
報告をしていたことが判明し,同科において問題となり,後任の学科主任である原
告は苦悩していた。
⑤ 非常勤講師問題
 前記前提事実記載の標記問題は,前任の学科主任であったH教授がI金属側に対
してした約束内容とE高専に報告していた内容に食い違いがあったが(E高専には
I金属から特定の3名が非常勤講師として交代で授業を行う旨報告し,E高専はそ
の3名に対して委嘱していたのであるが,実際にはその3名以外の者が授業を行っ
ていたこともあった。),それが発覚したのは,原告が学科主任になってからのこ
とであった。
 原告は,平成5年10月12日,同月13日,同月18日にそれぞれ「非常勤講
師の委嘱関係」に関する事務をとり,同月25日にはこの問題についてH教授と打
ち合わせを行うなどしており,発症時においていまだ解決されていないこの問題の
処理について悩んでいたことが推認される。
⑥ 予算問題
 原告が学科主任を務めていた年にいわゆる細川連立政権が発足し,予算に関する
手続が変更された。従前は,限られた予算の中でE高専として学科ごとの順番を決
め,各年度ごとに予算要求をしていたのであるが,連立政権発足後,急に文部省か
らファックスが入り,1週間以内に個別の予算要求書を提出するよう指示されるよ
うになったのである。原告は,学科主任として,NC旋盤(平成5年10月21日
に検討会),オートグラフ(平成5年10月26日に打ち合わせ)等について見積
もりをとり,予算要求書の原案を作成した。この作業は従前の学科主任には求めら
れなかったものである。
⑦ 運営委員会等
 学科主任になれば,学科を代表し,また,学科をまとめるなどの公務があり,毎
月2回程度開催される運営委員会にも出席しなければならず,また,5年生担任と
して,学生の進学・就職に関する事務を行う必要があるなどそれ自体が激務であっ
た。
 以上のように,通常の公務(上記⑦,これ自体も激務である。)のほかに,原告
が学科主任であった時期には,それまでの学科主任にはなかった上記①ないし⑥の
特別な出来事ないし職務が付け加わったのであり,原告の苦悩は甚だしく,長時間
勤務による肉体的疲労も蓄積していた。
 本件発症の日である平成5年11月1日は,原告が学科主任になって半年ほど経
過した時期であり,上記のような困難な問題を多数抱えて疲労とストレスが非常に
蓄積していたころと考えられる。このことは,同年10月15日に,原告が普段と
異なり同僚のD教授を飲酒に誘った上,飲酒の席で定員流用問題や国家公務員定員
削減問題について愚痴をこぼしたり,発症前1週間ほどは自宅で原告の妻に対し
「大変だ」「問題があってしんどい」「校長として物の道理がわかっていない」な
どと話すなど,普段に比して尋常でない様子であったことからもわかる。
 以上によれば,原告の公務は特別過重なものであったというべきである。
(2) 被告は,以下のとおり,原告の基礎疾患(高血圧症)等の危険因子を過大に考
慮している。
 前記前提事実記載の原告の血圧値を日本高血圧学会(JSH)のガイドラインに
あてはめると,おおまかにいって,昭和63年から改善傾向にあるといってよく,
平成3,4年は軽症又は正常であった。平成5年6月17日測定分は中等症である
が,これは同年4月に学科主任に就任した後のものであり,これに伴う疲労やスト
レスの影響によるものと推認することが十分に可能である。そうすると,原告の高
血圧症は十分コントロールされていたということができるし,また,実際,機械工
学科教授として通常の公務を支障なく行っていたことからみても,自然経過的に高
血圧症が増悪した結果,本件発症に至ったとは考えられない。
 また,その余の危険因子としては飲酒が考えられるが,原告の飲酒量は,学科主
任になるまではビール1本程度であり,到底多量飲酒とはいえない。平成5年4月
に学科主任になってから,原告の飲酒量はビール2本程度に増加し,発症前1週間
の酒量はより多くなった(この増加には,学科主任としての過重な公務による疲労
とストレスの蓄積が大きく関係していると考えられる。)ものの,それでも多量飲
酒には該当しない。少なくとも発症の6か月前の時点における原告の飲酒は,危険
因子とはいえない程度であった。
(3) 以上述べたことから明らかなように,原告の本件発症は公務に起因するもので
ある。
(被告の主張)
(1) 原告が特に過重な公務に従事していたとの主張は争う。
 平成5年当時の原告の通常公務としては,授業を1週間に計26時限(後期はさ
らに2時限増加。1時限は50分。)担当し,機械工学科の他の教官と比較すると
やや多めではあったが,そのうち工作実習8時限は,複数の技官が分担して担当し
ていたものであった。また,原告は,5年生の担任として,学生の就職・進学等の
進路指導を行い,民間企業等からの来訪者との応対・折衝等も行っていたが,就職
については,求人数が就職希望者を大きく上回っていて,夏休みまでには概ね就職
先の見通しが立つような状態であったし,その他特に問題となるような事情はなか
った。さらに,原告は,平成5年当時,機械工学科の学科主任として各種委員会に
参画することを求められ,それら委員会の開催回数は,運営委員会9回のほか,そ
の他7委員会で合計21回あったが,各委員会は,最も時間がかかる場合でも2時
間程度であったし,開催状況の実態は,月2回程度開催される会議日に引き続いて
行われるというものであり,委員となることによって,特に負担が増したり,重大
な責務を負うというような性質のものではなかった。
 また,原告が過重要素として主張する特殊事情(上記原告の主張(1)の①ないし
⑥)については,以下のとおり,いずれも過重な公務といえるものではない。
① 定員流用問題について
 E高専においては,前記B校長を中心として,定員流用の解消を図るべく対応策
を考えるとともに,引き続き文部省高等教育局専門教育課とも協議を重ねたが,長
年の運用実態を変えることによって昇任等の際に不利益が生じることなどを理由
に,機械工学科内の教官が反対し,同科内で迅速な合意が得られなかったため,平
成5年1月12日に定員流用の早期解決が無理である旨を上記専門教育課に報告し
たところ,是正措置の実行を直ちに迫るものではない旨の返答を得た。その後も引
き続いて検討が重ねられ,原告が学科主任になる平成5年4月までには,概ね問題
点も出尽くして,方向性はほぼ固まりつつあった。同年9月20日に,B校長が,
機械工学科の学科主任であった原告に解決案を提示し,同年10月1日,原告から
B校長に対し,機械工学科として同案を了承した旨が伝えられた。なお,この問題
に関して,学校内で非常に混乱した事実も,異動対象となった教官が反対したこと
もなかった。
 原告は,定員流用問題が解決困難な問題であった事情として,予算削減等の不利
益を被る恐れがある重大な問題であったとか,一般教育科に所属していた方が機械
工学科に所属していた場合に比較して教授等への昇任が早くなる実情があったと主
張するが,上記のとおり,平成4年度中に上記専門教育課の了解を得ていたから,
予算削減の恐れはなく,現に削減されることもなかったし,一般教育科・機械工学
科を問わず,教授等の採用・昇任は,所定の要件・手続に基づいて行われており,
原告が主張するような実情はなかった(ちなみに,教授への昇任時の平均年齢は,
一般教育科で47.5歳,機械工学科で46歳であった。)。
② 実験中の学生の負傷について
 上記事故当時,原告は,実習工場主任を離れており,実習工場に関して直接責任
のある立場になかったので,この問題によって原告自身に重大な責任が及ぶわけで
も,過度の負担がかかるわけでもなかった。
 なお,機械工学科での学生事故は,昭和58年度以降5件(昭和58年度1件,
同59年度1件,同60年度2件,平成2年度1件)発生している。
③ 国家公務員定員削減問題について
 この問題について,定員削減によって生じるかもしれない実習等における教官の
負担増への懸念等から,前任の学科主任当時からすでに機械工学科教官の反対意見
があり,原告も,当時から問題の解決に気を配っていたが,これは,前学科主任当
時から継続していた問題を引き継いだものであり,定員削減はE高専としての既定
の方針であって,定員削減後の措置についてはC学生課長らが成案を得るべく種々
検討しているなど,原告が独自の責任で処理しなければならないという性質のもの
ではなかった。
 平成5年11月1日午後3時40分ころから,C学生課長と原告とが話し合いを
しているが,これは,以前から相談していた機械工学科及び実習係における平成6
年度以降の技官の人事配置関係について相互に内容を確認するため,同課長がとり
まとめた文書を示しながら原告に説明を行っていたものである。この時の話し合い
は,以前にも打ち合わせを行っており,原告が初めて聞くような内容は盛り込まれ
ていなかったし,言い争いや口論をするような雰囲気でもなく,ごく普通の穏やか
な状況でなされていた。
④ 女性職員の時間削減・待遇改悪問題について
 平成5年4月以降新たに非常勤職員を採用する場合は,時間雇用で採用すること
は,平成5年3月19日の運営委員会において決定されており,原告が学科主任に
なる前に解決していたので,原告に責任が及ぶ問題ではなかった。
⑤ 非常勤講師問題について
 平成4年度において,I金属側の都合により,委嘱した3名の非常勤講師以外の
者が代理で授業を行ったことはあったが,原告に責任のある問題ではなかったし,
原告が打ち合わせを行っていたことはうかがわれるが,いつも悩んでいたなどとい
ったことはなかった。
⑥ 予算問題について
 平成5年4月7日に文部省高等教育局専門教育課からE高専に対して,工作機械
の整備状況について調査があり,E高専は,NC旋盤,FAシステム(射出成形
機,溶接ロボット)及びメカトロニクス教育システム(レーザー加工機,手彫り放
電加工機)に関する資料を同年4月13日に提出し,結果として,同年6月28日
にNC旋盤の予算配分通知書を受領したことはあったが,これらの資料は,それぞ
れの工作機械の使用を担当する教官が中心となり,資料の収集,仕様書案の作成を
行っており,実習工場主任である助教授が中心となって作成したものであり,原告
にとって負担のかかるものではなかった。
 なお,原告主張中のオートグラフとは,M製作所製の精密万能試験機である「材
料試験用機器」であるが,原告の担当する機器ではなく,かつ,実習工場で使用す
るものではなかった。
(2) 原告は,かなり以前から,高血圧症と診断されて治療を受け,ほぼ毎年の健康
診断・人間ドックにおいても高血圧症と診断され,治療を受けるように指示されて
いたことからすれば,本件発症以前から脳出血を発症しやすい高度の基礎疾患を有
していたものである。このように,原告は,高血圧症の治療を指示されていたにも
かかわらず,また,飲酒を控えるよう指導されていたにもかかわらず,必ずしもこ
れらを遵守していたとはいえず,自らの健康管理に欠けるところがあった。
(3) 上記(1)に述べた原告の公務内容及び同(2)に述べた原告の基礎疾患等を総合す
ると,本件発症は,原告の従事した公務が有力な原因となって発生したものと認め
ることはできず,原告のかねてより有していた基礎疾患が自然経過的に進展した結
果,たまたま勤務中に発生したものとみるのが相当であるから,公務に起因するも
のとはいえない。
第3 争点に対する判断
1 国家公務員災害補償法に基づく障害補償給付がなされるためには,国家公務員
が公務上傷病を患うことが必要であり,それは,その傷病が公務に起因すると認め
られること(公務起因性),すなわち,傷病と公務との間に相当因果関係が存在す
ることである。そして,高血圧症等の危険因子を有していた原告が,公務遂行中に
高血圧性脳出血を発症した本件において,公務起因性が認められるためには,原告
の当該公務が脳出血の発症について相対的に有力な原因と認められる程度に過重な
ものであったと判断されることを要するというべきである。
2 そこで,原告の公務の過重性について判断する。
(1) 原告は,公務の過重性を基礎付ける事情として,①定員流用問題,②実験中の
学生の負傷,③国家公務員定員削減問題,④女性職員の時間削減・待遇改悪問題,
⑤非常勤講師問題,⑥予算問題,⑦運営委員会等,を指摘するとともに,①定員流
用問題について,原告が学科主任として運営委員会と教室会議との間で板挟みに遭
うような立場にあったこと,問題になった事柄が将来の教官人事やカリキュラムに
も関連し,容易に解決するような性質のものではなかったこと,②実習中の学生の
負傷について,機械工学科の中でこのような事故が起こったのが初めてであったこ
と,原告が工場の責任者としての自覚と認識を持っていたこと,③国家公務員定員
削減問題について,C学生課長と話し合いをしていた最中に本件発症に至ったこ
と,その際にC学生課長から示された案が原告にとって衝撃的な内容であったこと
などを主張し,また,その余の諸問題(上記④ないし⑦及び通常公務)とも併せ
て,学科主任としての立場上,原告の苦悩は大きかったとして,精神的負荷が過大
であったことを強調し,甲24,25,26の1ないし3,29ないし32,証人
Q及び同D中には,原告の上記主張に沿うかのような記載及び証言部分がある。し
かしながら,上記部分は,伝聞ないし推測によるものがあること,これを裏付け得
る客観的な資料のないこと及び後記(2)の認定事実に照らし,直ちには採用すること
ができない。他に原告の上記主張事実に沿う的確な証拠はない。
(2) かえって,原告の指摘する各事由について,以下のとおり認定することができ
る。
① 上記①定員流用問題について,証拠(甲14,15,乙67,証人A,B,
D)によれば,以下の事実が認められる。
 文部省から指摘された事項は,一般教育科に配置すべきでない助手を任用してい
ること,機械工学科にある応用数学・応用物理担当教官の定員を一般教育科に流用
していることの2項目にわたっているところ,前者については,遅くとも文部省に
報告した平成5年1月12日までには,平成6年4月に助手を講師に昇任させるこ
とにより解消するとの方針が定まった。後者については,平成5年1月22日の運
営委員会において,B校長が,応用物理担当のR教授・N助教授を移籍させるこ
と,移籍後は両教官に応用物理及び応用数学の一部を担当してもらい,応用数学の
必要授業数を充足できない場合は非常勤講師の採用及び一般教育科からの応援でま
かなうこと,移籍後のN助教授の教授籍は一般教育科が用意しておくこと,との提
案をし,同提案は,平成5年3月5日の運営委員会においていったんは了承され
た。ところが,同年4月13日,機械工学科の教官らが,配置換えをする応用数学
担当教官は,N助教授ではなく,応用数学専門の教官を充ててほしい旨の従前から
の要望を繰り返したため,B校長は,この要望に配慮しつつ,一般教育科の意向を
も実現する方策を模索することにした。そして,B校長は,同年6月,一般教育科
に対し,機械工学科から上記のような要望が出されていることを伝えるとともに,
応用物理を担当していたN助教授ではなく応用数学担当者を配置換えさせることの
可否について検討するよう指示した。一般教育科は,この指示に従って検討し,機
械工学科のP教授が定年退職した後の平成7年4月に,N助教授を情報処理担当と
して配置換えをし,応用数学担当教官は新規採用することを内容とする同科の案を
まとめ,平成5年9月16日,これをB校長に提出した。B校長は,同月20日,
原告に対し,一般教育科からの上記提案を伝え,機械工学科で検討するよう要請し
た。原告は,これを機械工学科に諮って了承を得,平成5年10月1日,B校長に
対し,機械工学科として一般教育科からの上記提案を了承すると伝えた。
 上記認定事実によれば,機械工学科が,平成5年4月にB校長に対して再考を求
めてから,同年9月に一般教育科からの提案を受け取るまでの間は,もっぱらB校
長や一般教育科が機械工学科の要望にも配慮した方策を検討していたものである
し,機械工学科がこれとは別個に独自の方策を検討していたことがあったとして
も,ほぼ毎週開かれていた同科の教室会議で話題にのぼったのは,平成5年4月か
ら同年10月までの間で5回(平成5年4月8日,5月25日,9月7日,9月2
1日,10月12日)にとどまるのであって(甲4),この問題をもって原告が過
重な公務に従事していたとはいえないし,原告にかかった精神的負荷が著しく過大
であったとまではいえない。
② 上記②実験中の学生の負傷については,前記前提事実のとおり,平成5年10
月29日,技官から原告に対して「教官がもっと責任をもってやるべきことをして
ほしい。このことを機械工学科の教室会議で伝えてほしい。」との要望が出された
が,これに対する対処として,同要望に基づき,機械工学科の各教官に周知徹底す
ることが考えられるほかは,原告がなすべき事項があったことを認めるに足りる証
拠はなく,また,仮に原告が周知徹底を図ったとしても,これをもって過重とは到
底いえないし,前記前提事実のとおり,この事故により学生が負った傷害の程度が
左足背に全治10日間ほどの打撲・挫創を負ったにとどまり重傷とまではいえない
こと,原告が負傷した学生の担当者であったわけではないことからすると,原告の
精神的負荷が過大であったともいえない。
③ 上記③国家公務員定員削減問題については,前記前提事実のとおり,原告が学
科主任になる前から,平成6年3月をもって定年退職するG実習係長の後任を補充
しないことにより定員1名を削減することが見込まれていたところ,証拠(乙1,
66,67,証人B,C)によれば,G実習係長が機械工学科の実験・実習に携わ
っていたという関係上,同科学科主任たる原告も意見を述べたり,相談に応じたり
することはあったものの,むしろ教員以外の職員の人事に関する問題についてはO
事務部長あるいはその意を受けたC学生課長が中心となって案を作成し,調整に当
たっていたことが認められる。そうとすると,原告が従事した公務としては決して
過重であったとはいえない。その上,上記認定事実に加えて,本件発症より3か月
ほど前の平成5年8月2日,原告が,P教授とともに,B校長に対してG実習係長
の後任技官を採用するよう求めたところ,同校長から拒絶されたこと(乙67,証
人B)や,同年10月20日ころ,B学生課長との話し合いの中で,G実習係長
の定年退職による定員削減を前提とする実習係長の後任等についていくつもの案が
出されたこと(乙66,証人B)をも併せると,原告は,機械工学科の学科主任と
して,G実習係長の後任技官の採用を要望しつつも,その反面,要望が通らない場
合をも慮って,種々の方策を考え,B学生課長とも話し合いをしていたことが認め
られるのであって(なお,このことは,甲7の26頁,甲8の85頁の各記載から
も裏付けられる。),原告が主張するように,この問題が本件発症の引き金になっ
たとは認められず,原告に与えた精神的負荷が格別過大であったともいえない。
④ 上記④女性職員の時間削減・待遇改悪問題,上記⑤非常勤講師問題,上記⑥予
算問題に関しては,原告がどのように対処することを要し,現にどのように対処し
ていたのかという点について,本件全証拠によっても明らかでなく,これらの問題
について,原告が,過重な公務に従事した,あるいは過大な精神的負荷を負ったと
認めるに足りる的確な証拠はない。
⑤ 以上の上記①ないし同⑥とは別に,原告は,前記前提事実のとおり,学科主任
として,毎月2回程度開催される運営委員会に出席し,学科を代表して意見を述べ
あるいは学校当局の意向や他学科の意見等を学科に持ち帰る必要があったほか,学
生の進路に関する事項(求人への対応,保護者を対象にした進路説明会,就職試
験,大学への編入学試験)の対処ないし準備に追われていた(証人D。なお,原告
がスケジュール帳や備忘録として使用していたノート《甲8》にもこれを裏付ける
記載が散見される。)ものの,これらはいずれも例年の学科主任が担当すべき事務
であって,原告のみがひとり過重な公務を負担していたというわけではない。これ
ら通常公務のほかに,上記各問題を抱えていたことを考慮しても,学生の進路に関
する事項の対処ないし準備は,主として4月から6月ころにかけてのものである
(証人D,上記ノートの記載からも,その傾向がうかがわれる。)のに対し,定員
流用問題及び国家公務員定員削減問題については,上記認定のとおり,いずれも原
告が主に携わったのはその後の8月ないし10月ころであって,時期的に重なって
いないといえるし,各問題に関する上記認定判断や,上記の通常公務の内容にかん
がみると,原告が過重な公務に従事した,あるいは過大な精神的負荷を負ったとま
で認めることは困難である。
(3) 以上によれば,身体的負荷及び精神的負荷の両面からみて,原告の公務が,脳
出血を発症した有力な原因と認められる程度に過重であったと認めることは困難で
あるといわざるを得ない。
3 なお,前記認定事実によれば,定期健康診断又はこれに代わる人間ドックにお
ける原告の血圧値は,WHO専門委員会が昭和53年に改定した高血圧判定基準
(正常血圧は最高血圧が140以下でかつ最低血圧が90以下,高血圧は最高血圧
が160以上かつ最低血圧が95以上あるいはいずれかを満たすもの,境界域高血
圧は最高血圧が141以上159以下,最低血圧が91以上94以下。甲27)に
従えば,昭和51年12月3日,昭和54年10月23日,平成3年6月8日,平
成4年6月15日を除いて,いずれも高血圧と判断される程度であったこと(昭和
54年10月23日は境界域高血圧),この間の昭和63年ころから平成3年3月
まで断続的に高血圧症に対する治療を受けており,治療期間中には血圧値が改善傾
向を示していた時もあったものの,その後ないしはその間の健診時の測定結果をみ
ると,平成元年6月には最高血圧140,最低血圧110,平成2年6月23日に
は最高血圧180,最低血圧130を示しており,改善された状態であったとまで
はいえないこと(なお,平成3年6月,平成4年6月の各時点における測定結果
は,いずれも正常値であったものの,それ以前に数年にわたって高血圧と判断さ
れ,高血圧症に対する治療を受けていた最中《平成元年6月》にも高血圧と判断さ
れる血圧値を示したことがあった点からみて,原告が罹患していた高血圧症が容易
に軽快するようなものであったとは考えにくい反面,このころに原告が高血圧治療
を受けていたことをうかがわせる証拠は全くないことからすると,平成3年6月及
び平成4年6月の各時点において高血圧症が改善されていたと認めることは困難で
ある。)が認められるのであって,以上を総合すると,原告の高血圧症は長年にわ
たって継続していたと認めることができる。そして,高血圧性脳出血は,持続的な
高血圧に起因する血管壊死ないし小動脈瘤等の血管病変(血管要因)に,血圧上昇
(血管内外の圧較差)が加わって発症するものと考えられており(甲27,乙7
5,76,82,証人J),高血圧は両者の関係において高血圧性脳出血の発症に
作用するものといえるが,前者(血管要因)の方がより大きな役割を果たしている
と考えられている(証人J。なお,乙76《80頁》記載の「正常な脳動脈は,た
とえ血圧が500mmHgに上昇しても破綻することはないといわれるが,脳出血患者
の脳動脈は,200mmHgあるいはそれ以下の血圧でも破綻してしまう。」との指摘
も同趣旨と解される。)という高血圧性脳出血の発生機序をも加味すると,本件発
症の原因を考察するに当たっては,長年にわたり継続していた原告の高血圧症がむ
しろ本件発症の有力な原因であったことがうかがわれるのであって,これを軽視す
ることはできない(J医師は,原告が本件発症より前に無症候性脳梗塞を患ってい
た可能性が大きいことを示唆するが《乙75,証人J》,そうであれば,より一層
原告の高血圧症が重視されなければならない。)。
4 以上によれば,原告が脳出血を発症したのは公務に起因するものであると認め
ることはできない。よって,原告の本件請求は理由がないから棄却することとし,
主文のとおり判決する。
和歌山地方裁判所第二民事部
裁判長裁判官   礒尾 正
裁判官   間 史恵
裁判官   田中幸大

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