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平成14年(行ケ)第505号 審決取消請求事件(平成15年11月12日口頭
弁論終結)
          判    決
       原   告      三共株式会社
       訴訟代理人弁理士   大 野 彰 夫
       同          矢 口 敏 昭
       同          平 木 祐 輔
       同          石 井 貞 次
       同          大 屋 憲 一
       被   告      特許庁長官 今井康夫
       指定代理人      佐 伯 裕 子
       同          種 村 慈 樹
       同          一 色 由美子
       同          宮 川 久 成
       同          伊 藤 三 男
       被告補助参加人    山之内製薬株式会社
       訴訟代理人弁理士   長 井 省 三
       同          矢 野 恵美子
          主    文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が訂正2002-39059号事件について平成14年8月27日に
した審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
原告は,名称を「新規サイトカイン」とする特許第2752819号発明
(平成3年1月29日〔以下「本件優先日」という。〕付け特許出願に基づく優先
権を主張して同年11月6日特許出願,平成10年2月27日設定登録,以下,そ
の特許を「本件特許」という。)の特許権者である。原告は,平成14年2月28
日,本件特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載の訂正(以下
「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書を「訂正明細書」という。)をする訂
正審判の請求をし,特許庁は,同請求を訂正2002-39059号事件として審
理した上,平成14年8月27日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審
決をし,その謄本は,同年9月6日,原告に送達された。
 2 訂正明細書の特許請求の範囲の記載
【請求項1】遺伝子操作によって得られ,ヒト由来の他の蛋白質を実質的に
含有せず,配列表の配列番号2(注,別紙のとおり)に示されるアミノ酸配列のう
ち,アミノ酸番号1~178までのアミノ酸配列から成る,脂肪細胞化抑制活性を
有する蛋白質,又は,該蛋白質の一つの部位において,一つのアミノ酸残基が欠失
若しくは置換されている該蛋白質の同効物。
【請求項2】遺伝子操作によって得られ,ヒト由来の他の蛋白質を実質的に
含有せず,配列表の配列番号2に示されるアミノ酸配列のうち,アミノ酸番号1~
178までのアミノ酸配列から成る,脂肪細胞化抑制活性を有する蛋白質。
【請求項3】請求項1及び/又は2記載の蛋白質を有効成分とする血球減少
症改善剤。
【請求項4】請求項1及び/又は2記載の蛋白質を有効成分とする抗肥満
剤。
(以下,【請求項1】~【請求項4】の発明を「訂正発明1」~「訂正発明
4」という。)
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,訂正発明1,2
は,Proc.Natl.Acad.Sci.USAVol.87,pp.7512-7516(October1990)(甲6-1,以
下「引用文献1」という。)記載の発明(以下「引用発明1」という。)である
か,又は引用文献1,平成2年6月25日東京化学同人発行,日本生化学会編「新
生化学実験講座1 タンパク質II-一次構造-」133頁~143頁(甲7,以下
「引用文献2」という。),FASEBJOURNALVol.4,A1713,107(June,1990)(甲8,
以下「引用文献3」という。)に基づいて当業者が容易に想到し得た発明であり,
特許法29条1項3号又は同条2項の規定により独立して特許を受けること(以下
「独立特許要件」という。)ができないものであるから,本件審判の請求は,同法
126条4項の規定に適合しないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
 審決は,引用発明1の認定を誤った(取消事由1)結果,訂正発明1,2の
新規性を否定し,また,訂正発明1,2と引用発明1との相違点の判断を誤った
(取消事由2)結果,訂正発明1,2の進歩性を否定し,独立特許要件を欠くとの
誤った判断をしたものであるから,違法として取り消されるべきである。
 1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り)
(1)審決は,引用文献1(甲6-1)に,「実質的に『組換えヒトIL-11成熟
体』についての発明が記載されている」(5頁第5段落)と認定したが,誤りであ
る。
(2)引用文献1(甲6-1)の頒布当時,たん白質を取得した際に,N末端ア
ミノ酸を分析することは極めて重要であった(平成2年6月25日東京化学同人発
行,日本生化学会編「新生化学実験講座1 タンパク質Ⅱ-一次構造-」〔甲
7〕,平成元年9月30日丸善発行,中島暉躬外編「新基礎生化学実験法4 一次
構造」〔甲10〕,平成2年2月26日東京化学同人発行,日本生化学会編「新生
化学実験講座1 タンパク質Ⅰ-分離・精製・性質-」〔甲11〕)。なお,比活
性は純度を推定する材料にすぎず,その値も各たん白質ごとに異なるので,比活性
の数値を挙げることだけで,たん白質を精製したことの証拠にはならない。引用文
献1の頒布当時,単にcDNAをクローニングしただけでは,組換えたん白質に関する
発明は完成せず,当該cDNAに対応するたん白質を取得したということはできず,N
末端アミノ酸配列の分析が必須であり,cDNAを取得し,たん白質を精製し,発現し
たたん白質の性質を調べることで,たん白質の発明が完成したと認められることに
なる。
(3)京都大学大学院生命科学研究科教授A作成の平成14年1月24日付け鑑
定書(甲15,以下「甲15鑑定書」という。)及び東京大学分子細胞生物学研究
所教授B作成の意見書(甲16,以下「甲16意見書」という。)によれば,引用
文献1(甲6-1)で開示されているのは,IL-11前駆体のORFにすぎず,IL-11成熟
体の塩基配列は,開示ないし示唆されていない。また,引用文献1の実験では,培
養上清中で確認された三つの活性と20kDa付近に見られた複数のバンドとの相関は
確認されておらず,図3Aに示されたSDS/PAGEアッセイの結果は,細胞培養液につ
き単にパルスラベルを行ったもので,感光されたバンドが確認できたという事実だ
けでたん白質の発現が確認されたとはいえないし,強いスポットがIL-11であるとす
る科学的根拠もないから,サルIL-11のORFについてCOS-1宿主細胞で発現したとは認
められない。本件優先日当時,引用文献1の図2に記載されている塩基配列の
IL-11のcDNAの3'非翻訳領域に存在する調節配列(ATTTAの繰り返し配列,ヌクレオ
チド配列番号707~724の「TTATTTATTTATTTATTT」)は,mRNAを不安定化さ
せる配列であるとされており(BIOCHEMICALANDBIOPHYSICALRESEARCH
COMMUNICATIONSVol.152,No.3,pp.973-980(1988),甲21),この3'非翻訳領域に
存在する調節配列を含んだ形で発現させた場合,宿主細胞内で安定に発現するか否
かは全く予想が付かなかったといえる。さらに,実際にサルIL-11を精製して比活性
まで求めているのであれば,その精製方法や比活性の計算方法を記載するのが技術
常識であるところ,引用文献1には,比活性の定義もなく,COS-1細胞産生IL-11の
精製に関するデータは示さないと記載されているのであるから,サルIL-11成熟体を
単離精製したとは認められない。
(4)上記のとおり,引用文献1(甲6-1)には,精製サルIL-11成熟体が記載
されていないのであるから,組換えヒトIL-11成熟体が実質的に開示されているとい
うことはできない。すなわち,引用文献1にはヒトIL-11のORFが記載されている
が,サルIL-11の発現についてすら確認されていないから,実際にヒトIL-11のORFを
ベクターに組み込んだ場合にヒトIL-11成熟体たん白質が発現するか否かは不明であ
る。ある生物のサイトカインが他生物に対しても同じ生物活性を示すとは限らず
(甲22,平成4年12月20日羊土社発行,須田年生著「実験医学バイオサイエ
ンス⑦ 血液幹細胞の運命」),サイトカインの作用が種を超えた互換性を示すか
否かは,個々のサイトカインごとに全く異なり,実際に実験をしてみないと予想で
きないことであるし,そもそもサルIL-11成熟体の構造は引用文献1では明らかにさ
れていないのであるから,当業者は,サルIL-11成熟体と「組換えヒトIL-11成熟
体」は全く異なる物質であると認識する。また,「組換えヒトIL-11成熟体」の単離
工程は,被告のいうような「常套手段を組み合わせて適宜行う範囲を超えるような
ものではない」というものではなく,本件優先日当時,非常に困難な工程であった
(甲15鑑定書,原告従業員C作成の平成14年1月23日付け「陽イオン交換樹
脂を用いたIL-11精製の予備実験に関する実験成績書」〔甲18,以下「甲18実験
成績書」という。〕)。さらに,精製したたん白質を用いたSDS-ゲル電気泳動であ
れば,電気泳動後のバンドを切り出してエドマン分解等により簡単かつ迅速にN末
端部分配列を決定することができるが,パルスラベル実験において単一のバンドが
認められたとしても,そのバンドと同じ位置にはラベルされなかった無数のたん白
質が存在し,SDS-電気泳動からバンドを切り出しても,N末端アミノ酸配列の決定
が困難であることは技術常識である(上記A作成の平成14年7月15日付け鑑定
書〔以下「甲23鑑定書」という。〕)。
 2 取消事由2(訂正発明1,2と引用発明1との相違点の判断の誤り)
(1)審決は,「仮に引用文献1に組換えヒトIL-11成熟体の発明が記載されてい
るとまではいえないとしても・・・引用文献1に記載される単離精製サルIL-11成熟
体という類似蛋白の製造方法に倣えば容易に取得できる・・・組換えヒトIL-11成熟
体についての発明は,本件優先日前の技術常識を考慮すれば,引用文献1~3
(注,甲6-1,甲7,8)の記載に基づいて当業者が容易に想到し得たものであ
り,その効果も格別のものではない」(審決謄本5頁第6段落~最終段落)と判断
して,訂正発明1,2の進歩性を否定したが,誤りである。
(2)引用文献1(甲6-1)には,サルIL-11成熟体の単離精製方法が記載され
ていないから,組換えヒトIL-11成熟体が,「引用文献1に記載される単離精製サル
IL-11成熟体という類似蛋白の製造方法に倣えば容易に取得できる」とはいえない。
組換えヒトIL-11成熟体の単離精製が困難であったことは,甲15鑑定書及び甲18
実験成績書からも明らかである。
(3)公知物質と化学構造が類似していても,その化学物質から予測できないよ
うな特有な性質を有する化学物質の発明は進歩性が肯定されるべきところ,訂正発
明1は,新規物質であり,かつ,当業者に予測できない生物活性を有するから,進
歩性が肯定されるべきである。引用文献3(甲8)には,マウスIL-6が脂肪細胞の
リポプロテインリパーゼ活性を阻害することが記載されているが,本件優先日から
わずか5か月程度前の論文である引用文献3の記載内容を技術常識として進歩性判
断の対象とするのは,妥当ではない。
(4)IL-11とIL-6とではアミノ酸配列が類似していないことから,IL-11にも
「脂肪細胞化抑制活性」があるとは想起しないのが自然なことである(甲15鑑定
書,甲16意見書)。IL-11に脂肪細胞化抑制活性があるかどうかは,前脂肪細胞に
IL-11受容体が発現しているかどうかに依存するのであって,仮に,IL-6とIL-11が
類似したサイトカインであるとしても,前脂肪細胞にIL-11受容体が発現していなけ
ればIL-11は脂肪細胞化抑制活性を示さないので,IL-11にその活性があるかどうか
は実験により調べる以外には知る方法がない。IL-11受容体とIL-6受容体がgp130を
共有することが本件優先日後に明らかとなったが,gp130(βサブユニット)ではな
いもう一つのサブユニット(IL-11受容体αサブユニット)の分布が細胞間でどのよ
うに異なっているかは,本件優先日当時不明であった。IL-6に脂肪細胞化抑制活性
があることが技術常識になっていなかった段階で,当業者は,サルIL-11がIL-6に類
似した活性を有することを見いだしたからといって,IL-11にも脂肪細胞化抑制活性
があると推定することはできない。
第4 被告及び被告補助参加人の反論
   審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り)について
(1)引用文献1(甲6-1)には,正確なサルIL-11のORFの塩基配列及び対応
するアミノ酸配列が記載されている。また,当該ORFで形質転換したCOS-1細胞培養
上清について確認されたT1165増殖刺激活性は,クローニングで用いたPU-34細胞自
身が有する活性としてあらかじめ確認された活性であり,COS-1細胞自身は有しない
活性であるから,当該活性を組換えサルIL-11成熟体の活性であると考えることに無
理はなく,「サルIL-11成熟体」の分泌が確認されているといえる。さらに,引用文
献1には,比活性が3×106
units/mgという高純度にまで精製された「サル
IL-11成熟体」が記載されている。これらのことから,引用文献1には,サル
IL-11成熟体についての十分な開示があるといえる。そして,サルIL-11の精製も容
易である。
  組換えたん白質の同定に当たって,N末端アミノ酸の位置を決定すること
は,さほど重要ではなかった。引用文献1(甲6-1)においては,既に精製され
たサルIL-11成熟体が取得されているから,精製たん白質をそのまま気相プロテイン
シークエンサーにかけることで,容易にN末端アミノ酸が決定できる。シグナル配
列を有する「ORF」を用いて哺乳動物細胞で発現させれば,シグナルペプチドの作用
で細胞膜を通過すると同時にシグナルペプチドが切断されるから,その培養上清中
に存在するたん白質は「成熟体蛋白質」であることが本件優先日前の技術常識であ
った(乙12,平成2年3月5日トッパン第1版第1刷発行「ワトソン 遺伝子の
分子生物学 第4版[下]」)。
(2)サルIL-11とヒトIL-11のORF配列を比較してみると,全体の長さが一致して
いるばかりか,シグナル配列は全く同一で,全ORFも塩基配列で約97%,アミノ酸配
列で94%という高い相同性を示すものであるから,当業者は,同一の文献内に「組
換えサルIL-11成熟体」の成功例が記載されているのを見たとき,まず,塩基配列で
はシグナル配列部分も一致し同一の長さであり,全ORFにわたって極めて一致性が高
いことから,サルの場合と同一のCOS-1細胞発現系を用いれば,同一の位置でシグナ
ルペプチドが切断されたヒトIL-11成熟体が培養上清に分泌されることを直ちに理解
する。次に,両アミノ酸配列の高い相同性から,塩基性の強さ,等電点などの物性
も類似するはずであり,同様の精製方法を用いて高純度まで精製可能であることも
理解するといえる。そして,引用文献1(甲6-1)のバイオアッセイにおいて,
サルIL-11のIL-11活性が,別異の生物種であるマウスの各種培養細胞で確認された
ことから見て,通常のサイトカインと同様の普遍性,互換性があることを理解する
から,当業者が,同じ霊長類のサルIL-11において確認された3種のIL-11活性は,
当然にヒトIL-11が呈する活性であると考えることも無理はないというべきである。
したがって,引用文献1には,「ヒトIL-11成熟体」についての発明が実質的に記載
されているということができる。
 2 取消事由2(訂正発明1,2と引用発明1との相違点の判断の誤り)につい

 サイトカインには,種を超えた普遍性,互換性がある。そして,引用文献1
(甲6-1)においては,「IL-11」と命名するに当たり,特に「多能性サイトカイ
ン」として知られたIL-6に類似した物質であることを認識していたといえるから,
確認した3種以外に更に他の生物活性があることも十分予測していたものである。
訂正明細書(甲2添付)の段落【0006】にも記載されているとおり,「脂肪細
胞化抑制活性」は,各種のサイトカイン類において観察されている極めてありふれ
た生物活性である上,IL-11と類似のサイトカインであるIL-6が脂肪細胞化抑制活性
を有することが確認されていた(引用文献3〔甲8〕)から,IL-11も同様の活性を
有する蓋然性が高いと考えるのは自然である。したがって,当業者にとって,IL-11
に「脂肪細胞化抑制活性」があることは十分に予測可能であった。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り)について
(1)引用文献1(甲6-1)には,以下の記載がある。
ア 「〈イントロダクション〉・・・PU-34細胞は,IL-6依存性プラズマサイ
トーマ細胞株T1165に分裂促進活性を生じさせることが判明した(7)。本論文におい
ては,サルCOS-1細胞系を用いた機能的発現クローニング(8~10)によって,このサ
イトカインをコードするcDNAが分子クローニングされたことを報告する」(被告提
出の訳文1頁最終段落~2頁)
イ 「方法 永久的ストローマ細胞株の樹立・・・別途述べる方法で(S.R.
ポールおよびD.A.W.,未発表データ),欠損型アンフォトロピック・トランスフォー
ミング・レトロウイルスベクターU19BLによって不死化させ,霊長類の長期骨髄培養
細胞からPU-34ストローマ細胞株を得た」(同2頁最終段落)
ウ 「バイオアッセイ・・・多因子依存性細胞株を用いて,PU-34の培養上清
の血球細胞の増殖刺激活性を測定した。サブコンフルエントに達した,25cm2
組織培
養フラスコ中のPU-34株に,組換えIL-1α(2units/ml)を加え,48時間後に培養上清
を回収した。通常IL-6応答性を有するマウスプラズマサイトーマ細胞株T1165(7)を
バイオアッセイに用いて,PU-34から作製したcDNAライブラリーの発現クローニング
を行った」(同3頁第2段落)
エ 「分子クローニングおよびRNAアッセイ・・・PU-34細胞を2units/mlの
IL-1αで24時間刺激した後,ポリ(A)+
RNAを常法に従って調製した。文献(10)に記載
されたように,IL-1αで刺激したPU-34細胞から調製した5μgのポリ(A)+
RNAから
cDNA発現ライブラリーを調製し,XhoIリンカーを介してCOS-1発現ベクターpXMへラ
イゲーションした。ライゲーション反応液でコンピテント大腸菌(HB101株)を形質転
換し,約500,000のアンピシリン耐性コロニーのライブラリーを作製した。
大腸菌コロニーをニトロセルロース膜へ転写し,いくつかに分けた後,常法に従い
プラスミドDNAを単離した。5μgの各プラスミドDNAを0.1mMのクロロキンを加え
たDEAE-デキストラン法によりCOS-1細胞へトランスフェクトした(10)。72時間後
にトランスフェクトしたCOS-1細胞の培養上清を回収し,上述のバイオアッセイに用
いた。陽性の集団が得られ,分割して行くことで1つの陽性プラスミドが単離され
た。このプラスミドに挿入されているcDNAの配列を,合成オリゴヌクレオチドプラ
イマーおよびスーパーコイルの鋳型を用いたジデオキシ法(17)により決定した」
(同4頁第2段落)
オ 「結果 細胞株の作製とPU-34培養上清の生物活
性・・・IL-6,IL-7,GM-CSF,M-CSF,G-CSF,およびLIF/HILDAを含む既知の増殖因
子に加え(データ省略),IL-1αで刺激したPU-34培養上清は,ヒトIL-6に対する中
和抗体存在下でも,マウスプラズマサイトーマ細胞株T1165(7)の増殖を刺激するこ
とが判明した(図1A)。このアッセイを,cDNAの発現ライブラリーのスクリーニン
グに用いて,サルCOS-1細胞へトランスフェクションした場合に,予想される新規な
T1165刺激活性が発現されるものを検索した」(同4頁最終段落~5頁第1段落)
カ 「PU-34 cDNAライブラリーの作製およびcDNAクローンpC1R6・・・pC1R6
をトランスフェクトしたCOS-1細胞の培養上清は,1:1000に希釈してもな
お,T1165細胞の[3
H]チミジンの取り込みを有意に刺激した(図1B)。図2に示し
たpC1R6 cDNA塩基配列には,199アミノ酸からなるポリペプチドをコードすると
予想される,597塩基の1つの長いORFが含まれていた。予想される開始コドンに
続いてすぐに,17~20の疎水性アミノ酸が存在しており,典型的なタンパク質
分泌リーダー配列とよく似ている。・・・pC1R6をトランスフェクトしたCOS-1細胞
を[35
S]メチオニンでラベルした培養上清のSDS/PAGE解析により,偽トランスフェク
トした対照には存在しない1つの20-kDaの主要な分子種の存在が明らかになった
(図3A)。これは,約180アミノ酸の分泌されたタンパク質に期待される分子
量と一致する」(同5頁第2段落~最終段落)
キ 「〈図の説明〉 図1・・・IL-1αにより誘導したPU-34細胞から産生さ
れたT1165増殖促進活性の同定。IL-1αで誘導したPU-34(A)およびpC1R6をトラン
スフェクトしたCOS-1細胞(B)の培養上清について,図示した最終希釈濃度におけ
るプラズマサイトーマT1165細胞の[3
H]チミジンの取り込み(cpm)を刺激する能力
を試験した。PU-34の培養上清は,過剰量の抗ヒトIL-6ヤギ中和抗血清存在下で試験
した。COS-1細胞産生IL-11の精製により得られたデータは,サイトカインの濃度は
100ng/mlであり,mgタンパク質あたり3×106
unitsの比活性を有することを示し
ている(データ省略)」(同9頁第2段落)
ク 「IL-11の生物学的活性・・・さまざまな造血細胞培養系におけ
る,PU-34由来のサイトカインの影響を解析したところ,巨核球の発生に対する顕著
な影響が明らかになった(図4B)。マウス骨髄細胞を標的とすると,このサイト
カインだけではほとんど効果はないが,IL-3による補助を受けると,巨核球のコロ
ニー形成を3倍に刺激した。IL-6も,IL-3依存性巨核球コロニー形成を強化するこ
とが見出されており(25,26),IL-6,およびPU-34由来のサイトカインの巨核球の発
生に対する効果は,定性的にも,定量的にも類似していた(データ省略)。これら
の結果は,このサイトカインが,巨核球産生の調節において重要な役割を果たして
いることを示している」(同6頁最終段落~7頁第1段落)
  上記ア~クの記載によれば,引用文献1(甲6-1)においては,T1165増
殖刺激活性を有する霊長類(サル)骨髄ストローマ細胞PU-34株からcDNAライブラリ
ーを作成し,T1165の増殖刺激活性を指標とするバイオアッセイで陽性のプラスミド
pC1R6を単離して,霊長類(サル)IL-11のORFの塩基配列を決定し,pC1R6でトラン
スフェクトしたサルCOS-1細胞の培養上清中に,偽トランスフェクトした対照には存
在しない分子量約20kDaのたん白質が存在することを確認したことが認められる。
(2)ところで,平成2年3月5日第1版第1刷トッパン発行,教育社編集企画
センター編「ワトソン 遺伝子の分子生物学 第4版[下]」(乙12)には,
「小胞体内腔に送りこまれるタンパク質は,ほとんど例外なくシグナル配
列(signalsequence,あるいはシグナル・ペプチド,signalpeptide)とよばれる
余分なペプチドをN末端にもっている。真核生物のシグナル配列は,原核生物の場
合・・・と同様に特定のアミノ酸配列である必要はないが,15~30個のアミノ
酸残基よりなり,疎水性アミノ酸に富んでいる。この配列が折りたたまれてらせん
状に巻いたヘアピン構造をとり,膜二重層に入りこめるようになると,輸送が始ま
るのだろうと考えられている・・・伸長中のポリペプチド鎖がシグナル配列のあと
に続いて膜を通過していく間に,シグナル配列自体はシグナル・ペプチダー
ゼ(signalpeptidase)とよばれる特殊なプロテアーゼで切断される」(731
頁)と記載され,この記載によれば,シグナル配列に対応する塩基配列を有する
ORFを真核生物である哺乳動物細胞中で発現させると,シグナルペプチドの作用で細
胞膜を通過すると同時にシグナルペプチドが切断されることが認められる。そうす
ると,引用文献1(甲6-1)においてサルCOS-1細胞の培養上清中に存在するの
は,サルIL-11のORFが発現し,シグナルペプチドが切断されてできた「サルIL-11成
熟体蛋白質」であることが,合理的に予想できるというべきである。
(3)また,上記記載によれば,引用文献1(甲6-1)においては,T1165の増
殖刺激活性を指標とするバイオアッセイで陽性とされたプラスミドpC1R6でトランス
フェクトしたCOS-1細胞の培養上清中のたん白質について,COS-1細胞にはない
T1165増殖刺激活性があることが確認されているから,活性とSDS/PAGEにおける20
kDa付近の複数のバンドとの相関関係まで確認されていなくとも,また,cDNAの塩基
配列にmRNAを不安定化させる配列が含まれているとしても,当該培養上清中にはサ
ルIL-11のORFの発現産物が実際に得られていると解するのが相当である。そして,
引用文献1には,図1の説明(上記(1)のキ)に,mgタンパク質当たり3×106
unitsの比活性を有する高度に精製されたサルIL-11が記載されており,これに加
え,上記(1)のクの記載において引用されている文献(26)(Exp.Hematol.,
Vol.18(January1990),pp.69-72,乙9)には,精製された組換えヒトIL-6(比活
性5.2×106
U/mg)を用いて未熟マウス巨核球細胞の増殖刺激活性を確認したこ
とが記載されていることから,上記クの記載は,文献(26)に記載された比活性5.
2×106
U/mgにまで精製された「組換えヒトIL-6」の巨核球発生に関する数値デー
タと,単に定性的のみならず「定量的に」も比較できるような程度まで精製された
サルIL-11が引用文献1において得られたことを裏付けるものということができる。
(4)以上検討したところを総合すると,引用文献1(甲6-1)には,精製さ
れたサルIL-11成熟体が記載されていると認めることができるが,原告は,この点を
争うので,更に検討する。
ア 原告は,甲7,10,11を挙げて,引用文献1(甲6-1)の頒布当
時,単にcDNAをクローニングしただけでは,組換えたん白質に関する発明が完成し
たということも,当該cDNAに対応するたん白質を取得したということもできず,N
末端アミノ酸配列の分析が必須であり,cDNAを取得し,たん白質を精製し,発現し
たたん白質の性質を調べることでたん白質の発明が完成したと認められることにな
ると主張するが,上記のとおり,引用文献1には,単にcDNAをクローニングしたこ
とにとどまらず,これを発現させて予想される活性の確認を行い,高度に精製した
ことまでが記載されており,これらの記載を総合すると,精製サルIL-11成熟体が記
載されているといえるのであるから,原告の上記主張は理由がない。
  加えて,原告が引用する甲7には,「多くの場合mRNAから翻訳されたポ
リペプチドはペプチド結合の切断や糖鎖の付加などを受けて成熟タンパク質とな
り,細胞において機能を発現する。シグナル配列や糖鎖の付加する可能性のある配
列である-Asn-X-Thr(Ser)-などのいくつかの規則は見いだされているものの,実際
に細胞において機能しているタンパク質の構造はcDNAの塩基配列から完全に確定す
るわけではない。タンパク質を用いて決定しなければいけない構造としてつぎのも
のがある。1)N,C両末端のアミノ酸配列」(21頁)と記載され,甲10に
は,「cDNAを検索するうえで,N末端分析を行うことは,必須ではない。しかし,
シークエンシングされたcDNAから,実際のタンパク質のN末端の予測はついても決
定することはできないので,最終的には目的とするタンパク質でN末端分析を行
い,それを決定する必要がある」(37頁)と記載され,甲11には,「タンパク
質が精製標品として得られたならば,まずその純度検定を行うとともに,いくつか
の基本的性質を調べておく必要がある。N末端分析はそのような目的に必要とさ
れ,また役立つ基本的分析の一つである。この分析により当該タンパク質を構成す
るポリペプチド鎖の数と種類についても知見を得ることができる」(467頁)と
記載されており,これらの記載から,たん白質の研究において,N末端のアミノ酸
配列の決定が重要なものであることは認められるものの,これらの記載が,たん白
質のN末端のアミノ酸配列が決定されていなければ,たん白質が取得されたことに
ならないとか,たん白質の発明が完成されたことにならないということまでを意味
するものということはできない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
イ さらに,原告は,甲15鑑定書及び甲16意見書を根拠に,引用文献1
(甲6-1)には精製サルIL-11成熟体は開示ないし示唆されていないと主張するの
で検討すると,甲15鑑定書は,「本論文(注,引用文献1〔甲6-1〕)には,
①サルcDNAライブラリーよりエキスプレッション・クローニング(expression
cloning)法にて,形質細胞腫の増殖活性を発現させるcDNAを選択し,このcDNAのヌ
クレオチド配列決定を行い,②当該cDNAを用いてCOS-1細胞を形質転換させ,いわゆ
るパルス・ラベルを行い,細胞培養外液(conditionedmedium)に分子量20kDa付近
の複数のバンドが発現されることを確認し,③当該細胞培養外液に3種の生物活性
(形質細胞の増殖活性,巨核球のコロニー形成活性,B細胞増殖活性)を見出し,
④得られたサルcDNAをプローブとしてハイブリダイゼーション法によりヒトcDNAラ
イブラリーのスクリーニングを行い,相同性のあるヒトcDNAが存在することを見出
し,このヌクレオチド配列を決定したことが記載されている」(3頁)ことを前提
として,「(4)サル・インターロイキン11(以下,「IL-11」という。)蛋白取得
の有無 本論文(注,引用文献1〔甲6-1〕)においてはパルスラベル実験によ
って新たにバンドが出現したこと,培養外液に3種の生物活性が確認されたことに
ついて報告しているものの,この実験事実だけでは実際に蛋白質を取得したという
ことはできないし,実質的に蛋白質を取得したに等しいとも言えない」(5頁最終
段落~6頁第1段落)とするものである。しかしながら,甲15鑑定書は,上記(3)
のとおり,引用文献1の図1の説明に,mgタンパク質当たり3×106
unitsの比活
性を有する高度に精製されたサルIL-11が記載されていること,及びこれを比活性
5.2×106
U/mgにまで精製された「組換えヒトIL-6」の巨核球発生に関する数値
データと,単に定性的のみならず,「定量的に」も比較したことについても記載さ
れていることを考慮していないから,採用することができない。また,甲16意見
書も,図1の説明や定量的な比較について考慮していないから,同様に採用するこ
とができない。
ウ 原告は,実際にサルIL-11を精製して比活性まで求めているのであれば,
その精製方法や比活性の計算方法を記載するのは技術常識であるところ,引用文献
1(甲6-1)には,比活性の定義もなく,COS-1細胞産生IL-11の精製に関するデ
ータは示さないと記載されているのであるから,サルIL-11成熟体を単離精製したと
は認められないとも主張する。
  しかしながら,引用文献1の図1の説明には,精製された「サルIL-11」
が「mg蛋白質(mgofprotein)あたり3×106
unitsの比活性を有すること」(上
記(1)のキ)が記載されており,当該比活性値がIL-11蛋白1mg当たりの単位数を示
したものであることは,「岩波理化学辞典 第5版」(甲19)の比活性の定義に
おいて,酵素の場合も1mg当たりの単位数で表している(1088頁)ことから明
らかである。さらに,単位の求め方については,引用文献1には,用いたT1165アッ
セイ法について,「T1165の増殖アッセイは,NordanおよびPotterにより記載された
方法を改変して行った。(7)」(被告提出の訳文3頁第2段落)と記載されていると
ころ,引用されている文献(7)(Science,Vol.233,pp.566-569(August,1986),甲
20)には,「我々は,活性の単位を,通常のアッセイ条件下でT1165tc細胞に対し
て[3
H]チミジン取り込み量の最大値の50%を誘導する量として定義する。(図
2)」(訳文最終段落)と記載されているから,引用文献1の比活性の単位の求め方
は,当業者が理解できるものと認められる。しかも,引用文献1において,比活性
5.2×106
U/mgにまで精製された「組換えヒトIL-6」の巨核球発生に関する数値
データと,単に定性的のみならず,定量的にも比較していることは上記のとおりで
あるから,当該数値データと定量的に比較できるような程度に精製されたサル
IL-11成熟体が得られていると解すべきである。また,引用文献1の筆者の一人であ
るD作成の供述書(乙10)には,「私がCOS細胞ならし培地から組換えヒト
IL-11の精製に使用した段階全ては,精製で使用したものがクロマトグラフィー材料
-その材料全ては商業的に容易に入手できた-であったので,タンパク質精製技術
の当業者に良く知られていた定型的な方法でした」(訳文2頁第3段落)と記載さ
れていることから,引用文献1に具体的な精製方法が記載されていなくとも,そこ
に記載されたサルIL-11成熟体は,当業者によく知られた方法で精製されたものであ
ると解するのが相当である。訂正明細書(甲2添付)の段落【0042】に「形質
転換体の細胞内または細胞外に生産される脂肪細胞化抑制因子は,該脂肪細胞化抑
制因子の物理的性質や化学的性質等を利用した各種の公知の分離操作法により,そ
れらより分離・精製することができる。該方法としては,具体的には例えば通常の
蛋白沈殿剤による処理・・・等を例示できる」と記載されていることも,IL-11成熟
体の精製が公知の方法で容易に行い得ることを裏付けるものである。
(5)次に,被告は,引用文献1(甲6-1)のバイオアッセイにおいて,サル
IL-11のIL-11活性が,別異の生物種であるマウスの各種培養細胞で確認されたこと
から見て,通常のサイトカインと同様の普遍性,互換性があることを理解するか
ら,当業者が,同じ霊長類のサルIL-11において確認された3種のIL-11活性は,当
然にヒトIL-11が呈する活性であると考えることも無理はないというべきであって,
引用文献1には,「ヒトIL-11成熟体」についての発明が実質的に記載されていると
いうことができると主張するので検討すると,引用文献1には,ヒトIL-11について
は,ORFが記載されているだけで,これを発現させたこと,活性を確認したこと,及
び精製したこと等について,具体的な記載は一切ないから,実質的に「組換えヒト
IL-11成熟体」が記載されていたとまではいうことができない。したがって,審決
が,引用文献1に,「実質的に『組換えヒトIL-11成熟体』についての発明が記載さ
れているということができる」(審決謄本5頁第5段落)と認定した点は,誤りと
いうほかないが,審決は,更に,「仮に引用文献1に組換えヒトIL-11成熟体の発明
が記載されているとまではいえないとしても・・・引用文献1に記載される単離精
製サルIL-11成熟体という類似蛋白の製造方法に倣えば容易に取得できる・・・組換
えヒトIL-11成熟体についての発明は,本件優先日前の技術常識を考慮すれば,引用
文献1~3(注,甲6-1,甲7,8)の記載に基づいて当業者が容易に想到し得
たものであり,その効果も格別のものではない」(審決謄本5頁第6段落~第8段
落)と判断して,訂正発明1,2の進歩性を否定しているから,進んで,この判断
の誤りを主張する取消事由2について検討する。
 2 取消事由2(訂正発明1,2と引用発明1との相違点の判断の誤り)につい

(1)引用文献1(甲6-1)には,ヒトIL-11のORFが記載(図2)さ
れ,「IL-11の発現の評価およびヒトIL-11cDNAの単離・・・MRC5細胞株から単離さ
れたヒトcDNA配列の解析から,霊長類およびヒトのコード領域は塩基レベルで約9
7%の同一性を有することが判明した(図2)」(被告提出の訳文6頁第2段落)
と記載されている。そして,引用文献1のバイオアッセイ(マウスプラズマサイト
ーマ細胞株T1165を用いた血球細胞増殖刺激活性測定法,マウス脾臓細胞プラーク形
成アッセイ,マウスCFU巨核球アッセイ,同3頁第2段落~4頁第1段落)におい
て,サルIL-11の3種の活性が別異の生物種であるマウスの各種培養細胞で確認され
たことから見て,IL-11は,種を超えた普遍性,互換性を有するもので,サル
IL-11と同様の活性をヒトIL-11も有すると解することができる。この点について,
原告は,ある生物のサイトカインが他生物に対しても同じ生物活性を示すとは限ら
ず(甲22,平成4年12月20日羊土社発行,須田年生著「実験医学バイオサイ
エンス⑦ 血液幹細胞の運命」),サイトカインの作用が種を超えた互換性を示す
か否かは,個々のサイトカインごとに全く異なり,実際に実験をしてみないと予想
できないことであると主張するが,生物種間での互換性のないサイトカインが存在
するとしても,引用文献1においてサルIL-11の3種の活性が別異の生物種であるマ
ウスの各種培養細胞で確認されている以上,IL-11が種を超えた不偏性,互換性を有
するものと解することに支障はない。そうすると,ヒトIL-11のORFの塩基配列は,
サルIL-11と高い相同性を有するのであるから,引用文献1において精製サル
IL-11成熟体を実際に取得したのと同様,COS-1細胞発現系を用いることによって,
サルIL-11と同様の活性を有する精製ヒトIL-11成熟体を取得することは,当業者が
容易にし得ることであると認められる。そして,精製したたん白質を用いたSDS-ゲ
ル電気泳動であれば,電気泳動後のバンドを切り出してエドマン分解等により簡単
かつ迅速にN末端部分配列を決定することができることは原告も認めるところであ
る(上記第3の1(4))から,上記のように取得された精製ヒトIL-11成熟体のN末
端のアミノ酸配列を常法に従って決定することにより,引用文献1に記載のORFの塩
基配列から推定されるアミノ酸配列から,ヒトIL-11成熟体の全アミノ酸配列が本件
明細書の配列番号2におけるアミノ酸番号1~178のものであると確認すること
に,格別の困難はないものと認められる。
  なお,原告は,甲15鑑定書及び甲18実験成績書を挙げて,組換えヒト
IL-11成熟体の単離精製が困難であったと主張し,甲15鑑定書には,「ヒト
IL-11成熟体は塩基性が異常に高い」(7頁最終段落),「塩基性蛋白質の精製に当
時最も煩雑に用いられるイオン交換体はCM-セルロース(またはCM-セファデック
ス)等の陽イオン交換樹脂であり,本件特許の発明者らも,このような基本セオリ
ーに倣い,当時最も汎用されていた陽イオン交換樹脂を5種(CMセファデック
ス,CMセファロース,SPセファデックス,CMバイオゲル,CMセルロース)使用し
て,ヒト脂肪細胞化抑制因子の吸着性及び溶出性を調べた。その結果以下の性質が
明かとなった」(8頁第2段落)と記載され,甲18実験成績書には,「溶出画分
での回収率は非常に低く,最も回収率の高かったCM-セファロースにおいても溶出画
分での活性回収率は29%と低く,他のカラムでは3.6~13%であった」(2
頁最終段落)と記載されている。これらの記載からは,汎用の陽イオン交換体を用
いた場合でも,低い回収率ながらヒトIL-11成熟体は回収されることが認められるか
ら,原告主張のようにヒトIL-11成熟体の単離精製が困難であったということはでき
ない。
(2)原告は,公知物質と化学構造が類似していても,その化学物質から予測で
きないような特有な性質を有する化学物質の発明は進歩性が肯定されるべきとこ
ろ,訂正発明1は,新規物質であり,かつ,当業者に予測できない生物活性を有す
るから,進歩性が肯定されるべきであると主張するので,訂正発明1,2が当業者
に予測できない顕著な生物活性を有するといえるか否かについて検討する。
  引用文献1(甲6-1)には,「予備的な生物学的特性の解析から,IL-11
には,プラズマサイトーマ増殖刺激に加え,イムノグロブリン産生B細胞のT細胞依
存的発達や,IL-3と共同したマウス巨核球コロニー形成を刺激することが示され
た。これらの特性から,IL-11は造血微細環境における新たな多機能性制御因子であ
ることが示唆される」(被告提出の訳文1頁下から第2段落),「T1165細胞
(注,IL-6依存性プラズマサイトーマ細胞株)の増殖を補助する以外にも,この新
しく発見されたサイトカインは,脾臓細胞の培養において,IgG-分泌型B細胞の産
生を刺激し,また,骨髄細胞クローン培養において,IL-3に依存した巨核球コロニ
ーの発達を促進する。これらの多様な生物学的効果は,他の多能性サイトカイン,
特に,IL-6とIL-7を連想させる。このため,我々は,この分子をインターロイキ
ン-11(IL-11)と称することを提案する」(同2頁第2段落)との記載があり,同
記載によれば,「IL-11」と命名するに当たって,「多能性サイトカイン」として知
られたIL-6に類似した物質であることが認識されていたといえるから,実際に確認
した活性以外の生物活性があることは十分予測し得たものと認められる。そして,
引用文献3(甲8)には,組換えヒトIL-6に脂肪細胞化抑制活性があることが記載
されているのであるから,IL-6に類似したIL-11にも脂肪細胞化抑制活性があること
は,本件優先日前に当業者が予測し得たことであったということができる。なお,
原告は,本件優先日からわずか5か月程度前の論文である引用文献3をもって進歩
性を否定することは妥当でないと主張するが,引用文献3が本件優先日前に頒布さ
れた論文であることは明らかであって,その頒布時が本件優先日からどれだけ前で
あるかは進歩性の判断を何ら左右しないから,失当である。また,原告は,IL-6に
脂肪細胞化抑制活性があることが技術常識になっていなかった段階で,当業者は,
サルIL-11がIL-6に類似した活性を有することを見いだしたからといって,IL-11に
も脂肪細胞化抑制活性があると推定することはできなかったとも主張するが,引用
文献3により,IL-6に脂肪細胞化抑制活性があることが,本件優先日前に既に公知
になっていたのであるから,訂正発明1,2の進歩性を判断するに当たり,本件優
先日前に公知となっていた当該事実を考慮すべきことは当然である。
  原告は,IL-11とIL-6とではアミノ酸配列が類似していないことか
ら,IL-11にも「脂肪細胞化抑制活性」があるとは想起しないし,IL-11に脂肪細胞
化抑制活性があるかどうかは,前脂肪細胞にIL-11受容体が発現しているかどうかに
依存するのであって,仮にIL-6とIL-11が類似したサイトカインであるとしても,前
脂肪細胞にIL-11受容体が発現していなければIL-11は脂肪細胞化抑制活性を示さな
いので,IL-11にその活性があるかどうかは実験により調べる以外には知る方法がな
いと主張する。しかしながら,アミノ酸配列が類似していないIL-11とIL-6とが,実
際に類似の活性を有することは,引用文献1(甲6-1)において確認されている
から,アミノ酸配列が類似していないことを根拠とする原告の主張に理由がないこ
とは明らかである。また,平成2年4月26日東京化学同人発行,大沢利昭編「現
代化学増刊18 サイトカイン-免疫応答および細胞の増殖・分化因子-」(乙
1)に「IL-6が多彩な機能を有していることを反映して,IL-6レセプターはさまざ
まな組織由来の細胞株に認められている(表6・2)」(79頁左欄)と記載され
ているように,IL-6の有する多彩な機能は,IL-6レセプターが多様な細胞表面上に
存在することに起因することが知られていたのであるから,当業者が,引用文献1
においてIL-6と同様多彩な機能を有することが確認されたIL-11のレセプターも,前
脂肪細胞を含む多様な細胞表面上に存在すると予想することになんら障害はないも
のと認められる。
  そうすると,本件訂正発明1,2に特定されたたん白質の有する「脂肪細
胞化抑制活性」が,当業者の予想を超える顕著なものであるとする証拠は見いだし
難いから,当該活性は本件訂正発明1,2の進歩性を肯定するに足りる効果である
ということはできない。
(3)したがって,原告の取消事由2の主張は採用することができない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由2は理由がないから,訂正発明1,2の
進歩性を否定し,独立特許要件を欠くとした審決の判断に誤りはなく,他に審決を
取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
    裁判官 早  田  尚  貴
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