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裁判例


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主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
被告は原告に対し、3872万2558円及びこれに対する平成9年10月29日
から支払済まで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は、原告が下記1(2)の事故を原因として、被告に安全配慮義務違反ないし不法
行為に基づく損害賠償を請求する事案である。
1 争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実
(1) 当事者(下記②につき、甲10、甲12、甲13、弁論の全趣旨)
① 被告は、各種産業設備機器の製造販売等を目的とする会社である。
② 原告(昭和45年A月B日生)は、インド国籍を有する者で、平成8年来日し
て、同年7月1日被告にアルバイトとして採用され、下記(2)の事故当時、溶接、ペ
ンキ塗り、材料切断などの雑役に従事していた。
現在、原告は、本邦における在留資格を取得していない。
(2) 本件事故の発生
① 時期平成9年10月29日
② 場所名古屋市C区D町字EF番所在の被告工場内
③ 態様新品の革手袋を着用して、メタルソー切断機(以下本件機械という)で鉄
パイプの切断作業をしていた原告が、回転している同機械のメタルソーで右手を負
傷。
(3) 本件機械の構造等(乙1、検証の結果)
同機械は、回転するメタルソーによって、バイスに固定したパイプ、角パイプなど
の金属材料に切断あるいは切込み等の加工を行なう機械であるが、その取扱説明書
には、以下の趣旨の注意書きがある。
① 本件機械使用中には、手袋の着用は避けて下さい。手袋をして作業しますと、
メタルソーに巻き込まれるおそれがあります(乙1・6頁)。
② 1回の切断又は切込み作業が終わるごとに、スイッチを切ってメタルソーの回
転が停止したのを確認し、切り落とした材料を取り除いてから、次の段取りをして
下さい(乙1・26頁)。
(4) 原告の傷害及び後遺障害認定
原告は、本件事故により右第4、5中手骨開放骨折、右総指伸筋腱断裂、右尺側手
根伸筋腱断裂、右手背挫滅創、右尺骨神経損傷等の傷害を受け、平成13年3月1
日症状固定と診断され、障害等級9級7号の認定を受けた。
(5) 原告に対する労災保険給付等(ただし、全額損害の填補になるか争いがある)
本件事故に関して、原告は、労災保険等から以下の支払を受けた。
① 療養補償給付705万4676円
② 休業補償給付615万9780円
③ 休業特別支給金205万2864円
④ 障害補償給付337万9022円
⑤ 障害特別支給金50万0000円
2 争点
本件の主な争点は、(a)被告の責任の有無(下記(1)①②。請求原因)、(b)過失相
殺の当否(下記(2)①③。抗弁)、(c)損害額(下記(1)③。請求原因)である。
(1) 原告の主張
① 本件機械による切断作業は、左手で台上の材料を固定し、スイッチを入れてメ
タルソーを回転させ、右手でハンドルで下げて材料を切断し、切断後メタルソーを
上げ、台上にある切断した破片を右手で拾って捨てるというものであるが、被告工
場では、材料を連続して切断するときには、電源を入れたままにしており、メタル
ソーは、上がったときも回転を続けていた。
本件事故は、原告が、上記手順で切断した角パイプの破片を右手で拾おうとした
際、革手袋の開口部の縁の部分(以下単に縁の部分という)が回転しているメタル
ソーに引っ掛かり、巻き込まれて発生したものである。
② 本件機械は、前示1(3)①のとおり、手袋をつけて作業すると巻き込まれるおそ
れがあり、革手袋でも縁の部分がメタルソーに引っ掛かって手が巻き込まれるおそ
れがあった。一方、原告は、主として溶接作業に従事しており、本件機械での切断
作業は月に1、2回しかなく慣れていなかった。
しかるに、被告には、本件機械に安全装置を備えず、また原告に本件機械の安全な
操作方法を教育するなどの措置を取らなかったから、安全配慮義務違反ないし不法
行為法上の過失がある。
③ 本件事故による原告の損害は、以下のとおり合計3872万2558円である
が、原告は、(ア)インドで大学を卒業し、自動車中古部品の販売会社に勤務するほ
か、ケーブルテレビの会社を設立するなどして1か月13万ルピー(1ルピー2.
6円として年収405万6000円に相当)の収入があり、(イ)日本における本件
事故前の年収は315万4330円だった。したがって、その逸失利益は、症状固
定後3年間は上記(イ)の、その後は上記(ア)の収入を基礎に計算するのが妥当であ
る。
(a)症状固定後の治療費1万1055円、(b)通院交通費25万1520円、(c)
文書料4725円、(d)入院雑費26万7000円、(e)休業損害438万346
0円(ただし、前示1(5)②の休業補償給付を控除後の金額)、(f)後遺障害逸失利
益1948万4798円(ただし、前示1(5)④の障害補償給付を控除後の金額)、
(g)入通院慰謝料402万円、(h)後遺障害慰謝料680万円、(i)弁護士費用3
50万円
④ 後示(2)①③の主張は争う。
複数のパイプを切断する場合、一々スイッチを切るのは相当効率が悪く、また手袋
をしている作業者が1回毎に2回もスイッチを操作するのはかなり面倒なことであ
る。下記のとおり安全教育をしていない被告工場で、1回毎にスイッチを切るとい
うような作業をしているとは考えられない。
原告は、被告から本件機械の場合を含め、作業の安全に関して注意、指導を受けた
ことはない。被告が新入社員にしたというのは、機械の操作方法を教えたにすぎな
い。平成13年10月12日被告工場での進行協議期日に、被告代表者が鉄パイプ
の切断作業を実演してみせた際、軍手をつけて作業しており、被告が主張のような
安全上の注意を与えていたとは考えられない。
(2) 被告の主張
① 前示(1)①②の主張は不知ないし争う。本件事故は、原告の自損行為であり、被
告に過失はない。
本件機械による切断作業では、材料を切断し、ハンドルでメタルソーを上げてか
ら、電源スイッチを切り、ソーの回転が止まってから、切断片を拾うもので、原告
主張のような事故が発生することは到底考えられない。原告が従事していたのは、
平鋼パイプを切断するつど、もとのパイプを裏返しておき直して、次の切断を行な
うという作業であり、このような場合メタルソーを回転させたまま作業すること
は、無謀極まりない非常識な行動である。
原告が本件事故時にしていた革手袋は、硬い革でできており、メタルソーの刃は表
面を滑ってしまい、巻き込まれることはない。また、革手袋をしたまま、上に上げ
たメタルソーに手を入れようとしても、手袋が大きいため、容易にメタルソーとそ
の下の台との間に入らず、本件事故後の実験でも、メタルソーの刃は革手袋の縁の
部分まで届かなかった(乙4③④)。
更に、原告の右手の切創は、中指の先端から約20センチメートルもあり、台上の
切断片をつまみ出す際、通常の姿勢では、メタルソーが右手甲部にかかることはあ
り得ない。
② 前示(1)②の事実は否認ないし争う。特に、インドでの収入については、ケーブ
ルテレビ会社に対する多額の投資自体信用できず、これにより安定した収入があっ
たとすれば、日本語もできない原告がミシンのセールスのために来日する理由もな
いなど疑義があり、主張の逸失利益は到底認められない。
③ 被告では、新入社員が初めて機械を扱う場合には、上司や熟練した先輩従業員
が作業手順をやってみせた後に、当人に反復操作させる等の指導をし、また原告ら
従業員に対しては、軍手など巻き込まれる危険性のある手袋をつけて作業をしない
よう注意を与えていた。しかるに、原告は、神経質な性格からか常時新しい革手袋
をつけて作業し、本件事故に遇ったものである。
したがって、そのほか前示①の事情も考慮すれば、仮に被告の責任が認められると
しても、大幅な過失相殺をすべきであり、被告の負担すべき損害は全体の10パー
セントを超えることはあり得ない。そして、仮に前示(1)③の原告主張の損害(弁護
士費用を除く)をそのまま認めても、これに前示1(5)の填補額を加えて計算すれ
ば、原告の損害は、全額填補済である。
第3 争点に対する判断
1 本件事故の経過及び被告の責任
(1) 判断の前提となる事実
① まず、本件機械の構造及びこれによる切断作業の内容等をみるに、(a)前示第
2、1(3)認定の事実、乙1、乙5、弁論の全趣旨、(b)いずれも後示採用すること
ができない部分を除く甲10、原告本人尋問の結果によれば、以下の事実が認めら
れる。 ア 本件機械は、電気モーターで回転するメタルソーによって、作業台上
にバイスで固定したパイプ、角パイプなどの金属材料を切断し、あるいはこれらに
切込み等の加工を行なう機械である。
同機械のメタルソーは、直径25センチメートルの円盤状で、周囲に金属切断用の
刃がついており、回転速度は、毎分53ないし63回と(それぞれ50ないし60
ヘルツの交流電流使用の場合)、比較的低速である。同メタルソーは、材料を加工
し、切断片を除去するため、付属のハンドルにより人力で上下させるようになって
おり、またメタルソーを取り付けたターンテーブルを水平面内で動かせば、材料の
切断角度を左右45度までの範囲で変更できるようになっている。
本件機械での加工の対象には、パイプ、角パイプ、アングル、丸棒など各種の金属
材料が含まれるが、その直径ないし横断径は、最大80ないし115ミリメートル
までで、比較的小型の材料が加工対象である。
本件機械の取扱説明書には、1回の切断又は切込み作業が終わるごとに、スイッチ
を切ってメタルソーの回転が停止したのを確認し、切り落とした材料を取り除いて
から、次の段取りをして下さいとの趣旨の記載があり(乙1・26頁)、正面から
向かって右側(以下本件機械に関して、前後左右をいうときは、原則としてメタル
ソーの正面からみて本件機械の方向を正面とし、これを基準に各方向を表示する)
にスイッチが付いていた。
イ 本件事故当時、本件機械は、角パイプを斜めに切断する作業に使用中で、メタ
ルソーは、機械正面からみて右45度にセットされていた。
この状態で、角パイプの切断加工を行なう場合、作業台上の左手にセットした未切
断の角パイプの位置を所定の加工ポイント(下降したメタルソーが台上で材料を切
断等する位置を、以下このように称する)に合わせ、バイスで固定し、次いでハン
ドルでメタルソーを降ろして切断し、今度はメタルソーを上げて切断片を除去する
という手順になる。
上記右45度にセットされた状態でハンドルを上げると、メタルソーを取り付けた
ピボット部が比較的後方の低い位置にあるため(乙3(1)参照)、メタルソーは、正
面からみて斜め前上方に遠ざかりながら引き上げられる形となり(たとえば、乙2
の①と④の2枚の写真を対比すれば、この点は明らかである)、その結果、(a)メ
タルソーは、その円盤の最下部が、加工ポイントより約10センチメートル程度高
い位置にくるとともに(乙2・①②、乙3・(1)(4)(5)、乙4②)、(b)前示アのと
おり、メタルソーの直径が大きくないことも手伝って、同刃体のうち加工ポイント
の手前に出ている部分の前後長も大きく減少し、ソーが上がった状態では、同ポイ
ント手前には、わずか数センチメートルしか出なくなってしまう(乙2①、乙
3(1)、乙4②ないし④、乙
6⑤)(なお、以上の距離関係は、写真に映っている関係部分を、前示ア認定のメ
タルソーの直径《25センチメートル》と写真上で対比することにより、大きな誤
差なく認定することができる)。
ウ 一方、被告工場では、本件機械は、立ったまま操作するようになっていたが、
これに付属する作業台は比較的低い位置にあり、身長約173、4センチメートル
の原告が、加工ポイントにある切断片をつまむ場合には、その腕を斜め下方に降ろ
す形にしなければならない。
本件事故発生当時、メタルソーは、上に上げられた位置にあり、スイッチは切られ
ていなかった。
② 次に、原告の傷害及び事故時に使用していた革手袋の形状、性質等について検
討するに、前示1(4)の事実、甲3、甲11の1・2、乙5、乙6、被告代表者尋問
の結果、後示採用できない部分を除く原告本人尋問の結果によれば、以下の事実を
認定ないし推認することができる。
ア 原告は、本件事故で、回転しているメタルソーによって、右手甲部に、手首の
小指側から前方親指側に向かって斜めに走る切創を被り、右第4、5中手骨開放骨
折、右総指伸筋腱断裂、右尺側手根伸筋腱断裂、右手背挫滅創、右尺骨神経損傷等
の傷害を受けた。
右手中指の先端から、上記切創の手首側の最先端までの距離は約20センチメート
ルで、創の長さは、約15センチメートル程度である(この点は、原告本人尋問の
際の概測による)。
イ 原告が本件事故後に使用していた革手袋は、現在その大きさ等を正確に認定す
ることはできないが、被告工場で使用しているものは大体よく似かよった大きさ、
形状で、開口部の縁から手指部の最先端まで約24、5センチメートル程度の革製
の新品であり、滑らかな表面だったと推認される。検証時に、同様の革手袋を使用
して実験したところ、縁の部分以外の各部を回転しているメタルソーの刃体に当て
ても滑ってしまい、本件機械に巻き込まれることはないが、これに対し革手袋の縁
の部分は、メタルソーの刃に引っ掛かり得る状態で、仮に引っ掛かれば、その中に
手を入れたままメタルソーに巻き込まれる可能性があるものと考えられる。
(2) 当裁判所の判断
① 前示(1)認定の事実によれば、本件事故は、革手袋の縁の部分がメタルソーの刃
に当たり、これに巻き込まれて生じる以外に、発生する余地がないものと認められ
る。
そこで、これが正常な切断作業中、あるいはこれに随伴する過誤によって発生し得
るか検討するに、その可能性を否定的に考えるのが相当である。
ア すなわち、メタルソーがハンドルで上に上げられた状態では、前示(1)①イ認定
のとおり、メタルソーの刃体は、加工ポイントの手前にはわずか数センチメートル
しか出ない状態になり、したがって、加工ポイントを通るメタルソー円周の接線
は、水平面との角度が数十度程度の高角度になるのが認められる。
そうすると、前示切断作業において、切断した金属片をつまむなど、これを扱う際
に、自己の腕をこの線に沿って伸ばし、前示のとおり革手袋の縁の部分をメタルソ
ーの円周部に当てようとすれば、肘を高くかかげ、手首関節をある程度底屈させる
のでなければ、そのような状態を実現するのは困難であると認められる(この点に
ついて、原告側による実演である乙7⑤⑥及び検証の結果中の同趣旨の部分を参
照)。
イ しかしながら、前示(1)①ウ認定のとおり、作業台という低い位置にある切断片
のような小さい物体をつまむ場合の一般的な人体の運動は、肘関節の床からの高さ
を比較的一定に保ったまま、同関節の屈曲により前腕部を上下左右に動かすのが通
常であり、また、低い位置の物体をつまむために、前腕を下げる場合には、手のひ
らをほぼ水平に保とうと、手首関節を背屈させる運動が自然に起こるから、前示の
ように、肘関節を高くかかげたり、手首関節を底屈させることは、あらかじめその
ような結果を意図してするのでなければ容易に起こり得ないものと認められるので
ある。
他方、物をつまみ上げる際、前腕の上昇に伴って、手首関節のある程度の底屈運動
が発生するが、この場合、前示のような位置にあるメタルソーには、手の甲部分が
最も接近する形になり、したがって、この場合にも、そのままの形では、長さ約2
4、5センチメートルの革手袋の縁部分をメタルソーに接触させることは困難であ
る(まず手の甲部分が接触した後、更に手をメタルソーに押し付ければ、縁がソー
にかかるが、これが意図的な動作になることは明らかである)。
ウ また、前示した場合と異なり、肘関節を比較的低い位置に保ち、手首関節を背
屈させたまま、革手首の縁の部分をメタルソーの刃体に当てようとする場合、検証
の結果によれば、革手袋をつけた手をメタルソーの直下のかなり奥まで入れる以外
に、このような状態が発生する可能性はないものと認められるが、前示(1)②イ認定
のとおり、問題の革手袋は、縁の部分以外メタルソーの刃体に引っ掛かる可能性が
ないのであるから、これも意識的に手をメタルソーの奥まで入れる等した場合しか
生ずる余地がないことは明らかである。
② したがって、以上認定したいずれの場合であれ、本件では、被告側において、
原告がこれらのような異常な行動に出ることを予想することは不可能というべきで
あり、そのようなケースを想定して本件機械に格別の安全装置を設け、あるいは原
告に対し安全教育等を行なうなどの義務を負担するものではないといわねばならな
い。
そして、この認定に反する甲10、原告本人の供述は、容易に採用することができ
ない。
2 結論
以上の次第で、原告の請求は、すべて理由がない。
名古屋地方裁判所民事第1部
裁判官夏目明徳

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