弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役1年6月に処する。
未決勾留日数中50日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,v会所属の弁護士であり,
第1Aに対する盗品等有償譲受け被告事件の弁護人であったものであるが,Bと
共謀の上,同事件の真犯人がCである旨主張し,同主張と合致する証拠を作出
しようと企て,平成18年2月28日ころ,東京都新宿区●●●町●丁目●●
番●号xビル1階「甲」(当時)店内において,Cの実兄であるDをして,
「銀行通帳の売買で逮捕されたAさんの弁護士費用と引っ越し費用のうち,私
と弟で100万円を出しました。これは,私たちのやった事でAさんが裁判に
なったお金です。」などと記載させ,C及びDが真犯人である旨の内容の虚偽
の別紙書面を作成し,同年9月6日,宮崎市旭2丁目3番13号宮崎地方裁判
所第205号法廷において,これを真正な証拠であるように装って同地方裁判
所刑事部に提出し,もって他人の刑事被告事件に関する証拠を偽造してこれを
使用し,
第2いわゆる振り込め詐欺グループの幹部であるEから依頼を受け,同グループ
の構成員であるFに対する詐欺被疑事件の弁護人であったものであるが,平成
18年11月2日午後4時7分ころ,東京都千代田区●町●丁目●番地警視庁
y町警察署接見室内において,Fと接見した際,それまで黙秘を貫くように指
示していたにもかかわらず,同人が事実関係を供述したい旨申し出たことから,
同人に対し,「ふざけるな。」と怒鳴り,接見室の仕切板を一回手でたたき,
「だれに頼まれて来てると思ってるんだ。雑用じゃねえんだぞ。Eにはお前で
すべて終わらせるように言われている。認めるんだったらすべてお前がかぶる
以外にないぞ。知らねえって言っておけばいいんだ。余計なことをしゃべった
ら,お前の女だってこっちで面倒見てるんだし,実家の住所だって知ってるん
だから,お前,どうなっても知らないぞ。」などと申し向け,もって他人の刑
事事件の捜査に必要な知識を有するFに対し強談威迫の行為をするとともに,
同人の親族の生命,身体等に危害を加えかねない気勢を示して脅迫し
たものである。
(証拠の標目)
省略
(補足説明)
[証拠隠滅被告事件(判示第1)]
第1争いがないか,または,証拠上明らかに認められる事実
1被告人は,v会所属の弁護士である。Bは,指定暴力団z1会二代目z2組
z3組組員であり,Aは,Bの運転手をしていた。また,Bは,同会z4二代
目z5組組長であるGと暴力団組織における兄弟の杯を交わしており,戸籍上
同人の養子となり,G姓となっていたこともあった。Hは,Gの配下の若い衆
であり,Bとも親交がある者である。Dは,Hの後輩に当たる者で,Gの運転
手を務めていたこともある。Cは,Dの実弟であり,HやGとも知り合いの関
係にある。
被告人は,知り合いの弁護士からBの刑事事件の弁護の依頼を受けたことか
らBと知り合い,その後もBやその知人の刑事事件や民事事件を受任していた
ほか,一緒に飲みに行くなどしていた。また,Bを通じてGとも知り合い,G
の刑事事件や民事事件も受任していた。
2Aは,平成17年11月10日,通帳売買に係る盗品等有償譲受けの被疑事
実により逮捕され,同年12月1日に起訴された(以下「A事件」という。)。
その公訴事実の要旨は,「Aは,氏名不詳者らと共謀の上,平成16年10月
25日,東京都豊島区内において,aが銀行から詐取した通帳2通等を,それ
らが詐取されたものであることを知りながら,Iを介してJから有償で譲り受
けた。」というものである。
3Bは,Aが逮捕された日に,被告人に対しAの弁護を依頼した。
被告人は,平成17年11月11日に,Aの弁護人に就任して同人と接見し,
その後,東京都新宿区内の喫茶店「乙」でBと会い,Aと接見したことの報告
をした。
被告人は,同月27日にAと接見した。また,そのころ,打合せのためにB
と会った。
被告人は,同年12月3日にAと接見し,その際,「Gが狙われている。
2通口座,これをGから金をもらって,現金とひきかえに,Gのところの若
い者といって受領した。」などと記載したメモを作成した。同日,被告人がA
と接見したのを受け,被告人,H及びBが,東京都新宿区内のスナック「丙」
に集まって話合いが持たれ,その席で被告人が接見の内容を報告した。
4被告人は,同月26日にA事件における検察官の請求予定証拠の開示を受け
たことから,同月末か平成18年の正月休みが明けてすぐのころ,被告人,H
及びBが乙に集まり,被告人が開示された証拠の内容を説明した(以下この会
合を「乙第1会合」という。)。
開示されたA事件の証拠には,取引相手であるJらが,A事件における通帳
の取引相手は,bと名乗っていたAであると述べた供述調書があった。また,
Jが作成したbを含めた取引相手のグループの組織を示した図面(以下「本件
組織図」という。)も開示証拠に含まれていた。本件組織図には,最初通帳の
注文をしてきたのはcと名乗る人物であり,その同じグループにdと名乗る人
物もおり,同人と2回会ったことがあること,bの上司としてeと名乗る人物
がいること,e及びcの上司としてfと名乗る人物がいること,グループのト
ップにはGがいることなどが記載されている。なお,fと名乗る人物はH,c
と名乗る人物はK,dと名乗る人物はLである。
5被告人は,その後,平成18年1月中旬ころ,Bと二人で会った。
6被告人は,同月17日にAと接見し,翌18日にA事件の第1回公判期日が
開かれ,Aは,同事件に関し身に覚えがない旨の陳述をした。また,被告人は,
別に真犯人がおり,その人物がある程度特定されつつある旨の意見を述べた。
7その日の夜,被告人,H,C,D,G及びBが乙に集まって話合いが持たれ
た(以下この会合を「乙第2会合」という。)。
8Bは,同年2月14日以降28日までの間に,HがGの指示でKらから集め
た現金のうちの一部をHから受け取った。
9同月28日,A事件の第2回公判期日において,Jの証人尋問が実施された。
Jは,自らが通帳等を譲り渡してきた人物と,平成16年10月25日にIを
介して通帳等を譲り渡した人物がいずれもAである旨証言した。また,被告人
がJにCの写真を示したところ,Jは,写真の人物に見覚えはなく,A事件の
犯人ではない旨証言した。
10同日夜,甲に被告人,D,C及びBが集まり話合いが持たれた(以下この会
合を「甲会合」という。)。その際,Dが別紙書面(以下「本件書面」とい
う。)を作成した。
11その後,同年3月中旬ころから,D及びCが被告人らからの連絡に応じなく
なった。
12同年3月28日,A事件の第3回公判期日において,Aに対する被告人質問
が実施された。Aは,通帳売買を一切行ったことがない旨供述した。
13同年5月2日,A事件の第4回公判期日において,被告人が冒頭陳述をし,
A事件の真犯人はCであり,同人もそのことを自認している旨の主張をした。
14被告人は,Cを証人申請して採用され,同月31日の第5回公判期日で取り
調べられることとなったが,同日,Cは裁判所に出頭しなかった。
15同年8月4日,東京地方裁判所において,A事件に関し,I,M及びCの所
在尋問が実施された。I及びMは,いずれも,bと名乗る人物はAである旨証
言し,Cは,自分はA事件の犯人ではない旨証言した。
16同年9月6日,A事件の第6回公判期日において,被告人は,Cが真犯人で
あることを立証趣旨として本件書面の証拠調べ請求をして採用され,取り調べ
られた。なお,被告人は,本件書面を裁判所に提出する前に,Bと連絡を取り,
提出について同意を得ていた。
さらに,同年10月25日の第7回公判期日において,Dの証人尋問が実施
され,被告人から,本件組織図に関し,「fの本名はだれ,cの本名はだれ,
dの本名はだれ,eは私です,bは弟ですと,あなたが私に説明したんだけれ
ども,そういう事実はなかったか。」と質問され,Dは,「そういう事実はな
かった。」と答え,また,本件書面に関し,被告人から,「あなたが下書きを
作ってきて,私にてにをはを直してくれないかと言って私が直してあなたが書
いたものではないか。」と質問され,そういう事実はないと否定する証言をし
た。A事件の論告弁論期日が同年11月15日と指定された。
17被告人は,同年11月9日,証拠隠滅の被疑事実により逮捕され,同月30
日に起訴された。
第2争点及び当事者の主張
証拠隠滅被告事件の争点は,(1)A事件の真犯人がCである旨の本件書面の
内容は虚偽かどうか,(2)被告人に本件書面の内容が虚偽であるとの認識があ
ったか,(3)本件書面は,被告人がBと共謀してDに作成させたものか,
(4)公訴提起が公訴権濫用に当たるかである。
争点(1)ないし(3)について,検察官は,被告人がBと共謀の上,内容虚偽
である本件書面を,その内容が虚偽であることを認識した上で,Dに命じて作
成させたものである旨主張する。これに対し,弁護人は,本件書面の記載内容
は虚偽ではなく,被告人はCがA事件の犯人と考えていたもので,本件書面も,
BがDに対し,C及びDらがA事件のために拠出した金銭が恐喝されたもので
はないことを説明する文書を書くように求め,Dがこれに応じて任意に作成し
たものである旨主張する。
また,争点(4)について,弁護人は,証拠隠滅被告事件の公訴提起は,被
告人の正当な弁護活動を妨害し,A事件の無罪判決を阻止する目的をもって行
われた違法なもので,また,切り違え尋問をするなど違法捜査を行った上でな
されたものであり,検察官が公訴権を濫用したものである旨主張する。
第3争点(1)ないし(3)に対する判断
1本件書面作成に至るまでの被告人らの行動状況等
(1)被告人がCを含む6人分の写真を入手した経緯と状況
アHは,当公判廷の証言及び検察官調書において,上記写真収集の経緯に
ついて,以下のとおり述べている。
(ア)乙第1会合の後,被告人から,「CD兄弟の写真を用意してく
れ。」と頼まれ,Dに対し,「お前とCの写真を持ってこい。」と指示
した。数日後,Dが白い銀行の封筒に入った写真を持ってきたが,CD
兄弟のほかにgの写真も入っていた。
これとは別に,Gから,h,iとjの写真も持っていくように言われ
た。Gは,被告人が私にCD兄弟の写真を集めるように言ったことを知
っていた。私は,CD兄弟らの写真と一緒の封筒にhら3人の写真を入
れ,乙第2会合の前に,被告人と二人で会って渡した。被告人やGから
写真を集めろと言われたから集めただけで,被告人にはどれがCの写真
かを説明していないし,被告人からも,どれがCの写真なのか,他の写
真は何なのかといった質問は受けていない。
(イ)以上のHの証言及び供述は,写真を渡すようHから要求されたとい
うD及びCの証言と符合するし,写真の収集を指示したというGの証言
とも符合しているほか,実際に被告人の勤務先の法律事務所からC以外
の者らの4枚の写真も発見されている。また,供述内容も具体的であり,
捜査段階からこの点に関する供述は一貫している。
これらに照らせば,前記のHの証言及び供述は信用することができる。
イ小括
そうすると,被告人がCを含む6人分の写真を入手した経緯と状況は,
被告人は,平成17年の年末か,または平成18年の正月休みが明けてす
ぐのころに行った乙第1会合の後,Hに対してCD兄弟の写真を用意する
ように指示し,それを知ったGは,Hに対してh,i,jの写真を被告人
のところに持って行くように指示し,それぞれ指示を受けたHは,CD兄
弟とgのほかhら3人分の合計6人分の写真を集め,同月18日の乙第2
会合より前の1月のある日に,被告人と二人で会って,6人分の写真を被
告人に渡し,その際,Hは,写真のどれがDでどれがCであるなどの説明
をしておらず,被告人も写真の説明を求めなかったことが認められる。
(2)平成18年1月18日の夜に行われた乙第2会合の状況
アDの証言要旨
平成18年1月ころに,GにCと来るように言われ,乙に行った。それ
までは,Aが逮捕されたことは知らなかった。乙には,被告人,G,B,
Hなのかもしれないが印象にない人と私とCが集まった。被告人は,Bや
Gにたばこに火を付けてもらったり,話しぶりも命令口調で,怖い人とい
う印象だった。
被告人からAが盗品譲渡しで捕まったことを聞いた。そして,被告人が,
Cと私に,「前あるか。」と聞いた。私は,「ない。」と答え,Cが,
「前って何ですか。」と聞いたら,被告人は,「ぱくられたことがある
か。」と聞き,Cは,「ないです。」と言った。Gが,「A君,帰ってこ
れるのかな。」と言うと,被告人が,「だれか出さないと帰ってこれねえ
だろう。」と答えた。すると,Gが,「うちの兵隊出します。」と言った。
兵隊とは,Cと私のことかなと思った。Gの発言は席にいる人たちには多
分聞こえていると思う。
そして,被告人が写真をスーツの上着の内ポケットから出してかざし,
Cに,「お前似てるな。」と言ったので,CがAの身代わりにさせられる
のかなと思った。写真は普通の大きさで現像とかに出して返ってくるよう
なもので,だれのものかは見ていないが,話の流れからAのものだと思っ
た。被告人がCに,「20日間我慢できねえか。執行猶予で出してやる。
シナリオを書いてやるから出ろ。」と言った。Cは下を向いて,おどおど
している態度だった。Cは,なぜ身代わりにならなくてはいけないのかと
聞いていないし,私も,Cがなぜ出ないといけないのかという質問は怖く
てできなかった。被告人からは組織図を見せられた。書き込みがあったか
なかったかよく分からない。それ以外に裁判記録を見ていない。組織図を
見せられ,被告人から,「弟がbでいけ。」と言われた。Bも聞いていた。
その後は特に何もなく,「もう帰っていいぞ。」と言われて終わった。
被告人からA事件の具体的内容についての説明を受けたり,CがIから
通帳を買ったかどうか尋ねられたりはしていない。IやJのことについて
も尋ねられていない。私たちからbがCであるとか,eが私であると言っ
たことはない。他の人が本件組織図のbがCであるとも言っていない。私
とCが本件組織図の偽名の説明をしたことはない。
イCの証言要旨
平成18年1月ころの夜,Dから,Gが呼んでるから行こうと言われ二
人で乙へ行った。用件は分からなかった。乙へ行くとG,B及び被告人が
おり,もう一人は余り記憶がない。Hがいた記憶はない。K及びLはいな
かった。被告人に会うのはこの日が初めてだったが,紹介などはなかった。
Bが一番怖くて他の人の記憶は余りない。私たちが最後に着いたと思う。
被告人は偉そうで,命令口調で話し,BやGを呼び捨てにしており,たば
この火を付けさせていた。BやGより暴力団員として上の地位だと思った。
最初弁護士と分からず,途中そうかなとも思ったが,最後まで弁護士と信
じていなかった。
被告人から,「前あんのか。」と聞かれ,私が,「前って何ですか。」
と聞き返すと,被告人が,「前科のことだ。」と言った。私は,「ありま
せん。」と答え,Dもないと言ったと思う。被告人からAがこういうこと
で捕まったという話があった。そして,Bが,多分Gに,「兄貴どうすん
だよ。」,「このままじゃ,Aが。」とか言った。すると,Gが,「うち
から兵隊出す。」と言った。兵隊が私かDのことだと思い,身代わりにさ
せられると思った。Gの発言はBにも聞こえていると思う。Dが,「自分
たちはやくざじゃないんで。」と言うと,Bが,「兄貴が捕まるってこと
はどういうことだか分かってんのか。」と怒鳴った。
被告人が,ファイルの中かバッグの中からだと思うが,写真を出してテ
ーブルの上に置いた。そして,被告人が写真を持ち,Bがのぞくように見
て,Bが私に対し,「ああ,お前のほうが似てるな。」と言った。写真は
Aの写真だった。以前Aと一緒に海に行ったことがあるので何となく覚え
ていた。見てすぐは分からなかったが記憶がよみがえってきた。被告人が
テーブルの真ん中に写真を置いたのでそのときに見た。
その後,被告人から,「シナリオを書いてやるから,20日間我慢でき
るか。」などと言われた。また,被告人がA4くらいの大きさの書類のよ
うなものを出し,「これがあればいつでも呼べるからな。」と言った。そ
の他の書類は見ていない。組織図を見たことはない。A事件の記録は読ま
されていない。会合中,私はほとんど下を向いていた。何か言われれば,
はあ,ということくらいしか言っていない。何で僕なんだろう,早く帰り
たいという心境だった。なぜ身代わりにならなければならないのかとは怖
くて聞けなかった。被告人かBに,「裁判までに時間があるから考えと
け。」と言われ会合は終わりになった。
会合では,被告人からA事件の日時,場所,通帳購入先等,具体的な内
容について説明を受けておらず,Iを知っているかとも聞かれていないし,
A事件に係る通帳売買についての事情聴取もされていない。私たちが自分
たちがやったとは言っていないし,本件組織図の偽名がだれを指している
のかも説明していない。宮崎の裁判に出るとも言っていない。証言して捕
まったらどうするんだろう,弁護士はどうするんだろうなどとも言ってい
ない。この会合で,だれかが,bがCであると説明したことはなく,Cは
Dにいいように使われているからかわいそうだという発言もなかった。
会合の後,1月末か2月に,とりあえず携帯電話を変えた。逃げたら家
族に何かあると思い,逃げなかった。警察に行くと,BやGから報復され
ると思い行かなかった。
ウDとCの証言の信用性の検討
(ア)DとCの証言は,乙第2会合における被告人やGらの発言内容につ
いてそれぞれの記憶に基づいて具体的に述べているし,被告人に対して
抱いた印象や被告人らの発言を受けて感じた心情等の証言には,体験し
た者が述べる迫真性も認められる。記憶にないことや,記憶があいまい
なところは正直にその旨述べている。
会合の際の状況については,会話の流れや実際になされた行動内容に
ついて,両名の証言内容はおおむね符合している。
(イ)また,被告人がAの写真を取り出したとの点は,Cは実際にAの写
真を見たと証言しているところであり,Dは推測として述べるものであ
るが,Cの面前で,被告人がCの写真を取り出してC本人と見比べる必
要性もないし不自然であることからすれば,Dの推測は合理的なもので
ある。
(ウ)さらに,被告人が「だれか出すほかない。」旨発言した点,Gが
「うちの兵隊を出す。」旨の発言をした点や,被告人がシナリオを書い
てやるなどと発言したとの点,ほぼ被告人が一方的に話をしていた点,
D及びCが意味のある発言をほとんどしていないといった点については,
Hが,この乙第2会合の様子につき,「被告人は,DやCに対し一方的
にものを言っている感じで,口調は荒かった。BやGにたばこの火を付
けてもらったことも多分あった。被告人はGに,『Aを出すんだったら,
だれか出さないと無理だぞ。』と言い,Gは,『うちの兵隊出します
よ。』と言った。DとCに,『おれが全部うまくやってやる。』とも言
った。また,写真を一人で見て,『似てるかなあ。』と言って首をかし
げたりしていた。『間違えるかなあ。』,『見ようによっちゃ似てんの
かなあ。』とも言っていた。」と証言していることとも符合するほか,
前科の有無を尋ねたという点ではBの証言とも符合している。
(エ)加えて,BやGは現役の暴力団員であり,また,被告人もBの依頼
でAの弁護をしている弁護士であるところ,DとCが,これらの人物を
罪に陥れる目的であえて乙第2会合の状況について虚偽の事実を述べて
いるとも考え難い。
(オ)なお,Cの証言には,記憶があいまいな部分も見受けられ,「B」
が写真を見ながら,やっぱりお前が似てるななどと発言したと証言する
部分は,D,H,Bの証言と違っているが,C自身,BやGもいて怖か
ったため記憶がはっきりしない部分があることが窺え,この点がCの証
言の重要部分の信用性まで揺るがすものではない。
(カ)そうすると,乙第2会合の状況についてのDとCの証言は,その基
本的な部分については信用することができる。
(キ)なお,弁護人は,Dは自ら作成した内容証明郵便に関し不自然な証
言をしており信用できない旨主張するが,内容証明郵便に関してDなり
の説明をしており,それがDの証言の信用性を揺るがすものとは認めら
れない。
弁護人は,Cが080から始まる携帯電話を使用したことはないなど
と偽証をしており,その証言は信用できない旨主張するが,Cは,この
点について,変更した後の電話番号を弁護人らに知られたくなかったか
らである旨説明しており,BやGから逃れて身を隠すなどしていた証拠
隠滅被告事件の経緯にも照らせばその説明が不合理なものとはいえず,
証言の信用性に影響を及ぼさない。
また,弁護人は,Cは実際に弁護士事務所あての封筒に住所とbの偽
名を書いた可能性があるのに,bという偽名を使用したことがない旨偽
証しており,その証言は信用できない旨主張するが,Cは,他の者に依
頼されて記載した可能性を否定しない旨の証言をしているところである
し,上記の封筒とA事件との関連性は不明であることから,その証言の
信用性に影響を及ぼすものではない。
エ被告人の供述
被告人は,乙第2会合において,DとCに,「A事件の犯人があなたた
ちで間違いないか。」と聞くと,二人が間違いない旨答え,Dが,自分が
eで,Cがbであるなどと説明したほか,他の者がどのような偽名を用い
ていたか説明した,会合では,Dが「Cを出したくない。」などと発言し,
出頭するかどうかでもめて,会合がまとまらなくなったなどと供述する。
しかし,これらは,前記のD及びCの証言に反するのみならず,H及び
Bが証言で,DとCが,Cがbであると認めた場面はなかったし,偽名に
ついて説明した場面もなかったなどと述べていることとも反するもので,
信用できない。
オ小括
以上によれば,平成18年1月18日夜の乙第2会合において,Gから
呼ばれて用件が分からずにやってきたDとCに対し,被告人が「前ある
か。」と尋ね,被告人がGの言葉を受けて,「だれか出さないと帰ってこ
れねえだろう。」と言ったのに対し,BがGに,「兄貴どうすんだよ。」
と言うと,Gが,「うちの兵隊出します。」と言ったこと,被告人がAの
写真とCを見比べながら,「お前似てるな。」と言い,さらに,「シナリ
オを書いてやるから,20日間我慢できるか。」,「弟がbでいけ。」と
言ったこと,Dが,「自分たちはやくざじゃないんで。」と言うと,Bが,
「兄貴が捕まるってことはどういうことだか分かってんのか。」と怒鳴っ
たことが認められる。
(3)JのA事件第2回公判における証言
アJは,平成18年2月28日に行われたA事件の第2回公判において,
前記(第1,9,p.7)認定のとおり,Jが平成16年10月25日に
Iを介して通帳等を譲り渡した人物,つまり,A事件の犯人はAである旨
証言し,また,被告人からCの写真を示されたが,その人物に見覚えはな
くA事件の犯人ではない旨証言した。
イ信用性の検討
(ア)Jは,A事件でIを介してAに譲渡した通帳等をMから有償で譲り
受けた罪により起訴され,平成17年7月に執行猶予が付された有罪判
決を受け,その判決も確定しているところ,その捜査段階から,取引相
手のbがAであると特定していたものであり,bとは10回から15回
直接会った顔見知りで,会ったときも相手の顔はよく見える状態で,長
いときは2時間くらい一緒にいたこともあることや,違法な取引をする
相手であるから,その人物を慎重に確認していたと認められることなど
から,記憶に鮮明に残っていたものと認められる。
(イ)Jは,bが「Gのところのbです。」と言ったと証言しているとこ
ろ,当時,AがGの弟分のBの運転手をし,また,逮捕されたAにGが
宅急便で差し入れするなど,Gとの交流があったものであるから,Aが
Jに対して,上記の発言をすることも不自然ではない。
(ウ)Jは捜査段階で,Aの写真面割りの前から,bの容貌について,年
齢が24歳くらい,身長が170センチから175センチくらい,色黒
でぼさぼさの茶髪頭,一見暴走族風の今風の男,黒っぽい服装,黒いル
イヴィトンのバッグを持っていた旨述べていたが,その容貌はAのそれ
とは矛盾しないし,その証言するバッグの形状はAが逮捕当時に所持し
ていたバッグの形状とほぼ合致している。
(エ)また,JはAの写真面割りにおいても,69枚の写真を順に見てい
く中でAの写真を目にしたとき,これがbだと言ってAの写真を選別し
ている。
(オ)Jは,A事件における証人尋問後,宮崎空港で偶然被告人と会い,
被告人からA事件の犯人がAで間違いないか聞かれたのに対し,間違い
ない旨答えている。
(カ)さらに,Jは,本件公判廷においても一貫して,Aが通帳等の取引
をしたbである旨を,当時の関係者の行動を具体的に説明しながら明確
に証言している。
ウ弁護人の主張の検討
(ア)弁護人は,Jが使用した写真面割台帳には,Aと同年代の者の写真
はなく,Jの指示に基づき収集されたz1会z2組関係者の写真のみで
構成されているなど,写真面割りの手続が不適切である旨主張する。
しかし,写真面割台帳の写真の中には,二十代と見える者はA以外に
も複数存在し,写真面割台帳は,Jが捜査官にz1会二代目z2組の関
係者の写真を見たいと申し出たのに応じて捜査官が作成したものであり,
作成経緯に捜査官の不自然な作為があったことは窺えず,また,面割り
の過程において捜査官の誘導や暗示があったことも窺えないことなどに
照らせば,写真面割りの手続が不適切であったとは認められない。
(イ)弁護人は,Jがbを見てから識別に至るまでの時間が長すぎ,その
証言は信用できない旨主張するが,Jの証言内容や写真選別の状況に照
らせば,識別に至るまでの時間のみをもってその証言の信用性が否定さ
れるものではない。
(ウ)弁護人は,AはA事件当時ひげを生やしていたのに,Jは捜査段階
当初はこの点を供述していなかったもののその後言及するなど,供述が
変遷しており,その証言は信用できない旨主張する。
しかし,Jは,bのひげは余り目立っていなかったような気がすると
か,自分はきちんと手入れしている場合にひげがあるという言い方をす
るなどとも証言していることに照らすと,Jが,ひげの点をbの特徴を
表すものとの印象までは抱いていなかったものと認められ,bに関する
Jの証言内容に照らしても,Jの証言の信用性に影響を及ぼすものでは
ない。
エ小括
以上からすると,平成18年2月28日のA事件第2回公判における,
Jの,A事件でIを介して通帳等を譲り渡した人物はAであり,Cに見覚
えはなくA事件の犯人ではない旨の証言は信用できるものであったと認め
られる。
(4)甲会合の状況
アDの証言要旨
(ア)平成18年2月28日の夜,Bから,弟と二人で来るように言われ,
Cとともに甲へ行った。Cと二人で店の外で待っていると被告人が来て,
店に入ろうかというときにBも来た。
被告人から,「腹決まったか。」と聞かれ,また,「おれがシナリオ
書いてやるからいけ。」と言われた。Bも,「この店使えるんだよ
ね。」とこの店はBらの息が掛かった店であるかのような言い方をした。
そして,被告人から,「弟一人出ても裁判がひっくり返らない。お前も
eでいけ。」と言われ,「お前らがやったという文面を書け。」と言わ
れた。私が,「何でですか。」と言うと,「いいから書け。」と言われ
た。本件書面作成に当たっては,被告人が口で言うことを私がひらがな
で書いていき,被告人から,「ああ,やっぱ,ここ消せ。」と言われて
書き直しながら,二,三枚ぐらい書き,消したところを全部つなげて清
書するという形で作成した。Cがコンビニにレポート用紙を買いに行っ
たかどうかは記憶にない。Lの秀の漢字が分からず,被告人から,「そ
んな字も書けないのか。」と言われた。Bが,この店にはBの息が掛か
っているような言い方をしたので,書かないと店から帰れないのかなと
思った。
(イ)本件書面の内容について,私とCで100万円は出していないし,
Hにお金を渡していない。LやKがお金を出したかは知らない。私は,
Lの下の名前を知らないので書けないし,長い文章も書けない。実際に
やっていないので,自分から「私たちがやったこと」とは書かないし,
お金も出していないので「100万円出した」とも書かない。お金をB
のところに持ってきた理由や経緯について書くように指示されて書いた
ものではない。
(ウ)本件書面は被告人が多分背広の内ポケットにしまった。被告人は,
立ち上がったときに,「出すからな。」と言っていた。Bも聞いていた
と思う。
(エ)甲を出るとき,出口付近で,被告人から,「逃げたら組織で追うか
らな。」と言われた。Bも,駐車場で,「弟逃がすなよ。」と言ってき
た。このことは,喫茶店でBに電話が架かってきており,Bが「兄貴」
と呼んでいたので多分Gからの電話であり,「兄貴,分かった。後で言
いますから。」というような言葉を聞いたので,Gの考えだと思う。
(オ)甲で自分たちがやったとは言っていない。出るならみんなで出たい
とも言っていないし,身代わりで出るようなことは言っていない。Cが,
「変装していたし,自分を分かるはずじゃないんだけどな。」などと発
言したことはない。
(カ)その後,被告人から電話があり,「腹決まったか。」と言われたが,
言葉を濁していた。同年3月半ばに自分の妻子とCとともに逃げて身を
隠した。仕返しが怖く警察には相談しなかった。
(キ)gから,自分たちが逃げた後にGが実家に押し掛けてきたことや,
gがGから,「DやCをかくまってたら殺すからな。」と言われたこと
を聞いた。
イCの証言要旨
(ア)平成18年2月28日の夜,被告人と会うつもりでDと甲へ行った。
BやGがいると話せないので,少しは期待して行った。店の外でDと二
人で待っていて,被告人が来たので店に入った。10分くらいしたらB
も来たので,被告人と話せるという期待はすぐ終わった。甲では4人だ
った。
(イ)被告人から,「C一人だとAを無実にできないからDと二人で出
ろ。」と言われた。優しい言い方ではなかった。ほかに,「シナリオを
書いてやる。」とも言われた。Bからは,「Cどうするんだよ。」と言
われた。初めてCと呼ばれ,このときだけ優しめの言い方だった。私が
被告人とBに,「何で自分なんですか。」と言うと,Bから,「お前は
決まっているんだよ。」と言われた。それでもう何も言えなくなり,反
論できる状態ではなかった。
(ウ)本件書面については,当時はどういう書面か全く分からなかった。
Dが被告人に言われたとおりにはいはいという感じで書いた。私は,D
が書面を書く前だった気がするが,Bから,「ノートを買ってこい。」
と言われてお金を渡されコンビニに買いに行った。ノートかレポート用
紙を買い,Bに渡した。
(エ)本件書面の内容について,Dと私は100万円を出していない。H
にお金を渡していない。Dと私にとって,HやBは怖い存在なので,彼
らの名前を書くこと自体おかしいし,目の前にいるのに,「B」と呼び
捨てで書くことはない。「私たちがやった」と,自分たちがしたことを
認めるようなことを書くこともない。
甲で,私たちがA事件をやったと述べたことはない。Dは,私を出さ
ずになんとからないか,みんなで出たいなどという発言もしていない。
私が変装していたなどと発言したことは絶対にない。Dが自分で書面を
用意して被告人に提出したということもない。
(オ)Dが被告人らに本件書面を書かされているときにBに電話があり,
「ああ分かっています。今書かしています。」という会話をしており,
Bに命令できるのはGだと思うので,甲会合にはGも関与していると思
う。
(カ)この日も結論が出なかった。帰り際にDがBに呼ばれ二人で話して
いた。後で,Dから,Bが,「弟を絶対逃がすなよ,説得しろ。」と言
ったと聞いた。帰りの車の中でDと,逃げないとまずいなという話にな
った。
(キ)その後,同年3月半ばに実家を出て逃げた。弁護士も絡んでいるの
で,だれも信用できず警察にも相談しなかった。
ウDとCの証言の信用性の検討
(ア)DとCの証言は,甲会合における被告人やBの発言内容,書面を作
成する際の状況,その際の被告人の言動,そのときどきの心情等につい
て具体的に述べているし,体験した者が述べる迫真性も認められる。記
憶にないことも正直にその旨述べている。
(イ)甲会合で被告人から記載内容を口授されて言われるままをDが書い
たという本件書面の作成状況について,DとCの証言は一致している。
また,Dが本件書面を被告人から強制的に書かされたと述べていたとの
Kの証言とも符合する。
また,会合の途中で,Gと思われる人物からBに電話があったという
点についても,DとCの証言は一致している。
(ウ)加えて,BやGは現役の暴力団員であり,また,被告人もBを通じ
てAの弁護をしている弁護士であるところ,DとCが,これらの人物を
罪に陥れる目的であえて虚偽の事実を述べているとも考え難い。
(エ)そうすると,甲会合における状況についてのDとCの証言は,その
基本的な部分において信用できるものである。
エ弁護人の主張の検討
(ア)弁護人は,本件書面の文章が稚拙であり,弁護士である被告人が作
成した示談書や合意書とはかけ離れており,被告人がDに口授して作成
させたものではない旨主張する。
しかし,本件書面の作成名義人は弁護士ではなくDであって,文書の
種類も示談書や契約書ではなく,過去に起きた事実関係を説明するもの
であるから,弁護士が作成する整然とした文章とは違って,稚拙な文章
であっても不自然ではない。そして,Dが被告人の言うことをひらがな
で書いていき,被告人から,「ああ,やっぱ,ここ消せ。」などと言わ
れて書き直しながら二,三枚書き,消したところをつなげて清書したこ
とからすると,本件書面の文脈に稚拙な部分があっても不自然とはいえ
ない。
(イ)また,弁護人は,被告人には本件書面を作成させる必要性も動機も
ないと主張するが,Dの証言によれば,本件書面作成後,それを背広の
内ポケットにしまった被告人が,「出すからな。」と発言していること
などからすると,被告人には本件書面を作成する必要性や動機があった
ものと認められる。
(ウ)本件書面では,Aの2回とHの1回,それぞれ名前が出る部分はい
ずれも「さん」付けで記載されながら,Bについては,2回名前が出る
うちの最初の部分は「さん」付けであったものが,後の部分では「B」
と呼び捨てになっているところ,DやCにとって怖い存在のBの面前で
Dが自ら作成した文書であるなら,Aと同様に一貫して「さん」付けで
書くのが自然と思われることからすると,Bを呼び捨てで書いた部分が
あることは,Bを呼び捨てにしていた被告人が口授したことを推認させ
るものである。この点,弁護人は,「さん」付けしたかどうかは微細な
点にすぎないと主張するが,賛成できない。
(エ)以上のとおりであり,本件書面は被告人が口授してDに書かせたも
のではないとの弁護人の主張は採用できない。
オ小括
以上によれば,被告人,BとD,Cの4人が集まった甲で,被告人が,
「腹決まったか。」,「シナリオを書いてやる。」,「弟一人出ても裁判
がひっくり返らない。お前もeでいけ。」,「お前らがやったという文面
を書け。」などと言って,Dに口授して本件書面を書かせたこと,Cが,
「何で自分なんですか。」と言うと,Bが,「お前は決まっているんだ
よ。」と言ったこと,途中,Bの携帯に電話があり,Bが,「兄貴,分か
った。後で言いますから。」とか「ああ分かっています。今書かしていま
す。」と言ったこと,被告人が本件書面を背広の内ポケットにしまった後,
「出すからな。」と言ったこと,店を出た帰り際,被告人が「逃げたら組
織で追うからな。」と言い,BがDに,「弟逃がすなよ。」と言ったこと
が認められる。
2本件書面作成時の被告人の認識についての検討
以上の各事実を前提に,被告人が,本件書面作成時に,DとCがA事件の犯
人ではないと認識していたかどうかを検討する。
(1)本件書面作成に至るまでの被告人らの行動状況等は前記(第3,1,p.
9)のとおりであり,以下,それに基づいて検討する。
ア被告人が,乙第1会合の後乙第2会合よりも前ころに,CD兄弟ら6人
分の写真を入手した経緯と状況は前記(第3,1,(1),p.9)のとお
りであり,それによれば,被告人は乙第2会合が始まるまでCと面識はな
く,写真のどれがCかは知らなかったものと認められる。
イ平成18年1月18日夜の乙第2会合における被告人らの言動は前記
(第3,1,(2),p.10)のとおりであり,被告人がGの言葉を受け
て,「だれか出さないと帰ってこれねえだろう。」と言い,BがGに,
「兄貴どうすんだよ。」と言うとGが,「うちの兵隊出します。」と言い,
その後,被告人がAの写真とCを見比べながら,「お前似てるな。」,
「シナリオを書いてやる。」などと言い,BがDに対し,「兄貴が捕まる
ってことはどういうことだか分かってんのか。」と怒鳴ったことなどに照
らせば,この乙第2会合において,被告人は,Cの顔つきや風貌を確認し
てAの写真と見比べ,Gの兵隊の中から「だれか出す」者を物色したもの
と認められる。
ウその後,平成18年2月28日のA事件第2回公判におけるJの証言内
容は前記(第3,1,(3),p.16)のとおりであり,Jは,A事件の
犯人はAであり,Cに見覚えはなくA事件の犯人ではない旨明言し,さら
に,帰りの宮崎空港で被告人から確認された際にも,犯人はAに間違いな
いと答えたことからすると,被告人は,Jの証言内容が堅く揺るぎないも
のであることが分かったものと認められる。
エ平成18年2月28日の夜の甲会合の状況は前記(第3,1,(4),
p.19)のとおりであり,前記のJ証人尋問後のその夜の会合で,被告
人は,「弟一人出ても裁判がひっくり返らない。お前もeでいけ。」,
「お前らがやったという文面を書け。」などと言って,Dに口授して本件
書面を作成させ,その途中,Gと思われる人物からBに電話があり,Bが,
「今書かしています。」と言い,また,Cに,「お前は決まってるんだ
よ。」と言い,本件書面作成後,被告人がDに,「出すからな。」,「逃
げたら組織で追うからな。」と言い,Bが,「弟逃がすなよ。」と言った
ものであることからすると,この甲会合において,被告人とBは,A事件
におけるJの証言に対抗させる証拠として,CをAの身代わりとして出廷
させるべくCとDに迫ったものと認められる。
(2)ところで,Hは,乙第1会合のとき被告人とBに対し,本件組織図に基
づいて,bの偽名を使っていたのはCであり,A事件の犯人はCであるのに
Aは間違われて逮捕されている旨説明したと証言し,被告人とBも,Hから
そのように説明を受けたため,A事件の真犯人はCであると信じた旨述べる。
この点,前記認定のとおり,被告人は,乙第1会合の後に,Cの写真だけ
でなくDの写真をも集めるよう指示し,HからCD兄弟ら6人分の写真を受
け取ったものの,Hから写真の説明はなく,被告人もHに対してCの写真が
どれであるかの説明を求めていないし,乙第2会合では,「真犯人を出
す。」とか「Cを出す。」というのではなく,「だれか出さないと帰ってこ
れない。」と特定の者を示さない言い方をし,これに対し,Gが,「真犯人
を出す。」とか,「Cを出す。」などと答えるのではなく,だれを出すのか
特定することなく,「うちの兵隊を出す。」などと答えており,さらに,被
告人がAの写真を取り出して見て,Cに対し,「お前が似ている。」と告げ
るなどして,Aと似た容貌の人物を物色している。そのほかにも,「シナリ
オを書いてやるから出ろ。」とか,Cに,本件組織図を示して「bでい
け。」などと述べているし,CがA事件の犯人かどうかについて直接質問を
して確かめることはなく,A事件のJやIとの面識の有無等についても確認
していない。
これらの被告人の言動は,乙第1会合において,Hから,bがCであると
聞かされた結果,CがA事件の真犯人であると信じていたとすれば極めて不
自然なものであり,被告人やBの言動に照らせば,乙第1会合でHが証言す
るような説明がなされた事実はなかったと認めるのが自然である。
したがって,上記のHの証言は虚偽であって信用できず,被告人とBが,
Hの説明を信じたために,CがA事件の犯人であると信じた旨述べるところ
も信用できない。
(3)そうすると,被告人とBは,乙第2会合で,実際にCに会って,その容
貌を確かめた上,最終的にCをAの身代わり犯人にすることを決めるととと
もに,そのための説得をしたものとみるのが自然である。
その後,被告人は,2月28日にJに対する証人尋問に立ち会い,JがA
事件の犯人はAであってCではない旨明言し,帰路の宮崎空港でもJからA
に間違いない旨の返答をも得た上で,その日の夜に行われた甲会合において,
Bが同席するところで,Dに対し,「弟一人出ても裁判がひっくり返らな
い。」とか,「お前もeでいけ。」などと発言をし,Dに口授する方法で本
件書面を作成させたものである。
(4)弁護人の主張
ア弁護人は,本件書面は,Bが,自らが恐喝行為をしたと言われないよう
にDに内容を指示し,それに応じてDが作成したものであると主張し,被
告人とBもおおむね同旨を述べている。
しかしながら,本件書面では,DとCはお金を出していないのに出した
ように書かれていること,関係者が支払った金額も実際とは異なっている
こと,HがGの指示に基づいてBの意向と関係なく金銭を集めたにすぎず,
Bは金銭を集めるのに何ら関与していないので,恐喝を心配するというの
も不自然であること,また,Hが証言するような集金の態様によれば,D
やLらがすすんでお金を提供した様子であり,恐喝を恐れるような集金の
態様とは窺われないこと,被告人も,A事件におけるDの証人尋問におい
て,恐喝と言われないように本件書面を作成したという被告人の主張を前
提とした質問をしていないことや,被告人はBから,甲の会合時もその後
も,本件書面の文面で恐喝にならないか否かの相談も受けていないことが
認められる。
そうすると,被告人の供述及びBの証言は不自然,不合理で信用できず,
弁護人の主張は採用できない。
イまた,弁護人は,乙第2会合や甲会合での関係者の言動がD及びCの証
言どおりであったとしても,被告人らがCがA事件の犯人と考えて行った
言動と考えても矛盾しない旨主張し,個々の言動の趣旨について縷縷主張
するが,関係者の言動を上記各会合前後の状況も含めた一連のものとして
みると,上記のとおりに理解するのが自然であって,弁護人の主張はいず
れも独自の見解というほかなく,採用できない。
ウ弁護人は,被告人が,本件書面をA事件に使用するためにDに作成させ
たのであれば,Cの所在尋問前に証拠調べ請求しているはずなのに,現実
には,被告人は本件書面の存在を失念し,Cの尋問終了後に取調べ請求を
しているのであって,これらの事情は被告人が本件書面を作成させたわけ
ではないことを推認させるものであると主張し,被告人もこれに沿う供述
をする。
しかし,前記認定のとおりの本件書面の作成状況や,その際,被告人が,
「出すからな。」と述べていたことや,Hの説明でCがA事件の真犯人と
信じたというのであれば,本件書面はAの無罪を証明する重要な証拠であ
ることからすると,その弁護人がCの尋問を行うための準備の過程で本件
書面の存在を失念したままであったというのは,いかにも不自然かつ不合
理である。CがA事件において,自らはA事件の犯人ではないとの証言を
したのを受けて本件書面を提出することにしたとみても不合理とはいえな
い。
そうすると,本件書面の提出時期から,直ちに被告人が本件書面を作成
させていないことが推認されるものではないので,弁護人の主張は採用で
きない。
エ弁護人は,被告人が平成18年2月4日の接見の際,Aに対し,B作成
の手紙を見せているが,この手紙にはAがCと間違われた旨の記載がある
など,Bが,CがA事件の真犯人であるとの認識をしていたことを示す記
載があり,被告人も自らの認識と異なる内容の手紙をAに見せるはずはな
いので,被告人がBとほぼ同様の認識を持っていたといえ,したがって,
Bの手紙は,被告人がCが真犯人であると認識していたことを裏付けるも
のである旨主張する。
しかし,Bの手紙は,その内容に照らし,被告人とBがCに対してA事
件の身代わり犯人として出頭を求めた乙第2会合の後に作成されたものと
認められ,Cを身代わり犯人とすることを前提とした上で作成されたもの
と認められる。そうすると,「Dの弟とお前がまちがわれたみたいだ」な
どの記載も,身代わり犯人としてCが出頭する話が進んでいることをAに
知らせ,ただ,そうした場合のデメリットも想定して,それでもよいかよ
く考えてほしいとのBの意向を伝えたものと認めることができる。
したがって,Bの手紙をもって,弁護人の主張するような,被告人がC
を真犯人と認識していたことの裏付けとすることはできない。
(5)小括
以上によれば,被告人は,DとCはA事件の犯人でないことを認識しつつ,
CをAの身代わり犯人とする計画の一環として,内容虚偽の本件書面を,内
容が虚偽であると認識した上でDに作成させたものと認められる。
3本件書面作成後,被告人が平成18年9月6日のA事件第6回公判で本件書
面を提出するまでの状況等
(1)平成18年2月28日のJ証人尋問及びその夜の甲会合の後,同年8月
4日のA事件における東京地裁でのI,M及びCの所在尋問までの出来事に
ついては前記(第1,11ないし14,p.8)のとおりである。
(2)平成18年8月4日のA事件での所在尋問におけるI,M及びCの証言
アIの証言
(ア)証言の要旨
Jの依頼で,平成16年10月25日にJR大塚駅に行き,同駅付近
のビルのところで,Mから通帳等を入手した。そして,これを,Jの指
示に従い,別の男に渡して現金を受け取った。その後,その現金から2
3万円を抜き取り,残りの現金をMに渡したほか,23万円のうちの2
0万円をJの指定する口座に送金した。通帳等を渡した相手はAである。
なお,Iは,自らが取引した相手がAである旨をA事件の証言時から
一貫して証言しており,本件における所在尋問においても同様に証言し
ている。
(イ)信用性の検討
Iは,A事件当日の1回相手に会ったにすぎないが,Iにとっては通
帳等の売買にかかわったという,印象深い事柄であったと考えられる。
相手を見たのも晴れた日の昼間で明るく,相手がマスクをしたり帽子を
かぶっていたという事情もなく,Iの視力も1.5及び1.0で問題は
なく,約10分弱と短時間ではあるが比較的まとまった時間二人でいて,
一番接近したときは1メートルくらいの距離で相対していたというもの
であって,その視認状況は比較的良いものであったと認められる。
取引相手の容貌は,捜査官に対して自発的に,20歳前半から半ばく
らい,色が黒く短髪で,身長がIより若干低く,目がちょっと垂れてい
るが,ちょっと鋭い目をした男性である旨具体的に供述しており,写真
面割りでも,写真を順に見ていく途中で気付いてAの写真を選んだ旨述
べていることからすると,写真面割り前後を通じて捜査官の誘導や示唆
があったような事情も窺われない。
以上によれば,平成16年10月25日に通帳等を譲渡した相手がA
であるとの,平成18年8月4日のIの証言は十分信用できるものであ
ったと認められる。
(ウ)弁護人の主張の検討
a写真面割りについて
弁護人は,J及びMの場合と同様に,Iの写真面割りの手続が不適
切である旨主張する。
しかし,Iは,写真を順に見ていく途中で気付いてAの写真を選ん
でいることや,写真面割台帳には二十代と見える者はA以外にも複数
存在していることなどに照らせば,写真面割りの手続が不適切であっ
たとは認められない。
b識別までの時間について
弁護人は,Iがbを見てから識別に至るまでの時間が長すぎ,その
識別供述は信用できない旨主張するが,Iの証言内容や写真選別の状
況に照らせば,識別に至るまでの時間のみをもってその証言の信用性
が否定されるものではない。
cしたがって,弁護人の主張するところはいずれも採用できず,Iの
証言の信用性に影響を及ぼさない。
イMの証言
(ア)証言の要旨
平成16年10月25日のA事件では,Iに通帳等を売り渡した。
A事件に係る取引時ではないが,Jが通帳等を譲渡していた相手を,
JR目白駅付近のマクドナルドの店内で見た。1階の座席で,Jが入口
に背を向け,取引相手が入口に向いて互いに向かい合って座っていたの
で,入口を入ってから,その横を通り過ぎて階段のところまで行く間に,
右斜め下の目線で見た。別の日,JR大塚駅付近のロイヤルホストの店
内から,店外にいるJと取引相手を見ている。これらの相手はいずれも
Aであった。
なお,Mは,自らが見たJの取引相手がAである旨をA事件の証言時
から一貫して証言しており,当公判廷においても同様に証言している。
(イ)信用性の検討
Mによれば,Mの視力は眼鏡を使用して約1.5で,マクドナルドに
おいては,店舗内であって明るさも識別には十分であったと認められる。
また,Jと相対している取引相手がどのような人物か興味を持って見て
いたし,その横を通り過ぎる間,一,二メートルくらいの距離から,四,
五秒くらい見た,取引相手も帽子をかぶったりマスクをしているという
こともなかったというのであるから,客観的視認状況も悪くなかったと
認められる。
Mは,Jの取引相手の容貌について,年齢については二十代前半から
半ば,色が黒く,目がぎょろっとしていて,不精ひげを生やし,髪をバ
ックにしたような,えらが張っている男などと具体的に供述しており,
写真面割りでも,写真を見ていってすぐに見たことがある人物であると
気付いてAの写真を選び,どこで見たか話をした旨述べていることから
すると,写真面割り前後を通じて,捜査官の誘導や示唆があったような
事情も窺われない。
以上によれば,Mが目撃したJの取引相手はAであるとの,平成18
年8月4日のMの証言は十分信用できるものであったと認められる。
(ウ)弁護人の主張の検討
a写真面割りについて
弁護人は,J及びIの場合と同様に,Mの写真面割りの手続が不適
切である旨主張する。
しかし,Mは,写真を見ていってすぐに見たことがある人物である
と気付いてAの写真を選んでいることや,写真面割台帳には二十代と
見える者はA以外にも複数存在していることなどに照らせば,写真面
割りの手続が不適切であったとは認められない。
b識別までの時間について
弁護人は,Mがbを見てから識別に至るまでの時間が長すぎ,その
証言は信用できない旨主張するが,Mの証言内容や写真選別の状況に
照らせば,識別に至るまでの時間のみをもってその証言の信用性が否
定されるものではない。
cマクドナルドにおける視認状況について
弁護人は,Mがマクドナルドの階段の位置を間違えていたため,視
認状況が変わっており,Mの証言は信用できない旨主張する。
この点,Mは,当初,マクドナルドの階段の位置を間違え,階段を
上りながら取引相手を見ていた旨供述していたところ,その後,Jと
取引相手の座っている席の横を通り過ぎながら取引相手を見たと証言
を変えているのであるが,いずれも右斜め下を見るような形で取引相
手を見たという状況に変化はなく,Mの視認状況に大きな影響を与え
るものとはいえない。
dしたがって,弁護人が主張するところはいずれも採用できず,Mの
証言の信用性に影響を及ぼさない。
ウCの証言
(ア)証言の要旨
Cは,A事件において,IやMと同じ日に行われた所在尋問で,弁護
人請求証人として証言し,平成16年10月25日に通帳やキャッシュ
カードを買い受けた事実はない,被告人に対して自分が真犯人で自首し
ようと思っているとか,裁判所にも出廷するなどと話したことはない,
また,被告人に対して本件組織図のfはだれ,cはだれ,dはだれ,e
はだれで,bは私ですと説明したことはない旨を明確に証言している。
(イ)信用性の検討
Cの当公判廷における乙第2会合の状況に関する証言の信用性(第3,
1,(2),ウ,p.13)と,甲会合の状況に関する証言の信用性(第
3,1,(4),ウ,p.22)は前記のとおりであり,いずれも信用
できるものである。
そして,平成18年8月4日のA事件の所在尋問における上記の証言
内容も,本件公判における証言と基本的に一貫していることからすれば,
上記のA事件の証言内容は十分信用できるものであったと認められる。
4本件書面提出時の被告人の認識についての検討
(1)被告人は,前記(第1,16,p.8)のとおり,平成18年9月6日,
A事件の第6回公判期日において,Cが真犯人であることを立証趣旨として
本件書面の証拠調べ請求をして採用され,受訴裁判所に提出した。
(2)ところで,前記(第3,2,p.24)のとおり,被告人は2月28日
の甲会合で,CがA事件の犯人ではなく,本件書面の内容が虚偽であること
を認識しながらDに作成させているところ,その後,8月4日のA事件の所
在尋問で,I,M及びCに対する各尋問に立ち会い,いずれもA事件の犯人
がCではない旨の各証言を聞いているのであり,これらの証言には,CがA
事件の真犯人であることを窺わせるような事情もなく,被告人にとって,本
件書面の記載内容が虚偽であるとの認識を弱めるどころか,かえって強める
ようなものであった。
また,甲会合後の3月中旬ころから,D及びCが逃亡して被告人らからの
連絡に応じなくなっていたところ,K,Lの証言及び被告人の供述によれば,
被告人は,それ以降も,KやLに事情聴取を行っていないことが認められる。
Cと連絡が取れなくなった以上,同人が犯人であると立証するために,Kら
関係者に事情聴取をする必要性がより高まったものと考えられるのに,被告
人はこれを行っておらず,Cの犯人性についての情報を収集していない。
(3)小括
このように,内容が虚偽であることを認識しながら作成した本件書面につ
いて,その後,その認識を弱める事情すらないまま本件書面の提出に至って
いることに照らせば,被告人が本件書面の内容が虚偽であることを認識した
上で,裁判所に提出したものと認められる。
5Bとの共謀の有無
(1)前記(第1,p.5)認定のとおり,Bは暴力団組織におけるGの弟分
の立場にあり,Aが逮捕された後は被告人とよく連絡を取り合い,平成17
年12月3日のスナック「丙」では,被告人から接見メモに基づいてGが捜
査の対象となっているとの報告を受けたものである。そして,Bは,乙第1
会合及び第2会合のいずれにも出席し,乙第2会合において,前記(第3,
1,(2),オ,p.16)認定のとおり,被告人が,「だれか出さないと帰
ってこれねえだろう。」と言うと,Gに向かって,「兄貴どうすんだよ。」
と言い,Gが,「うちの兵隊出します。」と応じているし,Dに対し,「兄
貴が捕まるってことはどういうことだか分かってんのか。」と怒鳴っている。
また,甲会合においても,前記(第3,1,(4),オ,p.23)認定の
とおり,被告人が口授した上でDが本件書面を作成した際も同席し,Cに対
し,「お前は決まっているんだよ。」と言い,途中Gからの連絡を受けて,
「ああ分かっています。今書かしています。」と言い,さらに,Dに,「弟
逃がすなよ。」と言っていることなどに照らせば,Bは,被告人と意を通じ
た上で,内容が虚偽であると知りながら本件書面をDに作成させたものと認
められる。
(2)Bについても,本件書面作成後,本件書面が虚偽であることの認識を弱
める事情は窺われず,また,Cの犯人性について情報を収集したといった事
情も窺われない。そして,前記(第1,16,p.8)認定のとおり,被告
人が本件書面を裁判所に提出する前には,被告人からその旨連絡を受けこれ
を了承したものであることからすると,本件書面の提出についても,被告人
とBとは意を通じていたものと認められる。
(3)小括
そうすると,被告人とBとの間には,内容虚偽の本件書面を裁判所に提出
することの共謀があったものと認められる。
6弁護人の主張の検討
(1)弁護人は,写真を集めたのは,写真をAに見せて捜査機関による捜査が
どの程度進んでいるかを確かめるためであった旨主張し,H及びGもこれに
沿う証言をしている。
しかし,写真入手の経緯と状況は前記(第3,1,(1),p.9)認定の
とおりであり,その後の乙第2会合の状況は前記(第3,1,(2),オ,p.
16)認定のとおりであるところ,それらによれば,被告人やGがHに指示
をして6名分の写真を集めさせたのは,Gの配下の者で,A事件に関与して
おらず,Aに似た人物を物色するためであったと認められる。この点,弁護
人が主張するような目的で写真を集めたのなら,被告人はその旨明確に供述
できるはずであるが,被告人は,HにはCの写真を持ってくるように指示し
たのに,なぜC以外の写真が集まったか分からないとか,C以外の写真を持
ってきた側の意図は,当時は聞いたと思うがその後すっかり忘れたなどと述
べたり,これらの写真を実際にAに見せたかについては供述をしていないの
であり,いずれも不自然といわざるを得ない。
そうすると,弁護人の上記主張は採用できない。
(2)弁護人は,Gに捜査の手が伸びるのを避けるために身代わり犯人を出す
必要はないし,Cを出頭させる方がむしろ危険であること,被告人はGより
もBと連絡を取っていること,GはAの弁護に関し金銭を出していないこと,
被告人もGのためには動いていないことなどから,本件はGに捜査の手が伸
びるのを避けるために行われたものではない旨主張する。
しかし,Gは平成15年7月に出所した前科を有しているところ,A事件
においては,AがGのところのbである旨述べた上でJと取引をしていたも
ので,Aが逮捕された後,被告人がAから,捜査機関がGを狙っている旨の
捜査情報を得て,それをGに報告していること,これを受けてGが伊豆方面
に身を隠していること,その後,乙第1会合が持たれ,Aと似た人物を物色
するためにCらの写真を集めたことにGも関与していること,Gが,D及び
Cを乙に呼び出すとともに,乙第2会合に出席し,兵隊を出す旨の発言をし,
被告人が会合においてCに出頭を求める説得をしたほか,BもDに対し,G
が捕まることがどういうことか分かっているのかなどと発言をしていること,
甲会合においてもBがGの指示を受けていることなどに照らせば,B及び被
告人は,Gの意向を受けて,A事件に関与していないCを身代わりとし,A
を釈放させることによりGに対して捜査機関の手が伸びるのを避けるために
行動していたものと認められるので,弁護人の主張は採用できない。
(3)弁護人は,被告人,B及びGには,A事件について,CをAの身代わり
犯人として出頭させる動機はない旨主張するが,上記(2)で認定したとおり
の本件の事実経過やその際の各人の言動にも照らせば,被告人,B及びGに
は,その動機があったものと認められるので,採用できない。
(4)弁護人は,Aが執行猶予付きの判決が予想されたので否認する理由も
ないのに一貫して否認していたことや,被告人がアリバイの成立の有無の調
査を指示するなどしていたこと,Hらの証言によれば被告人が誤認逮捕だと
述べていたこと,宮崎空港でJにAに間違いないのかなどと話し掛けている
ことからしても,被告人がA事件の犯人がA以外の者であると考えていたと
推測される旨主張する。
しかし,これまで認定してきた本件の事実経過に照らせば,上記の弁護人
が指摘するところは,被告人の認識に関する前記認定を覆すような事情では
ないし,Cを身代わり犯人とするという目的に照らせば,Aが否認を貫くの
は当然のことでもあり,弁護人の主張は採用できない。
(5)弁護人は,eと名乗る人物がDであることを前提に,①A事件関係者で
あるfを名乗っていたHや,eを名乗っていたDから,bの携帯電話に複数
回架電されているところ,その回数に照らせばCがbと考えられる,②Hは,
ロイヤルホストでCとともにJと会った旨証言している,③Hは,Cがbと
いう偽名を用いていた旨証言している上に,Cも公判廷で,封筒にbの氏名
を書いた可能性があることを認めており,自らが裁判に出頭した際に記載し
た出頭カードの文字とが酷似していることを認めざるを得なかった,④Hは,
DとAの関係について,昔は友達みたいだったが平成17年ころは話もしな
いし連絡もしない感じだったと証言し,D及びKの証言によれば,DとAは
仲が悪く,KはAを見たことがあるという程度の付き合いがあるにすぎない
ことから,AがKの代わりにJに会って取引をしたりDとともに通帳売買を
していたとは考え難い反面,Cが犯人であるとすれば,H,D及びKとも同
じc区出身のグループであり,通帳売買時の行動とも符合することなどから,
A事件の犯人であるbはCである旨主張する。
しかし,J,I及びMが,いずれもCの写真も見せられた上で,自らが取
引をしたり目撃した人物はCではなくAであると証言し,これらの証言が信
用できることは前記のとおりであるので,Cが犯人であるという弁護人の主
張を採用することはできない。
(6)その他,弁護人が縷縷主張する点を検討しても,本件の認定に影響を及
ぼすものではない。
7争点(1)ないし(3)についての結論
以上によれば,(1)A事件の真犯人がDとCである旨の本件書面の内容は虚
偽であり,(2)被告人とBには本件書面の内容が虚偽であるとの認識があり,
(3)本件書面は,被告人がBと共謀してDに作成させたものと認められる。
そして,被告人は,Bと共謀の上,本件書面が内容虚偽の証拠であることを
知りながら,平成18年9月6日のA事件の公判において,Cが真犯人である
との立証趣旨で,真正な証拠と装って提出したものである。
第4争点(4)に対する判断
1違法捜査に基づく起訴であるとの点について
弁護人は,証拠隠滅被疑事件の捜査を担当したN検事が,被告人の取調べの
際,違法な切り違え尋問を行って被告人の供述調書を作成しており,このよう
な違法捜査及び違法収集証拠に基づいてなされた証拠隠滅被告事件の公訴提起
は違法無効である旨主張する。
しかし,証拠隠滅被告事件の証拠構造は,D及びCの供述を基礎とし,これ
にJ,I及びMら関係者の供述や書証等を加えてそれらの信用性を判断し,ま
た,他の間接事実をも考慮するというものであり,被告人の供述を中心として
公訴の提起や維持がなされているものではない。また,弁護人が指摘する接見
メモの内容は,その文面から一義的に内容が明らかに分かるものではなく,検
察官及び弁護人がそれぞれの立場で主張する内容のものと解しても不合理では
ない多義的なものであり,本件の争点にかかる事実認定に用いるには証拠価値
の乏しいものである。このような接見メモの内容を巡って,N検事がAと被告
人の錯誤に乗じて供述調書を作成したとしても,捜査の手法としての相当性は
ともかく,その供述調書の,本件の争点に関する証拠としての価値は乏しく,
現に検察官は本件において,被告人の供述調書の請求を撤回している。
このように,本件の証拠構造からすると,接見メモとその内容にかかる供述
調書は証拠価値に乏しいものであるところ,そのような証拠の収集過程におい
て,仮に違法な捜査が行われたとしても,それが直ちに,他に適法に収集され
た重要証拠に支えられた本件の公訴提起の全体を違法無効とする程の重大な違
法であるということはできない。
よって,弁護人の主張は採用できない。
2被告人の弁護活動の違法な妨害であるとの点について
弁護人は,被告人の逮捕と起訴は,N検事がA事件が無罪となることを阻止
するために,被告人の弁護活動を妨害する目的で行ったものである旨主張する。
確かに,証拠隠滅の被疑事実による被告人の逮捕は,A事件の第1審公判手
続が進行している中で,論告弁論期日の約1週間前に行われており,その結果,
A事件の訴訟進行に重大な影響を与えたもので,刑罰法令を適正,迅速に実現
すべき刑事訴訟の原則に照らし,時期の点において著しく妥当性を欠くもので
あったというべきである。
しかし,逮捕の時期は,A事件の証拠調べが終了し,当事者の訴訟活動とし
ては論告弁論を残すのみとなった段階であり,A事件の弁護活動に与える影響
は比較的小さかったものと認められる。また,証拠隠滅被告事件の証拠構造が
上記1記載のとおりであることからすれば,N検事にA事件が無罪となること
を阻止する意図があったとまでは認めることはできない。
よって,弁護人の主張は採用できない。
第5結論
以上によれば,判示第1の事実を認定することができる。
[証人等威迫,脅迫被告事件(判示第2)]
第1争いがないか,または,証拠上明らかに認められる事実
1Eは,Fらとともに振り込め詐欺を行っていたが,Eら幹部グループの関与
が捜査機関に発覚しにくいように,幹部グループと,現金の引き出し役やだま
し役という捜査機関に発覚しやすい立場の者との間に,クッションと呼ばれる
連絡役を置き,幹部を知る者を少数にしていた。そのため,Eの関与の事実を
知っていたのは,幹部及びクッション役のみであり,Fもそのクッション役の
一人であった。Fは,振り込め詐欺に使う預金口座を用意させたり,詐欺の実
行役らからの報告を受けたり,詐取金を回収するなどの役割をしていた。
2Fは,平成18年9月21日,勤務先のホストクラブの無許可営業に関し,
風俗営業の規制及び適正化に関する法律(以下「風適法」という。)違反の被
疑事実で逮捕された。
Eの存在を知る者の中で一番最初に逮捕されたのがFであるが,その時点で
は,FがEらの存在を供述しない限り,Eらの存在は捜査機関に明らかになら
なかった。加えて,Eは,Fに対し,Fが警察に捕まった場合にはEのことを
供述しないようにと伝えており,Fもこれを了承していた。
3被告人は,Bの紹介によりEと会い,Fの弁護をすることとなり,9月24
日,27日,10月11日,14日にFと接見した。また,10月5日付けで,
風適法事件に関する付添人選任届を作成した。
4Fは,10月16日,振り込め詐欺に関する被疑事実により逮捕され,警視
庁y町警察署に勾留された。Fが逮捕された段階では,捜査機関は,Fより上
位の人間の存在は解明できておらず,上位の人間の存在の可能性がある一方,
Fが最上位の立場の可能性もあると認識していた。
5被告人は,10月16日,17日,21日,26日,28日,11月2日
(接見時間は,午後4時7分から午後4時30分まで),7日にそれぞれFと
接見した。また,10月21日に,詐欺事件に関する弁護人選任届を作成した。
6Fは,11月16日にEの名前を出して上位の人間の存在を供述し,その結
果,Eら関係者が逮捕されるに至った。
第2争点及び当事者の主張
証人等威迫,脅迫被告事件の争点は,(1)被告人が,Fに対して,強談威迫,
脅迫行為を行ったか,(2)平成18年11月2日のFとの接見当時,被告人は,
Fが,Eらの振り込め詐欺事件の捜査に必要な知識を有すると認められる者で
あるとの認識を有していたか,(3)本件公訴提起が公訴権濫用に当たるか,で
ある。
検察官は,争点(1)及び(2)の事実が認められると主張するのに対し,弁護
人はいずれも否定し,弁護人は争点(3)の公訴権濫用を主張して公訴棄却すべ
きであるとするのに対し,検察官はそれを否定する。
第3争点(1)に対する判断
1Fの証言及び供述
(1)証言及び供述の要旨
アEとは高校生のときに知り合い,家出をした際に面倒を見てくれるなど
したため,平成17年初めころにはE抜きの生活は考えられなくなり,E
のことを兄貴と呼び,一生付いていこうと思うようになった。同年夏ころ
にEから振り込め詐欺の仕事を紹介され,警察に捕まってもEの名前を出
すなとたびたび言われていた。平成18年2月ころ,振り込め詐欺グルー
プの一員が逮捕されたときも,Eから,「捕まってもおれの名前を出すな。
事件のことは知らないで通して,どうしても通せなくなったらお前が全部
抱えてくれ。おれはお前のことを弟だと思っている。捕まっている間,事
業をやって稼いでおくから,出てきたら一緒に事業をやろう。」と言われ
た。私も絶対にEの名前を出すつもりはなく,分かりましたと答えた。
イ平成18年9月24日,風適法の被疑事実により逮捕された後,被告人
と最初の接見をした。被告人は,「Bに頼まれて来た。」と言った。私が
「どこのBさんですか。」と聞くと,「z1会の者だ。」と言い,「Bと
Eから頼まれて来た。」と再度言った。
ウ同年10月11日及び14日の接見では,風適法の記録に,「捜査2課
が振り込め詐欺で捜査中」との記載があることを被告人から聞かれたので,
同年2月に戸塚警察署から任意同行を求められて事情聴取されたが,知ら
ないと言い通して何もなく帰ってきたことがあり,保護観察中だったので,
そのことを保護司に報告したため,裁判所に通知が行っているのではない
かと説明した。被告人には,半年くらい前の事件で,何人くらい捕まった
と説明した。被告人から,「お前はパイで帰ってきたんだな。」と言われ,
「自分は取りあえず今のところパイで帰って来たんで何もないと思うんで
すけど。」と答えると被告人がその旨メモをした。「お前は関係ない
な。」と言って,被告人が「関係なし」とメモした。「半年もたって逮捕
者もこれだけ出していれば,今更捕まえたりはしてこないだろう。」と言
い,「Eもかかわっているのか。」と聞くので,「少なからずかかわって
います。」と答え,その記録の記載についてEに伝えるように依頼すると,
被告人は,「分かった。」と言った。私が,再逮捕されるかどうかを聞く
と,「もし捕まったりとかしたら知らないって言っておけ。」と言われた。
エ同年10月16日,振り込め詐欺で逮捕されたが,その日に私が依頼し
て被告人と接見した。被告人は接見室に入ってきて,「Eとも話してたん
だけれども,やっぱり来たか。」と言った。逮捕されたのでこれからどう
すればいいかという話になり,被告人は,「取りあえず知らないと言って
おけ。20日でパイの可能性もあるし,起訴されれば検察側のほうから証
拠が開示されるから,そしたら,ストーリーをこっちで立てるから,お前
は何も心配するな。」と言った。また,「調書とかに指印とかサインとか
は一切するな。警察の調べに出てきた名前とかは全部覚えておけ。警察の
調べで誘導尋問や利益誘導があればこっちのもんだから,ちゃんと覚えと
けよ。」と言い,私の交際相手について,「Eがしっかり面倒見てるから
安心しろ。」と言った。「取調べで得た情報,出てきた名前とかどこまで
あっちがつかんでいるかはすぐに伝えろ。」とも言った。被告人からやっ
ぱり来たかと言われ,少年事件の記録のことを伝えてもらった結果Eも心
配して被告人と打合せをしたのだろうと思い,被告人のアドバイスを受け
入れようと思った。
翌17日の接見の際も,被告人から,「一切しゃべるな。」と言われた。
この黙秘の指示は,その後の接見のたびに言われた。また,同日前後ころ,
「彼女と別れたことにしないと警察の手が余計に回るから,別れたことに
しろ。」と強く言われた。
オ同月20日,成人の雑居房である第5留置室に入り,Oらと同室になっ
た。Oには,何かとあれば相談したり,話を聞いてもらったりした。最初
は,起訴から公判の流れを聞いたり,接見禁止がどうしたら取れるのかな
どを相談した。黙秘していることも伝えた。
カ同月21日の接見の際,被告人から,「調べの中で,E,k,lの名前
が出てきてないか。」と聞かれ,「出ていません。」と答えた。そのとき
もとにかく黙っとけと言われた。私も,少なくともEの名前は出さないつ
もりだった。
キ取調べの際に担当捜査官から,振り込め詐欺の被害者がつらい生活を送
っていることを聞かされ,自分の祖母が被害に遭ったらどうだろうなどと
考え,自分の祖母と重なり,初めて自分が悪いことをしたことを自覚した。
また,否認していて,このままグループのトップだと思われたら困ると考
え,自分のやったことだけでも話せたらいい,このまま黙っているのはき
ついと思い始めた。Oにも,完全黙秘はきついという話をしたところ,
「そりゃそうだろうね。完黙することが本当にいいのかね。」と言われた。
ク同月26日の取調べで,私の自宅から押収された同年9月の振り込め詐
欺で使われた携帯電話の契約書9枚を見せられた。この契約書が関係する
中野の件は私の関与が薄く,携帯電話を調達した者がその振り分けを私の
部屋でした際に契約書を忘れていったものであり,私の中では関与してい
ないという認識だったので,この件まで私の責任にされたらたまらないと
思った。
同日の接見では,被告人が,「Eが中野の件で来るかもしれないから気
を付けろと言っていたぞ。」と言ったので,「もう来てます。」と言った。
被告人が,「どういうことだ。」と聞き返してきたので,取調べで9枚の
契約書を示されたことを伝えた。そして,中野の件には私の関与が薄いの
で,これも全部かぶらなければいけないのかEに聞いてほしいと依頼した。
中野の件の実行犯が同じころに逮捕されていたので,Eの方にもつながっ
てくるのではないかと心配したEが,被告人に話したのだと想像した。こ
の接見の際,被告人に対し,詐欺グループに関し一通りの話をしており,
その中にEがいることも話した。
同日以降は,中野の件の契約書を示されたことから焦りの気持ちが出て
きて,私が関与した内容を正直に話し,周りの名前はあくまで偽名で通そ
うかと思うようになった。
ケ同月28日の接見では,被告人は,「たまたま近くに寄ったから顔を出
した。Eとはまだちょっと話せてないんだよな。」と言った。5万円がE
から差し入れられたが,被告人からは,「親父からの差し入れだったとい
うふうに言っとけよ。」と言われた。
コOに,完全黙秘がきついので,自分がやったことだけ正直に話し,周り
のことは偽名で通そうと思うがどう思うかと相談すると,Oから,「中途
半端にやってうまくいくのか。」と言われ,また,「正直にしゃべること
はいいことだ。」とも言われた。同月26日の接見以降,自分がやったこ
とは認めたいという気持ちを被告人に伝えたいと強く思うようになった。
被告人に,中野の件も全部かぶらなければいけないのかをEに聞いてもら
ったが,その返答次第で考えようと思っていた。勾留満期が近づいている
ので,次回被告人が来たら相談しようと思っていることをOに話した。
サ同年11月2日の接見では,被告人は,接見室の3つあるうちの真ん中
の席に座った。目の前のテーブルのようなものの上に左ひじをついて,左
前のめりの体勢で,右手はメモを取るような体勢だった。被告人と私の距
離は仕切板を挟んで1メートルくらいだった。
私が,完全黙秘はきつい,自分のやったことはしゃべりたい,Eたちの
名前は絶対出さないから自分のことだけしゃべらせてくれと言うと,被告
人は,とても怒ったような,一気に顔が赤くなって,激高した態度になり,
「ふざけるな。」と怒鳴り,左ひじをついたまま左手を床と水平の方向に
動かし,こぶしで仕切板をドンと1発たたいた。仕切板をたたいた位置は,
自分の体の右肩か右胸の辺りのところだった。そして,被告人の言葉がき
つくなり,「だれに頼まれて来てると思ってるんだ。雑用じゃねえんだぞ。
Eにはお前ですべて終わらせるように言われている。認めるんだったらす
べてお前がかぶる以外にないぞ。知らねえって言っておけばいいんだ。」
などと言い,「余計なことをしゃべったら,お前の女だってこっちで面倒
見てるんだし,実家の住所だって知ってるんだから,お前,どうなっても
知らないぞ。」などと区切りなく,怒った興奮した口調で言った。
こんなこと言うなんて弁護士じゃないな,やくざと変わらないなと思っ
た。彼女や家族のことを出され,自分はもうしゃべれない,今後どうすれ
ばいいんだろう,心配だなという気持ちがとても強く,家族や彼女に何か
悪いことが起きるのではないかと危険を感じた。被告人が直接何かをする
とは少しも考えなかったが,被告人がEらに自分が供述したとかEたちを
裏切ることをしたことを伝えると,Eや周りの暴力団員が怒って実際に何
かしらのアクションでも起こすのではないかという心配があった。
被告人の発言で固まってしまい,その後も被告人がずっと何か言ってい
たが,それも聞けず違うことを考えていた。被告人はそれ以降ずっと怒っ
ていて,どんどん興奮し,言葉の節々に,「ぶっ殺す。」とか,「ぐちゃ
ぐちゃにしてやる。ふざけるな。」という言葉を言っていたのが強く記憶
に残っている。
自分のしたことをしゃべれない,そうすると,長期服役となって祖母の
死に目にも会えないかもしれないと思い,とても悲しくなり,泣き出して
しまった。すると,被告人が,泣くなよという感じでなぐさめ,「おれは
男の涙にも女の涙にも弱いんだ。」などと言った。「お前がしっかりやっ
ていれば女の面倒だってEがしっかり見るから安心しろ。起訴されたら検
察側の証拠をこっちが全部見られるから,そうしたらストーリーをおれが
立てるから,お前はそのとおりにしとけば大丈夫だ。」とも言った。また,
今までどおり,「取調べには一切応じるな。」と言った。
接見後第5留置室に戻ると,Oからどうだったのかと聞かれ,接見の内
容を説明すると,Oは,「それって脅しじゃないか。」と言い,「雑用じ
ゃねえってそれが弁護士の仕事なんだから。」と言った。私も脅しだと思
った。話したことが伝われば何かしらのことをするぞと言われたので,脅
されたことを捜査官に言っても結果は同じだろうと思い,捜査官には言わ
なかった。
その後も黙秘を続けたが,その最大の理由は,被告人に脅されて言えな
くなったことにある。
シ同月6日に詐欺罪で起訴され,同月7日に被告人と接見した。被告人は,
「起訴されたか。」,「検察は一体何を証拠つかんでるんだろうな。」,
「公判が始まれば少し前に証拠は全部見られるから,そしたらこっちでス
トーリー立てるからそのとおりにしとけ。女のことはお前がしっかりやっ
てればEが面倒見てくれるから。」などと言った。
ス同月8日に中野の件の振り込め詐欺事件で再逮捕された。私が関与して
いないのに,この件もかぶらなければならないのかと思ってとても動揺し
た。とにかくEなりに伝えて何かしらの対策を考えてほしいと思い,被告
人に電話してくれるよう留置係に伝えた。脅された相手を呼ぼうとしたの
は,接見禁止が付されており,唯一の外部とのパイプが被告人であったこ
とや,中野の件はEにどうにかしてくれと言っていたので,再逮捕の事実
をEに伝えれば何かしら動いてくれるのではないかという期待があったか
らである。
しかし,被告人が逮捕されたことを留置係係長から聞いて,とても驚き,
自分と外部との唯一のパイプだった被告人が捕まり,これからどうすれば
いいんだろうと思った。Eが被告人の逮捕を知り,すぐに違う人をよこし
てくれるんじゃないかと思い,とにかく待とうと思った。
セ同月12日,以前,少年事件で付添人をしてくれたP弁護士が接見に来
てくれた。P弁護士は,「君のお父さんに頼まれて来ました。君のお父さ
んはとても心配していてすぐ扉の外で待ってるんだよ。」と言い,事件の
ことを聞いてきた。私は,警察には一切しゃべっていないこと,今まで被
告人に脅されて話せなかったこと,今警察は私が振り込め詐欺グループの
トップだと思っているが,本当は,口座や携帯電話の用意をし,振り込め
詐欺のグループとの連絡役をし,お金の受渡しをしたのが自分の役割であ
ったことを伝えた。
P弁護士は,一通り私の話を聞き,私の入れ墨を見ながら,「入れ墨が
中途半端だということはまだ君の気持ちも決まりきってはいないんだろう。
君がこちらの世界に戻ってきてやり直すというのであれば僕は幾らでも力
を貸す。ただ,君がそちらの世界で生きていくというのであれば,僕は君
のお父さんとお母さんに,君のことはあきらめるように言う。」,「ちゃ
んとやり直す気があるんだったら正直に全部しゃべりなさい。」と言った。
私は,P弁護士の言うことが本当に正しいことだと思い,また,17歳か
18歳くらいのときから家を飛び出したりしていたのに,親がまだ見捨て
ずに心配してくれていることを知り,うれしい驚きがあった。一方,Eの
ことをどうしても言えないという気持ちも強く,その両面でとても悩んだ。
そこで,「考えさせてください。」と言った。
第5留置室まで泣きながら戻った。Oらが,どうしたのかと聞くので,
P弁護士との接見の内容を話し,悩みについて話すと,Oから,「弁護士
を使って脅しを掛けてくるような兄貴が信用できるのか。君はまだ若いん
だから幾らでもやり直せるんだから,お父さんが見捨ててなかったという
ことはいいことじゃないか。少しでも正直にしゃべった方がいいよ。」と
言われた。その後,朝方まで一人で考え,事件について話そうと決めた。
ソ同月13日の取調べで,捜査官に自分の周囲の人間を保護するとの約束
を取り付けた上で,自分の実際の役割を話し,また,被告人に脅されてい
たが,P弁護士と話をして考え,話そうと思ったと伝えた。捜査官はとて
も信じてくれない様子だった。それまで正直に話をしていなかったので,
信じてもらえないのは当然だと思った。脅されたことは本当だと強く主張
すると,捜査官がこいつはうそをついているという心証を強くすると考え,
事件を分かってもらうためには少しでも自分の事件のことに対して疑われ
ないように話したいと思っていたので,被告人に脅されたことを強くは主
張しなかった。
その日のP弁護士との接見の際,捜査官に事実を話し始めたことを伝え
た。
タ同月14日,犯行を自白する内容の上申書を作成し,自分の振り込め詐
欺グループには役割があることや,その上役3人のうちiとjの名前を書
いたが,Eの名前は書かなかった。正直に話して気持ちが楽になり,それ
までは留置係に聞かれないように小声で話したりするなど気を付けていた
が,話した後は留置係警察官とも話すようになり,弁護士が逮捕されて大
変だったねと言われたときも,自分が脅された話をした。
チ同日,S弁護士と接見した。S弁護士は,「Eさんに頼まれて来ました。
●●先生(掲載者注釈:被告人のことを指す)をz1会に紹介したのは私
だから私も責任を感じちゃってて,あなたの弁護をしようと思っていま
す。」と言った。私は,P弁護士にお願いしようと思っており,S弁護士
との接見で変な態度をとればそれがEに知られてしまうとも思ったので,
なるべく聞かれたことには答えて当たり障りないような話をした。その中
でうそをついたこともあったと思う。被告人に脅されたという話はしてい
ない。
ツ同月15日,P弁護士と接見した際,Eの名前を初めて出し,振り込め
詐欺グループがどういうものであったか話をした。
テ同月16日,上申書を2通作成した。一通には,一切話すなということ
を被告人に言われて事件のことを話さなかった,ただ,P弁護士が来てく
れて話をしようと思ったという内容であるが,それには,被告人から脅さ
れたとは書いていない。書面化して証拠品として残したくない,事を大き
くしたくないという気持ちが強く,また,捜査官も信じてくれていなかっ
たので,被告人に一切話すなと言われたところだけに限定して書いた。も
う一通には,Eの名前も出して振り込め詐欺グループの全体像について本
当のことを書いた。
ト平成19年2月末,担当のT検事に対し,振り込め詐欺事件について最
初の段階から詳しく話し,脅迫事件についても話した。T検事からは,脅
迫事件について,被害届を出してほしいと言われた。最初は出したくない
という気持ちが強かった。事を大きくして何かがあるのがとても嫌だった
のと,取調べが延びるのも嫌だった。ただ,このころから,真実を知りた
い,許せないという気持ちも徐々に出てきた。
ナ被害届を出すことについてP弁護士に相談すると,報復があるなどデメ
リットがあるなら弁護人として勧めないが,君が決めることであり,君が
出したいなら出すことはいいと言われた。そして,同年4月17日に被害
届を提出した。
(2)信用性の検討
アFの証言は,まず,被害に至る経緯の部分について,被告人が付添人に
就任してからの接見のやりとりにおける被告人の言動等について具体的に
証言するものである上に,自白をすることを被告人に相談しようと考える
に至った経緯やその際の心情の変化などに関する部分についても具体的,
詳細に述べており,心情の変化について述べるところも不自然,不合理な
点はみられない。
イ被害状況について,その際の被告人の顔の表情,口調,態度などについ
て具体的に述べている上に,Fが,自分のしたことは話したいなどと,被
告人の指示に従わない言動をしたところ,被告人が怒ったという流れも自
然である。また,被告人の強い口調の言葉を聞いて動揺した様子や,涙を
流した心情についても具体的に話し,体験した者が語る迫真性も認められ
る。
ウ被害後の状況についても,直後のOとのやりとり,P弁護士と接見した
際のやりとりの内容やその直後の心情,その後のOらとのやりとりの状況,
そして,それらを通じて考えが変わっていく状況などについて,具体性,
迫真性を有する供述をしているものであり,その経緯に不自然な点はない。
反対尋問に対しても特段揺らいでおらず,記憶にないことはその旨をあり
のまま答えている。
エさらに,被告人はFの付添人ないしは弁護人として活動していた者であ
り,Fが慕っていたEの依頼により付添人となって活動していたものであ
る。このような被告人に対し,Fがあえて虚偽の被害事実を述べて陥れる
行為に出るとは考え難い。
オまた,捜査機関から誘導されたりして虚偽の事実を述べていることを窺
わせるような事情も認められない。
2F証言に対する他の証言による補強
(1)Oの証言
ア証言の要旨
(ア)Fからは振り込め詐欺事件の概要について聞いていたほか,完全黙
秘でいきたいというようなことを言っており,実際にしばらくは黙秘し
ていたと思う。Fが兄貴と慕う人物について,家出をした後,生活の面
から大変世話になっていると聞いており,その人物も詐欺事件に関係し
ていると聞いていた。被告人については,その人物が派遣してくれた弁
護士と聞いている。また,被告人から黙秘するように指示されたとも聞
いている。
(イ)勾留延長の少し前くらいの時期から,Fの態度が,どうしても兄貴
の名前を出すわけにはいかないので,できれば自分のところで止めたい,
完全黙秘がつらいので,兄貴の名前は出さずに自分がやったことだけは
話したいというふうに変わってきた。Fに対しては,中途半端な供述を
するんだったら全部話した方がいいんじゃないかというアドバイスをし
た。また,若いし,何度もやり直しできるんだから,すべて話して一か
らやり直したらどうだという話もした。これに対し,Fは,兄貴の名前
は出したくないと言った。Fは,勾留延長後すぐくらいの時期に,今度
弁護士が来たらそういうことを話してみたいと言っていた。
(ウ)Fは,接見直後,弁護士から脅されたということを言った。
その後食事になって,食後の自由時間に詳しい内容を聞いた。対面に
座り,ひじ,額を突き合わせるようにして,少し声を潜めるような感じ
で話をした。Fは,完全黙秘はできそうもないので,とにかく自分のや
ったことは話したい,兄貴の名前は絶対に出したくない,とにかく自分
のところで止めておきたいということを弁護士に言ったら,話をするよ
うであれば家族とか彼女がどうなっても知らないぞと言われたと言った。
おれも他の事件でいろいろ忙しい,お前の雑用係じゃないんだ,だから
黙秘しとけと強く言われたとも聞いた。Fに対し,「それは脅しじゃね
えか。」と言うと,Fは,「そうですね。」と言っていた。夕食の時間
があって落ち着いたせいか,Fは,一つ一つ説明するように話した。F
は落胆していた。黙秘するのがつらそうで,弁護士に黙秘するよう強く
言われたため,うんざりという感じだった。
イ信用性の検討等
(ア)Oの証言内容は,Fと同房となってからのFの言動,Fの心情の動
きや考え方の変化など,日々Fと接してきて体験したところをありのま
ま供述しているものと認められる。そして,被告人と接見をした直後の
Fの発言内容や,食事後にFから聞いた内容について具体的に述べてお
り,Fの表情や動揺の様子を述べるところは,体験した者が述べる迫真
性も認められ,反対尋問にも揺らいでいない。
(イ)また,Oは,被告人やEとは利害関係を有しない第三者であり,あ
えて虚偽の事実を述べるような事情も認められない。
(ウ)なお,Oは,被告人が仕切板をたたいたとか,ぶっ殺すと言ったと
いう点はFから聞いていない旨証言するところ,FがOに対し,被告人
がした言動のすべてを事細かに話しているとは限らないので,Oが上記
の点を証言していなくても不自然とはいえない。
弁護人は,Oが,Fから話を聞いた日を特定できていないことを指摘
するが,Fの勾留延長後すぐくらいの時期に,今度弁護士が来たらそう
いうことを話してみたいと言っていたと証言し,弁護士の接見の直後に
脅された旨の話を聞いたなど証言していることからすると,日付の特定
ができていなくても,Oの証言の信用性に影響を及ぼすものではない。
(エ)そうすると,Oの証言は十分に信用できるものである。
そして,Oの証言は,Fの証言を支えるものであり,その信用性を高
めるものである。
(2)P弁護士の証言
ア証言の要旨
(ア)Fの父親の依頼で,平成18年11月12日の夕方にFと接見した。
Fは,思い掛けない人が来たという感じで非常に驚いていた。Fからは,
事件の内容を聞いたり逮捕後の経過を聞いたりした。取調べに対しては,
黙秘ないし否認をしているということだった。話している途中,入れ墨
が見えてびっくりし,やくざになったわけでもなさそうだが,半分足を
つっこんでいる状況だと思った。Fには,「全部そっちの世界から抜け
て,ちゃんと戻るというんであれば私やりましょう。もしそうでない,
今のまま続けるなら私は弁護するつもりはない。」と言った。Fは,上
の人の名前を出すのに非常にちゅうちょしており,心情的にはそうした
い気もあったようだが,その時点ではそこに踏み込めなかった。被告人
からは,全面否認か黙秘で通せと言われていた,脅されていたというこ
とは言っていた。どういう内容で脅されたかは,自分から積極的に聞い
た記憶は余りない。Fが話したときに少し言っている可能性はあるが,
それ自体が記憶に残っていない。Fは,少しずつこちらの方になびくの
は見て取れた。接見後,Fの父親に,事件の内容と前の弁護士に脅され
ていたようであると伝えた。
(イ)その後,同月13日の接見では,上の者の名前を出すか出さないか
で,かなり長時間話したが,Fは名前を言わなかった。
次の15日の接見で,Fが,「決心した。」と言い,「先生お頼みし
ます。」と言って,E,j及びiの名前を初めて明かした。
(ウ)平成19年3月ころ,Fが,T検事から被害届を出すように言われ
ていると言った。Fは,報復を怖がるのと,今更という考えもあったと
思うが,被害届を出すことにそれほど積極的ではなかった。私も積極的
ではなかった。被害届を出せば,法廷に引っ張り出されることもある程
度予測できるので,そういうことも全部説明して,「出すんであればし
っかり言わなければ駄目だ。」,「自分で考えろ。」と言った。
イ信用性の検討等
(ア)P弁護士の証言内容は,Fが被告人から脅迫を受けた旨聞いたこと
を証言しているほか,Fとの接見のやりとりや,被害届を出すかどうか
のやりとりなども具体的である。
(イ)また,同弁護士は,以前被告人と共同して刑事事件の弁護を担当し
たこともあり,本件でも,Fが被害届を出すことについては余り積極的
ではなかった旨述べていることに照らしても,あえて被告人に対して不
利に虚偽の供述をするような事情は認められない。
(ウ)そうすると,P弁護士の証言は十分信用できるものである。
そして,P弁護士の証言は,Fの証言を支えるものであり,その信用
性を高めるものである。
(3)Uの証言
ア証言の要旨
平成18年11月15日当時,警視庁y町警察署留置係係長であり,集
中護送のため押送バスを待っている間,Fに,弁護士が逮捕されて大変だ
ねという話をすると,Fが,「いやいやとんでもないですよ。」と言い,
机にひじを90度くらいに曲げてついて,半身になる姿勢をとって,「話
したらお前の家族と女,どうなっても知らねえぞ。ぶっ殺してやると言わ
れた。」などと言った。Fは,とにかくひどいということを言っていた。
Fの態度や言い方を見て,真剣に話しており,これはうそじゃないなと思
った。
イ信用性の検討等
(ア)Uの証言内容は,Fの発言内容やそのときのFの態度について具体
的に述べているし,Fが長く留置場にいたために記憶に残っている旨述
べていることから,記憶に基づいて証言しているものと認められる。
(イ)そして,留置係では,被告人について,腰が低くていい弁護士だと
いう噂をしていたというのであるから,あえて被告人に不利に虚偽の事
実を述べることは考え難い。
(ウ)なお,弁護人は,UがFのことをうそつきであると述べていること
は,FがUに話した内容もうそである可能性がある旨指摘するが,Uは,
被告人に脅されたとのFの発言に関しては,Fの態度等の根拠を示して,
うそではないと思ったと述べていることからすると,Uの証言内容は矛
盾するものではない。
(エ)そうすると,Uの証言は十分に信用できるものである。
そして,Uの証言は,Fの証言を支えるものであり,その信用性を高
めるものである。
(4)Eの証言及び供述
ア証言及び供述の要旨
(ア)振り込め詐欺をしていたとき,Fに対し,もしFが警察に捕まった
場合,私のことを供述しないようにと言っており,Fも了承していた。
(イ)Fが風適法違反で逮捕された際,Fの弁護士について,私,j及び
Bで話し合って決めた。弁護士をFに用意するメリットは,Fの調べの
中で私の名前が出ていないかを把握できるという点にあった。その夜,
コージーコーナーに集まって話し合い,被告人に弁護を依頼することに
なり,弁護士費用として20万円を私が被告人にその場で支払った。ま
た,被告人に会う前に,Fの交際相手とも会い,生活は心配するなと言
って5万円渡した。
(ウ)平成18年9月21日から同年10月16日までは,被告人とは携
帯電話で話したり,直接会ったりして連絡を取っていた。少年事件の捜
査書類の中に「振り込め詐欺で捜査中」と書いてあることを被告人から
聞いた。被告人から,「これ,もしかしたら事件になって噴火するかも
しれないよ。」と言われ,また,Fがこういうふうに捜査されているが
君もかかわっていたかと聞かれ,私とjもちょっとはかかわっていると
答えた。以前自分たちは,捕まったら自己責任の上,他の人間の名前を
しゃべらないようにしようと決めていたので,今度Fに会うときに,そ
の意志と気持ちは揺らいでいないか再確認してほしいと被告人に依頼し
た。
(エ)10月16日にFが詐欺の被疑事実により再逮捕されたときは,被
告人に電話し,Fがもしかしたらすごく動揺しているかもしれないので
面会に行ってくれるよう依頼した。Fの身柄拘束が少し長くなりそうだ
ったので,「交際相手は大丈夫だから心配するな。最小限に被害をとど
めてくれ。他人の名前は言うな。」と伝えるよう被告人に依頼した。弁
護士費用は払わなければと思っていたが,お金がなく払えなかった。交
通費として5万円くらい渡したことがあるくらいである。
(オ)Fの再逮捕後,心配だったので,被告人と大体ほぼ毎日,電話した
り会ったりして連絡を取っていた。同月17日の接見の内容も聞き,被
告人からFが黙秘していると聞いた。被告人は,「この方がいい。Fが
認めてしまったら,いろいろと話さないといけないこともある。まずは
裁判の1か月前くらいに証拠が開示されるから,それを見て決めた方が
いいから黙秘させるよ。」と言った。
(カ)同月16日以降,Fの態度は黙秘と聞いていた。被告人とは,捜査
の中で私の名前が出ていないかどうかについても話をしていた。被告人
は,「このままでいこう。」,「このままでいってくれる。」と言った。
Fに5万円の差し入れをする際は,指紋がばれたらまずいのでお金を替
えてほしい,私の名前では入れられないのでFのお父さんかだれかの名
前でお願いしますと頼んだ。「こういう状況でもし自分が捕まるとした
らどんな状況ですか。」と聞くと,被告人は,「Fがしゃべらなきゃな
いだろう。あとはEに関する証拠は何もないので,そしたらFだろ
う。」と言った。被告人に,Fに話さないように伝えることを依頼した。
また,携帯電話の通話明細の話もした。ガサが入って,連絡用の携帯電
話の明細書が押収されたと捜査官から話をされたとのFからの話を聞い
た。
(キ)勾留延長になり,Fが自分のことを話したいと言い始めたと被告人
から聞いた。被告人は,「Fが自分のことは認めたい,話したいという
ふうに言ってきたので黙らせといたよ。」と言った。被告人は,Fが話
したりすると,私がどういうふうにFを組織に入れたとか,おのずと私
の名前をどんどん話さないといけなくなるし,全容がすべて明らかにな
ってしまうので話さない方がいいと言った。Fは,結局黙秘していると
思っていた。
(ク)取調官からkやlらの名前が出てきたことがないかFに尋ねてほし
いと被告人に依頼したことはある。中野の件でも来るかもしれないから
気を付けろとFに伝えてほしいと依頼したこともある。
イ信用性の検討等
(ア)Eの証言内容は,被告人に対し,自らが振り込め詐欺に関与してい
ることを話した場面や,Fに黙秘させる理由を述べた場面,Fが認めた
いと言い出したのに対して被告人がやめさせたとの場面等のやりとりに
ついて,具体的に述べているし,その内容に不自然,不合理な点はみら
れない。反対尋問にも揺らいでおらず,捜査官から誘導されたことを窺
わせるような事情も認められない。
(イ)また,Eの証言は,Fが警察に捕まってもEの名前を出さないと話
し合っていたこと,被告人が面会に来た際,「BとEから頼まれて来
た。」と言ったこと,少年事件の記録に振り込め詐欺に関する記載があ
ることについてEに伝えてくれるよう依頼したこと,Fが被告人から黙
秘するように指示されたこと,平成18年10月16日の接見の際,被
告人から,「Eとも話してたんだけれども,やっぱり来たか。」と言わ
れたこと,Eからの伝言として,Fの交際相手について,「Eがしっか
り面倒見てるから安心しろ。」と言われたこと,被告人から,取調べで
Eらの名前が出ていないか聞かれたこと,5万円の差し入れは父親から
のものにしておけと言われたことなどはFの証言と符合するし,被告人
が,「Fが自分のことは認めたい,話したいというふうに言ってきたの
で黙らせといたよ。」と言った旨の証言は,被告人に自分のことを認め
たい旨話した際に脅迫されたとのFの証言とも符合する。
(ウ)Eは,Bの紹介で被告人と知り合い,Fの弁護を被告人に依頼した
り,他に民事紛争の解決を依頼したりする関係にあったこと,被告人に
不利な証言やFの証言に沿う証言をして自らの立場が有利になるとは認
められないことなどに照らせば,Eが,あえて虚偽の供述をして被告人
を陥れるとは考え難い。
(エ)そうすると,Eの証言は十分信用できるものである。
そして,Eの証言は,Fの証言を支えるものであり,その信用性を高
めるものである。
3弁護人の主張の検討
(1)弁護人は,被告人の供述するFの言動を根拠に,Fは平気でうそをつく
人間であるとか,演技力があり大人をだますことに長けているので証言は信
用できないと主張するが,前記で検討したようにFの証言内容が虚偽のもの
とは認められない。
(2)弁護人は,平成18年11月当時のFの供述調書には被告人から脅され
たとの記載がなく,平成19年3月25日の供述調書に初めて脅されたとの
記載があり,その後脅迫行為について詳細化した供述記載があることから,
被害状況に関するFの供述は不自然に詳細化して変遷しており,また,被告
人が仕切板をたたいた手についても変遷するなど,信用できない旨主張する。
しかし,上記のFの供述状況は,Fが,当初は捜査官も信じてくれていな
かったので被告人に脅されたとは強くは言っていなかった,平成19年2月
末にT検事から脅迫事件について被害届を出してほしいと言われてどうする
かを考えるようになったと述べているところとおおむね符合するのであって,
その後,気持ちの整理がつき,記憶を喚起して被害状況を供述していったも
のと認められる。被告人が仕切板をたたいた手についても,たたいたのは左
手であり,自らの裁判の公判廷では,自分から見て右側の方の手でたたいた
ので,緊張していたこともあって右手と述べてしまったと説明している。し
たがって,弁護人の指摘するFの供述部分はいずれも不合理なものとはいえ
ず,信用性に影響を及ぼさない。
(3)弁護人は,供述が変遷していることなどを根拠に,検察官とFとが事件
を虚構した旨縷縷主張するが,検察官とFが事件を虚構したことを窺わせる
に足る事情は認められない。
(4)弁護人は,Fの振り込め詐欺事件にはz1会の関与はなく,FがEの
存在を供述したとしてもz1会が動くことはないのだから,Eの名前を出さ
ないように被告人から脅されたとのFの供述は荒唐無稽であると主張するが,
被告人による強談威迫や脅迫行為の有無と,z1会が現実に振り込め詐欺事
件に関与しているかどうかとは直接かかわりのないことであるから,Fの証
言の信用性に影響を及ぼさない。
4Fの証言及び供述の信用性についての結論
以上検討したとおりであり,Fの証言及び供述は,それ自体信用できるもの
であることに加え,前記のとおりO,P,U及びEの各証言による信用性の補
強も認められることから,十分信用することができる。
5被告人の供述
(1)供述の要旨
ア平成18年9月21日の朝,Bから連絡があり,知り合いが警察に逮捕
されたので会ってほしいと言われ,Fが逮捕されたことを聞いた。Fの父
親に電話をして弁護人となることの了承を得た上で,当日午後7時ころか
ら新宿のコージーコーナーでB,E,jらと会い,風適法事件についてF
の弁護を引き受けることにした。Eからは,早く出してやってくれくらい
の要望はあったが,それ以外は特になかった。
イ同月24日のFとの接見では,被疑事実を聞き,手続の説明や取調べを
受ける際の一般的注意事項の説明をした。Eから,交際相手のことはちゃ
んと世話をしているということを伝えるよう頼まれていたので伝えた。F
は,「ありがとうございます。兄貴によろしく言ってください。」と言っ
た。すぐ出られると思っていた様子で,交際相手の心配は余りしていなか
った。Bから頼まれたということは,途中で話した可能性はある。B,E
及びママの名前を出すなとは言っていない。同月27日にも接見し,その
後,EにFが元気だったとか,彼女を頼むとかいうことを伝えた。
ウ同年10月11日の接見には風適法事件の記録を持参した。同記録の振
り込め詐欺に関する記載に関連して,「関係なし」,「パイ」の記載はい
ずれもFが述べたことをメモしたものである。Fに対し,お前のところま
でこないだろうとは言っていないし,捕まったりしたら知らないと言って
おけとも言っていない。裁判官に振り込め詐欺のことについて聞かれたら
関係ないとちゃんと答えるよう指導をしただけである。Fが全く関係して
いないと言っていたので,振り込め詐欺の話をするはずがない。
エ同月14日の接見の際,Fが,振り込め詐欺に関与していると告白し,
将来どうなるのか,逮捕される可能性があるのかを聞いてきた。Fは,半
年もたって何人も捕まってるから,先生もう来ませんよねとしつこく言っ
ていた。私は,終わってる可能性だってあるかもしれないけど,分からな
いなどと答えた。振り込め詐欺事件の内容についての説明はほとんどなく,
立件されているわけではないので聞く気にならなかった。共犯者の名前も
出なかった。Eが関係しているかを聞いたら関係しているということだけ
で終わり,どういう役割かは分からなかった。
接見後,Eに電話して関与の有無を聞くと,Eは少し関係していると答
えたが,立件されていないから聞く必要もないと思い,それ以上深く聞い
ていない。
オ同月16日,Fが振り込め詐欺で逮捕されたと聞き,Eからも連絡があ
り,接見に行った。接見前に詐欺の概要について捜査機関から聞いていた。
Fから,これから一体どうなるのか,どうしたらいいのかと聞かれ,手続
の説明をした。Fが事実を認めると思ったら,否認すると言ったので少し
驚いたが,否認すると言うのならしょうがないよねと言い,否認の理由を
聞いた。Fは,任意の取調べのときに身柄釈放されたことがあり,新証拠
がなければ起訴されない可能性があるので否認すると言った。Fは,情状
が悪くなって刑が重くなること,任意の取調べのときから状況がどう変わ
ったのか,新証拠が出てきたのかを心配していた。捜査機関に会って新証
拠が何があるか調べてくれと言うので,無理だと答えた。また,Fは,交
際相手のことと,兄貴に付いていきますということを言っていた。Fは,
詐欺で逮捕されてから交際相手の心配をし始めた。取りあえず黙っとけ,
とか,20日間でパイになる可能性があるとは言っていない。Fの言うよ
うなストーリーの話はしていない。それに近い話として,情状が重くなる
ことを心配していたので,「それはしょうがない。起訴されたら考えよう
よ。記録も開示されるから,そのときになぜ捜査段階で否認したのかとい
うことをお互い考えて法廷で言うしかない。」と話した。調書にサインす
るなとか調べに出てきた名前を全部覚えておけとは言っていない。誘導尋
問や利益誘導の話もしていないし,黙秘ないし否認を勧めたこともない。
接見後Eと会い,接見内容の報告をした。否認するらしいことを伝える
と,Eは,ああそうですかという感じで,どうしてほしいとかの依頼はな
かった。このとき,Eの名前を出さないという約束があることは知らなか
った。
カ同月17日,Fに呼び出されて接見した。否認に対する意見を求められ,
新証拠は何か,交際相手は元気にしているか,情状は一体どうなるか,兄
貴には付いていくというようなことの繰り返しだった。結論として,否認
して不起訴を期待して頑張るが,起訴されたら認めるという方針になった。
交際相手の面倒を見てくださいという話をされた。交際相手に,任意の取
調べを受けるのが嫌ならもう別れたと言えばどうかとアドバイスしたので,
警察がこの点で揺さぶりを掛けてきても心配するなと言った。接見を終わ
るに当たり,起訴されて記録が開示されるまではもう接見に来ないので,
よほど急用があったら電話するようにと言った。
Eに対しては,いつかは覚えていないが,Fが面会で女の話ばかりする
ので困るというぐちを言ったことはある。Fが否認の不利益を心配してい
るのと,新証拠を調べてほしいと言っているのもEに伝えた。Eは,ああ
そうですかと人ごとのような感じだった。心配しているのだろうが淡々と
したものだった。兄貴に付いていきますということも伝えると,分かりま
したと言っていた。
キ同月21日,Fから急用と言われて呼び出されて接見した。内容は今ま
でと同じで,交際相手のこと,情状のこと,新証拠のこと,兄貴に付いて
いきますということばかりだった。mという者の話も出て,mがFの名前
を話しているかもしれないので,話したかどうかをEを通じて調べてくれ
と強く頼まれた。E,k,lの名前が出ていないかとは尋ねていない。F
の父親にも元気にやっていると連絡した。父親から,警察が来ると言って
るがどうしたらいいかと聞かれ,やってもらいなさいと伝えた。
同月21日から26日までに,Fの父親から携帯電話の空き箱が押収さ
れた話を聞き,21日か26日の接見の際伝えると,空き箱の外側に携帯
電話の番号がはってあり,自分がやったと明らかになってしまうので焦っ
ているという説明を受けた。自認に変わるかなと思い,どうするのか聞く
と,しばらく考え込み,振り込め詐欺で使われた携帯が全部分かっている
わけではなく,押収されたものが振り込め詐欺につながらない可能性もあ
るので,取りあえず勾留満期まではやはり否認すると言った。
ク同月26日に急用で接見希望と警察署から連絡があり,Fと接見した。
内容は,新証拠があるのか,あるとしたら何か,交際相手は元気か,情状
はどうなるのかということだった。また,mに関する報告をし,中野の件
に関する振り込め詐欺の話をした。中野の件はFから話したものだが,具
体的内容は聞いていない。中野の件を気を付けろと自分からは言っていな
い。Fから,中野の件を調べられている,自分は関係していないが自宅か
ら携帯の契約書が押収され,その携帯が中野の件で使われているようなの
で自分が疑われていると説明を受けた。Fは,友達が遊びに来て置き忘れ
たもので,自分は一切関与していないと説明した。以前の詐欺の件は私の
前では認めていたので,中野の件はFの言葉を信じた。Fから,取調べで
契約書を突き付けられて追及されているのでどうすればよいかアドバイス
を求められたので,関係ないなら積極否認しろ,だれがいつ来て置いてい
ったか捜査機関に言えとアドバイスした。しかし,Fは,実名を出すこと
はできない,詐欺事件はいろいろな関係者がいるので一人の名前を出した
らどんどん名前を言わなければならない,そうすると困ってしまう,だか
ら自分からは言うことはできないなどと言った。そこで,どうするのか聞
くと,偽名で言うと答えたので,そうすると積極的にうそを言わせること
になるため反対した。名前を明かすことはできませんがということくらい
で言うしかないんじゃないかとアドバイスをしたが,受け入れられなかっ
た。そこで,積極否認もしない,でもやっていないというのであれば黙秘
するしかないんじゃないかとアドバイスすると,Fが,Eとも相談してく
れませんかと言った。Eから,mはFの名前を出していないと報告を受け
たので,名前を出してないことをFに伝えた。交際相手は元気にしている
か,見捨てるとは言ってないかなどと聞かれた。
接見後,同月27日だと思うが,Eと連絡を取った。FからEに相談す
るように言われていたことを話し,自分は黙秘するしかないと言っておい
たがどうかと考えを聞いた。Eの答えは,ああそうですかというくらいだ
った。中野の件について関与していたかEは話していないし,自分からも
聞いていない。Eから5万円を差し入れのために預かった。
ケ中野の件でEと相談した返事を持って来ることを約束していたので,同
月28日にもFと接見した。私に相談しながらFの考えるとおりやればい
いとEが言っていることを伝え,名前を挙げて言うことができないのか,
自分は関係してないんだからちゃんと言わなきゃ駄目だと言ったが,Fは
名前は出せないと言うので,結局選択肢は黙秘しかないと伝え,最終的に
Fが決断した。Fは黙秘するのはつらいと言ってきた。つらいならしゃべ
ったらどうかと言うと,やはりしゃべれないと言い,最終的に黙秘で頑張
るということになった。5万円を差し入れたほか,交際相手の話をした。
また,コンタクトレンズの差し入れの依頼を受けた。
接見後,Fの父親には連絡した。Eにも報告したと思うが明確な記憶は
ない。黙秘でいくことに決まったということくらいは言っているかもしれ
ない。
コ前日にy町署から至急来てくれと連絡があったため,同年11月2日に
時間をやりくりして接見に行った。私が先に接見室に入ったと思う。真ん
中のいすに,Fと正対する姿勢で座り,メモ用紙を出して目の前に置いた。
半身にはなっていない。Fが入ってきて,頼まれていたコンタクトレンズ
を差し入れしておいたという話をし,急用と連絡があったのでどういう内
容かを尋ねた。Fは,彼女は元気でいますか,私を待つと言ってくれてい
ますかということを聞いてきた。急用ということで時間をやりくりして来
たのにまた女性の話かと思いむっとして,「もういいかげんにしてくれ。
女の話ばっかりじゃないか。起訴されるまでは私は急用以外は来ないと言
ってあるよね。ところが来てみれば女性の話ばかり。もういいかげんにし
てくれ。私は刑事弁護人であって,あなたの伝書鳩でもないし雑用係でも
ない。そういう話ならもう私は帰ります。」と言った。
Fに対して怒りの気持ちが少なからずあり,口調はかなり厳しい,しか
りつける,しっ責するような口調だったが,声は普通どおりの大きさと思
う。発言は割と一気に言った。手は机に置いたまま,上半身をいすの背も
たれの方に少しそるような感じの姿勢で,手に持っていたボールペンは乱
雑に右手から離したという状態だった。腹立たしいので厳しい表情をして
いたと思う。初めてとった態度だったため,Fはあっけにとられていたよ
うな感じだった。Fは,一瞬驚いたような顔をして泣き出した。泣かれた
のでびっくりして理由を聞くと,彼女がかわいそうなんだと言った。彼女
がかわいそうだというのは分かるが,それは自分の責任なのだから,自分
の責任でかわいそうだって泣いたってしょうがないという話をし,私は人
の涙を見るのは好きじゃないとも言った。口調は,丁寧に,大丈夫だよと
いうような言い方を心掛けた。
そのほかのやりとりは,同月6日が勾留満期だったので検察官の取調べ
の状況等を聞き,3連休だからもう決裁されている可能性があるというこ
とで,決裁の説明をし,おそらく起訴になるという話をした。このときは
Fはもう泣きやんでいた。
サ同月7日に,起訴状の宅下げを受ける目的で自分から接見に行った。F
は交際相手の話をし,交際相手あての手紙の持ち帰りを依頼された。留置
係のn係長から,彼女あての手紙で私あてのものとは思えないので接見禁
止が付されている以上宅下げできないと拒絶された。接見室に戻ってFに,
私あてのものに書き直して送り直すように言うと納得したので,n係長に
もうこれでいいですと言って帰った。
シEが,被告人からFに黙秘させたと聞いたという証言をしたが,それは,
最終的に黙秘するしかないと言ったことを指しているのではないかと思う。
私は認めさせたかったんだけれどもということで事情説明したはずである。
一人名前を出したら,二人,三人と挙げないといけないというのはFの言
葉だが,Eが私の言葉ととらえてしまった。Eには逐一丁寧に報告はして
いないし,私も言い間違いがあったのかもしれない。
(2)信用性の検討
以上の概要の被告人の供述は,本件接見の状況や,それに至る経緯やその
ときどきの接見内容に関するFの証言に反するのみならず,Eが,Fに黙秘
するよう被告人に依頼した,被告人からFに黙秘させるとの説明を受けた,
Fが自分のやったことを認めたいと言ったが黙らせておいたと報告を受けた
などと証言していることとも重要部分において反するものである。Fとの接
見内容を報告した際のEの態度について被告人が供述するところは,Fに対
する捜査がどの程度進んでいるかについて強い関心を持っていた旨証言して
いるEの態度と相容れない不自然なものである。
そうすると,本件接見に至る状況や本件接見の状況及びその後の状況に関
する被告人の供述は信用することはできない。
6争点(1)についての結論
(1)Fの証言によれば,平成18年11月2日の接見時に,捜査官にEらの
存在を言わずにFで事件を止めるとの被告人やEの方針に反し,上の者の存
在は示すが名前は出さずに自己が関与した程度や内容を捜査官に話したいと
申し出たFに対し,被告人が,「ふざけるな。」と怒鳴り,仕切板を手でた
たき,「だれに頼まれて来てると思ってるんだ。雑用じゃねえんだぞ。Eに
はお前ですべて終わらせるように言われている。認めるんだったらすべてお
前がかぶる以外にないぞ。知らねえって言っておけばいいんだ。」,「余計
なことをしゃべったら,お前の女だってこっちで面倒見てるんだし,実家の
住所だって知ってるんだから,お前,どうなっても知らないぞ。」などと申
し向けて,判示のとおり,強談威迫及び脅迫行為をしたものと認められる。
(2)この点,検察官は公訴事実において,「ぶっ殺す。」という言葉も強談
威迫や脅迫行為の内容とし,それをFの生命,身体等に対する害悪の告知と
して主張するが,Fの証言によれば,被告人が「ぶっ殺す。」,「ぐちゃぐ
ちゃにしてやる。」と言った言葉それ自体は記憶にあるものの,それがどの
ような場面で言われたものか分からない旨述べていることからすると,その
言葉が使われた文脈が判然としないので,強談威迫や脅迫行為の内容として
言われたものと認定することはできないものである。
(3)弁護人の主張の検討
ア弁護人は,判示の行為については,脅迫罪も成立しない旨主張する。
しかし,本件接見において,被告人がFに申し向けた上記の文言は,F
の親族の生命,身体等に危害を加える可能性があることを告知する内容で
あり,被告人を通じてEやBらにFの言動が伝われば,暴力団員を介する
などして害が加えられることを恐れさせるものであったと認められる。ま
た,被告人もその旨を認識していたと推認できる。
したがって,脅迫罪の成立を認めることができるので,弁護人の主張は
採用できない。
イ弁護人は,被告人には強談威迫や脅迫行為に及ぶ動機がない,むしろF
の望むように自白してもらえば公訴事実を争わないことになるのであるか
ら,被告人にとっても歓迎すべきことである旨主張する。
しかし,FやEの証言に照らせば,被告人はEに対し,「Fが認めてし
まったら,いろいろと話さないといけないこともある。」,「黙秘させ
る。」などと述べ,実際に,Eの意向に沿ってFに黙秘するよう伝え,F
もこれに異を唱えることなく従っていたものである。そうすると,被告人
の意向はEと一致しており,Eを始めFの上の者たちの名前を一切出さず,
Fで止めることにあったものと認められる。
ところが,Fが一転して,上の者の名前は言わないが自らの行為に関し
てのみ供述したい旨言い出したことから,もしFが被告人やEの方針に反
して自己の関与の態様を説明すれば,上の者の存在が明らかとなり,Fが
名前は出さないつもりではあっても,捜査の手がEらに及ぶことが予想さ
れることから,Fを制止させるために強談威迫や脅迫行為に及んだと考え
ても不自然とはいえない。
そうすると,被告人には,Fに対して強談威迫や脅迫行為に及ぶ動機が
あったものと認められるので,その主張は採用できない。
ウ弁護人は,Fが平成18年11月2日に被告人に脅されたとすれば,そ
の後に被告人との接見を希望したり,接見に来たS弁護士に犯行について
の話をしているのは不自然である旨主張する。
しかし,Fが被告人に接見を希望したのは,接見禁止が付されていて,
唯一の外部とのパイプが被告人であったことや,再逮捕の事実をEに伝え
れば中野の件は何かしら動いてくれるのではないかという期待があったか
らであり,S弁護士に対する対応も,P弁護士に弁護を依頼しようと思っ
ていたため,S弁護士に変な態度を取ればそれがEに知られてしまうとも
思い,聞かれたことにも当たり障りないように話をしたということからす
ると,いずれも不合理なものではないので,弁護人の主張は採用できない。
第4争点(2)に対する判断
1前記認定の事実によれば,(1)Fは,面会に来た被告人にEも振り込め詐欺
に少なからずかかわっていると話し,Eも,被告人から尋ねられて少しはかか
わっていると答え,他の人間の名前を出さない意志が揺らいでいないかFに確
認するよう被告人に依頼したこと,(2)Eは,Fが振り込め詐欺事件で逮捕さ
れたことを聞き,Fに他人の名前を言うなと伝えるよう被告人に依頼し,被告
人は接見のたびにFに黙秘するよう指示したこと,(3)Eは,被告人に捜査で
自分の名前が出ていないか聞いていたほか,kなどの関係者の名前が出ていな
いかFに聞くよう被告人に依頼しており,Fは被告人からその旨尋ねられたこ
と,(4)平成18年11月2日の本件接見の際も,Fが絶対にEの名前を出
さないと言い,一方,被告人はEにはお前ですべて終わらせるように言われて
いるなどと発言したこと,(5)被告人は,Fの取調べ状況や供述状況をEに話
し,Eから,自分が捕まるとしたらどんな状況かと聞かれ,Fがしゃべらなき
ゃないだろうなどと答え,また,Eに対し,Fが話すとおのずとEの名前を話
さないといけなくなるし全容が明らかになってしまうから話さない方がいいと
言ったことなどが認められる。
2以上によれば,平成18年11月2日の本件接見のとき,被告人は,FがE
らに関する振り込め詐欺の成否や態様に関する知識を有する者であることを認
識していたものと認められる。
したがって,被告人は,Fが刑法105条の2にいう,捜査に必要な知識を
有する者であることを認識していたことが認められる。
第5争点(3)に対する判断
弁護人は,証人等威迫,脅迫被告事件の公訴提起は,被告人に対する証拠隠
滅被告事件の虚構が明らかになり,被告人が完全に無罪となることを回避する
目的の下に事件を虚構した上で提起されたものであって,公訴権を濫用する違
法なものである旨主張する。
ところで,証拠隠滅被告事件が虚構のものでないことは前記認定のとおりで
ある。そして,証人等威迫,脅迫被告事件も前記認定のとおり,Fを始めとし
た関係者の供述等適法に収集された証拠に基づいたものであって虚構のもので
はない。したがって,検察官に被告人の無罪を回避する目的があったとは認め
られない。
また,証人等威迫,脅迫被告事件の事案の重大性に鑑みても,その公訴提起
が訴追裁量権を濫用したものとはいえない。
したがって,公訴権濫用の主張は採用できない。
第6結論
以上によれば,判示第2の事実を認定することができる。
(法令の適用)
罰条
第1の証拠偽造及び偽造証拠使用の各点につきいずれも刑法60条,104条
第2の証人等威迫の点につき同法105条の2,脅迫の点につき同法222条
2項
科刑上1罪の処理
第1につき刑法54条1項後段,10条(犯情の重い偽造証拠使用罪の刑で処
断)
第2につき刑法54条1項前段,10条(重い脅迫罪の刑で処断)
刑種の選択
第1及び第2につきいずれも懲役刑選択
併合罪の処理
刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の重い第2の罪の刑に法定の加
重)
未決勾留日数の算入
刑法21条
訴訟費用の負担
刑事訴訟法181条1項本文
(量刑の理由)
本件は,弁護士である被告人が,暴力団員と共謀の上,自らが弁護人となってい
た盗品等有償譲受け事件に関し,同事件の被告人以外の者が真犯人である旨の内容
虚偽の書面を作成して,これを同事件を審理中の裁判所に提出したという証拠隠滅
(第1),並びに,自らが弁護人を務めており,他人の刑事事件の捜査に必要な知
識を有する者に対して強談威迫の行為をするとともに,同人の親族の生命,身体等
に危害を加えかねない気勢を示して脅迫したという証人等威迫及び脅迫(第2)の
各事案である。
第1の証拠隠滅被告事件は,被告人が,共犯者である暴力団員の兄貴分にあたる
暴力団員に捜査の手が伸びるのを防ぐために,盗品等有償譲受け事件で身代わり犯
人を出すことを企てて行ったもので,その動機に全く酌むものはない。
犯行態様も,複数人物の写真の中から身代わりにふさわしい者を選び出し,身代
わり犯人になるよう強く求め,被告人が口授して内容虚偽の書面を作成させた上,
これを裁判所に証拠として提出したというもので,計画的な犯行である。被告人は,
主体的,積極的に関与しており,犯行態様は非常に悪質である。
弁護士が虚偽の証拠を提出することによって,裁判所の適正な司法権の行使を誤
らせるとともに,えん罪を作り出そうとしたものであり,刑事司法の根幹を揺るが
しかねないものであって,反社会性は大変強い。
被告人によって真犯人と名指しされた者は,裁判所に召喚されて証人尋問に応じ
ることを余儀なくされており,精神的,身体的に多大な苦痛を負わされている。
このように本件の結果は重い。
第2の証人等威迫及び脅迫被告事件は,弁護対象者の兄貴分にあたる人物に捜査
の手が及ばないよう,弁護対象者に黙秘を指示していたところ,同人が捜査機関に
対し,兄貴分らの名前は出さないが自己の関与した範囲の犯罪行為を供述したいと
言い出したことに立腹して,判示の強談威迫,脅迫行為に及んだというのであり,
動機に酌むものはなく,犯行も大変悪質である。
被害者は,接見禁止を付された勾留中,唯一頼りにすることのできるはずの弁護
人であった被告人から脅迫され,大きな精神的衝撃を受けており,被告人に対して
厳しい処罰を求めている。
本件も,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを旨とする弁護士の職責
を逸脱したものであり,その反社会性は強い。
本件各犯行は,被告人が暴力団員との交際を持つ中で行われたものであり,交際
を通じて,弁護士としての規範意識や倫理観が鈍麻していたものと認められる。捜
査,公判を通じて一貫して各犯行を否認し,被害者らを論難し,不自然な弁解をし
ており,反省の態度もみられない。
以上に照らせば,被告人の責任は大変重い。
他方,被告人は,所属する弁護士会の会務や司法試験受験生の指導に携わるなど,
長期間にわたり弁護士として社会的責務を果たしてきたものであること,前科前歴
がないこと,本件により相応の社会的制裁を受けることが考えられることなどの酌
むべき事情も認められる。
そこで,諸般の事情を総合考慮すると,本件の態様及び犯情に照らせば,被告人
の刑事責任は重く,酌むべき事情を十分考慮しても,本件が刑の執行を猶予するの
を相当とする事案とは認め難く,主文の刑は免れない。
(検察官清水真一郎,私選弁護人江島寛(主任),鎌田勇夫(副主任),小杉公一,
吉田秀康,山岸宏彰,新原次郎,塩地陽介,山口邦明,鍛冶良明,吉村誠,髙栁一
誠,藤掛伸之,日向一仁,勝野めぐみ,山口暢子,殷勇基,土居範行,岩崎哲也,
本間佳子,遠藤きみ各出席)
(求刑懲役3年)
平成21年4月28日
宮崎地方裁判所刑事部
裁判長裁判官高原正良
裁判官神谷厚毅
裁判官井上理

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