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平成26年2月26日判決言渡
平成25年(ネ)第3004号損害賠償請求控訴事件
主文
1原判決を取り消す。
2被控訴人の請求を棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文と同旨。
第2事案の概要(以下,略語等は原判決の例による。)
1控訴人は,平成▲年▲月から平成▲年▲月まで,普通地方公共団体である被
控訴人国立市の市長の職にあった。被控訴人においては,控訴人の前任の市長
が,平成14年12月26日に,既存の住民基本台帳電算処理システム(既存
住基システム)と住民基本台帳法(住基法)に基づく住民基本台帳ネットワー
クシステム(住基ネット)との電気通信回線の接続を切断し(本件切断),以後
住基ネットに接続しない状態が継続しており,控訴人は市長在任中この接続し
ない状態を継続していた(本件不接続)。
これに関して,被控訴人の住民が,地方自治法242条の2第1項4号に基
づき,国立市長(当時は控訴人)を被告として,本件不接続は住基法に違反し,
不接続に伴い財務会計上の違法行為に該当する支出があったなどと主張して,
控訴人に損害賠償の請求をすること等を求める住民訴訟を提起した(東京地裁
平成21年(行ウ)第628号,いわゆる第1段目の訴訟)ところ,平成23年
2月4日,国立市長に対し,控訴人に39万8040円(住基ネットに接続し
ていれば不要とされた,年金受給権者現況届の郵送費用(本件郵送費)2万17
20円と住民異動データのバックアップ事務のための住基ネットサポート委託
料(本件委託料)37万6320円との合計額)及びこれに対する平成21年7
月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を損害賠償として請求するこ
と等を命じる判決が言い渡され,同判決は,平成23年5月24日,控訴取下
げにより確定した。
2本件は,上記第1段目の訴訟の確定判決を受けて,被控訴人が,控訴人に対
し,地方自治法242条の3第2項に基づき,不法行為に基づく損害賠償請求
として39万8040円及びこれに対する不法行為後の日である平成21年7
月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求
めた事案(いわゆる第2段目の訴訟)である。なお,控訴人は上記第1段目の
訴訟において被告国立市長側に補助参加をしていたが,上記のとおり第1段目
の訴訟が国立市長(控訴人の後任者)による控訴取下げにより終了したため,
その判決の参加的効力は控訴人には及ばない。
3原判決は,被控訴人の請求を認容した。
これに対し,控訴人が控訴をして,第1記載のとおりの判決を求めた。
4関係法令の定め,争いのない事実等,争点及び争点に関する当事者の主張は,
次のとおり補足し,5項及び6項のとおり当審における当事者の主張を加える
ほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2事案の概要」の1項ないし4項
に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決5頁17行目末尾に,次のとおり加える。
「平成15年1月20日付けの国立市報においては,本件切断の理由につき,
住基ネットの運用には個人情報の保護及び情報漏えい等の安全性について重
大な問題があるとの懸念を払拭できず,市民の個人情報を守ることができな
いと判断して本件切断に至った旨などが説明されるとともに,原告(被控訴
人)において本件切断により市民に大きな不便をかけないよう努める旨,住
基ネットの再稼働については今後検討していく旨が記載されていた(乙1の
6)。」
(2)原判決9頁18行目から19行目にかけての「住基ネット導入によ
り,」の次に,「平成18年12月以降,月ごとに当月誕生日を迎える年金
受給権者につき,」を加える。
(3)原判決9頁24行目から25行目にかけての「これを社会保険庁に郵送
することとしたが,」を「これを社会保険庁に郵送することとし,平成18
年11月5日付け以降の国立市報において,国立市においては住基ネットに
接続していないため現況届の提出が今までどおり必要であり,住民が社会保
険業務センターから郵送された現況届に必要事項を記載して市役所等へ持参
すれば市でまとめて上記業務センターに届けるが,住民自身が直接返送して
もよい旨を,繰り返し広報していた(甲12ないし15,乙1の15,1
7)。」に改める。
5当審における控訴人の主張
(1)本件不接続が違法であるとしても本件各支出は違法とはならない
被控訴人は,本件不接続の違法を理由に本件各支出の違法性を主張する。
しかし,先行する非財務会計行為に違法性があることをもって後行する財
務会計行為が違法となるのは,先行の非財務会計行為が後行の財務会計行為
の直接の原因をなすものである場合に限られる。なぜなら,単に因果関係が
あることをもって違法性の承継を認めると,広く非財務会計行為の違法が争
われることになり,住民訴訟の対象を財務会計行為に限定した法の趣旨が没
却されるからである。本件不接続は,以下のとおり,本件各支出の直接の原
因をなすものではないから,仮に本件不接続が違法であったとしても,本件
各支出の違法性には影響しない。
本件不接続と本件各支出との間には,住基ネットに接続していれば本件各
支出はされなかったであろうという限度で関連性がある。しかし,本件各支
出をせずとも不接続状態に変わりはなく,本件不接続によって本件各専決権
者に何ら財務会計上の措置を執る義務は生じない。したがって,本件各専決
権者が地方自治法138条の2により誠実執行義務を負うとしても,本件各
支出を避けるため,本件不接続を撤回するよう市長に進言すべき義務がある
ということはできない。
ア本件郵送費の支出について
年金受給権者が年金を受給し続けるためには現況届の提出を要し,住基
ネット導入前は年金受給権者各人が現況届を郵送等により提出していたが,
住基ネットに接続している地方公共団体の住民は提出不要となった。住基
ネットに接続していない国立市の場合,従前どおり住民各自で現況届を提
出してもらうこともできたが,住民の利便性を図る必要性や,年1回の郵
送費用は低額であり,職員の事務負担も従前の業務時間内で十分対応でき
ることから,市民が市役所に持参した現況届を国立市においてまとめて郵
送することにした。したがって,本件郵送費の支出は本件不接続から法令
上直ちに義務付けられるものではなく,本件不接続が本件郵送費支出の直
接の原因をなすものとはいえない。
イ本件委託料の支出について
本件委託料の支出は,住基ネット再接続に備え,住民異動データのバッ
クアップ作業を民間事業者に委託した費用であり,本件委託料の支出負担
行為は,私法上の契約である民間業者との有償委託契約(本件委託契約)
である。本件委託契約の締結も本件不接続から法令上直ちに義務付けられ
るものではないから,本件委託料の支出についても,本件不接続が直接の
原因をなすものとはいえない。
(2)本件委託契約と本件委託料の支出について
ア最高裁判所平成20年1月18日第二小法廷判決は,契約を締結した普
通地方公共団体の判断に「裁量権の範囲の著しい逸脱又は濫用」があり,
契約を無効としなければ地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の趣
旨を没却する結果となる特段の事情が認められるときに,契約が私法上無
効となり得ることを判示した。
しかし,仮に本件委託契約が違法に締結されたものであるとしても,本
件委託契約は住基ネット再接続に向けた準備としての契約であって,裁量
権の範囲の著しい逸脱又は濫用はなく,上記特段の事情は認められない。
したがって,本件委託契約は私法上無効ではない。
イ最高裁判所平成25年3月21日第一小法廷判決は,次のとおり判示し
た。
「普通地方公共団体が締結した支出負担行為たる契約が違法に締結された
ものであるとしても,それが私法上無効ではない場合には,当該普通地方
公共団体が当該契約の取消権又は解除権を有しているときや,当該契約が
著しく合理性を欠きそのためその締結に予算執行の適正確保の見地から看
過し得ない瑕疵が存し,かつ,当該普通地方公共団体が当該契約の相手方
に事実上の働きかけを真摯に行えば相手方において当該契約の解消に応ず
る蓋然性が大きかったというような,客観的にみて当該普通地方公共団体
が当該契約を解消することができる特殊な事情があるときでない限り,当
該契約に基づく債務の履行として支出命令を行う権限を有する職員は,当
該契約の是正を行う職務上の権限を有していても,違法な契約に基づいて
支出命令を行ってはならないという財務会計法規上の義務を負う者とはい
えず,当該職員が上記債務の履行として行う支出命令がこのような財務会
計上の義務に違反する違法なものとなることはないと解するのが相当であ
る。」
この判例の枠組みに従えば,仮に本件委託契約が違法に締結されたもの
であるとしても,前記のとおり住基ネット再接続に向けた準備としての契
約であって,私法上無効ではないから,国立市は相手方民間業者に対し債
務を履行すべき義務を負う。したがって,その債務の履行として本件支出
命令を専決する市民課長は,国立市において相手方民間業者に対する委託
料支払義務を解消することができるときでなければ,本件委託料の支出命
令を行ってはならないという財務会計上の義務を負うものではない。
本件委託契約には,上記最高裁判例のいう「著しく合理性を欠きそのた
めその締結に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵」はなく,
委託契約の相手方に契約解消に向けて働きかけるべき事情がないから,国
立市において,相手方に真摯に説明して期間内解約を働き掛けるべき義務
も生じ得ない。したがって,本件委託契約に基づく本件支出行為は適法と
いうべきである。
(3)本件不接続の違法性の有無について
ア控訴人の前任者であるA元市長が平成14年2月に住基ネット切断に至
った過程に違法はなく,切断後も,全国の自治体において情報漏えい等の
住基ネット不接続政策を基礎付ける事情があったこと,平成15年4月と
平成19年4月の国立市長選挙においては住基ネット不接続政策への支持
もあったこと,国立市議会においては住基ネット不接続への議員の賛否が
同数で明確な議会の意思は示されず,毎年の予算及び決算で本件各費用と
同種の支出には議会の承認があったこと,控訴人は平成20年に住民アン
ケート等を行い住民の意思を確認しようとしたが,その予算が市議会で承
認されず実行できなかったこと,本件委託料の支払を中止すれば,住基ネ
ットのバックアップデータが使い物にならなくなり,将来住基ネットに再
接続した場合にかえって費用がかさむこと等の事情からすると,平成20
年最高裁判決や,同年9月9日付けの東京都知事による国立市長に対する
是正勧告等があったからといって,控訴人において,本件各支出がされた
平成20年9月29日より前から,本件不接続を是正・撤回しなかったこ
とに著しく合理性を欠く重大な違法があるとはいえない。
イ国立市において住基ネットに再接続をするには,少なくとも数か月間の
準備期間が必要である。仮に,東京都知事による是正の勧告がされた平成
20年9月9日の時点で,控訴人が住基ネット不接続政策の転換の方針を
指示したとしても,住基ネット再接続が実現するには8ないし9か月程度
を要すると考えられるから,その間は異動データのバックアップを行い,
そのための費用を支出することが必要である。ちなみに,控訴人の市長退
任後に住基ネット再接続を掲げて当選したB新市長は,平成▲年▲月に就
任し,その9か月後の翌平成▲年▲月に再接続を開始しており,少なくと
も再接続に至るまで,本件委託契約と同種の契約と本件委託料と同種の支
出を続けていた。
ウしたがって,控訴人において,本件各支出がされた平成20年9月29
日より前から,本件不接続を継続する旨の判断を是正・撤回して住基ネッ
トに接続することにより本件各専決権者が本件各支出を行うのを阻止する
ことは不可能であったから,控訴人が本件各支出を阻止すべき指揮監督上
の義務を怠ったとはいえない。
6当審における被控訴人の主張
(1)控訴人は,先行する非財務会計行為が違法である場合に後行の財務会計
行為が違法となるのは,先行する非財務会計行為が後行の財務会計行為の直
接の原因をなすものである場合に限られると主張するが,独自の見解に過ぎ
ない。
原因行為が違法であることによって当該財務会計行為が違法となるかどう
かは,当該事案に応じ,原因行為の違法の内容,当該財務会計行為と原因行
為との一体性,当該財務会計行為の行為者あるいは権限機関等の種々の要素
を参酌したうえで決せられるべきである。
(2)最高裁判所平成20年1月18日第二小法廷判決の考え方によっても,
本件委託契約は,裁量権の範囲の著しい逸脱又は濫用によるものであり,私
法上無効となる。
仮に,本件委託契約が私法上無効とまではいえないとしても,本件委託契
約は,著しい違法が明白である本件不接続のためにされたものであり,それ
自体の違法も明白であって,当該契約が著しく合理性を欠きそのためにその
締結に予算執行の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存するといえる。
本件委託契約は,国立市において住基ネット切断をして以降,住基ネット
不接続を維持するために締結されたものであり,毎年度当初に委託契約を締
結し,その後毎月の委託料を翌月に支出していた。そして,本件委託契約は
広い意味での保守を内容とする継続的契約であり,期間内解約をしても遡っ
ての精算等を要しないことなどからすると,本件不接続に著しい違法がある
ため本件委託契約も違法となれば,これを相手方に真摯に説明すれば,期間
内解約をすることも十分可能であった。また,前年度の契約期間満了時に契
約更新をしなければ,解約の問題を生ずることなく契約を解消することも可
能であった。したがって,客観的にみて当該契約を解消することができる特
殊な事情があるから,最高裁判所平成25年3月21日第一小法廷判決の考
え方によっても,本件委託料の支出命令は違法である。
(3)控訴人は,実際に本件不接続の政策転換をしようとしたわけではない。
本件委託料の支払が違法となるのは,本件不接続を継続する状況下での委託
料の支払だからであり,住基ネット再接続を実行するため必要不可欠な委託
料の支払が違法となるものではない。したがって,控訴人が,後任者である
B新市長が住基ネット再接続のために必要不可欠な準備期間中のバックアッ
プ作業を継続したことをもって,本件各支出を行うのを阻止することは不可
能などと主張するのは的外れである。
第3当裁判所の判断
1当裁判所は,被控訴人の請求には理由がないと判断する。その理由は,次の
とおりである。
2本件不接続の違法性について
控訴人は,控訴人において国立市長在任中に本件不接続を継続したことは違
法ではなかったと主張する。
しかし,住基法が市町村長において住民票の記載,消除等に係る本人確認情
報の通知を都道府県知事に対し行うべき旨を定めていることなどからすると,
控訴人が本件不接続を継続したことは同法に違反し違法というべきである。そ
の理由は,原判決が説示(原判決25頁23行目から30頁18行目まで)す
るとおりであるから,これを引用する(ただし,28頁末行の「東京都知事か
らされた」を「東京都知事から」に改める。)。控訴人の主張する事情は,い
ずれも上記判断を左右するものではない。
3本件各支出の違法性について
(1)本件不接続の違法性と本件各支出の違法性
地方自治法242条の2第1項4号に定める普通地方公共団体の職員に対
する損害賠償の請求は,財務会計上の行為を行う権限を有する当該職員に対
して,職務上の義務に違反する財務会計上の行為による当該職員の個人とし
ての損害賠償義務の履行を求めるものにほかならないから,当該職員の財務
会計上の行為を捉えて上記損害賠償の請求をすることができるのは,たとい
これに先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても,その原因行為
を前提としてされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に違反する
違法なものであるときに限られると解される(最高裁昭和61年(行ツ)第1
33号平成4年12月15日第三小法廷判決・民集46巻9号2753頁,
最高裁平成23年(行ツ)第406号同25年3月21日第一小法廷判決・民
集67巻3号375頁参照)。
そして,本件においてその適否が問題とされている財務会計上の行為は本
件各支出であるところ,控訴人は市長としてそれらの行為を行う権限を法令
上本来的に有するとされている者であり(地方自治法138条の2,147
条,149条),支出負担規則及び専決規程によりこれを本件各専決権者に
専決させていたことが認められる(前記争いのない事実等(原判決10頁1
8行目から11頁16行目まで))。このように自己の権限に属する財務会
計上の行為を規則等に基づいて補助職員に専決により処理させた者が,地方
自治法242条の2第1項4号にいう「当該職員」として普通地方公共団体
に対し損害賠償責任を負うのは,その者において,補助職員が財務会計上の
違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し,故意又は過失
により補助職員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかった場合に
限られると解すべきである(最高裁平成2年(行ツ)第137号同3年12月
20日第二小法廷判決・民集45巻9号1455頁参照)。
したがって,被控訴人が地方自治法242条の3第2項に基づく訴訟にお
いて控訴人に対し損害賠償の請求をすることができるというためには,本件
不接続が本件各支出の前提となった原因行為でありこれに違法事由が存する
というだけではなく,各専決権者のした本件各支出自体が財務会計法規上の
義務に違反する違法なものであり,かつ,控訴人において,各専決権者が財
務会計上の違法行為である本件各支出をすることを阻止すべき指揮監督上の
義務に違反し,故意又は過失により各専決権者が本件各支出をすることを阻
止しなかったことを要するというべきである(被控訴人の本訴請求は,上記
のとおり,いわゆる第2段目の訴訟としてされたものであり,本件不接続行
為自体を不法行為又は職務義務違反として,それによる損害の賠償を控訴人
に求めるものではない。)。
そこで,次に,本件各支出が財務会計法規上の義務に違反する違法なもの
かどうかを検討する。
(2)本件郵送費支出は財務会計法規上の義務に違反する違法なものか
ア前記争いのない事実等によれば,社会保険庁において平成18年12月
以降に誕生日月を迎える年金受給権者については住基ネットを利用して現
況確認をすることになったため,上記の者が現況届を提出する必要はなく
なったところ,本件不接続により,国立市の住民である年金受給権者には,
同月以降もなお現況届を提出しなければならない負担が継続することにな
った。そこで,被控訴人は,その住民の負担を軽減するため,同月以降,
住民が現況届を自ら社会保険庁に提出せず被控訴人窓口に持参した場合に
は,被控訴人において現況届をとりまとめて提出することとし,その旨の
広報をして,その提出のための費用として本件郵送費を支出したことが認
められる。
したがって,本件郵送費支出は,本件不接続によって生じる住民の負担
を軽減,是正するための費用ということができ,住民の上記負担の軽減と
いう当該支出により得られる利益に比して,その支出による損失が著しく
多額で均衡を欠くことをうかがわせる事情は認められない。
他方,本件不接続があるからといって,当然に本件郵送費支出が必要と
なる訳ではなく,本件郵送費支出の有無にかかわらず,本件不接続を継続
することも可能であるから,本件郵送費支出が本件不接続の効果を実現し
たりそれを助長するものとはいえず,仮に本件郵送費支出を止めたとして
も,本件不接続による違法が解消されるものでもない。
イ加えて,普通地方公共団体が住民の福祉を図ることを基本として地域に
おける行政を自主的かつ総合的に実施する役割を広く担うものとされてい
ること(地方自治法1条の2第1項)などを考慮すると,本件不接続が住
基法に違反しており,その違法が重大かつ明白であるとみられること,本
件郵送費支出はそもそも本件不接続がなければ不要であったと認められる
こと等の事情を考慮しても,控訴人から本件郵送費支出の専決を委ねられ
た補助職員である保険年金課長において本件郵送費を支出したことが,財
務会計法規上の義務に違反し違法であるとまでいうことはできない。また,
控訴人において本件不接続を取り消す権限があり,本件不接続による違法
を是正すべきであったとしても,控訴人が市長に就任する前に始められて
いた住民の現況届の社会保険庁への送付の取扱いについて,控訴人に,直
ちにこれを中止させ,本件郵送費支出を阻止すべき指揮監督上の義務があ
ったということもできない。
(3)本件委託料支出は財務会計法規上の義務に違反する違法なものか
ア本件委託料の支出命令は,本件委託契約を支出負担行為として,その契
約に基づく債務の履行としてされた財務会計上の行為である。
イ前記争いのない事実等によれば,本件委託契約は,被控訴人において本
件切断の後,住基ネットに再接続する場合に備えて,住民異動データのバ
ックアップ事務を民間業者に委託したものである。そして,弁論の全趣旨
によれば,控訴人の市長退任後,後任者である新市長は住基ネット再接続
の方針を掲げていたものの,住基ネット再接続に至るまでの間に本件委託
契約を解消しようとした形跡はうかがわれず,同契約により保存されたバ
ックアップデータを用いて住基ネット再接続を実行したと推認される。
このことからすると,本件委託契約は,被控訴人において違法な本件不接
続の継続を解消し,住基ネットに再接続をするために有益であったという
ことができる。そして,本件委託料が本件委託契約により得られる利益に
比して著しく均衡を欠くほど多額であったことをうかがわせる事情は見当
たらない。
他方,本件不接続がなければ本件委託契約の締結は不要であったといえ
るが,本件委託契約及び委託料支出の有無にかかわらず本件不接続を継続
することは可能であるから,本件委託契約によって本件不接続が実現され
たり助長されるとはいえず,本件委託契約を解消することによって本件不
接続が解消できるともいえない。
そうすると,本件不接続の継続が住基法に違反し,その違法性が重大か
つ明白とみられること,そもそも本件不接続の継続がなければ本件委託契
約の締結や本件委託料支出も不要であったこと等の事情を考慮しても,被
控訴人において将来の住基ネット再接続に備えて本件委託契約を締結した
ことに全く合理性がないとはいえず,被控訴人の総務部長が本件委託契約
を締結したことが,直ちに違法であるということはできない。
ウ本件委託契約の締結が違法といえないことは上記のとおりであるから,
これに基づく被控訴人の市民課長による本件委託料の支出命令が財務会計
上の義務に違反し,違法ということもできない。
なお,普通地方公共団体が締結した支出負担行為たる契約が違法に締結
されたものであるとしても,それが私法上無効ではない場合には,当該普
通地方公共団体が当該契約の取消権又は解除権を有しているときや,当該
契約が著しく合理性を欠きそのためその締結に予算執行の適正確保の見地
から看過し得ない瑕疵が存し,かつ,当該普通地方公共団体が当該契約の
相手方に事実上の働きかけを真摯に行えば相手方において当該契約の解消
に応ずる蓋然性が大きかったというような,客観的にみて当該普通地方公
共団体が当該契約を解消することができる特殊な事情があるときでない限
り,当該契約に基づく債務の履行として支出命令を行う権限を有する職員
は,当該契約の是正を行う職務上の権限を有していても,違法な契約に基
づいて支出命令を行ってはならないという財務会計法規上の義務を負う者
とはいえず,当該職員が上記債務の履行として行う支出命令がこのような
財務会計上の義務に違反する違法なものとなることはない(最高裁平成2
3年(行ツ)第406号平成25年3月21日第一小法廷判決・民集67巻
3号375頁参照)。そして,本件委託契約につき被控訴人において取消
権又は解除権を有していたことを認めるに足りる証拠はない。また,被控
訴人において本件委託契約の相手方に事実上の働きかけを真摯に行えば相
手方において当該契約の解消に応ずる蓋然性が大きかったというような,
客観的にみて被控訴人が本件委託契約を解消することができる特殊な事情
があると認めることもできない。
したがって,本件委託契約に基づく債務の履行として支出命令を行う権
限を有する市民課長は,違法な契約に基づいて支出命令を行ってはならな
いという財務会計法規上の義務を負う者とはいえず,同課長が上記債務の
履行として行う支出命令がこのような財務会計上の義務に違反する違法な
ものとなることはないというべきである。
エさらに,控訴人において,控訴人が市長に就任する前に始められていた
本件委託契約について,直ちにその継続を中止させ委託料の支出を阻止す
べき指揮監督上の義務があったということはできず,自ら積極的にその継
続を指示したことを認めるに足りる証拠もない。
(4)したがって,本件各支出について,控訴人に各専決権者に対する指揮監
督を怠った違法はないというべきである。
第4結論
以上のとおり,被控訴人の請求はいずれも理由がないから,これを認容した
原判決を取り消した上,被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり
判決する。
東京高等裁判所第23民事部
裁判長裁判官鈴木健太
裁判官若林辰繁
裁判官瀬川卓男

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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
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