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裁判例


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平成26年(け)第1号
決定
申立人a1
申立人a2
申立人a1に対する特別公務員暴行陵虐致死被告事件及び申立人a2に対する同
幇助被告事件について,平成20年10月20日名古屋高等裁判所が言い渡したい
ずれも有罪の確定判決に対する再審請求事件について,平成26年3月27日名古
屋高等裁判所(刑事第1部)がした各請求棄却決定に対し,申立人らからそれぞれ
異議の申立てがあったので,当裁判所は,次のとおり決定する。
主文
本件各異議の申立てをいずれも棄却する。
理由
本件各異議申立ての趣意は,弁護人北口雅章,同新井宏明,同岩井羊一,同麻祐
一,同寺田正主,同齊藤洋大共同作成の平成26年3月28日付け異議申立書,同
月31日付け異議申立補充書,同年7月23日付け異議申立補充書(3),弁護人北口
雅章作成の同年5月8日付け異議申立補充書(2)に記載されているとおりであるか
ら,これらを引用する。
第1原決定に至る経過等
1申立人a1は,特別公務員暴行陵虐致死の公訴事実により,申立人a2は,
同幇助の公訴事実により,それぞれ公訴を提起され,平成17年11月4日,
名古屋地方裁判所で,申立人a1を懲役3年(執行猶予4年)に,申立人a2
を懲役1年2月(執行猶予3年)に処するとの有罪判決の言渡しを受けた。し
かし,検察官及び申立人ら双方の控訴申立てを受けた名古屋高等裁判所は,平
成20年10月20日,検察官の暴行目的に関する事実誤認の論旨をいれて上
記判決を破棄した上,申立人a1を懲役3年(執行猶予5年)に,申立人a2
を懲役1年6月(執行猶予3年)に処するとの有罪判決を改めて言い渡した。
そして,平成23年6月28日,申立人らの上告が棄却されて,申立人a1に
ついて同年7月5日,申立人a2について同月6日に,名古屋高等裁判所の上
記判決が確定した(以下,この判決を「確定判決」という。また,以上につい
て「確定審」といい,その第1審,控訴審,上告審について単に「第1審」,
「控訴審」,「上告審」という。)。
2確定判決が認定した罪となるべき事実の要旨は,以下のとおりである。
すなわち,申立人a1は,名古屋刑務所に副看守長として勤務し,申立人a
2は,同刑務所に看守部長として勤務し,いずれも被収容者の戒護,規律維持
及び警備等の職務を担当していたものであるが,①申立人a1は,平成13年
12月14日午後2時20分頃,同刑務所保護房第2室(以下「本件保護房」
という。)において,同室を監視可能にし,かつ清掃するため,同室に収容さ
れていた受刑者b(当時43歳)を別の保護房に移動させようとして,消防用
ホースで放水してbの抵抗を排し,本件保護房の壁面・床面等を清掃するに際
し,他の刑務官に制圧されて下半身のズボン,パンツ等を引き下ろされ,臀部
を露出させてうつ伏せになっているbの臀部中央部を目掛け,その必要がない
のにその臀部付近を洗浄するとともにbを懲らしめる目的で,同刑務所第2工
場前消火栓から消防用ホースで引き込んだ消防用水の井戸水を,消防用筒先か
ら噴出させて直接当てる暴行(以下「本件放水」という。)を加え,噴出した高
圧の水がbの肛門から直腸内に浸入したことにより,bに肛門挫裂創・直腸裂
開の傷害を負わせ,よって同月15日午前3時1分頃,bを直腸裂開に基づく
細菌性ショックにより死亡させ(これが特別公務員暴行陵虐致死罪に当たる。),
②申立人a2は,申立人a1の上記犯行に先立ち,本件保護房を監視可能にし,
併せてその壁面・床面等を清掃するため,本件保護房内に立ち入った際,申立
人a1が,上記目的で上記消防用設備を用いてbの身体に放水を直接当てる可
能性があることを認識しながら,bをうつ伏せに制圧した上,そのズボン,パ
ンツ等を引き下ろして臀部を露出させるなどし,申立人a1の上記犯行を容易
にしてこれを幇助した(これが特別公務員暴行陵虐致死幇助罪に当たる。),と
いうのである。
3申立人らは,第1審以来確定審を通じて,それぞれ,bの傷害は,本件放水
によって引き起こされたものではなく,本件保護房に給水のため差し入れられ
ていたプラスチック製ポットの破片を,本件放水の前日頃,bが自ら肛門に突
き刺したことにより生じたものであり,本件放水とbの死亡との間の因果関係
(以下「本件因果関係」ともいう。)はない,本件放水は,bの身体を洗浄する
目的で行われた正当な職務行為であるなどと主張して,各公訴事実を争った。
しかし,確定判決は,本件放水は,本件保護房に収容中,監視孔や監視カメ
ラにちり紙や残飯等を張り付けるなどして房内を監視不能にしたbを転房さ
せるに際し,申立人a2とc1副看守長が房内に入ってbをうつ伏せに制圧し,
そのズボンとパンツ等を引き下ろして臀部を露出させたところ,申立人a1が,
本件保護房出入口付近のbまで約1ないし1.3mの位置(筒先からで約1.
5m)から,消防用ホースの筒先をやや下に向けてbの臀部中心部に向けて,
同所に約0.6kg/㎠(≒60kPa(キロパスカル))の水圧の直線状の放水を
当てた,という態様のものであったと認定した。その上で,主にd1大学大学
院のe1教授の物理学的所見(e1鑑定)に依拠して,このような本件放水は,
物理的にみて,肛門を開かせ,短時間のうちに直腸裂開を引き起こすのに十分
な量の水を直腸内部に流入させて直腸を裂開させるとともに,肛門挫裂創をも
生じさせるに足りるものであり,d2大学のe2名誉教授(e2鑑定)及びd
3大学大学院医学系研究科救急医学d3大学医学部附属病院高度救急救命セ
ンターのe3教授(e3鑑定)の各医学的所見に照らしても,本件放水が成傷
器になり得ると判断した。そして,本件当時,申立人らの主張するプラスチッ
ク製ポットが本件保護房に差し入れられていた可能性は認め難いし,仮にその
可能性があったとしても,bがこれを粉砕したプラスチック片で自傷行為に及
んだ可能性はないとして,申立人らの上記主張を排斥した。なお,その結果と
して,bの傷害が,上記プラスチック片とみて矛盾しないある程度鋭利な成傷
器によるものであるなどという,d4大学大学院医学研究科のe4教授(現d
5大学大学院教授)及びd6大学大学院医学系研究科のe5教授(現fがんセ
ンター総長)の各所見は,前提を欠いて信用性がないことに帰するとも判断し
ている。
4申立人らは,平成24年3月2日,確定判決に対する各再審請求を行った(本
件各再審請求)。申立人らは,①bの負傷の原因は,プラスチック片による自
傷行為であって,本件放水ではない可能性がある,②確定判決の認定した約0.
6kg/㎠の水圧の放水によっては,物理的に人体に損傷は生じ得ないし,本件
放水とbの死亡との時間的間隔に照らしても,本件放水をbの死亡の原因と見
るのは医学上の経験則に合致しないから,本件放水によりbが受傷したとみる
こと自体に無理があるなどと主張して(以下,上記①の主張を「主張Ⅰ」と,
②の主張を「主張Ⅱ」という。),本件には刑訴法435条6号の再審事由があ
り,本件再審請求に当たって申立人らが提出した別紙証拠一覧表の番号1から
21までの各証拠(ただし,撤回した番号20の証拠を除く。)が,同号所定
の新規明白な証拠に当たると主張した(これらの証拠について,以下「番号1
の証拠」などのようにいい,これらを総称して「本件各証拠」ともいう。)。
(なお,申立人らの主張及び提出した証拠を見ても,申立人らの本件放水が
刑法195条2項にいう「暴行」には該当しないということを明示するものは
ない(もし,無罪を主張するのであれば,再審請求書においてこの点を明確に
主張すべきである。)から,刑訴法435条6号に該当する事由があるという
のは,刑法196条の特別公務員暴行陵虐致死罪(あるいはその幇助罪)は成
立せず,それよりも軽い刑法195条の特別公務員暴行陵虐罪(あるいはその
幇助罪)が成立するにとどまるという明らかな証拠をあらたに発見したという
ものと解される。)
これに対し,原決定は,要するに,本件各証拠のうち,主張Ⅰに係るものは,
信用性が乏しいか,bが自傷行為をした可能性をうかがわせるまでの証明力を
持たないものであり,主張Ⅱに係るものは,本件放水以外に受傷原因が想定で
きないなどの確定審の証拠により認められる事実関係を無視するなど,説得力
が乏しく,その余の証拠も含めて,確定審の証拠と総合的に考慮しても,前記
2の確定判決の事実認定に合理的な疑いを生じさせるものではないとして,結
局,本件各証拠は,刑訴法435条6号所定の,申立人らに対して無罪を言い
渡し,又は確定判決が認めた罪より軽い罪を認めるべき明らかな証拠に当たら
ない(番号2,9,13の各証拠は,上告審に提出された書面の添付資料と同
一のものであるから,同号所定の新規性を備えているとも認め難い)と判断し
ている。
第2論旨
論旨は,要するに,原決定は,本件各証拠に関する明白性の判断を誤っている
から,これを取り消して,再審を開始する決定を求める,との趣旨をいうものと
理解される。
なお,申立人らは,原審で再審事由を示す証拠としてではなく,本件各再審請
求に理由があることを裏付ける資料として提出した平成25年12月26日付
け証拠調べ請求書記載の番号22ないし27の証拠6点について,当審で再審事
由を示す証拠として取り調べるよう求めている。しかし,再審請求審の決定の当
否を事後的に審査する異議審の性格に鑑みると,これらの証拠は,平成26年3
月31日付け,同年5月8日付け及び同年7月23日付け各証拠取調べ請求書記
載の番号22ないし30の各証拠と併せて,異議申立ての趣旨を補足する資料と
して取り扱うのが相当である。
第3論旨に対する検討
そこで,論旨について検討する。
1申立人らの本件再審請求の主張は,確定審以来申立人らが争っていたのと同
一の争点(本件因果関係の有無)についての同種の主張である。
そこで,確定審の本件因果関係についての判断構造をみておく。
本件の確定判決は本件の控訴審判決であるが,本件因果関係については,第
1審の判断を是認しているから,第1審において示された判断過程を踏襲した
ものと判断できる。第1審では,主として,本件放水までの保護房内の状況(性
質上凶器となるものは通常排除されていることも含む。なお,第1審では,存
在の可能性までは否定されていなかったプラスチック片につき,控訴審では,
保護房内には存在しなかったと認定している。)及びそこでのbの挙動,本件
放水時の状況(放水前には肛門周辺には便も,傷口も出血も確認されなかった
のに,放水して10秒から20秒してbの肛門付近から出血が認められた状況
等。),その後のbの症状と死亡に至るまでの手当ての経過に関して具体的な事
実を認定した上で,「bの負った肛門挫裂創,直腸裂開の原因は,特段の事情
がない限り,消防用ホースによる放水を肛門部付近に当てたことによるものと
推認される」(第1審判決18頁)としている。ここで重視されているのは,
具体的な事実経過である。
この点は本件再審請求を検討するに当たっても尊重されるべきである。すな
わち,推認を根拠付ける事実に関する主張なのか,推認を妨げるべき事情に関
する主張なのかによって,扱いは分かれることになる。具体的には,前記第1・
4①の主張Ⅰは,bの保護房内の挙動や房内に性質上凶器となるべきものが存
在したかといった点に関わるから,推認の根拠となっている事実に変更を加え
る可能性があるのに対し,同②の主張Ⅱは,具体的な事実経過ではなく,bの
成傷原因たり得るかという問題を,科学的に考察しようとするもので,前記の
推認を妨げる事情となり得るかの問題であり,推認を妨げるには「特段の」事
情があると認められる必要がある。
主張Ⅰと主張Ⅱは,本来は別個独立の事柄ではあるが,本件の検討に際して
は,上記のような関係にあることを留意する必要がある。
以下において,記録を調査して,申立人らの主張についての原決定の判断の
当否を検討するが,結論的には,原決定の判断に誤りはなく,本件異議申立て
には理由がないことは明らかであるといわなければならない。
2原決定のいう第一証拠群について
原決定は,本件各証拠のうち,前記第1・4①の主張Ⅰに係るものを「第一
証拠群」と名付け,番号9ないし11,15の各証拠がこれに当たるものとし
て,刑訴法435条6号所定の証拠に当たるかを検討している(原決定理由第
2・1の項)。もとより,そのような検討方法は合理的であるから,当裁判所
としても,これに従った形で検討を進める。
証拠を概観すると,番号9の証拠は名古屋刑務所備付けの申し送り簿で,平
成13年11月24日の記帳欄に,「b(略)あと本人言わく,プラスチック
のポットを折ってすてていると言ってました。」との記載があるもの,番号1
0の証拠は,c2刑務官が,平成20年12月28日,本件放水時の状況を述
べた場面を録音録画したDVD-R1枚,番号11の証拠は,c2がその際に
作成した見取図1枚,番号15の証拠は,本件保護房に差し入れられていた可
能性があるものと同種のプラスチック製ポットを破砕してできたというプラ
スチック片である。このように概観しただけでも,実質証拠として,確定判決
の事実認定を揺るがすだけの証明力を持つ可能性があるのは,やはり番号10,
11のc2刑務官の供述関係であり,その余は,その補強の意味があると解さ
れる。
(1)番号10,11の各証拠について
ア第一証拠群のうち番号10の証拠は,本件放水当時,名古屋刑務所に配
属されていたc2刑務官が,平成20年12月28日,衆議院法務委員会
委員のg議員(当時)からの質問に答えて,本件放水時の状況を述べた場
面を録音録画したDVD-R1枚であり,番号11の証拠は,c2がその
際に作成した見取図1枚である(以下,これらの各証拠によってc2が述
べる内容を「c2新供述」という。)。c2新供述は,要するに,c2が,
本件放水時,本件保護房に入っていたところ,放水前に脱がされて傍らの
床に置いてあったbのズボン等が,流れてきた水に濡れて,そこからヤク
ルト1本分くらいの量の赤い血のようなものがにじみ出ていることに気
付いたなどというものである。
所論は,c2新供述は,bが本件放水開始前に既に出血しており,その
受傷原因が本件放水ではないことを示し,確定判決のbの受傷時期・受傷
機序に関する認定に合理的疑いを生じさせるという。
イしかし,原決定は,c2新供述は信用できないから,これと確定審の証
拠を総合考慮しても,確定判決の事実認定に合理的疑いは生じないと判
断している(原決定理由第2・1(1)イ,ウの各項)。
原決定が説示するように,本件確定審では,本件放水当時名古屋刑務所
に配属されていた刑務官ら多数の者の供述が証拠とされ,多大な時間を
かけてその供述が吟味されたといってよく,そのような審理を遂げた中
で,c2新供述は,そもそもc2が本件保護房内にいて本件放水の状況を
目撃していたという点自体からして,確定審で取り調べられたc1副看
守長や申立人a2ら他の刑務官らの供述に反している上,c2自身の検
察官調書(申立人a1関係の第1審証拠等関係カード検察官請求証拠番
号甲41,申立人a2関係の同証拠番号甲37。以下,申立人a1関係の
みのものにAの,申立人a2関係のみのものにBの各符号を付し,「第1
審A甲41」などのようにいう。)における供述内容からも変遷しており,
この変遷についての合理的な説明はない(所論は争うが,理由がない。)。
また,相当量の血のようなものがbのズボン等に付着していたという点
も,他の刑務官らの中で,bのズボン等を脱がせた際,血のようなものの
付着に気付いたという者はいない上,本件放水開始後,肛門部付近からの
出血に気付いて放水を中止し,bを救護するに至ったという経過や,その
後,bの受傷原因を明らかにするため,そのズボン等が証拠として保全さ
れたとはうかがえないこと等を考慮すると,到底信用し難い。c2新供述
は,確定審において丹念な証拠調べによって動かし難い事実とされた点
に正面から反し,その反する内容の真実性を担保する事情は全く見出せ
ないといってよい。c2新供述は,不自然,不合理というほかはなく,こ
れを信用できないとした原判断は正当である。
ウ所論は,そのほかにも種々の指摘をしてこの原判断を争うが,いずれも
理由がない。
(ア)例えば,所論は,c2新供述と他の関係証拠との整合性に関する上
記評価を争い,刑務官らは,専らbの股間に着目して下着に着目しな
かったり,あるいは,付着した糞便と血液とを区別できなかったりし
て,出血に気付かなかったとしても不自然ではないという。しかし,
c1の第1審公判証言や申立人a2の捜査段階の供述調書の内容に照
らすと,bの股間や下着が糞便等で汚れていたという所論の前提自体
が誤りであり,仮に相応の汚れがあったとしたところで,相当量の出
血があったのであれば,複数の刑務官らの誰もがこれに気付かなかっ
たなどとはおよそ考えられない。
また,所論は,c3看守長の第1審公判証言を援用して,血痕の付い
たbの下着は保管されていたのに,その後何者かによって廃棄された
のだともいう。確かに,c3は,所論のいうような証言をしているが,
この証言が信用できないことは,原決定の引用する確定判決及び第1
審判決が説示するとおりであるから,この所論も採用できない。
(イ)所論は,c2新供述は,bの下着に血痕が付着していたという番号
12の証拠や,本件保護房に成傷器となり得るプラスチック片が存在
した可能性を示す番号9の証拠,更にはbの負った傷害の態様や受傷
時期からして本件放水がその原因とは考えられないことなどの裏付け
を伴っており,信用性が高いともいうようである(原決定に理由不備
の違法があるともいうが,要するに,c2新供述の証拠価値に関する
原判断の誤りを論難するものと理解される。)。しかし,c2新供述が
信用できないことが明らかである以上,これと他の証拠をいくら総合
しても,c2新供述が,確定判決の事実認定を揺るがすほどの証明力
を取得することはあり得ない(所論がc2新供述を裏付けるものとし
て指摘している本件再審請求に係る証拠は,後に検討する。)。所論は
失当である。
(2)番号9,15の各証拠について
ア第一証拠群のうち番号9の証拠は,名古屋刑務所備付けの申し送り簿で,
平成13年11月24日の記帳欄に,「b(略)あと本人言わく,プラス
チックのポットを折ってすてていると言ってました。」との記載があり,
番号15の証拠は,本件保護房に差し入れられていた可能性があるもの
と同種のプラスチック製ポットを破砕してできたというプラスチック片
である。所論は,番号9の証拠は,本件保護房に差し入れられたプラスチ
ック製ポットをbが破砕していたことを示し,番号15の証拠がbの受
傷部位と整合することと考え合わせると,bの受傷原因がプラスチック
片による自傷行為である可能性を強く示唆するというのである。
イしかし,原決定は,番号9,15の各証拠は,本件保護房に差し入れら
れたプラスチック製ポットをbが破砕し,その破片であるプラスチック
片が本件保護房内に存在した可能性をうかがわせるとしても,①bが本
件放水前に既に受傷していたと見るべき痕跡がないこと,②bの過去の
行動状況にも特異な自慰行為等に及ぶ傾向を示すものがなかったことな
どを踏まえると,bがそのプラスチック片を自ら肛門に差し入れるなど
の行為を行い,それによって受傷した可能性をうかがわせるものとまで
はいえないから,番号9,15の各証拠と確定審の証拠を総合考慮して
も,確定判決の事実認定に合理的な疑いは生じないと判断している(原決
定理由第2・1(2)の項)。
関係記録によると,番号9の証拠は,申立人らの第1審弁護人が,第1
審で証拠調べ請求をしたが(第1審弁34),第1審検察官からその入手
経緯等の釈明を求められると,「都合により」として請求を撤回したもの,
番号15の証拠も,申立人a1の第1審弁護人が,第1審で実施されたe
2名誉教授の証人尋問でその写真を示し,これが証人尋問調書に添付さ
れたものである。したがって,これらの証拠は,厳密にいえば,刑訴法4
35条6号所定の新規性の要件にも疑問のあり得るところであるが,こ
の点をひとまずおいて検討の対象としても,関係証拠に照らし,原決定の
上記①,②の指摘に誤りはなく,これらの各証拠の証拠価値に関する上記
原判断にも誤りはない。
ウ所論は,種々の指摘をしてこの原判断を争うが(原決定は確定審の証拠
との総合評価を懈怠しており,理由不備の違法があるなどともいうが,要
するに,番号9,15の各証拠の証拠価値に関する原判断の誤りを論難す
るものと理解される。),いずれも理由があるとは考えられない。以下,簡
潔に説明する。
(ア)所論は,原決定の前記①の指摘について,bの受傷の部位・形態が
番号15のプラスチック片の形状と整合すること,解剖時に認められ
たbの腹水の量や浮腫の所見に加え,本件放水時のbの様子(極度の
衰弱状態にあったと考えられる。)に照らし,bは本件放水前に既に受
傷していたと合理的に考えられるから,前記①の指摘は誤っていると
いう。確かに,確定審で示されたe5教授やbを解剖したe4教授の
各所見には,この所論に沿う内容が含まれており,bが,本件放水や
その際の制圧に対し特段抵抗していないことも,当時その体調に問題
があったことをうかがわせるものとみることはできる。しかし,bが
本件放水前に既にプラスチック片等により受傷していたのであれば,
激しい痛みを伴い,相当量の出血もしていたことが明らかであるとこ
ろ,関係証拠に照らしても,bがそのような痛み等を訴えていたとは
うかがえないし,前記(1)のとおり,本件放水前にそのような出血の痕
跡があったともうかがえない。したがって,bが本件放水前に既に受
傷していたと見ることには,関係証拠に照らして明らかに無理がある
といわざるを得ない。したがって,前記①の指摘に誤りはない。
(イ)所論は,bは,プラスチック製ポットを割ったり,保護房内の監視
孔や監視カメラを汚物等でふさいだりする特異な行動をとっていたこ
となどに照らし,淫靡な自慰的行為をしていた可能性が推認されるか
ら,原決定の前記②の指摘は誤っているという。しかし,bが所論の
いう特異な行動をとっていたからといって,淫靡な自慰的行為をして
いたと推認されるというものではないし,既に説示したとおり,原決
定の前記①の指摘に誤りがない以上,この所論によって前記原判断が
左右されることはない。
3原決定のいう第二証拠群について
原決定は,本件各証拠のうち,前記第1・4②の主張Ⅱに係るものを「第二
証拠群」と名付けた上,これを更に,物理学等の観点に照らし,確定判決が認
定した水圧(約60kPa)の本件放水によって,bの傷害は生じ得ないことを
示す「第二証拠群A」と,医学の観点に照らし,確定判決が認定した因果関係
が経験則に合致しないことを示す「第二証拠群B」とに分けて,番号1ないし
8及び16ないし19の各証拠が第二証拠群Aに,番号21の証拠が第二証拠
群Bに,それぞれ当たるものとして,刑訴法435条6号所定の証拠に当たる
かを検討している(原決定理由第2・2の項)。
(1)第二証拠群の各証拠の内容は,おおむね原決定が説示するとおりである
ところ(原決定理由第2・2(1)(2)の各項),これを概観しておくと以下の
とおりである。
ア第二証拠群Aのうち番号3ないし6の各証拠は,法務省矯正局ないし同
局長が,本件放水に用いられた消防用ホースが通常の水道に接続されて
いたなどの趣旨を明らかにしたものである。そして,番号1,2の各証拠
は,名古屋市上下水道局長や給水装置納品業者担当者が,水圧50ないし
70kPa程度の通常の水道の利用によって人が負傷した事例は把握して
いないなどの趣旨を,それぞれ回答したものである。
イ番号7,16の各証拠は,いずれもd1大学大学院のe6教授の意見書
である。その内容は,流体力学の観点から,①60kPa程度の水圧の水を
多量に当てても,意識的に開かない限り肛門は閉じたままであるから,水
は肛門内に浸入しない(番号7),②肛門が開いて水が浸入するとしても,
その量はe1鑑定がいうほど多くなく,直腸が水で満たされることはな
いから,肛門管内でラプラスの式は成立しない(番号7,16)などとい
うものである。
ウ番号8,19の各証拠は,いずれもd7大学のe7教授の意見書である
(なお,番号18の証拠も同教授の意見書であるが,原決定が説示すると
おり(原決定理由第2・2(1)イの項),原審で取り調べていないe1教授
の本件各再審請求後に作成された意見書に対する反論であるから,検討
の必要はない。)。その内容は,物理学の観点から,①水の破壊力を考える
場合に基準となるのは水圧であって,水量は全く関係がないから,肛門に
当てる水の量を増やしても,水圧が変わらなければ肛門に損傷が生じる
ことはない(番号8),②確定判決が本件放水による水の浸入を防げない
根拠とする,おおむね10ないし30kPaという肛門括約筋の最大随意収
縮圧は,肛門が外部からの水流に対し閉じた状態で耐えられる限界値と
は無関係である(番号8),③高圧の圧縮空気により大腸穿孔を生じる場
合の空気圧と比較すると,その4分の1にも満たない圧力の本件放水に
よって直腸穿孔が生じることはない(番号19)などというものである。
エ番号17の証拠は,d8大学理工学部交通機械工学科のe8教授の意見
書である。その内容は,計算力学(流体力学を含む。)の観点から,60
kPa程度の低い水圧の水で肛門管が破壊されることはないし,風船状に膨
らむ閉鎖的な空間ではない直腸や肛門でラプラスの式は成立しないなど
というものである。
オ第二証拠群Bに当たる番号21の証拠は,e5教授(現d6大学名誉教
授,fがんセンター名誉総長,h学会名誉会員,i学会名誉理事長,j学
会前会長)の意見書である。その内容は,医学文献に現れた下部消化管穿
孔により糞便性汎発性腹膜炎を合併して死亡した全ての事例で,患者は
穿孔時から24時間以上生存しているから,本件放水の約13時間後に
死亡したbの直腸裂開の原因を本件放水に求めることはできないなどと
いうものである。
(2)これらの証拠のうち,実質証拠として,確定判決の事実認定を揺るがす
だけの証明力を持つ可能性があるのは,各専門の研究者の意見書である。前
述したように,これらの証拠が基礎付けようとする主張は,本件因果関係の
推認を妨げるべきものであると考えられるから,これらの証拠によって推認
を妨げるべき「特段の事情」があるといえるかが問題となる。
(3)原決定は,結論として,これらの第二証拠群の各証拠と確定審の証拠を
総合考慮しても,確定判決の事実認定に合理的な疑いは生じないとの趣旨の
判断を示している(原決定理由第2・1(3)の項)。
ア原決定は,その理由として,まず,確定審の証拠に照らすと,bの傷害
を生じさせた出来事として考えられるのは本件放水以外になく,本件放
水が受傷原因と想定することができると判断している(原決定理由第2・
2(3)アの項)。この判断は,確定審の本件因果関係の推認の判断と同趣旨
の判断であるといえる。原決定がその理由として説示しているのは,当審
が既に説示したのと同旨の内容を含むものであるが,あえて再論すれば,
要するに,bには,直腸裂開を生じさせるような病変はなかったし,直腸
裂開は相当量の出血を伴うものと考えられるから,本件放水前にこれが
生じていたともうかがえず(前記2(2)イ,ウ(ア)参照),本件放水の開始
直後,bの肛門部付近からの出血に刑務官らが気付いたこと(前記2(1)
イ参照)などに照らしても,bの受傷原因は本件放水と認められる,とい
った事柄である。
この判断は,関係証拠に照らしても,その説示する理由も含め,誤りが
あるとは認められない。
イまた,原決定は,確定審の証拠のうち,豚の肛門辺りに放水したところ,
直腸裂開が生じるなどしたという原判示の実験(以下「豚実験」という。)
の模様を記録したビデオテープ(第1審甲71)によって,bの傷害が本
件放水によって生じ得ることが実証されているなどとも説示している
(原決定理由第2・2(3)イの項)。これは,本件因果関係の推認の裏付け
ともいえる点であるが,主張Ⅱとの関係では,本件放水によって直腸裂開
が起こり得ないとする意見書に対する現実の反例としての意味があり,
その反例であることが認められれば,科学的,論理的に起こり得ないとい
った理論的な議論が事実によって疑問視されることになる。
原決定は,この説示に当たり,bは,解剖時に重篤な肺挫傷の所見があ
ったこと,本件放水時には平素と異なりさほど抵抗しなかったことなど
を踏まえると,豚実験に供された麻酔の影響下の豚と同様,身動きできな
い弱弱しい状態にあったとみることができ,本件放水により受傷したと
みることに支障はないなどとの趣旨をも説示している。
所論は,bの肺挫傷の所見は,死戦期の肺うっ血で説明が付くし,仮に
肺挫傷があったとしても,肛門括約筋の作用に影響を及ぼすとも考えら
れないから,本件放水時のbの状態を,麻酔の影響で肛門括約筋の弛緩し
た豚と同視するのは誤っているなどとして,豚実験の証拠価値に関する
原決定の評価に誤りがあると論難している。確かに,本件放水時のbを麻
酔下の豚と同視しているかにみられる原決定の説示には,科学的にみて,
事実と論理を慎重に積み上げているか否かにつき,疑問の余地があろう。
しかし,関係証拠によると,bが本件放水時にさほど抵抗しなかったこと
は明らかであって,抵抗した場合と比べて肛門から水が浸入しやすい状
況にあったことは動かし難い事実と考えられる。豚実験については,条件
設定が本件放水と異なっている面もあり,これをそのまま本件に当ては
まるものとするには難があるであろうが,確定判決も説示するように,一
定の条件があれば,豚の場合,短時間の放水により水が肛門から直腸内に
浸入し,肛門裂創や直腸裂開等の傷害を生じさせる可能性があるという
限度では,証拠価値を肯認してよいと思われる(確定判決は,その限度で
証明力を認めていると解される(確定判決34頁)。)。豚実験により,b
の死亡の原因が本件放水であるとの積極的な証明がなされたとみること
はできないものの,本件のbの場合も,豚実験と同じような状況が,絶対
に起こらないとは限らないといった程度の証明力は肯定できよう。
いずれにせよ,原決定のこの説示を論難したところで,前記アの原判断
が揺らぐことになるものではないし,この論難によって,確定判決の事実
認定が揺らぐものでもない。
ウ原決定は,その上で,第二証拠群の各証拠とこれらに基づく原審弁護人
らの主張は,本件放水以外に受傷の原因が考えられないこと等を無視し,
bの身体の状況等の,本件の事実関係に即した前提条件を網羅している
ともいい難い抽象的な検討内容に依拠するものであるから,説得力が乏
しいと評価している(原決定理由第2・2(3)ウの項)。
そして,原決定は,個別的に,①番号1ないし8の各証拠については,
豚実験に係るビデオテープの映像により認められる,本件放水を再現し
た水流の勢い等の特徴,本件放水当時のbの身体の状態等を正しく踏ま
えないものであるから,採用できない,②番号16,17,19の各証拠
については,上記映像により認められる,相当の力を持った水流が本件放
水で加えられたことと大きく乖離した結論をいう不合理なものであるし,
豚実験の結果を統一的に説明できるか,多角的な検討がされているか疑
問がある,③番号21の証拠については,bの症例は先例が乏しいから,
過去の症例と対照することに重要な意味があるとはいえないなどと説示
して,結局,これらの第二証拠群の各証拠と確定審の証拠を総合考慮して
も,確定判決の事実認定に合理的な疑いは生じないとの趣旨の判断を示
している。
所論は,種々の指摘をして以上の原判断を争うが,いずれも原判断の結
論を左右するとは考えられない。
(ア)例えば,所論は,これらの原決定の個別的な説示を取り上げて,上
記①,②のうち豚実験の映像に言及する説示は,主観的,非科学的で
柔弱な印象論にすぎないなどという。確かに,原決定のこれらの説示
の中には,客観的なデータ等に基づいた論証がなされていない嫌いは
否定できないものの,だからといって豚実験の結果がなくなるわけで
はないし,その映像に現れた事実を裁判官が認識し,一定の見解を持
つことに何ら問題はない。そして,原決定は,より根本的には,bの受
傷原因として考えられるものは本件放水以外にはなく,この点は,第
一証拠群の各証拠を検討しても揺るがないのであるから,この点を無
視して種々の主張をしたところで,本件の事実関係に即した議論とは
ならず,説得力が乏しいと評価しているものと理解される。この評価
自体の正当性に疑問はない。
また,所論は,上記③の説示について,bの直腸裂開に当該医学的経
験則が妥当するか否かの判断についても専門家の意見は尊重されるべ
きであるなどともいう。しかし,番号21の証拠が依拠する医学文献
に現れた事例から導かれる医学的経験則が,すべての場合に妥当する
とまでの確証が得られているとはいい難く,直腸裂開という形での下
部消化管穿孔で,bの当時の体力といった個体差も考慮すると,放水
後約13時間という時間で死亡に至ることがあり得ないとまではいえ
ないであろうから,本件因果関係の推認を妨げるべき特段の事情があ
るとはいえないことは明らかである。
したがって,これらの所論は,上記原判断の結論を左右するものでは
ない。
(イ)所論は,①番号7,8,16,17,18の各証拠に含まれる,直
腸内でラプラスの式が成立しない旨の内容は,確定判決の中核的証拠
であるe1鑑定の根本的な欠陥を明らかにするものであるし,②番号
7,8の各証拠には,水圧と水量との関係や肛門括約筋の最大随意収
縮圧に関する確定判決の判断の誤りを明らかにする内容であるのに,
これらの事柄について判断・言及していない原決定には,著しい審理
不尽,理由不備があるなどという。確かに,原決定は,所論の指摘する
これらの事柄を個々に取り上げて判断を示しているわけではないが,
これらの各証拠と確定審の証拠を総合考慮しても,確定判決の事実認
定に合理的な疑いは生じないとの判断(ただし,原審が取り調べない
こととした検察官提出の意見書(原審検2)に対する反論である番号
18の証拠については,検討の必要がないとの判断(原決定理由第2・
2(1)イの項))をその理由と共に明確に示しているから,この所論の
論難に理由がないことは明らかである。
もっとも,これらの証拠が,その証拠のみで,本件放水による直腸裂
開が科学的にみて生じることはないと,論理的に可能性まで否定でき
るのであれば,本件因果関係の推認を妨げるべき特段の事情を明らか
にする証拠といえよう。しかし,所論の指摘するこれらの個々の事柄
自体は,控訴審で取り調べられたe7教授の所見等に一部は現れてい
たし,さらには,上告審の上告趣意書中でも指摘されており,これら
と同旨の内容を含むe6教授,e7教授の各意見書もその添付資料と
して提出されていたから,確定までの過程で全く問題にされていなか
ったわけではない。また,これらの証拠は,確定審で取り調べられ,信
用できるとされた専門家の意見に対する反論としての意味合いが強く,
特に,確定判決が依拠したe1教授の鑑定に対する反論となっている。
確定審以来,両陣営において,いわば科学論争が展開されている(と
いっても,相手方の議論が誤った仮定をおいて議論しているなどとい
うものが多い。)感があるが,若干付言する。
ラプラスの式が成立しないとの点は,本件放水によっては肛門から
水は浸入せず,浸入したとしても,肛門や直腸は円管状の組織であっ
て,閉鎖的な空間ではないとする。しかし,肛門が本件放水によって
開き,その内部に水が浸入することについては,控訴審において議論
されたところであり,所論の指摘する意見書は,いずれもその延長線
上にあるものである。また,肛門や直腸の形状等からラプラスの式が
成立しないというのなら,なぜ,豚実験で直腸裂開が生じたのであろ
うか。麻酔下ということは,肛門括約筋の機能に影響を与えることで
はあっても,直腸の形状等に影響はないはずであるから,ラプラスの
式が成立しないのであれば,直腸が裂開した原因を科学的,論理的に
推論すべきであろう。
水圧と水量の関係も確定審以来議論されてきたもので,その延長線
上の議論といえる。もっとも,確定判決が,kPaという圧力の単位に関
連して,「温水洗浄便座から吐水される水流はその直径が小さく,単位
面積自体にも達していないとみられる上」(21頁)などと説示してい
るのは誤解と考えられるが,その点が直腸裂開の原因についての判断
に影響を与えたとはいえない。確定審以来,申立人側は,本件放水と
温水洗浄便座の吐水とを比較して議論しているが,実際上の問題とし
ては,現実に温水洗浄便座から吐出される水の水圧の実測値と本件で
用いられた消防用ホースで放水した際の実測値を比較する必要がある
と思われるが,そのような観点からの現実的な検討はなされていない
ようである。肛門括約筋の最大随意収縮圧についても,確定判決は,
「本件放水の水圧がこれを上回っているから,肛門括約筋が本件放水
による水の浸入を防ぐことにはならない」(23頁)などとしており,
この点は,番号7の意見書が指摘するとおり,適切とはいえない。し
かし,この点でもe1教授は,直腸の破裂圧を求めて,強い便意を催
した場合,直腸が破裂する前に便が肛門から漏れること,肛門管の断
面形状が入口と出口でほぼ対称であることを前提に,肛門が開く圧力
を算定し,本件放水によって肛門が開くことが十分あり得るとの結論
を導いているところである。このような立論が,科学的に成り立ち得
ないとの論証がなされているとはいい難い。
以上,確定判決の認定を誤りとする意見書の内容を検討しても,本件
の事実関係に即した検討がなされているか疑問である上,豚実験で実
証された事実を踏まえて,しかも,確定審で取り調べられた証拠をも
含めて検討しても,本件因果関係の推認を妨げるべき特段の事情と評
価できるだけの,科学的,論理的に,bの受傷原因が本件放水ではあ
り得ないとの疑いを抱かせるものはないといわなければならない。
4その余の証拠について
(1)番号12,13の各証拠について
ア番号12の証拠は,名古屋刑務所長が名古屋地方検察庁検事宛てにbの
死亡の経過について通報した平成14年1月11日付け書面で,死亡経
過として,平成13年12月14日,bは,肛門部に裂創が発見された後,
受傷の方法や病状等について職員や医師から問い質されても,何ら申し
立てすることなく,痛み等も訴えなかったなどの記載がある。また,番号
13は,名古屋矯正管区長が申立人a1を告発した平成15年2月12
日付け告発状で,告発事実として,申立人a1がbに加圧した水を多量に
放水する暴行を加えて死亡させたなどとの記載がある。
イ原決定は,これらに基づく申立人らの主張は,抽象的に捜査の誤りや不
備があったというものにすぎず,第一及び第二証拠群の各証拠の信用性
を裏付けるものでもないなどとして,これらの各証拠は再審事由の存在
をうかがわせるものではないと判断している(原決定理由第2・3(1)の
項)。
この判断に誤りは認められない。
(2)番号14の証拠について
ア番号14の証拠は,豚実験に関するk市消防長の回答書で,同市消防職
員は,同実験の際,放水の準備作業等は行ったが,実験開始後は放水場所
から離れていたため,水圧の調整・計測には一切関与していないなどとの
記載がある。所論は,この証拠は,検察官が豚実験において,有罪立証に
都合がよいように放水圧力を調整・改変させた可能性を示すというよう
である。
イしかし,原決定は,この証拠が所論のいうような意味までを持つもので
はないと判断している(原決定理由第2・3(2)の項)。
所論に鑑み検討しても,この原判断に誤りはないし,既に説示した豚実
験の証拠価値等(前記3(3)イ)に照らしても,この所論の論難によって
確定判決の事実認定が揺らぐものではない。
5結論
以上の次第であるから,本件各再審請求を棄却した原判断に,誤りがあると
は認められない。論旨は理由がない。
よって,刑訴法428条3項,426条1項により,主文のとおり決定する。
平成29年3月15日
名古屋高等裁判所刑事第2部
裁判長裁判官村山浩昭
裁判官大村泰平
裁判官平手一男

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