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平成19年3月30日判決言渡し
平成17年(ワ)第45号工作物収去等請求事件
平成17年(ワ)第737号損害賠償反訴請求事件
主文
1被告は,原告に対し,978万5000円及びこれに対する平
成18年12月22日から支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3被告の反訴請求を棄却する。
4訴訟費用は,本訴反訴を通じ,これを10分し,その4を原告
の負担とし,その余を被告の負担とする。
5この判決は,1項に限り仮に執行することができる。
事実
第1当事者の求めた裁判
1原告
(1)被告は,原告に対し,1788万5000円及びこれに対する平成18年
12月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)主文3項と同旨。
(3)訴訟費用は,本訴反訴を通じ,被告の負担とする。
(4)(1),(3)につき仮執行宣言
2被告
(1)原告は,被告に対し,142万0858円及びこれに対する平成16年1
1月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)原告の請求を棄却する。
(3)訴訟費用は,本訴反訴を通じ,原告の負担とする。
(4)(1),(3)につき仮執行宣言
第2当事者の主張
(本訴について)
1本訴請求原因
(1)原告は,介護事業等を目的とする株式会社である(会社法の施行に伴う関
係法律の整備等に関する法律2条1項)。
被告は,建築請負業等を目的とする株式会社である。
(2)原告は,平成16年9月7日,被告との間で,原告を発注者,被告を請負
人とし,以下の約定で木造平家建て建物の建築工事請負契約を締結した(以
下,同契約を「本件請負契約」といい,同契約よる建築工事を「本件建築工
事」という。)。
ア工事名有限会社シマ企画デイサービス新築工事
イ請負代金2887万5000円
ウ工期着手平成16年9月7日
完成平成17年1月15日
引渡日完成の日から7日以内
(3)原告は,平成16年9月7日,被告に対し,本件請負契約の報酬の一部と
して800万円を支払った。
(4)被告の作業員が,同月24日,基礎工事であるコンクリート打設工事(以
下「本件打設工事」といい,これにより打設されたコンクリートを「本件コ
ンクリート」という。)を行ったが,本件コンクリートには以下の欠陥があ
った。
ア本件打設工事は豪雨の中で行われ,生コンクリート中に大量の雨水が混
入したため,本件コンクリートの表層部には,骨材の含有量が少なく水と
石灰などのコンクリート中の不純物が溶け合わさってできたコンクリート
工学上,強度が零とされているレイタンス層が形成されたほか,コンクリ
ート中には養生材が巻き込まれているなど,本件コンクリートの品質は劣
悪である。
イ本件打設工事に使用された生コンクリートの配合及び同工事の施工方法
は,日本建築学会の建築工事標準仕様書の規定に反する。
ウ本件請負契約上,コンクリートの圧縮強度は1平方ミリメートル当たり
21ニュートンとされていたのに,本件打設工事では,圧縮強度が1平方
ミリメートル当たり18ニュートンの生コンクリートが使用された。
(5)ア原告は,同月27日及び28日,被告に対し,本件コンクリートに欠
陥がある旨主張し,工事の中止を指示するとともに,基礎工事をやり直す
よう求めたが,被告はこれを拒絶した。
イ以上により,本件請負契約の仕事完成義務は履行不能となった。
(6)原告は,同年10月20日,被告に対し,本件請負契約を解除する旨の意
思表示をした。
(7)ア本件コンクリートは現在も残存したままであり,原告は,今後,これ
を除去しなければならないところ,その撤去費用として,178万500
0円を要する。
イ原告は,被告の債務不履行によって,本件建築工事により完成した建物
において福祉事業を営むことで当然得られるべきであった利益を得られな
かった。この逸失利益は,810万円を下らない。
(8)よって,原告は,被告に対し,本件請負契約の債務不履行解除による原状
回復請求権に基づき800万円,本件請負契約の債務不履行による損害賠償
請求権に基づき988万5000円及びこれらに対する平成18年12月2
0日付け訴え変更の申立書送達の日の翌日である同月22日から支払済みま
で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2本訴請求原因に対する認否,反論
(1)本訴請求原因(1)ないし(3)の事実は認める。
(2)同(4)の事実は,否認する。
(3)同(5)アの事実は認める。
同(5)イは争う。
(4)同(6)の事実は認める。
(5)同(7)の事実は否認する。
3本訴抗弁(帰責事由の不存在)
(1)本件打設工事中,生コンクリートに雨水が混入することはほとんどなく,
本件コンクリートに欠陥はない。
本件コンクリートの表面状況は,被告が表面仕上げをしようとした時点で,
原告が工事の中止を指示したため,これが不可能になった結果である。
本件請負契約の工事内訳書には「FC−21N」(圧縮強度1平方ミリメ
ートル当たり21ニュートンの趣旨)との記載があるが,これは誤記であり,
原告と被告との間では,通常,木造平家建ての建物の基礎として必要な強度
で足りるものとされており,圧縮強度は1平方ミリメートル当たり18ニュ
ートンで足りる。
(2)被告は,平成16年9月27日,原告に対し,既設のコンクリートの上に
更に10センチメートルの鉄筋コンクリートを打ち増しする補強案を提案し
た。仮に本件コンクリートが不十分なものだとしても,このような補強を行
えば地盤に基礎をつくるよりもはるかに強固な基礎となる。
しかし,原告は,一旦はこのような補強を行うことで被告と合意したのに,
これを撤回し,打ち直しを要求してきた。
4本訴抗弁に対する認否
本訴抗弁事実は否認する。
(反訴について)
1反訴請求原因
(1)被告は,平成16年9月7日,原告との間で,本件請負契約を締結した。
(2)原告は,同年10月1日,民法641条により本件請負契約を解除する旨
の意思表示をした。
(3)被告は,前項の解除により,以下の損害を被った。
ア基礎工事費(仮設工事,設計費用等を含む)208万8246円
イ契約印紙代1万5000円
ウ大工補償費(30日×2万5000円)75万0000円
エプレカット図面作成その他打合せの費用20万0000円
オ鋼製建具,工事準備費用10万0000円
カ電気・給排水衛生設備工事図面作成等準備費用30万0000円
キ官庁確認申請費用1万9000円
ク逸失利益(工事総額に対する20パーセント)550万0000円
小計897万2246円
消費税44万8612円
合計942万0858円
(4)被告は,平成16年11月8日,原告に対し,142万0858円(ただ
し,前項の損害から本件請負契約の既払い代金800万円を控除したもの)
を支払うよう催告した。
(5)よって,被告は,原告に対し,本件請負契約の民法641条による解除に
伴う損害賠償請求権に基づき142万0858円及びこれに対する催告の日
の翌日である平成16年11月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割
合による遅延損害金の支払を求める。
2反訴請求原因に対する認否,反論
(1)反訴請求原因(1)の事実は認める。
(2)同(2)の事実は否認する。
(3)同(3)の事実は否認する。
(4)同(4)の事実は認める。
理由
第1本訴について
1本訴請求原因(1),(2),(3),(5)ア,(6)の事実は,当事者間に争いがない。
2事実の経過
当事者間に争いのない事実に証拠(甲2ないし4,5の1・2,6ないし9,
19,28,33,47,49,乙1ないし6,31,36,39,40)及
び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(1)原告は,平成16年9月7日,被告との間で,本件請負契約を締結し,被
告に対し,本件請負契約の報酬の一部として800万円を支払った。
本件建築工事は,愛知県尾張旭市a町b丁目cを建築場所とし,老人福祉
施設を用途とする,1階建て木造建物の建築工事であるところ,基礎は,建
物面積と同面積の単一基礎スラブを設ける,べた基礎が採用された。本件請
負契約の契約書添付の明細書には,基礎工事のコンクリートの摘要欄に「F
C−21N」(圧縮強度1平方ミリメートル当たり21ニュートンの趣旨)
との記載がある(甲2,49・4頁)。
(2)ア被告の作業員は,平成16年9月24日,地盤上に単一基礎スラブを
設置するコンクリート打設工事(本件打設工事)を行った(甲33)。
同日の中日新聞の朝刊には,同日の名古屋の天候につき,午後3時まで
曇,午後3時から雨,降水確率は60パーセントとの予報が掲載されてい
た(甲19)。
イ同日の降雨量は,尾張旭市消防本部気象観測装置によれば,以下のとお
りであるとされている(乙40)。
午前1時台5.0ミリメートル
午前2時台ないし午後0時台
0.0ミリメートル
午後1時台1.5ミリメートル
午後2時台0.5ミリメートル
午後3時台13.5ミリメートル
午後4時台3.5ミリメートル
午後5時台0.0ミリメートル
午後6時台0.0ミリメートル
大雨・洪水警報が,同日午後3時19分に,本件建築工事の現場を含む
愛知県尾張・西三河北部を対象区域として発令され,同日午後8時25分
に,解除されている(甲9)。
ウ本件打設工事に使用する生コンクリートは,以下のとおり,ミキサー車
6台に分けて工事現場に納入され,被告の作業員は,順次,基礎の型枠に
生コンクリートを打設した(乙1ないし6)。
1台目午後1時29分納入容積5.0立方メートル
2台目午後1時45分納入容積5.0立方メートル
3台目午後2時05分納入容積5.0立方メートル
4台目午後2時25分納入容積5.0立方メートル
5台目午後2時55分納入容積5.0立方メートル
6台目午後3時20分納入容積2.5立方メートル
強い雨が同日午後3時ころ降ってきたが,被告の作業員は,生コンクリ
ートの打設の途中であったため,これを続行し,作業完了後,打設部分に
養生材(ポリエチレンシート及びビニールシート)を被せて養生をした
(乙39)。
このとき原告代表者の夫は,雨の中,被告の作業員が生コンクリートを
打設している様子を目撃していた(甲13,47)。
(3)原告代表者は,夫から上記のような本件打設工事の状況を聞き,本件コン
クリートには重大な欠陥があり,基礎工事をやり直す必要があると考え,平
成16年9月24日午後7時ころ,本件建築工事の現場監督を務めていた被
告従業員Aに対し,工事の中止を指示するとともに,既設のコンクリートを
撤去して基礎工事をやり直すよう要求した(甲47,乙36)。
原告代表者,同人の妹,被告代表者及びAは,同月27日午前9時ころ,
原告代表者の自宅において,本件打設工事について協議した。その際,被告
代表者及びAは,原告代表者に対し,既設のコンクリートの上に更に10セ
ンチメートルの鉄筋コンクリートを打ち増しする補強案を提案した。原告代
表者は,一旦は同補強を行うことに積極的な姿勢を見せたが,同日中に,被
告に対し,再び基礎工事のやり直しを要求した(甲47,乙36)。
原告代表者,同人の夫,被告代表者及びAは,同月28日午後7時ころ,
再度,原告代表者の自宅において,協議した。原告代表者らが,コンクリー
トに関する文献を示して「降雨時のコンクリート打設により30パーセント
は強度が下がる。」などと主張したのに対し,被告代表者らは,「本件にお
いては強度の低下はない。」旨説明するとともに,上記補強案を再度説明し
た(甲28)。原告代表者らは,既設のコンクリートと補強部分のコンクリ
ートとの接合部に隙間が生じることに難色を示し,改めて基礎工事のやり直
しを要求したが,被告代表者らはこれに応じなかった(甲47,乙36)。
被告の専務取締役であるBは,同月29日,原告代表者の自宅を訪問し,
同人と本件打設工事について協議したが,両者の姿勢に変化はなく,話し合
いが付かなかった(乙36)。
原告代表者は,同月30日,被告代表者に対し,電話で,本件請負契約を
解除する旨告げた(甲47,乙36)。
(4)被告は,平成16年10月1日午前9時ころ,原告に対し,原告から要求
のあった「レディーミクストコンクリート納入書」と題する書面をFAXに
より送信した。同書面は,本件打設工事に使用された生コンクリートの納入
業者である名東生コン株式会社が作成した書面であり,平成16年9月24
日午後3時20分に6台目のミキサー車により2.5立方メートルの生コン
クリートが工事現場に納入されたことを示すものである(甲8)。
また,原告は,同日ころ,被告に対し,本件打設工事に使用されたコンク
リートの配合報告書を提出するように要求し,同要求を受けた被告は,名東
生コン株式会社に対し,同報告書を提出するように手配した。
原告代表者は,同日ころ,被告代表者に対し,「通知書」と題する書面を
送付した。同書面には「降雨予報が出ていたにも拘らず9月24日午後3時
過ぎ雷を伴う激しい降雨の中での基礎コン打設作業を断行した事は,根本的
工事ミスであります。すなわち水/セメント比はコンクリートの強度に直接
的に関係しているという公知の事実より,本工事におけるコンクリート性能
に著しい強度,耐久性不足が生じる事は必至であります。このような基礎技
術を軽視する工法は納得できません。毎回このテーマで話し合いを重ねて参
りましたが御社にご同意頂けず誠に残念です。こうした理念での工事の続行
は承服出来ない為昨日午前9時半社長に電話でお話しした通り契約の解除を
求めると共に契約時支払金800万円の返還を求めます。」と記載されてい
た(甲3)。
被告代表者は,同月4日ころ,原告代表者に対し,上記書面に対する回答
として「回答書」と題する書面を送付した。同書面には「当社としましては,
貴社からの本件申し出は,立上がり布基礎打設前の基礎ベタコンクリート工
事であることから,雨天の中で施工したために重大なる瑕疵の発生や将来請
負契約締結の目的を達成することができない程の問題が発生したとは理解し
ておりません。即ち,貴社の契約解除は,解除原因が存在しないと思料いた
します。」との記載のほか,民法641条により注文者はいつでも請負人の
損害を賠償して請負契約を解除できること,後日,原告に対して工事出来高
部分の費用,損害賠償額を提示することが記載されていた(甲4)。
名東生コン株式会社は,同月8日,被告の手配に従い,原告に対し,「レ
ディーミクストコンクリート配合報告書」と題する書面をFAXにより送付
した。同書面は,本件打設工事において使用された生コンクリートの「配合
の設計条件」,「使用材料」,「配合表」などが記載された書面であり,そ
の圧縮強度は1平方ミリメートル当たり18ニュートンとされていた(甲
7)。
(5)原告代理人弁護士江尻泰介及び同岡耕一郎は,平成16年10月19日付
けの内容証明郵便をもって,被告代表者に対し,「通知書」と題する書面を
送付し,同書面は同月20日に到達した。同書面には,「激しい降雨の中で
コンクリート打設工事を行うことはありえない,との意見を複数の建築業者
からいただいており,また加水されたコンクリートの強度,耐久性が劣るこ
とは諸文献からも明らかであります。さらに,そのような基礎コンクリート
は補強工事で修補できるものではなく,このような瑕疵のある土台の上に建
物の建築を行うことは将来的に建物の不等沈下やキレツが発生することにな
るともされています。従って,当社は民法635条に基づき,本書面をもっ
て改めて貴社との間の請負契約を解除したことを通知致します。」との記載
のほか,原告の契約解除は民法641条による解除ではないこと,既払い金
800万円の返還,工事現場の原状回復,原告のデイサービス事業が遅れた
ことによる損害賠償を請求することが記載されていた(甲5の1・2)。
被告代理人弁護士高柳元及び同宇田幸生は,同年11月2日ころ,内容証
明郵便をもって,原告代理人弁護士江尻泰介に対し,「通知書」と題する書
面を送付した。同書面には,本件打設工事では,ブルーシート等により生コ
ンクリートへの雨水の浸入を防ぎつつ生コンクリートの打設を行っており,
打設面への雨水の浸入はほとんど問題ないこと,そもそも生コンクリートと
雨水とは比重が異なるため,両者が混ざることはなく,コンクリート強度に
影響が生じることはないことのほか,解除に伴う損害賠償として142万0
858円(ただし,既払い金800万円を控除した後の損害額)の支払を請
求することが記載されていた(甲6)。
3本訴請求原因(4)(本件コンクリートの状態)について
証拠(甲10,11,15,22,31,37,乙37)及び弁論の全趣旨
を総合すれば,以下の事実が認められる。
(1)均質に練り混ぜられたコンクリートは,どの部分をとってもコンクリート
を構成するセメント,水,細粗骨材などの構成比率は同一であるが,この均
質性が損なわれる現象を分離という。分離の程度によってはコンクリートの
性質に悪影響を及ぼさない場合もあるが,一般的には,分離は施工上著しい
障害となったり,硬化したコンクリートの強度や構造物の美観,耐久性を阻
害する。分離防止のためには,配合設計,運搬,打設,締固め,型枠,配筋
等のあらゆる面からの配慮が必要である。
型枠に打ち込まれたコンクリートにおいて,セメント・骨材が沈降し,水
が上面に集まる現象をブリージングという。ブリージングに伴ってセメント
中の比重の軽い成分,例えば,石こうや骨材中の泥分などが上面に集まり,
レイタンスと呼ばれる層をつくる。
レイタンスは,セメント中の水と水和反応を示さない成分がコンクリート
打設後に混練水に溶け込んで上昇し,コンクリート表面にしみ出した後,水
分が蒸発した後に残った白色の未水和の成分であり,硬化後の強度は零であ
る。
コンクリート打設中には雨水がコンクリートの表面にかからないように作
業しなければならない。コンクリート表面に雨水がかかった場合は,表面の
雨水を速やかに排水するとともに,表層部のコンクリート中に侵入したと考
えられる厚み分のコンクリートをめくり取り,新たに生コンクリートを打設
し,ブリージングが終了するまでコテ入れ作業を行ってから,養生を施して
作業を終了させる(甲31,37)。
(2)本件コンクリートは,べた基礎として建物と同面積に設置された厚さ13
センチメートルの鉄筋コンクリートである。本件コンクリートの表面には,
広範囲にわたり石こう様に白色がかった部分があり,被告の作業員が使用し
た養生材(ポリエチレンシート及びビニールシート)のシワによりできた凹
凸や雨水が養生材の上又は生コンクリート上を流動又は滞留してできた凹凸
が随所にあるほか(甲10,11,37,乙37),剥離したコンクリート
の破片が多数落ちている(甲15,22,37)。また,コンクリートに埋
没した養生材(ポリエチレンシート及びビニールシート)の一部がコンクリ
ート表面に出ている部分が2か所あるほか,コンクリート表面を深さ約2セ
ンチメートル削って採取されたコンクリート片の内部には,ポリエチレンシ
ートが挟まれていた(甲15,37)。
上記石こう様に白色がかった部分は,コンクリートの上層部に形成された
レイタンス層であり,厚さ約2センチメートルに及ぶところもある。この層
は,ブリージングによる水分の上昇と降雨により,比重の小さい微細な粒子
と水が混合したのろ状の物質が上記のような措置により除去されることなく
硬化して生じたものであり,その強度は零に等しい。本件コンクリートの表
面に落ちている多数の剥離片は,これが剥がれたものである。また,養生材
がコンクリート内に埋没しているのは,被告の作業員が上記のろ状の部分を
放置したまま上から養生材を被せて作業を終了したため,その後の降雨によ
り養生材の上に滞留した雨水の重みなどによって,養生材の一部が上記のろ
状の物質に沈み込み(これにより硬化前の生コンクリート上に雨水がさらに
注がれたものと推認できる。),コンクリートの上層部が養生材を浸したま
ま硬化したことによるものである。この部分のコンクリートは連続性を欠い
ている(甲37)。
以上からすれば,本件コンクリートは,強度上重大な欠陥があるといわざ
るを得ず,上部構造の広範囲な面積内の加重を地盤に伝えるべき建物の基礎
に使用されるコンクリートが有すべき性能を欠くものと認められる。
この点,被告は,本件コンクリートに欠陥はないと主張し,「べた基礎のコ
ンクリートには設計基準強度1平方ミリメートル当たり18ニュートンの普通
コンクリートを採用する」旨記載された文献(乙32)のほか,琉球大学工学
部教授Cの意見書(乙41),降雨量30ミリメートルにおけるコンクリート
強度に関する報告書(乙43,44ないし46の各1∼3)を提出する。上記
意見書は,原告が主張する水セメント比及び単位水量の算定が不適切であるこ
と,原告が提出したシュミットハンマーテスト報告書(甲14)の計算式が不
適切であり,適切な計算式によれば,測定地点すべてにおいて圧縮強度1平方
ミリメートル当たり18ニュートンを超えていること等を指摘するものである。
また,上記報告書は,本件打設工事の再現実験を行った結果,すべてのテスト
ピースにおいて圧縮強度1平方ミリメートル当たり18ニュートンを超えたこ
と等を報告するものである。
しかし,上記認定の本件コンクリートの欠陥は,レイタンス層の存在及び養
生材の埋没による本件コンクリートの品質の粗悪を指すものであり,上記各証
拠はこの点を直接反駁するものではない(かえって,上記意見書は「降水によ
り,水セメント比,単位水量,そして分離傾向も増したであろうことは否定し
ない」と指摘している。)。上記認定の本件コンクリートの欠陥を指摘する愛
知工業大学工学部教授Dの鑑定書(甲37)に照らし,この点に関する被告の
主張は採用できない。
4本訴請求原因(5)イ(履行不能)について
上記2,3の認定事実からすると,原告代表者は,平成16年9月24日,
本件打設工事が雨の中で行われたことなどから,本件コンクリートには重大な
欠陥があり基礎工事をやり直す必要があると考えるとともに,そのような工事
を行った被告に対し不信感を抱くこととなったこと,原告代表者は,工事の中
止を指示して以来,一度被告の補強案に積極的な姿勢を示したことがあった外
は,一貫して基礎工事のやり直しを求めたが,同月27日,28日及び29日
と協議を重ねても被告代表者らがこれに応じようとしなかったため,不信感を
強めていったこと,その結果,原告代表者は,同月30日及び同年10月1日,
被告に対し解除を通告し,その後も考えをひるがえすことなく,事態が膠着化
したことが認められる。
これらの事実からすれば,弁護士である江尻泰介らが原告の代理人となり,
被告代表者に対し,本件請負契約を解除する旨の内容証明郵便が到達した同月
20日には,もはや被告において本件建築工事を完成できないことは確定的な
状態となっており,本件請負契約に基づく仕事完成義務は社会通念上履行不能
となったものと認めるのが相当である。
5抗弁(帰責性の不存在)について
(1)上記3の認定のとおり,本件コンクリートは,基礎工事に使用されるコン
クリートが通常有すべき性能を欠くものであるところ,このような欠陥は,
被告の作業員が,速やかにコンクリート表面の雨水を排水するとともに,コ
ンクリート表層部にできたのろ状の物質を除去し,必要に応じて生コンクリ
ートを補充して打設し,ブリージングが終了するまでコテ入れ作業を行って
から,養生を施して作業を終了すべきところ,これを怠ったために生じたも
のである(甲37)。
このような工事に対し,工事の中止を指示するとともに基礎工事のやり直
しを求めた原告の対応は,施主として何ら不適切なものではない。上記のよ
うな工事を行った上,かかる原告の要求にも応じようとしなかった被告の対
応は,請負人として適切を欠くというほかなく,結局,そのような被告の対
応が,原告,被告間の信頼関係を破壊する要因となったということができる。
したがって,上記履行不能について被告に帰責性がなかったということは
できない。
(2)この点,被告は,本件コンクリートの表面の状況について,被告が打設し
た生コンクリートについて表面仕上げをしようとした時点で,原告が工事中
止を指示したため,これが不可能になったなどと主張する。しかし,原告が
工事中止を指示したのは,本件打設工事当日の午後7時ころであること,本
件打設工事に使用された生コンクリートは6台目のミキサー車が到着した午
後3時20分までには,すべて現場に搬入されていたことからすれば,原告
代表者の指示により,表面仕上げの作業が中断されたものと認めることはで
きず,上記被告の主張はその前提を欠く。
また,被告は,鉄筋コンクリートを打ち増しする補強案を示したことなど
を指摘する。しかし,建物の基礎は,建物の最下部に造られ,建物を支え,
上部建物加重を地盤へと安全に伝える構造安全上最も重要な部分であって,
これに対する信頼性がすなわち,建物それ自体に対する信頼性の拠り所とな
る。当時,本件建築工事は,いまだ基礎工事の途中の段階にあり,基礎工事
のやり直しに要する費用は社会通念上不当に高額なものではないこと(訴外
建築会社作成の見積書(甲55)によれば,既設のコンクリートの撤去工事
は外注した場合でも68万6000円程度であり,本件請負契約締結時の工
事内訳書(甲49)によれば,コンクリートの打ち直し工事は100万円弱
である。)に照らせば,このような建物の基礎について,欠陥があるコンク
リートを残し,契約の内容にはない補強工事を行うことは承服できないとし
て,基礎工事をやり直すよう求めた原告の選択は,施主の選択として何ら不
当なものではない。請負人である被告としてはこの要求に応じるのが本則と
いうべきであって,被告が指摘する事情は帰責性に関する上記判断を覆すも
のではない。
6そうすると,原告は,本件請負契約の仕事完成義務の履行不能に基づき同契
約を解除することができると解するのが相当であり,本訴請求原因(6)の解除
の意思表示により同契約は解除されたということができる。
そこで,解除の範囲についてみるに,建物の建築工事請負契約につき,工事
全体が未完成の間に注文者が請負人の債務不履行を理由に同契約を解除する場
合において,工事内容が可分であり,しかも当事者が既施工部分の給付に関し
利益を有するときは,特段の事情のない限り,既施工部分については契約を解
除することができず,ただ未施工部分について契約の一部を解除することがで
きるに過ぎないと解される(最判昭和56年2月17日・裁判集民132号1
29頁参照)。この点,本件建築工事は,いまだ基礎工事の一部である本件打
設工事がされたにすぎず,しかも,打設された本件コンクリートには欠陥があ
るというのであるから,本件請負契約の施主である原告が既工事部分の給付に
関し利益を有するということはできず,かかる解除は本件請負契約の全部に及
ぶものと解するのが相当である。
7本訴請求原因(7)について
証拠(甲55)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件請負契約の仕事完
成義務の履行不能により,本件コンクリートの撤去費用に相当する178万5
000円の損害を被ったものと認められる。
原告は逸失利益として810万円の損害を被った旨主張するが,これを認め
るに足りる証拠はない。
8以上より,原告の請求は,本件請負契約の債務不履行解除による原状回復請
求権に基づき800万円,本件請負契約の債務不履行による損害賠償請求権に
基づき178万5000円及びこれらに対する平成18年12月20日付け訴
え変更の申立書送達の日の翌日である同月22日から支払済みまで民法所定の
年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認
容し,その余は棄却することとする。
第2反訴について
1反訴請求原因(1),(4)の事実は当事者間に争いがない。
2同(3)につき検討するに,前記第1の2記載の事実の経過によれば,原告代
表者は,平成16年10月1日ころ,被告代表者に対し,本件請負契約を解除
する旨の書面を送付したことが認められるが,同書面には「激しい降雨の中で
の基礎コン打設作業を断行した事は,根本的工事ミス」と指摘して解除を求め
た上,既払い金800万円の返還を求める旨記載されていることのほか,同書
面が送達されるに至った経緯及び前記第1の3記載の本件コンクリートの状態
に照らせば,上記書面による意思表示が,請負人に対する損害賠償債務の発生
を伴う民法641条の解除の意思表示を含むものと解することはできない。
したがって,同(3)の事実は認められない。
3以上より,被告の反訴請求には理由がないからこれを棄却することとする。
第3結論
よって,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第6部
裁判長裁判官内田計一
裁判官安田大二郎
裁判官高橋貞幹

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