弁護士法人ITJ法律事務所

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       主   文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
       事   実
 控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して、金
四万六七七六円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの連帯負担とす
る」との判決を求め、被控訴人ら訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張並びに証拠の関係は、次に付加するほか、原判決事実
摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(控訴人の主張)
 被控訴人高知県ハイヤータクシー労働組合(被控訴組合という)の組合員らによ
る本件争議行為は、営業用自動車を実力をもつて支配するなど明らかに正当性の限
界を逸脱したもので、このような業務妨害行為さえなければ控訴人ほかマサキタク
シー従業員労働組合(従業員組合という)の組合員は就労できたはずである。した
がつて、右行為は、控訴人らの勤労権を違法に侵害したものといわなければならな
いから、被控訴組合及びその役員である被控訴人A並びに右争議行為を実行したそ
の余の被控訴人らは共同不法行為者として、控訴人の蒙つた損害を賠償すべき義務
がある。そして、少くとも違法な争議行為によるスト不参加者の就労不能は、労働
契約の当事者双方の責に帰すべからざる事由による履行不能であるから、スト不参
加者の賃金については、使用者は、民法五三六条一項により賃金の支払義務を免れ
るものというべきであり、そのため、控訴人は、右スト期間中の賃金相当の得べか
りし利益を喪失した。
(被控訴人ら)
控訴人の右主張事実を争う。
       理   由
一 訴外会社が乗用自動車九台を保有し、運転手として控訴人ほか一審相原告ら九
名及び被控訴組合、被控訴人A、同Bを除くその余の被控訴人らを雇用して、一般
乗用旅客自動車運送事業を営んでいること、被控訴人Aは、被控訴組合の中央執行
委員長、被控訴人Bは、同組合の書記長、その余の被控訴人らは同組合の組合員
で、その下部組織として正木分会(分会という)を結成していたものであり、控訴
人ほか一審相原告らは右組合に所属せず、別に従業員組合を結成していたこと、訴
外会社が、昭和四六年四月三日、被控訴人Cをタクシー料金の一部横領を理由に解
雇したところ、被控訴組合は、右解雇を不当とし、その撤回を求めて、同年五月二
日以降同月一五日迄継続してストライキを行つたことは当事者間に争いがない。
二 控訴人は、前記ストに際し、被控訴人Cらの違法なピケに阻止されて就労が不
能となり、スト期間中の得べかりし賃金を喪失したとしてその賠償を求め、被控訴
人らは、右ストライキによつて控訴人らの就労が不能となつたとしても、控訴人
は、民法五三六条二項により右スト期間中の賃金請求権を失わないから、控訴人に
損害の発生はないと主張する。
 そこで、控訴人主張の損害が発生したか否かについて検討するに、成立に争いの
ない乙第一ないし第七号証、原本の存在並びに成立に争いのない甲第二四号証の
一、二、第二五号証、第二八号証、第二九号証の一、二、乙第一〇号証、第一一号
証、第一三ないし第一七号証、被写体が控訴人主張のとおりであることは争いがな
く、撮影者及び撮影日時については、原審証人Dの証言(但し、その一部)により
控訴人主張のとおり認められる甲第六号証の一ないし一九、公署作成部分について
は成立に争いがなく、その余の部分については原審証人Dの証言(但し、その一
部)により真正に成立したことが認められる甲第三、第四号証の各一、第八号証の
一ないし三、同証言(但し、その一部)により真正に成立したことが認められる同
第三、第四号証の各二、第七号証の一ないし四、一審原告E本人尋問の結果により
真正に成立したことが認められる同第九号証、原審証人Fの証言により真正に成立
したことが認められる同第一〇号証、第一二ないし第二二号証、原審証人D(但
し、その一部)、同Fの各証言、一審原告E、原審における被控訴人B、同G各本
人尋問の結果を綜合すると、次のとおり認められる。
(一) 被控訴組合は、昭和四〇年九月二八日に結成された高知県内のハイヤー、
タクシー産業労働者の個人加盟による労働組合で、その下部組織として、加盟組合
員の雇用されている企業毎に分会を設けていたところ、訴外会社においても昭和四
三年三月一五日、同会社の従業員中八名がこれに加入し、被控訴組合正木分会が結
成された。同組合は、昭和四四年二月一日には訴外会社との間でユニオンシヨツプ
制を含む労働協約を締結し、昭和四五年四月一五日頃には訴外会社の従業員一九名
中試用期間中の者一名を除いた他の全員が同組合の組合員となつた。
(二) ところで、訴外会社では、昭和四五年一〇月一日頃、代表者のHが病気の
ため、Dがこれに代つて事実上経営にあたることになり(なお、Dは、昭和四六年
四月二〇日、同会社の代表取締役に選任された。)、当時、同会社の従業員は二班
に分れ、各班が交替制で隔日勤務に就いていたが、右分会の分会長であつた一審原
告I、書記長であつた控訴人の両名は、いずれも同一の班に所属していたので、前
記Dは右Iらの所属する班の労働者を懐柔することにより、同分会を弱体化しよう
とし、控訴人及びIらに働きかけたので、控訴人及びIらは訴外会社に対し次第に
協調的な態度をとるようになつた。そのため、控訴人及びIらは同分会の執行委員
であつた被控訴人J、同Gらとしばしば意見が対立し、また、他の分会員から控訴
人及びIらの言動に対し批判が続出したので、控訴人及びIは、昭和四六年二月、
右役員を辞任するに至り、同月二四日、被控訴人Cが分会長に、同Kが書記長にそ
れぞれ選出された。
(三) 前記Dは、新たに分会長となつた被控訴人Cの日頃の言動や勤務態度等に
つき少なからず反感を抱き、且つ、同人の日頃の言動からタクシー料金不正領得の
疑もあるとして、同年三月二七日、北九州市ハイヤー、タクシー経営者協議会の専
務理事であるLにその対策を相談し、同人からモニターを使用して右不正領得の事
実を探索することを教えられ、翌二八日、高知市内の松竹ホテルで、L及び同人が
モニターとして同道してきたホステスMらと打合せたうえ、Mは、翌二九日、同市
内の升形から被控訴人C運転のタクシーに乗り込み、高知空港迄行くことを指示
し、途中買物をし、同空港で下車する際、同被控訴人に買物包みを乗車地点近くの
松竹ホテル三〇七号室に届けてくれるよう依頼し、空港迄のタクシー料金九三〇円
を含め金二、〇〇〇円を手渡し、「これでお願いします。おつりはいりません。」
といつた。そこで、同被控訴人は、料金メーターを倒さずに高知市内に向けて引き
返えし、同市<以下略>で乗客一名を乗せて同市<以下略>方面へ向う途中、右乗
客の了解を得て前記松竹ホテルで一時停車し、右包みを届けたのであるが、右金員
中金九三〇円はタクシー料金として会社に納入し、残額金一、〇七〇円はチツプの
趣旨で交付されたものであると考えて自己において取得したところ、訴外会社は、
同年四月三日、被控訴人Cの弁解を聴き入れず、右金一、〇七〇円の取得はタクシ
ー料金の横領であるとして、これを理由に同被控訴人を懲戒解雇した。
(四) そこで、同分会は、たゞちに右解雇の撤回を要求して訴外会社と団交を行
つたほか、同年四月六日、高知地方労働委員会に対し、あつせんの申立をし、同委
員会は、右解雇については解雇事由の事実確認、解雇手続等について十分な配慮が
なされていないとして、訴外会社に対し再考を促したところ、前記Dは、一旦これ
に応ずるかのような態度を示しながら、同月一五日被控訴人Cらの分会運営に批判
的であつた控訴人及び前記Iらが中心となり、同人ら九名が同分会を脱退してただ
ちに従業員組合を結成し、委員長にF、副委員長に控訴人、書記長に一審原告Eが
選出されるや、翌一六日に至り、同会社は、同委員会の解雇について再考するよう
にとの前記勧告を拒否した。そのため、被控訴組合中央執行委員会は、同分会にお
いて、解雇撤回を要求してストを決行することを決議し、ただちに中央執行委員会
を斗争委員会に切りかえ、同委員会において職場占拠を含む強力な斗争方針をたて
たうえ、同分会において、前記のとおり同年五月二日以降同月一五日迄被控訴人C
の解雇撤回を要求して、ストに入つた。
(五) 右ストの期間中、被控訴人Cら同分会員らは、被控訴組合から派遣された
被控訴人A、同Bらとともに、高知市<以下略>所在の訴外会社建物の一階車庫に
納入してあつた訴外会社の全営業車九台のうち、四台を車庫の向つて右側寄りに奥
より入口にかけて並べ、一台をその左側に縦に置き、三台をその左側に奥より入口
にかけて横にして並べ、一台をその左側に斜めにして置き、うち入口に最も近い二
台を鎖で連結し、その手前右側の道路寄りに被控訴組合の組合員の自家用車一台を
置き、その左隣りにムシロを敷いて分会員全員及び被控訴組合から派遣された被控
訴人A 同Bら多数組合員が坐り込みを行つた(但し、前記訴外会社建物二階の事
務室及び応接室については、これを占拠する行動には出ていなかつた。)。
(六) 控訴人ほか従業員組合の組合員らは右スト期間中、前記Dらとともに車庫
に出向いて被控訴人A、同Cらに対し、従業員組合の組合員が就労するため、車庫
の占拠を解いてくれるよう要請したのにかかわらず、同被控訴人らがこれに応じな
かつたため、控訴人ほか従業員組合の組合員は、本来の業務であるタクシー運転業
務に就くことができず、Dの指示に遵い、毎日、高知市内の鏡水旅館に集合して、
訴外会社が、右分会員らのピケに対抗する手段として分会員らに対する立入禁止仮
処分申請をなすための必要な疎明書類を前記Dらとともに作成し、また、前記I方
などでDから解散の指示を受ける迄待機していた。
 なお、控訴人ほか一審相原告らは、本件スト終了後の最初の給料日である昭和四
六年五月二五日、訴外会社より貸金名義で原判決別紙損害額算定表に記載の金額と
同額の金員の交付を受けた。
 右認定に反する甲第三、第四号証の各二、第二五号証、第二八号証、第二九号証
の一、二の各記載並びに原審証人Dの証言は前掲各証拠に対比してにわかに措信し
難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三 右に認定したところによると、控訴人ほか従業員組合員らは、本件スト期間
中、本来の業務であるタクシー乗車業務に就くことができなかつたとはいえ、毎日
車庫に出向いて就労の意思を表明し、そのあと、前記Dの命ずるところに遵い、異
議を述べないで、前記鏡水旅館において、訴外会社の仮処分申請書類を作成し、あ
るいは、前記I方などで解散の指示があるまで待機していたのであつて、右スト期
間中継続して訴外会社が命じた代替労務に従事し、また、前記I方で同会社の命ず
るまゝ待機するなどしてその間、訴外会社の指揮命令下に置かれていたものという
べきであるから、訴外会社は、控訴人の提供した労務を受領したものとして、賃金
支払義務があるといわなければならない。
 仮りに、控訴人の右スト期間中に遂行した労務は、控訴人ほか従業員組合員が好
意的に無報酬で訴外会社に協力したのに過ぎず、これをもつて賃金請求権が発生す
るための具体的労働があつたとはいえないとしても、スト不参加労働者が、スト参
加組合員のピケに阻止されて就労が不能又は無価値となつた場合に、使用者である
訴外会社が、当然スト期間中の賃金支払義務を免れるか否かはなお検討を要すると
ころといわなければならない。すなわち、企業内に複数の労働組合が併存し、その
一部の組合がストを行つたとき、他のスト不参加組合員が、スト組合員のピケに阻
止され、就労が事実上不能となつた場合におけるスト不参加組合員の賃金請求権に
ついては、見解の分れるところである。
 思うに、通常スト不参加組合員の就労不能の直接の原因がスト組合員のピケに阻
止された場合においては、ピケが争議行為の一環として行われている以上は、一般
に、労働者に争議権が保障されており、使用者としては、右争議行為の停止を強制
する途がないことからいつて、使用者には右スト不参加組合員の就労不能について
故意、過失又は信義則上これと同視すべき事由があるということはできないから、
使用者は、民法五三六条一項により、スト不参加組合員に対する賃金支払義務を免
れるけれども、右ストが、使用者のスト組合に対する重大な労働協約違反とかスト
組合員に対する不当労働行為等の背信的行為に起因し、その是正ないし撤回を要求
して行われ、且つ、右のような使用者の行為によりスト決行の事態に至ることを予
見し得たものと認むべき特別の事情がある場合には、スト不参加組合員の就労不能
は、使用者の故意、過失又は信義則上これと同視し得る事由によるものと評価する
ことができ、その限りにおいては、スト不参加組合員の就労不能は使用者の責に帰
すべき事由による履行不能として、民法五三六条二項により、使用者は、スト不参
加組合員に対する賃金支払義務を免れないものと解するのが相当である。このこと
は、ストの発生が前記のような使用者の背信的行為に起因し、その是正ないし撤回
を目的としてストが行われた以上、当該ストの手段の一部であるピケが正当性の限
界を逸脱して違法とされる場合であつても結論を異にするものではない。けだし、
スト発生につき原因を与えた使用者に民法五三六条二項による帰責事由を認める限
り、そのストの過程における争議手段の一部であるピケが違法であるとの一事によ
り同条一項所定の危険負担における債権者としての免責事由を認めるのは相当でな
いからである。
 これを本件についてみるに、前記認定したところによると、本件ストの目的は、
訴外会社に対し、被控訴人Cの解雇撤回を要求し、右要求貫徹を目的として行われ
たものであり、控訴人ほか従業員組合員は、被控訴組合から派遣された被控訴人
A、同B及び分会員であるその余の被控訴人らの前示のような強力なピケに阻止さ
れて、事実上、タクシー乗車業務に就くことができなくなつたものであるところ、
被控訴人Cは、Dから依頼を受けてモニターとなつた前記Mを空港で下車させた
後、空車で高知市内へ引き返えし、途中他の乗客を乗車させ、右乗客の了解を得て
松竹ホテルに立寄り、同女から依頼された買物包みを届けたのに過ぎず、空港で同
女から受取つた金二、〇〇〇円のうち空港迄の料金九三〇円を控除した金一、〇七
〇円は、同被控訴人から請求したものではなく、同女が、「これでお願いします。
おつりはいりません」と述べたのにとゞまり、右金員を運賃の趣旨であることを明
示して交付したわけではなかつたこと、一般乗用旅客自動車運送事業を営むタクシ
ー会社の運転手が運賃を徴して荷物を運搬することは許されないけれども、空車で
タクシー待ち客の多い市内中心部に引き返えし、途中で他の乗客を乗車させて走行
中、さきに依頼された乗客の荷物を便宜届けることは乗客へのサービスとして許さ
れないわけではないことを綜合すると、タクシー乗車料金ではなく、乗客へのサー
ビスとして荷物を届けることに対して交付されたチツプと解する余地があり、これ
を同被控訴人が自己において取得したとしても、タクシー料金を横領したものとは
にわかに断定し難いところであつて、結局、前記解雇は、右解雇に至る経違に徴す
ると、訴外会社において、同被控訴人の組合活動を嫌悪し、分会長であることの故
をもつて同人を職場から排除することを決定的な動機としてなされたもので、不当
労働行為に該当するものといわなければならない。そして、本件ストは右解雇を契
機として被控訴組合の強い反撥を招き、同分会ではいち早く団交の席上解雇撤回を
要求し、地方労働委員会が右解雇につき再考を促したにもかかわらずこれを拒否し
て懲戒解雇を強行したため発生したもので、訴外会社の右一連の行為に起因するも
のであることは明らかである。しかも、右のように、分会長である被控訴人Cに対
する懲戒解雇を強行すれば、これに反対する被控訴組合のスト決行に至る事態を惹
起しかねないことは訴外会社としては十分予見し得たものというべきであるから、
右ストの結果強力なピケに阻止されて、控訴人ほか従業員組合員のタクシー乗車業
務が事実上不能となつたのは、使用者である訴外会社の故意過失又は少くとも信義
則上これと同視すべき事由によるものといわざるを得ない。したがつて、訴外会社
は、民法五三六条二項により、控訴人に対し、スト期間中、控訴人が平常通りタク
シー乗車業務に従事したとすれば得たであろうとされる賃金の支払義務を免れない
ものというべきである。そうして、被控訴人Cらが、本件ストの過程において、そ
の手段として行つた前記ピケに、若干の行き過ぎが認められないでもないが訴外会
社が本件スト発生の原因を与えたことは前示のとおりであるから、訴外会社に同条
一項所定の危険負担における債権者の免責事由を認めることはできない。
四 以上の次第であつて、控訴人は本件スト期間中の賃金相当額の得べかりし利益
を喪失したとはいえないから、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断する
までもなく理由がない。
 よつて、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であつて、本件控訴は理由が
ないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を
適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 秋山正雄 福家寛 磯部有宏)

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