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平成15年(行ケ)第242号 審決取消請求事件(平成15年11月10日口頭
弁論終結)
          判    決
       原   告      株式会社カネミツ
       訴訟代理人弁理士   鈴 江 正 二
       同          木 村 俊 之
       同     鈴 江 孝 一
被   告      特許庁長官 今井康夫
指定代理人      宮 崎 侑 久
同          大 野 克 人
同          伊 藤 三 男
          主    文
原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が訂正2001-39140号事件について平成15年4月30
日にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は,名称を「ボス部を有する板金物及びボス部の形成方法」とする
特許第2816548号発明(平成4年1月10日出願,平成10年8月21日設
定登録。以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
 原告は,平成13年8月27日,本件特許出願の願書に添付した明細書
(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲【請求項1】の訂正等(以下
「本件訂正」という。)を求める訂正審判の請求をした。特許庁は,同請求を訂正
2001-39140号事件として審理し,同年12月26日,「本件審判の請求
は,成り立たない。」との審決をしたが,平成14年11月20日,審決取消訴訟
(当庁平成14年(行ケ)第62号)の判決により取り消され,再審理の結果,平
成15年4月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その
謄本は,同年5月12日,原告に送達された。
 2 本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】の記載
  (1) 登録時のもの(以下,その明細書を「登録明細書」という。)
 平坦部から曲げられて一体に突出された回転軸嵌合用の筒状のボス部
の突出高さが,ボス部内径の半径寸法よりも長い寸法で高く形成されていることを
特徴とするボス部を有する板金物。
    (2) 本件訂正に係るもの(訂正部分には下線を付す。以下,その明細書を
「訂正明細書」という。)
 平坦部から曲げられて該平坦部の一側方向に一体に突出された回転軸
嵌合用の筒状のボス部の突出高さが,ボス部内径の半径寸法よりも長い寸法で高く
形成されているものにおいて,前記ボス部の基部の内周面が,
前記平坦部をその板厚方向から加圧することで該平坦部から流動した材
料の一部によって前記ボス部内径をほとんど変化させることなく前記平坦部の他側
方向に向けて突出されていることを特徴とするボス部を有する板金物。
     (以下,上記(1)の発明を「本件発明」,上記(2)の発明を「訂正発明」
という。)
3 審決の理由
 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件訂正中,登録明細書の特
許請求の範囲【請求項1】に係るもの(以下「訂正事項a」という。)並びに登録
明細書の段落【0023】及び【0028】の記載に係るもの(以下「訂正事項
c」という。)は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内におい
てしたものであるとはいえず,また,訂正発明は,実願昭58-156537号
(実開昭60-62627号)のマイクロフィルム(以下「刊行物1」という。)
記載の発明(以下「刊行物発明1」という。),昭和34年5月30日日刊工業新
聞社発行,橋本明著「プレス作業と型工作法」第3版176頁~179頁(以下
「刊行物2」という。)記載の発明(以下「刊行物発明2」という。),特開昭6
2-84843号公報(以下「刊行物3」という。)記載の発明(以下「刊行物発
明3」という。)及び特開昭60-96341号公報(以下「刊行物4」とい
う。)記載の発明(以下「刊行物発明4」という。)に基づいて当業者が容易に発
明をすることができたものであって,特許出願の際独立して特許を受けることがで
きるものではないから,本件訂正は,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法
律第116号)附則6条1項によりなお従前の例によるとされる上記改正前の特許
法(以下「旧法」という。)126条1項ただし書及び同条3項の規定に適合しな
いとした。
第3 原告主張の審決取消事由
  審決は,訂正事項a及び訂正事項cに係る訂正の適否の判断を誤
り(取消事由1,2),また,訂正発明の進歩性の判断を誤った(取消事由3)結
果,本件訂正が旧法126条1項ただし書及び同条3項の規定に適合しないとした
ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(訂正事項aに係る訂正の適否の判断の誤り)
 (1) 訂正事項aは,【請求項1】の「曲げられて一体に」を「曲げられて
該平坦部の一側方向に一体に」と,同じく【請求項1】の「高く形成されている」
を「高く形成されているものにおいて,前記ボス部の基部の内周面が,前記平坦部
をその板厚方向から加圧することで該平坦部から流動した材料の一部によって前記
ボス部内径をほとんど変化させることなく前記平坦部の他側方向に向けて突出され
ている」と訂正するものであるところ,審決は,本件特許出願の願書に添付した図
面の図15及び図19(以下,単に「図15」,「図19」という。)に,平坦部
をその板厚方向から加圧すること及びボス部の基部の内周面が,平坦部の他側方向
に向けて突出されていることが記載されていることを認めながら,訂正事項aの訂
正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたもので
あるとはいえないと判断したが,上記事項を認めている以上,訂正事項aは,特許
請求の範囲の減縮に当たるから,これを新規事項の追加であるとした審決の判断
は,誤りである。
(2) また,審決は,「『平坦部をその板厚方向から加圧すること』は,も
っぱら板金物の外周部分を厚肉化する又はその外径を押し広げるために行われるこ
とが記載されているだけであって,ボス部の基部の内周面が,平坦部の他側方向に
向けて突出されるとしても,それは,板金物の外周部分が厚肉化される又はその外
径が押し広げられることに伴って付随的に生じるものとして記載されているにすぎ
ない。このように,『平坦部をその板厚方向から加圧すること』によって,板金物
の外周部分を厚肉化する又はその外径を押し広げることなく,ボス部の基部の内周
面が平坦部の他側方向に向けて突出されることだけが単独で生じることは,登録明
細書及び図面のどこにも記載されていない。したがって,平坦部をその板厚方向か
ら加圧することによって,板金物の外周部分を厚肉化する又はその外径を押し広げ
ることについて請求項1で何等言及しないことにより,ボス部の基部の内周面が,
平坦部の他側方向に向けて突出されることだけが単独で生じる発明も包含すること
になる訂正事項aの訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲
内においてなされたものであるとはいえない」(審決謄本5頁末行~6頁第3段
落)と判断したが,「平坦部をその板厚方向から加圧すること」との記載は,単な
る【発明の実施の形態】を記載したものにすぎず,平坦部をその板厚方向から加圧
することの技術的意義をこれらの記載により特定すべきものではない。
(3) 図15及び図19並びに段落【0023】及び【0028】には,平
坦部をその板厚方向から加圧すれば,板金物の外周部を厚肉化する,ないし,その
外径を押し広げるという第1の結果と,ボス部の基部の内周面が平坦部の他側方向
に向けて突出するという第2の結果とがそれぞれ生じることが記載されているので
あり,第1の結果と第2の結果はそれぞれ単独(独立)のものであって,特許請求
の範囲において一体に限定記載しなければならない必然性は存在しない。特に,図
19においては,板金物の外径を押し広げることを示す矢印と,ボス部の基部の内
周面が平坦部の他側方向に向けて突出することを示す矢印とが,別個独立の矢印と
して記載されており,単独で生じることが記載されているといえる。また,平坦部
をその板厚方向から加圧し,板金物の外周部を厚肉化しない場合やその外径を押し
広げない場合には,材料の流れが分散しない分,よりボス部の基部の内周面を平坦
部の他側方向に向けて突出させることができることは当然の理である。さらに,そ
れぞれ単独で把握できるものを,それらの一方のみに限定にするか,両者の限定に
するかは,専ら権利者側にゆだねられている任意事項であり,これら任意事項は新
規事項とは別問題である。
2 取消事由2(訂正事項cに係る訂正の適否の判断の誤り)
(1) 訂正事項cは,登録明細書の段落【0023】及び【0028】にお
ける6,7行目の「その高さおよび肉厚はほとんど変化しない。」を「そのボス部
6の平坦部8の一側方の上面(ボス部6の先端側が突出している側の面)からの高
さおよび肉厚はほとんど変化しないと共に,ボス部6の基部の内周面が平坦部8の
他側方の下面方向に向けて突出する。」と訂正するものであるところ,審決は,訂
正事項cの訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内におい
てしたものであるとはいえないと判断したが,誤りである。
(2) 審決は,「図15及び図19にボス部の基部の内周面が平坦部の他方
側に向けてわずかに突出された様が記載されているのみであって,その突出させた
ことの技術的意義について記載されていないばかりでなく,ボス部の内周面の軸長
を更に長くすることについても登録明細書のどこにも記載されていない。登録明細
書の上記段落【0023】【0028】・・・同【0013】・・・からみて,登
録明細書には,ボス部の高さである直線部の長さ,すなわち,内周面の軸長は,ほ
とんど変化しないことが記載されているとみるのが相当であって,このことは,訂
正事項cの訂正内容と明らかに矛盾している」(審決謄本6頁下から第3段落~第
2段落)と判断したが,前記図15及び図19並びに段落【0023】及び【00
28】に示された事項を無視ないし不当に過小評価するものである。すなわち,段
落【0023】には「前記ボス部6はほぼ位置規制されており」と記載されてお
り,「前記ボス部6」とは,段落【0021】の「筒状のボス部6」を指している
ことは明らかであるから,筒状のボス部6がほぼ位置規制されていることが示され
ているのであり,ボス部6の下方側まで位置規制されていると記載されているので
はない。これは,段落【0028】に,位置規制されているのが「前記筒状ボス部
6」と記載されていることからも明確に理解される。また,審決は,「ボス部の直
線部の長さ」を「ボス部の内周面の軸長」と同義であるかのように扱っているが,
「ボス部の直線部の長さ」だけでは「ボス部の内周面の軸長」にはならないことは
図8から明らかである。
(3) 審決は,また,「登録明細書では,ボス部の高さについて・・・『突
出高さ』という語と単に『高さ』という語とが使い分けられており」(審決謄本7
頁第3段落),その意義が異なるとしているが,誤りである。本件発明は,登録明
細書(甲5)の記載のとおり,「ボス部の高さをhとし,ボス部の内径をrとすれ
ば,h<rのボス部しか作ることができなかった」(2欄12行目~14行目)と
いう従来の課題を解決するために,段落【0011】,【0013】,【001
4】及び図8に示す実施例では,「ボス部6の突出高さh1は,ボス部6の内径d
1の半径(r1)寸法よりも長い寸法の高さに形成される」とし,また,段落【0
021】及び図14の実施例では,「ボス部6の突出高さh1は,ボス部6の内径
の半径(r1)寸法よりも長い寸法の高さに形成されている」としたものである。
したがって,発明の課題と実施例とを対にして登録明細書の記載を見ると,「ボス
部の高さ」と「ボス部の突出高さ」とは,ボス部6の平坦部8の一側方の上面から
の高さを意味する同義語と考えるべきである。段落【0023】及び【0028】
の記載は,ボス部の突出高さh1がほとんど変化しないことを意味するにすぎず,
ボス部の内周面の軸長が変化しないことを意味するものではない。
(4) 審決は,「『ボス部の基部』は,「ボス部」の一部をなしてい
る・・・『ボス部』とはその基部を含めて全体を指している」(審決謄本7頁第3
段落)と判断したが,登録明細書の「この屈曲工程時においても・・・形成すべき
筒状のボス部6側に逃げることとなり」(5欄31行目~36行目)の記載の「ボ
ス部6側に逃げる」を,図12Bで材料の流れを示す矢印との対比で理解すれば,
「ボス部」とは,「平坦部の一側方向に突出した筒状のボス部」を指すことは明ら
かである。
(5) さらに,審決は,「例えば,図15において,ボス部の基部の内周面
が,平坦部8の他側方向に向けて突出しているのは,平坦部8を加圧するに当たっ
て,上型15は,中心部に配置された上・下型と同様,固定位置にあり,この固定
位置にある上型15に向かって下型14が上昇すると考えられ,その結果,平坦部
8が薄くなった分だけ相対的にボス部6の基部が平坦部8の下方向に向いて突出し
たようになるからであると考えられる」(審決謄本7頁下から第2段落)と判断し
たが,上記のとおり,段落【0023】及び【0028】に記載された説明と,図
15及び図19に示された矢印と,この矢印方向の平坦部8の材料の流れによりボ
ス部の基部の内周面が平坦部の他側方向に向けて突出されることを示した記載とを
相互に理解しないものであって,誤りである。
3 取消事由3(訂正発明の進歩性の判断の誤り)
(1) 相違点1の判断の誤り
ア 審決は,訂正発明と刊行物発明1との相違点1として認定した「平
坦部の一側方向に一体に突出された回転軸嵌合用の筒状のボス部の突出高さが,訂
正発明では,ボス部内径の半径寸法よりも長い寸法で高く形成されているのに対し
て,刊行物1記載の発明(注,刊行物発明1)では,そのようになっていない点」
(審決謄本9頁(3)ア)について,刊行物発明1と刊行物発明2とが親近性のある技
術や構成であることを前提に組合せの容易想到性を肯定(同10頁(4)ア)したが,
誤りである。すなわち,刊行物発明1は筒状のボス部の形成がバーリング加工によ
り大径化していくことによって形成される構成(技術)であり,他方,刊行物発明
2は筒状のボス部の形成が「多くの工程」から成る絞り加工により小径化していく
ことによって形成される構成(技術)であり,両者は志向する方向が全く正反対の
相容れない別の技術であり,親近性は全くない。
イ また,刊行物2(甲9)には,179頁の第234図の「厚物のフ
ランジ付絞り」に関して,その出来上がった製品の肉厚について細心の注意を払う
べきこと(4・5・4 工程の多い厚物のフランジ付円筒)が記載されており,筒
状のボス部を小径化する技術は肉薄化しないようにすること自体でも非常に難しい
技術であるのに,訂正発明のように,更に,ボス部の基部の内周面が平坦部の他側
方向に向けて突出されても,ボス部の内径がほとんど変化しない構成にすること
は,当業者が容易に想到し得ないことである。
(2) 相違点2の判断の誤り
ア 審決は,訂正発明と刊行物発明1との相違点2として認定した「ボ
ス部の基部の内周面を平坦部の他側方向に向けて突出させるために,訂正発明で
は,平坦部をその板厚方向から加圧することで該平坦部から流動した材料の一部に
よって前記ボス部内径をほとんど変化させることなく突出させているのに対して,
刊行物1記載の発明(注,刊行物発明1)では,予め形成されているバーリング状
部の内面を加圧することにより突出させている点」(審決謄本9頁~10頁(3)イ)
について,「訂正発明は,『板金物』という物の発明であることからみて・・・そ
の特許性は,その製作方法により生産された生産物自体の構成に基づいて判断すべ
きであり・・・いずれも,ボス部の基部の内周面が,平坦部の他側方向に向けて突
出されているボス部を有する板金物で一致し,請求人(注,原告)の主張によれば
生産方法による構成上の相違は,ボス部と平坦部との厚さの関係のみである。とこ
ろで,ボス部を有する板金物において,ボス部の肉厚と平坦部の板厚は,要求され
る強度によって適宜設計されるものであるから,当該生産方法による構成上の相違
は,単なる設計変更にすぎない」(同頁(4)イ)と判断したが,誤りである。
イ 訂正発明と刊行物発明1との構成の相違は,「ボス部と平坦部との
厚さの関係のみ」にとどまらない。訂正発明では,「平坦部から流動した材料の一
部によって」「ボス部の内径をほとんど変化させることなく平坦部の他側方向に向
けて突出されている」という製作方法に関するものではない構成を備えるが,この
ような構成は刊行物1,2には一切開示されていない。刊行物1では,ボス部の基
部の内周面が,「ボス部から流動した材料の一部によって」「ボス部の内径を拡大
させつつ」平坦部の他側方向に向けて突出されている構成が開示されているという
べきであり,訂正発明と著しく相違している。したがって,このような構成上の相
違点について何ら検討することなく,「単なる設計変更」と判断したことは,誤り
である。
ウ また,審決は,「相違点2に関して,板金物自体としての構成の外
にその具体的な製作方法にも技術的意味があるとしても,ボス部の基部の内周面を
平坦部の他側方向に向けて突出させるためには,ボス部又は平坦部のいずれかから
材料を流動させる必要があることは云うまでもないところであって,どちらを選択
するかは,必要に応じて適宜採用すればよい事項にすぎない」(審決謄本10頁最
終段落~11頁第1段落)と判断し,証拠として,刊行物3,4を挙げるが,刊行
物3,4に記載されているものは,いずれも「回転軸嵌合用のボス部を有する板金
物」ではないから,そこにいう「平坦部」と,回転軸嵌合用のボス部における「平
坦部」とではその意味内容が異なり,両者は対応する部材であるとはいえない。ま
た,審決は,「平坦部をその板厚方向から加圧することで該平坦部から流動した材
料の一部によって前記円筒部内径をほとんど変化させることなく突出させること
が,例えば,刊行物4に記載されている」(審決謄本11頁第1段落)と判断した
が,刊行物4は,ボス部の基部の内周面を平坦部の他側方向に向けて突出させるも
のではなく,上記事項は示唆すらされていない。
エ さらに,審決は,「訂正発明に記載の製作方法により得られた物
と,刊行物1記載の製作方法により得られた物との間に請求人(注,原告)の主張
するほどの差異はない」(審決謄本11頁下から第3段落)と判断したが,ボス部
の基部の内周面を平坦部の他側方向に向けて突出させるために刊行物発明1に刊行
物発明2を適用した場合には,ボス部の肉厚が押出し前より不可避的に薄くなって
しまうのに対して,訂正発明では,加圧前と比較してボス部の肉厚が更に薄くなる
ということはなく,物自体としても,両者は顕著に相違している。
  第4 被告の反論
 審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(訂正事項aに係る訂正の適否の判断の誤り)について
(1) 図15及び図19には,平坦部をその板厚方向から加圧すれば,板金
物の外周部を厚肉化する,ないし,その外径を押し広げるという第1の結果と,ボ
ス部の基部の内周面が平坦部の他側方向に向けて突出するという第2の結果とがそ
れぞれ生じることが記載されているという限りでは,原告主張のとおりであるが,
第1の結果と第2の結果とが,それぞれ単独(独立)に生じるものであることは,
登録明細書に記載されておらず,図15及び図19にも図示されていない。
(2) 図19において,各矢印が,板金物の外径を押し広げることを示し,
ボス部の基部の内周面が平坦部の他側方向に向けて突出することを示すとしても,
それぞれが別個独立ではなく同時に生じていることを示すものであり,他方,それ
ぞれが単独で生じることは登録明細書又は図面に記載されていない。なお,図15
及び図19の矢印が何を示すものであるかについて登録明細書又は図面には何らの
説明もされていないが,それが原告主張どおりの材料の流れの方向を示すものであ
り,「矢印方向の平坦部8の材料の流れによりボス部の基部の内周面が平坦部の他
側方向に向けて突出されること」を示すものとすれば,平坦部8には外方向(図1
9で右向き)だけでなく内方向(同左向き)の矢印も当然記載されていなければな
らないはずである。また,板金物の外周部を厚肉化しない場合やその外径を押し広
げない場合について,登録明細書又は図面には全く記載されていない。
(3) そうすると,訂正事項aの訂正は,平坦部をその板厚方向から加圧す
ることによって,ボス部の基部の内周面が,平坦部の他側方向に向けて突出される
ことだけが単独で生じる発明も包含することになり,願書に添付した明細書又は図
面に記載した事項の範囲内においてしたものであるとはいえない。
2 取消事由2(訂正事項cに係る訂正の適否の判断の誤り)について
(1) 登録明細書の段落【0021】には,「図14に示すように,平坦部
8の中心部に,平坦部8から曲げられて一体に突出された上下に貫通する筒状のボ
ス部6が得られ」と記載されているところ,「貫通」とは,「貫きとおすこと。貫
きとおること」(広辞苑)であることからみて,「上下に貫通する筒状のボス部
6」とは,図14に示されているボス部6の上端から平坦部8の下面にまでわたっ
てボス穴が貫通して設けられている箇所全体を指すものである。そうすると,「前
記ボス部6はほぼ位置規制されており」とは,ボス部の基部の平坦部8の下面も含
めたボス部全体が位置規制されていると解するのが相当である。
(2) 登録明細書の段落【0006】には,【発明の実施の形態】として
「・・・この実施の形態のボス部は・・・図8に示すとおり・・・平坦部8の下面
からボス部6の先端までの高さhが35~36mm程度,ボス部6の突出高さh1
が30~31mm程度になるようにしている」と記載されている。明細書中の用語
ないし記号は,特段の断りがない限り,明細書全体を通じて同じ対象を指すものと
解すべきであるから,段落【0003】で「ボス部の高さをhとし,ボス部の内径
をrとすれば,h<rのボス部しか作ることができなかった」というのは,従来の
技術では,ボス部の高さh,すなわち,ボス部の平坦部の下面からその先端までの
高さhが,ボス部の内径rより小さくなることを述べているものと解される。そし
て,本件訂正前の【請求項1】に係る発明は,段落【0004】に示されているよ
うに,小径の孔で高さの高い回転軸嵌合用のボス部を有する板金物を提供すること
を目的とするものであるところ,h1>rとすることにより,h>rとした場合に
比べて,より高さの高いボス部を得るように限定されたものであり,発明の課題と
それが解決されたことを示す記載とを対にして登録明細書を見ても,「
ボス部の高さ」と「ボス部の突出高さ」とを同義と解すべき理由は存在しない。ま
た,「ボス部の高さ」及び「ボス部の突出高さ」については,上記段落【000
3】及び【0006】に記載されているほか,特許請求の範囲【請求項1】,段落
【0005】,【0011】,【0014】,【0020】,【0021】及び
【0033】にボス部の「突出高さ」と,段落【0013】にボス部の「直線部の
長さ(高さ)」と,また,段落【0023】及び【0028】にボス部の「高さ」
と記載されており,登録明細書では,「ボス部の高さ」という語と「ボス部の突出
高さ」という語とが使い分けられている。したがって,段落【0023】及び【0
028】において,ボス部の「高さ」という語を,殊更ボス部の「突出高さ」と読
み替えなければならない理由はなく,「ボス部6はほぼ位置規制されて」いるとい
う記載は,ボス部の基部を含めてボス部全体が位置規制されていると解するのが自
然であり,また,ボス部全体が位置規制されているからこそ,「その高さおよび肉
厚はほとんど変化しない」のであって,ボス部の高さである直線部の長さ,すなわ
ち,ボス部の内周面の軸長が更に長くなることはない。段落【0019】の記載を
図12Bの記載との対比で見たとしても,「ボス部」とは,「平坦部の一側方向に
突出した筒状のボス部」であるということにはならない。
(3) 訂正事項cのうちの「ボス部6の基部の内周面が平坦部8の他側方に
向けて突出する」という部分は,その文言だけを見ると図15及び図19の記載と
一致するものの,ボス部の内周面の軸長が更に長くなるものを包含することにな
る。しかしながら,ボス部の内周面の軸長が更に長くなることについては登録明細
書に何ら記載がないだけでなく,ボス部は「その高さおよび肉厚はほとんど変化し
ない」のであって,ボス部の内周面の軸長が更に長くなることはない。したがっ
て,登録明細書のどこにも記載されておらず,また,その記載内容と矛盾する内容
を包含することになる訂正事項cの訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載
した事項の範囲内においてしたものであるとはいえない。
3 取消事由3(訂正発明の進歩性の判断の誤り)について
(1) 相違点1の判断の誤りについて
  刊行物発明1は,平坦部の両側に突出部が設けられたボス部を有する
板金物であり,刊行物発明2は,平坦部の片側にのみ突出部が設けられたボス部を
有する板金物であって,いずれもボス部を有する板金物であるから,両者は十分技
術的親近性があるということができる。そして,刊行物2にはボス部の突出高さを
ボス部内径の半径寸法よりも長い寸法で高く形成することが記載されており,この
事項を刊行物発明1に適用することを妨げる特段の事由も見当たらない。したがっ
て,刊行物発明1に刊行物発明2を適用して,訂正発明のように構成することに格
別の困難性が見当たらないとした審決の判断に誤りはない。
(2) 相違点2の判断の誤りについて
     ア 訂正発明は,「板金物」という物の発明であるから,ボス部の基部
の内周面を平坦部の他側方向に向けて突出させるために採用される具体的な製作方
法に関する事項は,その製作方法により生産された板金物自体を表現しているもの
と見るべきである。そうすると,「平坦部から流動した材料の一部によって」とい
う事項は,ボス部の基部の内周面を平坦部の他側方向に向けて突出させるための製
作方法に関する事項であるから,当該事項は,ボス部の基部の内周面を平坦部の他
側方向に向けて突出されている板金物を表現していると見るべきものである。ま
た,「ボス部の内径をほとんど変化させることなく平坦部の他側方向に向けて突出
されている」という事項は,ボス部を有する板金物における「ボス部と平坦部との
厚さの関係」に帰着するものであり,この点に関する訂正発明と刊行物発明1との
相違については,ボス部を有する板金物において,ボス部の肉厚と平坦部の板厚
は,要求される強度によって適宜設計されるものであるから,生産方法による構成
上の相違は,単なる設計変更にすぎない。
     イ 刊行物3,4は,ボス部の基部の内周面を平坦部の他側方向に向け
て突出させるために,ボス部又は平坦部のいずれから材料を流動させるかを選択す
ることは,必要に応じて適宜採用すればよい事項にすぎない,という理由を補完す
るために例示したものであって,刊行物発明3,4のみに基づいて訂正発明の進歩
性を否定したものではない。また,「平坦部から曲げられて該平坦部の一側方向に
一体に突出された円筒部が形成されている板金物」であるという点で訂正発明と共
通する板金物において,その円筒部の基部を突出させるに当たって,「円筒部を加
圧することで該円筒部から流動した材料の一部によって突出させること」が刊行物
3に,また,「平坦部をその板厚方向から加圧することで該平坦部から流動した材
料の一部によって前記円筒部内径をほとんど変化させることなく突出させること」
が刊行物4にそれぞれ記載されており,審決の刊行物3,4の記載内容の認定自体
に何らの誤りはない。そして,板金物の円筒部に突出部を設けるということに限っ
てみると,刊行物4に記載されているものが「回転軸嵌合用のボス部を有する板金
物」ではないからといって,刊行物4における「平坦部をその板厚方向から加圧す
ること」と,訂正発明にいう「平坦部をその板厚方向から加圧すること」とを同視
することができないとする理由はない。ボス部の基部の内周面を平坦部の他側方向
に向けて突出させることは,刊行物1に記載されている。
     ウ 訂正発明のボス部の肉厚についての効果は,平坦部をその板厚方向
から加圧することで該平坦部から流動した材料の一部によって円筒部内径をほとん
ど変化させることなく突出させることを採用することによりもたらされる効果にす
ぎない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由2(訂正事項cに係る訂正の適否の判断の誤り)について
(1) 訂正事項cの内容は,登録明細書の段落【0023】及び【002
8】における6,7行目の「その高さおよび肉厚はほとんど変化しない。」を「そ
のボス部6の平坦部8の一側方の上面(ボス部6の先端側が突出している側の面)
からの高さおよび肉厚はほとんど変化しないと共に,ボス部6の基部の内周面が平
坦部8の他側方の下面方向に向けて突出する。」と訂正するものであるところ,原
告は,登録明細書の段落【0023】及び【0028】に記載された説明と,図1
5及び図19に示された矢印と,この矢印方向の平坦部8の材料の流れによりボス
部の基部の内周面が平坦部の他側方向に向けて突出されることを示した記載から,
訂正事項cが新規事項の追加に該当しない旨主張する。
(2) そこで,登録明細書(甲5)の段落【0021】~【0024】及び
【0027】~【0028】の記載について見ると,「以上の各工程によって,図
14に示すように,平坦部8の中心部に,平坦部8から曲げられて一体に突出され
た上下に貫通する筒状のボス部6が得られ,そのボス部6の突出高さh1は,ボス
部6の内径の半径(r1)寸法よりも長い寸法の高さに形成されているものであ
る」(段落【0021】),「次に,この板金物10を用いて,その外周壁部にポ
リV溝を形成する工程について説明する」(段落【0022】),「まず,ポリV
溝を成形するための外周壁部の厚肉化工程が行なわれる。この厚肉化工程は図15
に示すように,前記板金物10を挟んだ下型14と上型15とをプレス機を介して
互いに近接させることにより,板金物10の平坦部8をその板厚方向から加圧させ
る。これによって,平坦部8の材料が外周側に流動し,板金物10の外周部分10
aが厚肉化される。この時,前記ボス部6はほぼ位置規制されており,前記平坦部
8の材料の一部が流動してくるだけであり,その高さおよび肉厚はほとんど変化し
ない」(段落【0023】),「次に,図14に示した板金物10を用いて他の板
金製プーリの形成方法を図に基づいて説明する」(段落【0027】),「まず,
板金物10の平坦部加圧工程が行なわれる。この平坦部加圧工程は図19に示すよ
うに,前記板金物10を挟んだ下型23と上型24とをプレス機を介して互いに近
接させることにより,板金物10の平坦部8をその板厚方向から加圧する。これに
よって,平坦部8の材料を外周側に流動させて,板金物10の外径Dが必要径にな
るように押し広げる。この時,前記筒状ボス部6はほぼ位置規制されており,前記
平坦部8の材料の一部が流動してくるだけであり,その高さおよび肉厚はほとんど
変化しない」(段落【0028】)と記載されている。
(3) また,図14,図15及び図19には,別紙のとおり図示されてい
る。
(4) 上記段落【0023】及び【0028】の記載は,板金物10を用い
て,その外周壁部にポリV溝を形成する工程の最初の段階である外周壁部の厚肉化
工程及び他の板金製プーリの形成方法における平坦部加圧工程についての説明であ
り,図15及び図19に示される矢印に関する説明はない。そして,「下型14と
上型15とをプレス機を介して互いに近接させる」,「下型23と上型24とをプ
レス機を介して互いに近接させる」との記載により,下型14及び下型23並びに
上型15及び上型24に付された矢印は,上下の型を近接方向に移動させることを
示すものと解され,また,段落【0028】の「平坦部8の材料を外周側に流動さ
せて,板金物10の外径Dが必要径になるように押し広げる」との記載から,図1
9の平坦部8に付された矢印は,材料が外周側に流動することを示すものと解され
るが,両図面におけるボス部6の基部に付された矢印が何を示しているのかは明ら
かでない。
  原告は,該矢印は平坦部8の材料の流れによりボス部の基部の内周面
が平坦部の他側方向に向けて突出されることを示すものであると主張するが,段落
【0023】及び【0028】には,「ボス部6はほぼ位置規制されており,前記
平坦部8の材料の一部が流動してくるだけであり,その高さおよび肉厚はほとんど
変化しない」,「筒状ボス部6はほぼ位置規制されており,前記平坦部8の材料の
一部が流動してくるだけであり,その高さおよび肉厚はほとんど変化しない」と記
載されており,原告の主張する事項は記載されていないのみならず,かえって,ボ
ス部の高さはほとんど変化しないと記載されているのであるから,突出されること
を示しているとする原告の主張とは背反するというべきである。
(5) また,原告は,「ボス部」とは「平坦部の一側方向に突出した筒状の
ボス部」のことであり,「ボス部の高さ」とは「ボス部の突出高さ」のことである
から,段落【0023】及び【0028】の上記記載は,ボス部の突出高さがほと
んど変化しないことを意味するにすぎず,ボス部の内周面の軸長が変化せず,ボス
部の下方側まで位置規制されていると記載されているのではないから,矢印は材料
の流れにより突出されることを示すものであることは明らかであると主張する。
  しかしながら,登録明細書の段落【0003】の「ボス部の高さをh
とし」との記載と,段落【0006】の「平坦部8の下面からボス部6の先端まで
の高さhが35~36mm程度,ボス部6の突出高さh1が30~31mm程度」
との記載を対比し,また,実開昭60-62627号公報(甲8)の「前方鍔部
と,この前方鍔部に連続して後方押出しされた後方鍔部とからなるボス部」(実用
新案登録請求の範囲)との記載からすれば,ボス部とは,回転軸と嵌合するボス部
とその基部を含めた全体を指すものと解される。また,図15及び図19におい
て,下型14及び下型23並びに上型15及び上型24に付された矢印は,上下の
型を近接方向に移動させることを示すものと解されることは上記のとおりであり,
下型14及び23が平坦部8を加圧して移動すると,平坦部8が薄肉化して,下型
により加圧されないボス部の基部との間に段差が生じることは自明である。原告の
主張する図15及び図19の突出部はその高さを考慮しても,このようにして形成
された段差であると解するのが相当である。材料を流動させて積極的に突出部を形
成するためには,ボス部の基部周辺を包囲する型に突出部に相当する隙間を形成し
ておく必要があるが,段落【0023】及び【0028】には,上記隙間に関して
はもちろん,ボス部及びその基部周辺を包囲する型に関する記載さえない。さら
に,「ボス部6はほぼ位置規制されており,前記平坦部8の材料の一部が流動して
くるだけであり,その高さおよび肉厚はほとんど変化しない」との記載は,流動し
て来る一部の材料によりボス部の高さ及び肉厚はほんの少し変化するという意味と
解されるのであり,材料の一部を流動させることによりボス部の基部の内周面を突
出させることを開示していると解することはできない。そうすると,図15及び図
19並びに段落【0023】及び【0028】は,積極的に突出部を形成すること
を開示するものではないというべきである。
(6) 訂正事項cは,「その高さおよび肉厚はほとんど変化しない。」を
「そのボス部6の平坦部8の一側方の上面(ボス部6の先端側が突出している側の
面)からの高さおよび肉厚はほとんど変化しないと共に,ボス部6の基部の内周面
が平坦部8の他側方の下面方向に向けて突出する。」と訂正することにより,平坦
部8をその板厚方向から加圧することで,平坦部8の材料を流動させ,積極的にボ
ス部6の基部の内周面を突出させることを明示したものであるところ,登録明細書
には,このような事項は開示されていないことは上記のとおりであるから,訂正事
項cは新規事項を追加するものと認められる。
  したがって,訂正事項cの訂正は,願書に添付した明細書又は図面に
記載した事項の範囲内においてしたものであるとはいえないとした審決の判断に誤
りはなく,原告の取消事由2の主張は理由がない。
2 取消事由1(訂正事項aに係る訂正の適否の判断の誤り)について
 訂正事項aは,特許請求の範囲【請求項1】の「高く形成されている」
を「高く形成されているものにおいて,前記ボス部の基部の内周面が,前記平坦部
をその板厚方向から加圧することで該平坦部から流動した材料の一部によって前記
ボス部内径をほとんど変化させることなく前記平坦部の他側方向に向けて突出され
ている」と訂正することを含むものであるところ,この訂正事項aの訂正内容は,
訂正事項cの訂正内容と変わるところはないから,登録明細書に記載されていなか
った事項であり,新規事項を追加するものである。
  したがって,訂正事項aの訂正は,願書に添付した明細書又は図面に
記載した事項の範囲内においてしたものであるとはいえないとした審決の判断に誤
りはなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。
3 以上のとおり,本件訂正は,新規事項の追加を含むものであるから,旧
法126条1項ただし書の規定に適合しないというべきであり,これと同旨の審決
の判断に誤りはなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
  よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由
がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
      東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官篠  原  勝  美
    裁判官岡  本     岳
            裁判官早  田  尚  貴
(別紙)
図14・15・19

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