弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

○ 主文
一 愛知県収用委員会が昭和四二年一二月二〇日付でなした原告の本件土地占用許
可の取消に伴う損失補償額を七、六三三、六九九円とする裁決を一五、八七〇、五
二五円と変更する。
二 被告は原告に対し、八、二三七、八二六円およびこれに対する昭和四二年一二
月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告その余の請求を棄却する。
四 訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求める裁判
(原告)
「一 愛知県収用委員会が昭和四二年一二月二〇日付でなした原告の本件土地占用
許可の取消に伴う損失補償額を七、六三三、六九九円とする裁決を五二、〇〇四、
六六二円と変更する。二 被告は原告に対し、金四四、三七〇、九六三円およびこ
れに対する昭和四二年一二月二九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を
支払え。三 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および第二項につき仮執行
の宣言。
(被告)
「一 原告の請求をいずれも棄却する。二 訴訟費用は原告の負担とする。」との
判決および仮執行の宣言につき担保を条件とする執行免税の宣言。
第二 当事者の主張
(請求原因)
一 別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という)のうち地目提防の土地(以
下、本件堤防という)は愛知県海部郡<地名略>地内のいわゆる福原輪中堤の一部
に属するが、この福原輪中堤は徳川時代初期に原告の祖先が尾張藩主にその築造を
出願し、地代金を上納して免許を取得し、私費を投じて築堤しその後度重なる地
震・水害等の災害に対して莫大な私財を投じて維持しながら代々所有し、相続によ
り原告の所有となつた。
ところが旧河川法(明治二九年法律七一号)の施行に伴い大正二年一二月二四日付
愛知県告示三七三号により本件輪中堤は本件堤防を含むその大部分が堤防敷に認定
され、次いで昭和一四年八月四日付同県告示八九四号により河川付属物に認定され
無補償で私権が消滅した。また、原告の祖先が代々所有し相続により原告の所有と
なつた本件輪中堤外の山林および原野(本件土地のうち地目山林、原野の土地)も
前記愛知県告示三七三号により河川敷に認定され無補償で私権が消滅した。
原告は私権の消滅した右各個所について河川法施行規程(明治二九年勅令二三六
号)九条により河川管理者である愛知県知事にその占用を出願し、昭和三九年八月
二〇日その許可を受けた。その後、同四〇年四月一日から現行河川法(同三九年法
律一六七号)および河川法施行法(同年法律一六八号)が施行され、同施行法四条
により本件輪中堤とその敷地および右河川敷地はいずれも国に帰属することになつ
たが、同法一九条により原告はそれらを引き続き占用してきた。、
二 昭和四〇年五月二四日建設省中部地方建設局長は長良川改修工事の必要から現
行河川法七五条二項四号により同月三一日限りで原告の本件土地に対する右占用許
可を取消したため、原告は同年六月一日右占用許可の取消に伴う損失補償(同法七
六条一項)について河川管理者たる右建設局長と協議した(同法七六条二項、二二
条四項)が不成立に終つた。そこで原告は同月一四日愛知県収用委員会に土地収用
法九四条による損失補償裁決の申請をした(現行河川法七六条二項、二二条五
項)。なお、被告は自己の見積損失補償額として二、五六〇、五〇八円を支払い、
原告は同年七月二八日損失補償の一部としてこれを受取つた(同法二二条五項前
段)。愛知県収用委員会は昭和四二年一二月二〇日右申請に対し裁決をなし、本件
占用許可取消に伴う損失補償として、本件堤防の敷地(以下、本件堤防敷地とい
う)および山林原野(但し、前記山林および同原野の一部〔別紙物件目録中、<地
名略>の一部、<地名略>〕、以下本件山林原野という)について一平方メートル
当り二四二円、荒地(但し、右原野の残部、以下本件荒地という)について同四八
円四〇銭の割合により総額七、六三三、六九九円と認定し、その裁決書は同月二四
日原告に送達され、同月二五日、原告は右裁決額と前記損失補償見積額との差額
五、〇七三、一九一円を被告から受け取つた。
三 しかしながら、右裁決認定の損失補償額は不当であり、次の金額が相当であ
る。
1 占用許可の取消に伴う損失補償については、現行河川法七六条一項により通常
生ずべき損失を補償すべきであるが、この場合占用不許可または占用禁止に伴う補
償についての前記河川法施行規程九、一〇条が類推適用され、「相当ノ補償金」を
受け得ることとなる。そして、右補償金は「地上ニ現存スル物件ノミナラス土地相
当ノ価格ヲモ補償スルノ主旨」(明治三五年三月二八日土甲一三号各地方長官宛土
木局長通牒)のもとに、所有権を収用した場合の額と同額の補償金と考えるべきで
ある。
2 堤防敷地・山林原野・荒地について
本件土地を含む長島地区一帯はかねてから三重県開発公社および長島総合開発株式
会社によつて住宅地・温泉観光地・ゴルフ場・国立リハビリテーシヨン・ヨツトハ
ーバー・遊泳場等に開発する計画が進められていること、本件土地の近傍土地の取
引価格および昭和四〇年一月原被告間で取引された本件堤防と同様公益的施設であ
る貯水槽・用排水路・ポンプアツプ施設の敷地の売買価格が三・三平方メートル当
り二、五〇〇円であつたこと等を考慮すると、三・三平方メートル当り本件堤防敷
地三、〇〇〇円、本件山林原野一、五〇〇円、本件荒地七五〇円が相当である。な
お、右取引事例地は以前ポンプアツプ施設個所に水車小屋があつたことはあるが、
その地形よりしてもこれが宅地としての効用を有する土地とは考えられず、公共用
施設の敷地として本件堤防敷地価格を考慮する際の適切な同種取引事例である。
3 堤防について
堤防は堤防敷地とは別個の独立した工作物として評価されるべきである。本件堤防
は本件福原輪中堤の一部であるが、同堤はその堤内地および居住者の生命・身体・
財産を毎年数回生ずる長良川出水より防禦する治水施設即ち堤防としての機能を十
分有しており、さればこそ旧河川法により河川付属物および河川区域の認定がなさ
れたものであるが、かかる堤防は土地の定着物として土地と一体をなし、土地収用
においては原則として土地と共に収用または使用されるが、土地の構成部分ではな
く、その敷地とは別個独立の「地上ニ現存スル」工作物(前記通牒)として補償の
対象とされるべきである。
土地収用法には本件輪中堤のごとき公共的施設収用の補償について明文の規定はな
いが、地方鉄道法・軌道法・運河法・水道法はそれぞれ「公共的施設を買収する場
合、その建設費・開設費用・物件の時価による買収」等と定めており、本件補償に
つきこれらを参考にすべきである。また、公共用地等の取得に伴う損失補償の各種
基準によれば「土地に定着する物件については土地の取得に係る補償と同様、通常
の利用方法による評価をもつてする正常な取引価格による」、「工作物につき取引
事例なき場合は推定再建設費を基準にする」、「公共施設についても私有財産と同
一の原則による」と定められ、宅地制度審議会は不動産鑑定評価基準について「公
共・公益目的に供せられている不動産の評価は複成式評価法が有効な方法である」
としている。なお、本件輪中堤は収益を目的としない公益物件であるが、学説上収
益は価格算定の基準にならないとされている。
以上の実定法・各種基準・学説からすれば、本件輪中堤を公益的工作物もしくは施
設としてその複成価格(推定再建工事費)を基に各種減価要因を考慮し、ほぼその
半分をもつて本件輪中堤の工作物価値(評価額)と考え、それを本件堤防の敷地面
積に応じて配分した価額を本件堤防の損失補償額とすべきである。
なお、堤防の価値は堤内地の交換価値に化体しているとみるのは誤りである。本件
堤防はその位置も所有者も違う堤内地とは別個の物件として収用されるのであるか
ら、かかる化体説を適用する余地はない。被告は堤防内外の多数土地を任意買収す
るとき内外とも同一単価で買収している。また、仮に堤防を敷地と一体として考え
るとしても堤防の価値を「土地相当ノ価格」の中に含めるべきである。
さらに、被告主張の「公共事業の施行に伴う公共補償基準要綱」(昭和四二年二月
二一日閣議決定)は、いわゆる公共施設についてはその機能を中断させることがで
きない等の理由により一般私人に対する補償ではたりない場合等を考慮して定めら
れたものであり、同要綱一三条二項は最終的には国民に帰属する公共施設財産につ
いて、異なる行政庁間の移管のごとき場合の規定であり、「社会通念上妥当と認め
られるとき」に適用されるのであるから本件輪中堤に適用する余地はない。また、
仮りに被告主張のように河川改修工事により右輪中堤がその効用を果さなくなつた
としても、それによる損失はいわゆる起業損失として補償されるべきである。
4 文化財的価値について
木曾・長良・揖斐三河川の中下流地域一帯は往古海であつたが、三河川より流出す
る土砂により浅瀬が生ずると、住民は同所に上流に向つて釣鐘形の堤防を作り土砂
を堆積させ、これを農耕地として利用し、さらに下流部を締切り長円形の堤防とな
して堤内地を洪水より防禦し、堤防側面の高地に家を建てて居住するという人文地
理上特徴のある村落形態、いわゆる輪中を形成してきた。その後明治時代になつて
から、いわゆる三川分流工事などにより数多くの輪中堤がほとんど姿を消し、本件
福原輪中堤のみが現存する唯一の輪中堤として学界からも高く評価されその消滅が
惜しまれていたもので、昭和三七年ころ愛知県教育委員会から原告に対し右輪中堤
を愛知県文化財に指定したいとの申し入れがあつたが、原告は水防活動上の支障と
住民の意向を考慮しこれを辞退した経緯もあり、右輪中堤が文化財的価値を有する
ことは明らかである。そして、「建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基
準」(昭和三八年三月二〇日建設省訓令五号)七条も、文化財保護法等により指定
された特殊な土地等の取得または使用の場合においてこの訓令の規定によりがたい
ものは、その実情に応じて適正に補償するものと定めている。
従つて、本件堤防が河川管理者である被告に帰属していたとしても、本件改修工事
により本件輪中堤を取り壊してその文化財的価値をも滅失させたのであるから、右
輪中堤全体の文化財的価値の評価額を二五、〇〇〇、〇〇〇円とし、これを本件堤
防敷地面積に応じて配分した額をもつて本件堤防の文化財的価値の損失補償額とす
べきである。
5 以上の主張に基づき、本件占用許可取消処分により原告の受けた損失額を算出
すると、
堤防敷地 一三、二九六、〇〇〇円(四、四三二坪×三、〇〇〇円)
山 林 九〇四、五〇〇円(六〇三坪×一、五〇〇円)
原 野 五、七二五、五〇〇円(三、八一七坪×一、五〇〇円)
荒 地 二、五八三、七五〇円(三、四四五坪×七五〇円)
堤 防 四二、七九〇、九一二円(工作物評価額+文化財的評価額)
工作物評価額 二〇、四七一、三七六円
(本件輪中堤の工作物評価額五六、七一六、六一二円×4、432坪(本件堤防敷
地面積)/12、279坪(本件輪中堤防敷地面積)
文化財的評価額 九、〇二三、五三六円(本件輪中堤の文化財的評価額二五、〇〇
〇、〇〇〇円×4、432坪(同上)/12、279坪(同上)
合 計 五二、〇〇四、六六二円
となる。
四 よつて、原告は愛知県収用委員会がなした本件裁決における損失補償額七、六
三三、六九九円を五二、〇〇四、六六二円と変更することを求め、かつ、右五二、
〇〇四、六六二円から既に支払を受けた前記七、六三三、六九九円を差し引いた四
四、三七〇、九六三円およびこれに対する補償時期昭和四二年一二月二八日の翌日
より完済に至るまで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(請求原因に対する認否)
請求原因一のうち、本件土地が全部本件輪中堤に含まれているとの点を否認し、右
輪中堤は原告の祖先が築造維持したものであるとの点は不知であるが、その余の事
実は認める。
同二、同三1の事実、同2のうち昭和四〇年一月当時原告被告間で田・用水路等を
三・三平方メートル当り二、五〇〇円で売買した事実は認めるが、長島地区一帯を
開発する計画が進められている事実および、同三3のうち本件輪中堤が学界から高
く評価されている事実は不知、その余の事実はすべて争う。
(被告の主張)
一 原告主張の土地相当の価格即ち収用する土地の価格は、裁決時における近傍類
地の取引価格を考慮した相当な価格(土地収用法七一、七二条)というべきとこ
ろ、原告主張の各本件土地について右相当な価格を、評価方法として最も妥当な取
引事例比較法を用いて評価すると、取引事例としては場所的同一性および物件的類
似性のある、右土地と同一需給圏内に所在すると認められる状況類似の売買実例四
件(別表一)があり、その所在位置は本件土地から約六粁下流の地点である。ま
た、時間的同一性を求めるため、右上地の補償時期と右各売買時期との時間差によ
る価格の変動を、日本不動産研究所の土地価格指数に基づく時点修正率を乗じて修
正すると別表二のとおりとなり、さらに右土地と事例地との場所的格差を固定資産
税評価額に基づき場所的価格差修正率を乗じて修圧すると別表三のとおりとなる。
従つて、山林(薪炭林)については坪当り二四七円、山林(用材林)については同
二六六円、これに田畑を加えた平均は同二五九円五〇銭、畑の最高価格は同三三六
円となる(別表三)。よつて、本件裁決に際し被告が算出した本件土地の見積損失
補償額坪当り三〇〇円は妥当なものであり、右三〇〇円を上回る愛知県収用委員会
の裁決による補償額一平方メートル当り二四二円は相当である。
1 堤防敷地・山林原野・荒地について
原告主張にかかる原被告間の土地売買事例については、当該土地はもと水車小屋が
あつた場所で将来宅地として利用されることが客観的に可能であり、宅地としての
有用価値が認められたので宅地として買収したもので本件土地とは事例が異なる。
また、原告主張の売買事例は本件土地とは地域要因が異なり事例として不適当であ
る。
2 堤防について
旧河川法施行規程一〇条(現行河川法施行法一九条)により補償金を下付するの
は、同規程九条の「河川ノ敷地」についての占用不許可等の場合であつて堤防のご
とき河川付属物は含まれない。また、土木局長通牒の「地上ニ現存スル物件」と
は、当該土地の占用許可を受けた者が占用の目的を達するために有している物件を
いい堤防はこれに当らない。
堤防は土地に附合化体し一体となつて土地を構成するもので、堤防敷と別個の独立
した物件ではなく、社会通念上独立して取引の対象ともなりえない。堤防が莫大な
資本を投下して築造されたとしてもその投下資本は堤防によつて形成された堤内の
土地に還元され、その交換価値については最有効使用の原則が働き、より高度の交
換価値に化体されるから、土地とは別に補償の対象とはならない。
さらに、土地収用法七七条に規定する移転料を補償する物件は社会通念上移転させ
るだけの価値のある物件に限るものであるが、本件輪中堤はその利用状況からみて
移転させる価値がないから移転補償の対象とはなりえないし、同法七八条の収用請
求権もない。また、同法八八条に規定する通常受ける損失としては、収用による雑
木材等の利用収益の喪失以外にはない(立木その他の補償は補償済みで争いはな
い。)。
仮に本件輪中堤がその敷地とは別個に補償の対象になるとしても、被告は本件河川
改修工事により河川管理施設として右輪中堤以上に大きい効用を有する新堤防を築
造したため右輪中堤はその効用を果さなくなつた。ところで右輪中堤のごとき公益
物件に類推適用すべき「公共事業の施行に伴う公共補償基準要綱」(昭和四二年二
月二一日閣議決淀)一三条二項によれば、公共事業の施行により建設される公共施
設により既存公共施設等の機能が完全に再現されるため、当該既存公共施設等の機
能を廃止しても公益上の支障が生じない場合は土地に対する補償をすればたりると
されている。
3 文化財的価値について
別途補償を要する文化財的価値とは単に歴史上学術上の何らかの価値というだけで
はなく、少なくとも文化財保護法にいう「文化財」に該当し、これを国や地方公共
団体の文化財保護に当る行政機関が文化財として指定するにたりる程度の価値を指
すものと考えられるが、本件輪中堤は要するに数ある輪中堤の中の一つであつたと
ころ、時代の要請により他の輪中堤がなくなつたため結果的に残存しているにすぎ
ないもので、それ自体特に他の輪中堤と比較して特筆すべきものはなく歴史上学術
上高い価値を有するものではないから、本件輪中堤は前記のごとき文化財的価値を
有するものではない。原告主張の「建設省の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償
基準」七条も文化財保護法等により指定された土地等に関するもので、文化財の価
値の程度・保護の要否については高度の専門的知識による判断を要することから、
その補償についても文化財保護行政の専門機関による指定の有無を尊重するとの考
えに根ざしている。
仮に本件輪中堤が文化財的価値を有するとしても、輪中堤たる堤防は被告に帰属す
る河川管理施設であり、その占用を原告に許可したことによつてその文化財的価値
を原告が専属的に享受するものでもなく、また、その占用を取消したからといつて
右文化財的価値が失われるものでもない。また、本件輪中堤は一部が残存してその
面影を保つており、右文化財的価値の損失はさほど大きくない。さらに、文化財を
個人から収用するときはその文化財的価値は特殊な主観的利益となるが、かかる主
観的感情的利益の損失は受忍すべきである。
第三 証 拠(省略)
○ 理由
一 愛知県海部郡<地名略>地内のいわゆる福原輪中堤(以下、本件輪中堤とい
う)は原告主張の経緯でその大部分が堤防敷、次いで河川付属物に、右輪中堤外の
山林原野(別紙目録記載の土地〔以下、本件土地という〕のうち地目山林・原野の
土地)が河川敷に各認定され無補償で私権が消滅したこと、原告は昭和三九年八月
二〇日右私権消滅の各個所につき占用許可を受け、その後、昭和四〇年四月一日以
降河川法(昭和三九年法律第一六七号)の施行に伴い、本件輪中堤とその敷地およ
び右河川敷地はいずれも国に帰属することになつたが原告は引き続き占用してきた
こと、昭和四〇年五月二四日に至り、建設省中部地方建設局長は長良川改修工事の
必要から原告の右占用許可を同年五月三一日かぎりで取消したため、原告は右取消
に伴う損失補償について同建設局長と協議したが不成立に終つたので、同年六月一
四日愛知県収用委員会に裁決の申請したところ、同収用委員会は同四二年一二月二
〇日原告主張どおりの裁決をなしたこと、原告は被告から同四〇年七月二八日既に
受領した見積損失補償額二、五六〇、五〇八円と、右裁決額七、六三三、六九九円
との差額五、〇七三、一九一円を同四二年一二月二五日各受取つたこと、以上の各
事実はそれぞれ当事者間に争いがない。
二 占用許可の取消処分に伴う損失補償については、河川法(昭和三九年法律一六
七号)七六条一項により「通常生ずべき損失」を補償すべきであるが、原告の占用
する本件土地について、その占用不許可または占用禁止に伴う補償については河川
法施行法(同年法律一六八号)一九条、河川法施行規程(明治二九年勅令二三六
号)九条、一〇条が適用される結果、同規程一〇条に規定する「相当の補償金」を
下付すべきところ、右「相当の補償金」とは、土地相当の価格の補償(明治三五年
三月二八日土甲一三号各地方長官宛土木局長通牒)即ち、所有権消滅によつて土地
所有者の受くべき通常の損失の補償として、所有権相当額(所有権価格)と考える
べきである。
なお、同規程九条、一〇条によれば、「河川ノ敷地ニシテ荒地ニアラサルモノ」の
占用不許可等の場合に補償金を下付するとされているが、本件輪中堤のごとき旧河
川法四条二項による認定河川付属物については河川に関する規程に従うものとさ
れ、その敷地の占用について、その占用取消に伴う損失の補償につき河川敷地と別
異に取扱うべき理由は見出しえないから、右各規定は堤防敷地についても適用され
るものと考えられる。
三 原告は本件堤防敷地(本件土地のうち地目堤防の土地即ち本件堤防の敷地、
四、四三二坪)の所有権相当額は三・三平方メートル当り三、〇〇〇円、本件山林
原野(前記山林六〇三坪および同原野のうち<地名略>の一部並びに<地名略>の
六筆を除いた土地三、八一七坪)同一、五〇〇円、本件荒地(右<地名略>の残部
および<地名略>の六筆、三、四四五坪)は、同七五〇円が所有権相当額であると
主張し、被告は本件裁決における右堤防敷地および山林原野一平方メートル当り二
四二円、右荒地同四八円四〇銭の価格が所有権相当額であると主張するので、以下
右各土地の所有権相当額について検討する。
1 ところで、河川法ないしはその関係法規においては、右所有権相当額または所
有権価格をいかなる算定方法により算定すべきかについて規定を欠いているとこ
ろ、同法七六条一項にいう損失補償は同法七五条二項四、五号に規定する河川工事
等公益上やむをえない必要があるときになされる占用許可取消処分等に伴う損失の
補償であり、同法七六条二項、二二条四、五項によれば河川管理者の見積損失補償
金額に不服がある場合は収用委員会に対し土地収用法(昭和二六年法律二一九号、
但し同四二年法律七四号同法の一部を改正する法律による改正前のもの、以下同
じ)九四条の規定による裁決を申請することができることになつていることから考
えると、同法上の損失補償に関する諸規定を類推することが許されるものというこ
とができる。そして、同法七一、七二条によると、収用する土地に対する損失補償
は裁決時における近傍類地の取引価格等を考慮して算定した相当な価格をもつてな
され、ここに相当な価格とは収用土地の客観的取引価格と解されるが、所有権取得
の効果を生ずる収用については結局、収用土地の所有権の取引価格(市場価格)と
いうことになる。従つて、前記所有権相当額ないし所有権価格は、本件裁決時にお
ける近傍類地の取引価格等を考慮して算定される客観的取引価格と考えることがで
き、右客観的取引価格は当該土地の客観的利用価値によつて形成されるものと解す
べきである。
2 成立に争いのない甲第九、第一三ないし第一五、第一七号証、同第二一号証の
うち原図部分、同第二六号証の一ないし四、同第三三号証の一、二、同第三四、第
三六、第三七号証、証人Aの証言により真正に成立したことを認めることができる
同第二〇号証、同第二一号証のうち書入れ部分、同第二二号証の一、二、同第二九
ないし第三一号証、同証人の証言および検証の結果を総合すれば、別紙目録記載の
地目堤防の土地(以下、本件堤防という)は本件輪中堤の一部に属し、同輪中堤は
木曾川に架る国道一号線上の尾張大橋から木曾川西岸堤沿いに北方約五キロメート
ルの所に位置し、木曾・長良・揖斐三河川がそれぞれ堤を隔てて合流する地点に、
木曾・長良両河川に挾まれて存在し、付近には長良川本流を隔てて西側に宝歴治水
工事で名高い千本松締切堤があること、本件輪中堤は徳川時代初期に原告の祖先が
当時の尾張藩に築造を出願し、地代金を上納して免許をえ、私財を投じて造成し、
その後地震・水害等の災害により損壊する度に私費を投じて維持修復しながら、徳
川・明治時代を通じ代々管理所有し(但し、被告国も昭和三五年以降台風等による
決壊の復旧工事をなして管理している。)、原告が相続によりその所有権を取得し
たこと、本件輪中堤はいわゆる環状堤および突出堤からなる全長二キロメートルの
「6」字型の堤防で、その横断面はほぼ台形で平均高さ五メートル、同上底四メー
トル、同底辺二〇メートル、同面積六〇平方メートルであり、木曾・長良両河川に
挾まれて生じた三角洲の上流部分に上流に向つて釣鐘状の堤防を盛土して築き、そ
の内側に土砂を堆積させ、一定程度堆積した段階で下流部分を締切ることによつて
長円形の堤防に造成されたもので、西側の一部は玉石等により根固め(護岸)され
ていること、本件輪中堤力内側に沿つて約二〇戸の人家が建ち、右環状堤に囲まれ
た土地は田畑(面積は周辺の堤外田畑を加えると約三〇ヘクタール)として耕作さ
れて右輪中堤内は一個の村落共同体が形成され、右人家および田畑ぱ右輪中堤によ
り水害から防禦されてきたこと、昭和四八年一月一九日当時は長良川改修工事によ
り本件輪中堤を縦断する形で南北に通じる新堤防が築造され、右新堤防の西側部分
は川原様の荒地、東側部分は田・畑および人家が存在し、本件輪中堤は右東側部分
に一部残存すること、本件山林原野および本件荒地の一部(<地名略>)は右輪中
堤と長良川とに挾まれ同堤防に沿つて南北に細長く存在し、また、右荒地の残部
(<地名略>の六筆)は右輪中堤外南部に存在することをそれぞれ認めることがで
き、右認定を覆す証拠はない。
3 原告は本件堤防敷地の所有権相当額は三・三平方メートル当り三、〇〇〇円で
あると主張し、その根拠として本件土地を含む長島地区一帯に観光開発等の開発計
画が進められていること、近傍土地の取引価格および昭和四〇年一月の原・被告間
の貯水槽等公益的施設敷地の売買価格が三・三平方メートル当り二、五〇〇円であ
つたことを挙げる。
成立に争いのない甲第一九号証、乙第二六号証の一、二、同第二七号証および証人
Aの証言により真正に成立したことを認めることができる甲第一八号証によれば、
三重県桑名郡<地名略>は昭和三八年同町南端に温泉が涌出したことから、同県開
発公社等による温泉観光地・宅地造成地等として観光開発計画およびその実施が進
められ、そのための土地買収が各所で行われ、<地名略>の土地三筆(田二筆・池
沼一筆)が同四三年一二月二八日同公社により三・三平方メートル当り五、〇〇〇
円で売買(但し、同四〇年一二月二〇日売買予約)されたことを認めることができ
る。前掲甲第一八号証中右売買の時期が同年三月頃であるとの記載部分は同乙第二
六号証の一、二に照らし措信できない。
ところで、前掲乙第二七号証、成立に争いのない同第二八、第二九号証の各一、
二、同第三〇号証の一、証人Bの証言により真正に成立したことを認めることがで
きる同第三〇号証の二および同証人の証言を総合すれば、前記<地名略>は三重県
の東北端、木曾・長良・揖斐三河川が合流する河口地点に位置する南北に長い平担
な三角洲地帯で、同町を横断する国鉄関西線以北の地区は昭和四〇年以降給与所得
者人口、農地転用件数、建築着工件数の各増加傾向を認めることができ、温泉涌出
により観光開発・宅地造成が進められていることは前記認定のとおりであるから、
同地区は宅地化傾向の顕著な地域ということができる。他方、本件敷地が所在する
愛知県海部郡<地名略>地区(<地名略>以北)は右<地名略>の北端に接し、前
記認定のとおり本件輪中堤および堤内田畑を中心に人家が集落して一個の村落共同
体を形成し、昭和四〇年以降においても人口の六〇パーセント以上が農業に従事
し、農地転用・建築着工もほとんどなされていない農業地域ということができるの
であり、また、前掲乙三〇号証の二によれば鉄道・主要道路からの距離について
も、前記<地名略>は近鉄長島駅から一・八キロメートルおよび国道一号線から
〇・七キロメートル、<地名略>地区は同じくそれぞれ五・九キロメートルおよび
五キロメートルであることを認めることができるので、右交通事情からは右<地名
略>北部地区の方が<地名略>地区に比較し、より便利であるということができる
から、結局、右両地区はその位置、土地柄からいつて、近傍類地としての類似性が
なく、しかも前記売買例の土地はいずれも堤防敷ではなく、その価格は開発利益を
見込んだ特殊な価格というべきであるから、本件堤防敷地の所有権相当額を算定す
るうえで、原告主張にかかる前記<地名略>の土地三筆の取引事例は適切なもので
はない。その他原告主張価額を相当と認めさせるに足りる適切な証拠はない。
他方、被告は本件堤防敷地の所有権相当額は一平方メートル当り二四二円であり、
右相当額は取引事例比較法によつて算定した額等からみて相当であると主張する。
而して、前掲乙第四号証の一、同第一〇号証の一、成立に争いのない甲第二号証、
乙第六号証の一ないし四、同第七号証の一ないし九、同第九号証の一、二、同第一
一ないし二三号証、同第二四号証の一ないし二二、同第二五号証、証人Cの証言に
より真正に成立したものと認めることができる同第八号証の一、二および同証人の
証言によれば、本件敷地から約六キロメートル下流にあたる三重県桑名郡<地名略
>地区において、昭和三八年三月二七日四筆の堤敷の売買事例があり、右売買価格
はいずれも坪当り二〇〇円であること、右地区付近を流れる木曾川派川である鍋田
川の締切りに伴う木曾川の水位上昇を避けるための同地区引堤工事の用地につい
て、所有者が現に宅地・田畑等の用に供している土地については、鍋田川廃川敷地
に造成した土地と交換し、それ以外の原野・堤敷については右のごとき交換ではな
く買収が行われ、前記四筆を含む一六筆が買収されたこと、右買収価格は「建設省
の直轄の公共事業の施行に伴う損失補償基準」(昭和三八年建設省訓令五号)に則
り算出されたこと、右買収価格につき本件裁決において定められた補償時期(同四
二年一二月二八日)と前記売買時期(同三八年三月二七日)との時間差による価格
の変動を考慮し、財団法人日本不動産研究所作成の土地価格指数に基づく時点修正
率を乗ずると別表二のとおり坪当り二〇九円となること(但し、堤敷としての価格
指数がないので、堤敷と類似する山林〔薪炭林〕を準用)、さらに、右価格につき
本件敷地と前記事例地との場所的格差をその固定資産税評価額に基づき場所的価格
差修正率を乗じて考慮すると別表三のとおり坪当り二四七円となること、前記中央
信託銀行名古屋支店が建設省中部地方建設局木曾川工事事務所長の依頼により本件
敷地の近傍類地を市場資料比較法により鑑定評価したところ、本件輪中堤敷の一部
分で、本件堤防敷<地名略>に隣接する<地名略>・地目山林・現況堤防敷の所有
権価格が坪当り三〇〇円(昭和三九年八月二一日当時)であることおよび愛知県収
用委員会は本件裁決において、本件堤防敷地の位置・形状・環境その他の立地条件
を総合的に比較考量した結果、同敷地の所有権相当額を一平方メートル当り二四二
円と認定したことをそれぞれ認めることができる。
しかしながら、右のとおり前記売買事例に基づきいわゆる取引事例比較法により本
件堤防敷地の所有権相当額が坪当り二四七円と算出されたことおよび前記近傍類地
(堤防敷)の所有権価格が同三〇〇円と鑑定評価されたことをもつて、被告主張の
右相当額一平方メートル当り二四二円の論拠とするのは、右主張額が右各価額を上
回るとはいえ両者の間に約三倍もの格差があり、その格差の根拠につき何ら主張立
証がないことから考えると妥当を欠き、また、前記裁決における価額を以つて論拠
とするには、その算定根拠が未だ不明確であつてこれまた妥当ではない。
そこで考えるに、昭和四〇年一月、原被告間において用排水路等の敷地(<地名略
>)の売買が三・三平方メートル当り二、五〇〇円でなされたことは当事者間に争
いがなく、成立に争いない乙第五号証の一〇、証人Aの証言および検証の結果によ
れば、同三八年一二月一一日の被告調査時、本件輪中堤内西端部の右敷地(約九五
坪)は、以前ポンプアツプ施設としての水車小屋があつた現況宅地と評価されたこ
と、および右敷地のうち水車小屋の敷地部分約一〇坪位はその部分のみ若干高くな
つていて、右敷地の他の部分はそれより低く、用排水路・水田・輪中堤敷であつた
ことを認めることができるので、右敷地は現況宅地でなく、むしろ用排水路、水車
小屋等農業用施設の敷地として、農地類似の土地というべきで、本件敷地とは距離
も近く、土地上に施設が付着しているという点で類似性があり、右取引が特殊な事
例であることを認めさせるような事情もうかがえないし、しかも、本件裁決時たる
昭和四二年一二月二〇日に比較的近い時点における原被告間の取引であることも考
え、前記用排水路等施設敷地(農地類似の土地)の取引価格三・三平方メートル
二、五〇〇円を本件敷地の所有権相当額算定の基準にするのが妥当であると考え
る。
1 もつとも証人Bの証言により真正に成立したものと認めることかできる乙第四
号証の一、同第一〇号証の一および同証人の証言によれば、前記用排水路等施設敷
地の所有権価格は中央信託銀行株式会社名古屋支店により現況準宅地、坪当り一、
六〇〇円と鑑定評価されている(昭和三九年八月二一日現在)ことを認めることが
できるが、他方、同鑑定は右敷地が準宅地であるといつても農家用のもので一般的
な宅地として使用可能なものではなく、単に堤防上の平垣地という程度の土地であ
ると判断し、右評価額も山林の比準価格を基礎に算出されていることを認めること
ができるから、右鑑定評価の結果は前記取引を近傍類地の取引事例として考慮する
ことの妨げとはならない。
ところで、成立に争いのない甲第三九号証、証人Dの証言により真正に成立したこ
とを認めることができる同第三三号証の二、三および同証人の証言によれば、原告
の代理人であるAの依頼により株式会社名古屋不動産研究所(代表者不動産鑑定士
D)が本件敷地の所有権価格(前記裁決時)を鑑定評価したところ、昭和三九年七
月の本件輪中堤に隣接する田・畑の取引価格一平方メートル当り三九三円および
原・被告間の前記取引価格等を取引事例として比較検討して右敷地の近隣地域内の
標準的耕地(田畑)の標準価格(右裁決時)を同七〇〇円と評価し、本件敷地が右
耕地と比較して、堤防敷であつて直接収益を生ずる不動産ではなく公共的色彩の強
い点を考慮して、右標準価格に対して三〇パーセントの減価を行つた同四九〇円
(三・三平方メートル当り一、六一七円)をもつて右敷地の所有権価格としたこと
を認めることができるので、これらの各事実に本件敷地が堤防敷であることから田
畑ないし農地に比べ取引の対象となりにくく、また、その利用も限定されるという
客観的取引価格ないし客観的利用価値についての減価要因および原・被告間の前記
取引の取引時期と本件裁決時との時点修正を併せ考えるならば、基準となる前記取
引価格三・三平方メートル当り二、五〇〇円に対して前記三〇パーセントより高率
の四〇パーセントの減価を施した三・三平方メートル当り一、五〇〇円をもつて、
本件裁決時における本件堤防敷地の所有権相当額として相当であると思料するもの
である。
なお、右名古屋不動産研究所の鑑定評価は、原被告間の前記取引を取引事例として
斟酌しているが、右取引が本件敷地の所有権価格を算定するうえで適切な事例であ
ることは先にみたとおりであり、また、成立に争いのない乙第三七、第三八号証に
よれば、前記田・畑の取引価格については一部一平方メートル当り三三〇円、三六
〇円とするものがあるが、大部分が同三九〇円であることを認めることができるか
ら、右田・畑の取引事例を斟酌したことが適切を欠くともいえない。
4 原告は、本件山林原野の所有権相当額は三・三平方メートル当り一、五〇〇円
であると主張するが、右主張を認めさせるに足りる適切な証拠はない。
被告は右相当額は一平方メートル当り二四二円であり、右相当額は取引事例比較法
によつて算定した本件堤防敷地の所有権相当額等からみて相当であると主張し、右
堤防敷地の所有権相当額は坪当り二四七円であるという。そして、前掲甲第二号
証、乙第四号証の一、同一〇号証の一、成立に争いのない同第五号証の四、五、証
人日紫喜昇の証言により真正に成立したことを認めることができる同第四号証の
二、同第一〇号証の二、三、同証人の証言および検証の結果によれば、昭和三九年
ころ原・被告間において山林(<地名略>)が三・三平方メートル当り二九七円、
本件輪中堤付近の堤外南側の原野(<地名略>)が同二七二円で売買されたこと、
前記中央信託銀行名古屋支店の鑑定評価によれば、同年八月二一日当時の本件輪中
堤内西端部の現況山林(<地名略>)の所有権価格が坪当り三〇〇円、財団法人日
本不動産研究所名古屋支所が建設省中部地方建設局木曾川工事事務所長に依頼され
て本件原野の近傍類地を市場資料比較法により鑑定評価したところ、前記原野の所
有権価格は近傍畑の世評価格坪当り八五〇円の三〇パーセントに当る同約二五〇円
(同年六月当時)であるとしたことおよび愛知県収用委員会は本件裁決において、
本件山林・原野の位置・形状・環境その他の立地条件を総合的に勘案した結果、同
山林・原野の所有権相当額を一平方メートル当り二四二円と認定したことをそれぞ
れ認めることができる。
しかしながら、右のとおり原・被告間の売買価格が山林三・三平方メートル当り二
九七円、原野同二七二円、前記近傍山林の所有権価格が坪当り三〇〇円、同原野の
それが同約二五〇円であることを以つて、被告主張の本件山林・原野の所有権相当
額一平方メートル当り二四二円の論拠とするのは、右主張額が右各価格を上回ると
はいえ、両者の間に約三倍もの格差があり、その格差の根拠につき何ら主張立証が
ないことから考えると妥当を欠き、また、前記裁決における価額を以つて論拠とす
るには、その算定根拠が未だ不明確であつてこれまた妥当ではない。
ところで、本件山林原野が本件輪中堤外西側に、長良川と同堤防とに挾まれた南北
に細長い土地であることは前記二において認定したとおりであり、右山林原野は依
然として長良川出水の危険の下にあることを考慮すると、その客観的取引価格ない
し利用価値は、本件堤防敷地よりも低いものということができる。そして、前掲甲
第三三号証の二、三、同第三九号証および証人Dの証言によれば、前記名古屋不動
産研究所が本件山林原野の所有権価格(本件裁決時)を鑑定評価したところ、右山
林原野が前記標準的耕地と比較して、本件輪中堤外のやや起伏のある原野であつて
諸要因で劣るので、堤外地の堤内地に対する評価先例による割合等を考慮して、右
耕地の前記標準価格一平方メートル当り七〇〇円に対して五〇パーセントの減価を
行つた同三五〇円(三・三平方メートル当り一、一五〇円)をもつて右山林原野の
所有権価格とし、本件堤防敷地の三〇パーセント減価・一平方メートル当り四九〇
円より二〇パーセント低く評価したことを認めるンことができ、右減価が標準的耕
地に対するものであることを考慮すると、当裁判所は、本件山林原野の所有権価格
(相当額)について本件堤防敷地のそれに対する減価率を一〇パーセントとするの
が相当であると思料する。従つて、本件裁決時における右山林原野の所有権相当額
は、前記三認定の右堤防敷地所有権相当額三・三平方メートル当り一、五〇〇円の
九〇パーセントである同一、三五〇円とするのが相当である。
5 原告は本件荒地の所有権相当額は三・三平方メートル当り七五〇円であると主
張するが、右主張を認めさせるにたりる適切な証拠はない。
被告は前記のとおり右相当額は一平方メートル当り四八円四〇銭であると主張し、
前掲甲第二号証によれば、愛知県収用委員会は本件裁決において、本件荒地の地形
等を考慮した結果、右荒地の所有権相当額を右金額と認めたことを認めることがで
きるが、その算定根拠が未だ不明確であるから右裁決額を採ることはできない。
ところで、本件荒地のうち<地名略>の土地が本件山林原野と南北に連なり、本件
輪中堤外西側に長良川と同堤防に挾まれた川原状の土地であり、残余の荒地も同堤
外南都の長良川に面した土地であることは前記二において認定したとおりであり、
本件荒地が川原状の土地であることを考慮すると、その客観的取引価格ないし利用
価値は、本件山林原野よりもさらに低いものということができる。
そして、前掲甲第三三号証の二、三、同第三九号証および証人Dの証言によれば、
前記鑑定評価において、本件荒地が前記標準的耕地と比較して、本件輪中堤外の水
際にある生産の期待の薄い土地であることを考慮して、右耕地の前記標準価格一平
方メートル当り七〇〇円に対して八五パーセントの減価を行つた同一〇五円(三・
三平方メートル当り三四六・五円)をもつて右荒地の所有権価格とし、本件山林原
野の五〇パーセント減価・一平方メートル当り三五〇円より低く評価したことを認
めることができ、右減価が標準的耕地に対するものであることを考慮すると、当裁
判所は、本件荒地の所有権価格(相当額)の本件山林原野のそれに対する減価率を
三〇パーセントとするのが相当であると思料する。
従つて、本件裁決時における右荒地の所有権相当額は、前記認定の右山林原野所有
権相当額三・三平方メートル当り一、三五〇円の七〇パーセントである同九四五円
が相当である。
四 本件福原輪中堤が堤防であることは前記二において認定したとおりであるとこ
ろ、右堤防が本件損失補償につきそれ自体別箇の構築物として、前記河川法施行法
一九条、河川法施行規程九条、一〇条により「相当の補償金」を下付すべき対象物
件であるか否かについて、以下検討する。
同規程一〇条の解釈として、右補償金は「地上ニ現存スル物件ノミナラス土地相当
ノ価格ヲモ補償スルノ主旨」(明治三五年三月二八日土甲一三号各地方長官宛土木
局長通牒)であるとされるが、ここにいう「地上ニ現存スル物件」とは、占用取消
に伴う損失補償の場合、当該土地の占用許可を受けた者がその占用の目的を達成す
るために所有する物件即ち占用河川敷地における旧河川法一七条所定の工作物をい
い、本件占用堤防敷における認定河川付属物たる本件輪中堤は、右輪中堤が存在す
るがゆえにその敷地の占用が許可される関係にあるのであるから、右通牒にいう物
件とはいえない。
また、さらに翻つて考えるに、河川法上の損失補償について土地収用法上の損失補
償に関する諸規定を類推することが許されることは前述したとおりであるが、同法
においては、堤防は土地から分離して移転することが社会通念上不可能であること
から、土地に付加され土地と一体となつて効用を果たすいわゆる付加物即ち土地の
構成部分とみなされ、従つて、堤防は同法六条にいう土地に定着する物件とは異な
り、土地と別個独立に損失補償の対象となるものではないとされているのである。
かかる土地収用法上の考え方からすれば、河川法上の損失補償に関する前記規程一
〇条および通牒に基づく補償金下付の対象物件としても同様、本件輪中堤は、堤防
それ自体としてはその対象にならないと解すべきである。
もつとも、成立に争いのない甲第三号証、証人Eの証言によれば、本件輪中堤は同
証人が鑑定時に実地に見た結果の常識的な判断としては、土壌の単なる堆積即ち土
地の構成部分ではなく、土地とは別個の物件で土地収用法上の定着物であり、この
ことは、右輪中堤が人工的に作られ、それなりの歴史・由来があり、鑑定当時も人
工的に作られた堤防としての原形を失なつていなかつたことから裏づけられるとす
る見解のあることを認めることができるが、土地収用法が収用土地上の物件につい
て、土地を収用、使用することができる事業に必要のない物件については原則とし
て移転させ(同法七七条)、移転困難・移転料多額の場合には当該物件を収用でき
ることとし(同法七八、七九条)、事業に必要な「土地に定着する物件」について
は別個独立に収用・使用できるとしている(同法六条)ことから考えると、同法に
いう土地の定着物とは、土地に継続的に付着された状態で使用されるのがその物の
本来の使用形態であり、かつ、土地から分離して移転することが社会通念上可能で
ある物をいうものと解すべきであるが、そうとすれば定着物か否かは専ら物自体の
客観的な性状によつて定まるのであつて、その物が人工的に作られたかどうか、そ
の物の持つ歴史・由来がいかなるものかということには左右されないというべきで
あるから、本件輪中堤を定着物であるとする前記見解は採用できない。
なお、原告は堤防が敷地と一体であるなら堤防の価値を前記「土地相当ノ価格」即
ち堤防敷地の所有権相当額の中に含ませるべきであると主張し、右に論述したよう
に本件輪中堤は輪中堤敷地の付加物として右敷地と一体となつて存在し、右敷地は
いわば堤防状土地というべきであるが、前記三認定のとおり、右敷地の一部分たる
本件堤防敷地の所有権相当額は付加物たる堤防の価値をも含んでいるとみることが
でき、従つて、別箇に補償を要するものではない。
五 原告は本件輪中堤の文化財的価値についての損失を、河川法七六条一項に規定
する本件占用許可取消処分により通常生ずべき損失として、その補償を求めている
ものと解せられる。
ところで、原告主張の本件輪中堤の文化財的価値について考えるに、文化財保護法
(昭和二五年五月三〇日法律二一四号)にいう文化財と同等の価値であると解せら
れるが、同法にいう文化財とは、要するに、建造物・家屋・古墳・都城跡等でわが
国にとつて歴史上・学術上価値の高いもの等(同法二条一項)であり、かかる文化
財としての価値は、単なる主観的感情的価値とは異なり、一個の客観的な価値とい
うべきであり、しかも、経済的に評価しうるものであると考えることができる。そ
して、前記河川法七六条一項の通常生ずべき損失の補償については、前記二に述べ
たとおり土地収用法八八条に規定する土地の収用使用によつて土地所有者らが通常
受ける損失の補償と同趣旨と解すべきところ、同条は一般的な客観的利用価値(同
法七二、七三条はかかる価値についての損失補償である)以外の特殊な客観的価値
についての損失をも通常受ける損失として補償する趣旨と解せられるから、右文化
財的価値についての損失は右通常受ける損失として補償の対象になり、従つて、河
川法上の通常生ずべき損失補償の対象になるというべきである。
被告は、損失補償の対象たりうる文化財的価値は、文化財保護法等により文化財と
して指定され、または指定するにたりる程度のものでなければならないと主張する
が、同法による文化財の指定は文化財保護行政上の目的からなされるものであるか
ら、右指定の有無ないし指定するにたりるかどうかは損失補償の要否を決する基準
とはならないので、右主張は採ることができない。
前記二において認定した本件輪中堤の築造経緯・形状・機能等についての各事実
に、前掲甲第一三ないし第一五、第一七号証、成立に争いのない同第一〇号証、証
人Aの証言により真正に成立したことを認めることができる同第一一号“証の一、
二、同゛証大の証言、鑑定人Fおよび同Gの各鑑定の結果を総合すれば、本件福原
輪中堤は、一、形成過程から見た場合、右輪中堤の環状堤が江戸時代初期に形成さ
れ、昭和四二年当時まで完全に連続した形で残存した唯一の輪中堤であつたこと
(岐阜・三重・愛知三県下に江戸時代数多く存在した輪中堤は明治時代以降、いわ
ゆる三河川分流工事等により大きく変更、増築がなされたのが実状であつた。)、
請負新田を開発した地主Hが自費で独自に築造し、明治時代以降も同家が主体的に
維持してきたものであつたこと(輪中堤を新しく造るといつた大工事は何らかの形
で幕府・大名の資金的援助を仰ぐのが実状であつた。)および輪中堤内の住民が輪
中堤の維持・強化に日夜腐心して自らの手で生命・財産を保全し、輪中堤を中心と
した地域共同体の自治の象徴的存在であつたこと(明治政府以降、河川管理に関す
る国の力が強化されるにつれ、輪中堤の管理も次第に国の手に移り、それにつれ
て、輪中民の自ら輪中堤を維持強化していくという意識が弱まるのが実態であつ
た)。二、水防機能からみた場合、本件輪中堤のうち突出堤は、明治時代中期、前
記三河川分流工事に関連して立退きを余儀なくされた住民十数戸を環状堤外に収容
するために環状堤北部に築造されたもので、洪水から右住民を譲り、突出堤・環状
堤間の区域を静水域にし、土砂を堆積し、併せて環状堤を補強するといつた諸機能
を有し、他の輪中堤には見られない特色ある性格を持つていたこと。三、輪中堤と
しての一般的特質を見た場合、輪中堤は治水の基本策として発展し、わが国治水史
上独自の位置を占める。即ち、一五、六世紀以降、農業を中心とした社会的生産の
発展と共に、大河川下流域の開発がなされるに至つたが、木曽・長良・揖斐三河川
流域においては、中流域の扇状地と下流域の三角洲地帯が直ちに接合する河流状態
は河道を極めて流動的にし、流出土砂の堆積によつて網の目状の河流の各所に開発
可能な高所を造成するに至るという地理的条件に対応して、その高所のうち比較的
に安定した土地が耕地として開発されることとなつたが、右開発の過程における治
水策が輪中堤生成という形で現われたのであり、先に認定したとおり、本件輪中堤
は正にかかる輪中堤のうちの一つであつたこと、従つて、本件輪中堤は、江戸時代
末期以降の策堤技術の推移、新田開発による農業生産の発展、治水事業の進歩およ
び村落共同体の実態等を知るうえでまたとない資料を提供するものであつて、従つ
て、また高等学校の社会科地理の教科書において、村落形成の形態の一つとして
「輪中」即ち本件輪中堤が紹介されていることをそれぞれ認めることができる。
右認定事実によれば、本件輪中堤は歴史的・人文地理学的にすぐれて価値の高いも
のであるということができるから、右輪中堤は前記文化財的価値を有するものとい
うことができる。そして、かかる文化財的価値が本件収用にあたつて、どのように
補償せらるべきかは問題であるが、公共事業の施行に伴う公共補償基準(昭和四二
年二月二一日閣議決定)によれば、公共施設等の補償は、同等物を建設してすると
している。そしてその一四条によれば、公共機能が失われても公益を害しないよう
な場合には一般の補償基準によるとしていることから考えて、本件輪中堤は先に認
定したところより公共施設とみることができるが、国による新堤の建設のため収用
により公共施設としての機能を失い、かつ他に同等の施設が必要ともいえない本件
においては、等質物の建設費を以て補償することもない。結局輪中堤の経済的価値
を算定し、その限度で補償すべきこととなろうが、前記のとおり歴史的・人文地理
学的な価値は、いわば一般国民全体にとつての公共的価値であり、本件の如く本件
輪中堤を占用する個人の経済的利益が増加するものでもないと考えられるし、そも
そも、右にいう文化財的価値自体には経済的価値は算定することができないものと
考えるべきであろう。
ところで、前掲各鑑定の結果によれば、各鑑定人において、本件輪中堤の文化財的
価値の評価額が右堤防の再調達原価(再建設費)に対する一定比率をもつて算定
し、かつ、右一定比率につき、裁判例(鳥取地方裁判所昭和四四年(ワ)二一〇号
同四七年三月一七日判決)における神社大鳥居の再建費用に対する歴史的価値の比
率七対二を参考にして、それぞれ三対一、二対一と算出していることを認めること
ができるけれども、その算定根拠について、首肯するに足りる合理的説明を欠くも
のであつて、当裁判所の採らないところである。而して他に前記文化財的価値を補
償すべきであることを認めさせるに足りる適切な証拠はない。従つて右補償を求め
る原告の主張は理由がない。
六 以上各認定したところに基づき、本件土地の占用許可取消処分により原告の受
くべき損失補償額を算出すると、
本件土地の所有権相当額
堤防敷地 六、六四八、〇〇〇円(四、四三二坪×一、五〇〇円)
山 林 八一四、〇五〇円(六〇三坪×一、三五〇円)
原 野 五、一五二、九五〇円(三、八一七坪×一、三五〇円)
荒 地 三、二五五、五二五円(三、四四五坪×九四五円)
合 計 一五、八七〇、五二五円が相当である。
七 以上の次第で、本件占用許可取消処分による損失補償額は、右六において算定
したとおり一五、八七〇、五二五円であるから、本件裁決における損失補償額七、
六三二、六九九円は取消変更を免れず、原告の右損失補償額裁決の変更を求める請
求は右認定の限度において正当として認容し、原告の給付を求める請求について
は、右認定の損失補償額から既に支払を受けた七、六三二、六九九円を差し引いた
八、二三七、八二六円およびこれに対する本件補償時期昭和四二年一二月二八日の
翌日より完済に至るまで、年五分の割合による金員の支払を求める限度において正
当であるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負
担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行宣言は付さないこととして、
主文のとおり判決する。
(裁判官 山田義光 鏑木重明 樋口直)
(物件目録及び別表(一)~(三)省略)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛