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裁判例


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○ 主文
一 被告が平成元年六月八日付けでした、原告の同年五月二九日付け要求にかかる
勤務条件に関する措置の要求は取り上げないとの判定は、これを取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文と同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和五一年四月一日名古屋市教育委員会から名古屋市公立学校教員に
任命され、昭和六一年四月一日以降名古屋市立大高北小学校(以下「大高北小」と
いう。)に勤務するものである。
2 原告は、平成元年六月五日から同月一五日までの間国際交流教育のためのベト
ナム研修旅行を計画し、同年五月一一日、大高北小校長Aに対し、右旅行は教育公
務員特例法(以下「教特法」という。)二〇条にいう研修に該当するとして、同条
二項に基づき右旅行を研修として承認し、右旅行期間について原告に職務専念義務
の免除を与えることの申請をした。右A校長は、右申請に対し、研修としての承
認、職務専念義務の免除をせず、右旅行期間中の日について年次有給休暇扱いとし
た。
3 そこで、原告は被告に対し、地方公務員法(以下「地公法」という。)四六条
に基づき、平成元年五月二九日付けで、大高北小校長が、原告の国際交流教育のた
めのベトナム研修旅行参加(期間・同年六月五日から同月一五日まで)を研修とし
て承認し、職務に専念する義務の免除をすることを求める旨の措置要求を行った。
4 これに対し、被告は、平成元年六月八日、地公法四六条に規定する「勤務条
件」に関する措置の要求の対象となる勤務条件に関するものとは認められないとの
理由で、右措置の要求を取り上げない旨の判定(以下「本件判定」という。)をし
た。
5 本件判定は、以下に述べるとおり法律の解釈を誤った違法なものであるから、
取り消されるべきである。
(一) 措置要求の制度は、地公法が職員に対して労働組合法の適用を排除し、協
約締結権及び争議権等の労働基本権を制限したことに対応して、職員の勤務条件の
適正を確保するために、職員の勤務条件につき人事委員会又は公平委員会(以下
「人事委員会等」という。)の適法な判定を要求し得べきことを職員の権利ないし
法的利益として保障しようとするもの、すなわち、職員の労働基本権を制限する代
償として設けられたものである。
このような制度の趣旨に照らすと、地公法四六条にいう勤務条件とは、一般の労使
関係において団体交渉の対象とされ得る労働条件に関する事項一切を広く意味する
ものと解されなければならず、職員が地方公共団体に対し勤労を提供するについて
存する諸条件で職員が自己の勤務を提供し、またはその提供を継続するかどうかの
決心をするに当たり一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項を意味するも
のであり、職務専念義務の免除など職員の服務に関する事項もそれが同時に勤務条
件に関するものであれば措置要求の対象となるものである。
したがって、「勤務条件」を経済的地位の向上に関連した事項に限定することは根
拠がなく、また、仮にそのように限定的に解したとしても、経済的地位という概念
自体相対的なものであるから、本件の職務専念義務の免除も、後記のとおり、経済
的地位の向上に関連した側面を有するとみることができる。
(二) 職務専念義務の免除は学校の管理運営事項としての側面を有するものであ
るが、一方において休暇や勤務時間の問題と類似する面がある。基本的には管理運
営事項といわれるものの中にも多かれ少なかれ労働条件に影響を与えるものがあ
り、それらは労働条件に関わりをもつ以上、管理運営事項の側面があっても、その
労働条件性に基づいて、措置要求の対象である勤務条件に該当するというべきであ
る。
(三) 教特法二〇条二項は、校外での自主的研修を職務として保障した規定と解
すべきである。なぜなら、教員はその職責を全うするために絶えず研究と修養に努
めなければならないのであり、その研究は当該教員の担当する教育活動に直接関連
する教育研究をするものであって、当該教員の職務内容に当然含まれるものである
からである。したがって、校外自主研修が職務行為である以上、単に職務専念義務
が免除されるに留まらず、旅費条例に基づく出張扱いとして公費旅費支給の対象と
もなり得るのであり、少くともその意味で勤務条件性を具備する。
(四) 仮に、教特法二〇条二項を地公法上の職務専念義務免除に関する特別規定
と解しても、職務専念義務とは、「その勤務時間及び職務上の注意力のすべてを職
務遂行のために用いなければならない」(地公法三五条)義務をいうところ、これ
が免除される場合(在籍専従、厚生計画、公民権行使等)には、当該公務員は右義
務から解放され自己の判断の巾を持った時間使用が許されるのであるから、職務専
念義務は休暇の問題と同質性を持つ。
(五) 本件を現実的に見ても、研修承認ないし不承認は年次有給休暇の問題と裏
腹の関係にあって、本件研修不承認の結果、前記旅行期間中の日は年次有給休暇扱
いとなったもので、研修承認(職務専念義務免除)が一面において休暇、勤務時間
の問題であることは否定することができない。
(六) 勤務時間内の校外自主研修に対する校長の承認は、教特法が自主研修の機
会を特に保障した趣旨に鑑みれば、教員から研修承認申請がされた場合、授業に支
障がなく、また当該自主研修の内容が研修制度の目的を逸脱すると認められる場合
でない限り、これを承認すべきである。右承認に校長の裁量的判断に委ねられるべ
き部分があるとしても、それは右に述べた限りにおいて認められるべきである。
本件研修は、期間中学校行事はほとんどなく、授業への支障が小さいことは明らか
であり、その内容は、原告の勤務校が昭和六三年度から全教員一丸となって学校ぐ
るみでベトナムのホーチミン市等の公立小学校と国際交流教育を進めてきた(絵の
交換、駐日ベトナム大使の訪問等)一環としてベトナムの公立小学校を訪ね、勤務
校の児童の絵を渡し、さらに、教職員及び児童と語り合い、日本の教育とベトナム
の教育の交流を図ろうとするといったものであり、これが研修制度の目的を逸脱し
ないものであることは明らかである。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、原告が平成元年六月五日から同月一五日まで国際交流教育
のためのベトナム研修旅行をするものであったことは知らず、その余の事実は認め
る。ただし、同年五月一一日は校長が不在であったため、申請書は教頭に提出され
た。
3 同3の事実は認める。ただし、措置要求の内容は、大高北小校長ではなく、名
古屋市教育委員会の承認を求めるものであった。
4 同4の事実は認める。
5 同5は争う。
三 被告の主張
1 地公法四六条の趣旨についての原告の主張(請求原因5の(一)の第一段)は
そのとおりであるが、右制度の趣旨及び同条が「給与、勤務時間」を例示している
ことに鑑みれば、措置要求の対象となる事項は、勤務の提供またはその継続の可否
を決定するに当たって当然考慮の対象となるべき利害関係事項を広く指すものでは
なく、職員の経済的地位の向上に関連した事項に限られると解すべきである。
また、右のような制度の趣旨からすると、予算執行や人事管理等の管理運営事項は
措置要求の対象とはならないと解すべきである。何故ならば、これらの管理運営事
項は権限を有する地方公共団体の機関が専権的に決定すべき事項であって、もとも
と団体交渉によって処理すべき事項ではないからである(地公法五五条三項参
照)。もっとも、管理運営事項であっても、権限を有する機関が自らの判断で職員
団体の意見を聴取し、その結果を参酌して事務を処理することまでを否定すべきで
はなく、管理運営事項が労働条件と関連するものである場合には、むしろ、その方
が適当であることが少なくないと考えられるが、その場合でも、最終的判断は、権
限を有する機関自らが行うべきものであって、他の機関の指示や勧告等によって影
響を受けるべきではないから、いずれにせよ、管理運営事項は措置要求の対象には
含まれない。
2 これを本件措置要求について見ると、その内容自体原告の経済的地位の向上に
関連した事項とはいえないから、地公法四六条にいう「勤務条件」に関するものに
は当たらない。
また、管理運営事項との関係についてみるに、地公法三五条は、職員に対し職務に
専念する義務を課しているが、職務に専念する義務の特例に関する条例(昭和二六
年名古屋市条例第八号)二条によれば、職員は「厚生計画の実施に参加する場合」
等特定の場合において、予め任命権者またはその委任を受けた者の承認を得てその
職務に専念する義務を免除されることができる。そして、公務員は全体の奉仕者と
しての地位に基づく公法上の責務として職務専念義務を負うものであるため、右義
務を免除する場合は公務優先という基本原則に対する限定的、例外的な場合に限ら
れるべきであり、その具体的判断は任命権者等に委ねられている。本件についてみ
れば、学校長は職員がベトナム旅行をすることを理由に職務専念義務を免除するこ
との承認申請をしてきた場合、それに承認を与えるか否かを決するに当たっては申
請理由のみならず当該職員に職務専念義務を免除したことから直接、間接に生ずべ
き学校運営上の影響の有無、程度等を考慮して判断しなければならないものであ
る。したがって、学校長が職務専念義務を免除するか否かは学校の管理運営事項に
該当するというべきである。
3 よって、本件措置要求を地公法四六条に規定する勤務条件に関する措置の要求
に該当しないとして却下した本件判定は正当であって、その取消を求める本件請求
は理由がない。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 請求原因1の事実、同2の事実のうち、原告が平成元年五月一一日大高北小A
校長に対し、同年六月五日から同月一五日までの間に国際交流教育のためのベトナ
ム旅行を予定しているとして、教特法二〇条二項に基づき右旅行を研修として承認
し、右旅行期間中の日について原告に職務専念義務の免除を与えることの申請をし
たこと及び右A校長が右申請に対し研修としての承認ないし職務専念義務の免除を
せず、右旅行期間中の日について年次有給休暇扱いとしたこと並びに同3(ただ
し、措置要求において研修の承認等を求められたのが大高北小校長であったか、名
古屋市教育委員会であったかについては争いがある。)、4の各事実は、当事者間
に争いがない。
二 そこで、本件措置要求が地公法四六条の「勤務条件」に関するものであるかど
うかについて検討する。
1 地公法四六条の趣旨は、同法が職員に対して労働組合法の適用を排除し、協約
締結権及び争議権等の労働基本権を制限したことに対応して、職員の勤務条件の適
正を確保するために、職員の勤務条件につき人事委員会等の適法な判定を要求し得
べきことを職員の権利ないし法的利益として保障しようとするものである。すなわ
ち、職員の労働基本権を制限する代償として人事委員会等に対する措置要求の制度
が設けられたものである。
右制度の趣旨に照らせば、地公法四六条にいう勤務条件とは、職員が地方公共団体
に対し自己の勤務を提供し、またはその提供を継続するかどうかの決心をするに当
たり一般的に当然考慮の対象となるべき利害関係事項を意味するものであり、給
与、勤務時間、休暇等、職員がその労務を提供するに際しての諸条件のほか、宿
舎、福利厚生に関する事項等労務の提供に関連した待遇の一切を含むものというこ
とができる。
もっとも、勤務条件の意義をこのように広く解するとしても、地方公共団体がなす
べき責を有する職務の内容そのものを勤務条件と解するのは相当でなく、地方公共
団体の事務の管理及び運営のあり方そのものに対し無制約的に苦情を申し立て得る
と解すべきではない。
2 管理及び運営に関する事項との関連について更に考察するに、地公法五五条三
項は地方公共団体の当局と職員団体との交渉事項について「地方公共団体の事務の
管理及び運営に関する事項は、交渉の対象とすることができない。」と規定する
が、右規定の趣旨は、右の管理運営事項は法令に基づき権限を有する地方公共団体
の機関が自らの責任で処理すべきものであり、これを私的団体である職員団体と交
渉して決めるようなことは法治主義に基づく行政の本質に反すると考えられるとこ
ろから、職員の勤務条件に関連する事項であっても地方公共団体の事務の管理及び
運営に関する事項については団体交渉の対象とすることができないとしたものと解
される。これに対し、人事委員会は、給与、勤務時間その他の勤務条件、厚生福利
制度その他職員に関する制度について研究を行い、その成果を地方公共団体の議会
等に提出し(地公法八条一項二号)、職員に関する条例の制定等に関し地方公共団
体の議会等に意見を申し出(同三号)、人事行政の運営に関し任命権者に勧告する
(同四号)等の法律上の権限を有するものであり、人事委員会等は措置の要求があ
ったときはその判定の結果に基づいて当該事項に関し権限を有する地方公共団体の
機関に対し必要な勧告をするものとされている(同法四七条)のであるから、人事
委員会等が関与する地公法四六条の措置の要求においては、管理運営事項について
一切対象事項とすることができないと解する必然性はなく、管理運営事項に該当す
る場合であっても同時に前記意味における職員の勤務条件にも関連する事項につい
ては措置要求の対象とすることができると解すべきである。措置要求の制度は前記
のとおり労働基本権制約の代償として設けられたものであるが、そうであるからと
いって措置要求の対象事項を地公法上職員団体に認められた団体交渉事項に限定す
べきいわれはないのであり、かえって、地公法五五条三項が前途のとおり行政上の
公益目的から職員団体の交渉事項を制限したことに照らすと、その代償措置とし
て、管理運営事項に属する勤務条件に関する事項を措置要求の対象とすることこそ
右制度の趣旨に合致するものというべきである。
3 そこで、本件の場合について検討を進める。
前記のとおり、原告は、大高北小校長が原告のベトナム旅行を研修として承認せ
ず、その期間中の日について職務専念義務の免除を与えなかったことを不服として
地公法四六条に基づき措置の要求をしたものである。地方公共団体の職員は、法律
または条例に特別の定めがある場合を除き、その勤務時間及び職務上の注意力のす
べてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責めを有する職務
にのみ従事すべき義務、すなわち職務専念義務を負うものであり(地公法三五
条)、右の除外例である法律に特別の定めがある場合の一つとして教特法二〇条二
項に基づく研修の承認を受けた場合があり、右承認によって職務専念義務の免除が
されるものと解される。
職務専念義務の免除がされた場合、職員は、勤務時間中であっても、その勤務時間
及び注意力のすべてを職責遂行のために用いて職務に従事すべき義務から解放さ
れ、職務上の上司の直接の監督から離れ、右免除がされた目的の範囲内において一
定の裁量の巾をもって時間使用をすることが許されることとなる。
ところで、職務専念義務の免除は、勤務時間中の服務に関する事項であり、これを
承認するか否かの判断は必然的に公務の管理、運営と関連する。本件においては、
大高北小の校務運営上の影響の有無、程度等を考慮して右判断がされなければなら
ないものであり、原告に対し職務専念義務の免除の承認をするか否かは学校の管理
運営事項であるといわなければならない。しかしながら、他面において職務専念義
務の免除がされた場合当該職員は服務の根本的な義務を免れるのであり、形式的に
は勤務時間中といっても、勤務時間及び注意力のすべてを職責遂行のために用いる
べき義務から解放され、免除の趣旨に従い自己の裁量をもって時間使用することが
許されることになるから、多くの場合実質的に休暇又は勤務を要しない日の指定が
された場合と大差ないことになる。したがって、職務専念義務の免除の問題が管理
運営事項であるからといって、そのことから直ちにそれが勤務条件と関連しないと
はいえないのであって、むしろ職務専念義務免除の問題は、原則的に勤務条件と関
連するものというべきである。
もっとも、本件における職務専念義務の免除は、勤務時間中にいわゆる校外研修を
行うことを承認するものにほかならないから、厚生計画参加の場合などとは異り、
直ちに休暇等と同視することはできない。しかしながら、教育公務員は、勤務時間
の内外を問わず、絶えず研究と修養に努めることが義務づけられているのであり
(教特法一九条一項)、真に必要とされる研修が同法二〇条二項の研修として承認
されないときは、これに参加するために休暇、休日を実質的に返上せざるを得ない
ことになる。したがって、右研仕承認の問題は、右の側面からみても勤務条件と関
連を有するのであり、以上を総合すると、本件において原告が求めた研修の承認と
それに伴う職務専念義務の免除の問題は学校の管理及び運営に関する事項であると
同時に地公法四六条の勤務条件に関する事項でもあり、したがって、同条の措置要
求の対象になるものというべきである。
4 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、本件措置要求につ
き、地公法四六条に規定する勤務条件に関する措置の要求に該当しないとの理由で
これを取り上げないとした本件判定は違法であるから、取消を免れない。
三 よって、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用
の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判
決する。
(裁判官 清水信之 遠山和光 根本 渉)

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