弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原判決のうち平成11年分の所得税に係る過少申告
加算税賦課決定の取消請求に関する部分を破棄す
る。
2前項の部分につき,被上告人の控訴を棄却する。
3上告人のその余の上告を棄却する。
4訴訟の総費用は,これを50分し,その1を被上告
人の負担とし,その余を上告人の負担とする。
理由
上告代理人鳥飼重和ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除
く。)について
1本件は,上告人が代表取締役等として勤務していた会社の親会社である米国
法人から付与されたストックオプションを行使して得た権利行使益について,これ
が所得税法28条1項所定の給与所得に当たるとして被上告人が上告人に対してし
た平成8年分ないし同11年分の所得税に係る各課税処分が争われている事案であ
る。
2原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人は,A株式会社の代表取締役等として勤務していた者であるが,同
社在勤中に,同社の発行済み株式の全部を有している米国法人であるB社からその
ストックオプション制度に基づきストックオプションを付与された。上告人は,こ
れを行使して,平成8年に2億7982万2821円の,同9年に2億5909万
1578円の,同10年に5億6814万1788円の,同11年に5億2971
万5400円の各権利行使益を得た。
(2)上告人の平成8年分ないし同11年分の所得税に係る各課税処分等の経緯
は,次のとおりである。
ア平成8年分ないし同10年分の所得税
上告人は,平成9年3月17日に平成8年分の所得税について,同10年3月1
6日に同9年分の所得税について,同11年3月15日に同10年分の所得税につ
いて,上記各権利行使益が一時所得に当たるとしてそれぞれ確定申告をした。これ
に対し,被上告人は,同12年3月10日,上記各権利行使益が給与所得に当たる
として上記各年分の所得税について増額更正をした。
イ平成11年分の所得税
上告人は,平成12年3月15日,平成11年分の所得税について,上記権利行
使益(以下「本件権利行使益」という。)が一時所得に当たるとして確定申告をし
た。これに対し,被上告人は,同13年3月12日,本件権利行使益が給与所得に
当たるとして増額更正及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件賦課決定」とい
う。)をした。
(3)我が国においては,平成7年法律第128号による特定新規事業実施円滑
化臨時措置法の改正により特定の株式未公開会社においてストックオプション制度
を導入することが可能となり,その後,平成9年法律第56号及び平成13年法律
第128号による商法の改正によりすべての株式会社においてストックオプション
制度を利用するための法整備が行われ,これらの法律の改正を受けて,ストックオ
プションに係る課税上の取扱いに関しても,租税特別措置法や所得税法施行令の改
正が行われたが,外国法人から付与されたストックオプションに係る課税上の取扱
いに関しては,現在に至るまで法令上特別の定めは置かれていない。
(4)東京国税局直税部長が監修し,同局所得税課長が編者となり,財団法人大
蔵財務協会が発行した「回答事例による所得税質疑応答集」昭和60年版において
は,外国法人である親会社から日本法人である子会社の従業員等に付与されたスト
ックオプションの権利行使益については,ストックオプションが給与等に代えて付
与されたと認められるとき以外は一時所得として課税されることになるという趣旨
の記述がされ,平成6年版までの「回答事例による所得税質疑応答集」においても
同旨の記述がされていた。課税実務においても,平成9年分の所得税の確定申告が
される時期ころまでは,上記権利行使益を一時所得として申告することが容認され
ていた。
しかしながら,我が国においてストックオプションに関する法整備が行われるに
伴い,課税庁において,ストックオプションの権利行使益は一時所得ではなく給与
所得であるとの共通認識が形成され,平成10年分の所得税の確定申告の時期以降
は,上記権利行使益を給与所得とする統一的な取扱いがされるに至った。平成10
年7月に発行された「回答事例による所得税質疑応答集」平成10年版において
も,外国法人である親会社から付与されたストックオプションの権利行使益は給与
所得として課税されることになる旨の記述がされた。しかし,そのころに至って
も,外国法人である親会社から付与されたストックオプションの権利行使益の課税
上の取扱いが所得税基本通達その他の通達において明記されることはなく,これが
明記されたのは,平成14年6月24日付け課個2−5ほかによる所得税基本通達
23∼35共−6の改正によってであった。
3原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,本件賦課決
定の取消請求を棄却すべきものとした。
上告人が平成11年分の所得税の確定申告において本件権利行使益を一時所得と
して申告したことにより,これが給与所得に当たるものとしては税額の計算の基礎
とされていなかったことについて,国税通則法65条4項にいう「正当な理由」が
あると認めることはできない。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
過少申告加算税は,過少申告による納税義務違反の事実があれば,原則としてそ
の違反者に対して課されるものであり,これによって,当初から適正に申告し納税
した納税者との間の客観的不公平の実質的な是正を図るとともに,過少申告による
納税義務違反の発生を防止し,適正な申告納税の実現を図り,もって納税の実を挙
げようとする行政上の措置である。この趣旨に照らせば,過少申告があっても例外
的に過少申告加算税が課されない場合として国税通則法65条4項が定めた「正当
な理由があると認められる」場合とは,真に納税者の責めに帰することのできない
客観的な事情があり,上記のような過少申告加算税の趣旨に照らしてもなお納税者
に過少申告加算税を賦課することが不当又は酷になる場合をいうものと解するのが
相当である(最高裁平成17年(行ヒ)第9号同18年4月20日第一小法廷判決
・民集60巻4号1611頁,最高裁平成16年(行ヒ)第86号,第87号同1
8年4月25日第三小法廷判決・民集60巻4号1728頁参照)。
前記事実関係等によれば,外国法人である親会社から日本法人である子会社の従
業員等に付与されたストックオプションに係る課税上の取扱いに関しては,現在に
至るまで法令上特別の定めは置かれていないところ,課税庁においては,上記スト
ックオプションの権利行使益の所得税法上の所得区分に関して,かつてはこれを一
時所得として取り扱い,課税庁の職員が監修等をした公刊物でもその旨の見解が述
べられていたが,平成10年分の所得税の確定申告の時期以降,その取扱いを変更
し,給与所得として統一的に取り扱うようになったものである。この所得区分に関
する所得税法の解釈問題については,一時所得とする見解にも相応の論拠があり,
最高裁平成16年(行ヒ)第141号同17年1月25日第三小法廷判決・民集5
9巻1号64頁によってこれを給与所得とする当審の判断が示されるまでは,下級
審の裁判例においてその判断が分かれていたのである。このような問題について,
課税庁が従来の取扱いを変更しようとする場合には,法令の改正によることが望ま
しく,仮に法令の改正によらないとしても,通達を発するなどして変更後の取扱い
を納税者に周知させ,これが定着するよう必要な措置を講ずべきものである。とこ
ろが,前記事実関係等によれば,課税庁は,上記のとおり課税上の取扱いを変更し
たにもかかわらず,その変更をした時点では通達によりこれを明示することなく,
平成14年6月の所得税基本通達の改正によって初めて変更後の取扱いを通達に明
記したというのである。そうであるとすれば,少なくともそれまでの間は,納税者
において,外国法人である親会社から日本法人である子会社の従業員等に付与され
たストックオプションの権利行使益が一時所得に当たるものと解し,その見解に従
って上記権利行使益を一時所得として申告したとしても,それには無理からぬ面が
あり,それをもって納税者の主観的な事情に基づく単なる法律解釈の誤りにすぎな
いものということはできない。
以上のような事情の下においては,上告人が平成11年分の所得税の確定申告を
する前に同8年分ないし同10年分の所得税についてストックオプションの権利行
使益が給与所得に当たるとして増額更正を受けていたことを考慮しても,上記確定
申告において,上告人が本件権利行使益を一時所得として申告し,本件権利行使益
が給与所得に当たるものとしては税額の計算の基礎とされていなかったことについ
て,真に上告人の責めに帰することのできない客観的な事情があり,過少申告加算
税の趣旨に照らしてもなお上告人に過少申告加算税を賦課することは不当又は酷に
なるというのが相当であるから,国税通則法65条4項にいう「正当な理由」があ
るものというべきである。
5そうすると,本件賦課決定は違法であることになるから,これが適法である
とした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論
旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決のうち本件賦課決定の取消請求
に関する部分は破棄を免れない。そして,同取消請求を認容した第1審判決は結論
において正当であるから,同部分につき被上告人の控訴を棄却すべきである。
なお,その余の請求に関する上告については,上告受理申立て理由が上告受理の
決定において排除されたので,棄却することとする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官藤田宙靖裁判官上田豊三裁判官堀籠幸男裁判官
那須弘平)

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