弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人高橋勝夫の上告趣意第一点について。
所論は、河川附近地制限令四条二号、一〇条は、次の理由により、憲法二九条三項
に違反する違憲無効の規定であるという。すなわち、同令四条二号の制限は、特定の
人に対し、特別に財産上の犠牲を強いるものであり、したがつて、この制限に対して
は正当な補償をすべきであるのにかかわらず、その損失を補償すべき何らの規定もな
く、かえつて、同令一〇条によつて、右制限の違反者に対する罰則のみを定めている
のは、憲法二九条三項に違反して無効であり、これを違憲でないとした原判決は、憲
法の解釈を誤つたものであるというのである。
よつて按ずるに、河川附近地制限令四条二号の定める制限は、河川管理上支障のあ
る事態の発生を事前に防止するため、単に所定の行為をしようとする場合には知事の
許可を受けることが必要である旨を定めているにすぎず、この種の制限は、公共の福
祉のためにする一般的な制限であり、原則的には、何人もこれを受忍すべきものであ
る。このように、同令四条二号の定め自体としては、特定の人に対し、特別に財産上
の犠牲を強いるものとはいえないから、右の程度の制限を課するには損失補償を要件
とするものではなく、したがつて、補償に関する規定のない同令四条二号の規定が所
論のように憲法二九条三項に違反し無効であるとはいえない。これと同趣旨に出た原
判決の判断説示は、叙上の見地からいつて、憲法の解釈を誤つたものとはいい得ず、
同令四条二号、一〇条の各規定の違憲無効を主張する論旨は、採用しがたい。
もつとも、本件記録に現われたところによれば、被告人は、名取川の堤外民有地の
各所有者に対し賃借料を支払い、労務者を雇い入れ、従来から同所の砂利を採取して
きたところ、昭和三四年一二月一一日宮城県告示第六四三号により、右地域が河川附
近地に指定されたため、河川附近地制限令により、知事の許可を受けることなくして
は砂利を採取することができなくなり、従来、賃借料を支払い、労務者を雇い入れ、
相当の資本を投入して営んできた事業が営み得なくなるために相当の損失を被る筋合
であるというのである。そうだとすれば、その財産上の犠牲は、公共のために必要な
制限によるものとはいえ、単に一般的に当然に受忍すべきものとされる制限の範囲を
こえ、特別の犠牲を課したものとみる余地が全くないわけではなく、憲法二九条三項
の趣旨に照らし、さらに河川附近地制限令一条ないし三条および五条による規制につ
いて同令七条の定めるところにより損失補償をすべきものとしていることとの均衡か
らいつて、本件被告人の被つた現実の損失については、その補償を請求することがで
きるものと解する余地がある。したがつて、仮りに被告人に損失があつたとしても補
償することを要しないとした原判決の説示は妥当とはいえない。しかし、同令四条二
号による制限について同条に損失補償に関する規定がないからといつて、同条があら
ゆる場合について一切の損失補償を全く否定する趣旨とまでは解されず、本件被告人
も、その損失を具体的に主張立証して、別途、直接憲法二九条三項を根拠にして、補
償請求をする余地が全くないわけではないから、単に一般的な場合について、当然に
受忍すべきものとされる制限を定めた同令四条二号およびこの制限違反について罰則
を定めた同令一〇条の各規定を直ちに違憲無効の規定と解すべきではない。
したがつて、右各規定の違憲無効を口実にして、同令四条二号の制限を無視し、所
定の許可を受けることなく砂利を採取した被告人に、同令一〇条の定める刑責を肯定
した原判決の結論は、正当としてこれを支持することができる。
同第二点について。
、、所論は昭和三四年一二月一一日宮城県告示第六四三号による宮城県知事の告示は
憲法二九条三項に違反する違憲無効の告示であるという。
しかし、所論中、河川附近地の指定はその理由と必要性とを示し、かつ、最少限度
の土地に限られるべきものであつて、右告示は、知事の自由裁量の範囲を逸脱してい
るものであることを主張する点は、右指定が「河川の公利を増進し、又は公害を除去
若は軽減する必要のため」に行なわれるものであるという指定そのものの性質にかん
がみ、どういう範囲にその指定を行なうべきかは、知事の裁量の範囲に属するものと
解すべきであつて、本件指定が右裁量の範囲を著しく逸脱したものとまでは断定する
ことができず、論旨は理由がない。また、所論中、本件告示により砂利等の採取行為
を禁ぜられた被告人に多額の損失が生じたことを理由として、右告示の憲法二九条三
項違反をいう点は、本件上告趣意第一点について説示した理由と同じ理由により、採
用することができない。
同第三点について。
所論は、河川附近地制限令四条二号、一〇条は、憲法七三条六号、九八条一項に違
反する違憲無効の規定であるという。
しかし、河川附近地制限令四条の規定は、同令の制定当時施行されていた昭和三三
年法律第一七三号による改正前の河川法五八条にいう「此ノ法律ニ規定シタル私人ノ
義務」に関する制限を定めたものとみるべきであるが、右改正により、新たに同法四
七条の規定を設け、このような制限の根拠を一層明確にするに至つたもので、その後
、、。は河川附近地制限令四条の定めは右四七条に基づく有効な定めとみるべきである
また、同令一〇条の定める罰則は、所論のように明治二三年法律第八四号「命令ノ条
項違犯ニ関スル罰則ノ件」に基づくものではなく、前記改正前の河川法五八条の委任
に基づき適法に定められたものとみるべきであるが、右改正にあたり、この点につい
、、、てもその根拠規定の疑義を避けるため改正法五八条の五を加えるに至つたもので
、、。その後は同令一〇条の定めは右五八条の五に基づく有効な定めとみるべきである
右と異なる論旨は、排斥を免れず、違憲の論旨は、その前提において採ることができ
ない。
以上、論旨は、すべて理由がなく、いずれも採用することができない。
、、、。よつて刑訴法四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する
昭和四三年一一月二七日
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官横田正俊
裁判官入江俊郎
裁判官長部謹吾
裁判官城戸芳彦
裁判官石田和外
裁判官田中二郎
裁判官松田二郎
裁判官岩田誠
裁判官下村三郎
裁判官色川幸太郎
裁判官大隅健一郎
裁判官奥野健一は、退官のため署名押印することができない。
裁判長裁判官横田正俊

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