弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1本件訴えを却下する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
東京都公安委員会は,原告に対し,平成16年6月27日付け踏切不
停止を理由とする違反点数2点,同年12月2日付け放置駐車違反を理
由とする違反点数2点及び同17年9月15日付け指定場所不停止を理
由とする違反点数2点の累積点数6点を理由とする30日間の運転免許
停止処分をしてはならない。
第2事案の概要
本件は,原告が,東京都公安委員会から道路交通法(以下「道交法」
という)に基づき,平成16年6月27日付けで踏切不停止を理由と。
して道路交通法施行令(以下「道交法施行令」という)所定の違反点。
数2点を,同年12月2日付けで放置駐車違反を理由として違反点数2
点を,さらに,同17年9月15日付けで指定場所不停止を理由として
違反点数2点をそれぞれ付加された結果,累積点数が6点になり30日
間の運転免許停止処分をされる状況になったものの,その後2年以上経
過しても同処分がされず,他方,原告もその後道交法違反行為を何らし
ていないにもかかわらず,近い将来同処分をされることになると重大な
損害を被るおそれがあるなどとして,同処分の差止めを求める事案であ
る。
1前提事実
本件の前提となる事実は,以下のとおりである。証拠及び弁論の全趣
,,旨により認めることのできる事実は括弧内に認定根拠を付記しており
その余は,当事者間に争いのない事実である。
()原告は,東京都新宿区(以下「新宿区」という)において行政1。
書士事務所を営む者であり,東京都公安委員会の運転免許(以下「免
許」という)を受けている者である(弁論の全趣旨)。。
()東京都公安委員会は,原告に対し,平成16年6月27日付けで2
踏切不停止を理由として違反点数2点を付加した(甲1)。
()原告は,東京地方検察庁から,平成16年8月17日,上記()に32
関する道交法違反の容疑について不起訴処分に付された(甲7)。
()東京都公安委員会は,原告に対し,平成16年12月2日付けで4
放置駐車違反を理由として違反点数2点を付加した(甲1)。
()原告は,東京地方検察庁から,平成17年6月30日,上記()に54
関する道交法違反の容疑について不起訴処分に付された(甲6)。
()東京都公安委員会は,原告に対し,平成17年9月15日付けで6
指定場所不停止を理由として違反点数2点を付加した(甲1)。
()原告は,平成19年11月15日,東京地方裁判所に対し,前記7
(),()及び()の各道交法違反による累積点数6点を理由とする3246
0日間の免許停止処分(以下「本件免停処分」という)の差止めを。
求める訴えを提起した(当裁判所に顕著な事実)。
2争点
()本案前の争点11
本件免停処分がされることにより,原告に「重大な損害を生ずるお
それ(行政事件訴訟法37条の4第1項本文)があるか。」
()本案前の争点22
本件免停処分がされることにより原告に生ずる損害につき「その,
損害を避けるため他に適当な方法があるとき(行政事件訴訟法37」
条の4第1項ただし書)ではないということができるか(以下,この
要件を「補充性の要件」という。。)
3争点に関する当事者の主張
()本案前の争点1(重大な損害を生ずるおそれの有無)1
(原告の主張)
ア原告は,行政書士事務所を1人で経営している者であり,本件免
停処分がされると,30日間,自動車やバイクなどを運転すること
ができなくなり,移動手段を奪われるため,緊急出動や夜間早朝の
現地出張をモットーとしている行政書士としての業務にとって,死
刑判決の宣告に等しいほどの支障が生じる。
しかも,原告は,平成16年6月27日付けで踏切不停止を理由
として違反点数2点を,同年12月2日付けで放置駐車違反を理由
として違反点数2点を,さらに,同17年9月15日付けで指定場
所不停止を理由として違反点数2点をそれぞれ付加されたものであ
るが,このうち,前2者については,刑事手続において不起訴処分
とされたものである。前2者に関して,仮に,原告が受けた警察の
取締りが適正であり,原告が処罰に値するものであるならば,検察
官は不起訴処分にはしなかったはずであり,また,原告を不起訴処
分にすることが不当であるにもかかわらず,不起訴処分にしたとい
うことであれば,警察は,不起訴処分が不当であると申し立てるは
,,,ずであるところ実際にはいずれの道交法違反の事実についても
原告は検察官により不起訴処分にされ,警察も不起訴不当であると
申し立てることはなかったのであるから,前2者の道交法違反の事
実については処罰に値しないという評価が下されたというべきであ
る。そうすると,それにもかかわらず,東京都公安委員会が前2者
の道交法違反の事実をも対象に含めて本件免停処分をすることは,
筋が通らないものであり,原告の被る精神的な屈辱は甚大である。
イ以上のとおりであり,原告には,本件免停処分がされることによ
り,重大な損害が生ずるおそれがあるというべきである。
(被告の主張)
ア「損害の回復の困難性」について
「重大な損害」を生ずるか否かを判断するに当たっては,まず,
「損害の回復の困難の程度」を考慮することとされている(行政事
件訴訟法37条の4第2項。)
すなわち,行政事件訴訟法37条の4第1項にいう損害とは,処
分を受けることによって被る損害が金銭賠償不能あるいは現状回復
不能のもの,若しくは著しい損害でなくとも,社会通念上それを被
ったときはその回復は容易でないと認められる程度のものであれば
足りると解されている(最高裁平成14年(行フ)第6号同年4月
26日第二小法廷決定・訟務月報49巻12号3080頁,最高裁
同16年(行フ)第3号同年5月31日第一小法廷決定・訟務月報
51巻3号742頁。これを本件についてみるに,本件免停処分)
により原告が被る損害は,自動車の運転をすることができなくなる
ことにより発生する経済的損害以外には想定できないから,金銭賠
償による回復をもって満足することが可能なものであることが明ら
かである。
また,仮に,金銭賠償による回復が可能な場合でも,その救済が
受けられるまでの間に生活が極度に困窮するなど特別な事情が発生
した場合には「回復の困難な損害」ということができないではな,
いが,本件免停処分により,原告にそのような特別な事情が発生す
るということも到底想定することができない。
したがって,本件免停処分により原告が被る損害が「回復の困難
な損害」に該当することはあり得ないから,本件における「損害の
回復の困難性」を勘案しても,本件免停処分により「重大な損害」
を生ずるおそれがないことは明らかである。
イ「損害の性質」について
原告が,本件免停処分を受けて一定期間自動車の運転ができなく
なることによって被る不利益は,タクシー等の代替交通機関を利用
する費用や,自動車を運転しなければならない業務に就労すること
ができないといった運転免許の効力停止等の行政処分に通常伴う性
質の不利益の域を出ないものであるから「損害の性質」という観,
点からみても「重大な損害」を生ずるおそれはないというべきで,
ある。
また,本件免停処分は,原告の運転免許の効力を30日間停止す
るというものであるから,本件免停処分を受けることにより,原告
の社会的信用や名誉が失われることもあり得ない。
したがって,本件における「損害の性質」を勘案しても,本件免
停処分により「重大な損害」を生ずるおそれがないことは明らかで
ある。
ウ「損害の程度」について
前記イのとおり,本件免停処分により原告が被る損害は,30日
間自動車を運転することができないことにより発生するものにほか
ならないのであるから,その損害の程度は,極めて軽微なものであ
ることが自明である。
したがって,本件における「損害の程度」を勘案しても,本件免
停処分により「重大な損害」を生ずるおそれがないことは明らかで
ある。
エ「処分の内容及び性質」について
(ア)免許の効力停止等の行政処分手続が達成しようとしている行
政目的について考えると,同手続は,道路交通上危険のある運転
者を一定期間道路交通の場から排除して,将来における道路交通
上の危険を防止し,道路交通の安全と円滑を図ることを目的とし
ているものであり,行政庁が負う責務の本質的な一作用として高
度な公益性を有するものである。
そして,免許の効力停止等の行政処分手続がこのような行政目
的を念頭において設けられた制度である以上,道交法は,免許の
効力停止等の行政処分により,被処分者の移動の自由や活動があ
る程度制限され,それに伴って経済的あるいは精神的苦痛等の不
利益が生ずることも当然に予定しているというべきであるから,
免許の効力停止等の行政処分がこのような性質を包含しているこ
とは明らかである。
(イ)これを本件についてみるに,3件の道交法違反行為を繰り返
し,免許の効力が30日間停止されることとなった原告は,道路
交通上危険な運転者にほかならず,このような運転者を一定期間
道路交通の場から排除するために本件免停処分を行うことは,正
しく,免許の効力停止等の行政処分手続の目的とするところであ
る。
そして,本件免停処分により原告が被る不利益と,原告が道路
交通の場から排除されないことにより一般国民が被る道路交通上
の安全と円滑が脅かされるという不利益とを比較考量すれば,本
件免停処分が原告の不利益を発生させてでも行われるべきもので
あることは明らかである。
したがって,本件免停処分の内容及び性質を勘案しても,本件
免停処分により「重大な損害」を生ずるおそれがないことは明ら
かである。
,「」,オ以上のとおり本件免停処分における損害の回復の困難の程度
「損害の性質及び程度」並びに「処分の内容及び性質」のすべてを
考慮し,勘案しても,原告に行政事件訴訟法37条の4第1項にい
う「重大な損害」を生ずるおそれがないことは明らかであるから,
本件免停処分により重大な損害が発生するとする原告の主張は,失
当である。
()本案前の争点2(補充性の要件の存否)2
(原告の主張)
行政不服申立手続では,回答まで3年以上かかるため,実効性がな
く,原告の苦情及び請願に対して何ら問題なしと回答する東京都公安
委員会は,正常な審議機関ではないから,本件については,重大な損
害を避けるために他に適当な方法がないという補充性の要件を満たし
ているというべきである。
(被告の主張)
差止めの訴えが適法となるには「その損害を避けるため他に適当,
な方法があるとき」ではないことが必要であるとされており(行政事
件訴訟法37条の4第1項ただし書,他の方法により実効的な救済)
が得られるときに,例外的な事前救済の方法である差止めの訴えを許
容する必要はないことから,この補充性の要件が設けられていると解
されている。そして,前記争点1の(被告の主張)のとおり本件免停
処分により発生し得る損害は,本件免停処分の取消訴訟を提起して同
処分の効力停止を申し立て,同効力停止決定がされることにより,容
易に救済を得られるから,本件においては「その損害を避けるため,
他に適当な方法があるとき」に当たることが明らかである。
第3争点に対する判断
1本案前の争点1(重大な損害を生ずるおそれの有無)について
()本件訴えは,原告が,東京都公安委員会が原告に対して道交法違1
反行為を理由としてした道交法施行令の定める違反点数の付加行為3
件により累積点数が6点になったことから,本件免停処分を受ける蓋
然性があるとして,その差止めを求めるものである。
行政事件訴訟法37条の4第1項本文は「一定の処分ところで,,
又は裁決がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合」
を差止めの訴えの積極的要件とし,同条2項において「裁判所は,,
前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断するに当たっては,
損害の回復の困難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並
びに処分又は裁決の内容及び性質をも勘案するものとする」と規定。
差止めの訴えについては,差止めを求める当している。そうすると,
該処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれがある場合であ
「重大な損害が生ずるおそれることが訴訟要件の1つとなっており,
がある場合」とは,当該処分の執行を受けることによって,原状回復
若しくは金銭賠償によるてん補が不能であるか,又は社会通念上,そ
のような原状回復,金銭賠償等で損害を回復させるのが容易でなく,
若しくは相当でないとみられる程度に達しているというような損害を
原告が被るおそれがある場合をいうと解するのが相当であり,その判
断は,原告が処分の執行によって被る損害が,その性質,内容,程度
等に照らし,行政目的を達成する必要性との関連において,やむを得
ないものと評価することができず,行政目的の実現を一時的に犠牲に
してもなお原告を救済しなければならない必要性があるか否かという
観点からすべきものであると解される。
()本件免停処分は,具体的には,30日間の免許停止を内容とする2
ものであるところ,重大な損害が生ずるおそれにつき,原告は,行政
書士事務所を1人で経営している者であり,自動車及びバイクの運転
が業務に必要不可欠であるところ,簡易迅速な移動手段を奪われるこ
とに直結する本件免停処分を受けることは死活問題であり,重大な損
害が生ずるのは明らかであり,また,3件の道交法違反行為のうち2
件は検察官により不起訴処分を受けたものであるから,その2件につ
いて処罰に値しないという評価が下されたものということができるに
もかかわらず,原告が本件免停処分を受けるということは,筋が通ら
ないものであり,原告の被る精神的な屈辱は甚大であり,これも「重
大な損害」ということができる旨主張する。
()そこで検討するに,確かに,原告の主張するとおりの業務形態を3
採り,自ら運転する自動車又はバイクを業務の際の移動手段として活
用しているのであるならば,本件免停処分を受けることにより,業務
の遂行上必要な移動手段を奪われることになり,移動の自由や活動が
ある程度制限され,ある程度の経済的損害が生じ,またこれに伴い精
神的苦痛を被ることがあることを容易に推認することができる。しか
しながら,前記前提事実のとおり,原告には,本件免停処分の対象と
なる過去の運転経歴として3件の道交法違反の事実があり,累積点数
が6点になっているところ,道交法がそのような者について,所定の
手続を経て本件免停処分をすることを定めていること,及び,免許の
効力停止等の行政処分手続が達成しようとしている行政目的は,道路
交通上危険のある運転者を一定期間道路交通の場から排除して,将来
における道路交通上の危険を防止し,道路交通の安全と円滑を図るこ
,,とであることを考慮すると原告が本件免停処分を受けることにより
移動の自由や活動がある程度制限され,それに伴って,経済的あるい
は精神的苦痛等の不利益が生ずることは当然に予定されているという
べきであり,そのような損害を被ることは,道路交通上一定の危険性
のある運転者を一定期間道路交通の場から排除して,将来における道
路交通上の危険を防止し,道路交通上の安全と円滑を図るという行政
目的の実現のため,社会通念上やむを得ないことといい得るものであ
る。原告は,本件免停処分を受けることは,不起訴処分とされた2件
の道交法違反の事実を対象に含む点において承服することができず,
精神的苦痛が甚大である旨主張するが,刑事手続と行政手続が別個の
手続である以上,たとえ行政処分の対象となる道交法違反の行為に,
刑事手続において不起訴処分とされた行為が含まれているとしても,
前記判断が左右されるものではない。この点に関し,不起訴処分とさ
れた当該道交法違反行為の事実関係を争いたいというのであれば,原
告としては,東京都公安委員会により本件免停処分がされたときに,
本件免停処分の取消訴訟を提起して,不起訴処分とされた2件の道交
法違反の事実についての点数付加行為の適法性を争うことができるの
であって,また,それで足りるというべきである。
自ら運転する自動車又はバイクを業務の際の移動手段そうすると,
おそれ等があることをもって,原として活用することができなくなる
告が,本件免停処分を受けることを是認することができない程度の重
大な損害を被るおそれがあるということはできないというべきであ
る。
そして,その他原告の主張するところ及び本件全証拠を検討してみ
ても,本件において,原告が,本件免停処分を受けることを是認する
ことができない程度の重大な損害を被るおそれがあると認めることは
できない。
(4)以上によれば,原告が本件免停処分に基づき自動車及びバイクを
運転することができなくなることにより被る損害は,社会通念上,金
銭賠償による回復をもっててん補するにとどめることもやむを得ない
程度のものというべきである。
そうすると,本件免停処分の差止めの訴えについては,損害の回復
の困難の程度,損害の性質及び程度,処分の内容及び性質等を総合勘
案しても「重大な損害を生ずるおそれがある場合」に該当すると認,
めることはできない。
2結論
よって,本件訴えは,その余の争点について判断するまでもなく,不
適法であるから,これを却下することとし,訴訟費用の負担について行
政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第38部
杉原則彦裁判長裁判官
小田靖子裁判官
島村典男裁判官

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