弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各上告を棄却する。
         理    由
 被告人五名連名の上告趣意について。
 論旨中、憲法三〇条違反をいう点は、原判示に副わない主張(原判決は、法人た
る本件A企業組合が本来納むべき法人税を、その構成員たる組合員個人に納付義務
があるとは、少しも判示していない。)を前提とするものであり、同法一〇条、一
三条違反をいう点は、記録に徴しても、検察官が法律を無視し法人を破壊し仮空の
法人税脱税容疑を捏造したとの所論事実を認めることができないし、同法三六条、
三八条違反をいう点は、記録を精査しても、検察官が本件組合員に無実の罪をきせ、
それを免れるための虚偽の自白を強制し、更らに右虚偽自白を得るために逮捕勾留
したとの所論事実および所論検察官供述調書が所論の事由で任意性を欠く事実は、
少しもこれを認めることができず、同法一六条、二八条違反をいう点は、原判決は、
本件組合員の所論団体交渉による請願、陳情が違法であるとしこれを理由として被
告人等を処罰しているのではないのであるから、所論違憲の主張は、いずれもその
前提を欠き、その余の論旨は、違憲をいう点もあるが、その実質は、証拠の取捨選
択およびその価値判断の非難、これを前提とする事実誤認、単なる法令違反の主張
を出でないものであつて、論旨はすべて上告適法の理由とならない。
 被告人五名の弁護人辻丸勇次、同諫山博の上告趣意第一点は、事実誤認、単なる
法令違反の主張であつて、刑訴四〇五条の上告理由に当らない。
 同上告趣意第二点について。
 原判決は、「所得税法二条所定の課税対象となつている個人の所得とは、当該個
人に帰属する所得を指称するものであることは勿論であるが、その所得の外見上又
は法律形式上の帰属者が単なる名義人に過ぎずして、他にその終局的実質的享受者
が存在する場合、そのいずれを所得の帰属者として課税すべきであるかについて問
題を生ずる。思うに、国家経費の財源である租税は専ら担税能力に即応して負担さ
せることが、税法の根本理念である負担公平の原理に合し且つは社会正義の要請に
適うものであると共に、租税徴収を確保し実効あらしめる所以であつて、各種税法
はこの原則に基いて組み立てられており、又これを指導理念として解釈運用すべき
ものと云わねばならない。さすれば、所得の帰属者と目される者が外見上の単なる
名義人にしてその経済的利益を実質的、終局的に取得しない場合において、該名義
人に課税することは収益のない者に対して不当に租税を負担せしめる反面、実質的
の所得者をして不当にその負担を免れしめる不公平な結果を招来するのみならず、
租税徴収の実効を確保し得ない結果を来す虞があるから、かかる場合においては所
得帰属の外形的名義に拘ることなく、その経済的利益の実質的享受者を以つて所得
税法所定の所得の帰属者として租税を負担せしむべきである。これがすなわちいわ
ゆる実質所得者に対する課税(略して実質課税)の原則と称せられるものにして、
該原則は吾国の税法上早くから内在する条理として是認されて来た基本的指導理念
であると解するのが相当である。」「昭和二八年八月七日法律一七三号所得税法の
一部を改正する法律により新らたに追加された同法三条の二の規定は、従来所得税
法に内在する条理として是認された右原則をそのまま成文化した確認的規定であり、
これによつて所得税法が初めて右原則を採用した創設的規定ではないと解するのが
相当である。」と判示している。当裁判所も、原判決の右判断を相当として是認す
る。されば、所得税法二条一項にいう所得の帰属する「個人」の意義を、前記の基
本的指導理念に従つて解釈し、そして所得税を課せらるべき納税義務者が誰である
かを確定し、その者が同法六九条一項前段の所為をした場合、これを同条項によつ
て処罰することは、その所為が所論の所得税法三条の二の規定制定以前のものであ
つても、所論のように、単なる慣習や常識で右六九条一項前段所定の犯罪構成要件
の不備空白を埋めるものでも、また刑罰を遡及して適用するものでもない。それ故、
所論違憲の主張は、その前提を欠き、その余の論旨は、単なる法令違反の主張であ
つて、すべて上告適法の理由とならない。(原判決には、所得税法一条、二条、三
条、三条の二の解釈適用を誤つた所論違法は存在しない。)
 同上告趣意第三点について。
 論旨中、判例違反を主張する点は、原判決は、引用の判例に副いこそすれ、これ
に反する判断は少しも示していないから、その前提を欠き、その余の論旨は、単な
る法令違反の主張であつて、すべて上告適法の理由とならない。(所論法令違反の
点については、昭和二四年(れ)第二六四八号同二五年九月一九日第三小法廷判決
集四巻九号一六六四頁、昭和二五年(れ)第七六六号同二六年三月一五日第一小法
廷判決集五巻四号五四一頁、昭和三一年(あ)第三四二六号同三四年五月八日第二
小法廷判決集一三巻五号六五七頁各参照。)
 同上告趣意第四点について。
 論旨中、判例違反をいう点は、引用各判例が事案を異にする本件に不適切である
から、その前提を欠き、その余の論旨は、原判決の認定に副わない主張を前提とす
る単なる法令違反の主張であつて、すべて上告適法の理由とならない。(本件各所
為が所得税法六九条一項前段に当たるとした原判決は、正当である。)
 同上告趣意第五、第六点について。
 論旨は、単なる法令違反の主張であつて、いずれも上告適法の理由とならない。
 同上告趣意第七点について。
 憲法三八条一項は、何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供
述を強要されないことを保障したものと解すべきことは、当裁判所の判例とすると
ころである(昭和二七年(あ)第八三八号、同三二年二月二〇日大法廷判決、刑集
一一巻二号八〇二頁参照)。ところで所得税法は所得税の徴収につき、いわゆる申
告納税制度を採用したものであり、納税義務者たる個人の申告に基づき一応所得税
の納税義務内容を確定し、納税義務者自身自主的にその納税義務を実現履行せしめ、
以つて所得税の課徴を確実に実行しようとするものであつて、所論の同法二六条一
項は、右目的のため、納税義務者をして、その年中における総所得金額、課税総所
得金額、これに対する所得税額を申告せしめることを規定しており、何ら自己が刑
事上の責任に問われる虞のある事項について供述を強要しているわけのものではな
い。ことに、同法六九条一項前段は、詐欺その他不正の行為によつて右二六条一項
の規定により申告をなすべき所得税を免れた場合、すなわち不正に所得税を免れた
場合の処罰を規定しているのであつて、同法二六条一項の甲告義務違反を処罰する
規定ではない。そしてこのような所得税法の申告義務の規定が憲法三八条一項に反
するものでないことは、前記当裁判所の判例の趣旨に照らし明らかである。それ故
所論違憲の主張は採るを得ない。(なお、所論は、所得税法六九条の四の規定も違
憲であると主張するが、原判決および一審判決は、右六九条の四の罪を認定してい
ないし、同法条を本件に適用していないのであるから、この点に関する原判示は、
無用の判断であり、従つて右論旨も不適法である。)
 よつて、刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。
  昭和三七年六月二九日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    山   田   作 之 助

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