弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人早川忠孝、同安西愈、同甲元恒也、同橋本勇、同河野純子の上告理由
について
 原審の適法に確定した本件の事実関係は、おおむね次のとおりである。(一) D
(以下「D」という。)は、昭和二四年五月生まれ(死亡当時三五歳)の倉敷市職
員で、生活保護ケースワーカーの業務を担当していたが、同五九年六月六日午後八
時四〇分、急性心筋こうそくにより死亡した。(二) 年一回の定期健康診断の結果
によれば、Dには高血圧がみられたが、心臓疾患の病歴はなかった。しかし、Dは、
日ごろ、スポーツにさほど親しんでいなかった。(三) Dは、死亡当日、午後五時
までの通常勤務をしてからいったん自宅に帰り、休息をとらずに、倉敷市・同市職
員厚生会主催の同市職員文化体育祭会場に赴き、準備運動を経ることもなく、午後
六時一〇分から公務として行われたソフトボールの競技に捕手として参加した(D
の参加した競技を、以下「本件試合」という。)。(四) 本件試合において、六回
裏に、Dは、内野安打で一塁に出塁し、次打者の二塁ゴロで二塁に進み、次々打者
の三塁ゴロを三塁手が一塁に悪送球する間に二塁から本塁に一気に走って生還した。
その後Dは、最後の七回表の守備に就いた際に、同僚職員の呼び掛けにもこたえず、
疲れているように見受けられた。(五) 本件試合は同日午後七時五分ころ終了し、
Dは、試合終了のあいさつの後疲れたといってベンチに戻り、それから間もなく、
腹部を押さえ顔面そう白になって気分が悪い旨訴え、うなり声を上げ、手が引きつ
る等の症状を示した。このため、同僚職員がDを自家用車で倉敷市内の病院に搬送
して入院させたが、Dは、右病院に入院中の同日午後八時四〇分、急性心筋こうそ
くにより死亡した。(六)(1) 急性心筋こうそくは、冠動脈に動脈硬化などの病変
を有する者につき、病変のある冠動脈の酸素供給能力以上に心筋に酸素を必要とす
るような状況が続いた場合や心筋への酸素供給が冠動脈そくせん(血せんによる血
管の閉そく)、冠動脈のスパスム(動脈内くうの機能的狭さく)等で減少した場合
に起こりやすいが、冠動脈に動脈硬化などの病変の認められない者につき発症する
こともある。(2) 急性心筋こうそくの発症時の症状は、激しい胸痛等が特徴的で
あり、発症後一時間以内が最も死亡の危険性の高い時期で、発症前に胸痛、冷や汗、
呼吸困難等の症状が相当割合で出現する。(3) 心筋こうそくの発症の誘因をひん
度の高い順から挙げると、過激な労働、睡眠不足、感情的興奮、寒冷、飲酒等であ
るとされている。
 本件においてDに冠動脈の動脈硬化などの病変があったことは確定されていない
ところ、右の事実関係の下においては、最初の発症の時刻と本件試合においてDが
短時間内に走行して塁間を一周するという心臓に多量の酸素を必要とする行為をし
た時刻との時間的間隔からすると、本件試合における右の行為がDの急性心筋こう
そくの発症の原因となったことは、否定できない。そして、他に急性心筋こうそく
を発症させる有力な原因があったという事実は確定されていないことからすれば、
Dの死亡の原因となった急性心筋こうそくの発症と本件試合への参加行為との間に
相当因果関係の存在を肯定することができる。したがって、Dの死亡は地方公務員
災害補償法にいう公務上の死亡に当たるというべきである。右と同旨の原審の判断
は正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用する
ことができない。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    中   島   敏 次 郎
            裁判官    木   崎   良   平
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    根   岸   重   治

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