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平成29年4月18日判決言渡同日原本受領裁判所書記官
平成28年(行ケ)第10212号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年3月14日
判決
原告株式会社島野製作所
同訴訟代理人弁護士溝田宗司
鮫島正洋
被告アップルインコーポレイテッド
同訴訟代理人弁護士長沢幸男
矢倉千栄
石原尚子
金子晋輔
蔵原慎一朗
雲居寛隆
同弁理士大塚康徳
大塚康弘
江嶋清仁
大戸隆広
大出純哉
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2015-800030号事件について平成28年8月16日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁等における手続の経緯
⑴原告は,発明の名称を「接触端子」とする特許出願(特願2013-887
90号)をし,平成26年1月10日,設定の登録を受けた(特許第544959
7号。請求項の数2。甲20。以下,この特許を「本件特許」という。)。本件特
許出願は,原告が,平成23年12月13日(優先権主張:平成23年9月5日,
日本)にした出願(特願2011-271985号,甲15。以下「本件原出願」
という。)の分割出願である(本件原出願に係る特許請求の範囲請求項1ないし9
に係る各発明を「原出願発明1」などといい,これらを併せて「原出願発明」とい
う。)。
⑵被告は,平成27年2月19日,本件特許の特許請求の範囲請求項1及び2
に係る発明について特許無効審判を請求し(甲21),特許庁は,これを,無効2
015-800030号事件として審理した。
原告は,平成28年4月18日,特許請求の範囲請求項1及び2の訂正を請求し
た(甲34,35。以下「本件訂正」という。)。
⑶特許庁は,平成28年8月16日,本件訂正を認めた上,本件特許の特許請
求の範囲請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とするとの別紙審決書
(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,同月25日,その謄本が
原告に送達された。
⑷原告は,平成28年9月16日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起
した。
2特許請求の範囲の記載
本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲請求項1及び2の記載は,次のとおりで
ある(甲35)。以下,各請求項に係る発明を「本件発明1」,「本件発明2」と
いい,これらを併せて「本件発明」という。本件特許の明細書(甲20)を「本件
明細書」という。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所を示す(以下同じ。)。
【請求項1】管状の本体ケース内に収容されたプランジャーピンの該本体ケースか
らの突出端部を対象部位に接触させて電気的接続を得るための接触端子であって,
/前記プランジャーピンは前記突出端部を含む小径部及び前記本体ケースの管状内
周面に摺動しながらその長手方向に沿って移動自在の大径部を有する段付き丸棒で
あり,前記プランジャーピンの前記突出端部を前記本体ケースから突出するように
前記本体ケースの管状内部に収容した絶縁体被膜を有するコイルバネで付勢し,/
前記プランジャーピンの中心軸とオフセットされた中心軸を有する前記大径部の略
円錐面形状を有する傾斜凹部に,球の球状面からなる球状部を前記コイルバネによ
って押圧し,前記大径部の外側面を前記本体ケースの管状内周面に押し付けること
を特徴とする接触端子。
【請求項2】管状の本体ケース内に収容されたプランジャーピンの該本体ケースか
らの突出端部を対象部位に接触させて電気的接続を得るための接触端子であって,
/前記プランジャーピンは前記突出端部を含む小径部及び前記本体ケースの管状内
周面に摺動しながらその長手方向に沿って移動自在の大径部を有する段付き丸棒で
あり,前記プランジャーピンの前記突出端部を前記本体ケースから突出するように
前記本体ケースの管状内部に収容したコイルバネで付勢し,/前記プランジャーピ
ンの中心軸とオフセットされた中心軸を有する前記大径部の略円錐面形状を有する
傾斜凹部に,押付部材の球状面からなる球状部を前記コイルバネによって押圧し,
前記大径部の外側面を前記本体ケースの管状内周面に押し付けることを特徴とし,
/前記押付部材は絶縁表面を有する絶縁球からなることを特徴とする接触端子。
3本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,①本件
発明1は,本件原出願の願書に添付した明細書(甲15。以下「原出願明細書」と
いう。),特許請求の範囲及び図面の記載に新たな技術的事項を導入したものであ
るから,本件特許出願は,特許法44条1項の規定する要件を満たしていない,②
したがって,本件特許出願日は,現実の出願日の平成25年4月19日であるとこ
ろ,本件発明は,いずれも同月18日に公開された本件原出願の公開特許公報(甲
15)に記載された発明であるから,新規性を欠き,同法29条1項3号の発明に
該当し,特許を受けることができない,などというものである。
4取消事由
本件特許出願の分割要件に係る判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
本件審決は,原出願明細書には,コイルバネに電流を流すことなく,プランジャ
ーピンから本体ケースへ確実に電流を流すという課題が記載されていること,同課
題の解決手段としては,絶縁球のみが記載されており,導電球は記載されていない
ことを認定したが,同認定は,誤りである。
1原出願発明の課題について
⑴原出願明細書の背景技術に記載された2つの公知技術は,いずれも絶縁球を
用いてコイルバネに電流を流さないようにするとともに,絶縁球又は導電球がプラ
ンジャーピンを本体ケースに押し付けるものである(【0003】~【000
6】)。よって,本件審決が認定した上記課題のうち,コイルバネに電流を流さな
いことは,上記公知技術によって既に解決されているのであるから,原出願発明の
課題にはならない。そして,発明が解決しようとする課題においては,電流路の断
面積を大きくするように接触端子の径を太くすることは好ましくない旨が記載され
ている(【0007】)。接触端子の径を大きくすることなく電流路の断面積を大
きくするためには,プランジャーピンを本体ケースに対してより確実に押し付ける
ほかなく,それによってプランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流し,そ
の結果,「比較的大なる電流を流し得る接触端子を提供する」(【0008】)と
いう原出願発明の目的を達成する。
したがって,原出願発明の課題は,プランジャーピンを本体ケースに対してより
確実に押し付け,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことである。
⑵プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流が流れれば,コイルバネには
ほぼ電流が流れず,したがって,コイルバネが焼き切れることはない。他方,コイ
ルバネに電流が流れないときに,必ずしもプランジャーピンから本体ケースへ確実
に電流が流れるとは限らない。
したがって,仮に原出願明細書において,コイルバネに電流を流さないことが課
題として記載されていたとしても,これとは別の独立した課題として,プランジャ
ーピンを本体ケースに対してより確実に押し付け,プランジャーピンから本体ケー
スへ確実に電流を流すという課題も記載されており,同課題に焦点が当てられてい
る。
2原出願明細書におけるプランジャーピンを本体ケースに押し付ける部材(以
下「押付部材」という。)としての導電球の記載について
⑴原出願明細書の【0005】には,従来技術につき,押付部材としての導電
球が明記されており,これは,プランジャーピンを本体ケースに押し付ける機構と
しては球であれば足り,絶縁球,導電球のいずれでもよい趣旨をいうものと解され
る。
そして,原出願発明は,プランジャーピンを本体ケースに対してより確実に押し
付け,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すという前記1の課題を,
プランジャーピンの端部をオフセット傾斜凹部にすることによって解決するもので
あり,押付部材に従来技術と異なる工夫を施したものではない。
したがって,実施例において押付部材として絶縁球のみが挙げられているとして
も,原出願明細書を全体として見れば,押付部材としての導電球も開示されている
ということができる。このように解することは,「当業者であれば,本発明の主旨
又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく,様々な代替実施例及び改変例を
見いだすことができるであろう。」という旨の記載(【0043】)とも符合する。
よって,原出願明細書においては,絶縁球に代えて,例えば絶縁被膜を与えない導
電球を用いることも想定されている。
⑵仮に,原出願明細書に押付部材としての導電球が直接記載されていないとし
ても,押付部材として導電球を用いることは技術常識であるから,押付部材として
の導電球は,原出願明細書に記載されているに等しい事項である。
すなわち,プローブピンにおいて,電流は,プランジャーピンから本体ケース
(バレル)に流れ,抵抗値が高いバネにはほぼ流れないことから,安定してプラン
ジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すためには,プランジャーピンと本体
ケースの接触抵抗を可能な限り低い値で安定させることが重要である。この課題を
解決するために,てこの原理でバイアスボールという金属球(導電球)によりプラ
ンジャーピンを確実に傾けて本体ケースに押圧し,その際に両者の接触面積を増や
して接触抵抗値を低く調整するバイアス技術が昭和44年に公知となり(甲38),
スプリングコンタクトプローブ産業において広く採用されるようになった(甲3
7)。このように,押付部材として導電球を用いることは当初から技術常識であり,
その後,コイルバネに電流を流さないという別の課題を解決するために,絶縁球を
用いることが技術常識となった。
したがって,絶縁球は,プランジャーピンを本体ケースに対してより確実に押し
付け,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すという前記1の課題の
解決手段としては導電球と変わるところはなく,導電性という一面において金属球
を発展させたものにすぎない(甲39【0018】)。絶縁球は,上記課題を解決
するための一実施例にすぎず,原出願明細書の【0043】に記載されているとお
り,様々な代替実施例や改変例を見いだすことができるのであるから,押付部材が
絶縁球に限定されるいわれはない。
3分割要件について
本件発明1の押付部材である「球の球状面からなる球状部」は,絶縁球のみなら
ず導電球を含むものであるが,前記2のとおり,原出願明細書には,押付部材とし
て導電球を用いることが記載されているないしは記載されているに等しいというこ
とができるから,本件特許出願は分割要件に反するものではない。
〔被告の主張〕
1原出願発明の課題について
原出願明細書の【0003】には,①プランジャーピンから本体ケースへ「比較
的大なる電流」を流した場合において,コイルバネに電流が流れ得る状態になると
コイルバネが焼き切れるという問題が発生すること,②その問題を,プランジャー
ピンとコイルバネとの間に絶縁球を介在させてコイルバネに電流を流さないように
して解決することが記載されている。そして,同記載に加え,これを受けた【00
08】及び【0010】の記載を併せ考えれば,原出願発明は,接触端子を「比較
的大なる電流を流し得る」ものとする際に必ず障害となるコイルバネの焼き切れの
問題を解決することが前提とされているということができる。したがって,原出願
明細書には,「比較的大なる電流を流し得る接触端子」を提供するために,コイル
バネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流す
という課題が記載されているということができ,同旨の本件審決の認定に誤りはな
い。なお,原出願明細書の【0004】及び【0005】に記載された従来技術の
とおりにプランジャーピンとコイルバネとの間に絶縁球を介在させれば,コイルバ
ネに電流が流れなくなり,「比較的大なる電流」を流してもコイルバネが焼き切れ
ないようにすることができる。しかし,従来技術により解決されている課題であっ
ても,それが発明の解決すべき課題から除外されるとは必ずしもいえない。
2原出願明細書における押付部材としての導電球の記載について
⑴原出願明細書に押付部材としての導電球は記載されていない。原出願明細書
の【0005】に記載されているのは,絶縁球と導電球の両方を使用して,絶縁球
でプランジャーピンとコイルバネとを絶縁し,導電球でプランジャーピンを本体ケ
ースに押し付けるという構成を有する従来技術に係る発明であり,本件発明1とは
全く構成を異にするものである。【0043】にも,「様々な代替実施例及び改変
例」という抽象的な文言が記載されているにとどまり,絶縁球に代えて導電球を使
用してもよいという趣旨の記載はない。
⑵コイルバネに電流が流れる限り,コイルバネの焼き切れの問題は起きるもの
であり,バイアスボールという導電球を使用してコイルバネに流れる電流量を本体
ケースに流れる電流量より小さくしても,上記問題が解決するわけではない。よっ
て,甲第37号証は,接触端子に「比較的大なる電流を流す」場合について論じる
ものとはいえない。
甲第38及び39号証のいずれも,単にプランジャーピンを付勢するための部材
として導電球を用い得ることを開示するにとどまり,コイルバネの焼き切れの問題,
コイルバネに流れる電流量についての開示も示唆もない。
⑶原出願発明の課題を解決する手段について
前記⑵のとおり,コイルバネに電流が流れる限り,コイルバネの焼き切れの問題
は起きるのであるから,そのような問題を発生させることなく,「比較的大なる電
流を流し得る接触端子」を提供するためには,プランジャーピンとコイルバネとの
間に絶縁球を介在させるほかはなく,それ以外の手段が原出願明細書に記載されて
いたということはできない。原出願明細書の【0027】は,コイルバネの絶縁被
膜がプランジャーピンとコイルバネとを完全には絶縁しないことを想定し,コイル
バネの絶縁被膜がはがれ落ちた場合でも絶縁球がプランジャーピンとコイルバネと
の電気的な接触を完全に防止することによって,比較的大なる電流を流した場合に
おいてもコイルバネに電流が流れることなく,焼き切れを防止できることを記載し
たものである。
3分割要件について
本件発明1の押付部材である「球の球状面からなる球状部」は,絶縁球のみなら
ず導電球を含むものであり,前記2のとおり,原出願明細書には,押付部材として
導電球を用いることは記載されていないのであるから,本件特許出願は,分割要件
に反するものである。
第4当裁判所の判断
1本件発明1について
本件発明1は,本件原出願の分割出願に係る発明であり,前記第2の2【請求項
1】のとおりの構成を備えており,段付き丸棒の形状をなすプランジャーピンの
「大径部の略円錐面形状を有する傾斜凹部」に,「球の球状面からなる球状部」を
「コイルバネによって押圧し」,「前記大径部の外側面を前記本体ケースの管状内
周面に押し付ける」ことを特徴とする。すなわち,本件発明1においては,「球の
球状面からなる球状部」が,プランジャーピンの大径部とコイルバネとの間にあっ
て,プランジャーピンの大径部の外側面を本体ケースの内周面に押し付けている。
「球の球状面からなる球状部」については,それが絶縁性のものか導電性のもの
かは特定されていない。そして,本件明細書(甲20)の内容は,原出願明細書
(甲15)の内容とほぼ同じであることから,後記2⑶アと同様の理由により,本
件発明1は,コイルバネの焼き切れを防ぐために,コイルバネに電流を流すことな
く,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことができ,比較的大な
る電流を流し得る接触端子を提供することを課題とするものと解される。本件発明
1においては,コイルバネが絶縁体被膜を有することから,コイルバネに電流を流
さないようにするために,プランジャーピンの大径部とコイルバネとの間にある
「球の球状面からなる球状部」が絶縁性を有することは,必須ではない。
したがって,本件発明1には,プランジャーピンの大径部とコイルバネとの間に
あって,プランジャーピンの大径部の外側面を本体ケースの内周面に押し付ける
「球の球状面からなる球状部」が導電性を有するものであり,絶縁球を備えない接
触端子も含まれる。
2原出願明細書,特許請求の範囲及び図面の記載
⑴特許請求の範囲
【請求項1】本体ケースに設けられた非貫通長穴に挿入したプランジャーピンの該
本体ケースからの突出端部を対象部位に接触させて電気的接続を得るための接触端
子であって,/前記プランジャーピンは前記突出端部を含む小径部及び前記非貫通
長穴の内面に摺動しながらその長手方向に沿って移動自在の大径部を有する段付き
丸棒であり,前記大径部の端部からその長手方向に沿って前記大径部の少なくとも
側面部の一部を残すように切削部を与えて前記切削部内に少なくとも絶縁表面を有
する絶縁球を収容し,/前記非貫通長穴と前記絶縁球との間にコイルバネを介在さ
せて前記プランジャーピンの前記突出端部を前記本体ケースから突出するように付
勢していることを特徴とする接触端子。
【請求項2】前記本体ケースの前記非貫通長穴の底部には前記絶縁球の径よりも小
さい径の第2の袋孔を削孔してその内部に前記コイルバネの端部近傍を収容してい
ることを特徴とする請求項1記載の接触端子。
【請求項3】前記第2の袋孔の底面は円錐面であることを特徴とする請求項2記載
の接触端子。
【請求項4】前記切削部は,袋孔であることを特徴とする請求項1乃至3のうちの
1つに記載の接触端子。
【請求項5】前記切削部としての前記袋孔の底面は円錐面であることを特徴とする
請求項4記載の接触端子。
【請求項6】前記切削部としての前記袋穴の底面の前記円錐面の中心軸は前記プラ
ンジャーピンの中心軸とオフセットされていることを特徴とする請求項5記載の接
触端子。
【請求項7】前記切削部は,前記大径部の前記外側面から前記プランジャーピンの
中心軸をよぎる方向に向けて平面切削された底平面部と,前記プランジャーピンの
前記中心軸とオフセットした位置で且つこれに平行に前記大径部の前記端部から前
記底平面部に向けて平面切削した側平面部と,前記側平面部に与えられ前記プラン
ジャーピンの前記中心軸と平行に溝加工した溝部と,からなり,前記底平面部及び
前記側平面部の法線は,前記プランジャーピンの前記中心軸と同一平面上にあって,
前記底平面部は前記側平面部から離間する方向に向けて前記大径部の端部から離間
する方向に傾斜していることを特徴とする請求項1乃至3のうちの1つに記載の接
触端子。
【請求項8】前記溝部は,樋状の内面形状を有することを特徴とする請求項7記載
の接触端子。
【請求項9】前記樋状の内面形状は,前記絶縁球の半径よりも小なる仮想半径を有
することを特徴とする請求項8記載の接触端子。
⑵原出願明細書の記載
原出願明細書には,おおむね,以下のとおり記載されている(甲15。下記記載
中に引用する図面については,別紙参照)。
ア技術分野
本発明は,電源への接続及びプリント基板や電子部品などの検査における電気的
接続を得る目的で使用される接触端子に関し,特に,比較的大なる電流を流し得る
接触端子に関する(【0001】)。
イ背景技術
(ア)電源への接続,プリント基板や電子部品などの検査に使用される接触端子
は,基板上の端子にその一端部を接触させながら電気的接続を得るための部品であ
る。多くの接触端子は,金属製の本体ケースに設けられた長穴にコイルバネを挿入
した上でプランジャーピンを挿入し,本体ケースからプランジャーピンの先端部分
のみが突出する位置を保持されるというものである。プリント基板等の接点等の電
気的接続を得ようとする対象部位に,上記の突出したプランジャーピンの先端部分
を本体ケースとともに押し付けると,プランジャーピンは,本体ケースの長穴に沿
って摺動しながら相対的に後方移動,すなわち長穴の奥に向かって移動し,上記対
象部位からプランジャーピンを介して本体ケースに電流が流れ,上記対象部位とプ
ランジャーピンとの互いの電気的接続が図られる(【0002】)。
(イ)上記対象部位からプランジャーピンを介して本体ケースに比較的大なる電
流が流れる場合,コイルバネにも電流が流れると,抵抗加熱によりコイルバネが焼
き切れてしまうことがある。例えば,電流の一部がコイルバネにも流れていると,
コイルバネが収縮してコイルのターンとターンとが側面で接触している状態から復
元したとき,上記接触がなくなって電流の流れる断面積が収縮時よりも減少するた
めに,急激に抵抗が上がって加熱し,コイルバネが焼き切れてしまう。そこで,コ
イルバネに電流を流さないような機構を与えた接触端子が開発されている(【00
03】)。
(ウ)例えば,特開平6-61321号公報(甲7)は,プランジャーピンとコ
イルバネとの間に絶縁球を介在させた接触端子としてのコンタクトプローブを開示
している。プランジャーピンとコイルバネとは,絶縁球により絶縁されるので,コ
イルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへと電流を流す
ことができる。また,プランジャーピンの本体ケース内の端部が斜面となっていて,
絶縁球がプランジャーピンを本体ケースの長穴の内面に押し付けることができるよ
うになっており,これによって,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を
流すことができる(【0004】【0006】)。
(エ)また,実開平7-34375号公報(甲8)は,特開平6-61321号
公報に開示されたような絶縁球とともに導電球をプランジャーピンとコイルバネと
の間に介在させた接触端子としてのコンタクトプローブを開示している。絶縁球が
プランジャーピンとコイルバネとを絶縁する一方,導電球は,プランジャーピンを
本体ケースに押し付け,また,プランジャーピンと本体ケースとの導電経路にもな
る。かかる構造により,コイルバネに電流を流すことがない上,プランジャーピン
から本体ケースへ確実に電流を流すことができる(【0005】【0006】)。
ウ発明が解決しようとする課題
接触端子の径(幅)を大きくして電流路の断面積を大きくすれば,単位面積当た
りを通過する電流量を小さくすることができ,結果として,コイルバネを流れる電
流量を小さくすることができる。しかしながら,一般的に,コネクタ等を使わずに
接触端子を用いようとする電気機器は,小型化を要求され,プリント基板等の上に
ある端子や接点の設置密度が高い。このような各種の機器に対応して接触端子を使
用できるようにするためには,断面積を大きくするために接触端子の径(幅)を大
きくすることは,好ましくない(【0007】)。
本発明は,以上のような状況に鑑みてなされたものであって,その目的は,比較
的大なる電流を流し得る接触端子を提供することにある(【0008】)。
エ課題を解決するための手段
(ア)原出願発明1は,本体ケースに設けられた非貫通長穴に挿入したプランジ
ャーピンの本体ケースからの突出端部を対象部位に接触させて電気的接続を得るた
めの接触端子であって,プランジャーピンは,①突出端部を含む小径部及び②非貫
通長穴の内面に摺動しながらその長手方向に沿って移動自在の大径部を有する段付
き丸棒であり,大径部の端部からその長手方向に沿って大径部の少なくとも側面部
の一部を残すように切削部を与えて同切削部内に少なくとも絶縁表面を有する絶縁
球を収容し,非貫通長穴と絶縁球との間にコイルバネを介在させてプランジャーピ
ンの突出端部を本体ケースから突出するように付勢していることを特徴とする
(【0009】)。
かかる発明によれば,プランジャーピンの突出端部を本体ケースから突出するよ
うに付勢するコイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケース
へ確実に電流を流すことができ,接触端子に比較的大なる電流を流し得る(【00
10】)。
(イ)原出願発明2によれば,コイルバネが縮んでもその中心軸を大きく変化さ
せることはなく,絶縁球とコイルバネの接触位置を変化させない。ゆえに,コイル
バネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流す
ことができ,接触端子に比較的大なる電流を流し得る(【0011】)。
(ウ)原出願発明3によれば,コイルバネの端部位置を安定させつつ絶縁球をコ
イルバネで付勢することができ,コイルバネに電流を流すことなく,プランジャー
ピンから本体ケースへ確実に電流を流すことができ,接触端子に比較的大なる電流
を流し得る(【0012】)。
(エ)原出願発明4によれば,絶縁球の位置を袋孔の内部に収容して安定させる
ことができ,コイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケース
へ確実に電流を流すことができ,接触端子に比較的大なる電流を流し得る(【00
13】)。
(オ)原出願発明5によれば,絶縁球を円錐面の中心軸上に安定して位置させる
ことができるので,コイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体
ケースへ確実に電流を流すことができ,接触端子に比較的大なる電流を流し得る
(【0014】)。
(カ)原出願発明6によれば,プランジャーピンの大径部の外側面を本体ケース
の内周面により強く押し付けて,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を
流すことができ,接触端子に比較的大なる電流を流し得る(【0015】)。
(キ)原出願発明7によれば,プランジャーピンの大径部の外側面を本体ケース
の内周面に押し付けるように絶縁球の位置を移動させ,コイルバネに電流を流すこ
となく,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことができ,接触端
子に比較的大なる電流を流し得る(【0016】)。
(ク)原出願発明8によれば,プランジャーピンに対する絶縁球の位置を安定さ
せて,コイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへ確実
に電流を流すことができ,接触端子に比較的大なる電流を流し得る(【001
7】)。
(ケ)原出願発明9によれば,プランジャーピンに対する絶縁球の位置をより安
定させて,コイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへ
確実に電流を流すことができ,接触端子に比較的大なる電流を流し得る(【001
8】)。
オ発明を実施するための形態
(ア)実施例1
a【図1】のとおり,接触端子10は,樹脂等の絶縁体から成る板状ブロック
体に貫通穴を設けたソケット1に収容されており,ソケット1の両主面から,ピン
部12及びプランジャーピン20を突出させている。プランジャーピン20は,そ
の先端部を,電気的に接続を得ようとする対象部位,例えば,電極ブロック4上に
配置された電極5に接触させられる。このようにして,接触端子10は,電源への
接続を得るために使用される(【0021】)。
【図2】に【図3】を併せて参照すると,接触端子10は,本体ケース11及び
プランジャーピン20を有している。
本体ケース11は,導電体金属から成る略円柱形状のものであり,その中心軸に
沿って,長穴13が削孔されている。長穴13の底部には,略円柱形状をした袋状
の凹穴であるバネ収容穴14があり,バネ収容穴14の底部には,略円錐面形状の
傾斜面15が形成されている。長穴13の開口端部16の反対側の端部には,軸方
向に突出した略円柱形状のピン部12がある。
プランジャーピン20は,長穴13に収容されている(【0022】)。
プランジャーピン20は,段付き丸棒形状であり,①その小径部側を構成するピ
ン部21,②大径部22及び③①と②の境界部となる段部22aとを有している。
大径部22は,長穴13の内面と接触しながら移動することができ,すなわち,
長穴13に対して摺動自在であり,プランジャーピン20を本体ケース11の中心
軸に沿って移動自在とさせる。大径部22は,その端部から中心軸に沿って削孔さ
れた略円柱形状をした袋状の凹穴23を有し,すなわち,凹穴23を画定する大径
部22の一部である側周部25を残存させた切削部が設けられており,凹穴23の
底部には,略円錐面形状の傾斜面24がある(特に,【図3】(b)参照。【00
23】)。
b凹穴23の内部には,セラミックス等の絶縁体から成る絶縁球30が収容さ
れている。絶縁球30は,導電性を有する金属等の球体に絶縁被膜を与えたもので
あってもよい。絶縁球30の直径は,凹穴23に収容されるよう,凹穴23の内径
よりも小であるとともに,バネ収容穴14の直径よりも大である(【0024】)。
絶縁球30には,圧縮バネから成るコイルバネ31がその一端部を当接させてい
る。コイルバネ31は,他端部をバネ収容穴14の傾斜面15に当接させ,その近
傍をバネ収容穴14に収容させている。コイルバネ31は,バネ収容穴14の傾斜
面15に支えられ,絶縁球30を介してプランジャーピン20を本体ケース11か
ら突出させる方向に付勢している。なお,コイルバネ31には絶縁体被膜を与えら
れていてもよい(【0025】)。
接触端子10の組立てにおいては,【図4】のとおり,まず,プランジャーピン
20の凹穴23に絶縁球30を収容させて,本体ケース11のバネ収容穴14にコ
イルバネ31の一方の端部近傍を収容させる。次いで,コイルバネ31のもう一方
の端部に絶縁球30を押し付けてコイルバネ31を圧縮させつつ,プランジャーピ
ン20の大径部22側を本体ケース11の長穴13に収容させる。さらに,本体ケ
ース11の開口端部16aの径を絞るように加工して,大径部22の外径より小さ
く,小径部21の外径より大きい内径を有する開口端部16を形成する。このよう
に開口端部16を形成することによって,プランジャーピン20は,本体ケース1
1から脱落しなくなる(【0026】)。
本実施例によれば,コイルバネ31の外径は,バネ収容穴14の内径より小さく,
他方,絶縁球30の外径は,コイルバネ31の内径よりも大きいことから,絶縁球
30がコイルバネ31の内部に入り込むことはない。よって,コイルバネ31は,
絶縁被膜を与えられてこれが剥がれ落ちたとしても,介在する絶縁球30に確実に
阻まれてプランジャーピン20に接触し得ず,プランジャーピン20に対して確実
に絶縁される。つまり,プランジャーピン20に比較的大なる電流を流しても,コ
イルバネ31の焼き切れを確実に防止できる(【0027】)。
cコイルバネ31は,圧縮バネであり,絶縁球30により一方の端部の位置を
安定させられるものの,両端部から圧縮されるとその中心軸をわずかにゆがませる。
そのため,プランジャーピン20は,絶縁球30を介して,コイルバネ31によっ
て,本体ケース11の中心軸に対して微小な角度を有する方向に付勢される。これ
によって,プランジャーピン20の大径部22を確実に長穴13の内面に接触させ
ながらも,その接触圧力を過度に高めることもない。また,プランジャーピン20
は,絶縁球30を凹穴23に収容しているので,凹穴23の外周側において大径部
22を軸方向に延長させた側周部25を有し,その表面積をより大きくさせている。
よって,大径部22をより確実に本体ケース11の長穴13の内面に接触させるこ
とができる。つまり,プランジャーピン20に比較的大なる電流を流しても,プラ
ンジャーピン20から本体ケース11へ確実に電流を流すことができる(【002
8】)。
また,プランジャーピン20の凹穴23の底部に形成された傾斜面24の中心軸
は,プランジャーピン20の中心軸からオフセットされていることが,好ましい。
本実施例においては,【図3】(b)に示すように傾斜面24の中心軸M2は,凹
穴23の中心軸とともにプランジャーピン20の中心軸M1からオフセットされて
いる。これによれば,コイルバネ31によってプランジャーピン20を付勢する方
向を,プランジャーピン20の中心軸に対して微小な角度を有する方向とすること
をより確実にする。よって,プランジャーピン20と本体ケース11との摺動を妨
げない程度に大径部22を長穴13の内面に押し付けることができる。つまり,よ
り確実にプランジャーピン20から本体ケース11へ電流を流すことができる
(【0033】)。
(イ)実施例2
接触端子10’においては,プランジャーピン40の形状が実施例1の接触端子
10と異なるが,他の部品,すなわち,本体ケース11,絶縁球30及びコイルバ
ネ31は,実施例1と同様である(【0036】)。
絶縁球30は,プランジャーピン40の側周部45及び底平面46に挟まれた切
削部分に収容されている。プランジャーピン40を本体ケース11の長穴13に沿
って移動させると,コイルバネ31の圧縮力の変化に従って絶縁球30への押圧力
が変化し,絶縁球30は,本体ケース11の長穴13の半径方向に移動し得る。
このような絶縁球30の移動により,プランジャーピン40を側周部45の側に
付勢させて,大径部42の側面を本体ケース11の長穴13の内面に確実に当接さ
せることができ,プランジャーピン40に比較的大なる電流を流しても,プランジ
ャーピン40から本体ケース11に確実に電流を流すことができる(【0040】,
【0041】,【図6】)。
(ウ)以上,本発明による実施例及びこれに基づく変形例を説明したが,本発明
は必ずしもこれに限定されるものではなく,当業者であれば,本発明の主旨又は添
付した特許請求の範囲を逸脱することなく,様々な代替実施例及び改変例を見いだ
すことができるであろう(【0043】)。
⑶原出願明細書に記載された技術的事項について
ア原出願発明の課題について
前記⑵アからウによれば,原出願発明の目的は,比較的大なる電流を流し得る接
触端子の提供であり(【0001】【0008】),そのような接触端子を得るた
めには,比較的大なる電流を,電気的接続を得ようとする対象部位からプランジャ
ーピンを介して確実に本体ケースに流すことが必要となるが,その際,コイルバネ
に電流が流れると,抵抗加熱によりコイルバネが焼き切れてしまうことがあるので,
コイルバネに電流を流さないような機構を与えた接触端子が開発されている(【0
002】【0003】)。その実例である①プランジャーピンとコイルバネとの間
に絶縁球を介在させた接触端子及び②プランジャーピンとコイルバネとの間に絶縁
球とともに導電球を介在させた接触端子のいずれも,プランジャーピンとコイルバ
ネとが絶縁球により絶縁されるので,コイルバネに電流を流すことなく,プランジ
ャーピンから本体ケースへと電流を流すことができるとともに,絶縁球ないし導電
球がプランジャーピンを本体ケースの長穴の内面に押し付けることなどにより,プ
ランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことができる(【0004】~
【0006】)。他方,接触端子の径(幅)を大きくして電流路の断面積を大きく
する方法は,コイルバネを流れる電流量を小さくすることができるものの,一般的
に小型化を要求される電気機器に対応して接触端子を使用できるようにするために
は,断面積を大きくするために接触端子の径(幅)を大きくすることは,好ましく
ない(【0007】)。
そして,前記⑵エのとおり,原出願発明1から5及び7から9につき,その構成
により,「コイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへ
確実に電流を流すことができ,接触端子に比較的大なる電流を流し得る」旨の記載
がある(【0009】~【0014】【0016】~【0018】)。なお,原出
願発明6については,コイルバネに電流を流すことがないことは明記されておらず,
「プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことができ,接触端子に比
較的大なる電流を流し得る」旨が記載されているにとどまるが(【0015】),
原出願発明6に係る構成は,原出願発明5に係る構成にさらに限定を付したもので
あるから,これと同様に,「コイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピン
から本体ケースへ確実に電流を流すことができ,接触端子に比較的大なる電流を流
し得る」ものである。
これらの記載によれば,原出願明細書には,原出願発明の課題として,コイルバ
ネの焼き切れを防ぐために,コイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピン
から本体ケースへ確実に電流を流すことができ,比較的大なる電流を流し得る接触
端子を提供することが記載されているものということができる。
イ課題解決の手段について
(ア)前記⑵エのとおり,原出願明細書には,原出願発明1から9に係る構成に
より前記アの課題を解決し得る旨が記載されている(【0009】~【001
8】)。原出願発明1に係る構成は,本体ケースに設けられた非貫通長穴に挿入し
たプランジャーピンの本体ケースからの突出端部を対象部位に接触させて電気的接
続を得るための接触端子であって,プランジャーピンは,①突出端部を含む小径部
及び②非貫通長穴の内面に摺動しながらその長手方向に沿って移動自在の大径部を
有する段付き丸棒であり,大径部の端部からその長手方向に沿って大径部の少なく
とも側面部の一部を残すように切削部を与えて同切削部内に少なくとも絶縁表面を
有する絶縁球を収容し,非貫通長穴と絶縁球との間にコイルバネを介在させてプラ
ンジャーピンの突出端部を本体ケースから突出するように付勢していることを特徴
とする(【0009】)。原出願発明1に係る構成においては,本体ケースに設け
られた非貫通長穴に挿入した段付き丸棒の形状をなすプランジャーピンの大径部に
与えられた切削部内に絶縁球が収容されており,本体ケースの非貫通長穴と絶縁球
との間には,プランジャーピンの突出端部を本体ケースから突出するように付勢す
るコイルバネが介在する。よって,絶縁球は,これを収容する切削部が設けられた
プランジャーピンの大径部とコイルバネとの間にあるものということができる。
したがって,原出願発明1に係る構成においては,絶縁球が,プランジャーピン
の大径部とコイルバネとの間にあって,①プランジャーピンとコイルバネを絶縁し
てコイルバネに電流が流れないようにするとともに,②プランジャーピンの大径部
の外側面を本体ケースの非貫通長穴の内周面に押し付けてプランジャーピンから本
体ケースへ確実に電流を流すことにより,比較的大なる電流を流し得るものと解さ
れ,原出願明細書にはその旨が記載されている(【0010】)。
そして,原出願発明2ないし9に係る構成も,同様に解することができる。さら
に,原出願発明2及び3に係る構成は,本体ケースの非貫通長穴の形状により絶縁
球とコイルバネの接触位置ないしコイルバネの端部位置を安定させることによって,
原出願発明4から9に係る構成は,絶縁球を収容するプランジャーピンの大径部の
切削部等の形状等により絶縁球を切削部に安定して位置させる,プランジャーピン
の大径部の外側面を強く本体ケースの内周面に押し付けることなどによって,より
一層確実に,絶縁球が,①プランジャーピンとコイルバネを絶縁してコイルバネに
電流が流れないようにするとともに,②プランジャーピンの大径部の外側面を本体
ケースの非貫通長穴の内周面に押し付けてプランジャーピンから本体ケースへ電流
を流すようにするものと解され,原出願明細書にその旨が記載されている(【00
11】~【0018】)。
前記⑵オのとおり,実施例1及び2のいずれも,絶縁球が,プランジャーピンの
大径部とコイルバネとの間にあって,①プランジャーピンとコイルバネを絶縁して
コイルバネに電流が流れないようにするとともに,②プランジャーピンの大径部の
外側面を本体ケースの非貫通長穴の内周面に押し付けるものということができる
(【0023】~【0028】【0033】【0036】【0040】【0041】
【図1】~【図4】【図6】)。
したがって,原出願明細書には,コイルバネの焼き切れを防ぐために,コイルバ
ネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すこ
とができ,比較的大なる電流を流し得る接触端子を提供するという前記アの課題の
解決手段として,プランジャーピンの大径部の切削部とコイルバネとの間に絶縁球
を介在させ,この絶縁球によって,①プランジャーピンとコイルバネを絶縁してコ
イルバネに電流が流れないようにするとともに,②プランジャーピンの大径部の外
側面を本体ケースの非貫通長穴の内周面に押し付けてプランジャーピンから本体ケ
ースへ確実に電流を流すことにより,比較的大なる電流を流し得る接触端子,すな
わち,プランジャーピンの大径部とコイルバネとの間にあって,プランジャーピン
の大径部の外側面を本体ケースの内周面に押し付ける部材が絶縁球である接触端子
が記載されている。
(イ)他方,原出願明細書には,絶縁球を備えない接触端子は記載されていない。
また,前記⑵オのとおり「絶縁球30には,圧縮バネから成るコイルバネ31がそ
の一端部を当接させている。…なお,コイルバネ31には絶縁体被膜を与えられて
いてもよい。」(【0025】),「コイルバネ31は,絶縁被膜を与えられてこ
れが剥がれ落ちたとしても,介在する絶縁球30に確実に阻まれてプランジャーピ
ン20に接触し得ず,プランジャーピン20に対して確実に絶縁される。つまり,
プランジャーピン20に比較的大なる電流を流しても,コイルバネ31の焼き切れ
を確実に防止できる。」(【0027】)との記載があり,これらは,コイルバネ
自体に絶縁体被膜が与えられており,それによってコイルバネに電流が流れるのを
防ぎ得る場合であっても,プランジャーピンとコイルバネとの間に絶縁球を介在さ
せてプランジャーピンとコイルバネとの絶縁を確実なものとする趣旨である。前記
のとおり絶縁球を備えない接触端子は記載されていないことをも併せ考えれば,原
出願明細書においては,プランジャーピンとコイルバネとの間に必ず絶縁球を介在
させてコイルバネに電流が流れないようにすることによりコイルバネの焼き切れ防
止に確実を期しており,コイルバネに絶縁体被膜を与えるなどコイルバネに電流が
流れるのを防ぐその他の手段と併用することはあっても,同手段をもって絶縁球に
代えること,すなわち,接触端子を,絶縁球を含まないものとすることは想定され
ていないものと解するべきである。
3分割出願の要件について
⑴本件特許出願の分割出願の要件
分割出願は,原出願の時にしたものとみなされるところ(特許法44条2項),
そのためには,分割出願に係る発明が,原出願の願書に添付された明細書,特許請
求の範囲又は図面の範囲内のものであることを要する。
前記1のとおり,本件発明1には,プランジャーピンの大径部とコイルバネとの
間にあって,プランジャーピンの大径部の外側面を本体ケースの内周面に押し付け
る「球の球状面からなる球状部」が導電性を有し,絶縁球を備えない接触端子も含
まれる。
他方,前記2⑴のとおり,本件原出願に係る特許請求の範囲請求項1から9に係
る構成のいずれも,プランジャーピンの大径部とコイルバネとの間に介在する絶縁
球を含むものである。また,前記2⑶イのとおり,原出願明細書においては,絶縁
球を備えない接触端子は記載されておらず,プランジャーピンとコイルバネとの間
に介在する絶縁球は必須の構成とされているものと解される。
よって,本件発明1は,絶縁球を含まない接触端子という,原出願明細書,特許
請求の範囲及び図面に記載されていない発明を含むものであるから,本件特許出願
は,分割出願の要件を満たすものということはできない。
⑵原告の主張について
ア原告は,コイルバネに電流を流さないことは,原出願明細書の背景技術に記
載された公知技術によって既に解決された課題であるから,原出願発明の課題には
ならないとして,原出願発明の課題は,プランジャーピンを本体ケースに対してよ
り確実に押し付け,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことであ
る旨主張する。
しかし,既存の技術によって解決可能な課題であっても,例えばより効率よく解
決する,解決による効果をより高めるなど解決方法等につき改善の余地がある場合
も考えられる。よって,コイルバネの焼き切れを防ぐためにコイルバネに電流を流
さないことが,原出願明細書の背景技術に記載された公知技術によって解決されて
いることをもって,直ちに,原出願発明の課題から除外されるとはいえない。
そして,前記2⑶アのとおり,原出願明細書に,①比較的大なる電流を,プラン
ジャーピンを介して本体ケースに流す際,コイルバネに電流が流れると抵抗加熱に
よりコイルバネが焼き切れてしまうことがあること,②プランジャーピンとコイル
バネとの間に絶縁球ないし絶縁球及び導電球を介在させてコイルバネに電流を流さ
ないような機構を与えた接触端子においては,コイルバネに電流を流すことなく,
プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すことができること,③接触端
子の径(幅)を大きくして電流路の断面積を大きくする方法は,コイルバネを流れ
る電流量を小さくすることができるものの,電気機器の小型化に対応する点からは,
好ましい方法ではないこと,④原出願発明1から9に係る構成につき,「コイルバ
ネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すこ
とができ,接触端子に比較的大なる電流を流し得る」旨の記載があることから,原
出願明細書には,原出願発明の課題として,コイルバネの焼き切れを防ぐために,
コイルバネに電流を流すことなく,プランジャーピンから本体ケースへ確実に電流
を流すことができ,比較的大なる電流を流し得る接触端子を提供することが記載さ
れているものということができる。
イ原告は,仮に原出願明細書において,コイルバネに電流を流さないことが課
題として記載されていたとしても,これとは別の独立した課題として,プランジャ
ーピンを本体ケースに対してより確実に押し付け,プランジャーピンから本体ケー
スへ確実に電流を流すという課題も記載されており,同課題に焦点が当てられてい
る旨主張する。
しかし,前記2⑶アのとおり,原出願発明の目的は,比較的大なる電流を流し得
る接触端子の提供であり,そのような接触端子を得るためには,プランジャーピン
を介して本体ケースへ比較的大なる電流を確実に流すことが必要となるが,その際,
コイルバネに電流が流れるとコイルバネが焼き切れてしまうことがあるので,これ
を防ぐために,コイルバネに電流を流さないようにする必要がある。したがって,
コイルバネに電流を流さないという課題は,比較的大なる電流を流し得る接触端子
を得るためにプランジャーピンから本体ケースへ確実に電流を流すという課題を解
決する際に生じ得るコイルバネの焼き切れの防止を目的とするものであるから,上
記両課題は別個独立のものということはできない。
ウ原告は,原出願明細書の【0005】には,プランジャーピンを本体ケース
に押し付ける押付部材としての導電球が明記されているなどとして,原出願明細書
を全体として見れば,押付部材としての導電球も開示されており,よって,絶縁球
に代えて,例えば絶縁被膜を与えない導電球を用いることも想定されている旨主張
する。
確かに,原出願明細書の【0005】には,背景技術として記載された公知技術
の1つとして,プランジャーピンとコイルバネとの間に絶縁球及び導電球が介在し,
導電球がプランジャーピンを本体ケースに押し付ける接触端子が記載されている。
しかし,本件発明1は,絶縁球を備えない接触端子を含むものであるところ,前
記2⑶イのとおり,原出願明細書においては,プランジャーピンとコイルバネとの
間に必ず絶縁球を介在させてコイルバネに電流が流れないようにすることによりコ
イルバネの焼き切れ防止に確実を期しており,コイルバネに電流を流れるのを防ぐ
その他の手段と併用することはあっても,同手段をもって絶縁球に代えること,す
なわち,接触端子を,絶縁球を含まないものとすることは,想定されていないもの
と解すべきである。原出願明細書には,「以上,本発明による実施例及びこれに基
づく変形例を説明したが,本発明は必ずしもこれに限定されるものではなく,当業
者であれば,本発明の主旨又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく,様々
な代替実施例及び改変例を見いだすことができるであろう。」という旨の記載
(【0043】)があるものの,絶縁球を備えない接触端子とすることは,「本発
明の主旨」を逸脱するものといえるから,「様々な代替実施例及び改変例」の範ち
ゅうに入らない。
したがって,本件発明1は,絶縁球を備えない接触端子を含むという点において,
原出願明細書に記載されていない発明を含むものである。
エ原告は,仮に,原出願明細書に押付部材としての導電球が直接記載されてい
ないとしても,押付部材として導電球を用いることは技術常識であるから,押付部
材としての導電球は,原出願明細書に記載されているに等しい事項である旨主張す
る。
しかし,仮に押付部材として導電球を用いることが技術常識であったとしても,
前記ウのとおり,本件発明1が,絶縁球を備えない接触端子を含むという点におい
て,原出願明細書に記載されていない発明を含むものであることに変わりはない。
⑶小括
よって,原告主張の取消事由は,理由がない。
4結論
以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がないから,原告の請求を棄却するこ
ととし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官髙部眞規子
裁判官古河謙一
裁判官鈴木わかな
別紙原出願明細書(甲15)掲載の図面
【図1】原出願発明による接触端子をソケットに収容した状態の断面図
【図2】原出願発明による接触端子の断面図
【図3】原出願発明による接触端子の要部の部品図
【図4】原出願発明による接触端子の組立図
【図6】原出願発明による接触端子の断面図

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