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平成13年(行ケ)第408号 審決取消請求事件
平成15年11月20日判決言渡,平成15年11月4日口頭弁論終結
     判    決
 原   告    株式会社豊田自動織機
          (旧商号・株式会社豊田自動織機製作所)
 訴訟代理人弁護士 永島孝明,山本光太郎,復代理人弁護士 伊藤晴國
 訴訟代理人弁理士 中村敬
 被   告    株式会社ゼクセルヴァレオクライメートコントロール
 訴訟代理人弁護士 森田政明,弁理士 森正澄
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が無効2000-35636号事件について平成13年8月2日にした
審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,被告請求に係る無効審判におい
て,本件特許を無効とするとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案で
ある。
 本判決においては,審決等を引用する場合を含め,①特開昭62-282182
号公報(審判甲1,本訴甲3)を「刊行物1」,これに記載された発明を「引用発
明1」と,②特開昭63-16177号公報(審判甲5,本訴甲4)を「刊行物
2」,これに記載された発明を「引用発明2」という。
 また,本判決においては,書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に
従って表記を変えた部分がある。
 1 前提となる事実等
 (1) 特許庁における手続の経緯
(1-1) 本件特許
 特許権者:株式会社豊田自動織機(原告。旧商号・株式会社豊田自動織機製作
所)
 発明の名称:「可変容量圧縮機」
 特許出願日:昭和63年8月11日(特願昭63-200392号)
 設定登録日:平成9年1月29日
 特許番号:第2600317号
 (1-2) 本件手続
 無効審判請求日:平成12年11月22日(無効2000-35636号)
 訂正請求日:平成13年3月8日(本件訂正)
 審決日:平成13年8月2日
 審決の結論:「訂正を認める。特許第2600317号の請求項1に係る発明に
ついての特許を無効とする。」
 審決謄本送達日:平成13年8月15日(原告に対し)
 (2) 本件発明の要旨(本件訂正後の特許請求の範囲の記載。請求項は1つの
み。)
 【請求項1】吸入室,吐出室およびクランク室を備え,該吐出室と該クランク室
とを連通する給気通路に設けられた弁制御手段を介して,吸入圧力の変化に応じて
揺動板の傾斜角を変化させて圧縮容量を制御するようにした可変容量圧縮機におい
て,前記弁制御手段は,前記給気通路を開閉する開閉弁と,該開閉弁に結合し,前
記吸入圧力の低下を検出して該開閉弁を開くように制御する感圧手段と,該感圧手
段に外部からの信号による可変荷重を加えて該感圧手段の圧力制御点を可変とする
可変荷重入力手段とから構成されていることを特徴とする可変容量圧縮機。
 (3) 審決の理由の要旨
 (3-1) 審決は,特開昭62-282182号公報(審判甲1,本訴甲3。刊行物
1,引用発明1)及び特開昭63-16177号公報(審判甲5,本訴甲4。刊行
物2,引用発明2)を引用した。
 (3-2) 審決は,本件発明と引用発明1を対比し,次のとおり,一致点と相違点を
認定した。
 『刊行物1に記載された「吐出圧力供給通路d,d’」,「角度可変ウォブル板
8」,「容量可変コンプレッサ」,「ボール弁体25」,「ダイヤフラム16」
は,それぞれ,本件発明の「給気通路」,「揺動板」,「可変容量圧縮機」,「開
閉弁」,「感圧手段」に相当するから,両者は,吸入室,吐出室及びクランク室を
備え,該吐出室と該クランク室とを連通する給気通路に設けられた弁制御手段を介
して,吸入圧力の変化に応じて揺動板の傾斜角を変化させて圧縮容量を制御するよ
うにした可変容量圧縮機において,前記弁制御手段は,前記給気通路を開閉する開
閉弁と,該開閉弁に結合し,前記吸入圧力の低下を検出して該開閉弁を開くように
制御する感圧手段とから構成されている可変容量圧縮機の点で一致し,
 (イ)本件発明では,該感圧手段に外部からの信号による可変荷重を加えて該感圧手
段の圧力制御点を可変とする可変荷重入力手段とから構成されるのに対して,引用
発明1では,調整ねじ及び調整スプリングとから構成される点で相違する。』
 (3-3) 審決は,相違点(イ)につき,次のとおり判断した。
 『刊行物2に記載された「容量可変型圧縮機」,「調整弁」は,それぞれ,本件
発明の「可変容量圧縮機」,「開閉弁」に相当するので,吸入室,吐出室及びクラ
ンク室を備え,吸入圧力の変化に応じて揺動板の傾斜角を変化させて圧縮容量を制
御するようにした可変容量圧縮機において,開閉弁に結合し開閉弁を制御する感圧
手段に,外部からの信号による可変荷重を加えて該感圧手段の圧力制御点を可変と
する可変荷重入力手段が,刊行物2に記載されており,引用発明1と引用発明2と
は,吸入室,吐出室及びクランク室を備え,吸入圧力の変化に応じて揺動板の傾斜
角を変化させて圧縮容量を制御するようにした可変容量圧縮機において,開閉弁に
結合し開閉弁を制御する感圧手段という同一技術分野に属するものであるから,両
発明を組み合わせることに格別の困難性はなく,したがって,引用発明1に,刊行
物2記載の可変荷重入力手段に関する発明を適用することにより,本件発明のよう
に構成することは,当業者が容易になし得たことである。
 そして,本件発明の構成によってもたらされる効果も,引用発明1及び2から当
業者であれば予測できる程度のものである。
 被請求人は,組み合わせの容易性の主張は,応答性と潤滑性の点において,妥当
性を欠く旨主張している。主張されている応答性と潤滑性とは,吐出室とクランク
室とを連通する給気通路に弁制御手段を設ける給気通路制御形態(第1の制御形
態)を車両等の空調に適用した場合に持つ当然の効果であり,組み合わせの一方で
ある引用発明1においても,給気通路制御形態を採用しているものであり,組み合
わせの阻害事由となるものではない。また,その応答性と潤滑性について前提とし
ている車両等の空調は,特許請求の範囲に記載がなく,特許請求の範囲の記載に基
づく主張でもない。』
 (3-4) 審決は,以上をふまえ,本件発明は,引用発明1及び2に基づいて当業者
が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条2項
の規定に違反してなされたものであり,特許法123条1項2号の規定に該当す
る,と結論づけた。
 2 原告の主張(審決取消事由)の要点
 (1) 取消事由1(引用発明1の認定及び本件発明と引用発明1の相違点の認定の
誤り)
 (1-1) 審決は,刊行物1の記載内容の認定において,引用発明1の構成要素の1
つとして「調整ねじ19及び調整スプリング22」が存在することを認定した点に
おいて誤っている。
 審決は,請求人(被告)が主張した特許法29条1項違反につき,刊行物1に
は,「調整ねじ19及び調整スプリング22」が記載されているとしても,調整の
ために駆動する部材及び調整の程度を決定する部材が記載されていないので,「可
変荷重入力手段」が開示されているとはいえないと判断しており,この判断を前提
とすれば引用発明1において,「ダイヤフラム16[感圧手段]」から独立した構
成要素として「調整ねじ19及び調整スプリング22」を認定する必要は全くな
い。
 (1-2) 審決は,本件発明と引用発明1の相違点(イ)として,「本件発明では,該
感圧手段に外部からの信号による可変荷重を加えて該感圧手段の圧力制御点を可変
とする可変荷重入力手段とから構成されるのに対して,引用発明1では,調整ねじ
及び調整スプリングとから構成される点で相違する。」と認定した。
 上記のように,審決は,引用発明1には可変荷重入力手段が存在しないことを認
めているのであるから,本件発明と引用発明1の相違点においても,引用発明1に
「調整ねじ19及び調整スプリング22」が存在することを相違点として認定する
必要はない。
 しかも,審決は,上記のように,「調整ねじ19及び調整スブリング22」を感
圧手段とは別個の独立した構成要素として認定しながら,その認定を本件発明と引
用発明1の相違点(イ)の判断に反映していないのであり,この点でも誤っている。
 本件発明と引用発明1の相違点(イ)は,「本件発明では,該感圧手段に外部からの
信号による可変荷重を加えて該感圧手段の圧力制御点を可変とする可変荷重入力手
段とから構成されるのに対して,引用発明1ではそのような可変荷重入力手段が存
在しない点」とすべきである。
 (2) 取消事由2(相違点(イ)の判断の誤り)
 (2-1) 引用発明2の認定の誤り
 審決は,刊行物2には,「吸入室,吐出室およびクランク室を備え,吸入圧力の
変化に応じて揺動板の傾斜角を変化させて圧縮容量を制御するようにした容量可変
型圧縮機において,開閉弁に結合し開閉弁を制御する感圧手段に,外部からの信号
による可変荷重を加えて該感圧手段の圧力制御点を可変とする可変荷重入力手段」
が開示されていると認定するが,この認定は,開閉弁の位置,目的及び技術的意義
を無視したものである。引用発明2の「可変荷重入力手段」が作用する開閉弁は,
刊行物2の記載に基づいて正確に認定されるべきである。
 引用発明2の調整弁は,クランク室と吸入室とを連通する逃し通路(抽気通路)
に設けられた開閉弁であり,調整弁の動作を制御する感圧手段(ベローズ101)
の圧力設定値を変えるのが引用発明2の可変荷重入力手段である。よって,引用発
明2は,「吸入室,吐出室およびクランク室を備え,該クランク室と該吸入室とを
連通する逃し通路に設けられた弁制御手段を介して,逃し通路上の吸入圧力の変化
に応じて揺動版の傾斜角を変化させて圧縮容量を制御するようにした可変容量圧縮
機において,前記弁制御手段は,前記逃し通路を開閉する調整弁と,該調整弁に結
合し,前記吸入圧力の低下を検出して該調整弁を閉じるように制御する感圧手段
と,該感圧手段に外部からの信号による可変荷重を加えて該感圧手段の圧力制御点
を可変とする可変荷重入力手段とから構成されていることを特徴とする可変容量圧
縮機。」と認定されるべきである。
 (2-2) 引用発明1と引用発明2の技術分野の相違
 審決は,引用発明1と引用発明2の技術分野を同一とする。その説示は,前記
1(3)(3-3)のとおりであって,引用発明2の弁制御手段の構成を抽象化した認定を
行うことによって,同一の技術分野に属していると判断し,引明発明を組み合わせ
る理由付けや動機付けの具体的な検討を放棄するものである。
 容易想到性の判断においては,当業者の視点で引用発明の課題(目的),解決手
段,作用・機能,効果等を総合的に判断しなければならない。組み合わせる引用発
明が抽象的なレベルで同一の技術分野に属したとしても,抽象化された技術思想は
常に引用発明を組み合わせる動機付けとなり得るものではなく,引用発明の課題
(目的),解決手段,作用・機能,効果等の具体的なレベルでの理由付け及び動機
付けを検討しなければならない。
 引用発明1と引用発明2は,「吸入室,吐出室およびクランク室を備え,吸入圧
力の変化に応じて揺動板の傾斜角を変化させて圧縮容量を制御するようにした可変
容量圧縮機」である点においては一致しているが,吸入圧力の変化に応じて揺動板
の傾斜角を変化させる手段において異なっている。引用発明1は,開閉弁を給気通
路に設置し,吐出圧力室内の調整ガス(高圧ガス)を吐出室からクランク室へ導入
することによってクランク室の揺動板の傾斜角を変化させて圧縮容量を制御するも
のである。つまり,引用発明1が採用する手段は入れ側制御である。一方,引用発
明2は,開閉弁(調整弁)を逃し通路(抽気通路)に設置し,クランク室から吸入
室へのブローバイガスの流出を止めることによってクランク室の揺動板の傾斜角を
変化させて圧縮容量を制御するものである。つまり,引用発明2が採用する手段は
抜き側制御である。このような異なった制御方法のために,引用発明1と引用発明
2においては,開閉弁(調整弁)の目的及び機能,その技術的意義が異なっている
のである。単に可変容量圧縮機という抽象的なレベルでの技術分野が同一であった
としても,本件発明の対象であるクランク室圧力の制御方法という具体的なレベル
での技術分野では,引用発明1の入れ側制御と,引用発明2の抜き側制御とで本質
的に異なるのである。これを無視して,引用発明1と引用発明2の開閉弁(調整
弁),ひいてはそれを動作させる感圧手段の圧力設定値を可変とする可変荷重入力
手段を同一視することはできない。
 (2-3) 容易想到性についての誤った判断
 本件発明は,引用発明1と入れ側制御の点で一致するが,給気通路の開閉弁の感
圧手段に外部からの信号による可変荷重を加えて該感圧手段の圧力制御点を可変と
する可変荷重入力手段の構成を有している点において引用発明1と相違し,かかる
可変荷重入力手段を使用することによって,加速カットという目的を達成し,顕著
な効果を有するものである。
 本件発明が問題とした従来の容量可変型圧縮機(引用発明1の容量可変圧縮機)
は,入れ側内部制御の圧縮機であり,吐出室とクランク室との連通路に設けられた
開閉弁の感圧手段(ベローズ)の圧力設定点は,決められた値に固定されているの
で,結果的に吸入圧力は固定の一定値に制御される。このため,加速時等に低容量
圧縮運転したいといった要望があってもこれに対応することができないのであり,
これが本件発明の開示する技術課題である。つまり,本件発明は加速カットをその
目的としている。
 引用発明1には,本件発明が目的とする加速カットについては,何らの記載も示
唆もない。一方,引用発明2が問題とした従来の容量可変型圧縮機は,抜き側制御
の圧縮機であり,クランク室と吸入室との連通路に設けられた弁機構の感圧手段
(ベローズ)の圧力設定点が決められた値に固定されているので,結果的に吸入圧
力は固定の一定値に制御される。このため,特段に低い蒸発温度を必要としたり,
逆に負荷低減のために低容量で運転したいなどの要求があってもこれに対応するこ
とができないのであり,これを引用発明2は技術課題としている。
 確かに,引用発明2においても,調整弁の感圧手段(ベローズ)の圧力設定値が
固定されているために,その圧力設定値を変更することはできないという指摘があ
るが,入れ側制御と抜き側制御の開閉弁(調整弁)の目的,作用及び技術的意義が
異なるため,「負荷低減のための低容量運転」という引用発明2の目的は,本件発
明の目的である「加速時等に低容量圧縮運転」を示唆するものではないのである。
 したがって,加速時等に低容量圧縮運転を可能とするために,当業者が引用発明
2の可変荷重入力手段を抽気通路の調整弁というコンテクストから外して引用発明
1の給気通路の調整弁に適用することは容易なことではない。
 (3) 取消事由3(本件発明の格別顕著な作用効果の看過)
 本件発明においては,外部からの信号によって可変荷重を給気通路の開閉弁の感
圧手段(ベローズ)に加え,給気通路の開閉弁を開くことによって吐出室内の高圧
ガス(調整ガス)をクランク室に一気に導入することができ,その結果クランク室
内の圧力を瞬時に高めることができる。本件発明においては,吸入圧力が高いこと
により揺動板の傾斜角が最大となり圧縮機が最大容量運転をしていても,外部から
の信号により可変荷重入力手段が感圧手段に可変荷重を加え,感圧手段の圧力制御
点を大なるように変化させて開閉弁を開くことができるのである。これにより,吐
出室内の高圧ガス(調整ガス)が給気通路を経てクランク室に一気に導入され,ク
ランク室内の圧力が瞬時に上昇し,揺動板の傾斜角が最小である最小容量運転に瞬
時に導かれるのである。引用発明1はこの効果について何らの記述も示唆もない。
 引用発明2においては,クランク室内の圧力を高めるために逃し通路の調整弁を
閉めたとしても,ピストンの運転によってブローバイガスが蓄積されることを待た
ざるを得ない。外部からの信号によって可変荷重を感圧手段(ベローズ)に加え,
調整弁を閉めたとしても,クランク室内の圧力を瞬時に高めることはできないので
ある。
 本件発明においては,吐出室内の高圧の吐出ガスが給気通路を経てクランク室に
一気に導入され,クランク室内の圧力が瞬時に上昇し,揺動板の傾斜角が最小であ
る最小容量運転に瞬時に導かれる。例えば,外部からの信号として車両の加速信号
を採用するのであれば,車両の走行中に圧縮機の負荷を極めて迅速に低減すること
ができるため,車両の加速を支援できる。この作用効果は,抜き側制御によっては
容易に得られないものであり,入れ側制御を採用する本件発明によって初めて可能
になったものである。
 審決は,「応答性(加速カット)」について,給気通路制御形態(入れ側制御)
を車両等の空調に適用した場合に持つ当然の効果であると指摘するが,正しくな
い。「加速カット」とは,車両空調用の圧縮機において,吸入圧力が高いことによ
り,揺動板の傾斜角が最大である最大容量運転をしていても,加速時等に瞬時に揺
動板の傾斜角が最小の最小容量運転に圧縮容量を減少させることである。入れ側制
御を採用する引用発明1は,単に吸入圧力室内の吸入圧力に応じて感圧手段(ベロ
ーズ)が給気通路に設けられた開閉弁を開閉するにすぎず,感圧手段に可変荷重を
加えて強制的に行なう加速カットの作用効果を全く有しない。
 吸入圧力に応じた圧縮容量制御の点においては,引用発明1のような入れ側内部
制御も,引用発明2の従来技術である抜き側内部制御も,相違はないのである。ま
た,抜き側内部・外部制御を採用する引用発明2も加速カットの作用効果を有して
いない。
 刊行物2は,「特段に低い蒸発温度を必要としたり,逆に負荷低減のために低容
量で運転したいなどの要求があっても感圧手段の圧力設定値を変えることができな
いので,これに対応することができなかった」,「媒体に低い蒸発温度を維持させ
たり,低容量の運転により負荷の低減を可能にするなど,得られる効果は大き
い。」と記載する。このような記載は,「蒸発温度を低くすること」と「負荷低
減」を「逆に」という接続詞で接続しているが,圧力設定値の変更方向が逆である
ことを意味しているのである。すなわち,圧力設定値を低くすることにより,大容
量運転を維持し,もってエバポレータでの蒸発温度を低くすることができるのであ
る。逆に,圧力設定値を高くすることにより,小容量運転を維持し,もって負荷低
減を実現できるのである。そして,このことは,ある程度長い時間,大容量運転を
継続したり,小容量運転を継続したりすることを意味する。それゆえに,引用発明
2においては,本件発明でいう加速カットを意図又は示唆していないのである。な
ぜならば,加速カットは,車両の加速等の支援のために行われることから瞬時性が
要求され,小容量運転を比較的短時間しか維持しないからである。さらに,「負荷
低減のために低容量で運転すること」とは,最大容量で運転する必要のないとき
に,単に容量を減少して運転させることを意味する。したがって,「負荷低減のた
めに」には,「加速時」に要求される「瞬時」の場合を含んでおらず,本件発明の
加速カットのような大容量から小容量への瞬時の容量減少を意味するものではない
のである。
 審決は,本件発明の有する加速カットという顕著な効果を理解せずに,引用発明
1及び引用発明2から当業者が予測できる程度のものであると認定したが,この認
定は明らかに誤りである。
 (4) 取消事由4(商業的成功の判断の遺漏)
 原告は,1997年に本件発明の入れ側内部・外部制御の圧縮機を販売して以
来,圧縮機の市場において順調に受け入れられてきている。本件発明を実施する圧
縮機は市場において60%~70%のマーケットシェアを有していると推定される
(商業的成功)。これに対して,他社の圧縮機においては,抜き側内部制御の圧縮
機が長い間主流であった。引用発明2の抜き側内部・外部制御弁を採用する圧縮機
は,実用化されていない(他人の失敗)。2001年になって初めて他社も本件発
明に係る入れ側内部・外部制御の圧縮機を市場に出そうという動きもある。これら
の客観的事実は,本件発明が進歩性を有することの強い証拠になる。また,このよ
うに他社において本件発明に係る圧縮機を最近まで発売していない事実(発明の不
実施又はlong-feltbutunsolvedneedsといわれる。)は,本件発明の顕著な効果
の証憑となるものである。原告は,この事実は特許庁において主張していなかった
が,本訴において新たに主張する。
 3 被告の主張の要点
 (1) 取消事由1(引用発明1の認定及び本件発明と引用発明1の相違点の認定の
誤り)に対して
 刊行物1(甲3)の記載(2頁左下欄10~17行)によれば,容量調整弁Bに
結合し容量調整弁Bを制御する圧力応動部Mが,「調整ねじ及び調整スプリング」
と「ダイヤフラム16(感圧手段)」が一体となって構成されていることが明らか
である。そして,「調整ねじ及び調整スプリング」が,容量調整弁Bを制御する圧
力応動部Mの「ダイヤフラム16(感圧手段)」に加える荷重を変更させ,その圧
力制御点を可変とする荷重入力調整手段であることも明らかである。
 そうすると,本件発明でいう「該感圧手段に可変荷重を加えて該感圧手段の圧力
制御点を可変とする可変荷重入力手段」が,引用発明1の「調整ねじ及び調整スプ
リング」に該当することが明らかである。
 (2) 取消事由2(相違点(イ)の判断の誤り)に対して
 被告は,本件発明は新規性を欠如すると考えるものであるが,少なくとも,進歩
性を欠如することは明らかである。
 引用発明1と引用発明2とは,「吸入室,吐出室およびクランク室を備え,吸入
圧力の変化に応じて揺動板の傾斜角を変化させて圧縮容量を制御するようにした可
変容量圧縮機において,開閉弁に結合し開閉弁を制御する感圧手段」をともに備え
た可変容量圧縮機という同一技術分野に属するものである。
 さらに,本件発明,引用発明1及び引用発明2は,同一技術分野に属するという
に止まらず,クランク室圧力を変化させること,とりわけ,クランク室圧力を高く
することを主眼とし,各種の検知方法の中から吸入圧力を検知することにより弁制
御するという,極めて詳細な技術事項においてまで共通するのであるから,引用発
明1と引用発明2の両発明を組み合わせることに格別の困難性はない。したがっ
て,引用発明1に引用発明2の可変荷重入力手段に関する発明を適用することによ
り,本件発明のように構成することは,当業者が容易になし得たことである。
 そして,本件発明の構成によってもたらされる効果も,引用発明1と引用発明2
に記載された発明から,当業者であれば予測できる程度のものである。
 原告のいう「内部制御」と「外部制御」については,その基準や定義を明記した
記述は,本件発明,引用発明1,引用発明2のいずれの明細書にも存在しない。独
自の技術分野を創設するもので,正当ではなく,技術的にも間違っている。さら
に,上記両制御の相違点についても,両制御形態が相互に交換できる原告自身の出
願に係る公知発明(乙8~10)がある。原告の主張する相違点は,正しい技術認
識でなく,原告自身が開示する上記公知技術とも乖離している。
 (3) 取消事由3(本件発明の格別顕著な作用効果の看過)に対して
 本件発明の効果は,引用発明1も奏する効果であり,特別顕著なものではない。
 引用発明1は,本件発明と同一の構成を備えるので,本件発明と同一の作用効果
を奏することは明らかである。
 また,本件発明の効果は,本件出願前に既に公知である被告の発明(乙12,1
3)に開示されており,特別顕著なものではない。
 さらに,本件発明の効果は,審決が認定する引用発明1と引用発明2との組み合
わせの観点からもいえる効果であり,特別顕著なものではない。すなわち,引用発
明1は,感圧手段に「調整ねじ及び調整スプリング」を備えた開閉弁が給気通路に
設けられており,この開閉弁を開けば吐出ガスはクランク室内に送り込まれる。引
用発明2の「可変荷重入力手段」は,外部からの信号により可変荷重入力手段が感
圧手段に可変荷重を加え,これにより感圧手段の圧力制御点を変化させて開閉弁を
制御することができるものである。したがって,引用発明1の「調整ねじ及び調整
スプリング」に,引用発明2の「可変荷重入力手段」を適用することによってもた
らされる構成は,感圧手段を備えた開閉弁の該感圧手段に可変荷重入力手段を付加
することであり,これにより,吸入圧力が最大であることにより揺動板の傾斜角が
最大となり圧縮機が最大容量運転をしているときでも,外部からの信号により可変
荷重入力手段が感圧手段に可変荷重を加えて,感圧手段の圧力制御点を大なるよう
に変化させて開閉弁を開くことができることになる。そして,引用発明1の「感圧
手段を備えた開閉弁の該感圧手段」に,「可変荷重入力手段を付加すること」は,
本件発明の構成そのものにほかならない。
 (4) 取消事由4(商業的成功の判断の遺漏)に対して
 原告は,他社において本件発明に係る圧縮機を最近まで発売していない事実(発
明の不実施)をもって発明の顕著な効果の証憑となる旨主張している。しかし,発
明の不実施の事実そのものを確認する資料はなく,あるのは被告が指摘した数多く
の公知発明の技術ばかりである。発明の進歩性は,当業者が公知技術等に基づいて
容易に発明することができたか否かであり,当該発明とされる技術が実施されてい
るか不実施かは,全く別異のものである。
 特定の発明の実施,不実施は,その発明の奏する効果のみならず,実用上のニー
ズや,時代の選択や要請等,複雑な要因が影響するものであり,当該発明の作用効
果の予測容易性を左右するものではない。
 本件発明において,「発明の不実施」という論理をもって発明の進歩性を肯定す
る顕著な効果の証憑等ということはできない。
第3 当裁判所の判断
 1 取消事由1(引用発明1の認定及び本件発明と引用発明1の相違点の認定の
誤り)について
 刊行物1には,「容量調整弁Bにおいて,本体14の一側に圧力応動部Mが設け
られる。圧力応動部Mは,本体14に固着された下蓋15に対してダイヤフラム1
6を挟持した状態で上蓋17を設けると共に該上蓋17にばね箱18を固着し,ば
ね箱18内に螺着した調整ねじ19とダイヤフラム16の上当金20に当接するば
ね受け21との間に調整スプリング22を設けて構成する。」(甲3,2頁左下欄
10~17行)と記載されている。よって,引用発明1の弁制御手段として,「調
整ねじ19及び調整スプリング22」を構成要素と認定すること自体に誤りはな
く,また,本件発明と引用発明1の相違点(イ)の認定において,引用発明1に「調整
ねじ19及び調整スプリング22」が存在することを認定したことにも誤りはな
い。
 原告は,引用発明1において,ダイヤフラム16から独立した構成要素として
「調整ねじ19及び調整スプリング22」を認定する必要は全くないなどという
が,仮に,審決の判断を導くにつき,必ずしも必要不可欠な認定ではないとして
も,認定内容に誤りはないのであるから,認定したこと自体を誤りであるとはいえ
ない。そして,審決を精査しても,上記認定をしたことについて,その前提に誤り
があったとか,これによって判断の誤りをきたしたというような点も認められな
い。
 原告の主張は,採用の限りではない。
 2 取消事由2(相違点(イ)の判断の誤り)について
 (1) 証拠(甲2ないし5,8,12,乙9,10)及び弁論の全趣旨によれば,
車両空調用等に使用される可変容量圧縮機におけるクランク室内の圧力を制御する
手段としては,いわゆる入れ側制御と抜き側制御が存在すること,入れ側制御は,
吐出室とクランク室とを連通する給気通路とその給気通路を開閉する開閉弁とを設
けるものであって,圧縮機の作動当初の冷房負荷が高い状態では開閉弁は閉じてい
るから,その後吸入圧力の低下を検出して開閉弁を開くように制御するのに対し,
抜き側制御は,クランク室と吸入室とを連通する逃し通路とその逃し通路を開閉す
る開閉弁とを設けるものであって,圧縮機の作動当初の冷房負荷が高い状態では開
閉弁は開いているから,その後吸入圧力の低下を検出して開閉弁を閉じるように制
御するという違いがあること,そして,入れ側制御においては,開閉弁を開いて吐
出ガスの流入によりクランク室の圧力を急激に上昇させることが可能であるから,
冷房負荷を急激に減少させることができるが,逆に,開閉弁を開いた状態から閉じ
る状態にしたときには,クランク室のガスがブローバイガスの逃し通路を介して吸
入室に吐出することで生ずるクランク室の圧力低下の速度が遅いので,冷房負荷を
急激に上昇させることはできないこと,一方,抜き側制御においては,開閉弁が閉
じられクランク室の圧力が高い状態のときに弁を開いて,クランク室の圧力を急激
に減少させ冷房負荷を急激に上昇させることが可能であるが,逆に,開閉弁を開い
た状態から閉じる状態にしたときには,ブローバイガスがシリンダー室とピストン
間に形成される隙間からクランク室内に流入することで生ずるクランク室の圧力上
昇の速度は遅いので,冷房負荷を急激に減少させることはできないことが認められ
る。
 (2) 上記証拠によれば,本件発明及び引用発明1は入れ側制御を,引用発明2は
抜き側制御を採用しているものと認められる。
 (a) ところで,本件出願前の公知刊行物である乙9(特開昭62-223475
号公報)には,次のような記載がある。
 『特許請求の範囲
 (1)複数個のシリンダボアと,吸入室及び吐出室と,ピストン駆動用斜板を収
納した前記吸入室及び吐出室とは独立して区画形成された斜板室とを備えた圧縮機
であって,シリンダボア内の圧縮室と斜板室又は吸入室とを連通可能としたバイパ
ス通路と,斜板室と吸入室との圧力差により前記バイパス通路を開閉するスプール
弁手段と,吐出室と斜板室とを連通可能とした給圧通路と,冷房負荷に応じて該給
圧通路を開閉する開閉弁手段とからなる圧縮機の可変容量機構。』
 『次に前述の給圧通路32及びこれを開閉する前記電磁弁33からなる開閉弁を
圧縮機に内蔵させた第2の実施例を第4図及び第5図に基づいて説明する。図にお
いて,斜板室5と吐出室15Rとを結ぶ給圧通路32は,リヤシリンダブロック1
R及びリヤバルブプレート7Rを通して穿設された主路32aと,リヤハウジング
12R内に穿設された副路32b,32cとからなり,該副路32bと32cとの
出合い部分となる横孔35には,両副路32b,32cを連通,遮断する球状弁体
36が弁座37に着座可能に配置されている。そしてリヤハウジング12R内には
該球状弁体36を開閉制御する制御機構38が組み込まれている。』(4頁右上欄
16行~左下欄9行)
 『車室温度が高くて冷房負荷が高い場合には,…球状弁体36は復帰ばね46に
よって弁座37に着座せしめられ,副路32b,32c間の連絡の遮断を通じて給
圧通路32は閉ざされている。この状態では斜板室5へ流入するブローバイガスは
絞り通路34を経由して吸入室14Fへと流れ,同斜板室5内の圧力は吸入室14
Fの圧力とほぼ同圧に制御されている。』(4頁右下欄10行~5頁左上欄3行)
 『その後車室温度が低下して冷房負荷が低くなってくると,…球状弁体36は弱
小な復帰ばね46の弾力に抗して弁座37から離脱し,前記副路32b,32cは
連通される。従って該副路32b,32cと前記主路32aとで形成される給圧通
路32は開放状態となって,吐出室15R内の高圧冷媒が斜板室5に導入され,昇
圧した斜板室5の圧力が逃し孔28F,28Rを介してスプール弁29F,29R
に作用し,該スプール弁29F,29Rをバイパス通路を開く向きに押動させる結
果,圧縮容量が巧みに低下されて低容量運転へ移行する』(5頁左上欄16行~右
上欄14行)
 『また,本実施例の変形例として,図示の絞り通路34を廃止し,給圧通路32
を,斜板室5から感圧室51,通路52を経て吸入室14Rに通じる絞り通路とな
し,同通路内に設けられた球状弁体36の弁座37を逆向きに形成して,冷房負荷
の低下にともなってベローズ40が伸長した際,該球状弁体36を弁座37に着座
させて前記絞り通路を閉じるように構成すれば,完全に密閉された斜板室5はブロ
ーバイガスによって昇圧し,この圧力によっても前記スプール弁29F,29Rを
作動させることができる。』(5頁左下欄10~20行)
 (b) また,本件出願前の公知刊行物である乙10(実願昭60-17615号
(実開昭61-134580号)のマイクロフィルム)には,次のような記載があ
る。
 『実用新案登録請求の範囲
 ドライブシャフトを中心として複数個のボアを設け,各ボアには圧縮室を存して
ピストンを進退自在に嵌挿させ,ボアの圧縮室側の一端は吸入室と吐出室に対して
ピストンの進退を介して選択的に連通させる事が可能な如く設けるとともに各ボア
の他端はクランク室と連通させて設け,同クランク室には上記ドライブシャフトに
対して環状に形成する回転斜板をその傾斜角を可変出来る様にドライブシャフトを
囲撓する如く取付けると共に同回転斜板には揺動板をその回転が規制された状態に
て揺動する事が可能な如く取付け,同揺動板と前記各ピストン間をコンロッドにて
連結させてなる揺動斜板型圧縮機において,クランク室と,吐出室若しくは吸入室
間を連通路にて繋ぎ,その通路中に通路開閉を司る電磁弁を設け,同電磁弁を,例
えば車室温度と,圧縮機の回転数,エンジン回転数,吸気マニホールド負圧,アク
セル踏み込み量等を制御信号として検知し,同制御信号に基づき電磁弁の開閉を行
なうアンプと接続した事を特徴とする揺動斜板型圧縮機における斜板の揺動角制御
機構。』
 『考案が解決しようとする問題点
 しかして上記提案にあっては例えば車が長時間に亘って炎天下に置かれていた場
合等車室内が異常に高温度の状態にある場合において,車室内の温度が未だ設定温
度迄下がらないうちに吸入圧力が設定庄力(大気圧プラスばね37の付勢圧)を下
回ってしまう事に起因して最大容量の圧縮作用状態より容量ダウンの圧縮作用状態
に切り換えられて仕舞い,車室温度を短時間の間に設定温度迄下げる事が出来ない
点,即ち急冷房作用(クールダウン)が得られない点に第1の問題点を有する。
 又,車を加速させるべくエンジンの回転数を上げた場合において吸入圧力が低下
するのに伴いクランク室内圧力が上昇して圧縮容量をダウンさせる作用が得られる
のであるが,この最大容量にて圧縮する状態(100%運転状態)より圧縮容量を
ダウンさせる状態(小容量運転状態)への切り換えが,吸入圧力が設定圧力に下が
るのを待って行なわれるため,加速開始時機と一致せず,回転数がある程度上がっ
た後に徐々に行なわれる点,即ち速やかな加速作用が得られない点に第2の問題点
を有する。
 本考案は上記の様な問題点を解決するためにその改善を試みたものであって,最
大容量にて圧縮する作用状態(100%運転状態)より圧縮容量をダウンさせる作
用状態(小容量運転状態)への切り換えを時間的及び量的に自由にコントロールす
る事が出来る様にする事によって,運転者のニーズに呼応して急冷房性能及び加速
性能を高める事が出来る様にする点にその解決すべき問題点を有する。』
 『30は吐出室7とクランク室13間を繋ぐ連通路であって同連通路30には電
磁弁31が介在させて設けられる。そして同電磁弁31にはアンプ35が接続さ
れ,同アンプ35は,例えば吸入圧力,吸入温度,車室温度,圧縮機の回転数,エ
ンジン回転数,吸気マニホールド負圧,アクセル踏み込み量等を制御信号として検
知し,同制御信号を介して電磁弁31の開閉を行なう様に設けられる。』(10頁
8~16行)
 『第2図は第2の実施例を表わす図面であって,連通路30は吸入室6とクラン
ク室13間を繋ぐ様に設けられる。そして同連通路30には第1の実施例と同様電
磁弁31を介在させて設けるに,同電磁弁31は車室内の冷房負荷が大きい状態に
おいては電磁弁31が開かれた状態にあり,又冷房負荷が減少するのに伴い,電磁
弁31を閉じる状態が得られる様に設けられる。そして同電磁弁31にはアンプ3
5が接続され,同アンプ35において,例えば吸入圧力,吸入温度,車室温度,圧
縮機の回転数,エンジン回転数,吸気マニホールド負圧,アクセル踏み込み量等を
制御信号として検知し,同制御信号の内何れか一つ或いは二つ以上の制御信号を介
して電磁弁31の開閉を行なう様に設けられる。』(14頁19行~15頁13
行)
 『考案の効果
 本考案は以上の様に構成されるものであって,上記の様にクランク室と,吐出室
若しくは吸入室間を繋ぐ連通路に介在させて電磁弁を設け,同電磁弁を,例えば車
室温度と,圧縮機回転数,エンジン回転数,エンジンの吸気マニホールド負圧,ア
クセル踏み込み量等を制御信号として開閉させる様にした事により,最大容量の圧
縮状態からその容量をダウンさせる状態への切り換えをドライバー及び車の状況に
応じて自由に且つ速やかにコントロールする事が出来るに至った。そしてこの様に
最大容量の圧縮状態からその容量をダウンさせる状態への切り換えを自由にコント
ロールする事が出来る事により,急冷房性能(クールダウン)と加速性能を選択し
て高める事が出来るに至った。』
 (c) 以上の記載によれば,本件出願前において,吸入圧力の変化に応じて揺動板
の傾斜角を変化させて圧縮容量を制御するようにした可変容量圧縮機において,圧
縮容量を制御する際に,開閉弁を給気通路に設置し,吐出室内のガスを吐出室から
クランク室へ導入することによってクランク室の揺動板の傾斜角を変化させて圧縮
容量を制御する(入れ側制御)か,開閉弁を抽気通路に設置し,クランク室から吸
入室へのブローバイガスの流出を止めることによってクランク室の揺動板の傾斜角
を変化させて圧縮容量を制御する(抜き側制御)かは,任意に選択可能な手段と認
識されていたことが認められる。
 (3) 引用発明2について検討するに,引用発明2は,抜き側制御によるものであ
る。しかし,刊行物2は,「発明が解決しようとする問題点」として,「特段に低
い蒸発温度を必要としたり,逆に負荷低減のために低容量で運転したいなどの要求
があっても感圧手段の圧力設定値を変えることができないので,これに対応するこ
とができなかった。」(2頁左下欄11~15行)との点を挙げ,「発明の効果」
として,「以上の説明により明らかなように,本発明によれば,調整弁の開閉を駆
動する感圧手段の圧力設定値を別に付加された外部制御手段により任意に制御する
ことが可能となり,これによって吸入圧力とクランク室圧力との差を広範囲に設定
し,結果的にピストンのストローク,すなわち圧縮容量を好ましい値に調整できる
から,媒体に低い蒸発温度を維持させたり,低容量の運転により負荷の低減を可能
にするなど,得られる効果は大きい。」(4頁右下欄18行~5頁左上欄7行)と
の記載がされている。
 これらによれば,引用発明2は,調整弁の開閉を駆動する感圧手段の圧力設定値
を,可変荷重入力手段により外部から(任意の時期に任意の量だけ変化させて),
圧縮容量を制御する容量可変型圧縮機であるものと認められる(引用発明2が抜き
側内部・外部制御であるとの点は,原告が自ら主張するところである。)。なお,
前記乙10の記載にも照らせば,上記の「媒体に低い蒸発温度を維持させたり」と
は,車内が異常に高温度の状態にある場合に急冷房性能(クールダウン)を選択す
ることであり,「低容量の運転により負荷の低減を可能にする」とは,加速性能を
選択するものと解するのが相当である。
 (4) 以上によれば,引用発明1と引用発明2とは,入れ側制御と抜き側制御の違
いがあり,吸入圧力の変化に応じて揺動板の傾斜角を変化させる作用機序(メカニ
ズム)において異なるといえる。しかし,前記乙9,10が示すように,入れ側制
御と抜き側制御とは,車両空調用の圧縮機として任意に選択可能なものと認識され
ていたものである上,引用発明2に記載されている,感圧手段の圧力設定値を変え
ることにより,特段に低い蒸発温度を必要としたり,逆に負荷低減のために低容量
で運転したいなどの要求に応じるという課題は,引用発明1においても共通する必
要な課題であるから,引用発明1と引用発明2とは,異なる技術分野に属するもの
ではなく,同一の技術分野に属するといって差し支えなく,また,引用発明2の可
変荷重入力手段を引用発明1に適用することに格別の困難はなく,これを妨げる特
段の理由はないというべきである。
 3 取消事由3(本件発明の格別顕著な作用効果の看過)について
 原告は,「加速カット」の顕著な作用効果を主張する。
 しかし,本件出願前の公知刊行物である前記乙10では,「最大容量の圧縮状態
からその容量をダウンさせる状態への切り換えを自由にコントロールする事が出来
る事により,急冷房性能(クールダウン)と加速性能を選択して高める事が出来る
に至った。」(16頁5~8行)と,既に加速時に圧縮容量を減少させることが開
示されている。
 また,本件出願前の公知刊行物である乙13(特開昭60-259777号公
報)においても,「本発明の圧縮機では,揺動板の傾斜角度,即ち圧縮機の吐出容
量制御を常時低圧空間に圧力が連続してリークするクランク室に高圧側から高圧を
導入することによってクランク室の内圧を上昇させて行うため,クランク室の内圧
は急速に上昇されて,圧縮機のカットオフが迅速に行われ,特に車輌の加速,登坂
時において,エンジンの全出力を車輌の駆動力に振り向けたい時に圧縮機のカット
オフを素早く対応させることができる。」(10頁左上欄17行~右上欄6行)
と,原告のいう「加速カット」について既に記載されている。
 そして,入れ側制御(弁制御手段も考慮すれば原告のいう入れ側内部制御)であ
る引用発明1に,引用発明2の可変荷重入力手段を適用して外部制御とすれば,外
部からの制御を可能とした入れ側(内部)制御(原告のいう入れ側内部・外部制
御)となるから,本件発明と同じ作用効果を奏することは自明である。
 原告主張の取消事由3は理由がない。
 4 取消事由4(商業的成功の判断の遺漏)について
 商業的成功の要因としては種々のものが想定されるところ,本件発明に基づいて
商業的成功を収めたことについて証明がされたとはいえない上,前記のとおり,本
件発明の作用効果は,引用発明1の弁制御手段に,引用発明2の可変荷重入力手段
を適用すれば,同様の作用効果を奏するものである。
 なお,原告は,長期間の発明不実施の事実が顕著な効果についての重要な証憑で
あるかのように主張するが,他社における本件発明の不実施の状況,とりわけその
事由の分析等について,具体的な主張立証はないから,上記判断を左右し得るもの
ではない。その他,原告の主張するところを考慮しても,原告主張の取消事由4も
理由がない。
 5 結論
 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
  東京高等裁判所第18民事部
      裁判長裁判官   塚  原  朋  一
         裁判官   塩  月  秀  平
         裁判官   田  中  昌  利

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