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裁判例


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       主   文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 被控訴人が控訴人に対し労働契約上の権利を有することを仮りに定める。
2 控訴人は被控訴人に対し金一三六万九六七六円を仮りに支払え。
3 被控訴人のその余の申請を却下する。
二 訴訟費用は、第一、二審を通じ、その五分の一を被控訴人の負担とし、その余
を控訴人の負担とする。
       事   実
 控訴人は「原判決を取り消す。本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は第一、二
審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求
めた。
当事者双方の主張は、以下に記載するほか、原判決事実摘示のとおりである。
(控訴人の主張)
一 被控訴人が控訴会社の従業員たる地位を有しないことについて。
1 被控訴人は、その採用の当初から終始申請外日本フアイリング株式会社(以
下、申請外会社という。)との間にのみ雇傭関係があり、申請外会社の従業員であ
つたものである(原判決六丁表(一))。
2 仮りに被控訴人の雇傭関係が、申請外会社と同時に控訴会社との間にもあつた
としても(控訴会社との間にのみ雇傭関係があつたと解すべきではない。)、被控
訴人は昭和四六年一〇月一日付転勤命令に応じて申請外会社の営業本部営業管理部
システム設計課に勤務し、申請外会社から賃金の支払を受けていた。したがつて、
被控訴人は申請外会社のみの従業員となることを承諾したか(右発令が雇主の地位
の譲渡にあたるとしても、これを承諾した。)、または、控訴会社及び申請外会社
から成る実質上単一な企業体において両会社間の人事異動が同一会社内の転勤と同
様に扱われているという事実たる慣習に従つたものである。以上のとおり、被控訴
人は右転勤により申請外会社のみの従業員となつたものである。
 もつとも、被控訴人は右発令について「出向の件については異議を留保する」と
の意思を表明したが、当時両会社には出向制度はなく、右発令は出向とは解されな
いから、右表明には特段の意味がない。
3 後記二2のとおり、千葉地方労働委員会に対する救済命令申立事件において、
被控訴人の属する労働組合は、控訴人及び申請外会社を相手方として、被控訴人の
原職復帰等を求め、その旨の救済命令及びこれに関する千葉地方裁判所の緊急命令
が発せられるや、申請外会社は被控訴人を同会社の原職に復帰させ、被控訴人もこ
れに応じて就労している。以上のところからすれば、被控訴人はその雇傭契約の相
手方が申請外会社であることを認めていたものであるのに、本件において控訴会社
の従業員であることを主張するものであつて、かかる主張は信義則に反し、許され
ないというべきである。
二 本件仮処分による保全の必要性の不存在。
1 前記のとおり被控訴人は申請外会社の従業員であつたが、昭和四七年六月二一
日付で申請外会社仙台営業所への転勤を命ぜられ、これを拒否したので、申請外会
社は同年七月三一日被控訴人を懲戒解雇し、以後申請外会社において被控訴人の就
労を拒否しているものである。被控訴人はこれに対して本件仮処分申請に及んだの
であつて、昭和四六年一〇月一日付システム設計課への転勤命令が本件仮処分申請
の直接の問題となるわけではない。被控訴人は前記解雇までは実際に同課に勤務し
ているのである。したがつて、右システム設計課への発令以前の控訴会社従業員
(松戸工場製造部設計課所属)としての地位の保全を求める必要性はなく、本案訴
訟でその確認を求めれば十分である。また前記解雇を理由として地位保全を求める
ものとすれば、申請外会社に対してこれをすべきである。
2 被控訴人の属する総評合化労連東京合同労組日本フアイリング支部は、控訴会
社及び申請外会社を相手方として、千葉地方労働委員会(以下、地労委という。)
に対し、被控訴人に対する前記仙台営業所への転勤命令及び懲戒解雇を不当労働行
為と主張して、右命令及び解雇の取消、原職復帰、右復帰までに受けるはずであつ
た賃金相当額の支払を内容とする救済命令の申立をなし、地労委は昭和四九年六月
二七日、右申立どおりの救済命令を発した。これに対し両会社が千葉地方裁判所に
その取消を求める行政訴訟を提起したところ、同年一一月七日、同裁判所から緊急
命令が発せられたので、申請外会社は被控訴人を原職である同会社のシステム設計
課に復帰させ、被控訴人もこれに応じて就労し、毎月同会社から本件仮処分による
金額以上の賃金相当額の支払を受けている。本件仮処分と右緊急命令はいずれも本
案判決確定までの仮の措置である点に差異はないから、両者を併存させておく必要
はないところ、被控訴人は緊急命令に従つて原職に復帰する途を選んだのであるか
ら、本件仮処分により地位保全及び賃金仮払を求める必要はなくなつたといわなけ
ればならない。
 仮りに、被控訴人主張のようにシステム設計課への就労が出向であるとしても、
申請外会社から賃金相当額の支払を受けている以上、賃金について保全の必要性が
なくなつたことは明らかである。
(被控訴人の主張)
一 控訴人の前記主張一1は否認する。被控訴人は採用の当初から控訴会社に入社
し、終始控訴会社のみと雇傭関係にあつたものである。仮りに採用時に申請外会社
に入社したとしても、その直後、出勤第一日から控訴会社松戸工場に就労し、その
時点から控訴会社の従業員となつたものである。
二 同主張一2のうち、被控訴人が昭和四六年一〇月一日付発令(転勤命令ではな
く、出向命令である。)により控訴人主張のシステム設計課に勤務し賃金の支払を
受けたこと(出向社員として)、被控訴人が右発令につき控訴人主張のような意思
を表明したことは認めるが、その余は否認する。
三 同主張一3の法律上の主張は争う(なお、この点については、後記五の主張参
照)。
四 同主張二1のうち、システム設計課での勤務、仙台営業所への異動命令、その
拒否、懲戒解雇の意思表示の事実は認めるが、その余は否認する。
五 同主張二2のうち、控訴人主張のように救済命令の申立がなされ、救済命令及
び緊急命令があつたこと、被控訴人が原職であるシステム設計課に復帰して就労
し、本件仮処分による金額以上の賃料相当額の支払を受けていることは認めるが、
その余は否認する。
 右救済命令の申立は、仙台営業所への異動命令及び懲戒解雇が団結権の侵害行為
であるから、これを排除し、それ以前の状態に事実上の回復を求めるためなされた
ものであり、右救済命令には、被控訴人の雇傭上の地位が控訴会社、申請外会社の
いずれに属するかの判断は含まれていない。そして右救済命令が両会社に対してな
されているのは、前記団結権侵害行為が事実上申請外会社によつてもなされている
ためにほかならない。したがつて右救済命令及び緊急命令によつて被控訴人がシス
テム設計課に復帰就労していることは、被控訴人が申請外会社の従業員であること
を認めたものでもなく、またこれにより控訴会社の従業員たる地位が安定したわけ
でもない。のみならず、緊急命令は、行政処分たる救済命令の不履行に対して、右
命令を迅速に実現し、不履行を制裁する目的であるのに対し、仮処分は私権の侵
害、危険を回避するため仮りの措置を命ずるものであつて、両者はその性質を異に
する。
 さらに、緊急命令は、行政訴訟の本案判決確定までの暫定措置であるうえ、労働
組合法二七条八項により取消または変更の可能性があり、行政訴訟の取下があれば
当然消滅するものであつて、被控訴人の雇傭上の地位(賃金受給を含む。)はなお
不安定である。
 以上のとおり、救済命令及び緊急命令及びこれによる原職復帰によつて本件仮処
分の必要性が失われたものではない。
       理   由
 当裁判所の本件申請に対する認定判断は、以下に訂正、付加するほか、原判決理
由の説示するところと同一である。
(一) 原判決一〇丁表二行目「一六〇万」を「四〇万」に、六行目「八万株」を
「三万株」に改め、一二丁表七行目「証の一、二、」の次に「乙第一七号証、」を
挿入し、同末行「松戸工場の現場要員として」を削る。
 同一三丁表八行目「昭和四五年」を「昭和四四年」と改める。
 同一五丁裏七行目「その効力」を「申請人の雇傭上の地位を異動させる効力」と
改める。
 同一七丁表「七(結論)」の部分を削る。
(二) 控訴人の前記主張一1について。 控訴人は、被控訴人がその採用当初か
ら終始申請外会社のみの従業員であつたと主張するが、その趣旨は控訴人主張の
「事実上の一つの企業体」における従業員はすべて申請外会社によつて採用、配置
されることを理由とすると解されるところ、仮りに全従業員が申請外会社のみに所
属するとすれば、控訴会社は従業員を有しないほとんど架空の会社となるわけであ
つて、控訴人も争わないところの、法人格を異にする二つの会社が実際に存在する
こととも矛盾し、到底採用の限りではない。なお、この場合、控訴会社が独自の管
理機構を有しないことも、右判断を妨げるものではない(申請外会社によつて事実
上控訴会社の人事等の管理がなされることは経営方式として別に差支えなく、この
場合法的には申請外会社が代理行為をすると解すべきことは原判決理由説示のとお
りである。)。
(三) 同主張一2について。 右(二)の判断のもとにおいては、旧会社の組
織、資産が昭和四一年一一月控訴会社と申請外会社に分離され、控訴会社は製造部
門である松戸工場を引き継いだものであることからして、松戸工場の組織に所属す
る者は一般に控訴会社の従業員と解するのが相当である。もつとも、控訴会社と申
請外会社の関係及び両会社の経営方式が原判決理由説示のように独特のものである
ことからみて、個々の従業員のうち、その採用時期、職種、地位等によつては、厳
密にどちらの会社に所属するか判定しがたい場合もありうると考えられ、特に成立
に争いのない甲第一一、第一二号証、第一三号証の一、二、乙第一二号証、証人A
の証言により成立が疎明される乙第一一、第一三号証によれば、後記労働紛争の発
生後、昭和四五年一月、同年一一月、同四六年六月、同年一〇月、同四七年六月と
たびたび機構改革が行われ、両会社の関係に異動が生じ、複雑になつていることが
疎明されるので、それ以後はなおさらであろうが、少くとも被控訴人については、
その採用経過、時期、職種、配置、勤務歴等から考えて、本来控訴会社に所属する
従業員とみるべきである。
 この場合、被控訴人が申請外会社の従業員の地位をも併わせ有するかどうかにつ
いては、本件が控訴会社に対する雇傭上(労働契約上)の地位の有無のみが争われ
ていることから、しいて判断を要しないわけであるが、一応の判示をするならば、
両会社の関係が前記のようなものであることを考慮に入れても、二重に雇傭契約が
存すると解することは技巧的に過ぎ、実態にもそぐわないものであつて、被控訴人
は単に控訴会社の従業員であると考えるのが自然であり、相当である。
 ところで、控訴人は、被控訴人が昭和四六年一〇月一日付発令により申請外会社
のシステム設計課に勤務したことをもつて、申請外会社に使用者の地位が異動し、
被控訴人はこれを承諾し、あるいは従来からの異動に関する慣習に従つたものであ
ると主張するが、証人A(原審)、同Bの各証言、乙第四〇号証その他右主張に沿
うかのような疎明は措信できず、かえつてその理由のないことは、控訴人も認める
被控訴人の異議留保の意思表明(甲第六号証の一、二)によつて明らかである。成
立に争いのない甲第二二号証の一ないし三と証人C、同Dの各証言によれば、控訴
会社においては、昭和四四年の年末一時金問題及び昭和四五年一月の申請外D外二
名の申請外会社への配転問題を契機として労働紛争が発生したことから、従業員ら
ははじめて二つの会社の存在を知り、使用者がいずれの会社であるかが当時すでに
労使間に大きな問題になつていたことが疎明され、被控訴人としても、昭和四五年
一二月控訴会社所属のまま東京のいわゆる本社に勤務を命ぜられた当時から、右問
題に重大な関心があつたことが甲第五号証の一、二によつて疎明されるので、前記
異議留保の表明は、昭和四六年一〇月一日付発令そのものには従いながらも、控訴
会社の従業員たる地位を離れることに反対した趣旨であることは明白であり、その
内容は、雇傭契約の本質からみて、合理性を有すると解される。
 右意思表明が「出向の件」に対するものとしてなされていることを理由に、意味
がないとする控訴人の主張は、それ自体理由がない。
(四) 同主張一3について。 控訴人主張の救済命令申立が申請外会社をも相手
方としてなされているのは、成立に争いのない甲第六六号証及び証人Aの証言(当
審)によれば、当初控訴会社のみが相手方であつたところ、申請外会社をも相手方
とすべき旨の地労委の勧告に基づき、申立人たる労働組合が申請外会社をも相手方
に追加したことが疎明されるし、また被控訴人が緊急命令によつて原職に復帰就労
したことは、被控訴人としては控訴会社所属の地位を保つたままで就労する趣旨で
あることは、前記のところから明らかであるから、以上いずれにしても、本件にお
いて被控訴人が控訴会社の従業員たる地位を主張することは、なんら信義則に反す
るものではない。
(五) 同主張二1について。 仙台営業所への異動命令を被控訴人が拒否したこ
とにより申請外会社が被控訴人を懲戒解雇する意思表示をしたことは当事者間に争
いがなく、被控訴人が本件仮処分申請をしたのは直接には右の事態を契機としてい
ることは本件記録上うかがわれるが、そうだからといつて本件申請の必要性がない
とする控訴人の主張は理由がない。すなわち、被控訴人は控訴会社所属のまま申請
外会社のシステム設計課に勤務していたところ、前記解雇がなされ、申請外会社か
ら就労を拒否されているのであるから、ひいて控訴会社従業員としての勤務をも事
実上拒否されていることは明らかである(控訴会社としては就労を認めているもの
でないことは、控訴人の本件主張の全趣旨からみて、当然である。)。したがつて
この段階で本件仮処分の必要性が生じたものといわなければならない。
(六) 同主張二2について。 控訴人主張の救済命令申立、同命令及び千葉地方
裁判所からの緊急命令の発令、被控訴人の原職復帰及び賃金相当額の受給の各事実
は、当事者間に争いがない。
 そこで右原職復帰が本件仮処分の必要性に影響があるかどうかを考えてみると、
原職といつてもその職場が申請外会社の組織であることは前記のとおりであり、被
控訴人の意思いかんにかかわらず、現に控訴会社が同会社に対する被控訴人の雇傭
上の地位を争い、かえつて申請外会社所属としての原職復帰であると主張している
こと、前記救済命令及び緊急命令は両会社をともに相手方として発せられ、被控訴
人がそのいずれかに所属するかは判断していない(その必要もない。)ことからみ
て、被控訴人の雇傭上の地位は依然として安定しておらず、再び転勤などの不利益
な命令がなされる危険があることは、前記認定の本件における事実経過からも一応
認められるところである。なお、右復帰により被控訴人が申請外会社の従業員であ
ることを認めたとの控訴人の主張は理由がない。
 したがつて、地位保全の点については、救済命令及び緊急命令があるからといつ
て、本件仮処分の必要性が消滅したとはいえない。
 しかし、賃金については、少くとも昭和四九年一二月分以降は緊急命令に従つて
賃金相当額が申請外会社から被控訴人に毎月支払われ、その額も昇給分を含み、本
件仮処分申請による額を上廻つていることが成立に争いのない乙第三七号証の一、
二と証人Aの証言(当審)によつて疎明される。そうすると、今後も引き続き右賃
金相当額が支払われるであろうと予想され、それが被控訴人のいかなる地位による
ものであるにせよ、被控訴人は金銭的には暫定的に満足を受けるわけであり、本件
賃金支払の仮処分を求めるための緊急な保全の必要性があるとは到底いえない。緊
急命令に取消、消滅の可能性が絶無でないことも、この判断を左右しない。
 ただ、昭和四七年八月分から同四九年一一月分までの賃金が右緊急命令によつて
被控訴人に支払われたことは疎明されず、弁論の全趣旨によると、その間は本件原
判決に従つてその所定金員が支払われていたことがうかがわれるので、控訴審とし
て、この間の賃金仮払を命じた原判決を維持する必要性がある。そして、その金額
は合計金一三六万九六七六円となることが計数上明らかである。
 以上のとおりであるから、原判決中地位保全の部分を維持し、賃金仮払について
は右金額の限度においてこれを命じ、その余の申請は却下すべきものとし、訴訟費
用につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 瀬戸正二 小堀勇 奈良次郎)

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