弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人楢原英太郎作成の控訴趣意書に記載されたと
おりであり,これに対する答弁は,検察官長谷川高章作成の答弁書に記載
されたとおりであるから,これらを引用する。
1刑訴法378条2号の主張について
論旨は要するに,スリランカ民主社会主義共和国(以下「スリラン
カ」という)大使館の事務職員である被告人に対しては,外交関係に。
。,関するウィーン条約(以下「本条約」という)38条2項が適用され
我が国の刑事裁判権が及ばないので,刑訴法338条1号により本件公
訴を棄却しなければならないのに,公訴を棄却せず不法に本件公訴を認
めた原判決は,同法378条2号により破棄を免れない,というのであ
る。
そこで,原審記録を調査して検討する。被告人は,平成15年3月1
2日,業務上過失傷害の公訴事実により公訴提起され,原審裁判所は,
平成16年11月10日,その公訴事実と同旨の犯罪事実を認定し,被
告人に対して有罪判決を言い渡した。原判決は「被告人に対する裁判,
権について」の項で,所論と同旨の主張について,被告人の判示の行為
に対しては我が国の刑事裁判権が及ぶと判断,説示しているところ,こ
の原判決の判断,説示は正当としてこれを是認することができ,原判決
には,所論にいう刑訴法378条2号の事由はない。
以下,所論にかんがみ,補足して説明する。
我が国の刑事裁判権は,原則として,我が国の領域内にいるすべ(1)
ての者に及び,我が国は,その国民に対して統治権の作用の一つであ
る刑事裁判権を有する。そして,関係証拠によれば,被告人は,我が
国の国籍を有し,その国内に居住するものであると認められるから,
原則として我が国の刑事裁判権が及ぶものである。
ところで,外交上の特権及び免除に関する事項等を取り決める目(2)
的で採択された本条約(昭和39年6月26日条約第14号,同年7
月8日発効)38条2項本文は「外交職員以外の使節団の職員又は,
個人的使用人であって,接受国の国民であるもの又は接受国内に通常
居住しているものは,接受国によって認められている限度まで特権及
び免除を享有する」旨規定している。日本国籍を有し,後記のと。(3)
おりスリランカ大使館の事務職員である被告人は,同条項にいう「外
交職員以外の使節団の職員」であって「接受国(我が国)の国民で,
あるもの」に該当することは明らかであるから,被告人に刑事裁判権
が及ぶかどうかの争点について判断するためには「接受国によって,
認められている限度まで」の意義について検討する必要がある。
そこで,上記の意義について検討するに当たり,その前提となる(3)
事実関係を明らかにしておく。関係証拠によれば,以下の事実が認め
られる。
①被告人は,平成14年8月,日本にあるスリランカ大使館に事務
職員(職名は商務参事官付クラーク兼タイピスト)として採用され,
商務参事官の下で秘書業務を行い,実際には通訳,翻訳のほか人手
不足の折にはスリランカ本国から要人が来日するときの準備等の雑
務も担当していたが,車の運転は本来の業務ではなかった。
②被告人は,同年12月23日,祝日のため休暇であったが,私的
に依頼を受けて,非公式に来日していたスリランカの国土大臣とそ
の家族ら一行を自分の普通乗用自動車(以下「本件自動車」とい
う)に乗せ,秋葉原電気街を案内するなどした。。
③その後,夕食会に招待された被告人は,会食の席で国土大臣から,
翌日の買物の案内を頼まれたが,休暇をとるのが困難と思われたた
め断ったところ,国土大臣が電話でスリランカ大使に対し,被告人
を明日借りたい旨連絡を取ってその了解を得たことから,勤務日で
ある翌24日,本来の業務に代えて国土大臣とその家族ら一行を東
京都内に案内することになった。
④被告人は,同月24日,本件自動車に国土大臣とその家族らを同
乗させ,買物等のために東京都内を案内して回り,当日の宿泊先で
ある千代田区内のホテルに同人ら一行を送り届けた。
⑤その帰途,被告人は,同日午後7時ころ,本件自動車を運転し,
一人で自宅に向かう途中,本件業務上過失傷害の事件を起こした。
そこで,以上の事実関係を前提として検討を進めると,まず,原(4)
審証人であるA大学大学院B科のC教授は,本条約38条2項により,
外交職員以外の使節団の職員で,接受国の国民であるものが享有する
免除等は「接受国によって認められる限度まで」との規定の趣旨か,
らして,接受国の政策にゆだねられているものと解されるところ,我
が国において刑事裁判権の免除が認められるためには,それが国民の
権利義務に直接かかわる事項である点に照らし,国内法上,法律等の
明文の規定が必要であるが,我が国が国としてこれに従った免除等を
規定していないということは,そのこと自体が,その政策の現れと見
ることができ,そのような免除等を享有するものではないと理解され
る旨証言している。この証言によると,被告人は,同条項によって刑
事裁判権の免除を享有することはないことになる。
次に,原審証人であるD大学E学部のF教授も,原則的には,前(5)
記と同趣旨の見解であると理解される。もっとも,同教授は,主(4)
に民事裁判権からの免除を念頭において,外交職員以外の使節団の事
務,技術職員で,接受国の国民であるものの行為について接受国にお
いて免除等が認められる場合もあり得るが,それは,当該行為が派遣
国の主権的行為,言い換えると,派遣国の機関(エージェント)とし
ての行為,あるいは派遣国の公的な行為に当たることが必要であると
限定的に解すべきであり,本件のように,夕食会の折に国土大臣から
大使に電話があって,被告人が翌日の買物等への同行を頼まれて運転
をしたという場合には,それが被告人の職務ではあっても,派遣国の
機関としての行為,あるいは派遣国の公的な行為には当たらない旨証
言している。この証言によっても,結局,被告人は,本条約38条2
項によって刑事裁判権の免除を享受することはないことになる。
,(6)原審における前記各証人の専門的知見を踏まえた上,当裁判所は
次のように考える。本条約38条2項の「接受国によって認められる
限度まで」の意義については,条約法に関するウィーン条約31条に
規定する「条約の解釈に関する一般的な規則」に則り,本条約38条
2項の文脈により,かつ,その趣旨及び目的に照らして与えられる用
語の通常の意味に従って解釈されるべきである。ところで,本条約3
8条2項の免除等が接受国の裁量にゆだねられた背景には,各国の免
除等に係る慣行が一様でなく,免除等の程度を一律に法典化すること
に困難があったという経緯のほかに,国は,自国民に対しては主権を
有しており,いかなる国民も自国の管轄権から免除を主張することは
できない,つまり,自国の主権からの免除は主張できないという原則
が同条項の原理の根底にあるように解せられる。外交官の場合には,
派遣先では訴追されなくても派遣国では訴追から免除されるものでは
ない(本条約31条4項参照)が,これに対して,接受国の国民であ
る場合には,免除されれば訴追されることがなくなるわけであるから,
このような趣旨を踏まえて,接受国の国民である外交職員以外の使節
団の職員が享有する免除等については,基本的には接受国の裁量の範
囲にゆだねられたものと解することができる。したがって,本条約3
8条2項の免除等は,条約上又は国際慣習法上の権利としての免除等
ではなく,接受国が施策として認める範囲の免除等に限られるという
ことになる。そこで,接受国である我が国の認める範囲の免除等につ
いて考えると,基本的には,刑事裁判権の免除等の国民の権利義務に
直接かかわる事項は,憲法の精神に照らして法律等の定めによって明
らかにされるべき事項であるとの見地から,そのような定めが我が国
にない場合には,国内法上,免除等を一切認めないという施策を国と
して採っているものと解するのが,刑事裁判権の及ぶ範囲の明確性及
び刑事手続の公正さという観点からみても相当である(もっとも,
「接受国は,その者に対して裁判権を行使するには,使節団の任務の
遂行を不当に妨げないような方法によらなければならない」旨の同。
条項ただし書の規定があるので,接受国である我が国は,免除等を認
めないとしても,外交使節団の任務の遂行を不当に妨げないように裁
判権を行使しなければならないという義務を負うことになろう。。)
そこで,接受国である我が国において,被告人のような立場の者が行
った判示の行為について,法律等により刑事裁判権の免除が認められ
ているかどうかを検討すると,我が国にそのような刑事裁判権の免除
を認めた法律等の定めは見当たらないから,被告人は,本条約38条
2項によって刑事裁判権の免除を享有することはないというべきであ
る。なお,この論点については,前記のとおり,派遣国が主権的(5)
行為を行った場合には裁判権等が免除されるという国際法上の主権免
除(sovereignimmunity)という考え方に立脚し,免除されるのは,
一定の行為が,主権的行為(国家の公的な行為)とみなされるような
極めて限定された場合であると考える見解もあるが,被告人の本件事
故当時の運転行為が上記の意味での派遣国の主権的行為(国家の公的
な行為)に該当しないことは前記の事実関係に照らして明らかで(3)
あるから,この見解を前提にしても,被告人の判示の行為について刑
事裁判権の免除を認める余地はない。
これに対して,所論は,次のように主張する。①外務省大臣官房(7)
G総括官は,平成15年5月7日付け(原審甲6号証)及び同年10
月22日付け(原審甲7号証)回答書において,同条項による裁判権
免除に関し「我が国は,使節団の公務の遂行に当たって行った行為,
についてのみ免除を認めており,それ以外の行為については免除を認
めないとの立場をとっている「我が国は,裁判権免除については,。」,
国際慣習法に準拠した慣行として,使節団の公務に当たって行った行
為についてのみ免除を認めており,それ以外の行為については免除を
認めないとの立場をとっている。ここで言う公務の遂行に当たって行
った行為か否かの認定は,具体的事例に則して行うべきであると考え
られる」旨回答しており,これは,国際慣習法の範囲内であれば免。
除を認めてよいとして,その免除が認められるか否かは,当該行為が
公務の遂行に当たって発生したものであるか否かによるものとうかが
われる。②スリランカ大使館の駐日大使作成の公務証明書(原審弁1
号証)などによれば,本件当日に大使館の業務として国土大臣ら一行
を本件自動車に乗せて行動した上,ホテルに下車させた直後,本件業
務上過失傷害の事件を起こした被告人の行為について,同大使館は,
被告人の「職務遂行中」のものであるという見解を表明しているので
あるから,これに従うべきである。したがって,①と②を併せ考える
と,本件業務上過失傷害の事件を起こした被告人の行為について刑事
裁判権は行使されるべきではない。
しかしながら,原判決が説示するように,所論が主張し,援用する
「国際慣習法に準拠した慣行」なるものの意味自体が必ずしも明らか
ではなく,また,本条約38条2項による刑事裁判権の免除がそのよ
うな慣行を根拠に認められる理由も明らかにされていない。所論指摘
の回答書には,その根拠が,特に明示されてはいないが,仮に国際慣
習法規としての主権免除という考え方に依拠しているものと推察する
と,同回答書中の「使節団の公務の遂行に当たって行った行為」とは,
既に検討したとおり,主権的行為(国家の公的な行為)と評価できる
場合のみが該当すると解されるから,被告人の判示の行為について,
刑事裁判権を免除する余地はない。次に,準拠すべき国際慣習法がそ
もそも成立しているか否かについてみても,否定的な認識が一般であ
ると認められる。すなわち,C教授の原審証言によれば,免除を認め
る国際慣習法が新たに出来上がったという文献の叙述は見受けられな
いようであるし,また,F教授の原審証言によると,外交職員以外の
使節団の職員であって接受国の国民であるものの免除等については,
本条約の採択当時,国家の実行がばらばらで,法的信念も異なり,そ
の後の国家の実行を見ても,いずれかの方向に収れんする形で統一化
されておらず,同条項に関する国際慣習法は存在しないというのであ
る。そうすると,所論が指摘するような準拠すべき国際慣習法の存在
を肯認することはできないので,これを前提とする所論は,採用でき
ない。
以上の検討によれば,被告人の判示の行為に対して,我が国の刑(8)
事裁判権が及ぶとした原判決には,所論にいう刑訴法378条2号の
事由はない。論旨は理由がない。
2量刑不当の主張について
論旨は,仮に1の事由が認められないとしても,被告人を罰金15万
円に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であり,刑の執行を猶予するの
が相当である,というのである。
そこで検討すると,本件は,被告人が本件自動車を運転し,交通整理
の行われていない交差点を右折進行するに当たり,対向車線には渋滞の
ために複数の車両が並んで停止していて,停止車両の左側の通行帯(以
下「通行帯」という)には車両の通行する余地があり,かつ,停止車。
両のため通行帯の見通しがきかなかったのであるから,停止車両の前面
で一時停止又は徐行した上で通行帯を対向して進行してくる車両の有無
に留意し,進路の安全を確認しながら右折進行すべき業務上の注意義務
があるのにこれを怠り,停止車両の前面辺りで一時停止はしたものの,
通行帯を対向して進行してくる車両の有無及び進路の安全確認が不十分
なまま漫然時速約5キロメートルで右折進行した過失により,折から通
行帯を対向して進行してきた被害者(当時34歳の男性)運転の大型自
動二輪車に,左方約228メートルに接近するまで気付かなかったた.
め,同車に気付いてあわてて急制動の措置を講じたが間に合わず,同車
に自車の前部を衝突させて被害者を大型自動二輪車もろとも路上に転倒
させ,よって,被害者に加療約2か月間を要する左膝蓋骨骨折の傷害を
負わせたという業務上過失傷害の事案である。
本件の量刑判断に当たって考慮すべき事情は,原判決が「量刑の事
情」において適切に説示するとおりである。本件の罪質,過失の態様,
その危険性の度合い,被害者の傷害の程度などに照らすと,被告人の刑
事責任を軽視することはできない。そうすると,既に被害者との間で示
談が成立していること,被告人が本件について反省の態度を示している
こと,これまでに軽微な交通違反歴が2回あるものの前科はないことな
ど所論が指摘し記録上認められる被告人のために酌むべき事情を十分考
慮しても,本件が刑の執行を猶予すべき事案であるとは認められず,被
告人を罰金15万円に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはい
えない。論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,当審における訴訟費
用は同法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし
て,主文のとおり判決する。
()裁判長裁判官田中康郎裁判官山本哲一裁判官佐藤正信

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛