弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原判決を取り消す。
2被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文と同じ
第2事案の概要
1事案の要旨
被控訴人は,亡a及びbから,平成11年12月27日付けの株式譲渡証書
以下本件贈与契約書というによりc社オランダ王国における有限(「」。),(
責任非公開会社の出資口数各560口160口合計720口以下本。),(。「
件出資」という)の贈与を受けた。。
本件は,被控訴人が,これについて杉並税務署長がした平成11年分贈与税
の決定処分以下本件決定処分という及び無申告加算税賦課決定処分以(「」。)(
下「本件賦課決定処分」といい,本件決定処分と併せて「本件決定処分等」と
いうは被控訴人は本件贈与の日に日本に住所を有しておらず相続税法平。),,(
成11年法律第87号による改正前のもの以下法という1条の2第1。「」。)
号による納税義務を負わないから,違法であると主張して,その取消しを求め
た事案である。
原審は,被控訴人の請求を認容したところ,控訴人が請求の棄却を求めて控
訴した。
2当事者の主張等
法令の規定等,争いのない事実等,争点及び争点に関する当事者の主張は,
次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2事案の概
要」の1から4までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決6頁9行目の次に,改行して次のとおり加える。
「仮に,香港に被控訴人の住所があったとしても,法律上の「住所」は,法
律の趣旨等を考慮して,法律問題ごとに相対的に定められるべきものである
から,そのことから直ちに,日本に住所があったことが否定されるわけでは
ない(住所複数説。)
被控訴人は,住所複数説は判例や通達と矛盾すると主張するが,被控訴人
の主張する判例や通達は,住所複数説を否定するものではない。
なお,基本通達(平成12年6月23日付け課資2−258による改正前
のもの1・1の2共−5第2文は同一人について同時に法施行地に2箇),「
所以上の住所はないものとすると定めているがこれは本邦内における。」,,
住所の個数について定めているにすぎず,本邦内の住所と本邦外の住所を有
する場合については何ら言及していない。この定めは,本邦内に2か所以上
の住所を有するとした場合に管轄税務署が複数存在することとなる可能性が
あるため,徴税の便宜の観点から定められたものであり,かえって,実体的
には,2か所以上の住所が存在することがあり得ることを前提としたもので
ある。
被控訴人は,国際課税の局面において住所複数説の立場に立つと,複数国
の課税競合が生じ,その調整において不合理な結果を招く危険が高くなると
主張するが,国際的な課税競合の問題は,各国がそれぞれ独自の相続税体系
を構築し,独自の住所認定をしている以上,常に生じるのであって,住所複
数説によって新たに生じる問題ではない。なお,香港では贈与税が課されな
いから,本件において二重課税の問題は生じない」。
(2)原判決24頁10行目の次に,改行して次のとおり加える。
「一般に認められている住所複数説は,生活関係の領域ごとにそれぞれ1つ
の住所が存在し得ることから,結果として同一人に複数の住所が認められる
。,,場合があり得るとの立場であるところが控訴人の主張する住所複数説は
同一人が特定の1つの法律関係について同時に複数の住所を有する可能性を
認めるというものであり,このような立場は,一般に認められているもので
はないし,これまでの判例(最高裁判所昭和35年3月22日判決・民集1
4巻4号551頁,最高裁判所昭和63年7月15日判決・税務訴訟資料1
65号324頁など)や通達(相続税法基本通達1・1の2共−5及び6)
とも矛盾する。
また,控訴人の主張する住所複数説は,国際課税のシステムを根底から覆
すものである。控訴人の主張は,国際課税の局面においては住所を複数に解
しうるというもののようであるが,そのように解すると,複数国の課税競合
が生じ,その調整において不合理な結果を招く危険が高くなる。
控訴人は,国際的な課税競合は住所複数説によって新たに生じる問題では
ないと主張するが,国際的な二重課税が排除されることが望ましいことは明
らかであるから,控訴人の主張する住所複数説によって,二重課税の排除を
更に困難にしたり,新たな二重課税の原因を作り出したりするべきではな
い」。
第3当裁判所の判断
1認定事実
次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第3争点に
」「」,。対する判断の1認定事実に記載のとおりであるからこれを引用する
(1)原判決31頁19行目の担当したを担当した亡aはその実子で「」「。,
ある被控訴人をdにおける亡aの後継者として認め,被控訴人もこれを了解
し,d内部や一般社会においても,いずれは被控訴人が亡aの後継者になる
ものと考えられていた。被控訴人は,亡aの後継者となるべく,そのために
必要な心構えや経営知識等について亡aから指導を受けていた」に改める。
(2)31頁25行目の平成11年当時を平成9年当時及び平成11年当「」「
時」に改める。
(3)32頁2行目の方法がの次に平成9年当時においてすでにを加「」「,」
え,同行目の「乙9」を「このことを紹介する平成2年12月24日付け((
新聞として乙9」に改める。
(4)32頁7行目の贈与税回避手法の一般的な説明を受けたを贈与税回「」「
避方法についてe弁護士があらかじめ用意していた資料に基づき一般的な説
明を受けた亡aはe弁護士の説明を聞いた後e弁護士に対して貴重。,,,「
な話を聞きました。一切口外しません」と述べた」に改める。。
(5)33頁9行目の次に,改行して次のとおり加える。
「被控訴人は,本件杉並自宅が完成した昭和57年12月に本件杉並自宅に
亡a,b及びfとともに入居し,本件杉並自宅を住所としていた。被控訴人
は,前記のとおり,平成元年2月から平成6年12月までアメリカ合衆国に
,,()。」留学していたがその際には住民票上の住所を異動しなかった乙12
(6)33頁24行目の次に,改行して次のとおり加える。
「本件杉並自宅の被控訴人の居室は,被控訴人が平成9年6月29日に香港
に出国した後も,家財道具等を含めて出国前のままの状態で維持され,被控
訴人が帰宅すれば,出国前と同様にそのまま使用することができる状況にあ
った」。
(7)33頁末行の「起居していた」を「起居し,特別な用事がない限り,朝。
夕の食事は,本件杉並自宅でとっていた。なお,亡aが在宅しているときに
は,家族用の食堂で家族4人で夕食をとることがあった。また,被控訴人が
日本に滞在しているときは,通常,朝は,午前7時30分ころ,被控訴人,
f及び亡aの秘書兼ボディガードの3名が運転手付きの自動車に同乗して本
件杉並自宅からdに出勤し,夕方は,特別な用事がない限り,午後7時から
8時ころの間に退社し,fとともに自動車で本件杉並自宅に帰宅した。被控
,,,訴人は平日の夜間や休日に本件杉並自宅から外出することは少なく時々
タクシーで出かけることがあったが,必ず本件杉並自宅に帰宅していた(乙
124」に改める。)。
(8)34頁1行目の生活費としてを生活費の負担分としてに同行目「」「」,
から2行目にかけての本件滞在期間中はを本件滞在期間中も1か月「,」「,
に」に改める。
(9)34頁3行目の次に,改行して次のとおり加える。
「被控訴人は,平成12年12月に香港から失踪し,各地を転々とした後,
,,,平成15年12月4日に本件杉並自宅に戻り以後本件杉並自宅で起居し
同月25日に,住民票上の「住所を定めた年月日」及び「住民となった日」
をいずれも同年1月1日として,東京都杉並区に対して住民登録をした(乙
12,68」)。
2判断
(1)住所の認定について
法令において人の住所につき法律上の効果を規定している場合,反対の解
釈をすべき特段の事由のない限り,その住所とは,各人の生活の本拠を指す
ものと解するのが相当であり(最高裁判所昭和29年10月20日大法廷判
決・民集8巻10号1907頁参照生活の本拠とはその者の生活に最も),,
関係の深い一般的生活,全生活の中心を指すものである(最高裁判所昭和3
5年3月22日第三小法廷判決・民集14巻4号551頁参照そして一)。,
定の場所が生活の本拠に当たるか否かは,住居,職業,生計を一にする配偶
者その他の親族の存否,資産の所在等の客観的事実に,居住者の言動等によ
り外部から客観的に認識することができる居住者の居住意思を総合して判断
するのが相当である。なお,特定の場所を特定人の住所と判断するについて
は,その者が間断なくその場所に居住することを要するものではなく,単に
滞在日数が多いかどうかによってのみ判断すべきものでもない(最高裁判所
昭和27年4月15日第三小法廷判決・民集6巻4号413頁参照。)
(2)租税回避の目的等について
「」「」前記引用に係る原判決の事実及び理由中の第3争点に対する判断
の1(10)及び(12)(前記引用に係る原判決の「事実及び理由」中の「第3
争点に対する判断の1(1)から(12)までに記載の事実については以下前」,「
記1(1)」などの例により引用する)において認定した事実によれば,被控。
訴人は,平成11年10月ころ,g公認会計士から本件贈与の実行に関する
具体的な説明を受け,本件贈与後,定期的に国別滞在日数を集計した一覧表
を作成してもらったり,g公認会計士から香港に戻るよう指導されるなどし
ていたのであるから,本件贈与以前から,香港に居住していれば多額の贈与
税を課されないことを認識し,本件贈与の日以後の国内滞在日数が多すぎな
いように注意を払い,滞在日数を調整していたものと認められる。
さらに,上記事実に,①贈与者が所有する財産を国外へ移転し,更に受
贈者の住所を国外に移転させた後に贈与を実行することによって,我が国の
贈与税の負担を回避する方法が,被控訴人が香港に出国する相当以前から,
いわゆる節税方法として一般に紹介されていたこと,②亡aは,平成9年
2月ころ,e弁護士から,上記の贈与税回避方法について一般的な説明を受
けていたこと,③香港子会社の設立及び被控訴人の代表者就任は,亡aの
提案によるものであったこと(以上の事実について前記1(4),④被控訴)
人は亡aの実子であり,平成5年11月の贈与につき多額の贈与税を負担し
たことがあったこと(前記1(3),⑤被控訴人は,平成9年5月8日,亡)
a,e弁護士,hなどを交えた会合に出席したこと(前記1(4),⑥被控)
訴人は本件贈与契約の当事者であり,かつ,上記の方法による贈与税回避の
利益を直接に受ける本人であることを総合すれば,被控訴人は,平成9年6
月29日に香港に出国した際においても,贈与の実行の時期や贈与税の負担
回避の具体的方法の詳細は別として,香港に居住すれば将来贈与を受けた際
に贈与税の負担を回避できること及び上記の方法による贈与税回避を可能に
,,する状況を整えるために香港に出国するものであることを認識し出国後は
本件滞在期間を通じて,本件贈与の日以後の国内滞在日数が多すぎないよう
に注意を払い,滞在日数を調整していたものと認めるのが相当である。
(3)被控訴人の生活場所(住居)について
ア被控訴人は,本件滞在期間(平成9年6月27日から平成12年12月
17日まで)中,月に一度は日本に帰国し,日本滞在中は,被控訴人の本
件滞在期間前の住所であり,その両親である亡a及びb並びに弟fが居住
する本件杉並自宅に起居していた前記1(3)及び(6)本件杉並自宅を所()。
有しているのは株式会社iであるところ,被控訴人は,同社の株式の30
パーセントを保有している(乙167から170まで。)
本件滞在期間中の日本滞在日数の割合は,26.2パーセントであり,
。,これは4日に1日以上の割合を占める本件杉並自宅の被控訴人の居室は
被控訴人が平成9年6月29日に香港に出国した後も,家財道具等を含め
て出国前のままの状態で維持され,被控訴人が帰宅すれば,従前と同様に
そのまま使用することができる状況にあった。控訴人は,日本滞在中は,
本件杉並自宅で起居し,特別な用事がない限り,朝夕の食事は,本件杉並
自宅でとり,毎朝,本件杉並自宅からdに出勤し,毎夕本件杉並自宅に帰
宅するなど,被控訴人が香港に出国する前と同様の状態で本件杉並自宅で
生活していた(前記1(5)及び(6),弁論の全趣旨。)
また,被控訴人は,本件滞在期間中,欧州又は北米に9回渡航している
が,そのうち7回は,日本に入国して1日ないし7日程度滞在した後,目
的地に向けて出国した。
イ他方,被控訴人は,本件滞在期間中の65.8パーセントの日数,香港
に滞在し,その間,本件香港自宅で起居していた(前記1(5)。したがっ)
て,本件滞在期間の約3分の2の日数,本件香港自宅において生活してい
たことになる。
ウしかし上記(2)において説示したとおり被控訴人が上記の方法による,,
贈与税回避を可能にする状況を整えるために香港に出国するものであるこ
,()とを認識していたこと被控訴人の香港における執務状況前記1(7)カ
によれば,被控訴人が面談等のために執務した日数は,全滞在期間を通じ
て168日にすぎず,かつ,被控訴人はその立場上,執務日を自由に決定
することができる立場にあったものと考えられることに照らすと,被控訴
人は,その香港における滞在日数,上記の方法による贈与税回避の計画を
考慮して容易に調整することができたものと認められること,実際にも,
被控訴人は前記(2)に記載のとおり滞在日数を調整していることからす,,
ると,本件事実関係の下では,香港における滞在日数を重視し,これを日
本における滞在日数と形式的に比較してその多寡を主要な考慮要素として
本件香港自宅と本件杉並自宅のいずれが住所であるかを判断するのは相当
ではないというべきである。
エそして,本件香港自宅は,ホテルと同様のサービスが受けられるサービ
スアパートメントであって,その施設としての性質及び滞在費用等に照ら
し,長期の滞在を前提とする施設であるとはいえないものであり,被控訴
人が日本出国日に香港へ携帯したのは衣類程度であり,他方,被控訴人の
家財道具は本件杉並自宅にあったのであり,本件杉並自宅には被控訴人の
両親等の家族が居住し,被控訴人は本件杉並自宅の所有者である株式会社
iの株式の30パーセントを保有していたのであって,上記ア記載の本件
杉並自宅における生活状況をも考えあわせると,被控訴人と本件香港自宅
との結びつきは,被控訴人と本件杉並自宅との結びつきと比較すると,よ
り希薄であったものというべきである。
(4)被控訴人の職業活動等について
ア被控訴人は,香港滞在前から東京証券取引所一部上場企業であるdの取
締役であり,取締役営業統轄本部長として海外向けIR活動などに従事し
乙12本件滞在期間中dの取締役平成10年6月からは常務取締(),,(
役平成12年6月からは専務取締役乙54として日本におけるd,()),
の各種会議に出席している。すなわち,月1回の割合で開催される取締役
会の多くに出席し,また,営業幹部会に少なくとも19回出席し,dの幹
部としての立場で積極的に発言している(甲230,304,333,3
54乙190から198まで全国支店長会議や新入社員研修会にも毎,)。
年出席し,dの幹部として講演や挨拶をした。格付会社との面談,アナリ
ストやファンドマネージャー向けの説明会等にも出席している前記1(7)(
キ。)
そして,被控訴人は,本件滞在期間中の平成10年6月にdの平取締役
,()。から常務取締役に平成12年6月に専務取締役に昇進している乙54
さらに,被控訴人は,亡aの実子で,亡aがdにおける亡aの後継者と
して認めていた人物であり,いずれは亡aの跡を継いでdの経営者になる
ことが予定されていた(前記1(3)。したがって,被控訴人は,dにとっ)
,,て単なる取締役としての存在を超えた極めて重要な人物であるとともに
被控訴人にとってdは,将来自分が経営者の重責を担うことが予定されて
いた点において被控訴人の職業活動上最も重要な拠点(組織)であったと
認められる。
イ他方被控訴人はdの香港駐在役員dの子会社である香港各会社j,,,(
社及びk社)の取締役の地位にあり,d又は香港各会社の業務として,香
港及びその周辺諸国に在住する関係者との面談その他の業務に従事してい
たほか,欧米でのdのIR活動等にも従事していたものである(前記1
(7)。もっとも,これらの業務活動の内容やその成果は,証拠上,具体的)
かつ詳細に明らかにされているとはいい難く前記1(7)のアからキまでの,
事実に照らすと,被控訴人の香港における業務活動にどの程度の実体が伴
っていたかには疑問があるといわざるを得ないが,この点はしばらく措く
としても,これらの業務は,結局のところ,親会社であるdの企業活動に
資するためのものであり,被控訴人が亡aの跡を継いでdの経営者になる
ことが予定されていた人物であること前記1(3)に照らすと被控訴人(),
が香港各会社の代表者としての地位にあったことを考慮しても,被控訴人
の香港における業務が日本におけるdの役員ないしはdにおける亡aの後
継予定者としての業務活動と比較して,その重要性において上回るものと
認めることはできないものというべきである(なお,被控訴人は,国外だ
けではなく,国内においても,かなりの頻度で職業活動をしていた事実が
認められるのであるから,所得税法施行令15条1項1号によって被控訴
人が日本に住所を有していなかったと推定することは相当でない。。)
(5)資産の所在について
被控訴人は,国内において,当時の評価額では1000億円を超えるdの
株式を所有し,このほか23億円を超える預金と182億円を超える借入金
を有していたまた被控訴人は(2)記載のとおり株式会社iの株式の30。,,
パーセントを保有しているほか,l有限会社の持分の45パーセントを保有
している(乙162から166まで。)
他方,香港における資産は,香港滞在中に受け取った報酬等を貯蓄した5
000万円程度の預金のみであった。被控訴人が香港滞在中に利用したクレ
ジットカードの利用代金も日本の銀行預金口座から引き落とされている前,(
記1(8)。)
そうすると,被控訴人の資産のほとんど大部分(時価相当額で比較すると
99.9パーセント以上)が日本にあったというべきである。
なお,被控訴人は,国内の金融資産は国外からでも十分に管理可能である
,,,と主張するが国外から管理可能であるとしても資産が国内にある事実は
生活の本拠が国内にあるかどうかの認定について,判断資料となることは明
らかである。
(6)外部から認識することができる被控訴人の居住意思について
ア前記1(9)において認定したとおり被控訴人は本件滞在期間中dの,,,
有価証券報告書における大株主欄等,本件香港自宅所在地を住所として記
載したものがある一方,香港出国日に借入のあった銀行やノンバンクのう
ち,銀行3行には住所が香港に異動した旨の届出をしたが,銀行7行とノ
ンバンク1社にはそのような届出をせず,また,dの常務取締役就任時の
取締役就任承諾書及び役員宣誓書には,本件杉並自宅所在地を住所として
記載したものである。
イ前記のとおり,被控訴人は,亡aの跡を継いでdの経営者になることが
予定されていた重要人物であり,本件滞在期間中に常務取締役,専務取締
役と順次より重要な地位へと昇進していたことからすると,被控訴人は,
香港滞在を長期間継続することを予定していなかったと認めるのが相当で
ある。
ウ前記のとおり,本件香港自宅は,ホテルと同様のサービスが受けられる
サービスアパートメントであって,その施設としての性質及び滞在費用等
に照らし,長期の滞在を前提とする施設であるとはいえないものであり,
被控訴人が日本出国日に香港へ携帯したのは衣類程度であった。
エ前記のとおり,被控訴人は,平成11年10月ころ,g公認会計士から
本件贈与の実行に関する具体的な説明を受け,本件贈与後,3か月に1回
程度,国別滞在日数を集計した一覧表をdの従業員(m)に作ってもらっ
ていた。また,平成12年11月ころ,日本に長く滞在していたところ,
g公認会計士から,早く香港に帰るよう注意を受け,同年12月には,上
記一覧表をg公認会計士に渡している。
これらの事実によれば,被控訴人には,香港を生活の本拠としようとす
る意思は強いものであったとは認められない。
(7)まとめ
以上の事実によれば,被控訴人は,本件滞在期間以前は,本件杉並自宅に
亡a,b及びfとともに居住し,本件杉並自宅を生活の本拠としていたもの
である。そして,①本件杉並自宅の被控訴人の居室は,被控訴人が香港に
出国した後も,家財道具等を含めて出国前のままの状態で維持され,被控訴
人が帰宅すれば,従前と同様にそのまま使用することができる状況にあった
のであり,②被控訴人は,本件滞在期間中も,1か月に1度は日本に帰国
し,本件滞在期間を通じて4日に1日以上の割合で日本に滞在し,日本滞在
中は,本件杉並自宅で起居し,特別な用事がない限り,朝夕の食事は,本件
杉並自宅でとり,毎朝,本件杉並自宅からdに出勤し,毎夕本件杉並自宅に
,,帰宅するなど日本滞在時の本件杉並自宅における被控訴人の生活の実態は
本件杉並自宅で起居する日数が減少したものの,本件滞在期間以前と何ら変
わっていないのであり,③被控訴人は,本件滞在期間前から,日本国内に
おいて,東京証券取引所一部上場企業であるdの役員という重要な地位にあ
り,本件滞在期間中も引き続きその役員としての業務に従事して職責を果た
し,その間に前記のとおり昇進していたのであり,④被控訴人は,亡aの
跡を継いでdの経営者になることが予定されていた重要人物であり,被控訴
人にとってdの所在する日本が職業活動上最も重要な拠点(組織)であった
のであり,⑤被控訴人は,香港に滞在するについて,家財道具等を移動し
たことはなく,香港に携帯したのは,衣類程度にすぎず,⑥被控訴人は本
件贈与がされた当時,莫大な価値を有する株式等の資産を有していた一方,
香港において被控訴人が有していた資産は,被控訴人の資産評価額の0.1
パーセントにも満たないものであり,⑦被控訴人の居住意思の面からみて
も,香港を生活の本拠としようとする意思は強いものであったとは認められ
,,,,ないのであってこれらの諸事情に前示のとおり本件事実関係の下では
香港における滞在日数を重視し,日本における滞在日数と形式的に比較して
その多寡を主要な考慮要素として本件香港自宅と本件杉並自宅のいずれが住
所であるかを判断するのは相当ではないことを考え合わせると,本件滞在期
間中の被控訴人の香港滞在日数が前記のとおりであり,被控訴人が香港にお
いて前記のとおり職業活動に従事していたことを考慮しても,本件滞在期間
中の被控訴人の生活の本拠は,それ以前と同様に,本件杉並自宅にあったも
のと認めるのが相当であり,他方,本件香港自宅は,被控訴人の香港におけ
る生活の拠点であったものの,被控訴人の生活全体からみれば,生活の本拠
ということはできないものというべきである。
なお,被控訴人は,被控訴人の平成11年の所得税について賦課決定処分
がされていないから,控訴人は,被控訴人の住所が日本国外にあったと判断
していたことになると主張するが,被控訴人が主張する事実のみで被控訴人
の住所が日本国外にあったとの判断を控訴人がしたことを認めることはでき
ないから,被控訴人の上記主張は前提を欠くものであり,採用することがで
きない。
第4結論
以上によれば,被控訴人が贈与により財産を取得した時において国内に住所
を有する者に該当するとしてした本件決定処分及び本件賦課決定処分は,いず
れも適法であり,被控訴人の請求はいずれも理由がないから,本件請求は棄却
すべきである。したがって,これと異なる原判決は不当であって,本件控訴は
理由があるから,原判決を取り消して,被控訴人の請求をいずれも棄却するこ
ととする。
東京高等裁判所第12民事部
裁判長裁判官柳田幸三
裁判官白石史子
裁判官村上正敏

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