弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金五三四万円およ
びこれに対する昭和三五年七月二九日以降支払いずみにいたるまで年五分の割合に
よる金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決
ならびに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、次に附加す
るほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
 一 控訴代理人は、次のように述べた。
 1 かつては国家の作用のうち非権力的作用中純然たる私経済的関係に立つ場合
の損害については、私法の適用があるが、その他の作用についてはすべて国に賠償
の責任がないとしていた。しかし、その後人権思想の発達に伴い、特別法が存しな
いのに非権力的作用の全般につき判例によつて私法を適用し国の賠償責任を認める
に至つた。この理論を更に一歩前進させるならば、国の権力的作用についても私法
の適用を認めることが、かえつて正義公平の原則に合致する。
 2 明治憲法は、君主主権の立場に立ち、一応は近代立憲政治の原則にのつとり
国民の権利と自由とを保障することを建前としながら天皇の名において行なわれる
行政等の公の活動は絶対化して考える傾向が強く、それらの活動によつて個人の権
利や自由を侵害することがあつても、個人相互間の関係を律する民法の適用はな
く、特に定めがない限り国に対して不法行為を理由に賠償を求めることはできない
と考えられ、国民の権利と自由の実質的保障は与えられなかつた。明治憲法下にお
いては、もと、かような思想が支配し、国の不法行為については、ようやく、非権
力的作用についてのみ民法の適用が認められはしたが、権力的作用については絶対
に認められなかつた。しかし、いかに明治憲法下であつても、昭和の時代になると
右の思想の誤りであることは明らかになつた。
 3 本件については、従前の大審院が採用していた法解釈を改め、当然民法を適
用すべきである。
 二 証拠(省略)
         理    由
 一 控訴人が昭和二一年七月六日午前五時頃、いわゆる八丈島老女殺し事件(以
下、本件八丈島老女殺し事件という)につきAとの共犯容疑で八丈島警察署に連行
され、同月二三日まで取り調べを受け、同年八月二九日Aとともに身柄を東京警視
庁に移されるまで八丈島警察署に留置されたこと、東京刑事地方裁判所検事局検事
が同年九月七日控訴人およびAを控訴人主張のような公訴事実により予審請求をし
たこと、同年一二月二七日予審判事が東京地方裁判所の公判に付する旨の決定をし
たこと、同裁判所が公判審理を経て昭和二三年一月二六日原判決添付判決目録
(一)記載のとおり有罪判決を下し、これに対し控訴人両名が控訴したが、昭和二
六年六月二日東京高等裁判所において再び原判決添付判決目録(二)記載のとおり
有罪判決を受け、上告した結果、昭和三二年七月一九日最高裁判所第二小法廷にお
いて、「原判決を破致する。被告人両名は無罪。」との判決を受け、同判決がその
後確定したことはいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三号証、
甲第一〇、第一一号証、乙第一号証、甲第一二号証の一ないし三、甲第一三号証の
一ないし五によれば、昭和二一年八月二九日東京刑事地方裁判所検事局検事が住居
侵入強姦致死の罪名で同裁判所予審判事に対し、起訴前の強制処分として控訴人お
よびAの訊問ならびに勾留を請求し、翌三〇日、予審判事が右両名に対し勾留訊問
を行なつたうえ、勾留状を発し、東京拘置所に勾留し、右検事が同年九月六日控訴
人を翌七日Aを取り調べたことが認められる。
 二 控訴人は、前記警察官の捜査、検事の予審請求および予審判事の公判に付す
る旨の決定は、いずれも故意または過失による違法行為であり、控訴人は、これら
の行為により損害を蒙つたので、第一次的に国家賠償法により、第二次的に民法七
一五条により、被控訴人に対し、その損害の賠償を求めると主張する。
 <要旨第一>1 昭和二二年一〇月二七日施行の国家賠償法附則六項によれば、同
法施行以前の行為に基づく損害については、同法によつてその賠償を請
求することはできないと解すべきところ、前記争いのない事実に徴すれば、控訴人
が違法であると主張する昭和二二年法律一九六号警察法施行(昭和二三年三月七日
―同月六日政令五〇号)前の警察官吏、検事および予審判事の各行為はいずれも国
家賠償法および新憲法施行前になされたことが認められるのでこれらの行為に基づ
く損害につき国家賠償法によつてその賠償を求める控訴人の第一次的請求は、その
余の判断を加えるまでもなく失当であるといわなければならない。
 2 次に、控訴人の第二次請求について判断する。国家賠償法施行以前において
は公務員の不法行為に基づく国または公共団体の不法行為責任につき、権力的作用
と非権力的作用とを区別していたのであり、非権力的作用に基づく損害については
私経済的関係におけるものから非権力的公行政におけるものへと次第に不法行為の
規定の適用範囲を拡大し、国または公共団体の責任を肯定する考えが有力であつた
が、権力的作用に基づく損害については、特別の規定がないかぎり、私法である不
法行為法の規定は適用されず、したがつて国または公共団体は賠償義務を負わない
と解すべきである。そして前示のような権力的行為について国の賠償義務を認める
特別の規定は存在しなかつたのである。それ故控訴人のこの点に関する国家無答責
の理論は、昭和の時代においては誤りであるとの論は採用できないところである。
 控訴人は、さらに、前記のようないわゆる国家無答責の理論は、君主主権の立場
に立つものであつて、わが国がポツダム宣言を受諾したことにより、もはや採用で
きなくなつたと主張する。しかし、国の権力的作用に基づく損害につき君主国なら
国家無答責、民主国なら国家責任が認められるべきであるという根拠はないし、わ
が国がポツダム宣言を受諾し、憲法一七条、七六条二項の規定が設けられたという
だけの理由で国家の権力的作用に当然に私法である不法行為法の規定が適用される
に至つたとは解されない。
 なお、控訴人は、国家賠償法施行前においても国の権力的作用について私法の適
用を認めることがかえつて正義公平に合致すると主張する。しかし、国家賠償法附
則六項は、この法律施行前の公権力の行使に基づく損害については国または公共団
体として賠償責任を負わない趣旨に解すべきであるので前示のような権力的作用に
基づく損害について、国に対し、民法七一五条により賠償を求める控訴人の第二次
請求もまた失当であるといわなければならない。
 三 第一、二審裁判所は本件八丈島老女殺し事件について控訴人およびAを強姦
致死の罪を犯した者としていずれも有罪判決をしたが、最高裁判所が「原判決を破
棄する。被告人らはいずれも無罪」との判決をし、右判決の確定により控訴人らの
無罪が確定したことは、前示のとおりである。
 <要旨第二>国家賠償法は、国家公務員の職務行為から裁判官の行なう民事、刑事
の裁判を特に除外していないから、右各有罪判決は、それぞれ、同法一
条の規定にいう「国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについ<要旨第
三>てした行為」に該当すると解すべきである。ところで、刑事事件において下級裁
判所の有罪判決が上級裁判所の無罪判決によつて取り消されてもそのこ
とだけで右有罪判決が直ちに違法であるときめさるべきではない。刑事訴訟におい
ては罪となるべき事実の直接証拠についてだけではなく、自白の証拠能力および信
憑力の有無に関する証拠についても、裁判官による証拠の評価につき自由心証主義
が採用されているので、証拠の証明力について上級審と下級審との間に見解の差の
生ずることは避け難い。そこで、下級裁判所の有罪判決が国家賠償法にいわゆる違
法であるのは、裁判官の証拠能力または証明力に対する判断が裁判官に要求される
良識を失し経験則・論理則上その合理性が認められないことがその審理段階におい
て明白な場合に限られると解するのが相当である。
 右の観点から、第一、二審裁判所の有罪判決が違法であるかどうかを検討する。
なお、本件は、刑事訴訟法施行法二条により旧刑事訴訟法(大正一一年法律七五
号)の適用される刑事事件に関するものであり、右事件に刑事訴訟法二五六条六項
の適用はないから、捜査、予審の記録は、起訴状とともに第一審裁判所に提出さ
れ、その内容は第一審裁判官の知り得るところであつたのである。また、捜査、予
審および第一審記録が控訴状とともに第二審裁判所に送付され、第二審裁判官の知
り得るところとなつたことはいうまでもない。
 第一、二審裁判所の有罪判決が原判決添付判決目録(一)、(二)記載の判決中
に示された各証拠によつたものであることは当事者間に争いかない。そして、成立
に争いのない乙第三号証、甲第一〇号証、乙第四号証の一によれば、控訴人および
Aが、昭和二一年八月三〇日東京刑事地方裁判所において予審判事の尋問に際しそ
れぞれ、住居侵入強姦致死の被疑事実を読み聞かされて、控訴人は、「そのとおり
全部相違ありません。
 私達は、夜ばいに行つて強姦したのでありますが、強姦の際喉笛を絞めたためB
が死んでしまつたのであります」と述べ、Aは、「そのとおり全部相違ありませ
ん。私達はBの処に夜ばいに行き、強姦したのであり、C(控訴人)は二回、私は
一回強姦しました。同女を殺すつもりはなかつたのでありますが、声を立てられな
いために、喉笛を絞め、そのため同女が死んでしまつたのであります。」と述べた
ことが認められ、また、成立に争いのない甲第一一号証、乙第一号証および甲第一
三号証の二、五によれば、控訴人は、昭和二一年九月六日東京刑事地方裁判所検事
局において検事に対し原判決添付判決目録(一)記載のとおり詳細に犯行の模様を
自白し、Aは、同年九月七日東京刑事地方裁判所検事局において検事に対し原判決
添付判決目録(一)記載のとおり詳細に犯行の模様を自白し、同年一〇月三〇日お
よび同年一二月一八日東京刑事地方裁判所において予審判事に対し再びほぼ右と同
旨の犯行を詳細に自白していることが認められる。
 ところで、控訴人およびAの前記自白の経緯についてみるのに、前顕甲第一〇、
第一一号証、第一三号証の五、乙第一、第三号証、第四号証の一、成立に争いのな
い甲第一号証、第五号証の一、二、第七号証の一ないし五、第八号証の一ないし
四、第一二号証の一ないし三、第一三号証の一ないし四、第二一号証の一、二、第
二六、第二七号証、第三三号証、乙第七号証の一、第一一号証の一ないし五、七、
八、第一九号証の一、二および原審における控訴人の供述ならびに弁論の全趣旨に
よれば、次の事実が認められる。すなわち、控訴人およびAは、昭和二一年七月六
日、強姦殺人事件の被疑者として、あいついで八丈島警察署に連行され、留置され
たまま、控訴人は同月二三日まで、Aは、同月三一日まで取り調べを受け、控訴人
に対しては一二回、Aに対しては六回にわたり同署司法警察員による聴取書が作成
されたが、右聴取書によると、控訴人は、その第一、第二回(同年七月六日付)に
おいて自己の単独犯行であると、第三回(同年七月八日付)以降においてAとの共
同犯行であると認め、Aは、第一回(同年七月六日付)以来控訴人との共同犯行を
認めていたと記載されていること、犯行日時について、控訴人は、当初昭和二一年
四月三日夜と述べていたが、第七回(同年七月一六日付)以来同年四月四日夜と述
べ、Aは、第二回(同年七月七日付)二か月位前の夜であると述べ、第六回(同年
七月三一日付)同年四月の初めか中頃であろうと述べたこと、控訴人に対しては同
月二四日以降、Aに対しては同年八月一日以降、取り調べがなく、令状によらない
留置がそのまま続けられ、同月二九日控訴人およびAはともに身柄を警視庁本庁に
移されたこと、同日東京刑事地方裁判所検事局検事は、住居侵入強姦致死の罪名
で、同裁判所予審判事に対し起訴前の強制処分として控訴人およびAの尋問と勾留
を請求し、翌三〇日予審判事は勾留尋問を行なつたうえ勾留状を発し控訴人および
Aを勾留したが、前記控訴人およびAの予審判事に対する同日の自白はこの段階に
おいて行なわれたのであり、次いで、控訴人は、同年九月六日、Aは翌七日東京刑
事地方裁判所検事局検事に対しいずれも前記のとおり犯行の模様を詳細に自白し、
かくて、控訴人およびAに対し同検事から予審請求がなされると、控訴人は、それ
までの自白を全面的にひるがえし、予審および第一、二審を通じて本件犯行を否認
するに至り、Aは、予審においては同年九月二一日には否認し、同年一〇月三〇日
には自白し、同年一二月七日、同月一一日には否認し、同月一一日保釈になつたの
ち同月一八日にも自白し、第一、二審の公判を通じ本件犯行を否認していること、
以上の事実が認められる。
 控訴人は、控訴人の司法警察官の面前における共同犯行の自白も犯行日時を改め
た自白も巡査の拷問によつて強要された任意性を欠くものであつたから、控訴人が
予審判事に対し勾留尋問の際なした供述およびその直後検事に対してなした供述も
勾留の直前まで継続していた不法留置とその間における自白の強要からなんらの影
響を受けなかつたとはいえず、いずれも任意性に疑があり、控訴人が犯行日時を改
めたのも司法警察官の想定にそうよう作為された疑があるから、司法警察官吏に対
する自白と内容を同じくする控訴人の前記予審判事および検事に対する各供述は信
憑力に疑があることは明らかであるのに、右各供述を証拠として有罪判決をした第
一、二審裁判官らの判断は違法である旨主張する。
 しかしながら、D、E両巡査らが七月六日、同月八日の両度にわたり、控訴人を
蹴つたり、殴つたりして自白を強要したか否かについては、これを肯定する前顕甲
第一二号証の一ないし三、同第二一号証の一、二、同第三二、第三三号証の予審お
よび第一、二回公判における控訴人の供述記載、原審における控訴人の供述、「ビ
ンタ」を喰わせ胸を押したことにつき一部肯定する成立に争いのない甲第一七号証
の予審におけるD供述記載、横ビンタを喰わせたことにつき一部肯定する成立に争
いのない甲第一八号証の予審におけるE供述記載、昭和二一年七月六日午後三時過
頃八丈島警察署附近で同署道場からワーワーと子供のような大きな声を聞いた、そ
の声は控訴人の声に似ていた旨の成立に争いのない甲第一五号証、第二二号証、第
二九号証の一、二の予審、第一、二審における証人Fの供述記載、控訴人が検挙さ
れた日八丈島警察の演武場の横で控訴人の声に似たワンワンという泣き声を聞いた
旨の成立に争いのない甲第二三号証、第三〇号証の第一、二審における証人Gの供
述記載が存在する一方、自分は控訴人の胸を押したことはあるが同人を打つたこと
も予審廷で控訴人にビンタを喰わせたと供述したこともなく、予審調書上の記載は
調書の読み聞けがなかつたため訂正の機会がなかつたことによる誤である旨の成立
に争いのない乙第五、第七号証の各二の証人Dの第一、二審における供述記載、自
分は控訴人に横ビンタを喰わせたことはなく、軽く叩いただけであり、予審調書の
記載は調書を逐語的に読み聞かせてもらえなかつたことによる誤りである旨の成立
に争いのない乙第五号証の二、同第七号証の三証人Eの第一、二審における各供述
記載、自分は昭和二一年七月六日控訴人が単独犯行の自白をするまで控訴人の旧武
道場での取り調べに立ち会つたが、控訴人が泣いたことはない旨の成立に争いのな
い乙第六号証の一、同第八号証の六証人Hの第一、二審における各供述記載が対立
し、控訴人が八丈島警察署で取り調べを受けた当時着用していた衣類の写真である
ことにつき争いのない検甲第一、二号証の各一、二によれば、シやツとズボンの諸
所が破れ、汚れていることが認められるが、前顕甲第二一号証の一中控訴人のシや
ツが切れ、ズボンが裂けているのは、警察で取り調べられたときぶたれるのであば
れ、蹴られて逃げまわつたためであるという一審における控訴人の供述記載に対し
ては前顕甲第一七、第一八号証中、控訴人のシヤッとズボンとは初めから少し破れ
ていたが、控訴人の取り調べが終つた時斯様に大きく破れてはいなかつた旨の予審
における証人D同Eの各供述記載および成立に争いのない乙第五号証の一中右シや
ツは洗濯のため一度控訴人に返した旨の一審証人Iの供述記載が対立している。ま
た、成立に争いのない甲第三号証(変死者検案書)によれば、昭和二一年四月六日
午前一一時東京都八丈島a村においてBの変死体を検案した医師Jによつて死亡推
定日時欄に昭和弐拾壱年四月三日午后拾時(推定)との記載がなされているが右三
日は四日と記載し四を抹消し「J」と刻した印を押した右側に「三」と改めること
によつて行なわれていることは認められるが、もと三日午后一〇時の推定をした根
拠について成立に争いのない甲第一四号証(証人Kの予審尋問調書)によれば、J
医師は、予審において、大体Bの屍体の死後硬変から四日に死亡したものと推定
し、強姦であるから夜中の一〇時と思つたが警察が捜査の結果三日に死亡したらし
いという意見を反撃する確実な証拠はなかつたから右意見に従い改めたと供述して
いるのに対し、成立に争いのない甲第二五号証(証人Kの第一審における尋問調
書)によれば、J医師は、第一審において、普通死後一五、六時間から二〇時間で
起る死後硬直がBの屍体に起つているばかりでなく、死班、皮膚のよじれ、眼のう
るみ等から四月四日午後一〇時頃と推定したが、後日I捜査主任から四日では日が
合わぬから三日にしてくれと言われてそうしたと供述し、成立に争いのない甲第二
八号証(証人Kの第二審における尋問調書)によれば、J医師は、第二審におい
て、当初警察係官から四月三日と思うと言われたが、Bの屍体の硬直状態、死臭等
を総合して四月四日午後一〇時と書いて提出したところ翌日警察から三日と思われ
るから訂正してくれと言われ、その理由は告げられなかつたが三日ではないという
だけの自信がなかつたので、改めたと供述している。
 他方、第一、二審裁判所において顕出、採用された控訴人の本件自白は、控訴人
が自白を強制されたと主張する八丈島警察署ではなく、その身柄が東京に移されて
から後になされたものであり、しかも、控訴人が八丈島警察署で取り調べを受けお
わつてから一か月以上経過した後なされたものであることは前認定事実に徴して明
らかであり、原審における控訴人の供述中には、控訴人は東京に出たら無実をはら
してもらえると思つていたという部分はあるが、前顕甲第二一号証の二(第一審公
判調書)によれば控訴人は一審の公判廷で検事に怒鳴られたことはない旨供述して
いること、前顕甲第三二号証(第二審公判調書)によれば、控訴人は二審の公判廷
で(検事や予審判事に調べられたとき)検事や判事が巡査でないことは判り、警官
は調べられた部屋の外に出ていた旨供述していることが認められるばかりではな
く、成立に争いのない乙第六号の三(第一審における証人L訊問調書)によれば、
同証人は一審で「私の母は控訴人の祖母と姉妹ですから、私と控訴人の母Mとは従
姉妹の関係にあり、東京から来たE刑事が毎日の様に私方に来て私が忙しく仕事を
して居るのにしつこく色色聞かれたのでその時私は控訴人がB婆さん方へ行つたこ
とがありB婆さんは私にCは若いのに帰らず泊めてくれと言つて泊めたがしつこく
て嫌な奴で困つたと話したことやある時は泊めてくれと言つたが泊めなかつたと言
つたことがあるのでこれらのことを打ち明けました、その後控訴人が私方へ来たと
き同人はB婆さんに一〇〇円香奠をやるというので、私は親類でもなく若いくせに
遣ることはないと言つてやめさせました。私としては、一〇〇円もの金を出そうと
したのでその時どうしてそんな金を出そうとするのかと不思議に思いました。それ
から私の五男N方で控訴人がB婆さんは何故死んだのだろうと言いましたので私が
自殺だろうという意味のことを言いますと、控訴人は、どうかそうして置いてくれ
そう言わないと自分が調べられて困ると言いました」旨供述していることが認めら
れ、成立に争いのない甲第二二号証(第一審における証人Fの訊問調書)によれ
ば、同証人は、一審で、「私は、控訴人から誰が警察に検挙されたかと聞かれたこ
とはありませんが、同人が私方へ来たとき私の方で何気なく同人にOが挙つている
と言つたところ控訴人はOだOだとそれは大きな声で言いましたので、私は控訴人
にそんなことを言うと警察に言つてやると冗談に申しました」旨供述していること
が認められ、成立に争いのない乙第六号証の二(第一審における証人Pの訊問調
書)によれば、同証人は一審で、「昭和二一年七月五日頃Qの処へ行つたときE刑
事と一緒に歩いていますと控訴人が私に犯人はどうなりましたかと聞いたので私は
まだ捜査中であるから捕まらないがa村方面は既に捜査しているので自分の方でも
やる心算だと言いました。この時の控訴人の態度は本当にあつたのだろうかと他人
事の様にして聞いて居るように感じました。」と供述している記載があり、成立に
争いのない乙第六号証の五(第一審における証人Rの訊問調書)によれば、同証人
が第一審で「私はBから控訴人のことを嫌な執拗い男だというようなことを聞いて
居り控訴人がLさん方へ来たときBさんに煙草を一本だつたかやつていたことがあ
り、私は変だと思いました。」と供述していることが認められ、成立に争いのない
乙第四号証の二(予審における証人Sの訊問調書)によれば、同証人は、予審で、
「私は昭和二一年八月頃警視庁の監房に居り最も古い関係から総監房長をして居り
ましたが誰からともなく八丈島の老婆殺しの犯人が入つて来たという噂が耳に入つ
たので第九号房に立ち寄り窓の外から犯人を呼び出しました。その犯人は自分は島
の六十いくつかになるが五十そこそこに見える綺麗な婆さんの所に今一人の男と一
緒に行つた。
 婆さんは抵抗したので紐か何かで頸を絞めた。自分が関係してから別の男が関係
した。自分がやつている間別の男は婆さんの足を押えていたと申しました。それか
らどういう風にしてやつたかと実演させると、同人はズボンを履いたまましやがん
で女に乗りかかり右手で頸を絞める風をしました。以上の同人の言葉および態度に
は少しも不自然な様子はありませんでした。私は馬鹿なことをしてはいけないと注
意を与えてから別の犯人の居る第七房か八房に行き同じ様な問をすると同人も犯行
を認めていたので、之にも注意を与えました。私に最初回答した犯人は控訴人に間
違いありません。」と供述していることが認められる。
 以上の事実関係のもとにおいて、控訴人の本件自白の任意性、信憑性はこれを肯
定し得る証拠とこれを疑わせ、否定すべき証拠とが一審においても二審においても
対立していたのであり、本件自白がいずれも控訴人が拷問を主張する八丈島警察署
を離れた東京で判検事の面前でなされたものであり、さらに、その任意性、信憑性
を裏付ける証拠もあつたのであるから、第一、二審裁判所が予審段階におけるKの
供述を記載した甲第一四号証をさしおいて第一、二審段階における各供述を記載し
た調書を前記補強証拠とともに証拠に採用し控訴人の本件自白の任意性、信憑性を
肯定したからといつて、直ちに、採証の法則を誤り経験則上合理性が認められない
場合とはいえないし、また右の判断が裁判官に要求される良識を失つているとはい
えないから、控訴人に対する有罪判決が違法であると断ずることはできない。
 次に、控訴人は、Aの本件自白は変転定まりなく、精神薄弱者の迎合的自白とし
て信憑性を欠き、ことに犯行現場のランプは最初控訴人がやるとき消したと思う旨
の供述部分は犯行のあつた室が一見整然としていた事実に矛盾するものであるか
ら、同人の自白に信憑力を認めて有罪判決の証拠とした第一、二審裁判官らの判断
は違法であると主張する。
 なるほど、前顕甲第二一号証の二(第一審における第二回公判調書)には、同人
が一審で、昭和二一年七月六日八丈島a村所在鰹節製造場においてD刑事からB婆
さんを殺したろう。やつたといわなければ警察に連れて行くといわれたのでやつた
といえば警察に連れて行かれないと思つて婆さんを殺したと言つた旨供述してお
り、成立に争いのない甲第一八号証(予審における証人H訊問調書)には同人が予
審で昭和二一年七月六日朝T方においてD部長の傍から「お前行つたのだろう。」
とAに聞いたところ、変な顔をして返事をしないので、「どうだ、正直に言え。正
直に言えば何でもないのだ。言わなければ警察に引つ張つて行く。」と言つた。す
るとAは、「Cと一緒に行つた。そしてやつた。」と言つた旨供述しており、前顕
甲第一三号証の一、第二六号証、第三二号証によれば、Aは、予審、第一、二審で
同人が八丈島から東京に送られる少し前八丈島警察署内の便所で会つた控訴人から
二人は殺さないのだから「うまく話を合わそう」(予審)、「どこまでもやらない
といおう」(一審)または「頑張ろう。」といわれた旨供述しており、原審におい
て証人Aは、同人が八丈島から東京に送られる前、便所で控訴人に「やつてないか
ら頑張つてくれ。」と言われたので、これに対して「うん」と言つた旨供述してい
る。また、前顕甲第二六、第三二号証によれば、Aは第一、二審において、身柄が
東京に移されてから、起訴される前に取り調べられたが、それが予審判事や検事の
調べであることはわからず、やつたといえば島に帰してくれると思い嘘の自白をし
た。予審第二回の調べのときやつたと言つたのは、予審判事に、「早く帰すからや
つたならやつたといえ。」といわれたからである、旨供述しており、さらに二審で
は、その後保釈されてから予審第五回の調べのときは、否認すると島に帰れなくな
ると思つて嘘の自白をした旨供述している。そして、成立に争いのない甲第九号証
(予審における鑑定人U作成の鑑定書)によれば、鑑定人Uは、予審において、
「被告人Aは智能においては精神薄弱と診断するに躊躇しない。……至極平穏な愚
か者である。一般に低能者の意思は他人によつて影響され易いのが常で、殊に被告
人Aのような平穏な低能者にあつては、常に意志作用に動揺性があつて、他より強
制を受くることが容易に行なわれることも首肯できる。すなわち、意思の被影響性
が常に亢進している状態にあると言つてよい。」「被告人Aはその感情生活におい
ても智能の発育不良の程度に準ずる異常があり、……被告事件の成り行き等につい
て焦慮する様子もなく、……事案に因る刑罰に対しても理念や恐怖の念等はさらに
なきものの如く、さればこそ自白すれば直ぐ帰宅が出来ると考えていることなども
被告人らしい感情の動きである。」旨の「考察及び説明」ならびに「現在証」を含
む鑑定書を提出していることが認められる。
 しかしながら、前顕甲第二六号証によれば、Aは、第二審において、「予審判事
はこわくありませんでした。」と供述していることが認められ、前顕甲第一三号証
の三、成立に争いのない甲第二、第三号証および原審証人Aの供述によれば、Aは
予審判事の面前において同人が行つたことがないというB方の図面を描き、これが
ほぼ被害現場の検証調書添付図面と符合していたこと、が認められ、前認定のとお
りAは八丈島警察署ばかりでなく、身柄を東京に移された後検事および予審判事に
対しても詳細な自白をしているのであり、ことに、前顕甲第九号証(昭和二一年一
一月二五日付鑑定書)、第一三号証の五(同年一二月一八日付訊問調書)によれ
ば、予審判事がAは「先天的に精神発育状態に異常があり智能低下著しく、精神薄
弱と診断するもので、公訴事実記載の本件犯行当時ならびに現在においては軽度の
精神障礙を有するものと思料する。記憶力及影響性については異常を有するもので
はない。」との鑑定主文を含む鑑定書(甲第九号証)を読んだうえ、Aの精神状態
につき十分注意して訊問したのに対し同人が本件犯行を自白していることが認めら
れ、また、前認定のとおりAは保釈された後においても自白しているのであり、成
立に争いのない乙第五号証の一によれば証人Iは一審公判廷において同人は、当時
八丈島警察署捜査主任であつたが、本件につきAに対し「現場には電気があるじや
ないか。」と問うと現場はランプだつたと答え、右の答は電灯の設備がなく、石油
の豆ランプ一個の転がつていた現場の状況に符号していたし、現場の間取りなどを
描いたが、その図面も現場の状況に合致していた。」と供述していることが認めら
れ、前顕甲第九号証によれば、予審において鑑定人UがAにつき作成提出した鑑定
書には、「考察及び説明」として、「智能も計算能力は著しく劣つているが、必ず
しもそうでない部分があつて、郷村、週、月日、季節、歴史的事実などについては
比較的良く、存在の認識は、自己、時、周囲、場所につき正確であり、記憶能力も
良く、記銘力もさほど劣つていない。Aの意思の影響性については低能者に通有の
ある程度の亢進性はあるとしても、病的に亢進してそれが自白の心理を支配するも
のではないことを断言し得る。」との意見の記載されていたことが認められる。な
お、前顕甲第一三号の二、五によれば、Aが同年一〇月三〇日および同年一二月一
八日予審判事に対し昭和二一年四月四日夜犯行当初現場のランプは倒れて消えた
が、北側の窓から薄明りがさしていたので部屋の様子は判つた。ランプはつけなか
つた旨供述したことが認められ、前顕甲第二号証(検証調書)によれば、昭和二一
年四月六日実施された本件現場検証の結果、被害現場である八丈島b村c無番地B
方入口右手三畳の間西側壁に接し布団を二つ折としたものを積み重ね、Bの屍体が
この中にあつたこと、その最上部に二つ折とされていた四布掛布団の置き方は極め
て整然としていたことが記載されていることは認められる。しかし、前顕甲第二号
証、乙第五号証の一(第一審公判調書)によれば、右検証調書を作成した警部補I
は、当時、右三畳間に電灯の設備はなかつたが北側に開閉のできない硝子約四枚入
り幅三尺長さ約四尺の窓が高さ三尺の箇所に採りつけられていた旨第一審公判廷で
供述したことが認められ、昭和二一年四月四日夜右窓からさしていた薄明りで部屋
の様子が判つた旨の右供述をありえないとするような証拠は見当らない。
 以上の事実関係のもとにおいては、Aの本件自白の信憑性は、これを肯定し得る
証拠とこれを疑わせ否定すべき証拠とが一審においても二審においても対立してい
たのであるから、Aの郷村、月日、歴史的事実についての智能、自己、時、周囲、
場所についての記憶力、記銘力、意思の影響性についての鑑定の結果と身柄を東京
に移された後ことに予審判事に対して詳細な自白をしている事跡に照らし、Aの本
件自白の信憑性を肯定したからといつて、直ちに採証の法則を誤まり、経験則上合
理性が認められないとはいえず、これを証拠に加えて控訴人に有罪判決をしたから
といつて違法ということはできない。
 四 よつて控訴人の請求は、その余の点について判断を加えるまでもなく、失当
であり、これと結論を同じくする原判決は正当であつて本件控訴は理由がないか
ら、民訴法三八四条に従いこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法八九条、
九五条を適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 西川美数 裁判官 園部秀信 裁判官 森綱郎)

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