弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
     原判決を取消す。
     被控訴人の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控
訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張、並に証拠の提出、援用、認否は、双方代理人におい
て左記のとおり補足陳述し、且新な証拠の提出、援用、認否をなした外は、原判決
事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
 控訴代理人は左のとおり述べた
 「本件約束手形は、控訴会社の取締役で、その京都事務所長をしているAが、訴
外Bの強迫によつて振出したものであることは、原審において主張したとおりであ
るが、その具体的事実は左記のとおりである。即ち、控訴会社と被控訴会社並に訴
外箕島除虫菊工業株式会社間に昭和二十三年以来なされた蚊取線香取引に関する紛
議を解決するために、昭和二十四年六月十六日被控訴会社京都支店において被控訴
会社側は京都支店支配人C、商事部長D、並に右取引の直接責任者であつた元商事
部長E等が、控訴会社側は前記Aが、箕島除虫菊工業株式会社側は代表取締役F
が、それぞれ会社を代表もしくは代理して出席し、これに、右取引に始からブロー
カー的に介在していたB(方洋貿易株式会社、社長)も参加して長時間に亘り会合
協議したのであるが、右Aは被控訴会社側の提示する覚書(乙第一号証)記載の解
決案は、控訴会社に不利益な点があるために、調印を拒否して帰宅しようとしたと
ころ、右覚書が自己に有利であるところから、これに調印を欲した訴外Bは、Aを
階段迄追掛けて、「貴様が帰るとは……」と大喝を浴せて遮り、強引にこれを副支
配人室に押入れ、更に長時間に亘つてこれを軟禁状態におき、以て調印を強要した
のであるが、その前日、控訴会社専務室において、右解決案について協議した際
も、BはAに向つて短刀を机上に置いて、「今日はこれを前において話をつけ
る。」と宣言して、自己の異状なる性格並に意図を示唆している外、或はAの宅に
臨んで同人の妻子を大声叱呼して脅かし、又控訴会社事務室において社員Gの胸倉
をつかんで暴行する等、一連の威力行為を示してAを強迫し続けていたために、B
の右威圧に堪えかねた同人は心ならずも右覚書に調印した経過であるところ、右B
は別に被控訴会社社員である前記D、E等に対しても、殺すとの旨の脅迫状を送つ
て同人等を畏怖せしめ、よつて金十万円を喝取した事実、或はEを殴打した事実も
あつて、被控訴会社においても、Bの常軌を逸した性行については夙にこれを詳知
しながら、前記交渉に介在せしめたものであつて、従つて被控訴会社京都支店にお
いてBがAに対してなした前記の行為は、民法第九二条の強迫に該当するものであ
る。仮に右強迫の事実が認容されぬとしても、本件約束手形は、被控訴会社が先に
控訴会社から引取つた蚊取線香の内六万三千包の品質粗悪並に包装不備を理由とし
て返品した分について、控訴会社から被控訴会社に対して金四万四千二百三十三円
の返還義務があるものとして、右債務決済のために振出されたものであるけれど
も、右蚊取線香は被控訴会社の注文通りの品質包装のものを納入したのであるか
ら、これについて返品を受けるいはれはなく、仮に右のような瑕疵があつたとして
も、右はメーカーである箕島除虫菊工業株式会社の責任に帰すべきものであつて、
控訴会社が責任を負うべきものではない。然るに前記覚書において、控訴会社が被
控訴会社に対する右の債務を承認して、本件約束手形を振出すに至つたのは、錯誤
によるものであるから無効である。」と述べ、
被控訴代理人は、「控訴人主張の強迫並に錯誤の事実は全部争う。」と述べた。
 証拠関係については、控訴代理人は、当審証人Aの証言を援用し、甲第二、三号
証の各一ないし三の成立を認め、被控訴代理人は甲第二、三号証の各一ないし三を
提出し、当審証人Dの証言を援用した。
         理    由
 控訴会社が被控訴人主張の約束手形を振出し、右手形が支払期日に呈示されたが
支払拒絶となつたこと、右約束手形は控訴会社と被控訴会社並に箕島除虫菊工業株
式会社間の蚊取線香取引に関する紛争を解決するために、昭和二十四年六月十五
日、関係会社間で作成きれた覚書(乙第一号証)において、控訴会社が被控訴会社
に対して支払を約した金四万四千二百三十三円の支払方法として同日振出されたも
のであることについての当裁判所の認定は、原判決理由のとおりであるから、ここ
にこれを引用する。
 そこで控訴人主張の強迫の事実について判断するに、成立について当事者間に争
のない乙第一号証、第五号証と、原審証人H、同G、同F、原審並に当審証人Aの
各証言、並に原審証人D、同I、同E、同Jの各証言(但しいづれも後記信用しな
い点を除く。)及原審証人Aの証言により成立を認め得る乙第四号証の一、二を綜
合すると、控訴会社と被控訴会社間の蚊取線香取引は、昭和二十二年十月頃控訴会
社が箕島除虫菊工業株式会社から不二印蚊取線香七十五万包を買付けた上これを被
控訴会社京都支店に転売した取引に始まるのであるが、右不二印蚊取線香は低規格
の粗悪品であつたために売行が悪く、ために被控訴会社は約定の数量を引取ること
ができなかつたので、当事者間で協議した結果、昭和二十三年三月控訴会社は改め
て被控訴会社に対して、上規格の丹頂印蚊取線香四十五万包を売渡すことに契約を
更改したこと、然るに被控訴会社は右の蚊取線香についても、約定の期間内に二十
五万包位を引取つただけでその余の品物を引取らず且その引取つた分の中六万三千
包は包装不備等の理由により返品となつたために右取引の処置について当事者間に
紛争を生じた経過であるところ、右取引は、方洋貿易株式会社社長と称するBの仲
介によつてなされたものであつたために、同人が控訴会社と被控訴会社間の紛争に
介在するに至<要旨>つたこと、ところで右Bは暴力団の親方又は政治ゴロに類する
無頼の徒であつて、常に暴力的な言動を誇示し、利益追及のためには手段を
選ばぬ輩であつたために、控訴会社と被控訴会社間の右紛争を奇貨措くべしとし
て、昭和二十四年初頃より一方には被控訴会社の元商事部長Eを殴打し、又は殺す
云々の文言を記載した脅迫状を送つて、同人もしくはこれを通じて被控訴人より金
員の喝取を企てる一方、控訴会社に対しては、なるべくB自身に有利な解決案を受
諾せしめる意図の下に、控訴会社京都事務所長として、右取引を代理した取締役A
の宅に至つて罵詈暴言を大声叱呼してその家族を畏怖せしめ、或はAに対し再三に
亘つて暴力的制裁を暗示する脅迫状を送り、或は控訴会社京都事務所において社員
Gの胸倉をつかんで振廻す等一連の威力行為を継続していたので、AはなるべくB
との面接を避けていたのであるが前記覚書作成の三二日前に当る昭和二十四年六月
中旬Bは控訴会社事務所においてAに対し、短刀を机上に示して「今日はこれをお
いて話をつける」と宣言して右覚書と同旨の解決案を強要したこと、並に右覚書
は、昭和二十四年六月十六日、被控訴会社京都支店において被控訴会社側はその副
支配人I、K、並に前記E外数名の社員が、控訴人側はAが、又箕島除虫菊工業株
式会社側、は代表取締役Fが各出席し、これに前記Bを加えて、午前十一時頃より
午後七時頃迄交渉を重ねたのであるが、当日被控訴会社側が予め用意して呈示した
覚書によると、控訴会社と被控訴会社間の従来の蚊取線香取引に関する未済部分は
全部無条件解消となり、控訴会社はこれについて何等の違約金をも請求することが
できず、却つて被控訴人が返品した分については、控訴会社は手数料返還名義の下
に、金四万四千二百三十三円を被控訴会社に支払うことを要するなど、控訴会社側
に不利益な内容のものであつたために、右Aは容易にこれに調印することを承諾せ
ず、却つて席を蹴つて帰宅しようとしたこと、然るに右覚書によると、箕島除虫菊
工業株式会社は被控訴会社に対して、新に別規格の蚊取線香三万七千五百包を代金
総額百四十六万二千五百円で売約することとなり、これについての仲介手数料を取
得し得る関係から、右覚書の調印成立に至ることを欲した円高は前記のように調印
を拒絶して帰宅しようとするAを階段に追掛け、「貴様が帰宅するとは……」と大
喝を浴せて威圧し、よつて同人を強いて連れ戻して、更に午後七時頃に至る迄押問
答を重ねた末、ようやくAにおいてこれに調印したものであること、並に右七八時
間に亘る交渉時間は、格別に複雑な資料についての実質的な討議、又はその商業技
術的な処理のために費やされたのでははなく、既に被控訴会社側が、タイプライタ
ーで作成していた覚書を呑むか否かの一事をめぐつて押問答を繰返したものであつ
て、その商業的な交渉というよりも、むしろBの主導する軟禁的な雰囲気の下に行
はれたものであるてと並に前記蚊取線香の取引が商業的には完全な失敗であつたた
めに商事部長Eの待命処分迄していた被控訴会社側は、大企業の面子を重んじる立
場からこのような異常な交渉を打切るよりも、むしろその失敗の収拾策として、B
の常軌を逸した交渉に便乗して、そのまま一挙に覚書の調印に持ちこんだ経過であ
ること、を認定することができるのであつて、以上の認定に反する原審証人D、同
E、同Iの各証言は信用し難く、他にこれを左右するに足る証拠はない。して見る
とAが前記の覚書に調印したことは、決して正常な商業的交渉によるものではなく
て、前記認定のような一連の行為を通じてBの暴威に屈し、その身体並に自由に対
する不測の危害というよりもむしろ一部は現実の危害を免れるために、やむなくな
されたものであることを推認するに足り、これをいはゆる強迫による意思表示とい
うに妨げはない。附言するに、ある特定の行為が強迫に当るか否かを判断するに当
つては、単に当該の行為を現象的に観察するだけでは足りぬのであつて、その行為
者の性格、並にその相手方との従来の関係、四囲の状況前後の経過等一切の事情を
綜合して、当該の行為を評価しなければならぬとするのが当裁判所の見解である。
 ところで成立について争のない乙第二号証によると、控訴人は、昭和二十四年八
月二日附書面を以て、被控訴会社京都支店支配人Cに対し、右覚書の調印は強迫に
よるものであることを原因として、これに関する法律行為の取消の意思表示をして
いることが認められるから、右覚書に基いて、控訴会社が被控訴会社に支払を約し
た金四万四千二百三十三円の債務は、既に消滅したものというべく、従つてその弁
済方法として振出された本件手形は、その原因関係を欠くに至つたものであるか
ら、控訴人に対してこれが支払を求める被控訴人の請求は、これを棄却すべきであ
るにかかわらず、右請求を認容した原判決は失当であるから、これを取消すべく、
よつて民事訴訟法第三八六条、第八九条、第九六条を各適用して、主文のとおり判
決する。
 (裁判長判事 田中正雄 判事 観田七郎 判事 河野春吉)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛