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平成30年3月7日判決言渡名古屋高等裁判所
平成28年(行コ)第74号原爆症認定申請却下処分取消等請求控訴
事件(原審・名古屋地方裁判所平成23年(行ウ)第149号)
主文
1原判決(ただし,国家賠償請求を棄却した部分を除く。)を次
のとおり変更する。
2厚生労働大臣が平成23年1月26日付けで控訴人Aに対して
した原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づ
く認定申請却下処分のうち,左乳がんに関する部分を取り消す。
3控訴人Aのその余の請求を棄却する。
4厚生労働大臣が平成23年5月27日付けで控訴人Bに対して
した原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づ
く認定申請却下処分を取り消す。
5訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを3分し,その1を控訴
人らの負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者が求めた裁判
1控訴の趣旨
(1)原判決を次のとおり変更する。
(2)厚生労働大臣が平成23年1月26日付けで控訴人Aに対し
てした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基
づく認定申請却下処分を取り消す。
(3)主文第4項同旨
(4)訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2控訴の趣旨に対する答弁
(1)本件控訴をいずれも棄却する。
(2)控訴費用は控訴人らの負担とする。
第2事案の概要
1本件は,長崎市内に原子爆弾(以下「原爆」ということがあ
る。)が投下された際,当時の長崎市の区域内に在った者として被
爆者健康手帳の交付を受けている控訴人らが,原子爆弾の傷害作用
に起因して負傷し,又は疾病にかかり,現に医療を要する状態にあ
ると主張して,厚生労働大臣に対し,原子爆弾被爆者に対する援護
に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)11条1項に基づ
き,当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨の認定の
申請を行ったのに対し,厚生労働大臣が上記申請をいずれも却下す
る旨の処分(以下「本件各処分」という。)をしたため,本件各処分
の取消しを求めた事案である。
原判決は,控訴人A(以下「控訴人A」という。)に係る右上葉
肺がん及び左乳がん並びに控訴人B(以下「控訴人B」という。)
に係る慢性甲状腺炎について,いずれも放射性起因性は認めること
ができると判断した。その上で,被爆者が積極的な治療行為を伴わ
ない定期検査等の経過観察が必要な状態にあるような場合,特段の
事情がない限り,上記定期検査等は被爆者援護法10条1項所定の
「医療」には当たらないと解し,控訴人ら両名については要医療性
があるとは認められないから,本件各処分は適法というべきである
として,控訴人らの請求をいずれも棄却した。そこで,これを不服
とする控訴人らが控訴し,原判決を取り消して請求を認容すること
を求めた。
なお,控訴人らは,原審において,厚生労働大臣の違法な本件処
分により精神的苦痛を被ったなどと主張して,被控訴人に対し,国
家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求をも求めていたが,原判決
は同請求を棄却した。控訴人らは,当審において,同請求について
は不服の対象としていない。
また,原審においては,平成23年(行ウ)第149号事件の相
原告であるC及び平成24年(行ウ)第35号事件の原告Dの被控
訴人に対する各訴えが併合審理され,原判決で判断も示されたが,
C,D及び被控訴人のいずれも控訴しなかったため,原判決中,こ
れらに関する部分は既に確定している。
2関係法令の定め
原判決「事実及び理由」の第2章「事案の概要等」第2に記載の
とおりであるから,これを引用する。
3前提事実(争いがない事実,掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によ
って容易に認定できる事実)
原判決「事実及び理由」の第2章「事案の概要等」第3の1~
3,4(2),同(3)及び5~8に記載のとおりであるから,これを引
用する。
4争点
(1)原爆放射線起因性の判断の在り方(争点1)
(2)被爆者援護法10条1項の「現に医療を要する状態」(要医療
性)の意義(争点2)
(3)控訴人Aの主張する疾病についての放射線起因性及び要医療性
の有無(争点3)
(4)控訴人Bの主張する疾病についての放射線起因性及び要医療性
の有無(争点4)
(5)原爆症認定の要件としての要医療性の要否(争点5)
5争点に関する当事者の主張
(1)争点に関する当事者の主張の詳細は,後記(3)のとおり当審に
おける当事者の新たな主張を加えるほかは,原判決別紙「原告ら
の主張」(ただし,第1章「総論」中「第3国家賠償請求」,
第2章「原告Cについて」及び第5章「原告Dについて」を除
く。)及び別紙「被告の主張」(ただし,第2章「原告Cについ
て」,第5章「原告Dについて」,第6章「原告らの国家賠償請
求は理由がないこと」及び原判決573頁19行目冒頭から20
行目末尾までを除く。)のとおりであるから,これを引用する。
(2)また,当事者の主張の要旨は,後記(3)の主張を加えるほか
は,原判決「事実及び理由」の第2章「事案の概要等」第4の
1,2,3の控訴人らの主張の要旨中(2)及び(3)並びに被控訴人
の主張の要旨中(2)及び(3)に記載のとおりであるから,これを引
用する。
(3)当審における当事者の新たな主張
(控訴人)
被爆者援護法11条によって厚生労働大臣が認定するのは放射
線起因性に限られ,要医療性は認定要件ではないという考え方が
合理的である。放射線に起因する疾病の状況にある者は,一般に
医療を要する状況にあり,その意味で両者は表裏一体の関係にあ
るというべきであり,そのため,放射線に起因した疾病に罹患し
ている被爆者に対しては,当該疾病が完治したと認められるよう
な特別の事情がない限り,原則として要医療性も肯定され,原爆
症と認定されると解すべきである。
(被控訴人)
最高裁平成12年7月18日第三小法廷判決・判例時報172
4号29頁は,被爆者医療法8条所定の原爆症認定の要件とし
て,放射線起因性とともに要医療性を要する旨判示しているとこ
ろ,この点は被爆者援護法11条1項の原爆症認定においても同
様に解すべきである。同条項にいう「認定」(公証)の対象は
「当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する旨」である
が,当該認定を受けるためには放射性起因性のみならず要医療性
も要するというべきであり,控訴人らの主張は同項にいう「認
定」と,同認定のための要件とを混同するものであり,失当であ
る。
第3当裁判所の判断
1原爆放射線起因性の判断の在り方(争点1)について
原爆放射線起因性の判断の在り方については,以下のとおり補正
するほか,原判決「事実及び理由」第3章の第1(66頁~154
頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決66頁10行目の「①被爆者が現に医療を要する状態に
あること(要医療性)のほか,②」を「少なくとも,」と改め
る。
(2)原判決73頁14行目の「ち密」を「緻密」と,74頁7行目
の「科学的ち密性」を「科学的緻密性」とそれぞれ改める。
2被爆者援護法10条1項の「現に医療を要する状態」(要医療
性)の意義(争点2)について
(1)被爆者援護法は,医療に係る援護として,同法10条1項にお
いて,厚生労働大臣は,原子爆弾の傷害作用に起因して負傷し,
又は,疾病にかかり,現に医療を要する状態にある被爆者に対し
て必要な医療の給付を行うと規定し,同条2項において,上記医
療の給付の範囲を,①診察,②薬剤又は治療材料の支給,③医学
的処置,手術及びその他の治療並びに施術,④居宅における療養
上の管理及びその療養に伴う世話その他の看護,⑤病院又は診療
所への入院及びその療養に伴う世話その他の看護,⑥移送として
いる。これらの規定に照らすと,疾病等が「現に医療を要する状
態にある」(要医療性)とは,当該疾病等に関し,同項の規定す
る医療の給付を要する状態にあることをいうものと解するのが相
当である。
(2)ところで,被控訴人は,被爆者援護法上では,援護施策の必要
性の強度に応じた多段階の援護施策が執られている中にあって,
原爆症認定に当たっては最も手厚い援護措置を認め得るだけの必
要性が肯定されなければならないのであるから,同法10条1項
の「現に医療を要する状態」にいう「医療」とは,「認定に係る
負傷又は疾病」について医療効果の向上を図るべく,医師による
継続的な医学的管理の下に,必要かつ適切な内容において行われ
る範囲の治療をいうと解するのが相当であり,積極的な治療を施
さず,経過観察をしているにすぎない場合には,当該「認定に係
る負傷又は疾病」が「現に医療を要する状態にある」ということ
はできないと主張するので,以下,これにつき検討する。
アこの点,一般に「医療」とは,『医術で病気をなおすこ
と』,『治療』を意味するところ(新村出編『広辞苑第7版』
216頁(岩波書店,2018),経過観察は,特定の疾病等
を有する患者に対し,一定期間,医師が病状の回復の程度,再
発の有無,合併症や投薬による副作用の有無・程度等を注意深
く観察し,仮に再発や副作用等がみられた場合は早期に適切な
治療を行い,当該疾病等の治癒を目指すものであるから,治療
の一環といえるものである。しかも,経過観察も診察が基本と
なるところ,被爆者援護法10条2項は,医療給付の範囲とし
て,「薬剤又は治療材料の支給」(2号)や「医学的処置,手
術及びその他の治療並びに施術」(3号)とは別個に,まずは
「診察」(1号)を予定している。そうすると,経過観察が
「医療」に含まれると解することは,法文に忠実な解釈である
上,同法10条1項もこれを予定しているものといわざるを得
ない。
したがって,同条の「医療」は,積極的な治療を伴うか否か
を問うべきではなく,被爆者が経過観察のために通院している
場合であっても,認定に係る負傷又は疾病が「現に医療を要す
る状態にある」と認めるのが相当である。
イこれに対して,被控訴人は,被爆者援護法が,「健康管理」
に関する規定(第3章第2節,7条以下)と「医療」(第3章
第3節,10条以下)に関する規定を設けているところ,上記
各規定は基本的に被爆者医療法の規定を引き継いだものであ
り,同法は「国が被爆者に対し健康診断及び医療を行うことに
より,その健康の保持及び向上をはかることを目的とする」
(同法1条)ものであることに鑑みれば,上記「健康管理」は
主として健康の保持を,上記「医療」はその向上を図るための
規定であると解され,未だ積極的治療を要しない段階において
は,定期的な健康診断を行うとともに,適時に必要な指導を行
うことで,その「健康を保持」し,その状態が増悪するなどし
て,積極的な治療を要するに至った段階においては,医療を施
すことでその「健康の向上」を図ろうとしたものであると理解
し,積極的治療を要しない段階で施されるべき措置は,健康診
断等による健康管理であると主張する。
確かに,被爆者援護法の健康管理の規定は,昭和32年制定
の被爆者医療法の規定を基本的に引き継いだものである。そし
て,同法が健康管理の規定を導入した趣旨は,被爆者に対して
毎年健康診断及び必要な健康上の指導等の健康管理を行うこと
により,疾病の早期発見その他被爆者の健康の保持を図ろうと
したことにあり(昭和32年2月22日付け第26回国会衆議
院社会労働委員会議録第11号5頁参照),かかる趣旨は被爆
者援護法にも妥当するものと解される。この趣旨に加えて,同
法第3章第2節「健康管理」中の「健康診断」(7条)とそれ
を受けたに対する「必要な指導」(9条)との文言及び健康
診断が「一般検査」と「精密検査」の2段階となっていること
(同法施行規則9条2項)に照らすと,これらは未病又は身体
に異常がない者を対象として,疾病の発症やその危険を早期に
把握し,発症自体を予防する又は仮に発症していた場合に早期
の段階でその悪化を予防する目的で行うことを予定しているも
のと解される(これに対して,「医療」給付は,原子爆弾の放
射線の被爆によって既に特定の疾病等に罹患している者を対象
として行われるものである。)。そうすると,上記の健康管理
の規定が,特定の疾病等に罹患している患者の治癒を目的とし
て行われる経過観察を念頭に置いているとはおよそ解し難い。
また,実際上も,被爆者援護法10条1項の「医療」に積極
的治療を要すると解した場合,抗がん剤治療や緩和治療が標準
治療として必要な状態にあるにもかかわらず,全身状態から治
療によるリスクが高くこれを控えざるを得ないがん患者につい
ては,「現に医療を要する状態にある」とは認められないこと
になるが,これは結論として著しく不当であるといわざるを得
ない(なお,仮に被控訴人が上記がん患者の場合には積極的治
療を要しないとの立場を採用する場合は,被控訴人の上記主張
と平仄が合わない。)。よって,被控訴人の上記主張は採用で
きない。
ウまた,被控訴人は,被爆者援護法が予定している健康診断の
内容を列記し,形式的には同法10条2項1号にいう「診察」
や同項3号にいう「医学的処置」に当たり得る各種の診察ない
し検査等が,被爆者援護法において「医療」とは区別された
「健康管理」として掲げられている健康診断において行われる
こととされていることからしても,経過観察が必要な状態にあ
るような場合は,同法上,原則として健康管理としての検査等
によって対応すべきであり,およそ積極的治療を要しないよう
な疾病について,単に年に1回程度,その増悪等の有無を管理
するために検査等を要する場合については,精密検査として行
い得ると主張する。
確かに,被爆者援護法は,通常の一般検査のほか,被爆者の
申請により行う一般検査を規定し,それらの結果必要があれば
精密検査を行うものとされているから(同法施行規則9条2項
ないし5項),疾病の状態や担当医師がたまたま精密検査の必
要性を指摘することにより,事実上,上記の健康診断で足りる
場合もあり得る。しかし,基本となる一般検査(同規則9条3
項)は一般人が受診する人間ドック等の健康診断と変わるもの
ではない上,担当医師が精密検査の必要性を看過するおそれが
ないとはいえないから,被爆者の病状に応じて,医師があらか
じめ目的意識をもって診察を行う経過観察とは質的に異なるも
のである。よって,被控訴人の上記主張も採用できない。
エさらに,被控訴人は,被爆者特措法2条1項の「同項の認定
に係る負傷又は疾病の状態」とは被爆者医療法8条1項の「現
に医療を要する状態」(要医療性)を意味すると解した上で,
そうである以上,要医療性の内容については医療特別手当に関
する規定についても考慮する必要があるとし,具体的には,被
爆者特措法が,原爆症として認定された者で,「現に医療を要
する状態」にある者に対して,生活面への配慮を含めた高額の
医療特別手当を支給することとしていることに鑑みれば,被爆
者医療法7条1項の「現に医療を要する状態」とは,例えば,
当該負傷又は疾病について積極的治療のために入通院を要する
場合のように,当該医療を受けることにより働くこと自体が困
難となり,日常生活に差し障りが生じ得るため,生活面への配
慮を含めた高額の手当の支給を要するような場合が想定されて
いたものと解すべきであり,少なくとも,積極的治療を伴わな
い単なる経過観察を受けているにすぎないような場合は,およ
そこれに当たらないとも主張する。
しかし,原爆症認定に係る当該負傷又は疾病について積極的
治療のために入通院を要する場合はもちろんとして,放射線に
起因した疾病等に罹患した被爆者が健康不安を抱えながら経過
観察のために通院している場合であっても,程度の差はあれ,
日常生活に差し障りが生じ得ることは変わりがないのであるか
ら,その者に対しても,要医療性があると認めて生活の安定の
ために医療特別手当を支給する必要性は十分あるというべきで
ある。
また,確かに,現在の医療特別手当の支給額は月額13万9
330円であり(被爆者援護法24条3項,同法施行令17
条),高い水準にあるといえる。しかし,被爆者援護法は,上
記手当に限らず,認定に係る当該疾病等の要医療状態が解消さ
れた場合でも特別手当として月額5万1450円(同法25条
3項,同法施行令17条)を支給し,更に同法27条1項本文
及び同法施行規則51条所定の疾病に罹患した場合も,健康管
理手当として月額3万4270円(同法27条4項,同法施行
令17条)を支給するという手厚い援護を予定している。そし
て,同法は,被爆者の健康面に着目して公費により必要な医療
の給付をすることを中心とするものであって,その点からみる
と,いわゆる社会保障法としての他の公的医療給付立法と同様
の性格を持つものであるということができるものの,他方で,
原子爆弾の投下の結果として生じた放射線に起因する健康被害
が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることに鑑みて制定
されたものであることからすれば,被爆者援護法は,このよう
な特殊な戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責
任によりその救済を図るという一面をも有するものであり,そ
の点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることは否
定することができない(最高裁判所平成28年(行ヒ)第40
4号の1・平成29年12月18日第一小法廷判決参照)。同
法がかかる特殊な複合的性格を有することに加え,各種手当等
の手厚い援護を行っている趣旨は,原子爆弾の放射線に起因す
る又はその影響による健康被害に苦しみ続け,不安の中で生活
している被爆者に対し,手当の支給により,その健康及び福祉
に寄与することにある(同法前文参照)。そうすると,医療特
別手当をはじめとする各種手当の規定及びその給付水準の合理
性は,主として同法の特殊な性格や制度趣旨に求めることがで
きるというべきである。よって,被控訴人の上記主張も採用で
きない。
3控訴人Aの主張する疾病についての放射線起因性及び要医療性の
有無(争点3)について
(認定事実)
この点に関する認定事実については,以下のとおり補正するほ
か,原判決「事実及び理由」第3章の第3の2(1)及び(2)(166
頁~174頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決168頁18行目の「平成12年3月13日(当時67
歳)」を「平成12年3月11日(当時67歳)の夜,左乳房に
しこりがあることに気付き,同月13日,E病院(以下「E病
院」という。)を受診したところ,」と改め,同頁22行目の
「平成12年4月12日」の次に「,E病院」を加える。
(2)原判決169頁1行目の「平成16年5月29日まで,」を
「平成12年5月1日にE病院を退院し,その後,平成16年5
月29日まで同病院の」と改める。
(3)原判決169頁2行目の「もっとも」から同頁9行目末尾まで
を次のとおり改める。
「その後,控訴人Aは,同年11月15日に外科医師による診
察を予約していたが,同日,受診しなかった。そのため,医師
が控訴人Aの自宅に電話したところ,同人は,『不幸ができて
今日は受診できない。親も寝たきりになっているので,九州に
行く予定もあり,また落ち着いてから予約の電話をする。』旨
応答し,以後,平成19年11月までの間,外科医師による診
察を受けなかった(乙B25・5枚目)。
平成19年11月20日,控訴人Aは,被爆者健康診断のた
めE病院に来院した際,医師から,左胸手術後であったことか
ら声をかけられ,『手術後約8年が経過していて5年の検査で
異常がないと言われてから家のことで忙しく受診できなかった
ので,被爆者健診をしようと思った。』旨来院の理由を答えた
ところ,医師から定期受診の話があり,同年12月29日に受
診の予約をした。
平成19年12月29日,控訴人Aは,E病院の外科を受診
した。同日のカルテには,『肺癌術後12年以上,乳癌術後7
年以上マンモ検診で撮った。胸部レ線変化なし。心拡大傾
向。追加検査なし。』との記載があり(乙B25・5枚目),
特段の異常は発見されなかった。
その後,控訴人Aは,同病院の外科医師による定期受診はし
ていない。」
(4)原判決169頁19行目から22行目までを次のとおり改め
る。
「(ク)控訴人Aは,平成21年8月25日,右上葉肺がん及び左乳
がんを申請疾病として,当時通院していた被爆者援護法12条
1項に基づく指定医療機関であるE病院のF医師の平成21年
8月6日付け意見書等を添付して,厚生労働大臣に対し,原爆
症認定申請をした。なお,控訴人Aは,原爆症認定申請時にお
いて,申請疾病について,化学療法等,特別な治療を受けてお
らず,被爆者健康診断を受けているにとどまっていたが,この
点について,F医師は,上記意見書の「必要な医療の内容及び
期間」の欄に,長期間の通院を要する旨記載するとともに,健
康診断個人票の「現症」に「術後の経過観察やその後の癌な
どの発症にも注意しながら診察をおこなっている。」と記載し
た(乙B1の1・545頁~550頁)。
(ケ)上記申請に対する厚生労働大臣の却下処分があり,控訴人A
の異議申立ても棄却されたことは原判決26頁に認定のとおり
であるが,上記却下及び棄却の理由は,いずれも放射線起因性
が認められないということのみであって,要医療性の有無につ
いては言及されていない。被控訴人は,控訴人Aが本件訴状に
おいて先行的に控訴人Aに要医療性があると主張したのに対
し,答弁書に単に不知ないし争うと記載したにとどまり,平成
25年8月30日付け第6準備書面に至って初めて要医療性が
ない旨を明示的に主張した。」
(放射線起因性の有無)
当裁判所も,控訴人Aの申請疾病については放射線起因性を認め
ることができると判断する。その理由は,原判決185頁19行目
の末尾の次に行を改めて次のとおり加えるほかは,原判決「事実及
び理由」第3章の第3の2(3)(174頁~185頁)に記載のとお
りであるから,これを引用する。
「なお,被控訴人は,当審において,控訴人らの控訴理由書にお
ける主張に対して必要な限度で反論すると主張し,控訴人Aの要
医療性に関する主張に対して反論しているが,原判決が控訴人A
の申請疾病について放射性起因性を認めた判断に対しては何ら主
張も反論もしていない。」
(要医療性の有無)
(1)前記2で説示したとおり,被爆者援護法10条1項の「医
療」は,積極的な治療を伴うか否かを問うべきではなく,被爆者
が経過観察のために通院している場合であっても,認定に係る負
傷又は疾病が「現に医療を要する状態にある」と認めるのが相当
であるところ,前記のとおり,控訴人Aについては,原爆症認定
申請がされた時点において被爆者援護法に基づく指定医療機関の
医師が長期間の通院を要すると判断していることや疾病の内容等
からして,原爆症認定申請時及び本件処分時においては,いまだ
経過観察が必要であったと認められる。そこで,以下,控訴人A
の疾病の状況について検討する。
(2)この点,前記認定事実(1)ウ(ウ)記載のとおり,控訴人Aは,
平成7年2月17日に右上葉肺がんの手術を受けたが,病期(ス
テージ)はⅠ期と診断され,その後も再発・転移は認められてい
ない。その状態のまま手術日から原爆症認定申請日までの期間は
約14年6か月余りが経過している以上,右上葉肺がんは既に治
癒したものと認めるのが相当であるから,当該疾病との関係では
要医療性を認めることはできない。
(3)一方,前記認定事実(1)ウ(エ)ないし(キ)で認定したとおり,控
訴人Aは,平成12年3月に左乳がんとの診断を受け,同年4月
14日に左胸筋温存乳房切除術を受けたこと,その後,再発・転
移は認められないものの,年2回の被爆者健康診断を受けていた
ことの各事実が認められる。
そして,乳がんについては,術後10年以上が経過しても再発
の可能性があることが指摘されている上(術後27年経過後の再
発の例がある。甲B10参照),平成26年3月20日の各都道
府県知事・広島市長・長崎市長宛て厚生労働省健康局長通知(健
発0320第1号。甲A12)においても,「『認定疾病にかか
る受診状況』が『イ定期的に受診し経過観察中』又は『ウ定
期的な受診は行っていない』とされている者については,次のよ
うに取り扱うこととする。」,「悪性腫瘍・・・については,再発し
たとの所見がない場合には,『認定疾病に対して過去に行った主
な治療』の記載等を確認したうえ,次のような場合に限り,医療
特別手当の支給を継続して差し支えないものであること。」,
「手術等の根治的な治療から概ね5年以内の場合。ただし,乳が
ん・・・その他再発の可能性が特に長期にわたる疾病・・・について
は,概ね10年以内の場合。」と記載されている(同・2(2))。
すなわち,乳がんについては,手術後定期的な受診を行っていな
い者に対してすら,概ね10年間は要医療性があることを前提と
した取扱いがされていることが認められる。とりわけ,控訴人A
は,前記(3)キ(ア)eで認定したとおり,短期間に相次いで右上葉
肺がん及び左乳がんに罹患した多重がんであると認められ,放射
線の被爆によって複数の部位にがんが発生する危険性が高いとい
えるのであるから,通常よりも新たにがんを発症するリスクがあ
る以上,通常の乳がんよりも長期の経過観察を行う必要性がある
というべきである(甲B12・10~11頁,原審G証人24~
25頁)。
そうすると,控訴人Aの申請疾病(左乳がん)が再発の可能性
が特に長期にわたる疾患であり,手術日から原爆症認定申請日ま
での期間が約9年4か月で10年経過しておらず,当時の主治医
がなお長期間にわたって経過観察が必要であると判断したのは申
請疾病(左乳がん)が多重がんの性質を有するものであることを
考慮したものと考えられること等に照らすと,少なくとも原爆症
認定申請時及び本件処分時においては,いまだ再発のリスクが否
定できないのであるから,経過観察の必要性があったものと認め
られる。よって,控訴人Aの左乳がんについては,上記時点にお
ける要医療性を否定することはできない。
(4)これに対して,被控訴人は,乳がんの再発は,手術後1ないし
2年に多く,再発率は2ないし5年にかけて低下し,8ないし1
2年で3.4%と報告されており,さらに手術から再発までの期
間が10年を超える症例は,再発例全体の1.5%であるとされ
ており,その確率は極めて小さく,とりわけ病期Ⅰ期の乳がんに
ついては,予後が良好であるから,術後概ね10年が経過したよ
うな症例においては,経過観察を行う必要性が高いとはいえず,
仮にこれを行うとしても,より簡易な経過観察で足りるというべ
きであると主張する。
確かに,控訴人Aのように病期がⅠ期の乳がんについては,術
後概ね10年が経過すれば再発率が高いとはいえない。しかし,
69歳までの罹患リスク及び死亡リスクが高い部位として,女性
では乳房が挙げられている上,乳がんの年齢階級別死亡リスクは
70歳~79歳までで11%とされ(乙B2・24頁),依然と
して高いことが認められる。そうすると,たとえ再発例全体から
みると再発率が高くはないとしても,控訴人Aは,原爆症認定申
請当時76歳であったから,一旦再発すると死亡のリスクが高い
といえるのであって,再発の発見が遅れた場合の代償はあまりに
も大きい。したがって,病期Ⅰ期の再発率が高くないことをもっ
て,経過観察の必要性を否定することはできないというべきであ
るから,被控訴人の上記主張は採用できない。
(5)また,被控訴人は,控訴人Aの乳がんについては,仮に経過観
察を行うとしても,その内容は被爆者援護法7条並びに同法施行
規則9条4項及び5項の定める健康診断の範囲で行い得るとも主
張する。
しかし,被爆者援護法10条1項の「医療」から経過観察を除
外すると解することができないことは前記のとおりである。よっ
て,被控訴人の主張はその前提となる「医療」の解釈が失当であ
るから採用できない。
(小括)
以上によれば,控訴人Aに係る右上葉肺がんについては,放射性
起因性は認めることができるものの,要医療性があるとは認められ
ない。しかし,左乳がんとの関係については,少なくとも原爆症認
定申請時及び本件処分時においては,放射性起因性及び要医療性が
ともにあったと認められるから,本件処分のうち左乳がんに関する
部分は違法というべきである。
4控訴人Bの主張する疾病についての放射線起因性及び要医療性の
有無(争点4)について
(認定事実)
この点に関する認定事実については,原判決189頁26行目冒
頭から191頁14行目末尾までを次のとおり改めるほか,原判決
「事実及び理由」第3章の第3の3(1)及び(2)(189頁~192
頁)に記載のとおりであるから,これを引用する。
「(ア)控訴人Bは,婚約相手の両親から被爆者であることを理由に
結婚することを許されなかったことから,昭和30年頃,長崎
を離れて単身で名古屋に移り住んで働き始め,昭和34年頃,
結婚したが,夫には被爆者であることを隠し続けた。控訴人B
は,結婚した頃から徐々に体のだるさを感じ始め,やがて毎日
午後には横になって休みながら家事をこなすという状態になっ
たが,原爆が原因であろうと思い当たったことから,被爆の事
実を隠すために医師の診察は受けなかった(甲C12,控訴人
B本人)。
(イ)控訴人Bは,昭和62年に夫と死別したことから,それまで
使用しなかった被爆者手帳を使用するようになり,初めて受け
た被爆者健康診断での指摘に基づき,平成6年1月19日にE
病院を受診して橋本病と診断された。その際の所見としては,
頚部にびまん性の甲状腺腫が認められ,抗サイログロブリン抗
体の測定結果が基準値を上回るものであり,いずれも橋本病の
特徴を示すものであった(甲C5・3頁,22頁,甲C12,
甲C14,控訴人B本人)。
(ウ)控訴人Bは,平成6年だけでも5回受診するなど継続的にE
病院で診察を受け,その度に橋本病に関する問診を受けたほ
か,必要に応じて甲状腺機能に関する検査が行われ,検査所見
のうち甲状腺機能低下の有無について重視されるTSH及びF
T4に異常値は見られなかったが,抗TPO抗体は繰り返し陽
性を示し,FT3についても平成18年7月以降の検査ではほ
とんど基準値より低い値が検出され続けた(甲C5,甲C6・
65,67~69頁,甲C14,乙C10の1,弁論の全趣
旨)。
(エ)E病院において平成14年4月から平成17年4月まで控訴
人Bの主治医であったHは,平成15年11月19日の診療録
に,同年6月19日のサイロイドテストが陰性であること,同
年10月30日に受けた甲状腺エコー検査の結果を挙げ,「T
GHA低下してきておりエコー上所見なくフォロー解除しても
よさそう。」とし,慢性甲状腺炎についての今後の方針とし
て,「被曝ある為甲状腺は被爆者健診でチェックのみとす
る。」と記載した(甲C6・11頁。なお,TGHAとは,甲
状腺自己抗体の一種であるサイログロブリン抗体のことであ
り,サイロイドテストは抗サイログロブリン抗体を粒子凝集試
験で測定するものであり,サイロイドテストの陰性化は,抗サ
イログロブリン抗体の低下を意味する。)。
もっとも,H医師は,以上の内容を控訴人Bに告げたとは認
められず,その後も診察の都度甲状腺の弾性の硬軟について診
療録に記載したほか,平成16年7月24日には,同日の所見
に基づき,「橋本病,尿潜血にて要観察とした」と記載し,最
後の診察となった平成17年4月1日の診療録には,橋本病と
して「被曝健診にて指摘され,H10/7月よりフォロー。投薬
なし。」と記載した。
同病院においては,その後も主治医の交代があり,検査等の
内容にも変遷はあったが,一貫して控訴人Bの橋本病に関する
経過観察を続けた。その間,控訴人Bは,頭のふらつき等の不
調を度々訴え,主治医が頭部症状が悪化したら精査する旨診療
録に記載したこともあった(甲C6・6~57頁,弁論の全趣
旨)。
(オ)控訴人Bは,平成22年3月23日,慢性甲状腺炎を申請疾
病として,被爆者援護法12条1項に基づく指定医療機関であ
るE病院のI医師の平成21年12月11日付け意見書等を添
付して,厚生労働大臣に対し,原爆症認定申請をした。控訴人
Bは,この申請時までに上記のとおり同病院において慢性甲状
腺炎について経過観察を受けていたが,投薬等の治療は受けて
おらず,この点についてI医師は,上記意見書の「現症所見」
の欄に甲状腺腫大はなく,TSH及びFT4は基準値の範囲内
であるが,FT3は基準値を下回っている旨記載するととも
に,「必要な医療の内容及び期間」の欄に3か月に1回の定期
通院を要する旨記載した(甲C6・82頁)。
(カ)上記申請に対する厚生労働大臣の却下処分があり,控訴人B
の異議申立ても棄却されたことは原判決27頁に認定のとおり
であるが,上記却下及び棄却の理由は,いずれも放射線起因性
が認められないということのみであって,要医療性の有無につ
いては言及されていない。被控訴人は,控訴人Bが本件訴状に
おいて先行的に控訴人Bの要医療性があると主張したのに対
し,答弁書に単に不知ないし争うと記載したにとどまり,平成
25年6月19日付け第5準備書面に至って初めて要医療性が
ない旨を明示的に主張した。
(キ)控訴人Bは,自動車運転免許証を返納し,E病院への通院が
困難となったことから,平成21年7月から最寄りのJクリニ
ックを受診するようになり,E病院が平成23年4月8日付け
で同クリニックに宛てた診療情報提供書には「主訴又は診断並
びに紹介目的♯1.橋本病→投薬なし被爆者(長崎爆心地
から5.4km地点)健診は6-11月♯2.高脂血症♯
3.脳梗塞バイアスピリン♯4.変形性関節症♯5.血
球減少→血液内科では問題なし♯6.慢性膀胱炎」,「橋本
病・高脂血症などで当科通院中の患者さんです。ずっと当院に
通院されておりましたが,今後貴院での通院を希望されており
ます。これまでは3-6ヶ月毎の採血検査を行っておりまし
た。橋本病は投薬なしで安定しております。高脂血症も内服に
て安定しております。今後のフォロー何卒宜しくお願いいたし
ます。」との記載がある(甲C12,甲C6・83頁)。
Jクリニックにおいても,他の多様な疾患の治療等と併せて
慢性甲状腺炎についての経過観察が続けられ,同クリニックの
K医師は,E病院からの診療情報に基づき,何か問題がありそ
うなら総合病院等に紹介できるよう診察の度に控訴人Bの甲状
腺腫大の様子を触診するなどして観察し,腫大が疑われるとき
はエコー検査を行った。その結果,平成23年6月24日と平
成25年9月2日のエコー検査では甲状腺の(軽度)腫大が認
められた(甲C8,甲C20)。」
(放射線起因性の有無)
当裁判所も,控訴人Bの申請疾病については放射線起因性を認め
ることができると判断する。その理由は,原判決212頁22行目
の末尾の次に行を改めて次のとおり加えるほかは,原判決「事実及
び理由」第3章の第3の3(3)(193頁~212頁)に記載のとお
りであるから,これを引用する。
「eなお,被控訴人は,当審において,控訴人らの控訴理由書に
おける主張に対して必要な限度で反論すると主張し,控訴人B
の要医療性に関する主張に対して反論しているが,原判決が控
訴人Bの申請疾病について放射性起因性を認めた判断に対して
は何ら主張も反論もしていない。」
(要医療性の有無)
(1)前記2で説示したとおり,被爆者援護法10条1項の「医療」
は,積極的な治療を伴うか否かを問うべきではなく,被爆者が経
過観察のために通院している場合であっても,認定に係る負傷又
は疾病が「現に医療を要する状態にある」と認めるのが相当であ
る。そこで,以下,控訴人Bの疾病の状況について検討する。
(2)前記認定に係る控訴人Bの医療機関受診状況及びそれらを担
当した医師の診断内容等に照らすと,控訴人Bは,少なくとも原
爆症認定申請時及び本件処分時においては,慢性甲状腺炎(橋本
病)によりE病院及びJクリニックにおいて経過観察を行うべき
状態にあったと認められるから,上記疾病につき「現に医療を要
する状態」にあったと認めるのが相当である。
なお,E病院通院中の平成15年11月19日の診療録には,
経過観察を中断するかのような記載があるが,その後の診療録の
記載等に照らすと,上記記載は単に暫定的な判断を示したものに
すぎず,これを記載した主治医もその後に現れた異常所見に応じ
て明示的に経過観察を行うとの判断を示し,後の主治医らもその
方針に基づいて診察を行っていることが認められるから,上記記
載は上記認定を左右するものではない。
(3)慢性甲状腺炎(橋本病)は,自己免疫疾患の一種であって,
自然治癒することのない疾病であり,当初は甲状腺機能に異常が
なく投薬の必要のない者についても,甲状腺機能低下症等様々な
合併症・続発症が生ずるおそれがあり,経過観察によってこれら
の続発症等が発生している徴候の有無を見極める必要があるた
め,長期にわたる経過観察が欠かせないと認められる(甲C9~
11,14・7~9頁,15,原審G証人21~22頁)。
この点について,被控訴人提出の文献においても,「甲状腺機
能低下になる頻度も加齢とともに増加する。」(乙C6)とされ
ている上,甲状腺機能が正常であれば,「1年に1回程度の定期
検査で経過観察する」(乙C5),「1年に1回,高齢者では半
年に1回,TSH,FT4測定などで経過観察する。」(乙C2
3)との記載がある。これらの観察の内容は,被爆者健康診断中
の一般検査には含まれていないものであるから,担当医師が特に
指示しない限り,被爆者健康診断では実施されないものである。
また,経過観察を要する期間についても,特に一定期間で足りる
との記載は見当たらない。
したがって,控訴人Bの慢性甲状腺炎については,少なくとも
原爆症認定申請時及び本件処分時においては,いまだ経過観察の
必要性があったというべきであるから,上記時点における要医療
性を否定することはできない。
(小括)
以上によれば,控訴人Bの慢性甲状腺炎については,放射線起因
性及び要医療性がともにあったと認められるから,本件処分は違法
というべきである。
5原爆症認定要件としての要医療性の要否(争点5)について
(1)原爆症認定は,行政処分であり,講学上確認といわれるもの
の一種であると解される。一般に,確認は,特定の法律事実又は
法律関係の存在に争い又は疑いがある場合に行政庁が公の権威を
もってその争い又は疑いのあるところを判断し認定してこれを公
に宣言する行為であるとされている。行政庁が何らかの行為,例
えば,何らかの給付をする場合,当該行政庁の内部において法所
定の給付要件の有無を認定判断することが不可欠であるが,法が
給付要件の全部又は一部につき,当該行政庁に確認をすべき旨定
めているときは,当該確認における認定行為は,上記の内部的な
認定判断やその結果としてされる給付をするか否かの判断とは別
個の行為であり,法が対象として定めた事実等の認定それ自体を
目的として行われる独立の行為であるとされている(美濃部達
吉・日本行政法上巻225頁)。
被控訴人の主張は,原爆症認定の対象は放射線起因性のあるこ
とであるが,原爆症認定の要件としてはその他に要医療性のある
ことを要するというものであって,結局,医療給付を受ける要件
を具備する者のみが原爆症認定を受け得るというものである。
しかし,認定の要件として,認定の対象とされた事実の存在す
ること以外にいかなることが必要かは,認定の根拠法規の解釈問
題である。その上,上記のような確認としての原爆症認定の性質
からすると,それが法の定める給付をすることの前提としてされ
るものであるとしても,認定をするか否かの認定判断が,給付を
するか否かの認定判断とは別個独立のものである以上,給付を受
け得る者のみが認定を受け得るとは当然にはいえない。
(2)そこで,原爆症認定の根拠法規である被爆者援護法11条1
項をみると,その文言は「前条第1項に規定する医療の給付を受
けようとする者は,あらかじめ,当該負傷又は疾病が原子爆弾の
傷害作用に起因する旨の厚生労働大臣の認定を受けなければなら
ない。」というものであって,認定の申請者が医療給付を受けよ
うという主観的意図を有することと,認定の対象となる事実が申
請疾病につき放射線起因性があることのみを定めているのではな
いかとの疑問,すなわち,根拠法規の文言をみる限り,認定の要
件は,上記申請者の主観的意図の存在と認定対象事実の存在の2
点のみであって,申請者に要医療性があって医療給付を受け得る
地位にあることまでを要件とはしていないのではないかとの疑問
も生じ得るところである(なお,仮に要医療性の存在は認定の要
件ではないと考えた場合,要医療性のない者は結局医療給付を受
けることはできないが,何らかの事情により認定申請をせず医療
給付を受けないまま疾病が治癒したは,当該疾病につき放射線
起因性がある限り,医療給付を受けて治癒に至ったと同様に特
別手当が受給できることとなるのであって,この点において要医
療性が認定の要件か否かを論ずる主たる実益がある。)。
立法の経緯をみると,上記規定は,被爆者援護法の前身という
べき被爆者医療法8条1項の文言をほぼそのまま引き継いだもの
であるところ,同法の立案段階では,認定の対象に要医療性も含
まれるかのような案が検討されていたにもかかわらず,最終的な
法案は要医療性を含まない文言に改められ,そのまま成立したこ
とが認められる(甲全154)。また,公衆衛生局が同法案の国
会審議に備えて作成した「予想質問事項」と題するいわゆる想定
問答集(甲全155)には,予想される質問への回答として,
「厚生大臣は,その負傷,疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する
ものであるかどうかを必要に応じ審議会(注:原子爆弾被爆者医
療審議会)の意見を聞いて認定し」との記載や「負傷,疾病が原
爆の傷害作用に起因するかどうか極めてむづかしい問題でもあり
ますので,全国的に統一をとる意味から厚生省において又審議会
の意見をきいて行うことがより適切だと考えた次第であります」
との記載はあるものの,厚生大臣が認定をするに当たって「現に
医療を要する状態にある」か否かをも判断することを前提とした
記載は見当たらないし,上記審議会の担当事務に関する想定問答
においても,放射線起因性を含めて数項目が列挙されているにも
かかわらず,要医療性については全く記載がない。
(3)このような立法経過等からすると,原爆症認定の要件として
要医療性が必要であるとの被控訴人の主張には疑問が生じないと
まではいえないが,既に認定説示したとおり,控訴人らにはいず
れも要医療性が認められ,本件の解決に当たっては上記主張の適
否を判断する必要はなくなったため,この争点についての判断は
行わないこととする。
第4結論
以上によれば,控訴人Aの本件請求は,本件処分のうち左乳がんに
関する部分の取消しを求める限度で理由があるが,その余は理由がな
く,控訴人Bの本件請求は全部理由があるから,上記と結論を異にす
る原判決(国家賠償請求を棄却した部分を除く。)をその限度で変更
し,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第4部
裁判長裁判官藤山雅行
裁判官水谷美穂子
裁判官金久保茂

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