弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役一年に処する。
     原審における未決勾留日数中九十日を右刑に算入する。
     押収にかかる外国製腕時計合計千五百七十九個(昭和二十九年押第八一
六号の一乃至一〇)はこれを没収する。
     原審及び当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意並びにその答弁は、末尾に添附する横浜地方検察庁検事田中良人
名義の控訴趣意書並びに弁護人四宮久吉名義の答弁書にそれぞれ記載してあるとお
りである。
 よつて案ずるに、原審検察官は被告人に対し、被告人は英国船A号の乗組員であ
るが、知人から頼まれて外国製時計を密輸入し関税及び物品税を逋脱せんと企て、
昭和二十九年三月十五日香港において時計七十九包合計千五百七十九個をA号に持
ち込み、同月二十二日横浜に入港し、(イ)右時計のうち二十包合計百八十個につ
いてはB、Cと共謀の上同日税関の免許を受けないでA号から陸揚げ輸入し以てこ
れに対する関税十万四千三百四十円を逋脱し(ロ)残品五十九包合計千三百九十九
個については関税百三十八万千三百九十円の逋脱予備を為したとの事実について公
訴を提起し、その後各行為とそれぞれ一所為数法の関係にあるものとして(イ)に
ついては物品税四万五千二百二十円を逋脱し、(ロ)については物品税百四十八万
六千八十円の逋脱予備をなしたとの訴因、及び物品税法違反の罰条の追加をなした
こと、原審裁判所は、右公訴事実中(イ)の関税の逋脱罪と(ロ)の関税逋脱予備
罪の各成立を認めたが、(ロ)の物品税逋脱予備の点については、被告人の右行為
の段階においては物品税法第十八条第一項第二号にいう不正の行為を以て物品税の
逋脱を図つたものに該当しないと解するを相当とするとして無罪と認定したことは
所論のとおりである。
 正規の通関手続を経て外国から物品を輸入する場合には、その物品に対して関税
を課することは関税法第一条、関税定率法第一条に定めるところである。しかし時
計は物品税法第一条第二種戊類第四十八号、同法施行規則第一条に規定する物品税
課税品であるから、これを輸入する場合にはこれに対し前記関税が課せられる外関
税定率法第二条に定める課税価格に関税に相当する金額を加えた金額に対し物品税
が課せられることは物品税法施行規則第十二条、物品税法第四条の規定に徴し明ら
かであり、正規の手続を経ずして輸入する場合においても両税の賦課を免れ得ない
ことは当然であるといわなければならない。
 次に右両税の賦課を免れる行為即ち逋脱行為に対する右両法の処罰に関する規定
につき案ずるに、先ず関税の規定につき考察すれば、昭和二十五年四月三十日法律
第一一七号による改正前の同法は、その第七十五条に「関税ノ逋脱ヲ図リ又ハ関税
ヲ逋脱シタル者ハ云々」と規定していたが、右の改正によりその第七十五条は「関
税ヲ逋脱シタル者ハ云々」と第一項にその既遂を規定し、第二項として「前項ノ罪
ヲ犯ス目的ヲ以テ其ノ予備ヲ為シタル者ハ同項ノ犯罪ノ実行ニ着手シ之ヲ遂ケサル
者亦同項ニ同シ」との条項を設けたのであるが、右はその法律の改正により新たに
関税逋脱の予備を処罰するに至つた趣旨ではなく従前の規定を明確にしたに過ぎな
いと解される(右改正前の同法第七十六条に関する解釈(最高裁判所第二小法廷昭
和二十五年七月二十八日判決裁判所時報六四号四所載参照)に準ずる。)から、右
改正前の同法条にいう「関税ノ逋脱ヲ図リタル者」には関税逋脱の予備をなした者
をも包含する趣旨であるということができる。しかるに物品税法においては、昭和
二十四年十二月二十七日法律第二八六号による改正前における同法第十八条第一項
は「詐偽其ノ他不正ノ行為ニ依リ物品税ヲ逋脱シ又ハ逋脱セントシタル者ハ云々」
と規定し、右改正後の同法第十八条第一項第二号は「詐偽其ノ他不正ノ行為ヲ以テ
物品税ヲ逋脱シ又ハ其ノ逋脱ヲ図リタル者」と規定するのみであつて、関税法の如
くその予備を処罰する旨を明文を以て規定していないのである。従つて物品税法第
十八条にいう右改正前の「逋脱セントシタル者」及び改正後の「逋脱ヲ図リタル
者」とは犯罪の実行に着手して遂げさる未遂の場合のみを指称するか或は更に広く
前記改正前の関税法第七十五条の解釈に準じ、物品税逋脱の予備たる行為をも凡べ
て包含する趣旨と解すべきかにつき疑があるのであるが、物品税法第十八条はその
規定の文理に照し、処罰の対象を単に未遂の場合にのみ限局しているものとは解さ
れない。むしろ未だ犯行の着手に至らない準備行為をも或る程度はその対象として
いるものと解するを相当とする。
 しからばその準備行為の範囲如何即ち前記改正前の関税法第七十五条の如く逋脱
の予備と同一に解すべきか否かにつき案ずるに、関税法と物品税法とはその保護法
益を異にするものであること及び右両法の各規定の趣旨を考え併せると、両者はそ
の軌を一にするものでないから前記各法条を同一趣旨に解釈することを得ないので
あつて、即ち物品税の逋脱を図るには、前記関税法にいう逋脱の予備例えば物品税
逋脱の意図の下に物品税法第二条所定の物品を購入するが如き行為或はこれを密輸
入する目的で外国の港湾において船積した如き行為までを包含するものではなく、
逋脱のための単なる準備行為の範囲を超えて犯行の着手に接着近接した手段の遂行
に入つた場合換言すれば物品税逋脱の意図の下に密輸入する目的を以て船舶に積載
隠匿して日本国の港湾に到達し犯罪の実行行為に接着近接しに段階に到つた場合の
如きは、右の逋脱を図りたるものに該当するものと解するを相当とする。(最高裁
判所第一小法廷昭和二十三年八月五日判決判例集二卷九号一一三五頁趣旨参照)
 <要旨>しかして本件について観るに、被告人は前記(ロ)の時計を(イ)の時計
と共に日本に密輸入し関税及び物品税を免れる目的を以て香港においてA号
に積載隠匿して横浜に入港し、(イ)の時計は通関手続を経ずして既に陸揚げ輸入
し、更に(ロ)の時計も同様陸揚げしようとしているうち発見差押えられたという
のであつて、そのことは記録に徴し認められるから、(ロ)の時計についての被告
人の右所為は関税法第七十二条第二項に規定する関税逋脱予備罪を構成することは
勿論であると共に物品税法第十八条第一項第二号にいう不正の行為(船舶に積載隠
匿し正規の通関手続を経ずして輸入せんとするが如きはここにいう不正の行為とい
うに妨げなきものと解する。)を以て物品税の逋脱を図つたものに該当するものと
認めるのを相当とする。しかるに原判決は右の如き被告人の行為の段階においては
物品税法第十八条第一項第二号の不正の所為を以て物品税の逋脱を図つたものに該
当しないと解するを相当とするとして右の行為を無罪としたのは、結局法令の解釈
を誤つたものであつて、その瑕疵は判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄
を免れない。結局検事の控訴は理由があることに帰する。
 よつて刑事訴訟法第三百九十七条第一項第三百八十条により原判決を破棄し同法
第四百条但書により当裁判所において更めて判決する。
 (その他の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 大塚今比古 判事 三宅富士郎 判事 河原徳治)

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