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平成20年(行ウ)第101号公務外認定処分取消請求事件
判決
主文
1被告の愛知県支部長が原告に対して平成17年8月10日付けでした地方公
務員災害補償法に基づく公務外認定処分を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,中学校の教員であった原告が,ユニホック競技の模範試合後に脳
出血(以下「本件脳出血」という。)により倒れ,高次脳機能障害等の後遺
症を負ったところ,本件脳出血は原告の従事した公務の過重性が原因であっ
たとして,被告の愛知県支部長に対し,地方公務員災害補償法に基づく公務
災害認定の請求をしたところ,本件脳出血には公務起因性が認められないと
して,同法45条1項に基づき公務外認定処分(以下「本件処分」という。)
を受けたことから,その取消しを求める事案である。
2争いのない事実等(後掲の証拠及び弁論の全趣旨から容易に認められる事
実を含む。)
(1)原告の身上経歴等
ア原告(昭和35年○月○日生)は,昭和58年3月にA大学教育学部
数学科を卒業し,同年4月1日,愛知県教育委員会から愛知県豊橋市公
立学校教員に任命され,同日以降,同市立B中学校,同市立C小学校,
同市立D中学校における勤務を経て,平成11年4月,同市立E中学校
教諭に補された。
イ原告は,平成11年4月,E中学校に赴任すると同時に同中学校校長
から陸上部の部活指導(顧問)を命ぜられてその部活指導に当たるよう
になり,また,平成14年度は,陸上部の顧問のほか,同中学校1年2
組の学級担任,数学の教科指導,生徒指導主事,安全教育主任,防火・
施設担当,交通指導担当及び営繕担当の各校務分掌を受けた。(甲6,
20,乙A1,弁論の全趣旨)
ウ原告は,地方公務員災害補償法2条1項所定の「職員」に該当する(同
項1号)。(弁論の全趣旨)
(2)勤務時間
アE中学校の教職員の勤務時間(部活指導を除く。)は,次のとおりで
ある。(甲2の28頁,乙A1の15頁)
(ア)所定勤務時間午前8時10分から午後4時55分
(イ)休憩時間午後1時15分から午後1時30分
午後4時10分から午後4時40分
(ウ)休息時間午前中15分
午後4時40分から午後4時55分
イもっとも,原告は,前記のとおり,陸上部の部活指導の校務分掌を受
けていたことから,前記アの所定勤務時間にかかわらず,平日は,少な
くとも次のとおりの勤務を行っていた。(甲6,19,27,12,乙
A1の29頁,証人F,原告本人,弁論の全趣旨)
(ア)陸上部の部活指導午前7時20分から午前8時
(イ)部活指導以外の校務午前8時10分から午後3時55分
(ウ)陸上部の部活指導午後4時から午後6時30分ころ(部活
動は日没30分前までとされていたと
ころ,本件脳出血発症前6か月間の期間
は,概ね午後6時30分ころまで陸上部
の部活動が行われていた。)
(エ)休憩時間45分
ウ原告の平成14年1月から本件脳出血を発症した同年9月13日まで
の休暇取得状況は,次のとおりである。(乙A1の51頁及び237頁,
弁論の全趣旨)
(ア)平成14年1月0.5日(家事都合)
(イ)同年2月から同年7月まで0日
(ウ)同年8月6日(夏季休暇)
(エ)同年9月0日
(3)本件脳出血の発症
ア本件脳出血を発症した日の前日である平成14年9月12日,原告は,
E中学校祭(以下「学校祭」という。)の警備のため,E中学校に宿泊
勤務した。そして,本件脳出血を発症した当日である同月13日,原告
は,午前6時30分ころに起床し,午前7時ころから運動場において同
僚教員のトラックの線引き作業の手伝いを行った後,生徒に対する諸注
意やユニホック競技の準備などを行い,午前10時30分から約8分間
にわたり,生徒とともにユニホックの模範試合を行った。原告は,その
後,午前10時50分ころ,「疲れた。」と言って床に寝転んだ後,午
前11時10分ころ,「気持ちが悪い。」と言って足を引きずるように
して歩き出し,その直後,足をもつれさせ,体育館の入り口の階段で躓
いて倒れた。原告は,倒れた後,肘の曲げ伸ばしや手を胸に当てる仕草
を繰り返していたが,担架で保健室に運ばれた後も回復の兆しが見られ
なかったため,午前11時50分ころ,同僚教員によって医療法人GH
脳神経外科に搬送された。
原告は,同外科に搬送された直後は意識が清明であったものの,同日
午後3時,右脳から出血して身体左側が麻痺しているとの診断を受け,
出血も増大して半昏睡状態となったため,午後4時ころ,緊急の開頭血
腫除去術が施行された。(甲8,乙A1の13頁及び30頁以下,乙B
7)
イ原告は,同年10月1日,前記病院において,脳内血腫及び左片麻痺
と診断され,同月23日に施行された脳血管撮影により,もやもや病と
確定診断された。そして,本件脳出血を発症した同年9月13日から同
年11月25日までの間,前記病院に入院し,同日,社会福祉法人IJ
病院に転院し,同病院において精神症状の治療及び運動機能訓練を受け
た。(甲3の22頁以下,甲8,乙A1の13頁,114頁以下,乙B
7)
ウ原告は,本件脳出血の発症前からもやもや病に罹患していたことが判
明しているところ,本件脳出血は,もやもや病により発達した異常血管
網(後記のもやもや血管)が破綻して発生したものである。
本件脳出血の発症時,原告の年齢は42歳であった。(甲8,乙B2,
弁論の全趣旨)
(4)本件処分等
原告は,本件脳出血は原告の従事した公務に起因するものであるとして,
平成14年10月9日,被告の愛知県支部長に対し,地方公務員災害補償
法による公務災害認定請求を行ったが,同支部長は,本件脳出血は公務と
相当因果関係をもって発生したことが明らかな疾病と認められないと判
断して,平成17年8月10日,公務外の災害と認定する旨の決定をし(本
件処分),同月18日,その旨を原告に通知した。(甲1,弁論の全趣旨)
これを受けて,原告は,同年9月16日,被告の愛知県支部審査会に対
して本件処分の審査請求を行ったが,同審査会は,平成19年10月12
日,これを棄却する旨の裁決をし,同月15日,その旨を原告に通知した
ため,原告はこれを不服として,同月22日,地方公務員災害補償基金審
査会(以下「被告審査会」という。)に対して本件処分の再審査請求を行
ったが,被告審査会は,平成20年6月9日,これを棄却する旨の裁決を
し,同年7月22日,その旨を原告に通知した。(甲2,3,弁論の全趣
旨)
(5)もやもや病について
もやもや病(ウイリス動脈輪閉塞症の通称)とは,両側の頭蓋内の内頚
動脈終末部,前及び中大脳動脈近位部,すなわち脳底部ウイリス動脈輪及
びその近傍血管に狭窄ないし閉塞が生じて血流不足になり,これを補うた
め,代償的に側副血行路として,その近傍部位の脳底部に頭蓋内血管小分
枝(穿通枝動脈)が網状に発達・拡張するなどして異常血管網が動脈層に
おいて形成される疾患である。MRIやMRAによる脳血管写によれば,
この異常血管網がたばこの煙のように描写されることから,もやもや病と
呼ばれている(以下,この異常血管網を「もやもや血管」という。)。前
記各動脈に狭窄ないし閉塞が生じる原因は不明である。
もやもや病は,もやもや血管の脳血管写による形態から,6期に分類さ
れ,初期の第1期から最後の第6期までの6段階に分類される(6期相分
類)。また,もやもや病の症状には,脳出血,脳梗塞及び脳虚血症状等が
ある。(甲8,29,乙B1,B2,B5,証人K,証人L,弁論の全趣
旨)
(6)ユニホック競技の模範試合について
ユニホックはスポーツ競技の一種であり,12名の選手が6名ずつの2
チームに分かれ,プラスチック製の小さなボールをアイスホッケー様のス
ティックを用いて,相手チームのゴールにシュートして点を競うゲームで
ある。試合時間は20分(うち休憩2分)で,障害物のない長方形のコー
ト(縦20メートル以上30メートル以下,横10メートル以上15メー
トル以下。バスケットボールのコート程の大きさである。)上において行
われる。ユニホックは,そのルール上,ボールの周辺でプレーするときは
スティックのブレード全体を膝より上に振り上げてはならず,また,危険
を伴う形で相手チームの選手に対して押す,つかむ,タックルするなどの
行為を行ってはならないなどと定められている。本件脳出血の発症日に原
告が行ったユニホックは,体験講座であったため,試合時間は通常の試合
時間よりも短い8分に設定された。(甲9の1,乙A5,証人M)
3争点
本件脳出血の公務起因性の有無
4原告の主張
(1)原告の公務の過重性
ア原告の労働時間(公務の量的過重性)
(ア)原告の担当職務であった公務
a数学の教科指導に関する職務
b学級担任としての職務
c進路指導主事(平成13年度)ないし生徒指導主事(平成14年
度)としての職務
d安全教育主任としての職務
e防火・施設担当としての職務
f交通指導担当としての職務
g営繕担当としての職務(平成14年度)
h時間割作成担当責任者としての職務(平成13年度)
iいじめ・不登校対策委員会の責任者としての職務(平成14年度)
j陸上部顧問としての部活指導に関する職務
kその他の職務
(a)研修への参加
(b)学校祭に関する職務
(イ)教材研究,学級事務及び学校事務
a教材研究
教育職員は,教科指導の準備のために教材研究を行う必要がある
ところ,教科指導の準備に必要な教材研究は,すべての教育職員が
自らの職務を遂行する上での必要不可欠なものとして義務付けられ
ているものであり,教科指導のための公務にあたる。
b学級事務
原告は,平成13年度には3年4組,平成14年度には1年2組
の学級担任であった。
学級担任は,担任する学級に属する生徒を指導するとともに,学
級を適切に運営する職務を担っているが,当該職務の遂行のために,
付随的な事務作業等が必要になるところ,学級担任としての職務の
遂行に必要である付随的な事務作業等も公務にあたる(以下,学級
担任としての職務及びこれに付随する事務作業等を,「学級事務」と
いう。)。
c学校事務
進路指導主事ないし生徒指導主事の職務及び前記(ア)のdないし
iの各職務は,学校全体に関わる職務であるが,これらの職務の遂
行にあたっても,付随的な事務作業等が必要になるところ,これら
の職務の遂行に必要である付随的な事務作業等も公務にあたる(以
下,前記(ア)のcないしiの各職務及びこれらに付随する事務作業等
を,「学校事務」,学級事務及び学校事務をまとめて,「学校事務等」,
学校事務等における付随的な事務作業等を,「学校事務等の付随業
務」,教材研究及び学校事務等の付随業務を,「教材研究等」とそれ
ぞれいう。)。
(ウ)所定勤務時間外の勤務について
a教材研究等について
教育職員に対する職務命令は校務分掌こそ明示的になされるもの
の,校務分掌により担当する職務の遂行については,多くの場合,
包括的かつ黙示的に行われ,教育職員はその中で公務に従事してい
るものであるから,労働時間の算定にあたっては,必ずしも個別の
職務命令がなくとも,校長など管理者による包括的かつ黙示的な職
務命令に従って教育職員としての職務を遂行する実態があるときは,
これが労働時間に含まれることは明らかというべきである。
教材研究は,教育職員が自らの職務を全うするために必要不可欠
なものとして義務づけられているものであり,学校事務等の付随事
務についても校務分掌により担当を命ぜられた職務を遂行するため
に必要な業務であるところ,原告は,教科指導等の終了後は陸上部
の部活指導に多大の時間を費やしていたため,教材研究はもとより,
学校事務等の付随事務についても勤務時間外に行わざるを得なかっ
たものであり,E中学校長はそのことを把握しつつこれらを原告に
行わせていたのであるから,教材研究等は,社会通念上必要と認め
られる限り,勤務時間の内外を問わず,原告の公務に該当する。
b学校祭の準備及び夜警について
前記aのとおり,教育職員の労働時間の認定にあたっては,必ず
しも個別の職務命令がなくとも,校長など管理者の事実上の拘束力
下で教育職員としての職務を行う実態があるときは,これを労働時
間に含めるべきであるところ,学校祭はE中学校の正式な行事であ
って,生徒が決めた出し物の準備を行うことは,学級担任としての
重要な職務であり,特に原告の担任学級の出し物であるお化け屋敷
は,その準備に多大な時間を要し,原告が勤務時間外にわたって準
備せざるを得なかったものであり,E中学校長はそのことを把握し
つつ同人の下で原告にこれを行わせていたのであるから,学校祭の
準備は,勤務時間の内外を問わず原告の公務に該当する。
c陸上部の部活指導と地域クラブ活動の指導について
平成14年度は,小・中学校における週休2日制の完全実施に伴
い,豊橋市においては土日の部活動が制限(日曜については完全禁
止)されたため,全国大会への出場を目指すE中学校の陸上部とし
ては,前年まで行っていた日曜日の部活動練習に代わるものとして,
地域クラブという形式をとって練習せざるを得なかったが,実態は,
学校の部活動の延長であり,前年まで行っていた日曜日の部活動と
全く同一のものであった。すなわち,地域クラブと陸上部の各指導
者及び生徒のメンバーは全く同じであり,練習場所も部活動練習と
同じくE中学校の施設を教頭の許可を得て使っており,地域クラブ
活動は陸上部活動と全く同一のものであったものであり,また,地
域クラブとして出場した大会で獲得した賞状が職員室の前に披露さ
れるなど,職員間では,地域クラブ活動は,陸上部活動の延長とし
て認識されていたことに加え,E中学校長や豊橋市教育委員会にお
いてもそのことを十分に認識した上で地域クラブを奨励していたも
のであるから,地域クラブ活動は,陸上部活動の延長であり,地域
クラブ活動の指導は,部活指導の一環として,公務に該当するもの
である。
d夏休みの部活指導(一日練習)について
原告は,夏休み中の陸上部の一日練習の際,朝の練習(以下「朝
練」という。)と夕方の練習(以下「夕練」という。)との間に陸上
部員の生徒に対し勉強や水泳の指導を行っていたところ,水泳の指
導は,心肺機能の強化という点で陸上部における長距離練習そのも
のであるし,また,前記勉強の指導は,生徒に部活動と勉強とを両
立させるために部活指導の一環として行ったもので,社会通念上も
必要と認められるものであり,部活指導を命ぜられた包括的な職務
命令に基づいて行った必要な職務の遂行といえるから,いずれも公
務に該当するものである。
(エ)以上の前提に立つと,原告の本件脳出血の発症前6か月間の時間外
労働時間は次のとおりであり,公務の量的過重性が認められる。なお,
時間外労働時間の詳細は,別紙1(添付省略)の労働時間内訳表の各
原告欄記載のとおりである(ただし,1か月を30日として計算し,
発症前1か月は本件脳出血の発症の1日前から30日前を,同2か月
は同発症の31日前から60日前を,同3か月は同発症の61日前か
ら90日前を,同4か月は同発症の91日前から120日前を,同5
か月は同発症の121日前から150日前を,同6か月は同発症の1
51日前から180日前を,それぞれ指すものとする(以下同じ。)。)。
①発症前1か月:122時間30分
②発症前2か月:146時間30分
③発症前3か月:127時間05分
④発症前4か月:107時間00分
⑤発症前5か月:106時間25分
⑥発症前6か月:109時間20分
イ原告の公務の質的過重性
(ア)陸上部の部活指導について
E中学校の陸上部は,平成14年度,愛知県では初めてとなる3年
連続の全国大会への出場が期待されており,原告は,その期待に応え
なければならないという強い精神的プレッシャーを感じつつ,陸上部
の部活指導や全国大会出場に向けての校長との連絡調整等のマネージ
メント業務を行っていた。また,体力に自信がなかった原告は,陸上
部の顧問に従事するにあたって自らを鍛えようと自主的にトレーニン
グを行っており,これらのことがあいまって,原告の肉体的・精神的
な疲労は蓄積していった。
(イ)教科指導以外の公務について
原告は,本来の職務である教科指導に加え,平成14年度は生徒指
導主事を務めていたことから,夏休み明けは生徒のトラブル処理,生
徒への指導などで繁忙であった上,安全教育主任等の職務も負ってい
たことから,これら複数の職務による時間的な負担,肉体的・精神的
な負担は相当に重いものであった。これらの肉体的・精神的な負荷が,
本件脳出血の発症の一要因となったものである。
(ウ)ユニホック競技の模範試合について
原告は,本件脳出血が発症する直前に8分間のユニホック競技の模
範試合を行っているところ,42歳の原告が体力の優れた中学生らと
ともにほぼ絶え間なく急ダッシュと急ストップを繰り返すユニホック
競技を行ったことは,原告の心身に相当の緊張感と急激な肉体的な負
荷を与えたものと考えられるから,本件脳出血は,同模範試合をきっ
かけに発症したものである。
(2)原告の基礎疾患について
ア高血圧
原告の血圧は,高血圧に分類されるものの,軽症であって,直ちに脳
出血の原因となるほどのものではないから,これが直ちに本件脳出血の
原因となるものではない。仮に,原告の高血圧がいくらか本件脳出血に
寄与していたとしても,本件脳出血時の原告の血圧の上昇は,前記(1)
の公務による肉体的・精神的負荷が重大な契機になって生じたものであ
り,原告の高血圧自体は脳出血を引き起こし得るほどの重度のものでは
およそないと認められるから,高血圧があったからといって本件脳出血
の公務起因性が否定されるものではない。
イもやもや病
本件脳出血を発症したもやもや血管は,正常に存在する血管が異常に
発達・拡張しただけのものであり,その血管壁の構造そのものには基本
的に脆弱性はなく,もやもや血管の破綻は,主として長期間に及ぶ過重
な公務を原因として血行力学的負荷が持続的に加わったことによって
発生したものであるから,本件脳出血は公務の過重性によって生じたも
のであり,もやもや病の自然経過によるものではない。
5被告の主張
(1)原告の公務の過重性
ア原告の労働時間
(ア)勤務時間外の教材研究等について
勤務時間内の教材研究等が原告の公務に含まれることは認めるが,
勤務時間外に教材研究等を行うことについては,校長の職務命令は認
められないから,原告の公務には含まれない。
(イ)勤務時間外の学校祭の準備及び夜警について
勤務時間内の学校祭の準備が原告の公務に含まれることは認めるが,
勤務時間外の準備は,これについて校長の職務命令は認められないか
ら,原告の公務には含まれない。
(ウ)地域クラブ活動の指導について
地域クラブは,生徒の保護者がその役員を務め,会計処理も学校の
部活動とは別に行われるなど,学校とは人的・経済的に独立した組織
であるから,これを部活動と同視することはできず,地域クラブ活動
の指導を原告の公務に含めることはできない。
(エ)夏休みの部活指導(一日練習)について
原告は,夏休みの一日練習の際,午前7時から午前10時までは朝
練の指導を,午後4時から午後6時30分までは夕練の準備ないし夕
練の指導を行っており,これらは原告の公務に含まれるものであるが,
原告が朝練後夕練開始までの間に行っていた勉強や水泳の指導は,E
中学校のカリキュラムとして決められたものではなく,校長の職務命
令の下に行われたものではないから,公務に含まれるものではない。
(オ)以上の前提に立つと,原告の本件脳出血の発症前6か月間の時間外
労働時間は次のとおりであり,公務の量的過重性は認められない。な
お,時間外労働時間の詳細は,別紙1(添付省略)の労働時間内訳表
の各被告欄記載のとおりである。
①発症前1か月:41時間40分
②発症前2か月:54時間00分
③発症前3か月:50時間30分
④発症前4か月:39時間30分
⑤発症前5か月:61時間05分
⑥発症前6か月:29時間50分
イ原告の公務の質的過重性
(ア)原告の公務全般について
公務過重性を判断するにあたっては,労働時間だけではなく,当該
労働の質も合わせて考慮する必要があるところ,原告が従事していた
教育職員の業務は裁量の余地が大きく,また,本件脳出血の発症前1
か月ないし2か月は夏休み期間にかかっており,公務は閑散であった
と考えられることを考慮すると,原告が従事していた労働による負荷
は,一般の公務員の労働負荷よりも低かったと考えられる。したがっ
て,原告の従事した公務に質的過重性は認められない。
(イ)ユニホック競技の模範試合について
原告は,毎夜30分程度のジョギングや,陸上部の生徒とともにラ
ンニングを行っていたことを考慮すると,ユニホック競技の模範試合
への出場が原告の身体に強度の肉体的負荷を与えたとは考えられない
から,同模範試合は本件脳出血とは無関係である。
(2)原告の基礎疾患について
ア高血圧
原告の血圧は,原告が公務に従事しなくなった本件脳出血の発症後も
高数値であるから,原告の高血圧は,原告の公務の過重性を原因とする
ものではなく,加齢による動脈硬化が進行していたからであると考えら
れる。そして,このように私病である高血圧ともやもや病の基礎疾患と
が合併した状態が,長年の経過中に原告の脳の血管壁に負荷を与え,本
件脳出血が発症したものと考えられる。
イもやもや病
もやもや血管は,自己調整機能(状況に応じて血流量を調節するため
に正しく反応する血管の収縮能や拡張能)を失い,異常に拡張した状態
の脳血管であり,微小脳出血も通常人より有意に多いものであるから,
本来的に脳出血を発症しやすい性質のものである。原告が罹患していた
もやもや病は,その自然経過により,6期相分類のうち第3期(もやも
や増勢期)まで既に進行しており,脳血管の自己調整機能が破綻してい
つでも脳出血が起こりうる状態にあったから,本件脳出血は,もやもや
血管の脆弱性と前記高血圧とがあいまって発症したものであり,原告の
従事した公務との因果関係はない。
第3当裁判所の判断
1原告の勤務状況
(1)公務該当性の判断基準
教育職員が従事した勤務時間外の勤務が公務といえるためには,当該勤
務が当該教育職員の職務の範囲に属するものであることを前提に,当該勤
務が指揮命令権者である校長の指揮命令下に置かれた職務の遂行と評価
できることが必要であるが,その指揮命令は黙示的なものでも足り,指揮
命令権者の事実上の拘束力下に置かれたものと評価できるものであれば
公務にあたるというべきである(最高裁昭和47年4月6日第一小法廷判
決・民集26巻3号397頁,最高裁平成12年3月9日第一小法廷判決・
民集54巻3号801頁参照)。もっとも,教育職員の勤務は,春季,夏
季,冬季の学校休業期間における勤務実態が一般の行政事務職員とは大き
く異なった勤務形態であり,職務の内容も,教育職員本来の職務である教
科指導から,職員会議への出席や研修への参加等といった本来の職務に付
随した業務のほか,進路指導,生徒指導といった生徒に対する広範な指導
業務,部活動指導などの課外活動に関する業務,PTA活動に関する業務
など,非常に広範囲で,かつ,千差万別であるところ,教育職員の職務と
して義務付けられた職務遂行の範囲が明確ではなく,かつ,教科指導など,
職務遂行のために事前に相当程度の準備行為を必要とする職務が少なく
ないこともあって,教育職員の職務遂行による業務量を定量的に捕捉する
ことにはそもそも困難が伴う上,各教育職員にはその職務の特殊性から自
主性,自発性,創造性に基づく職務遂行とそれによる成果の発揮が期待さ
れており,その面からも,教育職員の勤務については,どこまでが職務命
令に基づいた拘束下にある職務遂行であるのかの区別があいまいである
ことなどから,一般の行政事務職員と同様の勤務時間の管理をすることが
非常に困難な側面があり,それ故,公立の義務教育諸学校等の教育職員の
給与等に関する特別措置法(以下「給特法」という。)6条及び公立の義
務教育諸学校等の教育職員を正規の勤務時間を超えて勤務させる場合等
の基準を定める政令により,職務命令に基づく時間外勤務を例外的な場合
に限定して原則として禁止するとともに,労働基準法37条の適用を排除
して時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しない代わりに,包括的な評
価によって手当(教職調整額)を支払うこととされているものであり,こ
のことは,教育職員の職務遂行が,個別的な指揮命令を受けてなされると
いうより,校務分掌等による包括的な職務命令に従い,各教育職員が自主
性,自発性,創造性を発揮しながら自ら進んで職務を遂行するという側面
が強いことを意味しているものであり,教育職員が所定勤務時間内に職務
遂行の時間が得られなかったため,その勤務時間内に職務を終えられず,
やむを得ずその職務を勤務時間外に遂行しなければならなかったときは,
勤務時間外に勤務を命ずる旨の個別的な指揮命令がなかったとしても,そ
れが社会通念上必要と認められるものである限り,包括的な職務命令に基
づいた勤務時間外の職務遂行と認められ(給特法による包括的な手当で想
定されている職務遂行にあたるといえよう。),指揮命令権者の事実上の拘
束力下に置かれた公務にあたるというべきであり,それは,準備行為など
の職務遂行に必要な付随事務についても同様というべきである。
以下では,校務分掌等により原告が担当を命ぜられていた職務の内容を
確定した上,原告がした勤務時間外の職務遂行が,包括的な職務命令に基
づいた職務遂行といえるか(職務遂行のために社会通念上必要なものと認
められるか)という見地から,公務該当性を判断することとする。
(2)原告の担当職務であった公務について
証拠(甲1ないし3,6,9の2,甲10ないし12,18ないし20,
22ないし27,乙A1,3,4,9,10)及び弁論の全趣旨によれば,
原告は,本件脳出血の発症から6か月前である平成14年3月17日から
本件脳出血の発症時(同年9月13日)までの間に,E中学校教諭として
次のような職務を担当していたものと認められる。
ア数学の教科指導に関する職務
原告は,第1学年4クラスの数学の教科を担当していたところ,1週
間の数学の授業時間のコマ数(1コマ50分)は選択授業を含め15コ
マであるが,このほかに,総合学習2コマ,道徳1コマ,学級活動1コ
マ(月曜日の1時限目),生徒会指導1コマ(生徒指導主事としての担当),
裁量2コマを担当しており,1週間の受持ち時間は全部で22コマであ
った。
E中学校の1週間の授業時間のコマ数は,1日6コマ,1週間30コ
マであり,原告の平日の空き時間は,月曜日には空きがなく,他の曜日は
1日2コマであった。
数学の教科は,ティームティーチング(授業場面において,2人以上
の教育職員が連携・協力して1人1人の生徒及び集団の指導の展開を図
る指導方法であり,E中学校はこれを採用していた。以下「TT」とい
う。)の指導方法が取られており,平成14年度に原告とTTによってチ
ームを組んでいた同僚教員は中学校で数学を数えるのは初めてであった
ことから,同僚教員を指導しながらTTに取り組むことになった。(甲6,
乙A1の128頁,原告本人,弁論の全趣旨)
イ学級担任としての職務
原告は,平成13年度が3年4組,平成14年度が1年2組(2人担
任制)の担任であったところ,学級担任は,月曜日の1時限目に学級指
導を行うほか,朝の会・帰りの会による生徒への連絡事項の伝達,担任
学級に属する生徒全員が担任に提出する生活日記へのコメントの記載,
学級経営案の作成,2人担任制による生徒の一日の様子についての話合
い,課題の点検,教科の段取り,保護者会,通知票の作成,指導要録の
作成,家庭訪問,諸帳簿の作成などの職務を行っていた。
部活指導以外の平日の所定勤務時間内の勤務のスケジュールは,予鈴
が午前8時5分,本鈴が午前8時10分に鳴って勤務が開始され(担任
学級に赴いて生徒の出席確認と健康観察を行う。),午前8時20分から
午前8時30分過ぎまで職員の打合せ,午前8時35分から午前8時4
0分過ぎまで朝の会,午前8時45分から1時限目の授業を開始し,午
前中に間に各10分ずつを挟んで4時限,午後零時35分から午後1時
10分まで給食,午後1時10分から午後1時30分まで放課,午後1
時35分5時限目の授業を開始し,午後に間に10分を挟んで2時限,
午後3時25分6時限目終了,午後3時40分まで清掃,午後3時45
分から午後3時55分まで帰りの会,午後4時ないし4時30分までに
下校となっていた。(甲6,19,20,23,27,31,32,弁
論の全趣旨)
ウ進路指導主事(平成13年度)ないし生徒指導主事(平成14年度)
としての職務
原告は,平成13年度進路指導主事,平成14年度生徒指導主事を担
当していたところ,進路指導主事の職務は,生徒の一生に関わる問題で
あり,生徒指導主事と並んで年間を通じて精神的負担の重い職務であり,
とりわけ年度末には,進路指導委員会の開催,第3学年全4クラスの高
校別受験成績一覧表の作成,合格証の受領,生徒の進学先の各高校との
連絡や書類提出,就職した生徒については就職担当への対応など,非常
に神経を使う仕事が多い上,定時制高校の合格発表が3月末であること
もあって,新年度当初まで高校への書類提出などの職務が続いた。
生徒指導主事の職務としては,平成14年度から学校週休2日制が完
全実施となったことを受けた年度当初における春休みの生徒指導上の問
題点等に関する報告書の作成をはじめとして,生徒指導計画の立案,金
曜日の4時限目に生徒指導部会の開催と結果報告書の作成,全生徒の下
校を確認する下校指導,生徒指導の統括,中高連絡協議会・中高生徒指
導連絡協議会など外部機関との連絡協議会等への参加,豊橋市教育委員
会からの巡回訪問への対応,5月の連休明け・夏休み前・豊橋祇園祭時・
盆踊り時に実施された合同補導や校区内巡視など,外部と連携しながら
全生徒の指導に取り組む任務であり,肉体的・精神的負荷も多く,相当
に負担の重い職務であった。(甲6,19,20,23,27,原告本人,
弁論の全趣旨)
エ安全教育主任としての職務
原告は,平成13年度及び平成14年度と続けて安全教育主任(健康
安全部の一部門)の職務を担当していたところ,平成14年度には,安
全教育主任の職務として,年度の当初に,新1年生全員(155名)を
対象として交通安全教室を開催するとともに,新学期避難訓練の責任者
として計画立案と避難指導を指揮したのをはじめ,豊橋市教育委員会主
催の安全教育主任研修会への参加(地震防災対策強化地域拡大に伴い,
豊橋市内の全中学校の安全教育主任の部長に選任された。),5月の連休
時及び夏休みの部活指導後に行った指定通学路の実地安全点検(各種実
測を含む)と行政への要望書の提出,豊橋市安全教育推進委員会への参
加(豊橋市内中学生用行動マニュアルづくりが決定され,原告が作成責
任者となった。),同マニュアルないし地震防災パンフレットの作製準備
などの職務を行った。(甲6,19,20,27,原告本人,弁論の全趣
旨)
オ防火・施設担当としての職務
原告は,平成13年度及び平成14年度と続けて防火・施設担当(施
設管理部の一部門)の職務を担当していた。(甲6,20,弁論の全趣旨)
カ交通指導担当としての職務
原告は,平成13年度及び平成14年度と続けて交通指導担当(生徒
指導部の一部門)の職務を担当していたところ,平成14年度には,年
度の当初に朝の交通指導などを行っていた。(甲20,27)
キ営繕担当としての職務(平成14年度)
原告は,平成14年度営繕担当(施設管理部の一部門)の職務を担当
していた。(甲6,20)
ク時間割作成担当責任者としての職務(平成13年度)
原告は,平成13年度時間割作成担当の責任者になっていたことから,
平成14年3月終わりから4月初めにかけてほぼ連日に及んで,平成1
4年度前・中・後期3期分の時間割表の作成作業に従事した。(甲6,2
3,27,乙A1の128頁,弁論の全趣旨)
ケいじめ・不登校対策委員会の責任者としての職務(平成14年度)
原告は,平成14年度生徒指導主事に加え,いじめ・不登校対策委員
会(生徒指導部の一部門である生徒指導の下に置かれた委員会の一つ)
の責任者になっていたことから,委員会の開催はもとより,全生徒を対
象にアンケートを実施したり,全教諭に報告書の提出を依頼し,校内の
いじめ・不登校の実態を調査して報告書にまとめるなどした。(甲6,2
0)
コ陸上部顧問としての部活指導に関する職務
原告は,E中学校に赴任した平成11年度から,陸上部の顧問を命ぜ
られ,前年度に赴任していた先輩教員のFが監督となり,同人とともに
陸上部の部活指導を行った。Fは,学生時代に陸上の経験があったこと
から,練習メニューは,Fが作成し,Fが作成したメニューに従って2
人で分担して指導したが,指導内容としては,メニューに従った通常練
習の指導,トラックのライン引き,タイムトライアル時のタイム計測,
ロード練習(原告は自転車で伴走し,遅れた生徒などが無事学校まで戻
れるよう見届けるなどしていた。)のほか,原告は,ウォーミングアップ
やジョギング,クールダウンの運動を生徒と一緒に行うことが多く,よ
く走っていた。
陸上部の部活動は,平日は,午前7時20分から午前8時までの朝練,
午後4時から午後6時30分ころまで(部活動は日没30分前までとさ
れていたところ,本件脳出血発症前6か月間の期間は,概ね午後6時3
0分ころまで陸上部の部活動が行われていた。)の夕練を行っていた。土
日については,平成13年度までは,部活動が認められていたことから,
部活動として練習を行っていたが,平成14年度に公立学校において週
休二日制が完全実施されたことに伴い,日曜日の部活動ができなくなり
(同時に,大会についても部活動として参加できる範囲が限定された。),
豊橋市では,校区ごとに生徒の保護者が役員となった任意団体として地
域クラブを設立しそこで日曜日の部活動に代わる活動をさせる方針が取
られ,E中学校の陸上部の日曜日の部活動に代替するものとしてE長距
離クラブ(以下,単に「地域クラブ」ともいう。)が設立されたところ,
地域クラブにおいて前年度まで陸上部の部活動として行っていた日曜日
の練習をすることになり,その指導も,部活指導を職務として担当する
Fと原告が担当し,練習も校長から施設利用の許可を受けて学校で行っ
ていたものであり,地域クラブの練習には,陸上部の全員が参加してお
り,実態は陸上部の部活動と異ならないものであった。(甲6,12,証
人F,原告本人,弁論の全趣旨)
サその他の職務
(ア)研修への参加
原告は,新学習指導要綱の改正に伴う教育職員の現職研修に参加し
たのをはじめ,平成14年8月には3日間にわたり20年目職場研修
に参加し,研修報告書を作成するなどした。(甲6,27)
(イ)学校祭に関する職務
E中学校では,平成14年9月13日及び14日の両日にわたり,
生徒1人1人が主役となり生徒全員で創り上げるという目的の学校行
事(学芸)として学校祭が開催されたが,原告は,学校祭フィナーレ
を担当し,8月下旬に学校祭フィナーレ実行委員会を開催し,生徒の
実行委員に対する指導・助言をしたり準備作業を一緒にしたりしたほ
か,原告の担任学級においても学級企画としてお化け屋敷を出すこと
になったため,相担任とともに夏休み中から生徒を1,2日出校させ
て助言・指導を行ったほか,お化け屋敷設営の準備作業については,
生徒の負担を減らすために部活指導後にこれを中心的に行っていた。
また,E中学校においては,学校祭が円滑に挙行されるよう,生徒
指導部が主体となって学校祭における生徒指導及び警備計画を策定し
ていたところ,生徒指導部は,学校祭についての指導,服装や頭髪な
ど身なりについての指導を行うとともに,学校祭の前々日から学校祭
2日目までの間,生徒指導部において,警備を行い,とりわけ,学校
祭前夜及び学校祭1日目の夜には,夜間の学校への侵入,いたずらな
どが発生しないように夜警を行っており,原告は,生徒指導主事とし
てその中心的役割を担い,警備については,学校祭の前夜である9月
12日の夜警を担当し,学校に泊まり込んだ。
さらに,原告は,学校祭1日目には,ユニホック競技の模範試合に
選手として参加することになり,生徒とともに競技を行った。(甲6,
20,23,27,乙A1の28頁,原告本人)
(3)勤務時間外の教材研究等について
ア教材研究は,教育職員が自らの職務を全うするために必要不可欠なも
のとして義務づけられており(弁論の全趣旨),また,学校事務等の付
随事務も,原告が担当する職務の遂行のために必要不可欠なものであっ
たと解されるから,原告の職務の範囲に当然に属するものと解される。
また,校長は,原告に対し,校務分掌等により前記(2)のアないしサの
職務を包括的に命じていたと解されるところ,原告は,平日の授業の空
き時間は1日の6コマ中月曜日には1コマもなく,他の曜日も2コマし
かなく(甲6,乙A1の128頁。なお,後者は,月曜日の1時限目が
空きになっているが,学級活動の時間には原告も関与していたと推認さ
れる。),その少ない空き時間は,担任する生徒全員が担任に提出する生
活日記へのコメントの記載及びTTの打合せなどにほとんどすべてを
用いていたことに加え(甲31,32,証人F,原告本人),教科指導
後は午後6時30分ころまで陸上部の部活指導をしており(乙A1の2
9頁など),教材研究等を行う時間は,部活指導を終えた後にしか確保
できず,やむを得ず勤務時間外に教材研究等を行わざるを得なかったも
のと推認される。
そして,証拠(甲6,12,13,18,23,24,27,証人F,
原告本人)及び弁論の全趣旨によると,原告は,生徒思いで非常に真面
目な性格であり,教材研究等に関しても手を抜くことはなかったと推認
され,在校時には,TTに関する同僚教員への指導にも相応の時間を割
いていたと考えられること,学級事務における付随事務だけでも,生徒
から提出される生活日記へのコメントの記載,2人担任制による相担任
との話合い,課題の点検,欠席した生徒への連絡や家庭訪問,諸帳簿へ
の記入など,多岐にわたること,原告は,学級事務以外にも生徒指導主
事をはじめ様々な校務分掌を受けており,それらに関する事務を行う必
要があり,更に陸上部の部活指導による時間的拘束は非常に多く,全体
の業務量は,およそ所定勤務時間内に終えられるようなものではなかっ
たと推認されること,平成14年当時,豊橋市の中学校において毎日1
2時間以上働いていると回答した教育職員が42%の多数に上ってお
り,中学校の教育職員の長時間労働は広く常態化していたと推認される
こと(平成4年から平成19年の調査結果)などが認められ,これらの
事実を併せ考えると,原告が勤務時間外に学校事務等の付随事務や教材
研究に要した時間は,原告が教員生活20年目を迎えたベテランの教員
であったことや授業のない空き時間が多少あったことを考慮した上で,
控え目に見ても,平日に午後8時過ぎまで居残ってこれらの職務を遂行
しなければならない日が相当程度あったということは優に推認でき,そ
のような勤務時間外の勤務を行ったことは,原告が校務分掌により担当
していた公務の業務量に照らし社会通念上も必要やむを得ない範囲の
ものであったと認められるから,原告は,少なくとも別紙2(添付省略)
の労働時間表記載の平日(拘束時間を20:00まで記載した日)に午
後8時まで教材研究等の公務に従事していたと認めるのが相当である。
イこの点につき,被告は,勤務時間外の教材研究等について校長の職務
命令は認められず,原告の自主的な活動である旨主張するが,原告が前
記(2)アないしサの職務を遂行すべきことについて校長の包括的な指揮
命令があったことは明らかであり,その全体の業務量からして,これら
の職務を所定の勤務時間内に終えることはおよそ困難であり,加えて教
材研究についても教育職員が自らの職務を全うするために必要不可欠
なものであって,社会通念上必要と認められる範囲のものは,教育職員
の職務に他ならず,これらの職務を完遂することは,校長による前記包
括的な職務命令において当然に予定されているといえることからすれ
ば,黙示的な職務命令が及んでいるものと認められ,被告の前記主張は
採用できない。
(4)勤務時間外の学校祭の準備及び夜警について
ア学校祭は,特別教育活動の一環としてE中学校の正式な行事として決
定され(乙A1,弁論の全趣旨),同中学校の学校経営案(甲20)に
もその開催予定や運営組織が盛り込まれていたこと,学校祭を含む特別
教育活動の指導を通じて自浄力と活力のある行動ができる集団を作る
ことが同中学校の平成14年度の重点努力目標のひとつとして掲げら
れていたこと(甲20の1頁)のほか,原告の担任する学級(1年2組)
は生徒の意思決定によってお化け屋敷を開催することになったところ,
お化け屋敷を設営するためには,机を3段重ねにして紐で固定し,段ボ
ールを用いて迷路を造り,窓に暗幕を張るなど,中学1年生の生徒のみ
には任せられない力や注意を要する作業が必要であり,事故防止という
観点や生徒の負担が重くならないように配慮するという観点からも,担
任である原告自らが前記作業を応援しなければならなかったことは十
分に理解できることであり,社会通念上も必要なことであったと考えら
れることなどの事実に照らすと,原告が学校祭の準備を行うことは,原
告の職務の範囲に属するものと認めるのが相当である。
学校祭は,学校全体のスケジュールに組み込まれ,夏休み明け直後の
9月13日及び同月14日に開催が予定されていたところ(乙A1の9
1頁),原告の担任学級の出し物であるお化け屋敷は,準備に相当の時
間を要するものであり,また,夏休みが明けてからは,原告はその準備
を他の学校事務等の付随事務や教材研究と並行して行わなければなら
なくなることからして,学校祭の準備のためには,夏休み明けからだけ
では時間が不足していることが明らかであり,夏休みのうちから適宜準
備を進めておく必要があったこと(甲12,乙A1の46頁以下,77
頁,86頁以下),教育職員が学校祭の準備を行う生徒を指導し,また,
警備については,生徒指導部が中心になって行うことが,学校全体の方
針として定められていたものであり,学校祭前夜の夜警については,原
告が担当とされていたところ,夜警には深夜の巡回も含まれていたこと
から,原告が前夜から学校に泊まり込んだのは,予め定められた学校の
警備計画に従ったものといえること(乙A1の28頁),原告は,平日
においては,陸上部の指導を終えた後にしか学校祭の準備を行う時間を
確保できなかったこと(甲6,12,23,証人F,原告本人,弁論の
全趣旨)などの事実からすると,原告が勤務時間外に行った学校祭の準
備及び夜警は,まさしく教育職員の職務の遂行としてなされたものと認
められ,公務に当たるというべきである。なお,原告は,本件脳出血を
発症した前日の平成14年9月12日,前記のとおり,夜警のためE中
学校において泊まり込んでいるところ,同日午後10時から午後10時
30分までの間,校舎2棟,体育館,武道場,木工室,金工室などのガ
ラスが割られていないかどうかの点検のために見回りをし,その後同日
午後11時30分までは,翌日に行われるユニホック競技の体験講座の
準備及び同僚教員との情報交換を行ったことが認められる。(甲6,7,
23,乙A1,原告本人,弁論の全趣旨)
イこの点につき,被告は,勤務時間外の学校祭の準備及び夜警について
校長の職務命令は認められず,原告の自主的な活動である旨主張するが,
原告の前記職務の遂行が,校長の包括的な職務命令に従い,職務を全う
するために社会通念上必要と認められる範囲でなされ,そうした職務遂
行は学校の方針として予定されていたものであり,校長においても認識
していたものであることからすれば,教材研究等の場合と同様,黙示的
な職務命令が及んでいると認められ,被告の前記主張は採用できない。
(5)陸上部の部活指導について
原告は,平成11年4月にE中学校に赴任すると同時に,校務分掌によ
り,陸上部の顧問に任命されているところ,豊橋市教育委員会が作成した
部活動指導の手引き(甲25)及びE中学校の学校経営案(甲20)によ
れば,公立中学校の教育の中に特別教育活動として部活動が取り入れられ,
その目標として,生徒の自発的,自治的な活動を通して自主的な生活態度
や社会性を育成し,併せて心身の健康を助長することが掲げられており,
市及び学校が積極的に部活動を推進していたことが認められ,部活動の指
導をすることは,教育職員の職務の範囲に属し,かつ,同指導について校
長の明示の職務命令があったことは明らかである。
そして,証拠(乙A1の29頁,証人F,証人N,原告本人)及び弁論
の全趣旨によれば,陸上部の指導時間は,平日は前記(2)のコのとおりであ
り,夏休み期間の指導時間は,後記(8)のウのとおりであることがそれぞれ
認められるから,同時間帯につき,原告の公務への従事を認めるのが相当
である。
(6)地域クラブ活動の指導について
ア証拠(甲30,39,40,乙A7ないし9,証人F,証人N,原告
本人)及び弁論の全趣旨によれば,前記(2)のコのとおり,地域クラブは,
平成14年4月から,公立の小中学校における週休二日制の完全実施に
伴い,豊橋市においては,日曜日の部活動が禁止されたことから,同月,
学校の部活動に代わるものとして発足したものであり,地域クラブの発
足はE中学校長の指導に従ってなされたものであったこと,その際,校
長からは,地域クラブについて学校の部活動の延長として活動してはな
らないとの指導はなされなかったと推認されること,地域クラブの練習
は部活動のない日曜日に行われたこと,体育的部活動問題検討委員会が
平成21年10月7日付けで豊橋市教育委員会に提出した答申(甲3
0)や平成22年の新聞報道(甲40)などによると,学校の部と地域
クラブの所属選手及び指導者が同じであり,地域クラブがいわゆる「ク
ラブと称した部活動」となっている実態が報告されているところ,E中
学校の陸上部と地域クラブの所属選手は,42名中2名を除きすべて同
じであり,地域クラブの指導も,実態としては,陸上部の場合と同じく
Fと原告の2人が主となって行われていたこと(ただし,原告は,E長
距離クラブの運営等について記載した書面には,顧問,コーチとして明
示的には記載されていなかった。),練習場所もE中学校教頭の許可を得
て部活動と同じくE中学校の施設を利用して行われており,E長距離ク
ラブの活動の実態は,前記報告されている「クラブと称した部活動」で
あったと認められ,部活動の延長にほかならないものであったと評価し
得ること,平成14年度は,日曜日の部活動が禁止され,地域クラブが
設立された初年度であり,地域クラブ活動の実態からして関係者におい
て部活動と地域クラブの分離が十分に意識されていたとは到底考えら
れず,原告やFにおいても,地域クラブは部活動の代替として行われる
ものであり,部活指導を命ぜられている職務命令の下,部活動による指
導効果を高め,期待された成果を上げるために,地域クラブについても
同様に指導を行うことが期待されており,自己の職務の延長であると認
識してこれを引き受けていたものと推認され,まったくの自主的,自発
的な判断から任意に地域クラブの指導を行っていたものとは考えられ
ないこと,部活指導については,職務命令権者である校長の明示又は黙
示の了解のもと,これを指導する教育職員の自主性,自発性,創造性を
発揮した裁量による職務遂行が期待されているところ,陸上部の日曜日
の部活動を地域クラブ活動に代替させ,これを部活動の延長として行う
ことについては,校長も了解していることであると,F及び原告におい
て認識し得る状況にあったと推認されることなどの事実が認められ,こ
れらを総合的に考慮すると,地域クラブ活動は,少なくとも平成14年
度については部活動の延長にほかならなかったものであり,F及び原告
は,陸上部の部活指導を命ぜられている自己の職務の一環として地域ク
ラブの指導にあたっていたと認めることができるから,地域クラブ活動
の指導は,部活指導と同じく公務に該当するものと認めるのが相当であ
る。
イこの点につき,被告は,地域クラブはE中学校とは人的・金銭的に独
立した組織であるから,学校の部活動と同視することはできず,地域ク
ラブ活動は原告の公務にあたらない旨主張するところ(前記第2の5の
(1)のアの(ウ)参照),確かに,地域クラブの役員は陸上部の指導者と完全
な同一性を有するわけではなく(乙A8),運営主体も保護者であり(乙
A3),人的体制において陸上部とは一定の相違がみられること,また,
地域クラブにおいては,同クラブ加入者から必要な費用を集め,学校か
ら同クラブに対する補助金は出ないなど,学校とは金銭的に独立した組
織であったことといった,前記主張に沿う各事実も認められる。しかし
ながら,地域クラブ活動の指導にあたっていたのは主としてFと原告で
あり,実際に練習を行う人的体制については陸上部とほとんど相違はな
く,練習場所も主に学校のグラウンドであったことなど,その活動実態
は,陸上部の部活動と何ら異ならなかったこと,また,前記の地域クラ
ブ発足の経緯(部活動に代わるものとして校長の指導の下に立ち上げら
れたこと,地域クラブ活動を部活動の延長としてはならないとの指示な
どは何らなされていなかったと考えられること)や,地域クラブには陸
上部の部活動の延長という認識で同部に属する生徒全員が参加し,3年
連続の全国大会出場に向けてがんばろうとしており,陸上部の顧問であ
る原告においてもそうした部の目標の達成に向けて指導者として参加
しなければならないとの使命感のもと,生徒に対し陸上部の部活動の延
長として地域クラブの指導にあたっていたことには無理からぬ事情が
あり,社会通念上も必要やむを得ないことであったと考えられることな
どを前提にすると,地域クラブの人的体制が陸上部と完全には同一でな
かったことや,学校から金銭的に独立した組織であったことを考慮して
も,なお地域クラブ活動は陸上部の部活動とその主要な部分について同
一性を有し,その実態として,陸上部の部活動の延長であったと認める
のが相当であるから,被告の前記主張は採用できない。
(7)夏休みの部活指導(一日練習)について
ア午前7時20分から午前10時までの朝練の指導並びに午後4時か
ら午後6時30分までの夕練の準備及び指導が原告の公務に含まれる
ことは,当事者間に争いはない。
イ一方,前記朝練の指導後夕練の準備を開始するまでの午前10時から
午後4時までの間(ただし,1時間の休憩を除く。)は,原告は,Fと
ともに,陸上部員に対して勉強や水泳の指導を行っていたものであり,
これらの公務性については当事者間に争いがあるところ,証拠(甲12,
乙A4,証人F,証人N,原告本人)及び弁論の全趣旨によると,これ
らの指導は,生徒が互いに仲間意識を持って陸上部の練習に取り組み,
全国大会出場という部の目標を達成するために行った,指導者である教
育職員としての工夫の一端であったこと,夏休みの部活動予定表による
と,陸上部を含む部活動には一日通しての練習が予定された日が記載さ
れており(乙A1の111頁),同予定表は校長の許可を得て作成され
たものであったことからすると(証人F),前記予定表で一日の練習が
予定された日については,部活動を目的としてこれを指導する教育職員
が生徒を学校内に止め置く時間中,教育職員の当然の職務として生徒の
安全や生活面での指導を行う必要があり,かつ,その指導内容について
はこれを指導する教育職員の裁量に委ねられているといえ,校長も当然
にそのことを認識しつつ積極的に容認していたと評価することができ
る(換言すれば,校長が夏休みの開始前に前記予定表によって包括的に
一日を通じての部活指導を命じていたといえるものである)から,一日
の練習が予定された日については,陸上部の練習の指導以外の水泳や勉
強の指導についても陸上部の部活指導の一環であると認められるもの
であり,校長による包括的な職務命令が及んでいると認められるという
べきである。
そして,証拠(証人F,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,前記
勉強及び水泳の指導に要した時間は,午前10時から午後4時までのう
ち休憩1時間を除いた5時間であると認められるから,前記アの朝練及
び夕練の時間の合計(5時間10分)に5時間を加えた10時間10分
が,原告の公務に従事した時間となる。
ウこの点につき,被告は,朝練の指導後夕練の開始までの間に原告が行
った勉強や水泳の指導は,E中学校のカリキュラムとして決められた行
事ではなく,校長の命令の下に行われたものではないから,原告の公務
に含まれない旨主張し,確かに,前記勉強や水泳の指導は,学校のカリ
キュラムとして明示的に定められたものではなく,F及び原告がその創
意工夫の下で考案した指導法であることが認められる。しかしながら,
これらの指導が,陸上部の部活指導の一環として行われたものであるこ
とは,前記のとおりであり,校長においても,夏休み部活動予定表によ
り,一日を通してF及び原告が陸上部の生徒を指導することを包括的に
指示しており,具体的な指導内容については実際に指導する教育職員の
裁量に委ねていたものと認められるから,被告の前記主張を採用するこ
とはできない。
(8)原告の勤務状況の総括
以上認定した事実のほか,証拠(甲6,9の2,12,18,19,2
3,24,26,27,39,乙A1,4,5,10,証人F,証人N,
原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件脳出血が発症する前
の6か月間である平成14年3月17日から同年9月12日までの間,別
紙2(添付省略)の労働時間表記載のとおり公務を行っていたことが認め
られる。
そして,原告が公務に従事していた時間帯は,おおむね次のとおりであ
る。
ア平日の勤務(夏休み及び春休み期間中を除く。)
(ア)陸上部の朝練の指導午前7時20分から午前8時
(イ)教科指導及び学校事務等午前8時10分から午後3時55分
ただし,陸上部の夕練がないときは,午後4時55分まで学校事務
等を行っていた。
(ウ)陸上部の夕練の指導午後4時から午後6時30分ころ
(エ)教材研究等夕練の指導終了後から午後7時30分
ただし,別紙2(添付省略)の労働時間表に拘束時間を20:00
まで記載した日は,午後8時まで教材研究等を行っていた。
(オ)休憩時間45分
イ土日の勤務
(ア)土曜日
陸上部の部活指導午前7時30分又は午前8時から正午
(イ)日曜日
地域クラブ活動の指導午前7時20分又は午前8時から午後
零時30分
ウ夏休み中の勤務(平成14年7月20日から同年8月31日)
(ア)午前練習の日(○)
①陸上部の部活指導午前7時20分から正午
②教材研究等ないし学校祭の準備午後1時から午後4時55分
ただし,勤務日のみ。
(イ)一日練習の日(◎)
①午前の練習午前7時20分から午前10時
②勉強の指導午前10時から午前11時
③水泳の指導午前11時から午後0時
④昼食午後0時から午後1時
⑤勉強またはレクリエーション午後2時から午後4時
⑥夕練の指導午後4時から午後6時30分
ただし,予定では一日練習となっていた日でも,午前のみ部活指
導を行い,午後には教材研究等を行った日があったと考えられるほ
か,8月20日以降は,学校祭の準備を行うようになり,同月24
日からは,午後7時ころまで学校祭の準備を行うことがあった。
エ春休み中の勤務(3月23日から4月4日)
(ア)平日
①部活指導午前7時20分から午前8時
ただし,午前9時又は午前10時30分までの日もあった。
②学校事務等午前8時から午後4時55分又は午後
6時30分
(イ)土日
部活指導午前7時から午前10時
オまた,本件脳出血が発症する前6か月間である平成14年3月17日
から同年9月12日までの間の時間外労働時間の集計は,次のとおりで
ある。
①発症前1か月:86時間10分
②発症前2か月:97時間10分
③発症前3か月:114時間35分
④発症前4か月:101時間00分
⑤発症前5か月:81時間25分
⑥発症前6か月:72時間05分
(9)原告の公務の質的過重性
ア陸上部の部活指導について
証拠(甲6,12,乙A4,A10,証人F,証人N,原告本人)及
び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
(ア)E中学校の陸上部は,平成14年度,前々年度から2回連続の全国
大会への出場を果たしていたため,同年度は,愛知県で初となる3年
連続の全国大会への出場が期待されており,その期待は同中学校の保
護者や教育職員などの学校関係者のみならず,同中学校が所属する豊
橋市や愛知県からも寄せられており,原告は,Fとともに,かかる期
待に応えなければならないとの精神的緊張を抱えていた。
(イ)原告は,陸上部の指導にあたって,練習中の指導はもとより,大会
における記録を分析したり,駅伝の練習で走るコースを自ら試走して
実際の走行計画を立てたり,指導者としての体力をつけるためにジョ
ギングをしたりするなど,緻密な作業を含む準備的作業を日常的に継
続して行っていたものであり,肉体的・精神的負荷を伴うものであっ
た。
(ウ)原告は,E中学校に転任する以前に野球部の監督に就任した経験は
あるものの,陸上部の監督や顧問に就任したことはなく(ただし,C
小学校において小学生の陸上競技指導をした経験はあった(原告本人
24頁)。),本格的な陸上競技に携わることは初めてであり,陸上競技
自体を好いていたり,得意としていたりしたわけではないが,全国大
会出場という部員達の目標を叶えるべく,日夜熱心に指導を行ってい
た。また,陸上部では,原告がE中学校で陸上部の顧問に任命される
1年前からFが同部の指導にあたっており,原告が顧問になると同時
にFが顧問に就任したが,Fは,学生時代には陸上競技でインターハ
イに出場した経験もあったことから,原告は,陸上部の指導において
Fとは異なる自分なりの役割を果たそうと努力していた。
(エ)教科指導のない夏休み期間においても,陸上部または地域クラブの
出場する大会(市内総合体育大会,通信陸上大会,東三河中学校総合
大会,愛知県総合体育大会,東海大会)が多く開催されており,原告
はこれらの大会当日に生徒に付き添う必要があったことに加え,大会
で良い成績を修めるために,夏休み期間の指導や生徒の体調管理には
平常時よりも更に気を遣わなければならず,それゆえ,夏休み期間中
にもかかわらず原告が公務から完全に解放される期間は8月12日か
ら同月15日までの夏季休暇を除けばほとんどなく,精神的負荷は強
いものであったと推認され,また,練習日にしても大会出場日にして
も,夏の暑い盛りの部活指導の勤務は体力的にも相当に負担のかかる
ものであり,肉体的負荷も強いものであった。
(オ)以上の事実を併せ考慮すると,原告は,陸上競技の経験がない自ら
が,全国大会への3年連続出場が期待された,いわゆる強豪と評し得
る陸上部を陸上経験者のFとともに指導することに関し,やりがいを
感じつつも,相当の肉体的・精神的負荷を受け,さらに,前記のとお
り教科指導のない夏休み期間中も陸上部の部活指導から完全に解放さ
れる期間がなかったばかりか,夏の暑い盛りに練習を継続しつつ,夏
季に集中して開催され,かつ,まさに部活動の成果の発揮が期待され
る場である多くの大会へ部員を参加させることに伴う指導者としての
肉体的・精神的負荷には強いものがあったことから,疲労を回復させ
るどころか,更に疲労を蓄積させていったものと推認される。
イ教科指導以外の公務(陸上部の部活指導を除く。)について
証拠(甲6,19,23,27,乙A1,A12の1ないし3,証人
F,原告本人)及び弁論の全趣旨によると,次の各事実が認められる。
(ア)原告は,平成14年度,数学の教科指導及び陸上部の部活指導以外
の校務として,学級担任,生徒指導主事,安全教育主任(豊橋市の中
学校全体の安全部長を含む。),防火・施設担当,交通指導担当及び
営繕担当などの多種多様な職務を務めていたものであり(前記第2の
2の争いのない事実等の(1)のア参照),夏休み中にも,これらの職務
に関して種々の業務があり,これら多種多様な職務を遂行していたこ
とによる恒常的な肉体的・精神的負荷にも相当に強いものがあったと
推認される。
(イ)原告が平成13年度に担当していた進路指導主事の職務は,入試関
係の書類のチェック,生徒の成績分布の確認,各高校との連絡や就職
担当への対応など,いずれも生徒の将来に関わる事項でミスが許され
ない性質のものであり,多大な精神的緊張を伴う職務であったが,平
成14年4月初めまでその職務の遂行が続いた。
(ウ)原告は,平成13年度に時間割作成業務を責任者として担当してい
たが,同業務は,3学年合計14クラスの3学期分の時間割を,指導
教育職員が重複することなくかつ予定されたカリキュラムをすべて
終えられるように過不足なく調整する必要があり(乙A1の128頁
参照),その調整には相当の困難を要し,精神的負荷の大きい仕事で
あったが,この職務も平成14年4月初めまで続いた。
(エ)生徒指導主事の職務は,毎週金曜日に開催される生徒指導部会への
出席,学校内部におけるいじめ・暴力行為・喫煙などの問題行動の情
報収集,下校指導のほか,外部機関との情報交換を行うとともに,外
部機関と連携して生徒指導にあたり,合同補導や校区内巡視などを実
施するなど,学校内に止まらぬ幅広い活動を行っていたものであり,
いじめ・不登校対策委員会の責任者としての職務も含め,その業務量
は相当に及び,進路指導主事と並び,肉体的・精神的負荷の非常に強
い職務であった。
(オ)安全教育主任としての職務についても,平成14年度は地震防災対
策強化地域の拡大に伴い,安全教育主任としての任務が増大した時期
であり,原告は,豊橋市内の全中学校の安全教育主任の部長に選任さ
れ,市内中学生用の行動マニュアルの作成などの業務に従事していた
ほか,指定通学路の実地安全点検にも手を抜くことはなく,行政への
要望書の提出なども行うなど,看過できない業務量があった。
(カ)E中学校は,数学の教科指導においてTT制度を採用していたとこ
ろ,TTによって一人の教育職員に係る事務負担は一般的に軽減され
る側面はあるものの,原告の相教育職員は中学校で数学を教えるのは
初めてであり,原告は同教育職員を指導する立場に置かれていたこと
から,TTによって原告の肉体的・精神的負荷はむしろ増すこととな
った。また,学級事務についても,原告の担任学級は,2人担任制で
あったことから,学級運営及び生徒指導のために,相教育職員との話
合いが常時必要であり,また,生活日記へのコメントの記載も恒常的
な業務として存在しており,既述のとおり,その他種々の付随的事務
があることにかんがみると,学級事務の業務量にも相当なものがあっ
た。
(キ)原告は,前記のとおり,学校祭で担任学級の企画として催すお化け
屋敷の準備を,夏休み期間中から断続的に行っていたものであり,こ
れは,前記の陸上部の部活指導とあいまって,夏休み期間中に,原告
が公務から解放されるまとまった期間を取れない原因の一つにもな
っていた。
(ク)原告は,真面目な性格で,生徒の希望はできる限り叶えてやりたい
との思いを有する熱心な教育職員であり,前記のような非常に多忙な
中にあっても,与えられた職務について手抜きをすることは一切なか
った。
(ケ)以上の事実を併せ考慮すると,原告は,本件脳出血の発症前6か月
間において,高度の精神的緊張を伴う校務を含む職務をほとんど休む
間もなくこなし,その労働密度は相当に高かったことが認められ,量
的のみならず質的にも非常に重い公務を遂行していたものであり,過
重な公務による肉体的・精神的負荷を恒常的に受けていた状態にあっ
たことが優に認められるから,原告は,これによって,長期間にわた
り疲労を蓄積させていったものと推認される。
ウ学校祭の前夜からの夜警について
原告は,前記のとおり,本件脳出血が発症した前日である平成14年
9月12日,E中学校において宿泊を伴う夜警に従事しているところ,
証拠(甲6の18頁,甲27の14頁,乙A1,原告本人)及び弁論の
全趣旨によれば,その当時,学校祭の開催に合わせ,学校のプールに長
いすが投げ込まれたり運動場にたばこの吸い殻があったりする事例が
発生しており,そうした事態の発生を未然に防止するため,E中学校と
して,学校祭の前夜及び学校祭1日目の夜には夜警を行うことがあらか
じめ定められていたものであり,原告は,あらかじめ定められていた警
備計画に従って夜警に従事したものであるが,生徒指導主事として,不
測の事態の発生を防止すべき責任者でもあったことから,相応の緊張感
を持って夜警に従事していたものであったこと,そのため,原告は,深
夜にも巡回をしているほか,就寝する際にも,不審者の侵入を防ぐため
に,校長室のソファで電灯を点けたまま就寝するなど,物理的にも精神
的な緊張が解けない状況に置かれていたことなどの事実が認められ,こ
れらの事実に照らすと,原告は,前日は良質な睡眠を取ることができず,
睡眠によって肉体的・精神的疲労の回復を図ることはできない状態であ
ったと推認される。
エユニホック競技の模範試合について
(ア)ユニホックは,バスケットボールのコートほどの大きさのコートに
おいて,6名ずつの選手がアイスホッケー様のスティックを用いて相
手チームのゴールにボールをシュートして点を競うスポーツであると
ころ,証拠(甲6の19頁,9の1,14,16,乙A2,A5,証
人M)及び弁論の全趣旨によると,ボールの動きは人間の動きよりも
速く,人間はボールの動きに合わせて急なダッシュとストップを繰り
返さざるを得ないこと,模範試合を行った原告も生徒もユニホックの
素人であり,ポジションに従って一定範囲のみ動くというより,コー
ト全面を走り回るような状態であったと推測され,とりわけ,原告は
前記のとおり真面目な性格であり,生徒に模範試合を見せる以上,コ
ート上を必死に駆け回ったと推認されること,原告は,ユニホックを
行った前日の夜は夜警のために学校に泊まり込み,電灯を点けたまま
ソファで就寝したこともあって,良質な睡眠が取れておらず,蓄積し
た疲労が十分に回復していなかったことが推認され,これらの事実を
併せ考慮すると,原告は,長期間の疲労が蓄積していたところに前記
のような広範囲にわたる瞬発力の求められる急な動作を反復したこと
により,急性かつ相当程度強度の肉体的負荷を受けたものと推認され
る。
(イ)この点につき,被告は,原告にジョギングやランニングの習慣があ
ったことからして,8分間程度のユニホック競技が原告の身体に強度
の肉体的負荷を与えたとは考えられない旨主張し,これに沿う証拠(乙
A2,A5)を提出するが,原告が疲労を蓄積させたままユニホック
競技の模範試合において8分間とはいえ広範囲にわたり瞬発力の求め
られる急な動作を反復したことは前記のとおりであり,原告はユニホ
ック競技の模範試合により急性かつ相当程度強度の肉体的負荷を受け
たと推認されるから,被告の前記主張を採用することはできない。
オ小括
以上アないしエの事実を総合すると,原告は,長期間にわたって,労
働密度の高い公務に日々長時間にわたり従事し,その身体に高度の肉体
的・精神的疲労の蓄積を生じさせていたところに,本件脳出血の発症直
前に,ユニホック競技の模範試合によって急性かつ相当程度強度の肉体
的負荷を受けたと認めることができ,この一連の経過は,本件脳出血を
発症させるに十分な蓋然性を有するものであり,後記のとおり,本件脳
出血の発症時期がユニホック競技の模範試合の終了直後であることを
も考え併せれば,ユニホック競技による肉体的負荷が引き金になって本
件脳出血が発症したものと推認されるというべきである。
カ被告の主張について
ところで,被告は,教育職員の公務は,その職務の性質上,裁量性が
大きく,また,本件脳出血の発症1か月ないし2か月前は夏休み期間に
かかっており,公務は閑散であったから,原告が従事した公務による負
荷は相対的に低く,質的過重性は認められないと主張し,確かに,教育
職員の主たる公務である教科指導については,その指導方法等について
教育職員に一定程度の裁量が認められ,また,夏休み期間は,教科指導
がないことが認められる(乙A1,弁論の全趣旨)。しかしながら,前
記認定の各事実からすれば,原告が従事していた公務は,前記のとおり
教科指導方法に一定の裁量性があることによっては緩和されない多大
な肉体的・精神的負荷を恒常的に伴うものであり,また,夏休み期間中
も,教材研究等はもとより,生徒指導主事としての業務をはじめとする
学校事務等が継続する上,陸上部(地域クラブ活動を含む)の部活指導
については部員達の練習を指導したり,大会に向けた準備や指導をする
業務が,かえってピークを迎えるものであり,これに学校祭の準備など
が加わり,夏休み期間中だからといって原告が公務から完全に解放され
る期間はほとんどなく,かえって肉体的・精神的疲労が一層蓄積する状
態にあったと認められるのであるから,原告の従事した公務の精神的負
荷が相対的に低いものであったとか,夏休み期間の公務が閑散であった
ということは到底認められない。したがって,被告の前記主張は採用す
ることができない。
2本件脳出血の発症時期
本件脳出血は,前記のとおりもやもや血管が破綻したことにより発症した
と認められるところ,もやもや血管からの出血は,脳動脈瘤のごとく動脈の
本管から急激に出血する場合と異なり,非常に緩除に発生するものであるた
め,本件脳出血の発症時期を正確に特定することは困難である。しかしなが
ら,原告は,平成14年9月13日に倒れる前,約8分間にわたるユニホッ
ク競技を行っており,その間普段と特に異なる様子は見られなかったこと,
ユニホックは,ストップとダッシュを繰り返す急激な動作を伴うスポーツで
あり,原告の血圧を一過性ではあるが急激に上昇させたと推認されること,
原告は,同競技を終えた約30分後に吐き気を訴えているが,これは出血量
の増大とともに起こった頭蓋内圧亢進の症状と推測されること,原告は,前
記ユニホック競技終了後に足を引きずる動作を見せて倒れるなど,急激な動
作をこなしていた前記ユニホック競技中とは明らかに異なる様子を呈してい
ることからすると,本件脳出血の発症時期は,前記ユニホック競技を終えた
直後であると推認するのが合理的である。(甲8,乙A1,証人K11頁以下,
弁論の全趣旨)
3原告の健康状況(基礎疾患)
(1)高血圧
ア本件脳出血の発症前の原告の血圧の測定値は,次のとおりである。(乙
A1の33頁)
計測年月日収縮期血圧拡張期血圧
①H8.6.2913694
②H9.6.30158106
③H10.6.30141100
④H11.6.3013494
⑤H12.6.3014498
⑥H13.6.30132108
⑦H14.6.2813698
イWHOの専門委員会と国際高血圧学会が日本人向けに修正したガイド
ラインによると,軽症高血圧に該当するのは,収縮期血圧140~15
9又は拡張期血圧90~99,中等症高血圧に該当するのは,収縮期血
圧160~179又は拡張期血圧100~109,重症高血圧に該当す
るのは収縮期血圧180以上又は拡張期血圧110以上とされている
ところ,原告は,拡張期血圧が恒常的に高く,軽症ないし中等症の域に
あり,収縮期血圧についても恒常的にやや高めであり,軽症の域にある
ことが時々見られる状態にあったといえる。このうち,拡張期血圧は,
高血圧の自然経過の初期に多く見られ,小動脈から細動脈の血管抵抗は
増加しているものの,大きな動脈の変化はまだ生じていない状態を反映
していることが多いと判断されているが,拡張期血圧の高い状態が継続
し,収縮期血圧の上昇も出現してきた場合には,大きな動脈についても
動脈硬化や動脈狭窄等が疑われる病的状態にあると考えられており,原
告についても,持続して拡張期血圧が高血圧状態にあり,かつ,収縮期
血圧も時々高い数値を示していたことを考えると,大きな血管について
も少なくとも動脈硬化性変化の初期を反映していたとみることが可能
である。(乙B3,弁論の全趣旨)
そうすると,本件脳出血の素因として,後記のとおり脆弱なもやもや
血管に動脈硬化性変化が加わった病的な状態が存在していたというこ
とができ,これは,本件脳出血の発症のリスクファクターとなるものと
評価できる。
ウなお,原告は,原告の高血圧は原告の従事した公務の過重性に起因す
るものであると主張し,確かに,長時間労働と血圧上昇との因果関係は
一般的には認められるが(乙A14の92頁),本件においては,原告
が公務に従事しなくなり,かつ,本件脳出血による脳圧亢進が終息した
と解される時期(本件脳出血から数か月後(証人L47頁))以降も,
原告の血圧はおおむね中等症高血圧ないし軽症高血圧を記録しており
(甲4の1・2),原告が公務に従事していた時期の血圧値と大きな差
異はないものであり,原告の従事した公務と原告の血圧との間に因果関
係があると認めるに足りる証拠はないので,原告の前記主張は採用でき
ない。
(2)もやもや病
原告は,本件脳出血発症当時もやもや病に罹患していたところ,その発
症時期及び本件脳出血発症時の病期は,次のとおりである。
アもやもや病の発症時期について
もやもや病は,多くの場合,幼少期に脳の成長に従い血流量を増加さ
せなければならない時期に内頚動脈が何らかの原因により狭窄するこ
とにより,血流量の増加が果たされないことによって発症するものであ
るから(証人K67頁,証人L49頁),原告のもやもや病も,幼少期
のころに発症していた可能性が高いといえるものの,成人型のもやもや
病の中には数年で急速に進行する例も存在し,また,もやもや病の発症
時期に関する正確な調査報告は存在しないことから(証人L49頁),
原告がもやもや病を発症した時期を明確に特定することは困難である。
もっとも,仮に原告のもやもや病が急速に進行する病態のものであった
としても,脳出血を発症するおそれがある段階に至るまでには数年を要
するとされていることから,最も遅い場合であっても,原告は,本件脳
出血を発症した平成14年9月13日よりも数年前に,もやもや病を発
症したと推認することができる(証人L49頁,弁論の全趣旨)。
イもやもや病の病期について
もやもや病は,もやもや血管の脳血管写による形態から,初期の第1
期から最後の第6期まで6段階に分類されるところ(6期相分類),そ
のうち第3期は,正常な前大脳動脈及び中大脳動脈が脱落し,後交通動
脈を介する後大脳動脈の描出が明瞭であることから,もやもや増勢期と
いわれ,脳出血の発症が最も多い時期とされている(乙B2,B6,証
人L)。本件脳出血発症時の原告のもやもや病は,前記第3期に該当す
るというのが医師の一致した意見であり,これは,脳出血の発症が最も
多い時期であるとの前記臨床結果とも合致するものであり,原告の病期
は第3期であったと考えられる。(甲21,乙B3,B6,証人K,証
人L)
(3)原告の嗜好・趣味等,既往病歴
原告は,本件脳出血の発症当時,ジョギングをほぼ毎日約30分間行っ
ており,喫煙癖はなく,飲酒は時々する程度であり,既往病歴は,脳・心
臓疾患を含め一切有していなかった。(乙A1の48頁以下)
4もやもや病の病態,脳出血の発症機序等
前記争いのない事実等のほか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次
の事実が認められる。
(1)もやもや病の病態について
アもやもや病は,前記のとおり,脳内にある内頚動脈の末梢が狭窄ない
し閉塞することによって生じた脳内の血流不足を補うために,穿通枝動
脈がやむを得ず網状に発達・拡張する疾患のことをいうが,もやもや病
には,脳出血,脳虚血症状及びてんかん等を発症する症候性のものと,
何らの症状も呈しない無症候性のものがある。原告の罹患していたもや
もや病は,本件脳出血を発症する以前は前記各症状をいずれも呈してい
なかったことから,無症候性のものであったと認められる。(甲8,乙
B2,証人K,弁論の全趣旨)
イもやもや病に罹患した場合,無症候性のものであっても,経過中に虚
血性,出血性を問わず脳卒中発作を生じやすいことが指摘されており,
脳出血の発症リスクは約1.38%(脳卒中の年間発症率である3.2%
のうち脳出血を呈したものの割合を乗じた値)であり,同割合は,未破
裂脳動脈瘤患者の脳出血発症リスク(約0.6%)の2.3倍,脳動脈
瘤患者の同リスク(約1%)のおよそ1.4倍であるとの報告が存在す
ることから,もやもや病は,症候性か無症候性かを問わず,脳出血の発
症リスクは有意に高率であると認められる。(乙B2,証人K43頁以
下,証人L9頁以下,弁論の全趣旨)
ウ無症候性であったもやもや病が症候性に転換する好発年齢は,5歳を
中心とする若年型と,30歳代を中心とする成人型とに分類されるとこ
ろ(甲8添付の文献2の213頁,乙B2,証人K,証人L),原告が
本件脳出血を発症したのは42歳の時であり,後者の成人型に含まれる
ものである。
エもやもや病による病変の発症形態としては,若年型では虚血性が多
く,成人型では出血性が多いことが疫学的事実として報告されていると
ころ,そのような相違が生じる原因は,若年型では,幼児期の脳の成長
に血液の供給路が対応できず,脳虚血状態が生ずることによってもやも
や血管が形成され,他方,成人型では,幼児期に形成されたもやもや血
管が長年の自然的経過をたどって脆弱化し,もやもや血管が破綻しやす
い状態になっていることにあると考えられている。(乙B2,証人K,
証人L,弁論の全趣旨)
(2)もやもや血管の脆弱性について
アもやもや血管は,本来的に細く脳出血の好発部位とされている穿通枝
が,脳動脈の狭窄ないし閉塞により不足する血流を補うためにやむを得
ず網状に発達・拡張したものであるため,もやもや血管は,正常な血管
に比して血行力学的負荷(直接的には血圧による負荷)による影響を受
けやすい状態にあって,本来的な脆弱性を有しており,長年の時間的経
過の中で主として血行力学的負荷の影響により脆弱化が進んでいるも
のと推測されている(証人L44頁以下)。このことは,無症候性のも
やもや病においても,脳出血の危険因子とされる微小脳出血が健常人よ
りも有意に多く起こっており(甲21,証人K52頁以下),もやもや
血管の一部には,内弾性板の断裂や,類繊維素変性(血圧による血管壁
への負荷が高い状態が続くことによって,脳血管壁に存在する中膜筋層
が有する血流量の自動調整能(血圧の多寡に応じて血流量を調整する機
能)が失われ,これにより血管壁の筋細胞が破壊されるなどして内弾性
板に断裂が起こり,血管壁が正常な構造を失ってもろくなり破綻しやす
くなった状態)などの病的変化が起きていることが確認された例が報告
されていることによっても,裏付けられている。なお,血行力学的負荷
によってもやもや血管が脆弱化することを想定した場合,もやもや血管
の血管壁の脆弱化は,数か月単位で進行すると解するのが医師の共通し
た見解である。(甲8,21,乙B2,3,6,証人K,証人L,弁論
の全趣旨)
イこの点につき,医師であるKは,もやもや血管の内弾性板が正常であ
る以上,同血管は,構造的に脆弱であるとは必ずしもいうことができず,
公務の過重により良質の睡眠が取れないなど同血管の脆弱化を促進す
る要因がなければ破綻することはない旨証言する(証人K)。
しかしながら,証拠(甲8,21,乙B2,3,6,証人K,証人L)
及び弁論の全趣旨によると,もやもや血管の内弾性板が正常な血管と同
様に健全な状態で存在するとの確たる臨床報告があるわけではなく,か
えって内弾性板の損傷したもやもや血管が確認された例があること,も
やもや血管の物理的な脆弱性については証人K自身も認めるところで
あること(証人K7頁),血流による血管壁への異常に高い負荷が持続
したというエピソードが明確に捕捉されていないケースにおいても,も
やもや血管から出血する例があることが窺われること,もやもや血管は
血流の自動調整能が十全に機能していないとの検査結果があること(証
人L43頁),もやもや血管は,本来的に細く脳出血の好発部位とされ
ている穿通枝が脳の血流不足を補うためにやむを得ず網状に発達・拡張
した異常な血管であり,正常な血管に比して血行力学的負荷による影響
を受けやすい状態にあって,本来的な脆弱性を有していることなどから
すると,時間的経過の中で血行力学的負荷の影響により脆弱化が進んで
いる状態にあると推認され,もやもや血管が正常な血管に比して脆弱性
を有していることは否定できないというべきである。したがって,前記
証言を直ちに採用することはできない。
(3)もやもや血管における脳出血の発症について
アもやもや病の自然経過による脳出血発症の場合
もやもや病罹患者について脳出血の発症率が,健常人と比べてはもと
より,未破裂動脈瘤患者と比べても有意に高率であるとはいえ,その発
症率は年間約1.38%であって,脳出血を発症しないで経過する者の
方が圧倒的に多数であり,もやもや血管の病期が脳出血の発症が最も多
発する3期に至ったからといって脳出血を常に発症するわけではない。
もやもや病罹患者で,脳出血を発症した者については,発症前に高血
圧などのリスクファクターを有していた場合が相対的に多いが,高血圧
であるからといって高確率で脳出血を発症するということが確認され
ているわけではなく,他方,高血圧という指摘を受けていなかった場合
でも,もやもや血管が破綻して出血する例があるほか(証人L48頁),
通常とは異なる血管への負荷の増大をきたすようなエピソードが何ら
窺えないような場合にも,もやもや血管が破綻して出血したと考えられ
る例も一定割合あり,もやもや病の自然的経過,すなわち日常生活に伴
う長年にわたる血管壁への通常の血流による血行力学的負荷の積み重
ねによってももやもや血管が破綻し得るものと考えられ,このことは,
前記若年型では虚血性が多く,他方,自然的経過によるもやもや血管の
脆弱化が進んでいると見られる成人型では出血型が多いという臨床報
告からも裏付けられるところである。(乙B6,証人K,証人L)
もっとも,前記は,通常の臨床事例からの分析であり,脳出血を発症
したもやもや病罹患者について,生活歴等の調査がされているわけでは
ないことから,もやもや病の自然的経過で脳出血を発症したと見られる
ケースについて,実際にも,通常とは異なる血管への負荷の増大をきた
すようなエピソードが他に何ら存在しないケースであったのかについ
ては,裏付けが得られているわけではない。(証人L43頁)
イ過重労働がもたらす身体への負荷による脳出血発症の場合
(ア)過重労働による肉体的・精神的負荷(ストレス)によって疲労が蓄
積すると,基礎疾患のない健康人であっても,これによって生体機能
が低下して,血圧上昇,心拍数の増加,不眠,疲労感などの生理的な
反応を引き起こし,また,長時間労働により睡眠が十分に取れず疲労
の回復が困難になると,疲労が蓄積して血圧の上昇等が生じ,これら
の要因が血管病変等を発症させることがあるというのは,明らかな臨
床結果であるところ(乙A14の89頁以下),血管病変等の基礎疾
患を有する者については,通常の勤務には何ら支障なく耐えられる健
康状態であったとしても,長時間労働により基礎疾患をその自然的経
過を超えて増悪化する蓋然性があることは当然のことであり,もやも
や病罹患者についても,基礎疾患のない健康人であっても血管病変等
を発症させる程度の過重な労働を強いられた場合,もやもや病の自然
的経過のみでは脳出血を発症しなかったとしても,過重労働による肉
体的・精神的負荷が加わったことによって,自然的経過を超えてもや
もや血管の脆弱化を促進するなどして疾患を増悪化させ,脳出血を引
き起こすに至ることがあると考えられ,また,自然的経過によっても,
いずれ時間が経過すれば脳出血の発症に至るおそれが相当程度あった
としても,過重労働により自然的経過を超えて早期に脳出血を引き起
こすということもあるものと考えられる。
(イ)なお,肉体的・精神的負荷(ストレス)により良質の睡眠が確保で
きず,これにより夜間の睡眠時に血圧を低下させて血管壁の修復を図
るという防御作用が機能せず,血行力学的負荷が血管壁に絶えずかか
ることにより血管壁の類繊維素変性が進行するという医師の見解が存
在するところ(証人K13頁),そうしたメカニズムの説明が妥当で
あるかは疑問も指摘されているが(証人L45頁以下),過重な労働
による肉体的・精神的負荷により脳出血の発症に至ることがあること
には変わりがないことからすれば,本件脳出血が公務に起因したもの
といえるかについては,血管病変等を生じ得るほどの過重労働があっ
たかが重要であり,その見地から検討を加えれば足りるものと思料す
る。
(4)高血圧との相乗作用について
高血圧は脳血管疾患の最大のリスクファクターとされ,血圧値,特に拡
張期血圧と脳血管疾患発症の相対危険度の間には,有意な相関関係がみら
れるとされているところ,原告は,軽症ないし中等症の高血圧であって,
少なくとも動脈硬化性変化の初期にあったことから,もやもや血管に動脈
硬化性変化が加わった病的な状態にあったと認められ,これにより脳出血
の危険性は増大していたとは考えられるけれども,高血圧自体は重いとは
いえず,また,もやもや病罹患者で高血圧を併発している場合に,脳出血
の発症可能性が高まるとはいえても,高確率で発症する蓋然性があるとい
う臨床的知見があるわけではなく,原告はそれまで何らもやもや病に起因
した症状を訴えていなかったことなどからすると,原告は,もやもや病及
び高血圧という基礎疾患を有していたものの,長期間に及ぶ過重労働とい
う負担がなければ,通常の勤務には支障なく耐えられるだけの心身の状態
にあったと推認され,過重労働という負担を抜きにして,それら基礎疾患
の自然的経過によって脳出血を発症する寸前にまでもやもや病及び高血
圧による血管病変が増悪化していたとは,本件全証拠によっても,到底認
めがたいというべきである。
5本件脳出血の公務起因性
(1)基礎疾患がある場合の公務起因性の判断基準
ア地方公務員が罹患した疾病が,地方公務員災害補償法1条所定の「公
務上の災害」といえるためには,公務と当該疾病の発症との間に相当因
果関係のあることが必要であり,かつ,それをもって足りるというべき
ところ,当該公務員が当該疾病の発症の一因となりうる基礎疾患を有し
ていた場合,必ずしも当該疾病の発症について公務遂行が相対的に有力
な原因となっていたことまでの必要はなく,基礎疾患を有する職員が,
公務の遂行に伴う高度の肉体的・精神的負荷により,病変である基礎疾
患を医学的経験則上の自然的経過を超えて増悪させ,当該疾病を発症さ
せるに至った場合には,公務と当該疾病との間に相当因果関係の存在を
肯定することができることになると解される(最高裁平成18年3月3
日第二小法廷判決参照)。
イところで,脳・心臓疾患の業務起因性に関する行政上の判断基準につ
いては,専門医師で構成された専門家会議によって検討され,厚生労働
省労働基準局長が行政通達の形で明示した「脳血管疾患及び虚血性心疾
患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」(平成13年
12月12日付け基発第1063号。以下「新認定基準」という。)が
存在する。新認定基準は,行政機関が公務災害の認定において準拠すべ
き内部通達であって,司法上の判断にあたっては必ずしもこれに拘束さ
れるものではないが,同基準の前身となった旧認定基準が昭和62年に
設定されて以降(昭和62年10月26日付け基発第620号),旧認
定基準に従った業務外認定を取り消す裁判例が相次いだことなどを受
けて,平成7年(同年2月1日付け基発第38号),平成8年(同年1
月22日付け基発第30号)及び平成13年と業務起因性の判断を緩和
する方向での改正が行われ,しかも新認定基準が前記のとおり専門の医
師で構成された専門家会議を経て策定されているなどの経緯に鑑みる
と,同基準は,司法上の判断にあたっても一定程度の有用性を有するも
のであり,新認定基準に示された公務の過重性が認められる場合には,
脳・心臓疾患の公務起因性が推定されるというべきである。
(2)本件について
ア新認定基準が有用性を有することは前記のとおりであるところ,同基
準によると,脳・心臓疾患の発症前6か月間の時間外労働を見て,発症
前1か月間におおむね100時間又は発症前2か月間ないし6か月間
にわたって1か月当たりおおむね80時間を超える時間外労働が認め
られる場合は,当該疾患と業務との関連性は強いとされている。しかる
に,原告は,本件脳出血の発症前6か月間において,控え目に見ても,
別紙2(添付省略)の労働時間表のとおり,①発症前1か月は86時間
10分,②発症前2か月は97時間10分,③発症前3か月は114時
間35分,④発症前4か月は101時間00分,⑤発症前5か月は81
時間25分,⑥発症前6か月は72時間05分の時間外労働をそれぞれ
行っており,公務の量的過重性が明らかに認められるだけでなく,原告
は,学級担任及び陸上部の部活指導に加え,生徒指導主事をはじめ多数
の職務を担当していたものであり,公務の質的過重性という面からもそ
の肉体的・精神的負荷は相当に重いものがあったと認められ,原告が従
事していた前記公務と本件脳出血の関連性は,前記基準からしても非常
に強いものがあると認められる。
イしかして,原告は,前記のとおり長期間にわたって多忙な公務に従事
していたところ,平成14年3月から4月にかけての春休みの前後のこ
ろには,進路指導主事の業務がピークであったことに加え,時間割表作
成業務などが加わり,春休み期間中でありながら,労働時間が長くなっ
ていたばかりでなく,精神的負荷が強い状態が継続し,新年度になって
からは,担任する学級が新1年生に変わり,生徒指導主事など校務分掌
の変化も加わって,新学期の始まりとともに,夏休み前まで,教科指導,
学級事務,学校事務のいずれとも繁忙期を迎え,時間外労働時間が非常
に多くなり,1か月の時間外労働時間が100時間を超える月が2か月
(1か月の時間外労働時間が80時間を超える月は3か月)続き,肉体
的にも精神的にも多大な疲労が蓄積していたと推認され,さらに,夏休
みを迎え,本来であれば職務が比較的閑散になり,教材研究等にも時間
をかけられる時期であるはずが,陸上部の部活指導及び地域クラブ活動
がピークを迎え,夏の暑い時期に長い休みも取ることができないまま,
連日にわたって練習の指導にあたったほか,指導者として生徒を引率し
て多くの大会に参加させ,周囲の期待に応えるべく精力的に取り組んで
いたものであり,また,夏休みの後半ころからは部活動終了後,学校祭
の準備にもあたっていたものであり,結局,夏休みの時期においても1
か月90時間を超える時間外労働をしていたものであって,9月になっ
てからは,新学期に入り,多忙な日々の中,9月13日及び14日の2
日間にわたって開催される学校祭の準備の仕上げに入り,9月12日に
は学校に泊まり込んで夜警に従事し,良質な睡眠がとれない状態であり
ながら,9月13日の学校祭の1日目には,ユニホック競技の模範試合
に選手として参加したものであった。そして,公立中学校の教育職員の
職務は,職務の遂行において自主性,自発性,創造性の発揮が求められ
ており,裁量的性格が強いとはいえ,そのことは労働の質や量を軽くす
るものではなく,生徒の指導育成に対する社会的使命の重さから,かえ
って精神的負荷を高める要素が非常に強いといえる上,教科指導以外に,
多種多様な学校事務等を担当することで,ただでさえ執務時間内にすべ
ての職務を遂行することが困難な中,更に勤務時間外にわたる部活指導
をも担当することで,労働時間は不可避的に長時間に及ぶことにならざ
るを得ない面があり,とりわけ夏休みには部活指導は大会への参加の時
期となることから指導者にかかる肉体的・精神的負荷は高まり,夏休み
であっても精神的緊張が解けない日々が続くものであり,原告のように
部活指導(とりわけ3年連続の全国大会への出場が期待されるような有
力校にあってはなおさらというべきである。)を担う教育職員にとって
は夏休みだからといって職務が閑散になるようなことはなかったもの
である。このような一連の経過からすれば,原告は,少なくとも本件脳
出血前6か月間の長時間労働の公務による負荷が長期間にわたって生
体に加わることによって疲労の蓄積が生じ,既に原告のもやもや病及び
高血圧による脳血管の病変をその自然的経過を超えて増悪させていた
ところに,ユニホック競技による急激な負荷が直接の引き金となって,
本件脳出血を発症させたものと認められるというべきである。そして,
原告の前記勤務状況に鑑みると,本件脳出血は,通常の勤務に耐え得る
程度の基礎疾病を有する平均的労働者を基準にしても,原告の従事して
いた公務に内在し随伴する危険が現実化したものと認めることができ,
本件脳出血と原告の従事した公務との間の相当因果関係は十分に肯定
し得るものである(本件脳出血前6か月間の労働時間が殊更異常であっ
たわけではないと考えられることからすると,原告は,E中学校におい
て恒常的に公務による長時間労働に従事していたと推認されるが,本件
脳出血前6か月間の労働からのみでも,本件脳出血の発症に関し相当因
果関係を認めるに十分である。)。
ウもっとも,原告は,高血圧及びもやもや病の基礎疾患(以下「本件リ
スクファクター」という。)を有していたところ(前記3参照),新認定
基準によると,本件脳出血の発症当時,本件リスクファクターを有する
原告に脳出血が起こる可能性は中等程度とされており,このことからす
ると,これらの疾患が本件脳出血の発症に一定程度寄与していた可能性
を否定することはできない。しかしながら,本件脳出血発症前の原告の
長時間労働の実態などからすると,基礎疾患を有しない健常人において
も脳・心臓疾患を発症する蓋然性が極めて高いといえる程度の肉体的・
精神的負荷を過重な公務によって受けていたことが明らかである一方,
原告は,本件リスクファクターを有していたとはいえ,通常の勤務には
耐えられるだけの心身の状態にあったと推認され,それらの基礎疾患の
自然的経過により脳出血を発症する寸前にまで増悪化していたとは考
えがたいことからすれば,過重な公務により原告が有していた本件リス
クファクターが自然的経過を超えて増悪化され,本件脳出血の発症に至
ったものと推認されるというべきである。
エ被告審査会及び被告の愛知県支部審査会(以下「被告審査会ら」とい
う。)の判断について
ところで,被告審査会らは,本件脳出血の公務起因性につき,要旨,
原告は本件脳出血発症前日から直前までの間,異常な出来事や突発的事
態に遭遇しておらず,また,原告は,本件脳出血の発症前1週間あるい
は1か月間において,ある程度の負荷のかかる公務に従事したことは認
められるが,本件脳出血を発症させるほどの質的又は量的に過重な職務
に従事したものとは認められないとした上,原告は先天性の血管異常で
脳出血を起こしやすいもやもや病に罹患しており,拡張期高血圧も認め
られるなど,本件脳出血を発症させる高度の蓋然性を有する素因を有し
ていたから,原告の従事した公務が前記基礎疾患をその自然的経過を超
えて増悪させたとはいえず,むしろ,前記素因が原告の基礎疾患を自然
的経過の中で増悪させ,本件脳出血を発症させたと判断している(甲2,
3)。
しかしながら,被告審査会らの前記判断は是認することができない。
その理由は,前記判示の理由のほか,次のとおりである。
(ア)被告審査会らは,原告が陸上部の指導時間のほとんどを椅子に座り
タイムを計測して過ごしており,午後6時30分には陸上部の指導を
終え,また,練習メニューはFが決めていたことなどから,前記陸上
部の指導により本件脳出血を発症する程度の疲労の蓄積は原告に認め
られないなどと判断しているが,前記のとおり,原告が多種多様な学
校事務等の公務を控えつつ2時間30分の長時間にわたり陸上部の指
導を行ったことは,それ自体精神的な疲労を生じさせるものであった
と推認できるし,また,陸上選手のタイムの計測はコンマ何秒単位の
もので,大会前の重要な練習については計測のミスは許されず,常に
精神の緊張を伴うものであったと解されること,原告はタイム計測だ
けを行っていたわけではなく,トラックのライン引きから始まり,F
と分担して練習メニューに従った練習を指導し,ロード練習時には自
転車で伴走し,ウォーミングアップやジョギング,クールダウンの運
動は生徒と一緒に行うことが多く,また,帰宅後においても駅伝の練
習で走るコースを自ら試走して実際の走行計画を立てたりするなど,
Fとは異なる視点から生徒の指導方法を考案していたことなどからす
ると,原告の部活指導の職務遂行について,Fが練習メニューを策定
していたことやタイム計測などの時間もかなりあったことをもって本
件脳出血を発症する程度の疲労の蓄積を生じさせるものでなかったと
いうのは,あまりに一面的な見方であり,とりわけ夏休み期間中は,
夏の暑い盛りに練習を指導したり,多くの大会に指導者として生徒を
引率したりしていたもので,部活指導の業務量はピークを迎える時期
であって,肉体的・精神的負荷には強いものがあったと推認される上,
部活指導終了後には,教材研究等を行ったりする必要があり,更に生
徒指導主事としての業務なども加わり,ただでさえ忙しい中,夏休み
の後半からは,部活指導終了後,学校祭の準備にもあたっていたこと
からすれば,疲労を一層蓄積させていたことは明らかというべきであ
る。
(イ)また,被告審査会らは,学校祭の準備は本件脳出血を発症させる程
度の疲労を蓄積させるものではないと判断しているが,学校祭の準備
は,日常の学校事務の中に解消されるものではなく,教材研究等の日々
の学校事務に加えて行わなければならなかったこと,原告は,陸上部
指導後の午後6時30分以降にしか学校祭の準備を行う時間を確保で
きなかったこと,とりわけ平成14年9月の新学期が明けてからは,
教科指導の公務が開始される中,同月13日の学校祭の開催を目前に
控え,原告はその準備の進捗状況に精神的なあせりを感じていたと推
測されることなどからすると,学校祭の準備が,原告の従事した他の
公務とあいまって本件脳出血を発症させる程度の疲労の蓄積に寄与し
たことは否定できないというべきであり,被告審査会らの前記判断は
到底採用することができない。
(ウ)次いで,被告審査会らは,原告が,発症前一週間に46時間程度,
発症前1か月間に100時間程度の時間外労働に従事したことを認定
しつつ,新認定基準によりながら,本件脳出血の公務起因性を否定し
ているが,新認定基準によると,同基準の定める長時間労働の基準に
より公務と当該疾患との関連性が強いと認められる場合,当該疾患が
明らかに公務以外の原因たる基礎疾患により発症したと認められるな
どの特段の事情がない限り,当該疾患の公務起因性は肯定するものと
されており,原告が従事したとされる前記時間外労働の程度は,前記
長時間労働の認定基準を優に超え,公務と本件脳出血との関連性は強
いと認められるにもかかわらず,被告審査会らは,前記特段の事情を
明確に認定することなく,本件脳出血の公務起因性を否定しており,
かかる判断は,合理性があるとはいえない。被告審査会らは,労働時
間が長時間であるとしても,部活指導については労働密度が低く,と
りわけ,夏休み期間中は,職務が閑散になる時期であり,休養を十分
に取り得たと考えたもののようであるが,そうした見方が失当である
ことは,既に述べたとおりである。
(エ)さらに,被告審査会らは,原告が本件脳出血の発症前日に従事した
夜勤の際,7時間にわたる十分な睡眠が確保されたなどと判断してい
るが,前記のとおり,原告は前記夜警の際,深夜の巡視も行っている
ほか,精神的な緊張を保ったまま,不審者の侵入を防ぐ意味もあって
校長室のソファで電灯を点けたまま就寝しており,良質な睡眠を取る
ことができなかったものと認められるから,被告審査会らの前記判断
を採用することはできない。
(オ)加えて,被告審査会らは,前記のとおり,原告が本件脳出血発症前
日から直前までの間に異常な出来事や突発的事態に遭遇していないこ
とを本件脳出血の公務起因性を否定する一つの理由としているが,脳
出血を生ずるには必ずしも異常な出来事や突発的な事態に遭遇しなけ
ればならないものではなく,かえって,前記のとおり,原告の従事し
ていた公務にはたとえ基礎疾患を有しない健康人であっても脳出血を
発症させるおそれのある程度の質的及び量的な過重性が顕著に認めら
れ,それ以上に異常な出来事や突発的な事態がなければ本件脳出血が
発症しないというものではないことや,本件脳出血発症の直接的な引
き金となったユニホック競技の模範試合はそれ自体急激な肉体的負荷
を生じるものであり,それまでの長期間に及ぶ過重な公務による負荷
の継続とあいまって本件脳出血を発症したと考えるのが,自然な見方
であることなどに鑑みると,被告審査会らの前記判断過程を採用する
ことはできない。
(カ)以上より,被告審査会らの前記判断にかかわらず,当裁判所は,本件
脳出血には公務起因性が認められるものと判断する。
第4結論
以上によれば,本件脳出血に公務起因性が認められるから,これを公務外
の災害と認定した本件処分は違法であり,取消しを免れない。よって,原告
の請求には理由があるからこれを認容し,訴訟費用の負担については行政事
件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官田近年則
裁判官鈴木輝子
裁判官遠藤俊郎は,転補につき,署名押印することができない。
裁判長裁判官田近年則

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