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虚偽有印公文書作成・同行使,犯人隠避被告事件
平成29年3月27日宣告東京地方裁判所刑事第8部
主文
被告人を懲役2年6月に処する。
この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
押収してある供述調書(乙)2通(平成29年押第15号の1及び2)
の各虚偽作成部分を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,麻薬取締官であり,関東信越厚生局麻薬取締部a分室情報官として麻
薬事件等の捜査に従事していたものであるが,
第1平成28年1月29日頃,横浜市b区cd丁目e番地a第二合同庁舎2階厚
生労働省関東信越厚生局麻薬取締部a分室において,行使の目的で,真実
は,同日にAをa分室において取り調べた事実はないのに,供述調書用紙を
使用し,同日付けで,同分室においてAの取調べを行い,被疑者Bに対する
覚せい剤取締法違反に関する供述を録取したものとして記載し,同用紙の供
述人署名欄に「A」と記載し,その横に「A’(Aの氏)」と刻した印鑑を
押すなどした上,同用紙末尾に自己の官職氏名を記載し,その横に「C(被
告人の氏)」と刻した印鑑を押すなどして,Aが供述人として署名押印した
とする内容虚偽の供述調書1通を作成し,もってその職務に関し虚偽の公文
書を作成し,同年3月1日,同区fg番地h裁判所において,同裁判所裁判
官Dに対し,情を知らないa分室麻薬取締官を介して,上記内容虚偽の公文
書を真正に成立したもののように装い提出して行使し,
第2同年4月頃,a分室において,行使の目的で,真実は,その日にAをa分室
において取り調べた事実はないのに,供述調書用紙を使用し,同月18日付
けで,a分室においてAの取調べを行い,被疑者Eに対する覚せい剤取締法
違反に関する供述を録取したものとして記載し,同用紙の供述人署名欄に
「A」と記載し,その横に「A’」と刻した印鑑を押すなどした上,同用紙
末尾に自己の官職氏名を記載し,その横に「C」と刻した印鑑を押すなどし
て,Aが供述人として署名押印したとする内容虚偽の供述調書1通を作成
し,もってその職務に関し虚偽の公文書を作成し,同月28日,h裁判所に
おいて,同裁判所裁判官Fに対し,情を知らないa分室麻薬取締官を介し
て,上記内容虚偽の公文書を真正に成立したもののように装い提出して行使
し,
第3Aが覚せい剤の密輸入に関与するなどしている事実を知りつつAから情報を
得ていたところ,Aが氏名不詳者らと共謀の上,営利の目的で,みだりに,
同年8月6日(現地時間),中華人民共和国香港から覚せい剤を隠し入れた
航空小口急送貨物1個を本邦宛てに発送し,同月10日,覚せい剤を本邦に
輸入するとともに,同日,東京税関職員による検査を受けさせ,関税法上の
輸入してはならない貨物である覚せい剤を輸入しようとしたが,同職員に発
見されたため,その目的を遂げなかった際,同月12日,横浜市内又はその
周辺において,Aが捜査機関の追尾を受け上記貨物の受取現場付近に遺留し
た車両についての確認をAから依頼されて確認しに行き,当該車両が現場に
無いとの確認結果をAに伝え,さらに,同月15日,同市内において,Aに
対し,警察による捜査が行われている可能性があり,もし上記貨物の中身が
覚せい剤であれば被告人自らもAを逮捕することになる旨告げるなどしてA
に逃走の意思を固めさせ,もって罰金以上の刑に当たる罪を犯した者を隠避
させた。
(事実認定の補足説明)
判示第3の事実につき,被告人は,自身の言動がAの逃走の決め手になったとは
思えず,「隠避」させたことになるのか分からないと述べ,これを受けて弁護人は,
被告人の行為がAに逃走の意思を固めさせたとはいえず,「隠避」させたとは評価
できないから,被告人は無罪である旨主張するので,この点について補足して説明
する。
1証拠によれば,次の事実が容易に認められる。
⑴判示第3記載の覚せい剤密輸(以下「本件密輸」という。)については,東
京税関職員が同記載の貨物(以下「本件貨物」という。)中に覚せい剤が隠
匿されていることを発見し,その連絡を受けた警視庁が本件貨物の中身を入
れ替えた上でいわゆるクリーン・コントロールド・デリバリー捜査を実施し,
平成28年8月12日午後1時29分頃,横浜市内の本件貨物配送先におい
て本件貨物を受け取ったAを逮捕しようとしたが,Aが乗り込んだ自動車
(以下「本件車両」という。)に向かって走って追いかけてくる男性に気付
いて本件貨物を積んだまま本件車両を乗り捨てて逃走したため,Aを逮捕す
るに至らなかった。
⑵被告人は,かねてから麻薬取締官としてAと接触し,Aより台湾からの覚せ
い剤密輸等に関する情報を得ていたところ,Aから携帯電話で,同日午前9
時台に,本件密輸に関してA自身が横浜市内で荷物を受け取る予定である旨
聞かされ,同日午後1時台に3度にわたり,本件貨物受取り前の様子や逃走
している状況の連絡を受けた。その後,被告人は,同日午後5時台に,追っ
てきた前記男性が警察官なのか確証を得られなかったAから携帯電話で本件
車両が乗り捨てた場所に残されているか確認するよう依頼されてこれに応じ,
同日午後9時台に同所に本件車両がないことを確認した上でAに対し携帯電
話でその旨伝えた。そして,被告人は,同日午後10時頃,横浜市内の飲食
店でAと会い,Aに対し,本件車両を追いかけてきた前記男性はコントロー
ルド・デリバリー捜査をしていた捜査員かもしれないが敷地内への無断立入
に怒った地主かもしれないことや,放置車両扱いであればレッカー移動され
ている可能性もあるから管轄の警察署に聞いてみてはどうかなどと話した。
また,被告人は,同月15日,Aの求めに応じて,上記飲食店で再びAと会
って同月12日に前記男性から追いかけられたことについて話合いをし,警
察によるコントロールド・デリバリー捜査であったかどうかの結論は出なか
ったが,その可能性がある旨伝え,本件貨物の中身についてはぐらかすAに
対し,その中身が覚せい剤であれば被告人自身もAを逮捕することになる旨
告げた。
⑶Aは,同月12日夜及び翌13日には知人から携帯電話2台を入手して同日
頃からその1つを被告人等との連絡用携帯電話として使用するようになり,
同月15日以降,従前被告人や薬物関係者との連絡に用いていた携帯電話を
投棄したほか,同月12日以降,交際相手と住んでいた横須賀市内のマンス
リーマンションを離れ,横浜市内のホテルを転々とし,同月中旬に予定して
いた横須賀市内の新居への引っ越しもせず,同月15日には,上記マンスリ
ーマンションを解約して,同月17日,東京都足立区iのアパートを偽名で
契約して転居した。
2「隠避」とは,蔵匿以外の方法により官憲の発見・逮捕を妨げる一切の行為
をいうところ,前記1で認定した事実によれば,Aは,同月12日,本件車
両が遺留現場に残っていなければ警察がこれを本件密輸捜査の一環として押
収した可能性があると認識していたと認められ,逮捕をおそれるAの代わり
に被告人が本件車両の遺留状況を確認してこれがなくなっていることを伝え
ることは,Aに対し,自身が警察の捜査対象となっている可能性が高いこと
を認識させる行為といえる。また,同月15日の時点でも,Aは自身が警察
の捜査対象となっているとの確証までは得られない状況であったところ,麻
薬取締官である被告人が,Aに対し,警察による捜査が行われている可能性
があり,本件貨物の中身が覚せい剤であれば被告人自身もAを逮捕すること
になる旨告げることは,Aに自身が逮捕される現実的危険が迫っているとの
危機感を覚えさせ,逃走を決意させるに足りる行為といえる。そしてAは,
同月15日に被告人と会う前からその所在を把握されないよう努めていたが,
同日被告人と会った後には,従前被告人や薬物関係者との連絡に用いていた
携帯電話を処分し,横浜市周辺を離れて東京都足立区内に偽名でアパートを
借りて居住するなどして,それまで以上に具体的,実効的な罪証隠滅行為や
逃走行為に及んでいること,これらに加えて,A自身,同日に被告人と話し
ていよいよ逃げなければならないと思った旨述べていることなども併せ考慮
すれば,Aは,被告人の同月12日及び同月15日の上記言動を受け,この
ままでは自身が警察に逮捕されてしまうと思い,居住地を離れて逃走する意
思を固めたものと認められる。
このようにAの逃走の意思を固めた被告人の前記行為は,まさに蔵匿以外の
方法により官憲の発見・逮捕を妨げるものであって「隠避」に当たるという
べきである。
3よって,被告人に判示第3の犯人隠避罪が成立すると判断した。
(量刑の理由)
本件は,麻薬取締官であった被告人が,捜査協力者に事情聴取した事実がないの
にこれをした旨の供述調書2通を作成して裁判官に提出したという虚偽有印公文書
作成・同行使2件及び覚せい剤密輸の嫌疑で捜査対象となった上記捜査協力者へ助
言をして逃走の意思を固めさせたという犯人隠避1件の事案である。
まず虚偽有印公文書作成・同行使についてみると,被告人は,麻薬取締官として
公平誠実に法令を遵守して捜査を行うべき立場にあったにもかかわらず,その権限
を濫用して内容虚偽の供述調書を作成した上,これを令状請求の疎明資料として提
出し,裁判官から令状の発付を受けたのであって,現に公文書の信用が損なわれた
のみならず,憲法の定める令状主義がないがしろにされた点で極めて悪質であり,
刑事司法への信頼を害し,社会的影響が非常に大きかったことも看過できない。よ
り確実に令状の発付を得ようとした動機については,薬物事件の検挙実績を挙げる
プレッシャーがあったとしても,酌量の余地は全くない。なお,弁護人は,各供述
調書の記載内容の主要部分は,被告人が実際に捜査協力者から聴取した内容と同じ
であったと主張するが,供述調書はその体裁上,供述者が現に供述し,その確認を
経たものを記録するのが大前提となっているのだから,弁護人の主張は上記各犯行
の違法性の程度にさして影響しないというべきである。また,犯人隠避は,覚せい
剤密輸に関与した疑いのあった前記捜査協力者につき麻薬取締官として警察とも連
携して捜査すべき立場にありながら,その立場を悪用し,前記捜査協力者に情報を
提供したり捜査の見立てを伝えたりするなどして,その逃走を手助けする結果を生
じさせたものであり,捜査を妨害し,刑事司法への信頼を損なう悪質な犯行といわ
ざるを得ない。そうすると,被告人の刑事責任には重いものがある。
一方,被告人には前科前歴がなく,虚偽有印公文書作成・同行使については事実
を認めて反省の弁を述べたこと,職場の元上司及び被告人の妻が被告人の更生への
助力を申し出ていること等酌むべき事情も認められる。
そこで,前記の犯情に見合う行為責任を踏まえ,被告人に有利な事情をも考慮し
た上で,被告人に対しては,主文の刑を科した上,その刑の執行を猶予することと
した。
(求刑:懲役2年6月,主文記載の没収)
平成29年3月27日
東京地方裁判所刑事第8部裁判長裁判官駒田秀和,裁判官寺尾亮,裁判官岸田朋

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