弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件控訴をいずれも棄却する。
2控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人らに対し,それぞれ1万円及びこれに対する控訴人A,同
B及び同Cについては平成27年11月28日から,その余の控訴人らについて
は平成27年6月17日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,控訴人らが,全国紙の新聞社である被控訴人に対し,被控訴人が,①
自ら発刊する朝日新聞の13回にわたる記事において旧日本軍が若い女性を「従
軍慰安婦」として戦場に強制連行し性奴隷として従事させたという虚報を掲載し
たことにより,②その後上記各記事が誤報であると認識したにもかかわらず,こ
れを訂正することなく放置したことにより,日本国及び日本国民の国際的評価は
著しく低下し,日本国民である控訴人らの国民的人格権・名誉権が著しく侵害さ
れた,③上記のとおり,真実報道義務に反して一連の報道を行ったことにより,
また一連の報道が誤りであるとして訂正する義務を負っているにもかかわらず,
これを果たさなかったことにより,日本国民である控訴人らの知る権利が害され
たとして,民法723条に基づき謝罪広告の掲載を求めるとともに,民法709
条に基づき,これらによって控訴人らが被った損害に対する慰謝料として1人当
たり1万円及びこれに対する不法行為の後の日である訴状送達の日の翌日から
支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案で
ある。
原審は,控訴人らの請求をいずれも棄却する判決をしたので,控訴人らが控訴
に及んだ。なお,不服申立ての範囲は,慰謝料請求を棄却した部分に限定されて
おり,謝罪広告の掲載請求を棄却した部分については控訴されていない。
2前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲証拠又は弁論の全趣旨により明
らかに認めることができる。
⑴控訴人らのうち大多数の者は日本国籍を有し日本国内に居住する自然人で
あるが,うち数人は日本国外に居住している。
⑵被控訴人は,発行部数約700万部の日刊の全国紙「朝日新聞」を発行する
新聞社である。
⑶被控訴人は,昭和57年9月2日から平成6年1月25日までの間に,合計
13回,原判決添付の別紙「記事目録」1ないし13記載の各年月日発行の新
聞の紙面に,同記載の各記事(以下「本件記事1」などといい,総称する場合
には「本件各記事」という。)を掲載した。
⑷被控訴人は,平成26年8月5日,朝日新聞朝刊において,本件記事1ない
し12に掲載された慰安婦の強制連行に関する「済州島で慰安婦を強制連行し
たとする」亡X氏の証言(以下「X証言」という。)は虚偽であると判断し,記
事を取り消す旨を掲載するとともに,同年12月23日,朝日新聞朝刊におい
て,本件記事13について「慰安婦」とは別のものである「女子挺身隊」を慰
安婦を指す言葉と混同して誤用したこと,同記事で証言した女性はだまされて
慰安婦とされたのであり「連行」された事実はないことを認め,「女子挺身隊の
名で戦場に連行され」とした部分は誤りとして,おわびして訂正する旨を掲載
した(乙1,5)。
⑸控訴人A,同B及び同Cは,平成27年3月25日に訴えを提起し,訴状は
同年11月27日に被控訴人に送達された。その余の控訴人らは,同年1月2
6日に訴えを提起し,訴状は同年6月16日に被控訴人に送達された。
3争点
⑴控訴人らに対する権利侵害の有無
ア国民的人格権・名誉権の侵害の有無
本件各記事を掲載した点について
本件各記事を訂正しなかった点について
イ知る権利の侵害の有無
⑵故意・過失の有無
⑶損害及び因果関係
⑷除斥期間の適用の有無
4争点に関する当事者の主張
⑴控訴人らに対する権利侵害の有無
ア国民的人格権・名誉権の侵害の有無
本件各記事を掲載した点について
【控訴人らの主張】
本件記事1ないし12は,旧日本軍が朝鮮半島等において多くの女性
を慰安婦として強制連行したというX証言を,何ら裏付け取材すること
なく報道してきたものであり,また,「女子挺身隊」とは,国家総動員体
制のもとで軍需工場などに動員された女学生達のことで慰安婦とは全
くの別物であるのに,本件記事13は,「女子挺身隊」と「慰安婦」を混
同したものである。これらの虚報は多くの海外メディアにより転電され,
これにより,第二次世界大戦時の日本軍は,アジア各国において多くの
女性を強制連行し,性奴隷として扱った等と世界各国に誤解されること
となり,旧日本軍将兵らはもとより,控訴人らを含む日本国民は,筆舌
に尽くし難い屈辱を現在でも受けている。これにより,日本国民である
控訴人らの国民的人格権・名誉権は著しく毀損された。
本件各記事は,本件各記事によって従軍慰安婦問題が周知されたこ
と,その内容が従軍慰安婦に関するエピソードを詳細かつ具体的に記
述し読み手に従軍慰安婦問題が存在したことを信用させる内容である
ことからして,事実の摘示をする記事であることは明らかである。
集団的名誉毀損については,原則として構成員は不法行為の対象と
ならないとされているが,その集団を構成する個々人の人格的尊厳と
密接に結び付き,その中核を形成しているアイデンティティに関わる
事実が虚偽の報道によって不当に貶められたり,誤った風評となって
個々の生活に具体的な損害を生じさせたような場合には,不法行為責
任を免責する理由はない。被控訴人は,本件各記事の掲載とこれを訂正
することなく放置することによって,慰安婦問題に関する誤解と偏見
に基づく国際世論を形成,定着させ,日本人は,20万人以上の朝鮮人
女性を組織的に強制連行して性奴隷として酷使する20世紀最大級の
残虐な人権侵害を行い,しかもこれを認めず,度重なる国際世論からの
勧告にも従わず,被害者に対する補償も,関係者の処罰も,歴史教育も
行わない無責任な民族ないし人種であるという不名誉極まりない烙印
を押されるに至った。この烙印が日本人としてのアイデンティティを
自らの人格的生存の中核においてきた控訴人らの尊厳を傷つけ,国際
社会における客観的評価を低下せしめてきたのであるから,被控訴人
は,控訴人ら個々人の社会から受ける客観的評価を低下させ国民的人
格権・名誉権を侵害したものとして,控訴人らに対し,不法行為責任を
負う。
【被控訴人の主張】
否認ないし争う。
本件各記事によって控訴人らの社会的評価は低下したとはいえず,控
訴人らの名誉は毀損されていない。
朝日新聞の本件各記事は,控訴人らが慰安婦を強制連行したとしたも
のではないし,本件各記事は,慰安婦を強制連行したとのX証言を紹介
したものであり,あるいは慰安婦が女子挺身隊員の名で動員されたかの
印象を与えるものであるとしても,現在から70年以上も前の戦時下の
事実についての報道であり,これによって現在の日本国民一般の社会的
評価が低下するとはいえないし,いわんや控訴人ら個々人の社会的評価
が低下するとは到底いえない。
本件各記事を訂正しなかった点について
【控訴人らの主張】
新聞社は,新聞記事に誤報があったと発覚したときには,その誤報を
訂正する義務を負うべきものである。被控訴人が加盟する一般社団法人
日本新聞協会の新聞倫理綱領には,「報道を誤ったときはすみやかに訂
正し,正当な理由もなく相手の名誉を傷つけたと判断したときは,反論
の機会を提供するなど,適切な措置を講じる。」と定められている。
産経新聞は,平成4年4月30日,X証言を疑問視する記事を掲載し,
その後,それに呼応する形で週刊誌などもX証言が創作である旨報じる
ようになっていた。また,被控訴人は,平成26年8月の検証記事にお
いて,平成5年以降,慰安婦と挺身隊を混同しないよう努めてきたなど
と報道している。すなわち,被控訴人は,平成5年1月当時には,慰安
婦と挺身隊の混同を認識していたのである。
したがって,被控訴人は,平成5年1月には,X証言を取り消し,挺
身隊と慰安婦の混同を訂正すべき義務を負っていた。にもかかわらず,
被控訴人は,上記誤報訂正義務を尽くすことなく放置し,これにより国
際社会における日本の客観的評価を低下せしめたのであり,この点につ
いて被控訴人には不法行為が成立する。
【被控訴人の主張】
被控訴人が一般社団法人日本新聞協会に加盟していること,同協会の
新聞倫理綱領の内容は認めるが,その余は否認又は争う。
X証言に関する報道について,被控訴人が個々の購読者や国民に対し,
法的に訂正義務を負うことはない。挺身隊と慰安婦の混同についての訂
正義務についても同様である。
イ知る権利の侵害の有無
【控訴人らの主張】
国民の知る権利は,民主主義の根幹であり,最も重要な権利の一つであ
る。今日の新聞等のマスメディアには,国民の知る権利を支え,権利の行
使を代行するという社会的役割が求められている。マスメディアの社会に
対する影響力が絶大であることから,ひとたび事実が報道されれば,その
事実は真実のものとして受け取られ流布されることとなる。したがって,
新聞等のマスメディアは真実を報道する義務を負い,仮に新聞等のマスメ
ディアが誤った報道をした場合にはできる限り早期に誤りを訂正する法
的義務が生じるというべきであり,これらの義務を果たさない場合には,
国民の知る権利を侵害するものとして違法である。
被控訴人は,発行部数700万部のマスメディアと呼ぶにふさわしい新
聞社であり,前記⑴アのとおり虚偽の報道を繰り返したことは,真
実報道義務に反し,国民の知る権利を侵害する。また,前記⑴記載の
とおり,遅くとも平成5年1月の時点でX証言を疑問視する記事が報じら
れ,被控訴人は,当然に同記事の存在を認識していたのであるから,その
時点でX証言にかかる報道が真実であるか否か検証する義務が生じてい
た。にもかかわらず,被控訴人が慰安婦報道に関する総括的な検証記事を
発表したのは平成9年3月31日になってからであり,その検証記事の内
容は,X証言の真偽は確認できないという不十分でかつ内容的にも誤った
ものであった。なお,前記⑴ア記載の慰安婦と挺身隊の混同記事につい
ては,その訂正義務を果たすことはなかった。
このように,被控訴人は,昭和57年9月2日以降,真実報道義務に反
して一連の報道を行ったことにより国民の知る権利を害し,遅くとも平成
5年1月の時点で,誤りを訂正する義務を負っていたにもかかわらず,平
成26年までこれを放置しており,同年の一部訂正後はその訂正義務を果
たさないことによっても,国民の知る権利を害している。
そして,本件各記事の悪質性,数十年にわたる対応の悪質性及び被害の
広汎性からして,国民一般の知る権利の侵害として特別に被控訴人の法的
責任が認められるべきである。
【被控訴人の主張】
否認ないし争う。
「国民の知る権利」が主張されることがあるが,これは国民が国政につ
いて知る自由が妨げられないという,主権者としての権利を指すものであ
る。また,報道機関はこの「国民の知る権利」に奉仕するものであると指
摘されることがあるが,これは報道機関の機能について述べるもので,報
道機関に対し国民に情報を提供する法的義務があるとするものでは全く
ない。したがって,報道機関が誤った報道をした場合に,国民に対し訂正
する法的義務があるとはいえない。
⑵故意・過失の有無
【控訴人らの主張】
被控訴人が掲載した本件各記事は,全くの裏付取材をしない虚構の報道
であり,ほとんど故意に近いというべきであり,少なくとも重過失があるこ
とは明らかである。
【被控訴人の主張】
否認ないし争う。
本件各記事の掲載が控訴人らの法的に保護されるべき権利を侵害する加
害行為とはいえないことから,故意・過失もない。
⑶損害及び因果関係
【控訴人らの主張】
朝日新聞の一連の虚報は,多くの海外メディアにより転電され,「日本軍
に組織的に強制連行された慰安婦」というねじ曲げられた歴史を国際社会に
広汎に拡散させ,戦後70年を経た現在も,わが国がことさら激しい故なき
非難を浴びる原因になっている。
国連人権委員会は,平成8年に「クマラスワミ報告」を採択したが,同報
告の中核となっているのは,日本軍が国家総動員法のもとで若い女性達を女
子挺身隊として強制連行し,性奴隷として働かせたという内容であり,本件
各記事の存在がその報告内容の根拠となっており,また,前記⑴の被控
訴人による誤報訂正義務が果たされていれば,同報告が国連人権委員会で採
択されることはなく,これを引き継いだ平成10年の国連マクドゥーガル報
告書が国連委員会に提出されることも,平成19年にアメリカ合衆国下院決
議121号が可決されることも,世界各地で慰安婦の碑や慰安婦像が設置さ
れることもなかったはずである。
なお,被控訴人は,1990年代米紙ニューヨークタイムズと提携してお
り,朝日新聞に掲載された本件各記事がニューヨークタイムズ等の海外マ
スメディアに引用ないし転載されることを被控訴人は容易に認識し得たの
であるから,ニューヨークタイムズ等に掲載された慰安婦問題に関する誤
報についても,被控訴人は共同不法行為責任を負うべきである。また,被控
訴人が朝日新聞の記事をニューヨークタイムズ社に配信又は提供するもの
ではないとしても,ニューヨークタイムズの記事が朝日新聞の記事に強い
影響を受けていることは周知の事実である。
以上の経緯を経て,日本国民は,世界各国から集団強姦犯人の子孫である
等と濡れ衣を着せられ,その結果,控訴人らを含む日本国民の国際的評価は
著しく低下した。被控訴人の控訴人らに対する上記権利侵害行為により控
訴人らが被った精神的苦痛に対する賠償として,被控訴人は,控訴人ら1人
に対して少なくとも各1万円の慰謝料を支払うべき義務がある。
【被控訴人の主張】
否認又は争う。
なお,前記クマラスワミ報告は,多数の被害者等の証言や資料に基づくも
のであり,本件各記事中のX証言を根拠としているものではなく,亡X氏の
著書「私の戦争犯罪朝鮮人強制連行」を根拠とするものである。前記国連
マクドゥーガル報告書が国連の委員会に提出されたことも,平成19年にア
メリカ合衆国下院決議121号が可決されたことも,慰安婦の碑や像が設置
されたことも,本件各記事によるとはいえない。
被控訴人とニューヨークタイムズ社との提携は,被控訴人がニューヨーク
タイムズ紙の記事を使用することができるというものであり,被控訴人がそ
の記事をニューヨークタイムズ社に配信又は提供するものではないから,ニ
ューヨークタイムズ紙への本件各記事の掲載により,被控訴人が同社と共同
不法行為責任を負うことはない。
⑷除斥期間の適用の有無
【控訴人らの主張】
被控訴人は,昭和57年以降,X証言及び挺身隊混同記事等一連の虚報を
発し続け,平成26年検証記事において同記事が虚偽であったと認め,取り
消した後も虚報を訂正する義務を怠っているのであり,被控訴人の控訴人
らに対する加害行為は現在も日々継続してなされているから,除斥期間の
経過は認められない。
また,本件に除斥期間を形式的に適用することは,著しく正義に反し,本
件における除斥期間の主張は権利濫用である。
したがって,本件は民法724条後段の場合に該当せず,除斥期間の適用
はない。
【被控訴人の主張】
被控訴人が控訴人らに対し名誉毀損等の加害行為を行ったことがないこ
とは,既に主張したとおりであり,加害行為が日々継続していることはない。
本件訴えが20年の除斥期間経過後に提起されたことは明らかである。不
法行為による請求権は,当事者の援用を要せずに除斥期間の経過により当然
に消滅するものであり,除斥期間に関する当事者の主張が権利濫用となる余
地は全くない。
5当審における控訴人らの新たな主張
⑴被控訴人は,本件各記事の虚報を日本語の本紙では取り消しているが,英語
版においては依然として報道を続けている。
すなわち,朝日新聞の英語版は平成28年1月に入ってから同年2月8日ま
でに慰安婦関連で14本の記事を書いているが,うち12本には強制売春の説
明が繰り返されている。すなわち,慰安婦の説明について,「forcedtoprovide
sex」という表現を常用することで,強制連行があったという印象を現在でも
海外でばらまき続けており,被控訴人のこのような行為が,海外における反日
活動を助長し,海外在住の日本人に多大なストレスを生じさせ続けている。在
外邦人は,身の危険を感じながらこれらの活動と闘い続けている。このような
在外邦人の被害と被控訴人の報道との間には相当因果関係がある。
⑵日本国外に居住している日本人の中には,朝日新聞の虚報により具体的な嫌
がらせを受けているものも少なくない。
例えば,控訴人Aは,オーストラリア在住の在外邦人であるが,その居住地
の近隣のストラスフィールド市の在オーストラリア韓国人が中心となって慰
安婦像設置運動が起きた際,控訴人Aが中心となって設置反対運動を行い設
置を止めることができたが,そのため,控訴人Aは,嫌がらせ電話を受けた
り,不審者が同人宅の近所に出没したため,大きなストレスを感じ,家族にも
用心をさせたり,車で送迎したりさせられた。このような被害は,本件各記事
と相当因果関係があり,被控訴人は,これにより被った精神的損害に対して
責任がある。
6当審における控訴人らの新たな主張に対する被控訴人の反論
⑴控訴人らが指摘する記事中にある「forcedtoprovidesex」という表現が
「強制連行」や「性奴隷」であることを示すものでないことは明らかである。
⑵仮に海外在住日本人が嫌がらせを受けたとしても,その原因は,当該嫌がら
せ等をした個人にあるのであって,本件各記事に起因するものとはいえないこ
とは明らかである。
第3争点に対する判断
1争点(1)アついて
控訴人らは,本件各記事により,控訴人らの国民的人格権・名誉権が侵害され
たと主張し,これを被控訴人の控訴人らに対する不法行為における権利侵害と主
張している。
ところで,不法行為の被侵害利益としての名誉(民法710条,723条)と
は,人の品性,徳行,名声信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評
価のことであり,名誉毀損とは,この客観的な社会的評価を低下させる行為をい
うと解される(最高裁判所昭和61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号8
72頁,同平成9年5月27日第3小法廷判決・民集51巻5号2024頁)。
そこで,本件各記事が,控訴人らの客観的な社会的評価を低下させたか否かを
以下検討するに,被控訴人が朝日新聞に掲載したことについて当事者間に争いが
ない本件各記事は,第二次世界大戦時の旧日本軍が,朝鮮半島等において多くの
女性を「慰安婦」として強制連行し性的サービスに従事させたこと,にもかかわ
らず日本政府はこの問題に対して実態を明らかにするなどの真摯な対応をして
いないことを内容とするものである。控訴人らは,本件各記事のうち上記内容の
摘示が控訴人らの人格権たる名誉権を侵害したと主張しているものと解される。
なお,控訴人らは,国民的人格権の侵害との表現を用いているものの,その性質
及び内容は人格権としての名誉権の侵害(あるいは名誉毀損)と異なるものでは
ないと解される。
上述したように,人格権たる名誉権の侵害とは,人の客観的な社会的評価を低
下させる行為をいうのであり,その評価が名誉権侵害を主張する特定の個々人の
社会的評価であることは,私法上の権利侵害の救済を図ることを目的とする不法
行為の成否判断において当然の前提というべきである。しかるところ,本件各記
事には,控訴人ら自身やその関係者やその行為等を直接又は間接に対象としたと
認められる記載は一切ない。記載されているのは,第二次世界大戦終結前の旧日
本軍の非人道的行為及び戦後の日本政府がこれに対して補償等真摯な対応をし
ていないことを指摘する内容であり,控訴人らは,日本人であるという以外に本
件各記事の対象との間に何らの関係も認められないのであるから,仮に旧日本軍
という集団及び日本政府が本件各記事により国際的非難を受けその評価が低下
した事実があったとしても,控訴人らを対象とした記事であるということはでき
ず,本件各記事によって控訴人ら個々人についての社会的評価が低下すると認め
ることはできない。
控訴人らは,集団的名誉毀損が,集団を構成する個々人の人格的尊厳と密接に
結び付き,その中核を形成しているアイデンティティに関わる事実が虚偽の報道
によって貶められるような場合には,個々人に対する不法行為責任が生じるとし
た上で,本件各記事は,日本人としてのアイデンティティを自らの人格的生存の
中核においてきた控訴人らの尊厳を傷つけ,国際社会における控訴人ら個々人の
社会的評価を低下させた旨主張する。本件各記事の内容からして,日本人である
ことに誇りを持つ控訴人らが,その自尊感情を傷つけられたと感じたであろう可
能性は否定できないとしても,これにより控訴人ら個々人の客観的な社会的評価
たる名誉が毀損されたとまで認めることはできない。よって,控訴人らの上記主
張は採用できない。
また,控訴人らは,本件各記事により誤った風評が流布し控訴人ら個々人の生
活に具体的な損害が生じたような場合には,控訴人ら個々人に対する名誉毀損も
成立する旨主張し,当審において,その一例として,控訴人Aは,朝日新聞の虚
報により現実に前記のとおり嫌がらせ等を受けて精神的損害を被った旨主張す
る。しかし,仮に本件各記事により慰安婦問題に関して控訴人らが主張するよう
な国際世論が形成,定着し,日本人に対する否定的評価に基づき海外在住の控訴
人らが嫌がらせ等を受けたとしても,それは,嫌がらせ等を行った当該行為者の
意思形成,思想形成の問題であり,当該行為者自身が責任を問われるべき問題で
あって,当該行為者が本件各記事を読んで日本人に対する否定的評価を持ったと
しても,本件各記事が控訴人ら個々人の名誉権等を侵害するものということはで
きない。よって,控訴人らの上記主張も採用できない。
以上によれば,本件各記事の掲載により控訴人らの国民的人格権・名誉権が侵
害されたとの主張には理由がない。
2争点(1)について
控訴人らは,新聞記事に誤報があった場合にはその誤報を訂正すべき義務があ
るとした上で,本件各記事が誤報又は訂正すべきものであることを覚知しながら
これを尽くさなかった被控訴人の不作為は,それ自体で控訴人らの国際社会にお
ける客観的評価を低下させたものとして不法行為となる旨主張する。
しかし,控訴人らが言及する新聞倫理綱領が,その制定主体である一般社団法
人日本新聞協会に属する被控訴人においてこれを遵守し尊重すべき行動指針で
あるとしても,これをもって,一般国民に対して誤報を訂正すべき法的義務,換
言するならば,訂正を怠ったり遅滞したときに広く一般国民に対する法的責任が
発生することを基礎付けるものとはいえない。そして,他に被控訴人が控訴人ら
を含む国民一般に対して誤報等を訂正すべき法的義務があることを基礎付ける
法令上の根拠は存在しない。
なお,誤った報道により人の名誉,信用を毀損した場合には,その行為が不法
行為とならない場合でも,訂正記事等により報道された者の失われた名誉,信用
をできる限り回復すべき措置をとるべきであるとはいえる(東京高等裁判所昭和
54年3月12日判決・判例時報924号55頁参照)。しかし,本件において
は,前記1で述べたとおり,本件各記事が控訴人らの国民的人格権・名誉権を侵
害したとはいえないのであるから,控訴人らとの関係で本件各記事の訂正義務を
負うことにはならない。
また,新聞記事による名誉毀損にあっては,これを掲載した新聞が発行され,
読者がこれを閲読し得る状態になった時点で,事実を摘示された人の客観的評価
が低下するのであるから,その時点で名誉権侵害とこれによる損害は発生してい
ることになるのであり(最高裁判所平成9年5月27日第3小法廷判決・民集5
1巻5号2024頁),その時点で不法行為が成立する以上,その後に訂正記事
が掲載された場合は損害の消滅・減額事由となり,訂正記事が掲載されなかった
場合には損害の増額事由となり得るとしても,特段の事由がない限り記事の訂正
をしなかったことが独自の不法行為とはならないと解すべきところ,本件におい
て特段の事由があるとは認められない。
3争点⑴イについて
控訴人らは,真実報道義務に反して,本件各記事をもって一連の報道を行った
ことにより,また本件各記事の虚報について訂正義務を果たさなかったことによ
って,国民の「知る権利」を侵害したと主張する。
一般に,報道機関の報道は,民主主義社会において,国民が国政に関与するに
つき,重要な判断の資料を提供し,国民の「知る権利」に奉仕するものであるか
ら,事実の報道の自由は,表現の自由を規定した憲法21条の保障のもとにある
とされているところであり(最高裁判所昭和44年11月26日大法廷決定・刑
集23巻11号1490頁参照),その意味で,国民の「知る権利」は十分に尊重
されなければならない。しかし,国民の「知る権利」は,本来表現の自由,報道
の自由と表裏一体をなすものであり,その権利の性質等からすると,国民一般が,
当該報道機関との間の個別の関係を前提とせずに,私企業である報道機関に対し,
「知る権利」を根拠として,真実の報道を求めたり,誤った報道の訂正を求める
私法上の作為を請求する権利や法的利益を有するとは解されないから,報道機関
が誤った報道をしたり,誤報を訂正しなかったことのみから,一般国民に対する
不法行為責任が発生するとは認められない。
したがって,被控訴人が本件各記事を掲載したこと,更には,本件各記事の訂
正をしないことが,控訴人ら個々人の「知る権利」を侵害しているとする控訴人
らの主張は採用できない。
4小括
以上のとおり,被控訴人が控訴人ら個々人に対する権利を侵害したものとは認
められないから,争点⑵(故意・過失の有無)及び争点⑶(損害及び因果関係)
について検討するまでもなく,控訴人らの請求には理由がない。
5争点⑷について
前記判示のとおり,控訴人らの請求にはいずれも理由がないから,除斥期間の
経過等についての判断は本来必要ではないが,当事者間でその経過等が争われて
いることに鑑み,この点についても必要な限度で判断を示すこととする。
⑴前記前提事実によれば,本件各記事13本は,昭和57年9月2日から平成
6年1月25日までの間に朝日新聞の紙面に掲載されたものであるところ,控
訴人らが訴えを提起したのは平成27年1月26日及び同年3月25日であ
ることが認められる。そうすると,本件各記事の最終掲載日から20年以上が
経過した後に訴えが提起されたことになる。
⑵民法724条後段は,不法行為の時から20年を経過した時には当該不法行
為による損害賠償請求権は消滅すると規定し,この規定は不法行為をめぐる法
律関係の速やかな確定を意図して除斥期間を定めたものと解される(最高裁判
所平成元年12月21日第1小法廷判決・民集43巻12号2209頁)。
⑶前記2で述べたとおり,新聞記事による名誉毀損は,記事を掲載した新聞が
発行され読者がこれを閲読し得る状態になった時点で権利侵害と損害発生が
認められて不法行為が成立し,その後に当該記事の訂正を行わなかったこと自
体は,損害の増額事由等となることはあっても,特段の事由がない限り,その
不作為自体が独立の不法行為とはならないと解すべきであるところ,本件にお
いて特段の事由は認められない。
よって,控訴人らの被控訴人に対する不法行為に基づく損害賠償請求権は,
民法724条後段により,仮に発生していたとしても20年の除斥期間の経過
により消滅したというべきである。
⑷控訴人らは,被控訴人による加害行為は現在も継続しているから除斥期間
の規定の適用はない旨主張するが,加害行為が継続しているとの主張の根拠は
結局訂正義務を果たしてないという点に尽きるところ,記事掲載後に当該記事
を訂正しないことが独自の不法行為とならないことは前述のとおりであるか
ら,控訴人らの上記主張は採用できない。
⑸さらに,控訴人らは,本件除斥期間を適用することは権利濫用である旨主張
するが,民法724条後段の20年の期間は,被害者の主張がなくても,その
期間の経過により請求権が消滅したものと判断すべきものであるから(前掲最
高裁判所平成元年12月21日判決参照),控訴人らの権利濫用の主張には理
由がない。
6当審における控訴人らの主張について
なお,控訴人らは,当審において,朝日新聞の英語版が,平成28年に入って
から同年2月8日までの間に,「慰安婦」の説明として「forcedtoprovidesex」
という英文を用いた報道を繰り返している旨を主張しており,被控訴人も控訴人
らが主張する朝日新聞英語版を英語ニュースサイト上に掲載した事実は認めて
いる。
控訴人らの上記主張は,これらの記事が被控訴人による新たな不法行為に当た
るとするものではなく,被控訴人が本件各記事を平成26年に訂正した後も強制
連行があったとの印象を与える報道を続けていることを損害(特に在外邦人の損
害)の継続的発生事由として主張しているものと解されるところ,控訴人らが権
利侵害行為と主張する被控訴人の報道がいずれも控訴人らに対する不法行為と
ならないことは,前述のとおりであるから,控訴人らの上記主張は,被控訴人に
不法行為責任は発生しないとの前記結論を左右するものではない。
第4結論
以上によれば,控訴人らの請求はいずれも理由がなく,これらを棄却した原判
決は相当であるから,本件控訴をいずれも棄却することとして,主文のとおり判
決する。
東京高等裁判所第24民事部
裁判長裁判官村田渉
裁判官一木文智
裁判官住友隆行

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