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平成24年(あ)第23号傷害,強盗,建造物侵入,窃盗被告事件
平成24年11月6日第二小法廷決定
主文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中230日を本刑に算入する。
理由
弁護人長谷川紘一の上告趣意は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる法令違
反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論に鑑み,傷害罪の共同正犯の成立範囲について,職権で判断する。
1原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,本件の事実
関係は,次のとおりである。
(1)A及びB(以下「Aら」という。)は,平成22年5月26日午前3時
頃,愛媛県伊予市内の携帯電話販売店に隣接する駐車場又はその付近において,同
店に誘い出したC及びD(以下「Cら」という。)に対し,暴行を加えた。その態
様は,Dに対し,複数回手拳で顔面を殴打し,顔面や腹部を膝蹴りし,足をのぼり
旗の支柱で殴打し,背中をドライバーで突くなどし,Cに対し,右手の親指辺りを
石で殴打したほか,複数回手拳で殴り,足で蹴り,背中をドライバーで突くなどす
るというものであった。
(2)Aらは,Dを車のトランクに押し込み,Cも車に乗せ,松山市内の別の駐
車場(以下「本件現場」という。)に向かった。その際,Bは,被告人がかねてよ
りCを捜していたのを知っていたことから,同日午前3時50分頃,被告人に対
し,これからCを連れて本件現場に行く旨を伝えた。
(3)Aらは,本件現場に到着後,Cらに対し,更に暴行を加えた。その態様
は,Dに対し,ドライバーの柄で頭を殴打し,金属製はしごや角材を上半身に向か
って投げつけたほか,複数回手拳で殴ったり足で蹴ったりし,Cに対し,金属製は
しごを投げつけたほか,複数回手拳で殴ったり足で蹴ったりするというものであっ
た。これらの一連の暴行により,Cらは,被告人の本件現場到着前から流血し,負
傷していた。
(4)同日午前4時過ぎ頃,被告人は,本件現場に到着し,CらがAらから暴行
を受けて逃走や抵抗が困難であることを認識しつつAらと共謀の上,Cらに対し,
暴行を加えた。その態様は,Dに対し,被告人が,角材で背中,腹,足などを殴打
し,頭や腹を足で蹴り,金属製はしごを何度も投げつけるなどしたほか,Aらが足
で蹴ったり,Bが金属製はしごで叩いたりし,Cに対し,被告人が,金属製はしご
や角材や手拳で頭,肩,背中などを多数回殴打し,Aに押さえさせたCの足を金属
製はしごで殴打するなどしたほか,Aが角材で肩を叩くなどするというものであっ
た。被告人らの暴行は同日午前5時頃まで続いたが,共謀加担後に加えられた被告
人の暴行の方がそれ以前のAらの暴行よりも激しいものであった。
(5)被告人の共謀加担前後にわたる一連の前記暴行の結果,Dは,約3週間の
安静加療を要する見込みの頭部外傷擦過打撲,顔面両耳鼻部打撲擦過,両上肢・背
部右肋骨・右肩甲部打撲擦過,両膝両下腿右足打撲擦過,頚椎捻挫,腰椎捻挫の傷
害を負い,Cは,約6週間の安静加療を要する見込みの右母指基節骨骨折,全身打
撲,頭部切挫創,両膝挫創の傷害を負った。
2原判決は,以上の事実関係を前提に,被告人は,Aらの行為及びこれによっ
て生じた結果を認識,認容し,さらに,これを制裁目的による暴行という自己の犯
罪遂行の手段として積極的に利用する意思の下に,一罪関係にある傷害に途中から
共謀加担し,上記行為等を現にそのような制裁の手段として利用したものであると
認定した。その上で,原判決は,被告人は,被告人の共謀加担前のAらの暴行によ
る傷害を含めた全体について,承継的共同正犯として責任を負うとの判断を示し
た。
3所論は,被告人の共謀加担前のAらの暴行による傷害を含めて傷害罪の共同
正犯の成立を認めた原判決には責任主義に反する違法があるという。
そこで検討すると,前記1の事実関係によれば,被告人は,Aらが共謀してCら
に暴行を加えて傷害を負わせた後に,Aらに共謀加担した上,金属製はしごや角材
を用いて,Dの背中や足,Cの頭,肩,背中や足を殴打し,Dの頭を蹴るなど更に
強度の暴行を加えており,少なくとも,共謀加担後に暴行を加えた上記部位につい
てはCらの傷害(したがって,第1審判決が認定した傷害のうちDの顔面両耳鼻部
打撲擦過とCの右母指基節骨骨折は除かれる。以下同じ。)を相当程度重篤化させ
たものと認められる。この場合,被告人は,共謀加担前にAらが既に生じさせてい
た傷害結果については,被告人の共謀及びそれに基づく行為がこれと因果関係を有
することはないから,傷害罪の共同正犯としての責任を負うことはなく,共謀加担
後の傷害を引き起こすに足りる暴行によってCらの傷害の発生に寄与したことにつ
いてのみ,傷害罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。原判決
の上記2の認定は,被告人において,CらがAらの暴行を受けて負傷し,逃亡や抵
抗が困難になっている状態を利用して更に暴行に及んだ趣旨をいうものと解される
が,そのような事実があったとしても,それは,被告人が共謀加担後に更に暴行を
行った動機ないし契機にすぎず,共謀加担前の傷害結果について刑事責任を問い得
る理由とはいえないものであって,傷害罪の共同正犯の成立範囲に関する上記判断
を左右するものではない。そうすると,被告人の共謀加担前にAらが既に生じさせ
ていた傷害結果を含めて被告人に傷害罪の共同正犯の成立を認めた原判決には,傷
害罪の共同正犯の成立範囲に関する刑法60条,204条の解釈適用を誤った法令
違反があるものといわざるを得ない。
もっとも,原判決の上記法令違反は,一罪における共同正犯の成立範囲に関する
ものにとどまり,罪数や処断刑の範囲に影響を及ぼすものではない。さらに,上記
のとおり,共謀加担後の被告人の暴行は,Cらの傷害を相当程度重篤化させたもの
であったことや原判決の判示するその余の量刑事情にも照らすと,本件量刑はなお
不当とはいえず,本件については,いまだ刑訴法411条を適用すべきものとは認
められない。
よって,同法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21条
により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官千葉勝美
の補足意見がある。
私は,法廷意見に補足して,次の点について私見を述べておきたい。
1法廷意見の述べるとおり,被告人は,共謀加担前に他の共犯者らによって既
に被害者らに生じさせていた傷害結果については,被告人の共謀及びそれに基づく
行為がこれと因果関係を有することはないから,傷害罪の共同正犯としての責任を
負うことはなく,共謀加担後の暴行によって傷害の発生に寄与したこと(共謀加担
後の傷害)についてのみ責任を負うべきであるが,その場合,共謀加担後の傷害の
認定・特定をどのようにすべきかが問題となる。
一般的には,共謀加担前後の一連の暴行により生じた傷害の中から,後行者の共
謀加担後の暴行によって傷害の発生に寄与したことのみを取り出して検察官に主張
立証させてその内容を特定させることになるが,実際にはそれが具体的に特定でき
ない場合も容易に想定されよう。その場合の処理としては,安易に暴行罪の限度で
犯罪の成立を認めるのではなく,また,逆に,この点の立証の困難性への便宜的な
対処として,因果関係を超えて共謀加担前の傷害結果まで含めた傷害罪についての
承継的共同正犯の成立を認めるようなことをすべきでもない。
この場合,実務的には,次のような処理を検討すべきであろう。傷害罪の傷害結
果については,暴行行為の態様,傷害の発生部位,傷病名,加療期間等によって特
定されることが多いが,上記のように,これらの一部が必ずしも証拠上明らかにな
らないこともある。例えば,共謀加担後の傷害についての加療期間は,それだけ切
り離して認定し特定することは困難なことが多い。この点については,事案にもよ
るが,証拠上認定できる限度で,適宜な方法で主張立証がされ,罪となるべき事実
に判示されれば,多くの場合特定は足り,訴因や罪となるべき事実についての特定
に欠けることはないというべきである。もちろん,加療期間は,量刑上重要な考慮
要素であるが,他の項目の特定がある程度されていれば,「加療期間不明の傷害」
として認定・判示した上で,全体としてみて被告人に有利な加療期間を想定して量
刑を決めることは許されるはずである。本件を例にとれば,共謀加担後の被告人の
暴行について,凶器使用の有無・態様,暴行の加えられた部位,暴行の回数・程
度,傷病名等を認定した上で,被告人の共謀加担後の暴行により傷害を重篤化させ
た点については,「安静加療約3週間を要する背部右肋骨・右肩甲部打撲擦過等の
うち,背部・右肩甲部に係る傷害を相当程度重篤化させる傷害を負わせた」という
認定をすることになり,量刑判断に当たっては,凶器使用の有無・態様等の事実に
よって推認される共謀加担後の暴行により被害者の傷害を重篤化させた程度に応じ
た刑を量定することになろう。また,本件とは異なり,共謀加担後の傷害が重篤化
したものとまでいえない場合(例えば,傷害の程度が小さく,安静加療約3週間以
内に止まると認定される場合等)には,まず,共謀加担後の被告人の暴行により傷
害の発生に寄与した点を証拠により認定した上で,「安静加療約3週間を要する共
謀加担前後の傷害全体のうちの一部(可能な限りその程度を判示する。)の傷害を
負わせた」という認定をするしかなく,これで足りるとすべきである。
仮に,共謀加担後の暴行により傷害の発生に寄与したか不明な場合(共謀加担前
の暴行による傷害とは別個の傷害が発生したとは認定できない場合)には,傷害罪
ではなく,暴行罪の限度での共同正犯の成立に止めることになるのは当然である。
2なお,このように考えると,いわゆる承継的共同正犯において後行者が共同
正犯としての責任を負うかどうかについては,強盗,恐喝,詐欺等の罪責を負わせ
る場合には,共謀加担前の先行者の行為の効果を利用することによって犯罪の結果
について因果関係を持ち,犯罪が成立する場合があり得るので,承継的共同正犯の
成立を認め得るであろうが,少なくとも傷害罪については,このような因果関係は
認め難いので(法廷意見が指摘するように,先行者による暴行・傷害が,単に,後
行者の暴行の動機や契機になることがあるに過ぎない。),承継的共同正犯の成立
を認め得る場合は,容易には想定し難いところである。
(裁判長裁判官千葉勝美裁判官竹内行夫裁判官須藤正彦裁判官
小貫芳信)

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