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平成一一年(ネ)第五三〇三号 特許権侵害差止請求控訴事件(原審・東京地方裁判
所平成九年(ワ)第八九五五号)(平成一二年一一月二〇日口頭弁論終結)
     判      決
控訴人          雪印乳業株式会社
右代表者代表取締役  【A】
右訴訟代理人弁護士  品  川  澄  雄
       同            吉  利  靖  雄
       右補佐人弁理士      青  山     葆
       同            岩  崎  光  隆
       同            藤  野  清  也
被控訴人     麒麟麦酒株式会社
右代表者代表取締役   【B】
       右訴訟代理人弁護士    片  山  英  二
       同            北  原  潤  一
同林     康  司
       右補佐人弁理士      小  澤  誠  次
       同            川  口  嘉  之
            主      文
   本件控訴を棄却する。
    控訴費用は控訴人の負担とする。
 事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
 一 控訴人
 1原判決を取り消す。
  2 被控訴人は、原判決別紙物件目録一記載の物件を製造し、使用してはなら
ない。
  3 被控訴人は、原判決別紙物件目録二記載の物件を製造し、販売してはなら
ない。
  4 被控訴人は、その所有に係る前二項記載の各物件を廃棄せよ。
  5 被控訴人は、第3項記載の物件について、販売のために宣伝広告してはな
らない。
  6 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
  7 仮執行宣言
 二 被控訴人
   主文と同旨
第二 事案の概要
 本件の事案の概要、争いのない事実、争点及び争点に関する当事者の主張
は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案
の概要」のとおりであるから、これを引用する。
 一 原判決の訂正
 原判決五頁九行目及び七頁七行目の「ゾジウム」を「ソジウム」に、二四頁
一行目の「精製」を「精製すること」に、四〇頁五行目の「充たして」を「満たし
て」に、四一頁六行目の「得ているが」を「得ている」にそれぞれ改める。
二控訴人の主張
  1 本件発明の意義
  本件発明の技術的範囲を明確にするために、まず、本件発明の意義について述
べる。
  (一) エリスロポエチン(EPO)は、赤血球精製生成促進因子とも呼ばれ、
骨髄に存在する赤血球系幹細胞に働いて赤血球系細胞への分化を促進させる一種の
ホルモンとしてその存在が知られており、天然界ではヒト尿中に多くの夾雑物とと
もに存在するものである。ヒト尿由来のエリスロポエチンの精製については、一九
七七年(昭和五二年)に【C】(【C】博士)らの論文(「TheJournalof
BiologicalChemistryVol.252No.15」、甲第一七号証、以下「【C】論文」とい
う。)があるが、この論文に記載されたエリスロポエチン(以下「【C】EPO」
という。)は、クロマトグラフィーの反復により精製されたもので、その純度が五
〇パーセント程度にすぎなかったことが確認されており、このため、アミノ酸配列
の決定及びモノクローナル抗体の作製は不可能であった。
 これに対し、本件発明は、【C】EPOの更なる精製を妨げていた不純物である
タンパク質を除去することに成功し、初めて高純度エリスロポエチンを取得し、こ
れを同定したものである。そして、本件発明に係る知見が学術雑誌に発表された一
九八四年(昭和五九年)以降、エリスロポエチンの精製、アミノ酸配列の決定、遺
伝子のクローニングが一挙に進展した。このように、本件発明は【C】論文に続く
業績として多くの文献等で高く評価されており、また、モノクローナル抗体を用い
るエリスロポエチンの精製方法は画期的で有用性の高い精製方法として、日本免疫
学会が編纂した免疫実験操作法の教科書にも採用されている。
  (二) 本件発明の技術的意義は次のとおりである。
 本件発明の発明者らは、ヒト尿中のエリスロポエチンの精製純度を高めるため、
当初、特異性が高く、かつ精製効率の優れた方法である抗体アフィニティクロマト
グラフィーを利用して精製しようとしたが、成功しなかった。その原因は、エリス
ロポエチンに極めて類似したクロマトグラフ特性を示し、かつ強い免疫原性を有す
る不純物タンパク質にあると推定されたため、まずこれを除去するために、当該タ
ンパク質と特異的に結合する抗体を選択し、この抗体を使用したアフィニティクロ
マトグラフィーによって当該タンパク質を除去することに成功した。次いで、①そ
の余の不純物を除去するため、SDSーPAGE法を行い、EPO画分を切り出し
て不純物を含まないエリスロポエチン(ただし、SDSによって立体構造が変化し
たもの。以下「SDS変性EPO」という。)を得る、②これを用いてマウスを免
疫してSDS変成EPOに特異的に結合する抗体を産生する脾臓細胞を得る、③こ
れをマウスのミエローマ細胞と細胞融合させて、SDS変成EPOに特異的に結合
する性質を有する抗EPO抗体(本件明細書の特許請求の範囲に記載の「SDS電
気泳動を行ったエリスロポエチンで免疫した動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを
細胞融合させたハイブリドーマ細胞より得られ、SDS処理をしたエリスロポエチ
ンに結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体」。以下「本件抗EP
O抗体」という。)を産生するハイブリドーマ細胞を得るとの各工程を経て、本件
抗EPO抗体を得た上、これを担体に保持させて、これを充填した抗体吸着カラム
を用いて、SDS処理されたEPO含有液を精製することにより、高純度エリスロ
ポエチンを取得することに成功したものである。
 このように、本件発明は、SDS変成条件下で使用する本件抗EPO抗体を作製
することができた点に技術的基礎を有するものであり、その精製方法をもって性質
を規定した構成要件二aが本件発明の核心を成すものである。他方、精製過程で使
用されるSDSは、不純物を除去することのみを目的とするものであって、SDS
変性EPOを取得するためのものではない(甲第二六、第二七号証の各意見書)。
  2 構成要件二aと他の構成要件との整合性について
  原判決は、本件発明に係る酸性糖タンパク質は、必ずしも構成要件二aに掲げ
られた製造方法によって得られたものに限定されるものではなく、その製造方法に
よって特定される物と同一の構造ないし特性を有する限り、構成要件二aを充足す
るというべきであると控訴人の主張に沿った判断をしつつ、その構造ないし特性に
ついて、「本件発明に係る酸性糖タンパク質とは、SDS処理がされ、抗体に対す
る結合性やタンパク質の立体構造が天然のエリスロポエチンとは異なったエリスロ
ポエチンであって、構成要件二aは、本件発明に係る酸性糖タンパク質が右のよう
な天然のエリスロポエチンと異なる構造等を有することを示しているというべきで
ある。」と判示するが、誤りである。
 すなわち、構成要件二aの製法によって特定されるエリスロポエチンは、当該製
法によって得られた物であると同時に、構成要件二bないし同二eの特性も兼ね備
えたものでなければならないところ、仮に、本件発明の対象である酸性糖タンパク
質が原判決の認定したようなSDS変性EPOであったとすると、次のとおり、こ
の物質は、構成要件二b、同二d及び同二eを満たさないものとなる。
  (一) 構成要件二bについて
  エリスロポエチンのような高分子タンパク質は、標的細胞上にあるそのタンパ
ク質に固有の受容体(レセプター)に結合することにより生理活性を発現する。す
なわち、生理活性タンパク質は鍵としての立体構造を有し、レセプターはその鍵穴
に相当する立体構造を持っていて、当該タンパク質が予定された生理活性を発現す
るためには両者が適正に結合することが前提となる。ところが、SDSはタンパク
質の変性剤であって、タンパク質に結合して、タンパク質のそれぞれが本来持って
いる多様な立体構造(アミノ酸鎖が複雑に折り畳まれた塊状構造)を線状の構造に
変化させると同時に、タンパク質分子を負に帯電させる作用を有している。したが
って、SDSが結合し、その立体構造及び電荷の強さが天然のエリスロポエチンと
異なったものとなっているSDS変性EPOは、もはやEPOレセプターと適正な
結合をすることができず、エリスロポエチン活性を発現することはないから、構成
要件二bを満たさなくなる。
  (二) 構成要件二dについて
  ゲル濾過法による分子量は、通常、未変性すなわち天然のままの立体構造を保
持させた条件下での分子量を測定するものである。SDS処理によって立体構造が
線状になるとストークス半径が大きくなることからSDS変性EPOは天然のエリ
スロポエチンより分子量が大きな値を取ることが理論的には予測される。ところ
が、構成要件二dでは、ゲル濾過法での分子量は四五,〇〇〇~六五,〇〇〇と規
定され、これは天然のエリスロポエチンと一致する数値である。エリスロポエチン
のゲル濾過法による分子量が、天然のエリスロポエチンとSDS変性EPOとで同
一ということはあり得ないから、構成要件二aの製法で得られる物質がSDS変性
EPOであるとすれば、当該物質は構成要件二dを満たし得ないことになる。
 さらに、このことは、甲第四三号証の実験からも裏付けられている。すなわち、
この実験は、被控訴人製剤から精製(ただし、精製過程ではSDS処理を行わな
い。)したエリスロポエチンをSDS処理した上、構成要件二dに規定するゲル濾
過法による分子量の測定を試みたものであるが、その結果得られるクロマトグラフ
ィーには、高分子側にシフトしたピークのほかに、構成要件二dを満たさない別の
高分子ピークが出現することが確認された。この結果は、SDS処理によって変性
したエリスロポエチンが構成要件二dを満たさない、本件発明の目的物質とは異な
る物質であることを示すものである。なお、被控訴人製剤を構成要件二aの方法で
精製して得られるEPOが構成要件二dを満たすことは甲第七号証の実験で明らか
にされているところである。
  (三) 構成要件二eについて
  SDSが結合したエリスロポエチンは単一化学物質として捕捉することはでき
ない上、逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析においてエリスロ
ポエチンとSDSとの結合状態を保持することは困難となるから、SDS変性EP
Oが単一ピークを示すことはあり得ない。すなわち、構成要件二aの製法で得られ
る物質がSDS変性EPOであるとすれば、当該物質は構成要件二eを満たし得な
いことになる。
  3 SDS除去工程について
  (一) 原判決は、本件発明が構成要件二aにおいて規定する「精製することに
よって得ることができ」との文言に、SDSの除去工程を経ることが示されている
と解することはできず、本件明細書にはSDSを除去する工程が何ら記載されてい
ないと判示するが、本件明細書には、SDS除去を伴う精製工程が詳細かつ明確に
開示されている。すなわち、モノクローナル抗体等を用いるアフィニティクロマト
グラフィーによる精製法は、①モノクローナル抗体の固定化、②抗体固定化担体へ
の目的とする生理活性タンパク質の吸着工程、③生理活性タンパク質が吸着したゲ
ルあるいは抗体固定化カラムの十分な洗浄、④カラムからの生理活性タンパク質の
溶出の各工程を含むものとして、慣用的かつ常とう的な手法とされていた(株式会
社講談社発行「実験と応用アフィニティークロマトグラフィー」、甲第四二、第四
九号証)ところ、次のとおり、本件明細書にはこれらの工程がすべて記載されてい
る。
    ア 抗EPOモノクローナル抗体の固定化
    この工程は、モノクローナル抗体をカラムに詰めて早い通液速度がとれる
多孔性粒子に固定化する工程であるところ、本件明細書には「抗EPOモノクロー
ナル抗体は、固定化担体に結合させ、EPO吸着剤を作製する」(本件公報七欄三
二行目~三三行目)等と説明している。
    イ 抗体固定化担体へのEPOの吸着工程
    この工程では、抗体固定化アガロースゲルを生理活性タンパク質含有液中
に投入し、一定時間撹拌する方法と、固定化抗体カラムにタンパク質含有液を通液
する方法が常とう的に行われているが、本件明細書では後者の方法を採用し、「吸
着カラムを使用する場合には、前記の尿処理液をカラムに通し、EPOを吸着し」
(本件公報七欄九行目~一〇行目)と記載している。
    ウ EPOが吸着した抗体固定化カラムの十分な洗浄
    モノクローナル抗体固定化担体は、エリスロポエチンを特異的に吸着する
以外に、多孔質であることから多種多様な夾雑タンパク質や低分子物質を取り込ん
でいる。本件発明におけるSDSもその一つであり、不要物質として除去されるべ
き対象である。この点について、本件明細書は、「次にPBS二〇ml、〇・五Mの
NaCl二〇mlの順に二〇ml/hrでカラムを洗浄した」(本件公報一二欄三行目~五行
目)等と記載している。この操作は、アフィニティークロマトグラフィー法で普通
に採用されている不純物を除去するための洗浄操作であって、SDS処理に使用さ
れたSDSはこの洗浄工程でほぼ除去されるのである。
    エ カラムからのEPOタンパク質の溶出
    SDSを含む不要物質が洗浄除去されたカラムからエリスロポエチンを溶
出することによってモノクローナル抗体によるEPOの精製が完成する。本件明細
書の「〇・二M酢酸と〇・一五MのNaClとの混合液二〇mlを五ml/hrの流速で流
し、溶出液として高純度のEPO(本件特許発明目的物の酸性糖タンパク質)を含
む液を得た」(本件公報一二欄五行目~八行目)等の記載がこれを示している。
  (二) 右のとおり、本件明細書には、カラム洗浄工程としてSDSの除去工程
が詳細に記載されている。そして、その操作は、アフィニティークロマトグラフィ
ー法で普通に採用されている常とう的な工程であり、そのほかにSDSを除去する
ための格別の処理を行う必要がないから、本件明細書の特許請求の範囲において
は、当業者が上記の各工程を含むものとして慣用的に用いている「精製」との用語
を使用して「モノクローナル抗体を用いて・・・精製する」と記載したのであり、
この文言には、カラムの洗浄工程が当然に含まれ、その工程でSDSの除去が行わ
れるのである。
 被控訴人は、「精製」という文言それ自体、通常の国語の意味としてSDSの除
去工程を経ることが含意されているとはいえない旨主張する。しかし、岩波書店発
行の「広辞苑(第五版)」には、「精製」について「粗製品に手を加えて精良な品
物にすること。純度の高いものにすること。」と記載されており、これが夾雑物や
不要物を除去することを本来的に伴うことは明らかである。そして、本件発明が他
の不純物質を含まないEPOを得ることを目的とするものであることは明らかであ
るから、SDSを初めとする試薬や化学物質を除去することは、当然「精製」の用
語に含意されるというべきである。
 例えば、株式会社南江堂発行の「蛋白質・酵素の基礎実験法」(甲第四一号証)
には、SDSのような界面活性剤で処理された蛋白質標品からの界面活性剤の除去
法として、①セロハンチューブやコロジオンバッグを用いる透析、②異方性半透膜
を用いて、濃縮と希釈を繰り返す方法、③分子篩クロマトグラフィー、④イオン交
換樹脂などの吸着剤にタンパクを吸着させておいて、界面活性剤を含まない液で洗
浄と溶離を行う方法などがあると記載されており、精製過程における界面活性剤の
除去操作は当業者には周知の事項であることがうかがわれる。さらに、【D】博士
の意見書(甲第五三号証の一)、【E】博士の鑑定意見書(同号証の二)及び
【F】博士の鑑定意見書(同号証の三)は、いずれも、「精製」との文言は、原料
中に含まれる目的のタンパク質を得るための一連の操作をいい、その過程で用いた
SDSを除去することが含まれていると述べており、これが当業者の理解であるこ
とを裏付けている。
  (三) なお、原判決は、本件発明の特許庁における審査の過程で控訴人が提出
した平成四年一一月二四日付け意見書(乙第五号証の三)において、「本願発明
は、EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化し、かつ、EPO活性を有す
る酸性糖タンパク質を対象とするものであります。」と述べていることを、本件発
明の対象がSDS変成EPOであるとの認定の論拠としている。しかし、この記載
は、本来「本願発明は、EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化したもの
を経て精製されたものであって、かつ・・・」(傍線部が付加すべき部分)とすべ
きところを誤って記載した誤記である。立体構造の変化とエリスロポエチン活性の
維持とが両立しないことは科学常識上明白であり、現に、右意見書の提出を受けた
特許庁審査官は、平成六年六月二日付けの第二回拒絶理由通知書(乙第五号証の
五)において、【C】論文を引用し、本件発明の対象である酸性糖タンパク質を
【C】EPOと対比して本件発明の新規性及び進歩性を論じている。【C】EPO
は天然EPOであって、SDSによって立体構造の変化したエリスロポエチンでな
いことは明らかであるから、担当審査官は、右意見書の誤記にもかかわらず、本件
発明の対象をSDS変成EPOでないことを正しく理解し、その前提で特許に至っ
たことは明白である。
  4 甲第五二号証の実験結果等について
  (一) 本件明細書の実施例に記載された常とう的な「精製」操作によりSDS
が完全に除去され、その結果得られたエリスロポエチンがSDS変性EPOでない
ことは、甲第五二号証(控訴人の研究者作成の実験成績書)の実験によって裏付け
られた。
 すなわち、この実験は、ヒト尿由来のエリスロポエチンの精製を、本件明細書の
実施例の記載のとおりに追試、再現し、その精製工程におけるSDSの挙動を追跡
したものであって、精製工程は、①SDSを加えて変性させたエリスロポエチンを
含有する原料液をカラムに通す負荷工程、②このカラムをPBS、リン酸緩衝液及
び食塩水で順次洗浄する洗浄工程、③目的とするエリスロポエチンを酢酸含有食塩
水で溶出させる溶出工程から成るが、原料液に添加されたSDSは、右①の負荷工
程及び右②の洗浄工程における各流出液中にそのほぼ全量が回収され、右③の溶出
工程に入る前に、カラム中には既にSDSが存在しなくなっていることが確認され
た。この実験結果は、構成要件二aに記載された精製操作には、当然にSDS除去
工程が含まれており、別途の格別のSDS除去工程を経ることなく、SDSが除去
されることを意味するものである。
 なお、被控訴人は、負荷工程及び洗浄工程におけるSDSの右回収量が計算上一
〇〇パーセントでないからSDSは完全には除去されていない旨主張するが、この
ような回収実験では、カラムへの非特異的な結合や定量限界等に基づく実験誤差に
より回収率が一〇〇パーセントにならないのは通常のことであり、EPO溶出液中
からSDSが検出されなかったことは右実験で確認されているから、被控訴人の右
主張は失当である。
  (二) また、同実験は、その精製の結果得られたエリスロポエチンについて、
抗体との反応性を確認することにより、これがSDS変性EPOではあり得ないこ
とを明らかにしている。すなわち、構成要件二aに規定する本件抗EPO抗体は、
本件明細書に記載されているとおり、「SDS処理を行ったエリスロポエチンに対
して強い結合力を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合を有す
る」(一四欄一行目~四行目)という結合特性を有するものであるから、仮に、右
実験の結果得られたエリスロポエチンがSDS変成EPOであるならば、本件抗E
PO抗体に強く結合するはずである。ところが、右エリスロポエチンは、本件抗E
PO抗体カラムには、負荷した試料の六〇ないし七〇パーセントしか結合せず、他
方、天然のエリスロポエチンに強い結合性を示す抗EPO抗体カラムにはほぼ一〇
〇パーセントが結合し、両抗体に対する結合性の相違は明確である。さらに、右実
験の結果得られたエリスロポエチンを本件抗EPO抗体に九〇パーセント以上結合
させるためには、これを改めてSDS処理し、変成させなければならならず、この
変成エリスロポエチンはもはや天然のエリスロポエチンに強く結合する抗EPO抗
体にはほとんど結合しないことが確認されている。以上の実験結果は、構成要件二
aのとおりに精製されたエリスロポエチンはSDS変成EPOではあり得ないこと
を示すものであり、この実験の手法の妥当性は、前記甲第五三号証の一ないし三の
各意見書においても支持されているところである。
 なお、以上の点は、本件明細書に、本件発明の目的物質が本件抗EPO抗体に強
い結合性を有する旨記載されていることと何ら矛盾しない。すなわち、上記の実験
において、天然のエリスロポエチンの本件抗EPO抗体に対する結合性は種々雑多
な夾雑タンパク質の共存によって妨害されるため、それらの共存下においては、抗
体に三〇パーセント以下が結合するだけのゆるやかな結合性しか示さないが、本件
特許の精製法を経て高度に精製されたEPOは、本件抗EPO抗体に対して七〇パ
ーセント以上の結合性、すなわち強い結合性を示している。
  (三) さらに、甲第五二号証の実験では、併せて、被控訴人製剤が構成要件二
bないし同二eをすべて充足することが確認された。すなわち、この実験は、甲第
七号証の一(控訴人の研究者作成の実験報告書)の実験を更に本件明細書の実施例
に即した条件にするため、①甲第七号証の一の実験のように被控訴人製剤をそのま
ま用いるのではなく、本件明細書の実施例と同様の尿タンパク質の共存下で実施す
るため、被控訴人製剤にエリスロポエチンを含まないヒト尿濃縮物を添加すること
とし、また、②甲第七号証の一の実験では、アフィニティークロマトグラフィー後
にその溶出液の透析を行ったが、これを透析に付することなく、構成要件二bない
し同二eの充足について試験することとしたものである。そして、この実験の結
果、右①の試料を本件明細書の実施例の記載に従って精製した精製物質は、上記各
構成要件をすべて満たすことが確認された。
  (四) エリスロポエチンは、高純度に精製されたときには、エリスロポエチン
の分子同士が会合して会合体を形成する性質を有する。本件発明の方法で精製され
たエリスロポエチンも同様である。この会合体は生体に存在するEPO受容体に結
合できないためエリスロポエチンとしての生理活性を示さないが、SDS処理する
と復元されることが確認されている。すなわち、EPOの会合体はSDSの存在下
では会合体の形態を保ち得ず、単量体に戻るのである。したがって、本件発明の方
法によって精製したエリスロポエチンが会合体を形成するという事実は、これがS
DSと結合したエリスロポエチンでないことを意味している(甲第五〇号証)。
 三 被控訴人の主張
  1 本件発明の意義について
  エリスロポエチン(EPO)は、赤血球系前駆細胞の分化・増殖を促進する糖
タンパク質(糖鎖構造を有するタンパク質)であり、主として腎臓から産生され、
生体の赤血球の恒常性維持において中心的な役割を担っているものである。EPO
の純化、発展の歴史は、一九〇六年に赤血球増加作用を有する体液性因子の存在が
推定されたことに始まり、一九五三年にその存在が実証されたことから、エリスロ
ポエチンの純化の試みが開始された。当初はエリスロポエチンを抽出する素材につ
いて試行錯誤があったが、【C】博士と【G】博士の共同研究グループは、一九七
六年、ヒト再生不良性貧血患者の尿を用いて高純度のヒト尿由来のEPOを精製す
ることに成功し、その結果は一九七七年(昭和五二年)に【C】論文として発表さ
れた。米国アムジェン社は、【G】博士の協力を得て、【C】EPOを使用して研
究を行い、一九八三年(昭和五八年)にエリスロポエチンの遺伝子クローニングに
成功し、その成果に基づいて遺伝子組換えによる大量生産が開始され、エリスロポ
エチンの臨床応用への途が開けるに至った。こうして、平成二年には、被控訴人に
より遺伝子組換EPOが腎性貧血治療のための画期的なバイオ新薬として販売が開
始され、現在に至っている。なお、米国ジェネティック・インスティチュート社も
【C】博士の協力を得てエリスロポエチンの遺伝子クローニングを達成し、同社か
ら技術供与を受けた中外製薬株式会社も遺伝子組換EPOを販売しており、現在、
エリスロポエチン製剤の国内市場は、被控訴人と中外製薬株式会社が二分している
状況である。
 これに対し、本件発明に係る控訴人の研究成果は、エリスロポエチンの純化の発
展史の中で特筆すべき画期的な貢献をしたものとは一般に認められていない。なぜ
なら、本件発明を技術的観点から見た場合の本質は、【C】論文記載の精製法を改
良し、本件抗EPO抗体を用いることによってエリスロポエチン精製の簡便化、収
率の向上を達成したものにすぎなかったからである。本件発明は、エリスロポエチ
ンのアミノ酸配列の解明、遺伝子クローニングや遺伝子組換技術によるエリスロポ
エチンの製造の契機となったものではない。
  2 構成要件二aと他の構成要件との整合性について
  控訴人は、本件発明の対象がSDS変成EPOであるとすると、この物質は構
成要件二b、二d及び二eを満たさないことになる旨主張するが、この主張は、本
件発明は天然のエリスロポエチンと異なる立体構造を有し、かつ、エリスロポエチ
ン活性を有する酸性糖タンパク質を対象とするとの出願審査の過程での控訴人の陳
述や、本件明細書の記載、すなわち、本件発明の目的物である酸性糖タンパク質は
「SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリス
ロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナ
ル抗体に強い結合性を有する」との記載に反したものであって、失当である。
 さらに、控訴人の右主張の論法は、本件発明の各構成要件相互間に矛盾がないこ
とを大前提とするものであるが、本件発明のように、公知の物質であったEPOの
製法の改良発明にすぎなかったものを、分割出願を通じて新規な物の発明に改変
し、更に補正を重ねて特許を取得しようとすれば、結果として構成要件相互間に矛
盾が生じてもやむを得ないことである。
 なお、特許庁も、被控訴人が控訴人を被請求人として請求した本件特許の無効審
判事件(平成九年審判第二一一三六号事件)につき平成一二年五月二四日にした審
決において、「特許明細書の記載及び出願経過、出願当時の技術常識を参酌すれ
ば、本件特許請求の範囲に規定された酸性糖タンパク質は、SDS処理によって立
体構造が変化したままのEPOであると認定するのが相当である」(乙第一七号証
一五頁二二行目~二四行目)と認定しており、控訴人が本訴においても前記二の3
(二)、(三)において主張している、①本件発明における「精製することによって得
ることができ」との文言がSDS除去工程を経るものであるとの主張、②控訴人が
本件の出願経過で提出した平成四年一一月二四日付け意見書の記載は誤記であっ
て、担当審査官は、本件特許の対象がSDS変成EPOではないと認識して特許を
認めたとの主張をいずれも排斥している。
  3 SDS除去工程について
  原判決が正当に判示するとおり、構成要件二aにいう「精製することによって
得ることができ」との文言に、通常の国語の意味としてSDS除去工程を経ること
が示されているとは到底考えられない。また、控訴人は、本件発明の審査過程にお
いて提出した平成四年一一月二四日付け意見書の記載は誤記である旨主張するが、
本件発明の発明者らが、その当時、既に、SDS処理によるエリスロポエチンの構
造変化の可能性を認識していたことは後述のとおりであるから、当該記載は、本件
発明の目的物を天然のエリスロポエチンと区別するために意識的に述べたものとみ
るのが最も自然であり、控訴人の右主張は事実をわい曲するものというべきであ
る。
  4 甲第五二号証の実験結果等について
  控訴人は、甲第五二号証の実験成績書によって、本件明細書に記載された実施
例のとおりの精製工程を通じてSDSが除去されることが裏付けられた旨主張し、
その根拠として、原料液に加えたSDSが原料液の抗体カラムへの負荷工程及びカ
ラムの洗浄工程でほぼ全量回収されたことを挙げる。しかし、同号証を精査すれば
明らかなように、原料液としてヒト尿を使用した実験においては、負荷液中のSD
S量が二二・七一〇〇㎎であるのに対し、非吸着液及び洗浄液から回収されたSD
S量は二二・五〇八六㎎で、差引〇・二㎎(〇・八八パーセント)が回収されてお
らず、原料液として被控訴人製剤を使用した実験では、負荷液中のSDS量が七
三・四二五〇㎎であるのに対し、非吸着液及び洗浄液から回収されたSDS量は七
二・〇一八六㎎で、差引一・四㎎(一・九二パーセント)が回収されていない。そ
して、カラムに保持された後に溶出されるタンパク質の量は明らかにされていない
が、おおむね〇・二㎎程度と推察されるから、回収されなかったSDSは、このタ
ンパク質に結合している可能性があるのであって、右実験結果は、控訴人の右主張
を何ら裏付けるものではない。
 次に、控訴人は、右実験の結果得られたエリスロポエチンが、本件抗EPO抗体
との反応性に照らせば、SDS変性EPOではあり得ない旨主張するが、甲第五二
号証には、右実験において精製して得られたエリスロポエチンは、本件抗EPO抗
体と強く結合した旨が明記されており、これは、むしろ右エリスロポエチンがSD
S変性EPOであることを示すものにほかならない。
 また、甲第五二号証には、天然のエリスロポエチンに強い結合性を示すという抗
EPO抗体(R6、R12)が使用されているが、この抗体は、もともとSDS処理
を経たエリスロポエチンに基づいて作製された抗体であって、これが天然のエリス
ロポエチンに、しかも天然のエリスロポエチンのみに強い結合性を有するものであ
るかどうかは疑わしい。その他、同実験では、①精製に供した尿試料の量、②精製
に用いたカラムのサイズ、抗体の種類、③初発試料、洗浄液、溶液画分中のタンパ
ク質量等が不明である上、尿由来精製物のSDS電気泳動、ゲル濾過等のデータが
ないなどの問題があり、この実験は追試不能なものであるから、その信憑性には重
大な疑問がある。
 さらに、控訴人は、甲第五二号証において、被控訴人製剤に尿粉を添加しSDS
処理を行った後に透析、遠心、希釈を行い、本件抗EPO抗体によって精製するこ
とによって得られた物について、本件抗EPO抗体との反応性を実験しているが、
これは被控訴人製剤そのものではない。すなわち、この精製物は、SDS処理とい
う来歴を有するがゆえにその構造がSDS処理前の立体構造とは異なっていること
が強く示唆されるのであり、このことは、本件発明の発明者ら及び甲第五二号証の
作成者の一人の執筆に係る一九八九年(平成元年)発表の文献(乙第一八号証)に
おいて、「SDS処理はEPOの構造に損傷を与えるのかもしれない」と記載し、
SDS処理が、その除去の有無とは関係なく、SDS処理を経たという来歴によっ
てエリスロポエチンに構造変化を来す可能のあることを指摘していることからも根
拠付けられる。
第三 当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないと判断するものであるが、その理由
は、控訴人の当審における主張に対し後記二及び三のとおり判断するほかは、原判
決「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」のとおり(ただし、七二頁末
行、七四頁一行目及び七七頁八行目の「精製」を「精製すること」に改める。)で
あるから、これを引用する。
 二 構成要件二aと他の構成要件との整合性について
   控訴人は、構成要件二aによって特定される本件発明の対象がSDS変成E
POであるとすると、構成要件二b、同二d及び同二eを満たさないこととなるか
ら、本件発明の対象はSDS変成EPOではない旨主張する。
 確かに、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するに際して、他の構成
要件との整合性を参酌することは当然であるが、本件発明においては、その対象と
なる物質がSDS変成EPOであることが、本件明細書の記載から明確に読み取れ
るものであって、かつ、控訴人が出願過程で特許庁審査官に提出した平成四年一一
月二四日付け意見書(乙第五号証の三)にもその旨が明確に示されていることは、
前示(原判決六六頁八行目ないし七一頁一行目)のとおりである。
 これを補足すると、本件発明の特許出願に対しては、特許庁審査官から、平成四
年八月二五日付け及び平成六年六月二日付けの二回にわたる拒絶理由通知が発せら
れており(二回目の拒絶理由通知においては、【C】論文が引用文献として挙げら
れている。)、これに対し、控訴人は、平成四年一一月二四日付けの手続補正書及
び意見書、平成六年九月五日付けの手続補正書及び意見書を提出したものである
が、右一回目の手続補正書(乙第五号証の四)によって、明細書の発明の詳細な説
明中に「以上実施例1~3で得られたEPO(本発明の目的物の酸性糖タンパク
質)は、いずれも下記の特性を有する。①SDS処理を行ったエリスロポエチンに
対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を
有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体(注、すなわち本件抗EPO抗体)
に強い結合性を有する」との記載が追加されるとともに、同日付け意見書(乙第五
号証の三)で「SDS処理によりタンパク質の立体構造が変化することにより、タ
ンパク質の抗原性が変化したEPOに対して結合性を有しているモノクローナル抗
体によって、初めて本願発明の目的が達成可能となったのであり、・・・本願発明
は、EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化し、かつ、EPO活性を有す
る酸性糖タンパク質を対象とするものであります」と説明している。そして、控訴
人は、平成六年九月五日付けの右二回目の手続補正書(乙第五号証の七)をもっ
て、構成要件二a中に「SDS処理をしたエリスロポエチンに結合性を有する抗エ
リスロポエチンモノクローナル抗体を用いて、あらかじめSDS処理を行なったエ
リスロポエチン含有液を精製することによって得ることができ」との部分を新たに
加える補正をし、実施例においても、原料はすべてSDS処理されたものに変更す
るとともに、同日付け意見書(乙第五号証の六)において、右のように補正された
構成要件二a等において引用例(【C】論文)の【C】EPO(これがSDS変成
EPOでないことは明らかである。)と相違する旨を説明している。
 そうすると、右のような本件明細書の記載並びに出願過程における補正及び意見
書提出の経緯を総合すれば、控訴人は、右補正により、本件発明の対象物質を、S
DSによって立体構造の変化したエリスロポエチンとして規定し、先行文献である
【C】論文に記載された天然のエリスロポエチンと本件発明に係るエリスロポエチ
ンとが異なるものであるとしたことが明らかであり、本件発明に係るエリスロポエ
チンがSDSを除去して立体構造の回復したエリスロポエチンであるとする控訴人
の主張は、右のような明細書の記載及び出願経過に反するものというべきである。
 この点について、控訴人は、平成四年一一月二四日付け意見書の「本願発明は、
EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化し、かつ、EPO活性を有する酸
性糖タンパク質を対象とするものであります」との記載は誤記であり、かつ、本件
明細書の発明の詳細な説明中、同日付け補正によって付加された「以上実施例1~
3で得られたEPO(本発明の目的物の酸性糖タンパク質)は、いずれも下記の特
性を有する。①SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、
天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチン
モノクローナル抗体に強い結合性を有する」との記載は、「SDS処理された時」
といった趣旨の言葉を補って解釈すべきである旨主張する。しかし、控訴人が誤記
等であるという右の各点は、前後の文脈等から一義的に理解できる単純な誤字脱字
に類するものではなく、原文の意味を大きく変更するものであって、しかも、右補
正の当時、本件特許出願において、本件発明が天然のエリスロポエチンとして公知
の物質であった【C】EPOとどのように異なるのかが問題とされ、この点が審査
の帰すうに明らかに重要な影響を及ぼす内容であったということができ、このよう
な重要な記載について、控訴人のいうような単純な誤記等が生じたとは考えられな
い。
 以上のとおり、本件明細書の記載及び出願経過から、構成要件二aによって特定
されるエリスロポエチンは、SDS変成EPOであることが明確に理解できるもの
に限定されるべきである。そうすると、構成要件二aの解釈が右のようにされるこ
とを前提として他の構成要件が整合的に解釈されるべきであって、SDS変成EP
Oが構成要件二a、同二b及び同二eと現実に両立し得るかどうかを判断するまで
もなく、この点の控訴人の主張は理由がないというべきである。
 三 SDS除去工程について
   控訴人は、本件明細書には、アフィニティークロマトグラフィーによる常と
う的な精製法の一工程であるカラム洗浄工程としてSDS除去工程が詳細かつ明確
に記載されており、したがって、構成要件二aにいう「精製することによって得る
ことができ」との文言はSDS除去工程を含むものである旨主張する。
 一般に、あるタンパク質がその含有液を精製することによって得ることができる
といった場合における「精製」との文言が、夾雑物や不要物を除去することを意味
することは明らかであり、不要物には、精製過程で必要な前処理のために添加され
た物質の除去をも含むこともあり得るところである。しかし、何が除去すべき不要
物であり何が精製対象物であるかは、当該精製の目的との関係で定まることである
から、SDSの結合したSDS変成EPOを得ることが目的であれば、SDSの解
離が「精製」に含意されないことは当然であって、右目的を前提とするならば、結
局、本件特許請求の範囲における「精製」の文言は、SDSの解離を含まないもの
として解釈すべきものである。控訴人主張の甲第五三号証の一ないし三(それぞれ
【D】博士、【E】博士及び【F】博士の意見書ないし鑑定意見書)には、構成要
件二aの「精製」は、当然にSDSの除去を含むものと理解すべきである旨の記載
があるが、いずれも、精製によって取得すべき目的物がSDSによって変成されて
いないエリスロポエチンであることを前提とするものであるから、採用することが
できない。
 そこで、次に、本件明細書に記載された精製工程がSDS除去工程といい得るか
どうかについて判断するに、控訴人の主張する本件明細書(甲第二号証)に記載の
洗浄工程は、一般的な意味において不純物を取り除くための工程として記載されて
いるにすぎず、例えば、エリスロポエチンと結合していないSDSのような不要物
質がこの工程で除去されることはあっても、エリスロポエチンと結合しているSD
Sを現実に解離するものであることまでが記載されていると認めることはできな
い。この点について、控訴人は、甲第五二号証の実験において、本件明細書に記載
された精製工程を再現した結果、SDSが除去されていることが確認された旨主張
するが、同号証が、エリスロポエチンと結合したSDSの解離までも裏付けるもの
でないことは後述するとおりである。
 したがって、本件明細書には、エリスロポエチンと結合したSDSの解離工程が
記載されていると認めることはできず、この点の控訴人の主張も理由がないという
べきである。
 四 甲第五二号証の実験結果等について
   控訴人は、本件明細書の実施例に記載されたとおりの精製操作によりSDS
が完全に除去されること、その精製物質はSDS変性EPOではないことが裏付け
られる旨主張するので、以下判断する。
  1 甲第五二号証によれば、同号証の実験は、ヒト再生不良性貧血患者尿を調
製した尿タンパク質粉末を試料とするものと、被控訴人製剤(エスポー皮下用六〇
〇〇)に尿粉を添加・混合したものを試料とするものとが含まれること、実験の手
順は、これらの試験試料を、本件明細書に記載された手順に従って、SDS処理を
した後、本件抗EPO抗体を用いて精製し、その間回収されたSDSの定量測定を
行うとともに、精製物質について、抗EPO抗体との反応性を酵素免疫吸着
法(ELISA)によって測定するとともに、構成要件二bないし同二eに対応して、比
活性、SDSーPAGE法での分子量及びゲル濾過法での分子量の測定並びに逆相
カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析をしたものであること、以上の
実験の結果、まず、SDSの回収量については、貧血患者尿を試料とするもので
は、負荷液中のSDS量二二・七一〇〇㎎中、非吸着液及び洗浄液からは計二二・
五〇八六㎎が、被控訴人製剤を試料としたものでは、負荷液中のSDS量七三・四
二五〇㎎中、非吸着液及び洗浄液からは計七二・〇一八六㎎が、それぞれ回収さ
れ、他方、EPOの溶出液からはSDSが検出されなかったこと、次に、再生不良
性貧血患者尿由来の精製物質の抗EPO抗体との反応性(負荷量に対するEPOの
結合量の割合)については、本件抗EPO抗体の場合が七二・三パーセント、「天
然エリスロポエチンに強い結合性を示す」とされるR6抗体及びR12抗体の場合が
それぞれ一〇六・〇パーセント、九八・七パーセントであったが、当該精製物質を
更にSDS処理したものでは、本件抗EPO抗体との反応性が八六・九パーセン
ト、R6抗体及びR12抗体ではいずれも〇パーセントとの数値が得られたこと、右
各精製物質について、比活性、SDSーPAGE法での分子量及びゲル濾過法での
分子量の測定並びに逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析をした
結果は、いずれの試料によるものも、それぞれ構成要件二aないし同二dの範囲内
の数値及び構成要件二eを充足するクロマトグラフィー分析によるピーク形成を示
したこと、以上の事実を認めることができる。
  2 以上認定の実験方法及び結果に基づいて判断するに、ヒト再生不良性貧血
患者尿を調製した尿タンパク質粉末を試料とした右実験は、基本的に本件明細書に
記載されたEPOの精製法を追試、再現することを意図したものということができ
るが、その精製物質が、控訴人の主張するように、SDS変成EPOではないこと
を裏付けるものと評価することはできないというべきである。
 すなわち、控訴人は、右実験によって得られた精製物質がSDS変成EPOでな
いことの理由として、まず、原料液に添加されたSDSは、負荷工程及び洗浄工程
における各流出液からほぼ全量が回収された点を挙げる。しかし、同実験の結果を
精査すると、貧血患者尿生成物を試料とした実験では〇・二〇一四㎎(負荷液中の
SDS総量の〇・八八パーセント)のSDSが、被控訴人製剤を試料とした実験で
は一・四〇六四㎎(同一・九二パーセント)のSDSが回収されていないことは、
その収支計算から明らかである。この点について、控訴人は、このような計算上の
非回収分は、カラムへの非特異的な結合や定量限界等に基づく実験誤差に由来する
旨主張するが、微量のSDSであっても、実験に供された微量のエリスロポエチン
との結合を維持し、その立体構造が変化した状態を保持している可能性を否定する
ことはできない以上、右計算上の未回収分が非特異的な結合や実験誤差等によるも
のとして無視することのできる程度のものとは認められず、そもそもそのような誤
差を与える実験は、SDSの全量が解離、除去されたかどうかを検証するものとし
ては不適切なものであるというほかはない。
 なお、控訴人は、EPO溶出液中からSDSが検出されなかったことは、最終精
製物質がSDS変性EPOでないことを示す旨主張するが、SDS変成EPOがS
DSと結合したままの状態で溶出され、かつ、溶出液中でもEPOとSDSとの結
合が保持される場合には、溶出液中からSDSが検出されないこともあり得るので
あるから、溶出液中からSDSが検出されなかったことは、最終的な精製物質がS
DS変成EPOであることと何ら矛盾するものではなく、控訴人の右主張は失当で
ある。
  3 次に、控訴人は、右実験の結果得られた精製物質がSDS変成EPOであ
れば、本件抗EPO抗体と強く結合するはずであるのに、右精製物質は、本件抗E
PO抗体とは六〇ないし七〇パーセントしか結合せず、他方、天然EPOに強い結
合性を示す抗EPO抗体にはほぼ一〇〇パーセントが結合したことから、これがS
DS変成EPOでないことが裏付けられた旨主張する。しかし、この実験の信憑性
(特に、R6、R12抗体の抗原特性)について、被控訴人の指摘するような疑問が
あることは別論として、仮に、右の実験結果において、控訴人の主張するとおり、
当該精製物質の抗EPO抗体特性が、SDS変成していないエリスロポエチンであ
ることを示すものであるとしても、本件明細書の記載並びに出願過程における控訴
人の補正及び意見書提出の経過から、本件発明の対象である酸性糖タンパク質がS
DS変成EPOであることが明確に示されていることは前示のとおりであって、こ
の認定を覆すには足りないというべきである。すなわち、甲第五二号証の実験が右
のような控訴人主張のとおりの結果を示すものであるとすれば、本件明細書の実施
例を忠実に再現したにもかかわらず、本件明細書に記載された対象物質(SDS変
成EPO)が得られなかったというにすぎず、そのような実験結果があるからとい
って、特許発明の技術的範囲の解釈を変更することは許されないというべきであ
る。
 以上のとおり、甲第五二号証の実験結果は、その実験によって得られた精製物が
SDS変成EPOでないことを示すものであるとの控訴人の主張は理由がない。
  4 控訴人は、本件発明の方法によって精製したエリスロポエチンが会合体を
形成するという事実は、これがSDS変成EPOでないことを示すものである旨主
張するが、この主張も、前同様、本件発明の対象がSDS変成EPOであるとの前
記認定を左右するものとはいえない。
 五 結論
   以上のとおり、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、控
訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につ
き、民事訴訟法六七条一項本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
    東京高等裁判所第一三民事部
      裁判長裁判官   篠   原   勝   美
         裁判官   長   沢   幸   男
         裁判官   宮   坂   昌   利

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