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平成10年(行ケ)第42号 審決取消請求事件
         判      決
    原      告   株式会社シマノ
 代表者代表取締役  【A】
    訴訟代理人弁理士  【B】
同     【C】
    被      告   ダイワ精工株式会社
 代表者代表取締役  【D】
    訴訟代理人弁理士   【E】
  同          【F】
        主     文
  原告の請求を棄却する。
  訴訟費用は原告の負担とする。
    事     実
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
   特許庁が平成6年審判第8664号事件について平成9年12月24日にし
た審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
   主文同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、意匠に係る物品を「釣竿」とする別紙審決書別紙第一の写しのとおり
の意匠登録第880636号意匠(平成元年4月10日意匠登録出願、平成5年7
月26日に設定登録、以下「本件登録意匠」という。)の意匠権者である。被告
は、平成6年5月18日に本件登録意匠に係る意匠登録の無効の審判を請求した。
特許庁は、同請求を平成6年審判第8664号事件として審理した上、平成8年3
月14日に「登録第880636号意匠の登録を無効とする。」旨の審決をしたの
で、原告は、平成8年6月21日に上記審決の取消訴訟を東京高等裁判所に提起
し、平成9年5月29日に上記審決を取り消す旨の判決がされたところ、特許庁
は、更に審理した上、同年12月24日に再び「登録第880636号意匠の登録
を無効とする。」旨の審決をし、その謄本を平成10年1月16日に原告に送達し
た。
2 審決の理由
  別紙審決書の理由の写しのとおりである。以下、審決の認定した本件登録意匠
の元竿部及び竿尻キャップの構成態様を「Aの態様」、釣竿において、各中間竿を
元竿又は後方の中間竿に収納した状態で自在に固定及び伸長を可能とすることによ
り、釣竿の伸長時の全長を何段階かに変更調節できるようにした点及びその収納固
定した中間竿の先端部分が元竿先端から階段状に露出した態様となる点を「bの態
様」、釣竿において、元竿寄りの2本の中間竿のみを限定して、各中間竿を元竿又
は後方の中間竿に収納した状態で自在に固定及び伸長を可能とすることにより、釣
竿の伸長時の全長を何段階かに変更調節できるようにし、その収納固定した中間竿
の先端部分が元竿先端から階段状に露出した態様となる点を「Bの態様」、穂先部
及び第3中間竿より先の中間竿の各先端部が、収納時において、それぞれ後方の中
間竿中に埋没した態様となるものである点を「Cの態様」、第1から第6までの中
間竿及び穂先部について、そのそれぞれの長さが元竿と略同長で、前方のものが後
方のものより細径のものとした点を「Dの態様」という。また、審決書の理由第四
2[A](1)記載のカタログの部分(審決書別紙第二)を「甲第2号証刊行物」、同
[A](2)記載のカタログの部分(審決書別紙第三)を「甲第3号証刊行物」、同
[A](3)記載のカタログの部分(審決書別紙第四)を「甲第4号証刊行物」、同
[A](4)記載のカタログの部分(審決書別紙第五)を「甲第5号証刊行物」、同
[A](5)記載のカタログの部分(審決書別紙第六)を「甲第6号証刊行物」、同
[B](1)記載の公開実用新案公報(審決書別紙第七)を「甲第7号証の2刊行
物」、これに係る願書及び添付の明細書を「甲第7号証の1明細書」、同[B](2)
記載の公開実用新案公報(審決書別紙第八)を「甲第8号証の2刊行物」、これに
係る願書及び添付の明細書を「甲第8号証の1明細書」、同[B](3)記載の公開実
用新案公報(審決書別紙第九)を「甲第9号証の2刊行物」、これに係る願書及び
添付の明細書を「甲第9号証の1明細書」、同[C](1)記載の雑誌の部分(審決書
別紙第十)を「甲第12号証刊行物」、同[C](2)記載の雑誌の部分(審決書別紙
第十一)を「甲第13号証刊行物」、同[C](3)記載の雑誌の部分(審決書別紙第
十二)を「甲第14号証刊行物」とそれぞれいう。
3 審決の取消事由
  審決の理由第一ないし第三は認める。同第四の1のうち、10頁10行ないし
18行及び11頁14行ないし17行は争い、その余は認める。同第四の2のう
ち、Dの態様が周知であるとした点は認め、その余は争う。
 審決は、周知性の判断を誤り、創作性の判断を誤ったものであって、違法であ
るから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(周知性の判断の誤り)
イ 取消事由1(1)(Aの態様について)
 審決引用に係る甲第2ないし第6号証刊行物に記載された意匠は、1企業の全部
で何頁もあるカタログの中のたった1頁に掲載された意匠であるから、これらカタ
ログの発行により知られ得る状態におかれたものであったとしても、周知の形状に
なったとはいえない。
ロ 取消事由1(2)(Bの態様について)
(イ) 甲第7ないし第9号証の各2刊行物は、公開実用新案公報であるが、公開実
用新案公報は、未審査の段階で発行されるものであって、その発行件数は膨大であ
り、当業者にとって、そのすべてを閲覧して内容を精査することは到底不可能であ
る。したがって、これらの公報が発行された事実をもって、この種意匠の属する分
野において、これらの公報に記載された意匠を周知の形状であると認定することは
許されない。
(ロ)審決は、甲第7ないし第9号証の各1明細書中の考案の詳細な説明の欄の記
載を引用し、いわゆる振出し竿の全長を自在に調節可能とすることを周知の技法と
認定した。しかし、明細書の考案の詳細な説明の欄は、公開実用新案公報における
開示の対象に含まれていないから、その記載があるという事実だけで、これが周知
であるとはいえない。
ハ 取消事由1(3)(Cの態様について)
 甲第12ないし第14号証刊行物記載の意匠は、全部で何頁もある雑誌の中の1
頁に掲載されたものにすぎないから、これらの雑誌の発行により知られ得る状態に
おかれたものであったとしても、周知の形状になったとは到底いえない。
ニ 取消事由1(4)(全体について)
(イ) 審決は、本件登録意匠がBを除くAないしDの態様を寄せ集めると、周知な
振出し竿の形状と一致するとし、同時にBの態様が周知の技法及び態様に該当する
ため、本件登録意匠は全体として周知な形状であると結論付けたものである。しか
し、この種振出し竿においては、従来、本件登録意匠のように元竿の先端部から2
本の中間竿の端部を突出してなる収納態様は全く見られず、また、審決引用の刊行
物にも、この収納態様そのものは一切開示されていない。したがって、審決は、本
件登録意匠について、部分的に周知でない形状、すなわち、Bの態様があるにもか
かわらず、全体としてみれば周知であると判断したものであり、周知性に関する判
断に誤りがある。
(ロ) 審決は、Bの態様を除くAないしDの態様とBの態様のそれぞれが周知であ
るとした上で、全体として本件登録意匠が周知であると結論付けている。しかし、
仮に両者が周知であるとしても、意匠は本来全体として1つのまとまりを有し、そ
こに創作的価値が見出されるものであることからすれば、Bの態様を除くAないし
Dを寄せ集めた態様とBの態様との間には一体的な関係が必要である。ところが、
審決は、このような一体的な関係を一切検討することなく、全体として周知である
としたから、審決における周知性の判断は失当である。
(2) 取消事由2(創作性の判断の誤り)
イ 取消事由2(1)(Aの態様について)
 審決は、Aの態様について、甲第2ないし第6号証刊行物記載の意匠に基づいて
創作容易であると判断した。しかし、甲第2ないし第6号証刊行物記載の意匠は、
いずれも写真であって部分斜視図のみからなるため、その形状を十分認定できない
ものであるが、Aの態様とはその態様を異にするものである。すなわち、甲第2号
証刊行物記載の意匠は、元竿のグリップ部の先端側が極端な極細形状である点で本
件登録意匠とは異なる。甲第3号証刊行物記載の意匠は、いずれも元竿のグリップ
部と先端側が略同径である点で本件登録意匠とは異なり、また、これらの意匠の元
竿の形状も、それぞれ異なる。甲第4号証刊行物記載の意匠は、その元竿のテーパ
部が細長態様である点で本件登録意匠とは異なる。甲第5号証刊行物記載の意匠
は、元竿の形状がそれぞれ異なる。甲第6号証刊行物の意匠は、元竿の中間のテー
パ部が明確でないばかりか、グリップ部と先端部側との径の大小も、本件登録意匠
とは異なる。
ロ 取消事由2(2)(Bの態様について)
 甲第7ないし第9号証の各1明細書の記載を詳細に検討すれば、上記各明細書記
載の考案は、いずれも振出し竿について、いかに釣場の状況に応じて1本の釣竿で
すませることができるかを追求するものであり、いわば振出し竿の全長の長さ調節
のための技術的手段を開示したものであって、本件登録意匠のような元竿よりの一
部の中間竿のみを突出させた収納形状は、一切明示されていない。
 甲第7号証の2刊行物記載の意匠は、元竿自体がほぼ同径からなり、元竿の先端
からわずかに第1中間竿の端部のみが突出してなるが、これは、収納形状を開示し
ているとはいえず、本件登録意匠とは顕著な差異が認められる。甲第8号証の2刊
行物記載の意匠は、一部の中間竿及び穂先が突出した、いわば使用状態の形状を表
してなるものであり、本件登録意匠とは本質的に異なる。甲第9号証の2記載の意
匠は、元竿自体の形状が本件登録意匠のものとは明らかに異なる。しかも、上記意
匠は、元竿からすべての中間竿の端部及び穂先を階段状に突出させ全体として釣竿
先端部がピラミッド形状を呈してなる収納形状が開示されており、この形状と本件
登録意匠の形状は明らかに別異のものである。
 審決が上記各意匠の形状に基づき本件登録意匠が創作容易であると判断したの
は、結局、釣竿の全長を調節する「技法」なる概念により推認した結果にすぎず、
このように形状に基づくことなく本件登録意匠の創作性を否定することは、決して
許されるべきではない。
ハ 取消事由2(3)(Cの態様について)
甲第12ないし第14号証刊行物記載の各意匠は、すべて元竿のみが表れている
もので、この元竿内に穂先若しくは中間竿が収納されているか否か不明である。ま
た、仮に穂先や第3中間竿より先の中間竿が収納されているとしても、同時に第1
及び第2中間竿も収納された態様からなっており、これは、いわば従来の振出し竿
を開示したにすぎないものである。したがって、穂先及び中間竿のすべてを収納し
た元竿の形状のみからなる上記各意匠と、第1、第2中間竿の端部を階段状に突出
させた形状からなる本件登録意匠とは、明らかにその形状を異にするものであるか
ら、上記各意匠から本件登録意匠が容易に創作できるとは考えられない。
 また、審決は、前記Bの態様とCの態様が合わさることにより、本件登録意匠の
創作のポイントである元竿側から第1及び第2の中間竿のみを露出してなる態様が
容易に創作できると判断している。しかし、B及びCの態様には、本件登録意匠の
創作ポイントである第1及び第2中間竿の端部のみを階段状に突出してなる形状が
一切明示されていないのである。そうとすれば、B及びCの態様を合わせたとして
も、本件登録意匠の上記形状を創作できるとは考えられない。
ニ 取消事由2(4)(全体について)
 本件登録意匠は、各構成態様、特に、Aの態様の元竿の形状と、Bの態様の2本
の中間竿のみが露出した態様が有機的に結合して一体不可分の「まとまりある意
匠」を構成しているにもかかわらず、審決は各態様を分離し、分離した態様毎に個
別に創作性を判断した。しかし、意匠は、各態様がまとまった全体形状にあるもの
である以上、審決のような個別、分離判断は、意匠の創作性の判断としては誤りで
ある。
ホ 取消事由2(5)(創作課題と使用形態について)
釣竿の分野においては、例えば渓流で源流部に入ると、川幅が狭くなり、ポイン
トが小さくなって、元竿を縮めて使う必要がある。本件登録意匠は、このような場
合に、数種類の長さに使い分けて使用することができ、かつ、縮めた状態でも全く
ガタつきが生じず、しかも、縮めた中間竿を必要に応じて素早くワンタッチで取り
出せる釣竿を提供することを創作課題とするものである。本件登録意匠は、上記課
題を達成するために、元竿先端部から元竿寄りの2本の中間竿の先端部のみを階段
状に露出させると共に、元竿の形態を大径円筒部からなるグリップ部と該グリップ
先端のテーパ部と該テーパ部の先端側の小径部によって形成し、かつ、元竿内の2
本の中間竿の外周面と元竿の内壁面とは上記小径部内においては近接状態とし、グ
リップ部内においては大なる隙間を形成してなる。
甲第7ないし第9号証の各2刊行物記載の考案は、振出し竿において、ふくら
み、リングないし径大部を設けて元竿に対して各中間竿を自在に調節可能とし、任
意の位置に中間竿の位置決めを可能としたものであって、本件登録意匠のように実
際に魚がかかった際に、とっさに全長の長さを3種類に長くしたり、短くしたりす
ることを課題としたものではないのみならず、このような創作思想もない。
このように、本件登録意匠は、2本の中間竿のみを元竿の先端部に露出させるこ
とによって、釣竿全長を3種類に使い分けて使用可能とすることに最大の創作課題
がある。ところが、審決は、これを看過して、中間竿間の長さ調節可能が本件登録
意匠であると解し、長さ調節可能な甲第7ないし第9号証の各2刊行物記載の意匠
から創作が容易である旨判断したが、これは不当な判断である。
 また、本件登録意匠は、釣竿の全体の長さを3種類に使い分けて使用できるもの
である。一方、甲第7ないし第9号証の各2刊行物記載の意匠は、全長を使い分け
するものではなく、中間竿間の長さを調節するものである。ところが、審決は、こ
のような使用形態の異なる文献の内容から本件登録意匠の創作が容易である旨判断
したが、これは失当である。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1、2の事実は認める。同3は争う。
2 被告の主張
(1) 取消事由1について
イ 取消事由1(1)について
(イ) 甲第2ないし第6号証刊行物は、いずれも日本国内において広く知られて周
知に至っていたものであり、そこに記載された意匠は周知であった。
(ロ) また、意匠の開発ないし出願をするに当たって、当該意匠に係る物品に関連
する情報を収集調査することは当然に行われていることであり、上記刊行物記載の
意匠は、当業者にあっては、広く知られていたものとするのが相当である。
ロ 取消事由1(2)について
(イ) 甲第7ないし第9号証の2刊行物は、それらの公開から本件登録意匠の出願
日までの間10年6か月ないし5年3か月の期間が経過しており、この間に全国の
閲覧所等においてこれらの公報を閲覧した者はおびただしい数に上るから、本件登
録意匠の出願時においては、不特定多数の者が知得し、周知の状態に至っていた。
(ロ) 審決が、なお書きで甲第7ないし第9号証の各1明細書の記載に触れた点
は、審判における原告の主張に対して補足的に指摘したまでのものであり、明細書
の記載を引用するまでもなく、bの態様は周知である。また、上記各明細書は、何
人も容易に閲覧することができるものであるから、周知といっても過言ではない。
ハ 取消事由1(3)について
 甲第12ないし第14号証刊行物記載の意匠についても、前記イ(ロ)と同様であ
って、当業者には広く知られていたものとするのが相当である。
ニ 取消事由1(4)について
(イ) 審決には、「本件登録意匠は全体として周知な形状である」旨の記載はな
く、審決はその旨の判断をしたものではないから、これを前提とする原告の主張
は、失当である。
(ロ) 審決は、本件登録意匠が全体として周知であるとしたものではない。
 意匠法3条2項(平成10年法律第51号による改正前のもの、以下同じ。)の
規定は、いくつかの形状、模様、色彩を組み合わせる場合も包含するものであるか
ら、寄せ集め又は結合した周知の構成要素相互の関係についての制約はなく、これ
らが一体的な関係である必要はない。
 本件登録意匠の場合は、周知の態様と認定された各態様も同一構成の同一物品に
おける各部位の態様であって密接な関連があり、そのまとまりとしても特別な創作
があるとは認められないものであるから、本件登録意匠は容易に創作することがで
きたものである。
(2) 取消事由2について
イ 取消事由2(1)について
 審決は、甲第2ないし第6号証刊行物記載の意匠の態様とAの態様が同一である
と判断しているのではない。Aの態様は、上記各刊行物記載の意匠の態様に基づい
て、当業者ならば誰でもが普通に加えるであろう程度の改変を加えたまでのもので
あって、創作としては同一といい得るほどに共通しているから、審決は、ほぼ一致
と判断しているのであって、上記各刊行物記載の意匠の態様と本件登録意匠の態様
に差異があるのは当然である。
ロ 取消事由2(2)について
 審決は、甲第7ないし第9号証の各2刊行物について、bの態様が開示されてい
るとしているものであって、これらを本件登録意匠の態様と同一の態様としている
ものではないから、上記各刊行物記載の意匠の態様と本件登録意匠の態様に差異が
あるのは当然である。
 原告は、あたかも意匠の分野における創作容易の判断には、技法によって形成さ
れる形状の入る余地が全くないかのように主張する。しかし、意匠は物品に関する
ものであり、意匠の創作に当たっては、目的とする物品の機能、構造、加工技術を
含む技法等を考慮しつつ一つの形状にまとめるものであり、まして、本件登録意匠
のように変化する意匠(動的意匠)には、機構などの技法が介在するものであっ
て、本件登録意匠の場合にも、その創作に当たっては、当然この種物品における技
法を考慮しているものであるから、その意匠の創作容易性の判断には、物品をまと
めるに当たって介在する技法についても、当然判断されてしかるべきである。
ハ 取消事由2(3)について
 原告は、Cの構成について容易に創作できるとは考えられない旨主張するけれど
も、審決は、Cの態様が日本国内において既に広く知られていたものと認められる
と判断しているものであって、創作容易性について判断しているものではないか
ら、上記主張は失当である。
ニ 取消事由2(4)について
 原告の主張するまとまりとしての判断は、新規性における類否判断においてされ
るものであるところ、本件の場合は、創作容易性の判断であるから、意匠の構成要
素を個別に分離判断することは当然である。
 そして、前記(1)ニで述べたとおり、意匠法3条2項の規定の適用については、組
み合わされた形状、模様、色彩が一体的な関係である必要はなく、また、全体とし
ての本件登録意匠についても、本件登録意匠と密接な関連のある技法及び態様から
の商業的変形にすぎないものであって、特別な創作があるとは認められないもので
ある。
ホ 取消事由2(5)について
 審決の判断は、意匠法3条2項の規定に準拠しているものであり、原告の主張す
る釣竿を3種類に使い分けて使用するということと、中間竿間の長さを調節すると
いう着想、創作課題や創作目的の相違は、特許、実用新案のような技術的思想とし
ては相違する結果があるとしても、意匠法による創作容易性の判断の要素とはなら
ない。
第3 証拠
 証拠関係は、本件記録中の書証目録のとおりであるから、これを引用する。
理     由
第1 請求の原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。
第2 審決の取消事由について判断する。
1取消事由1について
(1) 取消事由1(1)について
  乙第1号証の1ないし55、第2号証の1ないし44、第3号証の1ないし4
3、第4号証、第5ないし第9号証の各1、2、第10号証、第11ないし第16
号証の各1、2、第17号証、第18ないし23号証の各1、2、第24号証、第
25号証の1、2及び弁論の全趣旨によれば、甲第2ないし第5号証刊行物は、被
告の商品カタログであるところ、被告は、上記各刊行物が刊行された当時、全国各
地に約20か所の営業所・出張所を有する釣具等のメーカーであったこと、上記各
刊行物は、本件登録意匠の登録出願前に、少ないものでも8万部以上が印刷される
と共に上記被告の各営業所・出張所を始め、被告の取引先の釣具店や数万人以上の
来場者があった展示会において不特定多数の者に対し頒布されていたことが認めら
れ、以上の事実によれば、甲第2ないし第5号証刊行物記載の意匠は、本件登録意
匠の登録出願前に日本国内において広く知られていたことが認められる。
 乙第24号証及び弁論の全趣旨によれば、甲第6号証刊行物は、株式会社オリム
ピックの商品カタログであるところ、同社は、同刊行物の刊行された当時、釣具の
業界紙において、被告(昭和20年設立で平成3年ころには資本金約64億円とな
っていたこと及び上記営業所・出張所数からして、同刊行物の刊行当時において、
相当大規模な企業であったと認められる。)や原告(昭和15年設立で平成8年こ
ろには資本金約356億円となっていたことからして、同刊行物の刊行当時におい
て、相当大規模な企業であったと認められる。)らと同列に扱われている釣具の総
合メーカーであることが認められ、上記事実によれば、甲第6号証刊行物も、同日
に特許庁資料館に受け入れられている甲第5号証刊行物と同様、本件登録意匠の登
録出願前に多数部が不特定多数の者に頒布されていたものと推認されるから、同号
証刊行物記載の意匠は、本件登録意匠の登録出願前に日本国内において広く知られ
ていたことが認められる。
(2) 取消事由1(2)について
イ 乙第26号証及び弁論の全趣旨によれば、公開実用新案公報は、実用新案登録
出願に係る技術内容を一般公衆に知らせることを目的として特許庁長官が刊行頒布
するものであって、全国数十か所以上の公衆閲覧所のほか、多くの団体、企業にも
頒布されていることが認められる。そして、甲第7ないし第9号証の2刊行物が刊
行されてから、本件登録意匠の登録出願まで5年以上を経過しているから、この間
に上記各刊行物ないしその複写物を閲覧した者は非常に多数にのぼるものと推認さ
れる。したがって、甲第7ないし第9号証の2刊行物記載の意匠は、本件登録意匠
の登録出願前に日本国内において広く知られていたことが認められる。
ロ 原告は、公開実用新案公報の発行件数が膨大であるから、当業者にとって、そ
のすべてを閲覧して内容を精査することが不可能であるから、甲第7ないし第9号
証の各2刊行物記載の意匠は、本件登録意匠の登録出願前に日本国内において広く
知られていなかった旨主張する。しかし、当業者は、その取り扱う物品等に関する
工業所有権関係の情報に大きな関心を持ち、これを収集しているものと容易に推認
されるところであるから、原告の主張は、採用することができない。
ハ 原告は、審決が、甲第7ないし第9号証の各1明細書中の考案の詳細な説明の
欄の記載を引用して、いわゆる振出し竿の全長を自在に調節可能とすることを周知
の技法と認定したことを前提として、これが周知ではない旨主張する。しかし、審
決は、甲第7ないし第9号証の各2刊行物記載の意匠を引用して、bの態様が周知
であったと認定したものであって、甲第7ないし第9号証の各1明細書中の考案の
詳細な説明の欄の記載を引用したものではないことは、審決の説示から明らかであ
る。原告の主張は、前提を欠くものであって、失当である。
(3) 取消事由1(3)について
 乙第32、第33号証によれば、甲第12、第13号証刊行物は、少ないもので
も8万部発行されたことが認められ、第14号証刊行物も、その性質上、多数部が
発行されたものと推認されるから、上記各刊行物記載の意匠は、本件登録意匠の登
録出願前に日本国内において広く知られていたことが認められる。原告は、上記意
匠が、全部で何頁もある雑誌の1頁に掲載されたものであることを理由として周知
ではない旨主張するけれども、雑誌が何頁もあれば個々の頁は閲読されなくなるな
どというものではないから、上記主張は失当である。
(4) 取消事由1(4)について
 原告は、審決が、本件登録意匠は全体として周知な形状であると結論付けたこと
を前提として、その判断が誤りである旨主張する。しかし、審決は、「本件登録意
匠は、全体として本件登録意匠の出願前において既に日本国内において広く知られ
た形状(態様)に基づいて当業者が容易に創作をすることができたもの」(18頁
14行ないし18行)であると認定判断しているのであって、本件登録意匠は全体
として周知な形状であるとしたものではないことは、審決の説示から明らかであ
る。原告の主張は、前提を欠くものであって、失当である。
2 取消事由2について
(1) 取消事由2(1)について
原告は、甲第2ないし第6号証刊行物記載の意匠の態様がAの態様とは異なると
して、Aの態様の創作が容易ではなかった旨主張する。しかし、上記各刊行物記載
の意匠の態様とAの態様との差異は、微差であって、Aの態様は、上記各刊行物記
載の意匠の態様に基づいて、当業者が普通に加えるであろう程度の改変を加えた程
度のものと認められる。原告の主張は、採用することができない。
(2) 取消事由2(2)について
イ 甲第7ないし第9号証の各2刊行物によれば、bの態様は、本件登録意匠の登
録出願前に日本国内において広く知られていたことが認められる。そして、Bの態
様は、bの態様について、各中間竿を元竿又は後方の中間竿に収納した状態で自在
に固定及び伸長を可能とするについて、元竿寄りの2本の中間竿のみを限定したも
のにすぎないから、bの態様から当業者が容易に創作をすることができたものと認
められる。
ロ 原告は、甲第7ないし第9号証の各2刊行物について、本件登録意匠のような
第1、第2中間竿の端部のみを元竿から階段状に突出させた形状が示されていない
旨主張する。しかし、甲第7ないし第9号証の各2刊行物に元竿よりの一部の中間
竿のみを突出させた収納形状が明示されておらず、その態様自体は周知ではなくて
も、bの態様が周知である以上、元竿寄りの2本の中間竿のみを限定することは、
容易に創作をすることができたものであることは前認定のとおりである。したがっ
て、甲第7ないし第9号証の各2刊行物について、本件登録意匠のような元竿より
の一部の中間竿のみを突出させた収納形状が明示されていないことは、上記認定を
左右するものではない。
 また、原告は、審決が、本件登録意匠が創作容易であると判断したのは、釣竿の
全長を調節する「技法」なる概念より推認した結果であり、形状に基づかずに本件
登録意匠の創作性を否定した旨主張する。しかし、Bの態様は、bの態様から当業
者が容易に創作をすることができたものであって、bの態様が形状ではないという
ことはできないから、原告の主張は、採用することができない。原告は、bの態様
のうちの、「釣竿において、各中間竿を元竿又は後方の中間竿に収納した状態で自
在に固定及び伸長を可能とすることにより、釣竿の伸長時の全長を何段階かに変更
調節できるようにした点」を形状ではないと主張するものと解されるけれども、上
記は、伸長した状態、一部の中間竿を元竿に収納して伸長した状態というように、
釣竿の伸長時の全長が何段階かに変化する動的意匠であることを意味するものであ
って、このように形状が変化する動的意匠であることをもって、それが形状ではな
いということはできないのである。ちなみに、本件登録意匠においても、収納状
態、全竿を伸ばした状態、一本の中間竿を元竿に収納した状態というように、全長
が何段階かに変化する動的意匠であるが、これが形状ではないとは解されないとこ
ろである。
(3) 取消事由2(3)について
原告は、穂先及び中間竿のすべてを収納した元竿の形状のみからなる甲第12
ないし第14号証刊行物記載の意匠と、第1、第2中間竿の端部を階段状に突出さ
せた形状からなる本件登録意匠とは、明らかにその形状を異にするものであるか
ら、上記各意匠から本件登録意匠が容易に創作できるとは考えられない旨主張す
る。しかし、Cの態様のみから第1、第2中間竿の端部を階段状に突出させた形状
が容易に創作できなければならないものではない。すなわち、前記(2)のとおり、B
の態様のうち、元竿寄りの2本の中間竿のみを限定して、収納固定した中間竿の先
端部分が元竿先端から階段状に露出した態様は容易に創作することができたもので
あり、Cの態様が周知である以上、両者を組み合わせれば、必然的に第1、第2中
間竿の端部を階段状に突出させた形状となるものであるから、原告の主張は、採用
することができない。
(4) 取消事由2(4)について
 原告は、本件登録意匠について、審決は各態様を分離し、分離した態様毎に個別
に創作性を判断したことを前提として、これを誤りである旨主張する。しかし、審
決は、「本件登録意匠は、全体として本件登録意匠の出願前において既に日本国内
において広く知られた形状(態様)に基づいて当業者が容易に創作をすることがで
きたもの」(18頁14行ないし18行)として、本件登録意匠の全体について容
易に意匠の創作をすることができた旨判断しているから、原告の主張は、前提を欠
くものである。なお、AないしDの態様は、いずれも釣竿という同一物品に係る形
状であるから、これを組み合わせることは極めて容易である。したがって、Aない
しDの態様が日本国内において広く知られた形状ないしこれから創作容易である以
上、これらを組み合わせてなる本件登録意匠も、当業者が日本国内において広く知
られた形状に基づいて容易に創作をすることができたものと認められるから、上記
審決の判断にも誤りはない。
(5) 取消事由2(5)について
 原告は、本件登録意匠は、2本の中間竿のみを元竿の先端部に露出させることに
よって、釣竿全長を3種類に使い分けて使用可能とすることに最大の創作課題があ
り、また、釣竿の全体の長さを3種類に使い分けて使用できるものであるのに、審
決は、中間竿間の長さの調節をするものであり、使用形態の異なる甲第7ないし第
9号証の各2刊行物記載の意匠から創作が容易である旨判断したから、誤りである
旨主張する。
 しかし、本件登録意匠は、当業者が日本国内において広く知られた形状から創作
することができたものであることは前記認定のとおりである。原告の主張は、本件
登録意匠は日本国内において広く知られた形状と比べて、技術的な課題及び技術的
な理由による作用効果が相違ないし優れていることを根拠として本件登録意匠の創
作の困難を主張するものであるが、意匠は、視覚を通じて美感を起こさせるもので
あって、技術的思想の創作ではないから、技術的な課題及び技術的な理由による作
用効果が相違ないし優れているとしても、そのことをもって意匠の創作が困難とな
るというものではない。
 したがって、原告の主張は、採用することができない。
3 なお、原告は、本件登録意匠について、中間竿が6本よりなるとした審決の認
定を争う。しかし、本件登録意匠における全竿を伸ばした状態を示す正面図及び平
面図によれば、本件登録意匠の中間竿は6本よりなるものと認められるけれども、
仮にそうではないとしても、前記1、2の認定を左右するものではないから、上記
は審決の結論に影響を及ぼすものではない。
  また、原告は、審決の認定した本件登録意匠の収納形態の要約を争う。なるほ
ど、上記要約においては、収納時において第1及び第2の中間竿の先端部のみが階
段状に露出することが記載されていない。しかし、審決は、本件登録意匠の形態の
詳細は、審決書別紙第一の写しのとおりのものである旨認定した上で、収納時にお
いて第1及び第2の中間竿の先端部のみが階段状に露出することを意味することに
なるB、Cの態様が日本国内において広く知られた形状ないしこれから創作容易で
あると認定判断して結論を導いているのであるから、結局、上記要約の記載の不足
は、審決の結論に影響を及ぼすものではない。なお、原告は、上記第1及び第2の
先端部の中間竿の突出長さが同一の長さであることをも記載しなければならないと
の趣旨で争うものとも解されるけれども、階段状に露出するということは、各突出
長さが同一であるということであるから、原告の主張が上記の趣旨であるならば、
採用することはできない。
4 以上のとおりであるから、本件登録意匠は当業者が日本国内において広く知ら
れた形状に基づいて容易に創作をすることができたとした審決の認定判断に誤りは
なく、審決には、原告主張の違法はない。
第3 結論
 よって、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費
用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとお
り判決する。
(口頭弁論終結日・平成11年5月27日)
   東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官 清 永  利 亮
          裁判官  山 田  知 司
 
          裁判官 宍 戸充

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