弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴はいずれも之を棄却する。
         理    由
 検察官安田道直の控訴趣意は記録に編綴されている検察官野田英男提出の控訴趣
意書記載のとおり、弁護人諌山博の控訴趣意は記録に編綴されている同弁護人及両
被告本人提出の控訴趣意書記載のとおりであり、検察官の控訴に対する答弁は右弁
護人提出の答弁書記載のとおりである。
 弁護人の控訴趣意第一乃至第五点及両被告本人の控訴趣意について、
 原判決挙示の証拠を綜合すれば判示各犯罪事実を推認するに難くない。記録を精
査するもなんら経験則を無視したり採証の法則を誤つておると云う形跡はなく、証
拠の取捨判断に対する攻撃は当らない。
 原判決引用の証拠によれば佐賀税務署の表東側通用門は同税務署に用事のない者
に対しみだりに構内に立入ることを許さないところであり判示の如く夜間セメント
袋入人糞を投込む目的で該通用門から同税務署構内に立入りたる行為を目して住居
侵入罪に擬したことは決して法の解釈適用を誤つたものではない。
 又「Aに告ぐ云々」なるビラの文言がAの身体生命等に危害を加えるかも知れな
いと云う脅迫的意味を寓するものであることは否定し難い。論旨はすべて理由がな
い。
 検察官の控訴趣意第一点について、
 爆発物取締罰則に所謂爆発物とは理化学上の爆発現象を惹起するように薬品その
他の資材が結合されておる物体であつてその爆発作用自体により公共の安全を乱し
又は人の身体財産を害するに足る破壊力を有するものを指称すると解する(最高裁
判所大法廷、昭和三一、六、二七判決。)。従つて右罰則によつて取締りの対象と
なるべき爆発物の範囲は、爆発作用そのものにより社会の治安を紊し又は人体財産
を傷害損壊し得る程度に高度の爆発性能を備えなければならぬことは勿論である
が、若し原判決文の「極めて高度」なる文言がそれ以上の高度を意味するものであ
るならば誤つた見解である。而してその破壊力は人の身体財産を害するに十分であ
ればよいのであつて原判示の如く必ずしも「不特定多数人」の身体財産を害し得る
程強力であることを要しない。又爆発力の程度につき原判決は身体財産に甚大な被
害を加うるに足る破壊力を有しなければならぬとし「甚大なる」と云う表現を用い
ておるがかかる加重要件は必要でない。然し如何に微細な被害でも被害を与えるこ
とができるものならば悉く右罰則に所謂爆発物と認めて差支えないかと云うに然ら
ず、苟くも爆発物を用いその爆発作用自体によつて身体財産を害した者を一般法た
る刑法によらず爆発物に関し特別法たる爆発物取締罰則によつて処罰するものであ
る以上爆発性能の程度は人体財産を害するものとして社会通念上危険を感ぜしめる
程度のものたることを要するは勿論である。極めて零細な損傷しか与え得ないよう
な微弱な破壊力を有するに過ぎないものはたとえ爆発物たる形態を備えていてもそ
れは右罰則所定の爆発物に該当しないものとして除外せらるべきである。蓋し、右
罰則の制定に当つてその当時当局より発表せられた「爆発物取締罰則説明」によれ
ば爆発物使用の目的とその使用する物件が爆発物であることにより社会公共に与え
る危害の甚大なるを慮り国家非常の大害を禁遏する必要上右罰則の制定を見るに至
つたものであり、それ故に右罰則に対し一般法たる刑法の相似せる犯罪に対比して
著しく重い刑罰を以てのぞみ、犯罪行為の種類や範囲も極めて拡げられておるので
あるがそれは全く爆発物の有する爆発作用そのものに由る破壊力の怖るべく且危険
性の大なるがために外ならない。よつて未だ社会公共の治安を乱すに足らず又極め
て軽微な損傷しか与うることの出来ないような爆発物は右罰則所定の爆発物に該当
しないのは当然である。
 <要旨>進んで問題のラムネ弾の構造、作用、性能等について研究するに、原審が
証拠によつて確定したところによれば、本件の犯行に使用された所謂ラムネ
弾は単にラムネ瓶にカーバイトを詰め之に水を混入した構造のもので、その使用方
法は只、カーバイトを詰めた右ラムネ瓶に水を注入し之を倒して直ちに投擲するも
のであつて、その際カーバイトと水の反応によりアセチレンガスが急激且多量に発
生し一方ラムネ瓶を倒すことによりラムネ玉が栓座に詰つて瓶の口を密閉するため
瓶内のガスの圧力が上昇し遂にラムネ瓶の外壁を破るに至つてその瓶の破片が四囲
に飛散するのであつて、右瓶の破裂はアセチレンガスが密栓された瓶内で急速多量
に発生するため高圧を生じそれが瓶の耐圧限界を超えるに至つた時発生する物理的
作用に基くものであり理化学上の所謂爆発現象を惹起する性能を有する爆発物たる
ことは云う迄もない。而して原審鑑定人Bの鑑定書、原審第九回公判調書中証人B
の供述記載、最高裁判所昭和三十年(あ)第二、二一二号爆発物取締罰則違反被告
事件の第一審第七回公判調書中証人Bの供述記載を綜合すれば右ラムネ瓶破片の有
する損傷能力は十糎の至近距離においても窓硝子を破損しさらし木綿や革皮を貫通
するが木材や鉛板などには深さ二分の一粍程度の損傷を与えるに過ぎず人体に対し
ても十糎の至近距離において深さ二粍位の切傷又は皮膚が切れる程度の打撲傷を与
えるに止まり衣服を着ておれば衣服が長さ一糎乃至三糎位の刃物で切つたように切
り裂かれ然らざる場合も血の滲む程度の打撲傷を与えるに過ぎずその爆音も戸外で
は中心より半径五、六十米、屋内では三十米以内に居る人を驚かしめる程度である
ことが認められ又原審鑑定人Cの鑑定書によればラムネ弾を爆発させた場合の最大
飛散距離は二十五米前後であり、厚さ二粍のボール紙も四、五米離れておれば瓶の
破片は之を貫通し得ず一米離れた所に置いた杉片には二粍乃至五粍位喰入るのみで
到底貫通し得ないことが明らかである。尤もカーバイトと水の混和量や外部の気温
気圧その他の諸条件のちがいにより結果に多少の相違を来すであろうけれども本件
の場合においてもラムネ弾の一個が投下された地点から一米以内の近距離にあつた
佐賀県国家地方警察隊長官舎座敷東側の硝子窓の硝子は一枚も破壊されていない程
であつて本件のラムネ弾はその性能が弱く未だその投擲爆発により人心に不安脅威
の念を生じよつて公共の安全を害するに至らず又爆発作用そのものにより人体財産
に対し社会通念上危害を感ぜしむるに足る丈けの破壊力もないことが確認されるの
で爆発物取締罰則所定の爆発物には該当しないものと謂わざるを得ない。論旨は理
由がない。
 当庁において、ラムネ弾を右罰則に所謂爆発物に該当するとした判例(当庁刑
一、昭和三〇、四、二五判決。同刑一、昭和三〇、四、二七判決。同刑三、昭和三
〇、一一、二二判決)があり又ラムネ弾の球栓が栓座に接着せず瓶が密栓とならな
かつたために爆発しなかつたのを爆発物に該当せずとした判例(当庁刑二、昭和三
〇、六、二五判決)のあることを参考までに附記する。
 同第二点について、
 論旨は、被告人両名が氏名不詳者数名と共謀の上A及びその家族の身体を害する
目的を以てラムネ弾を投擲爆発せしめたと云う爆発物取締罰則第一条違反の公訴事
実に示された訴因は数人共同して脅迫したと云う暴力行為等処罰に関する法律第一
条違反の訴因をも含んでおり、両者は法条競合の関係にあつて後者は前者に吸収せ
られておるので前者の罪が成立しないならば残る後者の訴因について判断を示さね
ばならないのに原判決はこの点につきなんら言及するところなく直ちに無罪を言渡
したのは審判の請求を受けた事件について判決しなかつた違法があると云うのであ
る。
 けれども前者の訴因の裡には当然に後者の訴因をも包含しておると主張するのは
独自の見解に過ぎず、公訴事実は訴因を明示してこれを記載することを要するにか
かわらず暴力行為等処罰に関する法律第一条違反の訴因につき事実の明記なきは勿
論罰条の記載もなき本件において裁判所は前者の訴因を否定した場合更に進んで後
者の訴因の成否についてその判断を示さねばならぬ義務を負うべき謂れはない。論
旨は理由がない。
 弁護人の控訴趣意第六点及検察官の控訴趣意第三点ついて、
 双方共量刑の不当を主張するものであるが本件犯罪の動機態様その他諸般の情状
に照し原審の科刑は相当であつて敢て重きに過ぐることなくさりとて甚だしく軽過
ぎるうらみもない。従つて論旨はいづれも採用しない。
 よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文の通り判決する。
 (裁判長裁判官 柳田躬則 裁判官 青木亮忠 裁判官 尾崎力男)

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