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裁判例


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主文
1原判決中,別紙被上告人目録1及び2記載の被上告
人らにつき平成16年12月9日以降に,同目録3
記載の被上告人につき同17年3月17日以降に,
それぞれ生ずべき損害の賠償請求を認容した部分を
破棄する。
2前項の部分につき,被上告人らの控訴を棄却する。
3第1,2審の訴訟費用は,これを3分し,その2を
被上告人らの,その余を上告人の負担とし,上告費
用は被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人大竹たかしほかの上告受理申立て理由について
1本件は,上告人が日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条
約に基づきアメリカ合衆国に対して同国軍隊(以下「米軍」という。)の使用する
施設及び区域として提供している横田飛行場の周辺に居住する被上告人らが,横田
飛行場において離着陸する米軍の航空機の発する騒音等により精神的又は身体的被
害等を被っていると主張して,上告人に対し,夜間の航空機の飛行差止め及び損害
賠償等を請求する事案である。
2所論は,被上告人らの上記損害賠償請求のうち原審の口頭弁論終結の日の翌
日以降原判決言渡日までに生ずべき損害の賠償請求を認容した原審の判断に判例違
反,法令の解釈適用の誤りがあるというのである。
3そこで,この点に関する原判決の判示をみるに,原判決は,原審の口頭弁論
終結後も,原判決言渡日までの8か月ないし1年間といった短期間については,原
審の口頭弁論終結時点に横田飛行場周辺の住民が受けていた騒音の程度にさほど変
化が生じないことが推認され,受忍限度や損害額の評価を変更すべき事情も生じな
いから,口頭弁論終結後の損害の賠償を求めて再び訴えを提起しなければならない
ことによる被上告人らの負担にかんがみ,原審の口頭弁論終結時について認められ
る損害賠償請求権と同内容の損害賠償請求権を認めるべきであると判断した。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は次の
とおりである。
(1)継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権については,たと
え同一態様の行為が将来も継続されることが予測される場合であっても,損害賠償
請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず,具体
的に請求権が成立したとされる時点において初めてこれを認定することができ,か
つ,その場合における権利の成立要件の具備については債権者においてこれを立証
すべく,事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発生とし
てとらえてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるようなものは,
将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものと解
するのが相当である。そして,飛行場等において離着陸する航空機の発する騒音等
により周辺住民らが精神的又は身体的被害等を被っていることを理由とする損害賠
償請求権のうち事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分については,将来それが
具体的に成立したとされる時点の事実関係に基づきその成立の有無及び内容を判断
すべく,かつ,その成立要件の具備については請求者においてその立証の責任を負
うべき性質のものであって,このような請求権が将来の給付の訴えを提起すること
のできる請求権としての適格を有しないものであることは,当裁判所の判例とする
ところである(最高裁昭和51年(オ)第395号同56年12月16日大法廷判
決・民集35巻10号1369頁,最高裁昭和62年(オ)第58号平成5年2月
25日第一小法廷判決・民集47巻2号643頁,最高裁昭和63年(オ)第61
1号平成5年2月25日第一小法廷判決・裁判集民事167号下359頁)。
(2)したがって,横田飛行場において離着陸する米軍の航空機の発する騒音等
により精神的又は身体的被害等を被っていることを理由とする被上告人らの上告人
に対する損害賠償請求権のうち事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分について
は,その性質上,将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を
有しないものであるから,これを認容する余地はないものというべきである。
5以上によれば,被上告人らの本件訴えのうち原審の口頭弁論終結の日の翌日
(別紙被上告人目録1及び2記載の被上告人らにつき平成16年12月9日,同目
録3記載の被上告人につき同17年3月17日)以降に生ずべき損害の賠償請求に
係る部分は,権利保護の要件を欠くものというべきであって,被上告人らの上記損
害賠償請求を原判決言渡日までの期間について認容した原判決には,訴訟要件に関
する法令の解釈の誤りがあり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであ
る。論旨は理由があり,原判決中上記将来の損害の賠償請求を認容した部分は破棄
を免れず,上記部分に係る訴えを却下した第1審判決は相当であるから,この部分
についての被上告人らの控訴を棄却すべきである。
なお,被上告人らの本件訴えのうち将来生ずべき損害の賠償請求に係る部分は,
上記のとおり不適法でその不備を補正することができないものであるから,口頭弁
論を経ないで判決をすることとする(最高裁平成13年(行ツ)第205号,同年
(行ヒ)第202号同14年12月17日第三小法廷判決・裁判集民事208号5
81頁参照)。
よって,裁判官那須弘平,同田原睦夫の各反対意見があるほか,裁判官全員一致
の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官上田豊三,同堀籠幸男の補足意
見,裁判官藤田宙靖の補足意見がある。
裁判官上田豊三,同堀籠幸男の補足意見は,次のとおりである。
私たちは,多数意見に賛成するものであるが,将来の損害賠償請求の適否に関し
最高裁昭和56年12月16日大法廷判決(大阪国際空港訴訟事件。以下「昭和5
6年大法廷判決」という。)が判示するところのうちどの部分が「判例」であるの
かという点について,若干補足しておきたい。
1昭和56年大法廷判決は,将来の給付の訴えに関する当時の民訴法226条
の趣旨について述べた後,継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権
についても,例えば不動産の不法占有者に対して明渡義務の履行完了までの賃料相
当額の損害金の支払を訴求する場合のように,右請求権の基礎となるべき事実関係
及び法律関係が既に存在し,その継続が予測されるとともに,右請求権の成否及び
その内容につき債務者に有利な影響を生ずるような将来における事情の変動として
は,債務者による占有の廃止,新たな占有権原の取得等のあらかじめ明確に予測し
得る事由に限られ,しかもこれについては請求異議の訴えによりその発生を証明し
てのみ執行を阻止し得るという負担を債務者に課しても格別不当とはいえない点に
おいて期限付債権等と同視し得るような場合には,これにつき将来の給付の訴えを
許しても格別支障があるとはいえない,と述べ,しかし,「たとえ同一態様の行為
が将来も継続されることが予測される場合であっても,それが現在と同様に不法行
為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲いかん等が流動性をもつ今後の複雑
な事実関係の展開とそれらに対する法的評価に左右されるなど,損害賠償請求権の
成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず,具体的に請求
権が成立したとされる時点においてはじめてこれを認定することができるととも
に,その場合における権利の成立要件の具備については当然に債権者においてこれ
を立証すべく,事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな権利成立阻却事由の発
生としてとらえてその負担を債務者に課するのは不当であると考えられるようなも
のについては,前記の不動産の継続的不法占有の場合とはとうてい同一に論ずるこ
とはできず,かかる将来の損害賠償請求権については,冒頭に説示したとおり,本
来例外的にのみ認められる将来の給付の訴えにおける請求権としての適格を有する
ものとすることはできないと解するのが相当である。」と述べている。
上記かぎ括弧内の部分は,継続的不法行為に基づく損害賠償請求の適否に関する
一般法理(一般的命題)を述べたものであり,私たちもこの部分が「判例」として
の先例的意義・価値を有することを否定するものではない(現に,民集において
は,この部分が判示事項とされ,これと同旨のものが判決要旨として掲げられてお
り,当時の判例委員会もこの一般法理を「判例」として取り上げているのであ
る。)。
2しかし,昭和56年大法廷判決のうち上記の一般法理だけが「判例」として
の先例的意義・価値を持つわけではない。
同判決は,上記の一般法理に続き,その法理を当該事件の具体的事案(すなわ
ち,大阪国際空港周辺の住民が同空港を離着陸する航空機による騒音等により被る
損害の賠償を求めている事案)に当てはめ,本件についてこれをみるのに,将来の
侵害行為が違法性を帯びるか否か及びこれによって被上告人らの受けるべき損害の
有無,程度は,被上告人ら空港周辺住民につき発生する被害を防止,軽減するため
今後上告人により実施される諸方策の内容,実施状況,被上告人らのそれぞれにつ
き生ずべき種々の生活事情の変動等の複雑多様な因子によって左右されるべき性質
のものであり,しかも,これらの損害は,利益衡量上被害者において受忍すべきも
のとされる限度を超える場合にのみ賠償の対象となるものと解されるのであるか
ら,明確な具体的基準によって賠償されるべき損害の変動状況を把握することは困
難といわなければならないのであって,このような損害賠償請求権は,それが具体
的に成立したとされる時点の事実関係に基づきその成立の有無及び内容を判断すべ
く,かつまた,その成立要件の具備については請求者においてその立証の責任を負
うべき性質のものといわざるをえない,とその理由を述べ,事実審の口頭弁論終結
日の翌日以降の損害賠償請求については,権利保護の要件を欠き不適法であるとし
て,これを認容していた原判決の部分を破棄し,第一審判決中これを認容していた
部分を取り消して,その請求に係る訴えを却下した。
同判決の上記部分に示されている判断,すなわち,「空港周辺の住民が同空港を
離着陸する航空機による騒音等により被る損害の賠償請求のうち,事実審の口頭弁
論終結日の翌日以降のものは,権利保護の要件を欠き,不適法である」とする判断
は,当該具体的事案に前記の一般法理を当てはめて当該事件を解決した最も重要な
事例判断から抽出される命題,いわゆる結論命題であり,この部分こそ狭義の「判
例」として先例的な意義・価値を有し,拘束力を持つものというべきである(もっ
とも,この部分は,民集においては判示事項・判決要旨として取り上げられてはい
ないが,そうであるからといってこの事例判断の部分の重要性はいささかも減ずる
ことはない。判例委員会において取り上げられた判示事項・判決要旨は,その判決
の持つ先例的意義・価値を理解する上で重要な導きをするものであることはいうま
でもないが,その判示事項・判決要旨がすべて「判例」となると解すべきではない
し,逆に判示事項・判決要旨として取り上げられていないからといって「判例」で
はないと解すべきものでもない。要するに,その判決が,どのような事案において
どのような法理を述べ,それを具体的事案に当てはめてどのような判断をし,解決
をしたのかを理解し,先例としての意義・価値や拘束力があるのはどの部分である
かを探求すべきものである。)。
3最高裁第一小法廷の平成5年2月25日の二つの判決(横田基地訴訟事件と
厚木基地訴訟事件)は,上告人らの本件訴えのうち将来の損害(原審の口頭弁論終
結日の翌日以降に生ずべき損害)の賠償請求に係る訴えを不適法として却下すべき
ものとした原審の判断は,正当として是認することができる,と判示しているが,
これは,昭和56年大法廷判決の「判例」を上記2のように理解し,それに従った
ものと解される。
4以上のとおりであるから,原判決のうち原審の口頭弁論終結日の翌日から原
判決の言渡日までの損害賠償請求を認容した部分は,昭和56年大法廷判決及び平
成5年第一小法廷判決の「判例」に明らかに違反するものといわざるを得ない。
裁判官藤田宙靖の補足意見は,次のとおりである。
私は,那須,田原両裁判官の各反対意見(以下,各「那須意見」,「田原意見」
という。)には,それぞれ拝聴すべきところがあると考えるものであるが,本件に
ついての結論としては,なお,多数意見に与せざるを得ない。その理由は,以下の
とおりである。
昭和56年大法廷判決から25年を経た今日,将来の損害賠償請求に関し同判決
が示した法理を,なお当審判例として厳格に維持することが適当であるか否かにつ
いては,田原意見の述べるとおり,確かに大きな問題が残されているということが
できるのであって,その意味において,私もまた,少なくとも,近い将来,然るべ
き事案においてその再検討がなされること自体を拒否するものではない。ただ,正
に本件がそのような事案であるかについては,次のような点において,なお躊躇を
覚えるものがある。
田原意見の指摘するように,問題は,口頭弁論終結時以後における事態の変動に
応じて請求異議訴訟を提起する負担を,果たしてまたどこまで債務者に負わせるの
が公平の理念に沿う解決であるか,という観点から考えるべきものであるとして,
これをとらえることができよう。そして,このような見地に立つとき,昭和56年
大法廷判決が将来の損害についての損害賠償請求権が認められるための要件の一つ
として挙げる「請求権の成否,内容につき,債務者に有利な将来の変動事由があら
かじめ明確に予測し得ること」という要件はあまりにも厳格に過ぎるという指摘も
また当を得たものであるといえようが,ただ,その場合でも,少なくとも,過去に
おけると同様の被害及び請求権の成否,内容を決定付ける要件の存続が,将来につ
いても「高度の蓋然性」をもって予測されるのでなければなるまい。この点につ
き,横田飛行場の利用状況に将来においても変化が無いことを前提とする限り,周
辺住民に生じる騒音被害の内容に過去におけると基本的な違いが無いであろうこと
は,あるいはこれを推認し得るものということができようが,ただ,横田基地を巡
る本件と同様の事案において過去の裁判例が繰り返し指摘してきており,また本件
においても論旨が主張する「防衛施設である横田飛行場の騒音の状況はその時々の
国際情勢あるいは我国の防衛力の整備状況等に応じて常に変動する可能性を有する
ものであって,将来にわたって一定の航空交通量があることを確定できるものでは
ない」という要素があるという事実はこれを否定できないこと,また,論旨の指摘
する,周辺住民の移動状況等に鑑みるとき,過去の被害についてのデータから,将
来の被害についての「高度の蓋然性」を,果たしてまたどのように見出せるかにつ
いては,なお残された多くの問題があるのではないか,と思われる。
この点原審は,いわば,ここでいう「高度の蓋然性」を判決言渡日までの期間に
おいて判断することとしたものであるが,この判断は,その実質においては,本件
の事案に即したそれなりの合理性を認め得るものということもできようし,また,
那須意見が指摘するように,昭和56年大法廷判決が,特に判決言渡日までの期間
ということを意識して議論されたものとは思えないこと等をも考慮すると,本件限
りの解決方法としては,その結論を維持することに実質上さほどの不都合は無いよ
うにも思われる。しかし,理論的に見る限り,それが判例違反を犯すものであるこ
とは否定し得ない(昭和56年大法廷判決が判決言渡日までの期間を特に意識して
問題としていないという事実は,他方でまた,同判決が,最終口頭弁論終結時以後
判決言渡日までの期間をあえて排除した上で判断を下したものとはいえない,とい
うことをも意味するから,本件において,上記の事実は,仮に判例変更の必要を主
張する理由とはなり得るとしても,例えば,本件と昭和56年大法廷判決とでは対
象とする事案を異にし相互に抵触することはない,といった判断を導き得るもので
はない。)ところ,本件においてたまたま認定された最終口頭弁論終結時以後の事
情を前提とし,また原審が認定する程度の損害額の上積みの為にのみ,本件におい
てあえて判例変更の手続をとるということの合理性もまた,問題とならないわけで
はない(原審は,原審の上記判断がなお当審の判例の枠内に止まるものとの前提に
立つが故にこそ上記判断を行ったものと考えられる。)。こういったことをも考慮
すると,原判決の判例違反が,あえて上告受理申立て理由として主張される以上,
当審としてはこれを受理し破棄自判すべきであるという考え方に,私としても従わ
ざるを得ないところである。
裁判官那須弘平の反対意見は,次のとおりである。
私は,以下の理由により,原判決は結論において相当であると考える。
1民訴法135条が将来の給付を求める訴えにつき「あらかじめその請求をす
る必要がある場合に限り,提起することができる」と定めた趣旨については,多数
意見も指摘するとおり,およそ将来に生ずる可能性のある給付請求権のすべてにつ
いて将来の給付の訴えを認めたものではなく,主として,既に権利発生の基礎をな
す事実上及び法律上の関係が存在し,ただこれに基づく具体的な給付義務の成立が
将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に
立証し得る別の一定の事実の発生にかかっているにすぎず,将来具体的な給付義務
が成立したときに改めて訴訟により右請求権成立の全ての要件の存在を立証するこ
とを要しないと考えられるようなものについて,例外として請求を可能ならしめた
ものと理解できる(昭和56年大法廷判決)。
この昭和56年大法廷判決の考え方を継続的不法行為に基づき将来発生すべき損
害賠償請求権の場合にあてはめると,同判決における以下の判示部分のとおりとな
る。
「たとえ同一態様の行為が将来も継続することが予想される場合であっても,そ
れが現在と同様に不法行為を構成するか否か及び賠償すべき損害の範囲いかん等が
流動性をもつ今後の複雑な事実関係の展開とそれらに対する法的評価に左右される
など,損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定すること
ができず,具体的に請求権が成立したとされる時点においてはじめてこれを認定す
ることができるとともに,その場合における権利の成立要件の具備については当然
に債権者においてこれを立証すべく,事情の変動を専ら債務者の立証すべき新たな
権利成立阻却事由の発生としてとらえてその負担を債務者に課するのは不当である
と考えられるようなものについては,前記の不動産の継続的不法占有の場合とはと
うてい同一に論ずることはできず,かかる将来の損害賠償請求権については,冒頭
に説示したとおり,本来例外的にのみ認められる将来の給付の訴えにおける請求権
としての適格を有するものとすることはできないと解するのが相当である」。
2そこで,昭和56年大法廷判決と対比しつつ本件を見ると,飛行場周辺の住
民らが離着陸する航空機の発する騒音等により精神的又は身体的被害等を被ってい
ることを理由として損害賠償の請求をしている点,及びその中に原審の口頭弁論終
結以降のいわゆる将来の給付に関する訴えが含まれている点で大法廷判決と事実関
係を共通にしている。他方で,空港の使用目的,設置及び管理の主体,立地条件,
騒音被害の種類,性質,内容,程度及び今後の損害発生の見通し等の具体的な事実
関係に違いがあるほか,原審において裁判所がこの将来の給付の訴えにつき原判決
言渡日までに生ずべき損害に限定して適格性を審査しこれを肯定する結論を採った
点でも大法廷判決と相異している。
そして,この結論の相異にだけ着目すると,原判決は大法廷判決に抵触するかの
ようにも見えるのであるが,上記1に述べた大法廷判決の判示部分に沿って本件事
案を分析していくと,必ずしもこれに反するとまではいえないと認めることができ
る。すなわち,
(1)原判決は,将来の損害賠償請求権の成否が問題となる期間を原判決言渡日
までの8か月ないし1年間といった短期間に限定することにより,同期間中の損害
について「航空機騒音の程度に取り立てて変化が生じないことが推認され,受忍限
度や損害額(慰謝料,弁護士費用)の評価を変更すべき事情も生じない」ものであ
るとした上で,口頭弁論終結後の損害の賠償を求めて再び訴えを提起しなければな
らないことによる原告らの負担をも考慮して,判決言渡しまでの部分に限り口頭弁
論終結時において認められる損害賠償請求権と同内容の損害賠償請求権を認めるべ
きであるとした。損害の内容も各原告に共通するものだけに限定した上で,基本と
なる慰謝料の月額を3000円,6000円,9000円及び1万2000円のい
ずれかに区分して計算するという方法を採用した。
そこで,このような原判決の損害賠償請求権の成否及び損害額の認定の方法及び
その結果が,昭和56年大法廷判決の判断,殊に「損害賠償請求権の成否及びその
額をあらかじめ一義的に明確に認定することができ」ることを将来の給付訴訟の適
格要件として要求した点に反しないかどうかが問題となる。しかし,損害賠償請求
権の成否にせよ,損害額にせよ,それが将来の事象に属するため,「一義的に明確
に認定」するといっても,事柄の性質上一定の限界があることは当然であって,原
判決が上記のとおり認定したところによれば請求権の成立及び損害額の確定のため
に欠けるところはないと考えられる。これを超えて厳密な一義性,明確性を要求す
ることは,他の類型の将来給付訴訟との兼ね合いの点からも,またわざわざ条文を
設けて将来の給付による救済のみちを拓いた法の趣旨からも,相当なものとは考え
難い。
(2)原判決は,将来の給付に係る損害賠償請求権の成立要件の立証責任の点に
ついても,損害発生の期間を上記(1)のとおり限定することで,同期間中は「航空
機騒音の程度に取り立てて変化が生じないことが推認される」との認定をしてい
る。
この結果として,本件では,上記期間における損害発生に関する債権者の主観的
な立証責任は一応果たされたことになるとともに,もし判決言渡日までの間に権利
の成立に関する事情に変更が生じた場合には,債務者側が弁論の再開を申し立てて
上記推認を覆すみちも確保されたことになる。
また,口頭弁論終結後の原告らの居住地の変更といった請求権に影響のある事由
については,請求異議の訴えによりその事実を証明して執行を阻止する負担を被告
に課しても格別不当とはいえないことも,原判決が正当に指摘するとおりである。
したがって,本件については,昭和56年大法廷判決のいう「専ら債務者の立証
すべき新たな権利成立阻却事由の発生としてとらえてその負担を債務者に課するの
は不当であると考えられるような」事情の変動も存在しないことが明らかである。
(3)以上の点から見て,原判決は,昭和56年大法廷判決の示した枠組みを踏
まえつつ,当事者の適切かつ迅速な救済を図るために,あえて判決言渡日までの短
期間に限定して継続的な不法行為による将来の損害賠償請求権の成立を認めるべく
実務上の工夫をしたものであると評価できる。
3昭和56年大法廷判決は,上記1で述べた趣旨のものとして,かつその限り
で先例性を持つものの,これを超えて上記多数意見4(1)のいうように「飛行場に
おいて離着陸する航空機の発する騒音等により周辺住民らが精神的又は身体的被害
等を被っていることを理由とする損害賠償請求権のうち事実審の口頭弁論終結の日
の翌日以降の分」一般について,無条件で「将来の給付の訴えを提起することので
きる請求権としての適格を有しない」とまでいっているとは解せられない。昭和5
6年大法廷判決中にも,これに厳密に対応する文言は見当たらない。
むしろ,同事件では,事実審の口頭弁論終結後の損害に関する将来の給付請求部
分について判決言渡しのときまでというような限定なしに請求がされ,上告審にお
いてもそのように期間を区切らない請求であることを前提にして訴えの適否を審査
するほかない状況にあったことから,将来の給付の訴えを提起することのできる請
求権としての適格性を排斥したものにすぎないと解する余地が十分にある。
このような見方からすると,昭和56年大法廷判決における将来の給付請求に関
する判例の射程距離は,本件のような将来の損害賠償の期間を短く限定した場合に
まで及ぶものではないという考え方が可能となるのであり,私は本件についてはそ
の方が昭和56年大法廷判決の趣旨にもかない,かつ救済の方法の余地を残す点で
も優っていると考える。
この点,多数意見は,昭和56年大法廷判決が口頭弁論終結日の翌日以降につい
ての損害賠償請求を認容した原判決を破棄したという外形面を重視し,本件のよう
に判決言渡しの日まで比較的短期間に限定した将来の損害賠償請求の場合について
も同大法廷判決の判断が当然に当てはまると解する立場をとる。
しかし,私は,期限を切らない将来の損害賠償請求と判決言渡日までという明確
で比較的短期間に限定したうえでの損害賠償請求との間には将来予測の可能性及び
確実性の点で本質的な差異があるのであって,単純に「大は小を含む」というよう
な関係のものとして処理できるものではないと考える。
いうまでもなく,将来の事象は実際に起きるかどうか未確定なものであるが,し
かし,実際に起きるかどうかに関する予測可能性ないし確実性の程度は,前提とす
る事実如何により濃淡様々な差がある。どのくらい先のことを予測するのか,その
長さによっても差が生じる。近い将来のことは,現に生じている事実を踏まえれば
比較的容易に予測できるが,遠い先のことは予測が困難である。
したがって,継続的な不法行為の場合について,期間を区切らなかったり,区切
っても遠い先を期限としたり,あるいは実際に起きるかどうかが不分明な事実に係
わらしめた将来の損害賠償請求については,違法行為の成否及びこれによって生ず
べき損害の有無,程度につき,予測が困難であるかそうでなくても予測できる事実
に不確実な面が多いということはいえるであろう。これに対し,口頭弁論終結から
判決言渡しまでという比較的短い期間に限定して違法行為の成否及び損害額を見る
場合には,類型的・客観的に訴訟要件を欠くとして訴えを門前払いしなければなら
ないほどの予測の困難性ないし予測事実の不確実性が存在するとは必ずしもいえな
い。期間を短く限定することで将来予測の可能性及び確実性が格段に高まり,そこ
に質的な相異が生じる場合があるのである。
この点で,原判決が,将来の損害賠償請求一般の中から判決言渡日までという比
較的短い期間で,予測可能性及び確実性が高い部分(しかも,判決言渡しの時点で
は現実となっている部分)を切り取って類型化し将来の損害賠償請求の適格を認め
たことについては相当な理由があり,かつ,上記1で引用した昭和56年大法廷判
決の趣旨に照らしてもこれに抵触するとまではいえないと考える。
なお,私も,一般論として,判決中のいわゆる結論命題が前提とする具体的事実
から重要でない諸事実を捨象し,結論にとって意味のある事実だけを残すことによ
って得られる命題が,狭義の「判例」として先例的な意義・価値を有することにつ
いては異論がない。ただ,本件では,その結論命題が前提とする重要な事実が何か
を探求していけば,結局は上記1で述べたところと同趣旨のものに接近するか,そ
うでなければそこに示された要件に該当する重要な事実として,空港の使用目的,
設置及び管理の主体,立地条件,騒音被害の種類,性質,内容,程度及び今後の損
害発生の見通し等を判断要素に取り込んだ個別具体性の高いものになるか(それだ
け,本件とは事案が異なると判断する余地が多くなる。)のいずれかであって,多
数意見4(1)のように「飛行場等において離着陸する航空機の発する騒音等により
周辺住民らが精神的又は身体的被害等を被っていることを理由とする損害賠償請求
権」であれば一律に将来の給付の訴えとしての適格性を欠くというようなくくり方
をすることが昭和56年大法廷判決の理解として相当であるとは考え難い。いずれ
にせよ,結論命題から導かれる「判例」は,上記1で引用した判決部分と整合性を
もったものであるはずである。
また,多数意見が言及する平成5年第一小法廷の二つの判決(横田基地夜間飛行
禁止等請求事件,厚木基地夜間飛行禁止等請求事件)でも,将来の損害賠償請求に
関する訴えの適否につき一応の論点として取り上げているが,いずれも「訴えを不
適法として却下すべきものとした原審の判断は,正当として是認できる」として理
由らしい理由なしに結論だけを示しているにすぎない。したがって,同判決の当該
部分は,昭和56年大法廷判決の示したところに新しい何かを付加するものではな
く,独立して本件との抵触関係を論じる意義があるとも考え難い。これら二つの平
成5年判決では,原審で判決言渡日までに限定して将来の損害賠償請求を認めるこ
との当否が問題になった形跡もなく,当審で期間を限定した場合の適格性について
論点として取り上げてもいない。
4以上検討したところを総合すると,原判決のうち将来の損害賠償請求に関す
る部分は結論において相当なものとして是認すべきである。
裁判官田原睦夫の反対意見は,次のとおりである。
1多数意見は,継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求権につい
ては,たとえ同一態様の行為が将来も継続されることが予測される場合であって
も,損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することが
できる場合でなければ,請求権としての適格を有するものとすることはできないと
解すべきであるとする,その引用する昭和56年大法廷判決の見解を踏襲し,横田
飛行場において離着陸する米軍の航空機の発する騒音等により,精神的又は身体的
被害等を被っていることを理由とする被上告人らの上告人に対する損害賠償請求権
のうち,事実審の口頭弁論終結の日の翌日以降の分については,その性質上,将来
の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格を有しないものである,
として,原判決のうち,原審口頭弁論終結日の翌日以降,原判決言渡日までの損害
賠償請求を認めた部分を破棄し,却下すべきものとするが,それには賛成できな
い。
本件は,飛行場を利用する航空機の騒音等による精神的,身体的被害の損害賠償
を求めるものであって,大阪国際空港訴訟事件と同種の被害にかかる事案であると
ころからして,原判決の上記判示部分は,昭和56年大法廷判決の判旨に抵触する
ものであるが,昭和56年大法廷判決から既に25年を経た今日,その間に提起さ
れた同種事件の状況や学説の状況を踏まえれば,同判決が定立した継続的不法行為
による将来の損害賠償請求権の行使が許容される場合の要件について,その見直し
がなされるべきである。
昭和56年大法廷判決は,継続的不法行為に基づき将来発生すべき損害賠償請求
権の行使が認められる場合の要件として,①事実関係の存在とその継続が予測され
ること,②請求権の成否,内容につき,債務者に有利な将来の変動事由があらかじ
め明確に予測し得ること,③その変動事由を請求異議事由として債務者に負担を課
しても不当でないこと,の3要件を定め,その要件が満たされる具体例として,不
動産の不法占有者に対して,明渡義務の履行完了までの賃料相当損害金請求権を挙
げ,その場合,損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定
することができ,その成否及び内容につき債務者に有利な影響を生ずるような将来
における事情の変動としては,債務者による占有の廃止,新たな占有権原の取得等
のあらかじめ明確に予測し得る事由に限られ,その事由の証明の負担を債務者に課
しても格別不当とはいえないことから,将来請求が認められるとし,将来請求が認
められる場合の要件を非常に狭く解した。
しかし,将来の給付の訴えは,「あらかじめその請求をする必要がある場合」
(民訴法135条)に認められるところ,それが一般に認められている期限付請求
権や条件付請求権以外にどのような請求について認められるか否かは,学説におい
て一般に承認されているように,将来生ずる不確定要素の立証の負担を原,被告い
ずれに負担させるのが妥当かという利益衡量の問題に尽きるのであって,当該具体
的な事案に応じて判断されるべき事項である。その点は継続的不法行為による損害
賠償請求権の場合も同様に解すべきであり,昭和56年大法廷判決が定立した基準
は狭きに過ぎるものであって見直されるべきである。
以下,現時点において,昭和56年大法廷判決の判断を見直すべき理由を述べ
る。
(1)昭和56年大法廷判決が判示した基準自体の妥当性が疑われる事態が生じ
ている。
昭和56年大法廷判決は,不動産の占有者の明渡義務の履行完了までの賃料相当
損害金の場合には,債務者に有利な将来の変動要素は一義的に明確であるかのごと
く解している。しかし,同判決当時予想されていなかったこととはいえ,平成3年
以降のバブル経済崩壊過程における地価の急激かつ著しい下落は顕著な事実である
が,そのような地価の大幅な下落は,事実審口頭弁論終結時の地価を重要な判断要
素として算定された賃料相当損害金の相当性を大きく揺るがすものであり,債務者
は地価の下落に伴う当該不動産価格の下落を理由として,債務名義に定められた明
渡義務履行完了までの賃料相当損害金の額につき,その減額を求めて請求異議の訴
えを提起することができるものというべきである。その場合においては,事実審口
頭弁論終結後の地価の下落という債務者(不動産の占有者)に有利な事情は同終結
時に予測し得る一義的に明確な事由ではない。しかし,そうであっても,不動産価
格の下落による賃料相当損害金の減額事由を請求異議事由として債務者に主張,立
証の負担をさせることは,債務者が不法占有者であること,債務者は明渡義務を完
了すれば賃料相当損害金の支払を免れ得ることから,それが妥当であると解される
からである。
このように,一般に承認されている賃料相当損害金のごとき継続的不法行為に基
づく将来の損害賠償請求権の場合であっても,事実審口頭弁論終結時に明確に予測
し得ない事由による請求異議が認められるべきなのであって,かかる事情を踏まえ
れば,そのような損害賠償請求権の行使が認められる場合として,上記大法廷判決
の判示した上記基準の②のうち,「あらかじめ明確に予測し得ること」との点は見
直さざるを得なくなっている。
(2)継続的不法行為による将来の損害賠償請求の訴えを容認できる範囲を,上
記判例より拡大して解すべき以下のような社会的事実が生じている。
ア本件のような飛行場,航空機基地を離着陸する航空機によってもたらされる
騒音等や道路を走行する自動車の騒音や排気ガスによってもたらされる被害による
損害賠償を求める訴訟では,訴え提起時点において,それらの被害が継続して発生
し続けているところから,そのような訴訟の嚆矢たる大阪国際空港訴訟事件以来,
すべての訴訟において,訴え提起日の前日までに生じた過去の損害賠償請求に加え
て,訴え提起日以後も一定の条件(訴訟によって,「差止めが認められるまで」,
あるいは「一定の騒音量以下になるまで」等)が達成されるまで,定額(1か月当
たり−定額)の損害賠償請求がなされている。
そのような請求のうち,訴え提起日以降の損害賠償請求は,訴え提起日時点にお
いては,将来の損害賠償請求であって,「あらかじめその請求をする必要」がなけ
れば認められないものであるが,訴訟要件に適合しているか否かは口頭弁論終結時
において判断される事項であるところ,同時点では,訴え提起日以降の損害も既に
過去の損害になっていることから,それらの訴訟では,口頭弁論終結時までの損害
が認容されている(なお,かかる訴訟で,訴え提起時において,過去の損害賠償の
みを請求し,訴え提起日以降の将来の損害について請求していない場合には,事実
審口頭弁論終結日までの損害につき,訴えを変更して請求を拡張しなければならな
い。)。
イ本件訴訟では,騒音等の被害の状況は,訴え提起時点と口頭弁論終結時点で
変化はなく,また被上告人らの主張する損害も各被上告人に共通する最低限度のも
のであるところから,本件第1審及び原審裁判所が認定した個々の被上告人の1か
月当たりの損害額は,本件訴訟で過去の損害として求めている訴え提起直前の期間
と,訴え提起後,口頭弁論終結時までの期間との間に差異は認められず,同額であ
り,その減額事由は,騒音等の被害地域内での移転による被害の軽減または同地域
からの転出による被害の終了と,住宅防音工事施工による減額(防音工事施工前の
損害額から防音工事が施工された場合は1割減額)という非常に明白な事由に限ら
れている。
かかる損害額の認定方法は,本件と同種の航空機騒音等や道路交通騒音等にかか
る損害賠償請求訴訟においても広く認められているところである。
ウ被上告人らのうち,いわゆる第5次訴訟(東京地方裁判所八王子支部平成8
年(ワ)第763号事件)の原告らは平成8年4月10日に,いわゆる第6次訴訟
(同平成9年(ワ)第327号事件)の原告らは同9年2月14日に,いわゆる第
7次訴訟(同平成10年(ワ)第895号事件)の原告らは同10年4月20日に
それぞれ訴え提起したものであるところ,それら被上告人らの被害及び損害賠償額
の認定は,第1審判決は昭和52年の調査に基づいて作成された騒音コンター(防
衛施設庁が昭和54年8月31日,生活環境整備法施行令に基づき告示したコンタ
ー〔以下「告示コンター」という。〕)によって認定し,原審は,本件損害賠償請
求期間(平成5年∼同16年)に被上告人らが受けた損害の実態をより正確に反映
している平成10年作成コンターによるべきであるとして,同コンターによって認
定している(両コンター間では,後者の方がWECPNL75以上の区域が告示コ
ンターより狭まり,従って騒音被害地域の外縁の一部が,告示コンターにて第1審
判決が認定した騒音被害が受認限度を超えるとした地域より外れることとな
る。)。
このように,原判決は,被上告人らの各居住地域においては,平成10年度の調
査時以来原審口頭弁論終結日たる平成16年12月又は同17年3月まで騒音等の
被害に変化がないことを認定しており,殊に横田飛行場の航空機の飛行コースの直
下の地域では,第1審判決の認定をも含めると告示コンターの調査時点である昭和
52年以来30年近くにわたって激しい騒音等の被害が継続してきたことが認定さ
れているのである。
上記のような被害の状況からすれば,横田飛行場における騒音等の被害は,事実
審口頭弁論終結時の被害状況のまま,更に相当期間(数年単位で)継続する蓋然性
が極めて高いことは容易に認定できるのである。
かかる事情は,判決後に和解等がなされた訴訟(大阪国際空港訴訟,新幹線公害
訴訟等)を除けば,既に数次にわたる訴え提起がなされ,その損害賠償請求を認容
する判決が確定した後に,更に改めて損害賠償等請求訴訟が提起されている厚木基
地訴訟や小松基地訴訟でも同様である。
エ原判決が各被上告人の騒音被害の内容,損害額として認めた1か月当たりの
金額は,前記のとおり訴え提起後判決言渡日まで原則として同一であり,その減額
事由は,前記のとおり被害地域内での移転または被害地域からの転出並びに住宅防
音工事の施工である。それらの減額事由は,客観的に明白な事実であって,かかる
事実について加害責任を負う上告人に,その立証の負担を課すことは一般に不当と
はいえない。それに加えて,本件騒音被害は,その発生以来30年近く継続してお
り,その間,その違法を宣明する幾多の判決が確定している(昭和51年,同52
年に提起された第1次,第2次訴訟は,最一小判平成5年2月25日〔裁判集民事
167号下359頁〕上告棄却により,損害賠償請求を認容した原判決が確定。昭
和57年に提起された第3次訴訟もその損害賠償責任を認めた東京高判平成6年3
月30日が確定している。)ことをも考慮すると,本件では,口頭弁論終結後の将
来請求を認容したうえで,上告人に請求異議事由を主張させることこそが上告人,
被上告人間の衡平に合致するといえる。
オ本件のごとき訴訟において事実審口頭弁論終結後の将来請求が認められない
場合には,その被害者は,その後の被害につき損害賠償を求めるために,新たに損
害賠償請求訴訟を提起せざるを得ず,その被害者らは,訴訟を提起し,主張,立証
を行うことによる厖大な経済的,精神的負担を負うと共に,それらに多大な時間を
要することとなり,また,かかる訴訟が提起されることに伴う社会的コストも無視
できないものとなる。
横田飛行場に関しても,前記のとおり昭和51年4月28日に第1次訴訟(原告
41人),同52年11月17日に第2次訴訟(原告107人)が提起され,両訴
訟は併合されたうえ,東京高等裁判所同62年7月15日判決(口頭弁論終結日は
同年1月28日)により原告らの損害賠償請求が認められて,それは確定し,ま
た,同57年7月21日に提起された第3次訴訟(原告599人)につき,被告の
損害賠償責任を認めた東京高等裁判所平成6年3月30日判決(口頭弁論終結日は
同年1月12日)も上告されることなく確定しているところ,本件訴訟では,第1
審判決時の原告5917人中114人は上記第3次訴訟の原告であった者が,同訴
訟の口頭弁論終結後の損害賠償を求めて,再度,訴えを提起しているのである(そ
の外に第1次,第2次訴訟の原告であったものも含まれると推認される。)。
また,本件訴訟と同種の訴訟である小松基地訴訟では,昭和50年9月16日に
第1次訴訟(原告12名)が,同58年3月4日に第2次訴訟(原告318名)が
提起されて,平成6年12月26日名古屋高等裁判所金沢支部判決(口頭弁論終結
日は同年3月23日)は,原告らの騒音被害による損害賠償請求を認めてその判決
は確定したが,その後も被害が継続したところから,被害住民らは同7年12月2
5日に第3次訴訟,同8年5月21日に第4次訴訟を提起し(原告合計1765
人),金沢地方裁判所同14年3月6日判決(口頭弁論終結日は同13年6月29
日)は,原告らの被害を認め損害賠償請求を認めたが,それら原告らのうちには,
第1次,第2次訴訟の原告であった者が相当数含まれているのであって,それらの
原告らは,同訴訟の口頭弁論終結日の翌日からの損害賠償を求めるために再度の訴
訟提起を余儀なくされるに至っているのである。
(3)前記のような状況をも踏まえて,近時の代表的な教科書を含む多数の学説
は,継続的不法行為による損害賠償にかかる将来の請求が許容される場合として,
昭和56年大法廷判決が認めた基準は,狭きに過ぎるとして批判しているところで
ある。
以上の事情を踏まえるならば,昭和56年大法廷判決の判例法理に違背すること
を理由として,原判決中,原審口頭弁論終結日の翌日以降の損害賠償請求を認める
部分を破棄し,同部分にかかる控訴を棄却すべきであるとする多数意見には賛成で
きない。
2私は,本件では,上記の事情からすれば,事実審口頭弁論終結日の翌日以降
の損害賠償請求も認めて然るべきであると考えるが,如何なる範囲でそれを認める
かは,口頭弁論終結時における被上告人らの被っている被害が将来も継続すること
が高度の蓋然性をもって認められる期間,被上告人らが口頭弁論終結後の被害にか
かる損害賠償請求を求めるために新たに訴えを提起することに伴う負担の内容,将
来請求を認容した場合に上告人が請求異議事由として主張し得る事項とその立証に
要する負担の程度,及びその負担をさせることに伴う上告人,被上告人間の衡平性
を考慮したうえで判断すべきであり,その認容判決をなすに当たっては,被上告人
らの請求の範囲で,将来請求を認容する期間,及び認容する金額のいずれも控え目
になすべきであって,その具体的な認定は,当該事案における事実関係に応じて判
断すべき事柄であると考える(昭和56年大法廷判決における団藤重光裁判官の反
対意見参照)。
原判決は,本件では,口頭弁論終結後,判決言渡期日までは口頭弁論終結時と同
様の内容の損害賠償請求権を認めるのが妥当であるとして,その限度で将来請求の
訴えを認容するものであるが,何故に判決言渡日までが認められて,その翌日以後
の損害賠償請求が権利保護の要件を欠いて認められないのかについて説示するとこ
ろはない。原判決は,口頭弁論終結後判決言渡期日までの請求を認容する理由とし
て,その間被害が継続し,受忍限度や損害額の評価を変更すべき事情も生じないこ
と,及び終結後の損害の賠償を求めて再び訴えを提起しなければならない被上告人
らの負担をあげるが,判決後に再訴を提起しなければならない被上告人らの負担を
いうならば,その認容期間は余りにも中途半端である。上記のとおり,原判決の認
定によっても,本件騒音被害は,平成10年調査の騒音コンター作成時以来,ほぼ
同様の被害が継続しているのであって,本件では,原判決言渡後も,なお同様の被
害が相当長期間にわたって継続することが明らかである。原判決のごとく原判決言
渡期日までの損害を認容しても,被上告人らはその翌日からの損害賠償請求を求め
るために再度訴えを提起せざるを得ないのであって,被上告人らの再訴提起の負担
の軽減という点に関しては,非常に小さな意味しか有しないのである。被上告人ら
の再訴提起に伴う負担の軽減を慮って将来請求を認容するならば,原判決の認定す
る被害が高度の蓋然性をもって継続すると予測される期間の範囲内で被上告人らに
とって再訴提起の負担の軽減が実質的に図られる程度の期間につき認めるべきであ
る。
3私は,多数意見の引用する昭和56年大法廷判決は変更されるべきであり,
本件訴訟においては,上記のとおり原判決言渡日の翌日以降についても将来請求が
認められて然るべきであると考えるが,この結論は原判決よりも上告人に不利益に
なるので,いわゆる不利益変更禁止の原則により上告を棄却するにとどめるのが相
当であると考える。
(裁判長裁判官堀籠幸男裁判官上田豊三裁判官藤田宙靖裁判官
那須弘平裁判官田原睦夫)

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