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平成21年4月7日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成18年(ワ)第11429号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成21年1月19日
判決
原告パナソニック電工株式会社
(旧商号松下電工株式会社)
訴訟代理人弁護士井窪保彦
北原潤一
補佐人弁理士加藤志麻子
被告富士高分子工業株式会社
訴訟代理人弁護士山上和則
訴訟代理人弁理士池内寛幸
若月節子
主文
1被告は,別紙物件目録記載の放熱シートのうち「GR−n「GR,」,
−Hn「GR−Fn」及び「GR−HFn」の製品名を有する放熱」,
シートを製造し,販売してはならない。
2被告は,前項記載の放熱シートを廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,98万7345円及びこれに対する平成18年
11月9日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4被告は,原告に対し,526万0134円及びこれに対する平成18
年11月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5原告のその余の請求をいずれも棄却する。
6訴訟費用はこれを20分し,その1を被告,その余を原告の各負担と
する。
7この判決の第1項,第3項及び第4項は,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1被告は,別紙物件目録記載の放熱シートを製造し,販売してはならない。
2被告は,前項記載の放熱シートを廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,1800万円及びこれに対する平成18年11月9日
(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4被告は,原告に対し,1億0400万円及びこれに対する平成18年11月
9日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
5訴訟費用は被告の負担とする。
6仮執行宣言
第2事案の概要
1当事者間に争いのない事実等(末尾に証拠の掲記のない事実は当事者間に争
いがない)。
1当事者()
原告は,合成樹脂及びその他の化学工業製品の製造並びに販売等を業とす
る株式会社である。
被告は,有機硅素化合物及びその他の高分子化合物を原料とする合成ゴム
成形加工並びにその販売等を業とする株式会社である。
2原告の特許権()
ア原告は,下記の特許(以下「本件特許」といい,その請求項1の発明を
「本件特許発明1,請求項5の発明を「本件特許発明2」という。また,」
これらを併せて「本件各特許発明」ともいう)の特許権者である(以下,。
本件特許に係る特許権を「本件特許権」という。また,本件特許に係る明
細書及び図面〔ただし,特許付与後の異議決定において認容された訂正後
のものをいう〕を「本件明細書」という。。。)
登録番号第3290127号
発明の名称熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの熱伝導性シリコーン
ゴム組成物によりなる放熱シート
出願日平成10年1月27日
出願番号特願平10−14565号
登録日平成14年3月22日
異議決定日平成16年2月23日
特許請求の範囲
「請求項1】シリコーンゴムに,下記一般式(A)で示されるシランカッ【
,プリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り
熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して4
0vol%∼80vol%であることを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組
成物。
【化1】
YSiX(A)3
X=メトキシ基又はエトキシ基
Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」
「請求項5】請求項1乃至4のいずれかに記載の熱伝導性シリコーンゴム【
組成物を成形して成ることを特徴とする放熱シート」。
イ本件各特許発明の構成要件の分説
本件特許発明1及び2を構成要件に分説すると,次のとおりとなる(以下,
本件各特許発明の各構成要件を,以下に掲げる符号を付して「構成要件
A」などという。。)
本件特許発明1(ア)
Aシリコーンゴムに,下記一般式(A)で示されるシランカップリング
剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り,
YSiX(A)3
X=メトキシ基又はエトキシ基
Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基
B熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して
40vol%∼80vol%である
Cことを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物。
本件特許発明2(ただし,請求項1を引用する部分に限る)(イ)。
D構成要件AないしCを充足する熱伝導性シリコーンゴム組成物を成形
して成ることを特徴とする放熱シート。
3本件各特許発明の概要()
本件各特許発明は,トランジスター,コンピューターのCPU(中央演算
処理装置)等の電気部品と放熱器との間に配置され,電子・電気部品から発
生する熱を放熱器に伝達する放熱シートを形成するために好適な熱伝導性シ
リコーンゴム組成物及びこの組成物を成形して成る放熱シートに関する発明
である。
4実施許諾契約の締結及び被告製品の販売に基づく実施料の支払()
ア原告と被告は,平成12年10月1日,原告が被告に対し,本件特許に
係る出願(以下「本件出願」という)及び「これに係る特許」の技術的。
範囲に属する熱伝導性シリコーンゴム組成物からなる放熱シート(以下
「許諾製品」という)を日本国内において製造,使用及び販売すること。
について,非独占的実施権を許諾し,被告から原告に対し,許諾製品の正
味販売価格の1%(ただし,本件出願に係る特許権が成立した日の属する
月の翌月以降については3%)を実施料として支払うこと等を内容とする
特許実施許諾契約(以下「本件実施契約」といい,その契約書である「特
許実施許諾契約書〔甲4〕を「本件実施契約書」という)を締結した。」。
イ被告は,本件実施契約に基づき,遅くとも平成12年10月より別紙物
件目録記載の放熱シート(以下「被告製品」という)の製造,販売を開。
始し,その後,平成14年5月までの被告製品の販売について,その売上
高の1%相当の実施料を原告に支払った。
なお,被告は,現在,被告製品のうち,GR−i,GR−Hi,GR−
Fi及びGR−HFiを製造販売していない(弁論の全趣旨)。
ウ被告は,本件特許が登録された後の平成14年7月17日,被告製品が
本件各特許発明の技術的範囲に属さず,許諾製品に該当しないとして,実
施料の支払を拒絶する旨を原告に通知し,同年12月13日,本件実施契
約を解除する旨の意思表示をした。
これにより,本件実施契約は,契約期間の約定(契約期間は締結日から
3年とし,期間満了前3か月前までにいずれの当事者からも契約解除の申
出がない限り1年間ずつ延長されるとの内容)により,平成15年10月
1日をもって終了した。
5本件出願後の補正()
原告は,平成13年12月4日,特許庁審査官から本件出願について拒絶
。),理由通知(以下「本件拒絶理由通知」という)を受けたことから(乙2
平成14年2月4日付けで手続補正書(乙3:以下「本件補正書」とい
う)を提出し,本件出願に係る願書に添付した特許請求の範囲に「熱伝導。
性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼
80vol%である(構成要件B)との要件を加えるなどの補正をし(以下」
「本件補正」という,これにより特許査定となり,同年3月22日に特。)
許権の設定登録がなされた。なお,同設定登録後の平成14年11月27日
に第三者から特許異議の申立てがなされたことから,原告は訂正請求し,こ
れが認められて本件特許は維持された(甲3)。
原告は,本件補正当時,本件補正の事実を被告に通知しなかった。
6被告製品の構成()
ア被告製品は,<中略>シシラン(一般式YSiXにおいて,X=<中3
略>基,Y=炭素数<中略>個の脂肪族長鎖アルキル基とした化合物)か
ら成るシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー
(主としてアルミナから成る)がシリコーンゴムに分散されている。。
(弁論の全趣旨)
イ被告製品のうち,GR−b(GR−Hb,GR−Fb及びGR−HFbを
含む。以下,併せて「GR−b」という,GR−d(GR−Hd,GR−。)
Fd,GR−HFd及びGR−Tdを含む。以下,併せて「GR−d」とい
う,GR−i(GR−Hi,GR−Fi及びGR−HFiを含む。以下,。)
併せて「GR−i」という,GR−k(GR−Hk,GR−Fk及びGR。)
−HFkを含む。以下,併せて「GR−k」という,GR−l(GR−H。)
l,GR−Fl及びGR−HFlを含む。以下,併せて「GR−l」とい
う)並びにGR−m(GR−Hm,GR−Fm及びGR−HFmを含む。以。
下,併せて「GR−m」という)の各組成については,別紙被告製品の組。
成の「カップリング剤処理フィラー(vol%」中「フィラーのみ」欄の各数)
値(ただし,被告製品の製造時にシランカップリング剤で表面処理が施され
。),た熱伝導性無機フィラーとして製造工程に投入されたフィラーの量として
及び「未処理フィラー(vol%」欄の各数値のとおりである(ただし,GR)
−n〔GR−Hn,GR−Fn及びGR−HFnを含む。以下,特に明示し
ない限り,併せて「GR−n」という〕の熱伝導性無機フィラーの数値につ。
いては争点1−2のとおり,当事者間に争いがある。。)
ウ被告製品は,熱伝導性シリコーンゴム組成物をシート状に成形したもの
であり,当該組成物を含むものであるから,いずれも構成要件Cを充足す
る。
2原告の請求
原告は,被告製品が本件特許発明1及び2の各技術的範囲に属し,同製品を
製造販売する被告の行為は原告の有する本件特許権を侵害するとして,被告に
対して以下の請求をしている。
1特許法100条1項に基づく被告製品の製造販売の差止め及び同条2項に()
基づく被告製品の廃棄
2本件実施契約に基づき,本件特許の登録後である平成14年6月1日から()
本件実施契約が終了した平成15年10月1日までの約定実施料として18
00万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成18年11月9日
から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払
3民法709条の不法行為に基づく損害賠償として,本件実施契約が終了し()
た日の翌日である平成15年10月2日から平成18年9月末日までの被告
製品の売上げについて,特許法102条3項により1億0400万円及びこ
れに対する訴状送達の翌日である平成18年11月9日から支払済みまで民
法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払
3争点
1被告製品は構成要件Bを文言上充足するか(争点1)()。
ア構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の解釈(争点1−1)
イGR−nの組成(争点1−2)
2被告製品(ただし,GR−n及びGR−iは除く)は本件各特許発明と()。
均等なものとしてその技術的範囲に属するか(争点2)。
3約定実施料及び損害の額(争点3)()
4相殺の抗弁の成否(争点4)()
第3争点に関する当事者の主張
1争点1−1(構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の解釈)について
【原告の主張】
1構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は,構成要件Aに示されるシラン()
カップリング剤(以下「本件カップリング剤」という)で表面処理をした。
ものであるか否かを問わず,熱伝導性シリコーンゴム組成物に含まれる熱伝
導性無機フィラー(以下,単に「フィラー」ともいう)の総量の範囲を定。
めたものと解すべきである。
ア特許請求の範囲の記載
構成要件Bは「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成,
物全量に対して40vol%∼80vol%である」というものであり,同要件
の文言上,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」が構成要件Aの「シラ
ンカップリング剤で表面処理を施した」ものに限定されることを示す手掛
かりとなる文言(前記「当該」又は「該」等)は一切存在しない。「」,
イ発明の詳細な説明
本件各特許発明の本質的特徴は,本件カップリング剤で表面処理をし(ア)
た熱伝導性無機フィラー(以下,本件カップリング剤で熱伝導性無機フ
ィラーの表面処理を施すことを,単に「カップリング処理」ともい
う)をシリコーンゴムに分散させたことにより,たとえシリコーンゴ。
ム組成物における熱伝導性無機フィラーの充填量を40vol%∼80vol
%程度まで増加しても,本件明細書の発明の詳細な説明における段落
【0004(以下,本件明細書の発明の詳細な説明における記載を,】
段落番号を付して,単に「段落【0004」などという)及び段落】。
【0006】に記載される課題を解決できることにある。本件各特許発
明の上記本質に照らせば,構成要件Aは,本件各特許発明に特有の課題
解決原理を規定したものであり,構成要件Bは,課題解決原理である構
成要件Aが,その役割を発揮するための前提となる熱伝導性シリコーン
ゴム組成物の基本的な組成を示すものと解するのが合理的である。
このように,本件各特許発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,熱
伝導性無機フィラーの充填量が熱伝導性シリコーンゴム組成物全量の4
0vol%∼80vol%であるため(構成要件B,高い熱伝導性を発揮で)
きる反面,そのままでは前記課題が生じ得ることになるが,本件カップ
リング剤という特定のシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導
性無機フィラーをシリコーンゴムに分散させて成るものであるため(構
成要件A,高い熱伝導性を有しつつ前記課題が解決されるという顕著)
な効果を奏するのである。
段落【0015】では「熱伝導性シリコーンゴム組成物中の熱伝導(イ),
性無機フィラー1の配合割合は,熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に
対して40vol%∼80vol%とするものであり」と記載されており,配
合割合が「40vol%∼80vol%」である主体は「熱伝導性シリコー,
ンゴム組成物中の熱伝導性無機フィラー1」であって「シランカップ,
リング剤で表面処理を施された」熱伝導性無機フィラーに限定されてい
ない。また「40vol%に満たないと高い熱伝導率を得ることが困難,
であり」と記載されているように「熱伝導性無機フィラーの量を40,
vol%以上」にするということは,熱伝導性シリコーンゴム組成物に高
い熱伝導性という効果を実現するための手段を規定する要件であって,
それ自体,課題解決手段を規定したものではない。かかる解釈は段落
【0055】の記載からも明らかである。
この点,被告は,段落【0015】の記載は【0013】の記載を受
けたものであると主張する。しかし,段落【0013】には熱伝導性無
機フィラー全量がカップリング処理されなければならないとは記載され
ていない。よって,段落【0015】の記載が段落【0013】の記載
を受けたものであるとしても,熱伝導性無機フィラー全量がカップリン
グ処理されたものであると解する根拠にはならない。
ウ出願経過からみた原告主張の解釈の正当性
本件特許の出願経過からしても,本件各特許発明の特徴が,シリコーン
ゴムにカップリング処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させること
にあったことは明らかである。
原告は,特許庁審査官より,本件拒絶理由通知を受けたことから,本(ア)
件補正書によって「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム,
組成物全量に対して40vol%∼80vol%である」との文言を追加する
等の補正(本件補正)をした。
しかし,もし原告が,本件補正においてカップリング処理をした熱伝
導性無機フィラーの配合量を規定しようと意図したのであれば「シリ,
コーンゴムに,下記一般式(A)で示されるカップリング処理を施した
熱伝導性無機フィラーを40vol%∼80vol%分散させて成ることを特
徴とする熱伝導性シリコーンゴム組成物」と記載すれば必要にして十分
であったはずであり,あえて,本件特許発明1のような記載にする必要
はなかった。
したがって,原告は,本件補正に際しても,熱伝導性シリコーンゴム
組成物の基本的な成分である熱伝導性無機フィラーの配合量を規定する
ことを意図して本件補正を行ったものであり,カップリング処理を施し
た熱伝導性無機フィラーの配合量を定めたものではない。
また,本件出願時の願書に添付した明細書及び図面(以下「当初明細(イ)
書」という)において「40vol%∼80vol%」に係る記載があっ。,
た箇所は段落【0012】のみであるが,ここで「40vol%∼80vol
%」という数値範囲が指すものは,熱伝導性無機フィラー自体の配合量
である。
したがって,この記載を根拠とする,本件補正における「40vol%
∼80vol%」という数値範囲の追加が,熱伝導性無機フィラー自体の
配合量を規定したものであることもまた明らかである。
さらに,平成14年2月4日に提出された意見書(乙4:以下「本件(ウ)
意見書」という)においても,原告は「40vol%∼80vol%」と。,
はカップリング処理を施した熱伝導性無機フィラーの配合量(本件カッ
プリング剤込みの量)を定めたものであるとは述べていない。
同意見書中の「熱伝導性無機フィラーの表面が疎水性の長鎖のアル,
キル基に覆われてシリコーンゴムとの相溶性が向上し」との部分によれ
ば「相溶性が向上し」という効果は,長鎖アルキル基を有する本件カ,
ップリング剤を採用したことによって得られる効果であって「40vo,
l%∼80vol%」という数値範囲とは無関係である。しかも,同意見書
においては「40vol%∼80vol%」との数値範囲とその効果に関し,
て「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対,
して40vol%以上であることで高い熱伝導率を得ると共に,80vol%
以下であることから熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が硬く
脆くなることを防止することができる,という効果を奏したものであ
る」との記載があり,これによれば「40vol%∼80vol%」との。,
数値範囲が設定された目的が,熱伝導性無機フィラー自体の配合量を規
定することにあったのは明らかである。
以上のとおり,本件拒絶理由通知に対する応答という観点からみても,(エ)
「40vol%∼80vol%」は熱伝導性無機フィラー自体の配合量と解す
べきである。
2構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は,その全量がカップリング処理()
されることまでを要しないと解すべきである。
ア本件明細書の発明の詳細な説明には,熱伝導性無機フィラーの全量がカ
ップリング処理されていなければ本件各特許発明の効果が得られないとは
記載されていない。かえって,段落【0018】では,本件各特許発明の
効果を得るための本件カップリング剤の処理量について,熱伝導性無機フ
ィラーの表面に本件カップリング剤の単分子層を形成するのに必要な本件
カップリング剤量の0.1∼15倍とするのが好ましいことが記載されて
いる。この記載によれば,シリコーンゴム組成物中の熱伝導性無機フィラ
ーの全表面積の0.1倍,つまり10%の表面が本件カップリング剤で覆
われていれば本件各特許発明の効果を奏するのに十分ということになり,
熱伝導性無機フィラーの全表面がカップリング処理されている必要はない
ことが明らかである。
イまた,本件各特許発明の効果である相溶性の向上には,カップリング処
理された熱伝導性無機フィラーの体積が重要なのではなく,シリコーンゴ
ム組成物に含まれる熱伝導性無機フィラーの全表面積のうち,どの程度カ
ップリング処理されているかが重要なのである。よって,組成物全体に占
める熱伝導性無機フィラーの体積分率を特定した構成要件Bは,相溶性の
向上ではなく,シリコーンゴム組成物の熱伝導性を発揮させるための要件
であり「40vol%∼80vol%」の体積割合を有する熱伝導性無機フィ,
ラー全てがカップリング処理されていることまで要求するものではない。
ウこのように,構成要件Bは,熱伝導性無機フィラー全量がカップリング
処理されていることを要求するものではない。
3仮に,構成要件Bの「40vol%∼80vol%」をカップリング処理済みの()
熱伝導性無機フィラーの配合量(本件カップリング剤込みの量)と解すると
以下のような不合理が生じる。
ア上記解釈によると「40vol%」という最低値は,熱伝導性無機フィ,
ラーと本件カップリング剤の合計量ということになるが,そうすると,熱
。伝導性無機フィラー自体の量は40vol%未満であってもよいことになる
しかし,シリコーンゴム組成物の熱伝導性に影響を与える因子は熱伝導性
無機フィラー自体の量であって,本件カップリング剤の量は熱伝導性とは
全く関係がない。
したがって,高い熱伝導率を得るという目的との関係でいえば,熱伝導
性無機フィラーと本件カップリング剤の合計量の最低量を定めても全く意
味はなく,高い熱伝導率を得るために必要な最低量を規定するのであれば,
それは熱伝導性無機フィラー自体の量以外にはあり得ないはずである。
イまた,上記解釈のように「80vol%以下」がカップリング処理済み,
の熱伝導性無機フィラーの量の上限値を定めるものであって,未処理の熱
伝導性無機フィラーを無制限に添加することができるとするならば,カッ
プリング処理済みの熱伝導性無機フィラー40vol%,未処理の熱伝導性
無機フィラー59vol%の比率で混合させることも可能となり,しかも,
カップリング処理済み熱伝導性無機フィラーが「80vol%以下である,
ことから熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなること
を防止することができる(段落【0055)という結論にならざるを」】
得ない。しかしながら,硬化成形物が硬く脆くなる原因が熱伝導性無機フ
ィラーそのものに起因するという技術常識からすると,熱伝導性無機フィ
ラーの総量がほぼ99vol%にもなる熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬
化成形物が硬く脆くならないはずがない。
よって,被告の解釈を採用すると「80vol%以下」の数値限定の理,
由は技術常識に反することとなり,数値限定をすることの技術的意味が没
却されるから,このような解釈が正しいはずはない。
4まとめ()
以上より,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」とは,熱伝導性無機フ
ィラー自体を意味するものと解すべきであり「40vol%∼80vol%」と,
いう数値範囲は,本件カップリング剤と熱伝導性無機フィラーとの合計量を
示すものではなく,熱伝導性無機フィラーの総量の下限値及び上限値をそれ
ぞれ示すものと解すべきである。また,上記数値範囲を満たす熱伝導性無機
フィラーの全量がカップリング処理されていることまで,同要件は要求して
いないと解すべきである。
【被告の主張】
1原告の主張(1)について()
構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は「シランカップリング剤で表,
面処理した熱伝導性無機フィラー」と解すべきである。
ア特許請求の範囲の明瞭な文言
1つのクレーム内では,後の語句は前の語句を受けると解釈するのが文
脈上自然であるから,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」が構成要件
Aの「シランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」
を指すことは明らかである。
イ本件明細書の記載
本件明細書の段落【0015】は段落【0013】の記載を受けたも(ア)
のであり,段落【0015】中の「金属酸化物を用いると,カップリン
グ剤の処理効率が高くなるものであり,上記フィラーの表面の一部又は
全部を酸化させることにより,カップリング剤の処理効率を向上するこ
ともできる」との記載からも明らかなとおり,同段落の「熱伝導性無機
フィラー」は全量カップリング処理されたものである。
段落【0035】の全実施例で開示されている熱伝導性無機フィラー(イ)
の体積分率は「60vol%」であり,その全量がカップリング処理され
ている。したがって,この測定結果を受けた段落【0055】に記載さ
れた様々な効果は,40∼80vol%の熱伝導性無機フィラー全量がカ
ップリング処理されたものであることにより発現するものと解される。
よって,本件明細書の記載からしても,原告の主張は失当である。
ウ包袋禁反言
原告は,本件補正において特許請求の範囲に構成要件Bを加えたもの(ア)
であり,40vol%未満と80vol%を超える範囲は,自ら意識的に削除
したものである。
原告は,当初明細書の段落【0012】における「40vol%∼80v
ol%」という数値範囲が指すものは,熱伝導性無機フィラー自体の配合
量であると主張するが,当初明細書の段落【0011】には「本発明,
の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,シリコーンゴムに,シランカップ
リング剤にて表面処理された熱伝導性フィラーを分散させたものであ
る」と記載されており,段落【0012】の記載は段落【0011】。
の記載を受けたものであるから「40vol%∼80vol%」とは,全量,
がカップリング処理された熱伝導性フィラーの体積分率を指すものと解
すべきである。
原告は,本件意見書(乙4)において,カップリング処理された熱伝(イ)
導性無機フィラーの量が「40∼80vol%」の範囲であると「相溶,
性が向上し「成形加工性を挙げることができる」と主張している。」,
しかし,かかる作用効果は,熱伝導性無機フィラーをカップリング処理
したことによるものであり,このような作用効果を無視して,カップリ
ング処理されていない熱伝導性無機フィラーを含むと主張することは包
袋禁反言として許されない。
平成15年6月2日付けの原告作成「意見書(特許異議の申立てに(ウ)」
おける特許庁審判官による取消理由通知に対する意見書。甲5)21頁
表の「熱伝導フィラー「体積分率(%」の欄には,全量カップリン」,)
グ処理したフィラー40∼80vol%の例が記載され「熱伝導性無機,
フィラーをシランカップリング剤で処理することによって,圧縮永久歪
みの改善,引裂強度の向上,ゴム硬度変化の低減の効果が得られること
も確認される(22頁2∼4行)と記載されている。この記載は,。」
40∼80vol%の熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理する
ことを表明するものである。
2原告の主張(2)について()
上記(1)において主張したとおり,本件明細書における熱伝導性無機フ
ィラーは全量カップリング処理されたものであり,構成要件Bの「熱伝導性
無機フィラー」は本件カップリング剤を含む熱伝導性無機フィラーの下限値
と上限値を定めたものと解すべきである。
3原告の主張(3)について()
構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は本件カップリング剤込みの量と
解すべきである。
ア原告は,段落【0015】及び【0055】の部分的記載を挙げて,
「40vol%「80vol%」という数値は本件カップリング剤の量を含」,
まないと主張しているが,上記(1)において主張したとおり,構成要件
Bの「40∼80vol%」は,シランカップリング剤を含む熱伝導性フィ
ラーの総量の下限値と上限値を定めたものである。
イ原告は熱伝導性に与える因子は熱伝導性無機フィラー自体の量であると
主張するが,そもそも本件明細書には,熱伝導性がいくらなのか一切の記
載がないから,熱伝導性無機フィラーの量と熱伝導性との関係を議論する
ことができない。
原告は,硬化成形物が硬く脆くなる原因は熱伝導性無機フィラーの添加
量に起因すると主張するが,本件明細書の実施例1(60vol%全部が処
理された熱伝導性無機フィラー)と比較例1(60vol%全部が未処理の
熱伝導性無機フィラー)のゴム硬度変化を表1及び2から抜粋して対比す
ると,実施例1の「7」に対し,比較例1は「40」となっており,段落
【0040】の記載からも,硬化成形物が硬く脆くなる原因は,熱伝導性
無機フィラーがカップリング処理されていないことに起因すると理解でき
る。
2争点1−2(GR−nの組成)について
1当事者の主張の概要()
原告はGR−n中の熱伝導性無機フィラー全体の体積分率が80vol%を
下回ると主張するのに対し,被告はこれを否認するとともに,GR−nの組
成は別紙被告製品の組成のとおり,熱伝導性無機フィラー全体の体積分率が
82.9vol%,カップリング処理済みの熱伝導性無機フィラーの体積分率
が82.8vol%であると主張する。
GR−n中の熱伝導性無機フィラーの体積分率を求める方法について,本
件では,GR−nの製造作業手順を記載したものとして被告が提出した書面
(乙26,27)から算出する方法(以下「算出方法①」という,GR。)
−nを燃焼させた際の残渣質量を測定し,当該質量とGR−n及びシリコー
ンゴムの比重に基づいて,熱伝導性無機フィラーの体積分率を算出する方法
(以下「算出方法②」という,GR−nの比重並びにGR−nの成分と。)
しての熱伝導性無機フィラー,シリコーンゴム及び本件カップリング剤等の
各比重に基づき,熱伝導性無機フィラーの体積分率を算出する方法(以下
「算出方法③」という)という3つの方法が主張されている。。
2算出方法①に係る当事者の主張()
【原告の主張】
被告は,GR−nの製造作業手順を示す証拠として「製造標準処方(乙」
26,27:以下,併せて「製造標準処方」という)及びその内容を説明。
する証拠として被告常務取締役(技術総括責任者)α作成にかかる陳述書
(乙28:以下「乙28陳述書」という)を提出し,カップリング処理さ。
れたフィラーの体積分率は,82.8vol%であると主張するが,上記各証
拠の内容には,以下のとおり重大な疑問がある。
ア製造標準処方及び乙28陳述書によれば,GR−nの製造に供される添
加成分は8種類(Siポリマー,処理フィラー1,処理フィラー2,処理
フィラー3,Siキャタリスト,添加剤−A,添加剤−B,添加剤−C)
とされているところ,乙28陳述書において「添加剤−A∼Cは顔料で,
あり,熱伝導性に影響するものではありません」と述べられている。よ。
って,製造標準処方及び乙28陳述書によれば,GR−nには未処理フィ
ラーは含まれないことになる。
他方で,被告は,被告代表取締役とα作成にかかる陳述書(乙22)に
おいて,GR−nは0.1vol%の未処理フィラーを含むと陳述していた
のであり,製造標準処方及び乙28陳述書の上記結論と明らかに矛盾する。
これに対し,被告は,α作成にかかる陳述書(乙30:以下「乙30陳
述書」という)において「添加剤−B及び添加剤−Cは金属酸化物で。,
あり,本件特許の請求項2の『熱伝導性無機フィラー』に含まれます」。
と乙28陳述書の内容を訂正したが,技術総括責任者という立場にあるα
が誤って陳述するということは通常考えられない。また,乙30陳述書で
は,添加剤B及びCが「金属酸化物」であることを理由として「熱伝導,
性無機フィラー」に該当するとしているが,金属酸化物であるからといっ
て,直ちに「熱伝導性無機フィラー」に当たるわけではない。この点,添
加剤B及びCの比重がいずれも5.0であること等から推認すると,同添
加剤はそれぞれ酸化鉄と考えるのが合理的であるが,酸化鉄は一般に熱伝
導性(無機)フィラーとは考えられていない。したがって,酸化鉄が金属
酸化物であるとの形式的理由のみをもってこれを熱伝導性無機フィラーで
あるという上記陳述は誤りである。
イ乙28陳述書では,GR−nにおける処理フィラーの体積分率の算出に
当たって,各添加成分の真比重を用いている。したがって,真比重の数値
が動けば体積分率も変化するのであり,真比重の数値は必要不可欠な前提
である。しかしながら,乙28陳述書では,このような重要性を有する真
比重の数値を,何ら客観的な裏付けを示すことなく,各添加成分について
設定した上で,同成分の体積を求めている。
被告の主張は,このような不確かな真比重の数値を不可欠の前提として,
処理フィラー1ないし3合計の体積分率を82.77vol%と算出してい
るのであるから,この数値は客観的な裏付けを欠くものである。
【被告の主張】
ア製造標準処方(乙26,27)は被告の作業手順書であり,これに基づ
いて計算すれば,GR−n中のカップリング処理された熱伝導性無機フィ
ラーの体積分率は,82.8vol%である。本件明細書の実施例(段落
【0032】及び【0034)においても,熱伝導性シリコーンゴム組】
成物を製造する際には,原料を計量した数値から体積分率を出しており,
被告の算出方法は,本件明細書に記載されているものと同一である。
イ原告は,乙28陳述書には未処理フィラーは含まれていないと主張する
が,乙30陳述書から明らかなとおり,乙28陳述書における「添加剤−
B及び添加剤−C」は金属酸化物であり「熱伝導性無機フィラー」に含,
まれる。よって「添加剤−B及び添加剤−C」がカップリング処理され,
ていない熱伝導性無機フィラーであることは明らかである。乙30陳述書
によれば,添加剤−Bと添加剤−Cの合計は0.08vol%であり,四捨
五入すると,0.1vol%となる。よって,乙30陳述書は被告の主張と
一致している。
なお,被告は,添加剤−B及びCが酸化鉄であることは否定しないが,
酸化鉄が一般に熱伝導性フィラーと考えられていることは文献(乙31∼
34)からも明らかである。
ウ比重については,乙30陳述書において算出根拠を明らかにしている。
3算出方法②に係る当事者の主張()
【原告の主張】
ア平成19年6月22日付け実験報告書(甲8:ただし,算出方法②に係
る部分に限る。以下「甲8報告書」という)の信用性。
甲8報告書によれば,GR−nを燃焼(空気雰囲気,800℃,4時(ア)
間)させて,その燃焼残渣(灰分)の重量を測定し,その内,シリコー
ン分(同バッチの炉内で燃焼させたシリコーンゲルSE1885の燃焼
残渣から算出)を差し引くと,フィラー分の重量%(以下「wt%」とい
う)は93.81wt%であった。そこで,GR−nの比重を3.35。
5(外部機関によって水中置換法により測定された結果)とし,シリコ
ーンゲルの比重を0.97として,GR−n中の熱伝導性無機フィラー
の体積分率を算出したところ78.6vol%であった。
よって,甲8報告書によれば,GR−nのフィラー総量は「40vo,
l%∼80vol%」の範囲内である。また,カップリング処理された熱伝
導性無機フィラーの量もこの数値範囲内にあることは,被告自身,GR
−nのフィラーはそのほとんど全てがカップリング処理されていること
を自認していることから明らかである。
被告は,甲8報告書について,空気雰囲気下(酸素存在下)で実験を(イ)
行うと多量のシリコーン由来の残渣が生成すると主張する。しかし,原
告は,被告が実施した実験(乙11)では,熱処理により生成する可能
性があるシリコーン由来の残渣を何ら考慮することなくフィラー量を算
出したことが問題と考え,甲8報告書では,GR−nを熱処理するとシ
リコーン由来の残渣が生じることを前提として,別途シリコーンゲルを
単体で熱処理した際に生じるシリコーン由来の残渣の割合を求め,GR
−nを熱処理した際の残渣からシリコーン由来の残渣を減算して正確な
フィラー量を算出しようとしたものである。しかも,甲8報告書によれ
ば,GR−nとシリコーンゲルSE1885の実験は同一バッチの炉内
で行われており,加熱過程における熱履歴は全く同じであるから,シリ
コーンゲルSE1885における熱処理後のシリコーン灰分の割合(換
言すれば,減量分)を参酌し「GR−n」における同条件による熱処,
理後の減量分から熱処理前のシリコーン量,そしてフィラー量を求める
ことは,十分に合理性があるというべきである。
このように,甲8報告書では,熱処理により生成するシリコーン由来
の残渣を適切に考慮してフィラー量を算出しているから,当該残渣が生
成する熱処理条件を採用したことは,何ら原告の実験方法が誤りである
ことを示すものではない。
イ平成19年5月14日付け試験報告書(乙11:以下「乙11報告書」
という)の信用性。
乙11報告書では,計算の前提となる分析サンプルN(GR−n)の(ア)
比重を「3.4」とするが,測定方法については「自動比重計を用いて
比重の測定を行いました」とあるだけで,詳細は明らかでない。自動。
比重計では,通常,小数点以下4桁程度の精度の測定が可能であるにも
かかわらず,乙11報告書では小数点以下1桁までしか比重の数値を挙
げていない。しかも,これに基づいて,GR−nの体積を小数点以下2
桁まで算出している。他方で,シリコーンゴムの比重については,小数
点以下2桁までの数値(0.97)を採用し,これに基づいて,シリコ
ーンゴム(5g)の体積を小数点以下2桁まで算出している。
このように,乙11報告書では,計算の前提となる比重が測定機器の
精度と合致しておらず,かつフィラーの体積分率の算出に用いられた2
つの比重の桁数に一貫性がないことからすると,その算出結果には信頼
性が乏しい。
乙11報告書では,試料を窒素雰囲気下で熱重量測定(TG)を行い,(イ)
30℃から600℃まで30℃/分の昇温条件で加熱することによりシ
リコーン成分を除き,そのときの残渣質量からフィラーの体積分率を求
めているが,実際には,試料を加熱することによりシリコーン成分を除
いた場合,燃焼後にシリコーン灰分が発生することから,残渣にはフィ
ラー分とシリコーン灰分の両方が存在している。したがって,乙11報
告書における「TG測定の結果,5wt%の減量が見られましたので,残
った95wt%がフィラーでした」との記載は誤りである。実際には,。
この95wt%の中に,フィラー分とシリコーン灰分が含まれており,フ
ィラー分は95wt%よりも少ないはずである。
乙11報告書は,このようにフィラー分が95wt%であることを前提
として,これに試料及びシリコーンゴムの比重を勘案して,試料中の熱
伝導性無機フィラーの体積分率を計算し,82.5vol%という数値を
導いているが,上記のとおり,フィラー分が95wt%という前提そのも
のが誤りである以上,その体積分率も誤りであることが明らかである。
なお,被告は,IR(赤外線)スペクトル測定の結果(乙21:以(ウ)
下「乙21報告書」という)をもって,乙11報告書における実験で。
生じた残渣には,シリコーン成分やSiOが残っていないことが確認2
されたと主張する。
しかし,乙21報告書は,乙11報告書の実験における残渣を用いて
平成19年9月6日に新たに報告された実験結果であるところ,約4か
月も前にフィラー量測定のために行った乙11報告書の実験の残渣を被
告が保管しておいたこと自体疑わしい。
また,乙21報告書の実験結果では,残渣にシリコーン或いはSiO
が残っていないことが示されているにすぎず,残渣にフィラー以外の2
ものが含まれていないことが立証されているとはいえない。IRは有機
物の分析には適しているが,検出感度が必ずしも高くないため,無機物
である残渣の分析に用いることは適切ではない。
【被告の主張】
ア甲8報告書の信用性
原告は,甲8報告書に基づいて,GR−n中のフィラー量は78.6vo
l%であると主張するが,甲8報告書には明らかな誤りがある。
すなわち,シリコーンは,酸素が存在しない雰囲気下で強熱すると,ほ
ぼ全量が揮発・消失するが,酸素が存在すると多量の残渣が生成する。そ
れゆえ,甲8報告書の実験では,GR−nの強熱残渣にはシリコーン由来
の固形成分が残っている。このシリコーン由来の固形成分の残量は,常に
一定量残るというものではなく,甲8報告書のように,GR−nとシリコ
ーンゲルSE1885の残量割合からGR−nのフィラー量を求めること
は,科学的に確立された方法ではない。
イ乙11報告書
乙11報告書は第三者分析機関による分析試験における試験報告書で(ア)
あるところ,同報告書の分析によれば,GR−nのフィラー量は,82.
5vol%である。
原告は,分析サンプルN(GR−n)の比重「3.4」が小数点以下(イ)
1桁までであることを問題とするが,比重が3.4(有効2桁)であっ
たということは,信頼範囲は3.35∼3.44であることを意味する。
この範囲の値を比重に代入してフィラー体積を計算すると,フィラーの
体積分率は,82.3∼82.7vol%となり,いずれも80vol%を超
える。よって,比重測定値の信頼性は問題にならない。
乙11報告書の試験は,窒素雰囲気下の熱天秤で熱分解させる方法に(ウ)
よって測定しており,強熱残渣にはシリコーン由来の固形成分はほとん
ど含まれていない条件で実施されている。この点,原告は,残渣にはフ
ィラー分とシリコーン灰分の両方が存在すると主張するが,乙11報告
書と同一の第三者試験機関が分析をした乙21報告書によれば,乙11
報告書における実験残渣にはシリコーン成分やSiOが残っていかな2
いことが確認されている。なお,乙21報告書の実験では,GR−nを
新たに窒素下で熱分解して得た試料で行ったものである。
よって,乙11報告書の結果の方が信用性が高い。(エ)
4算出方法③に係る当事者の主張()
【原告の主張】
アGR−nの比重(密度)は,外部機関3社による実測の結果,その測定
値の平均値は,3.355∼3.358である。
イ被告が製造標準処方に基づいて主張する6成分から,GR−nにおける
熱伝導性無機フィラー(アルミナ)の体積分率を算出すると,平成20年
1月17日付け原告従業員β作成の陳述書1(甲25:以下「甲25陳述
書」という)のとおり80vol%を下回った。。
すなわち,被告が主張するGR−nの成分の種類及び比重並びにカップ
リング剤の体積分率の数値をそれぞれ採用し,GR−nの比重は前記外部
機関の実測結果の中間値3.356を採用し,V1(シリコーンの体積分
率)及びV3(添加剤Aの体積分率)について取り得る種々の値を組み合
わせて代入し,その際のV2(本件カップリング剤を除いた処理フィラー
の体積分率,V4(添加剤−B,Cの合計の体積分率)の解の組み合わ)
せを計算した。その結果は別紙計算書1のとおりであり,V2及びV4の
解の組合せのうち,現実に取り得る解は,少なくともV4が0を超える場
合でなければならないから,この条件を満たす解の範囲内にあるV2の値
がGR−nのカップリング剤を除いた処理フィラー(アルミナ)の体積分
率ということになる。
このようにして別紙計算書1を見ると,V4が0を超える解(表中黄色
のセルで示した解)においては,V2は全て0.8(80vol%)を下回
っている(V4=0」の場合のV2の最大値は79.29vol%。この「)
ことは,V1,V3,V4を現実的に取り得る範囲でいかように組み合わ
。せても,V2が80vol%を上回ることはあり得ないことを意味している
ウまた,被告は,GR−nの成分中,添加剤−B及びCがカップリング処
理されていない熱伝導性無機フィラーであると主張するので,これを前提
にGR−nの熱伝導性無機フィラー体積分率(総量)の算出を行ったとこ
ろ,この場合においても,V1,V3,V4を現実的に取り得る範囲でい
かように組み合わせても,GR−nのカップリング剤を除いた熱伝導性無
機フィラー(アルミナ,添加剤−B及びC)の体積分率は80vol%以下
になった(甲25陳述書の表6∼10。)
エさらに,原告は,本件カップリング剤の量が被告主張の2.2vol%で
ない可能性を考慮し,被告主張の6成分(各成分の種類及び比重並びに添
加剤−A∼Cの体積分率は被告主張のとおりの数値を採用し,GR−nの
比重は3.356を採用した)から,GR−nにおける熱伝導性無機フ。
ィラー(アルミナ)の体積分率を算出したところ,平成20年1月17日
付け原告従業員β作成の陳述書2(甲26:以下「甲26陳述書」とい
う)のとおり80vol%を下回った。。
すなわち,別紙計算書2によれば,仮にV3(本件カップリング剤の体
積分率)が2.2vol%でなかったとしても,V2(本件カップリング剤
を除いた処理フィラーの体積分率)は80vol%を下回った。
加えて,添加剤−B及びCも熱伝導性無機フィラーと仮定してGR−n
における熱伝導性無機フィラーの体積分率を算出しても,別紙計算書2の
とおり,熱伝導性無機フィラーの総量の体積分率(V2+V5〔添加剤B,
Cの合計の体積分率)は80vol%を下回った。〕
【被告の主張】
アGR−nの比重について
GR−nの比重測定の平均値が3.355∼3.358であることにつ
いて,被告は争わない。
イ甲25陳述書の誤り
甲25陳述書は,最終製品であるシリコーンゴムからカップリング処理
済みの熱伝導性無機フィラーの体積分率を求めているが,かかる計算方法
は,本件明細書に記載も示唆もされていない。
また,甲25陳述書は以下の誤りを犯しているから信用することができ
ない。
第1の誤り(ア)
甲25陳述書は,GR−nに気泡が存在しないという前提で行った検
討であるが,事実は,GR−nには1vol%以上と推認される気泡が存
在する(乙35,37。)
第2の誤り(イ)
甲25陳述書では「処理フィラーの体積分率」を「V2+0.0,,
22」としているが,フィラーの体積分率がX%変化すれば,本件カッ
プリング剤の体積分率もX%変化し,その結果,処理フィラーの体積分
率もX%変化するから「処理フィラー体積分率」は「1.0273×,
V2」とすべきである(乙36。)
第3の誤り(ウ)
甲25陳述書では,カップリング処理前のフィラーの体積分率に「V
2」という変数を設定しているが,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラ
ー」は,本件カップリング剤を含むカップリング処理された熱伝導性無
機フィラーである。したがって,変数としては,本件カップリング剤を
含むカップリング処理された熱伝導性無機フィラーの体積分率とすべき
である。
しかるに,甲25陳述書では,カップリング処理前の熱伝導性無機フ
ィラーの体積分率(V2)を計算し,その数値自体が「40vol%∼8
0vol%」の範囲にあるかを判断している。正しくは,V2から処理フ
ィラーの体積分率を計算し,その値によって「40vol%∼80vol%」
の範囲にあるかを判断しなければならない。
ウ甲26陳述書について
甲26陳述書も,上記イの(ア)及(イ)と同じ誤りを犯しているから
信用することができない。
エGR−nの正しい計算結果
気泡が存在しないと仮定した場合のGR−nの正しい計算結果は,平成
20年2月27日付け被告従業員γ作成の陳述書(4(乙36:以下)
「乙36陳述書」という)のとおりであり,これによればGR−nに含。
。まれる処理フィラー(処理アルミナ)の体積分率は80vol%を上回った
【原告の反論(甲25陳述書に対する被告の主張について)】
ア「第1の誤り」について
被告の提出する乙第35号証は,当該検査の対象となった試料がGR−
nかどうかすら不明である。また,被告は,GR−nには気泡が存すると
主張するが,空気は極めて断熱性が高いことから,気泡が1vol%にも達
する商品は不良品にほかならない。
なお,仮に,GR−nに1vol%程度の気泡が存在することを前提とし
て,甲25陳述書と実質的に同様の検証を行ったとしても,GR−n中の
熱伝導性無機フィラーであるアルミナの体積分率は,依然として80vol
%以下となる(甲28。しかも,気泡の量が1vol%の場合はもとより,)
2vol%や,さらには現実にはあり得ない極端な値である3vol%という仮
定に基づいても,熱伝導性無機フィラーの体積分率は依然として80vol
%以下になるのである。
イ「第2の誤り」について
仮に,甲25陳述書における「処理フィラーの体積分率)=V2+0.(
022」との部分を「処理フィラーの体積分率)=1.0273×V,(
2」と修正したとしても,V2の最大値は80vol%以下になるとの結論
は変わらない。すなわち,乙第36号証によれば「処理フィラー(処理,
アルミナ)体積分率(V2)の理論上の最大値」として「81.45vo,
l%「81.56vol%「81.49vol%」という3つの数値が示さ」,」,
れているが,ここでのV2とは,カップリング剤を含めた処理フィラーの
体積分率であるから「処理フィラーの体積分率)=1.0273×V,(
2」の式により,熱伝導性無機フィラー自体の体積分率を求めると,いず
れも80vol%を下回る。
ウ「第3の誤り」について
被告の「第3の誤り」に係る主張は,クレーム解釈の議論であり,甲2
5陳述書における変数設定の誤りの指摘としては当たらない。
3争点2(被告製品は本件各特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に属
するか)について(予備的主張)
【原告の主張】
構成要件Bの解釈について「40vol%∼80vol%」の範囲内にある熱伝,
導性無機フィラーの全量がカップリング処理されていなければならないと解釈
した場合,GR−b,GR−d,GR−k,GR−l及びGR−m(以下,
「GR−b等」という)は構成要件Bを文言上充足しないことになるが,以。
下に述べるとおり均等侵害が成立する。
1本質的部分について()
本件各特許発明の本質的部分は,本件カップリング剤で表面処理をした熱
伝導性無機フィラーをシリコーンゴムに分散させたこと(構成要件A)であ
る。
他方,構成要件Bにおいて,本件各特許発明の本質的部分と関係のある構
成は,熱伝導性無機フィラーが本件カップリング剤で処理されていること自
体であり,同要件のその余の部分,すなわち,熱伝導性無機フィラーの総量
が40vol%∼80vol%であることや,熱伝導性無機フィラーの全量が本件
カップリング剤で処理されていることは,本件各特許発明の本質的部分を構
成するものではない。
しかるところ,GR−b等は,熱伝導性無機フィラーの全量がカップリン
グ処理されていないとの点が異なるのみであり,本件各特許発明の本質的部
分である構成要件Aを含め他の構成要件を全て充足している。したがって,
GR−b等と本件各特許発明の構成は,本質的部分において異ならない。
2置換可能性について()
アGR−b等に係る熱伝導性無機フィラーのうちカップリング処理された
熱伝導性無機フィラーの割合は,別紙被告製品の組成記載のとおりである
ところ,熱伝導性無機フィラーの全量をカップリング処理するという本件
各特許発明の構成をGR−b等のような組成に置き換えても,粘度の上昇
による成形加工性の低下を招くおそれが少なく,これを成形して成る放熱
シートは,圧縮永久歪みが少ない,引裂強度が高い,ゴム硬度が低い,高
温放置による機械的特製の低下(ゴム硬度変化)が少ない,といった本件
各特許発明の作用効果と同一の作用効果を奏する。
このことは,平成19年3月15日付け原告従業員β作成の実験報告書
(甲6:以下「甲6報告書」という)のとおりであり,これによれば,。
熱伝導性無機フィラー総量に対するカップリング処理された熱伝導性無機
フィラーの量を半量としたサンプル(半量処理サンプル)が,初期ゴム硬
度とエージング時ゴム硬度において,カップリング処理を全くしなかった
サンプル(未処理サンプル)に比して顕著な差異があり,他方で,全量に
つきカップリング処理をしたサンプル(全量処理サンプル)とほぼ同等の
効果が得られたことからも明らかである。また,同人作成の平成19年7
月2日付け実験報告書(甲11)及び平成19年7月6日付け実験報告書
(甲12)においても,GR−b等が本件各特許発明と同様の作用効果を
奏することが明らかである。
イ被告は,甲6報告書の追試実験の結果として乙第13号証を提出するが,
原告が乙第13号証の追試実験を行ったところ(甲13,初期ゴム硬度,)
エージング後ゴム硬度及びゴム硬度変化を含むほぼ全項目において,半量
処理品が全量処理品に近い物性を示すという甲6報告書と同様の結果が得
られた。
ウよって,置換可能性がある。
3置換容易性について()
本件各特許発明における熱伝導性無機フィラーの全量をカップリング処理
するという構成を,GR−b等のように,熱伝導性無機フィラーの一定割合
をカップリング処理するという構成に置き換えてもなお本件各特許発明の作
用効果を奏することは,段落【0018】等の記載に基づき,本件カップリ
ング剤の処理量を適宜調整して実際にシリコーンゴム組成物及びその成形硬
化物を作製してみれば容易に確認できることであり,単なる試行錯誤の域を
出るものではないから,当業者がGR−b等の製造時点で容易に想到できた
ものである。
4公知技術からの容易推考性について()
GR−b等の構成は,本件各特許発明の出願日において,当業者が容易に
推考できたものとはいえない。
5意識的除外等の特段の事情について()
GR−b等が,本件各特許発明の出願経過において特許請求の範囲から意
識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情はない。なお,構成要件B
は本件補正において追加されたものであるが,本件補正の意図が,熱伝導性
無機フィラー全量をカップリング処理したものに限定する趣旨でなかったこ
とは明らかであり,GR−b等のような組成を有するものが意識的に除外さ
れたといった事情はない。
【被告の主張】
1本質的部分について()
本件各特許発明は,構成要件Bを加えなければ,拒絶理由を含み,特許に
ならなかったという出願経過があるから,構成要件Bも構成要件Aと共に本
質的要件である。
2置換可能性()
ア甲6報告書は,初期ゴム硬度及びエージング時ゴム硬度のみを測定した
だけであり,本件明細書の段落【0035】に記載されている「成形ス,
ラリー粘度測定「圧縮永久歪み測定「引裂強度測定」は測定してい」,」,
ない。よって,甲6報告書は原告にとって都合のよいデータのみを採用し
たのではないかとの疑問が残る。
,」,イ被告が甲6報告書の追試試験をしたところ「エージング前後の硬度
「スラリー粘度「圧縮永久歪み,及び「引裂強度」の各試験結果を総」,」
合すると,半量処理品は全量処理品と全量未処理品の間に位置しているか,
又は全量未処理品に近い物性を示していることが明らかになった(乙1
3。よって,GR−b等は,本件明細書に記載された作用効果を奏して)
いない。
3置換容易性()
被告は未処理フィラーと処理フィラーとを併用しているが,その技術的理
由は,中粒子フィラー及び小粒子フィラーをカップリング処理して保護膜を
形成することにより,白金系硬化触媒及び架橋剤の吸着を防止し,白金系硬
化触媒及び架橋剤の使用量を減らして生産コストを下げること,並びに生産
上必要なA液スラリー及びB液スラリーの保存安定性を向上するためである
(乙14,15。)
したがって,GR−b等は,本件明細書に記載も示唆もされていない独特
な理由により未処理フィラーと処理フィラーとを併用しているのであり,こ
のことは,当業者がGR−b等の製造時点で容易に想到できたものではない。
4公知技術からの容易推考性()
本件各特許発明は新規性がないか又は進歩性もないので,GR−b等の構
成は,本件各特許発明の出願日において当業者が容易に推考できた。
5意識的除外などの特段の事情()
前記1の【被告の主張(1)ウのとおり,本件特許の出願経過によれば,】
40vol%未満と80vol%を超える範囲は,原告自ら意識的に除外したもの
といえる。
4争点3(約定実施料及び損害額)について
【原告の主張】
1被告製品全体の製造販売に係る損害等()
ア被告製品は本件各特許発明の技術的範囲に属し,本件実施契約における
「許諾製品」に該当するから,本件実施契約の終了前における被告製品の
製造販売は,同契約に基づく実施料の支払義務を発生させる実施行為に該
当し,同契約の終了後における被告製品の製造販売は本件特許権を侵害す
る。
イ約定実施料
本件特許の登録日後である平成14年6月1日から本件実施契約が終了
した平成15年10月1日までの間の被告製品の売上高は6億円を下らな
いから,本件実施契約で定められた売上高の3%である1800万円が約
定実施料の額である。
ウ損害額
本件実施契約の終了日の翌日である平成15年10月2日から平成18
年9月末日までの間の被告製品の売上高は13億円を下らない。本件各特
許発明の実施に対し原告が受けるべき金銭の額は,被告製品の売上高の8
%を下らないから,特許法102条3項により1億0400万円が原告の
受けた損害の額である。
2GR−nの製造・販売に係る損害等()
アGR−nの売上高
平成14年6月1日から平成20年5月末日までのGR−nの売上高は,
以下のとおりと考えられる。
平成14年6月∼平成15年9月0.8億円
平成15年10月∼平成16年9月1.2億円
平成16年10月∼平成17年9月3.0億円
平成17年10月∼平成18年9月3.0億円
平成18年10月∼平成19年9月3.0億円
平成19年10月∼平成20年5月2.0億円
イ約定実施料
上記のように,平成14年6月1日から本件実施契約が終了した平成1
5年10月1日までの間のGR−nの売上高は8000万円を下らないか
ら,売上高の3%である240万円が約定実施料の額である。
ウ損害額
上記のように,本件実施契約終了日の翌日である平成15年10月2(ア)
日から平成20年5月末日までの間のGR−nの売上高は12億200
0万円を下らない。
被告は,本件特許権が成立する前に,自ら実施権の許諾を原告に申し(イ)
入れ,本件実施契約が締結されたものである上,本件特許権の成立後も,
被告以外のメーカーに対して実施許諾されるなど,本件各特許発明は放
熱シートの分野における極めて技術的価値の高い発明である。
さらに,本件実施契約では特許権成立後の実施料率が3%とされてい
るところ,被告は自らの意思で本件実施契約を解約しておきながら,漫
然と実施行為(侵害行為)を継続しているのであり,仮に,損害賠償と
しての実施料相当額が上記約定額と同等にとどまるのであれば,ライセ
ンス契約を尊重しようというインセンティブが働かず,侵害行為を助長
する。
よって,損害賠償としての実施料相当額は,実施契約上の約定実施料
をかなり上回らなければ不合理であり,本件においては売上高の8%が
相当である。
したがって,特許法102条3項により,平成15年10月2日から(ウ)
平成20年5月末日までの間のGR−nの販売につき,原告が受けるべ
き金銭の額に相当する額は,売上額12億2000万円の8%である9
760万円である。
エ弁護士・弁理士費用の請求
原告は,本件の訴訟追行を原告訴訟代理人弁護士及び補佐人弁理士に委
任して報酬の支払を約しており,被告の違法行為と相当因果関係がある金
額は,上記イ及びウの合計額である1億円の10%である1000万円が
相当である。
【被告の主張】
1被告製品全体の製造・販売に係る損害等について()
争う。
2GR−nの製造・販売に係る損害等()
アGR−nの販売額
本件実施契約期間内(ア)
本件実施契約期間内である平成14年6月1日から平成15年9月末
日までのGR−nの販売額は,別紙「GR−nシリーズ販売実績(その
1」のとおりであり,同期間の総販売額は3282万1737円であ)
る。
本件実施契約期間外(イ)
本件実施契約終了後である平成15年10月1日から平成20年5月
末日までのGR−nの販売額は,別紙「GR−nシリーズ販売実績(そ
の2」のとおりであり,同期間の総販売額は7942万5336円で)
ある。
イ約定実施料及び損害額の計算
約定実施料(ア)
本件実施契約期間内の約定実施料率は3%であるから,GR−nの販
売に係る約定実施料の額は98万4652円となる。
損害額(イ)
本件実施契約期間外における実施料相当額の損害金は,せいぜい5%
が妥当である。なぜなら,被告の行為は悪質とはいえず,また,本件実
施契約における約定実施料率(3%)と比べて,5%という数字は67
%もアップしているからである。
実施料率を5%として計算すると,原告の受けた損害額は397万1
267円となる。
ウ代理人費用について
原告は代理人費用を請求しているが,仮に代理人費用を請求できるとし
ても,それは特許権侵害という不法行為に係る損害のみであり,約定実施
料について請求することはできない。
本件において被告が原告に対して支払うべき約定実施料及び損害額はわ
ずかであり(合計495万5919円,後記5の被告の過払金(合計8)
30万5526円)と相殺により消滅する。
したがって,代理人費用は認められない。
5争点4(相殺の抗弁の成否)について
【被告の主張】
被告は,平成20年6月30日,仮に原告の本訴請求のうちGR−nに係る
請求が認容された場合には,後記(2)に掲げる各債権を自働債権として,原
告の本訴請求に係る債権と対当額で相殺するとの意思表示をした。
1約定実施料の支払()
被告が,本件実施契約の存続期間中に,本件実施契約に基づき原告に支払
った約定実施料は下記表のとおりである。
(単位:円)
被告が原告に実施料を支払った期間
製品名合計額
第1期第2期第3期第4期
12.10-12.1112.12-13.513.6-13.1113.12-14.5平平平平
GR-b,GR-d,GR-e,
<中略><中略><中略><中略><中略>GR-j,GR-k,GR-l
の合計
GR-27,39294,392191,41958,414371,617i
GR-n76,680207,821188,443145,290618,234
<中略><中略><中略><中略><中略>合計
2自働債権の存在()
ア第1次的主張(錯誤無効に基づく不当利得返還請求権)
被告は,本件特許に係る公開公報を確認した上で,原告に対して実施(ア)
契約の締結を申し込み,交渉を経た上で,同公報の特許請求の範囲に記
載された発明に特許権が発生することを前提として,本件実施契約を締
結したものであり,原告にもその旨述べた。
それにもかかわらず,同公報記載どおりの特許権は発生せず,本件補
正によって構成要件Bが付加された特許権が発生したのであるから,被
告の本件実施契約を締結する旨の意思表示には動機の錯誤がある。
上記動機は原告に表示されており,同錯誤がなければ,被告は本件実(イ)
施契約を締結しておらず,通常人であっても,特許権の技術的範囲に属
さない製品を製造するにもかかわらず,その製造に際して実施料の支払
義務を負う契約を締結するはずもないので,要素の錯誤に当たる。よっ
て,GR−i及びGR−nを除く被告製品に係る部分については,一部
無効である。
したがって,同製品に係る既払実施料<中略>円につき,被告は原告
に対する不当利得返還請求権を有する。
なお,本件実施契約4条2項には不返還条項が定められているが,こ(ウ)
れは「本件特許権につき,契約締結後,無効審判が請求され無効審決が
確定した場合であっても,本件契約金等の返還をしない」との趣旨を合
意したものであり,この趣旨を超えて,本件実施契約につき錯誤や詐欺
等が存在する場合において,契約の無効や取消しを理由として実施料等
の返還請求をすることが一切できないとの趣旨まで含む合意があったと
はいえない。
イ第2次的主張(既払実施料に係る不当利得返還請求権)
出願中の発明に係る実施許諾契約において,契約締結後の補正によって
特許請求の範囲が減縮された場合,出願人(原告)は,権利化を図るため
に,自らの意思により独占すべき権利の範囲を狭めたのであるから,実施
許諾の範囲は,原始的に(契約締結の日から)減縮された特許請求の範囲
になるというべきである。本件においても,原告は,本件補正によって本
件実施契約についても減縮した部分については実施料を請求できないこと
を承知の上で補正したのである。
したがって,契約の解釈に関する信義則上,本件補正によって,GR−
i及びGR−nを除く被告製品は契約から除外される。また,上記ア
(ウ)と同様に,本件実施契約4条2項が適用される余地もない。
以上より,GR−i及びGR−nを除く被告製品の既払実施料である<
中略>円の全額について,原告は法律上の原因なく利得しており,被告は
同額の損失を受けているから,被告は原告に対し,同額について不当利得
返還請求権を有する。
ウ第3次的主張(既払実施料の一部に係る不当利得返還請求権)
原告による本件補正は出願の一部取下げないし放棄とでもいうべき行為
である。そして,出願の全部が取り下げられた場合ないし放棄された場合,
その後は,被告の原告に対する実施料支払義務は消滅すると解すべきであ
るから,そのこととのバランス上,補正によって出願範囲の一部が取り下
げられた場合には,被告の原告に対する実施料支払義務は,それ以降,そ
の補正に対応する一部が消滅すると解すべきである。
したがって,被告は,本件補正書が提出された日の翌日である平成14
年2月5日以降は,本件補正に対応した実施料しか支払う義務がなかった
にもかかわらず,従前どおりの実施料を支払い続けたのであるから,既払
実施料のうち補正に対応した部分については不当利得返還請求権が生じる。
よって,仮に,上記ア及びイの主張が認められないとしても,平成14
年2月5日以降に支払われた実施料のうち<中略>円(下記計算式)につ
いては,原告は法律上の原因なく利得し,被告は同額の損失を受けたので
あるから,被告は原告に対し,同額につき不当利得返還請求権を有する。
計算式:<中略>円(平成13年12月1日から平成14年5月31日までのGR
−n及びGR−iを除く既払実施料)÷182日(平成13年12月1日
∼平成14年5月31日)×116日(平成14年2月5日∼5月31日)=<中
略>円〕
エ第4次的主張(債務不履行に基づく損害賠償請求)
原告は,信義則上,被告に対して,本件補正を通知する義務を負ってい
たところ,被告に本件補正を秘したまま,これを行ったのであるから,上
記義務に違反したというべきである。そして,原告が,上記補正の事実を
被告に通知しておけば,その補正の範囲に応じて実施料を減額することと
なったはずである。
したがって,被告は原告に対し,本件補正以降の既払実施料のうち,補
正された範囲に相当する<中略>円につき,債務不履行に基づく損害賠償
請求権を有する。
【原告の主張】
1第1次的主張について()
ア上記被告の主張(2)ア(ア)は否認する。
イ本件実施契約締結後になされた本件補正と,本件実施契約締結時におけ
る要素の錯誤とは無関係であり,錯誤無効の主張は失当である。
2第2次的主張及び第3次的主張について()
いずれも争う。
ア被告による実施料の支払は,本件実施契約という法律上の原因に基づい
てなされたものであるから,原告が当該実施料を受領したことが不当利得
となることはない。少なくとも平成14年3月22日に本件特許権の設定
登録がされる以前においては,本件実施契約における「許諾製品」とは,
本件補正前の特許請求の範囲の技術的範囲に属する熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物よりなる放熱シートと解するほかはない。そうすると,平成14
年3月22日以前において,GR−i及びGR−nを除く被告製品が本件
実施契約の「許諾製品」に該当することは明らかであるから,この期間に
おける被告の既払実施料が原告の不当利得となることはあり得ない。
イまた,本件実施契約4条2項は,被告が原告に対して本件実施契約に基
づくものとして任意に支払った実施料については,確定的に原告に帰属す
るものとし,許諾特許や本件実施契約のその後の帰趨(無効や終了など)
によって当該支払の有効性が失われ返還されることがない旨を定めたもの
である。かかる条項の目的は,いったん支払われた実施料について,後日,
その支払の有効性に対する疑義が生じることを防止することにより契約当
事者間の法律関係の安定を図ることにある。同条項では,不返還の場合の
具体的な例示として「許諾特許の無効,本契約の解約」が掲げられてい,
るが,あくまでも例示であり,いったんなされた支払の不返還が上記の場
合に限定されるものでないことは「その他いかなる理由によっても」被,
告に返還されないとの文言から明らかである。
よって,被告が原告に任意に支払った上記期間におけるその他製品の実
施料について,原告に不当利得が発生することはない。
3第4次的主張について()
争う。
ア少なくとも特許成立前の補正について,被告が主張するような信義則上
の義務を観念することはできない。特許成立前の段階における実施許諾契
約における許諾対象たる発明は,当該出願の願書に最初に添付した明細書
の開示範囲を超えない限度で,その後の補正により変わり得るのであり,
特許が成立しないことも十分にあり得るからである。また,かかる状況に
おいて,被許諾者が実施許諾契約を締結して実施料を支払う理由は,特許
出願に係る発明について将来特許が成立したときに,特許権者から権利行
使を受けるリスクを予め回避しておくことにある。そして,本件実施契約
のように,実施料の支払の根拠となる許諾対象製品を許諾対象たる発明と
の抵触関係によって定義する場合,その抵触関係の有無の判断は,第一次
的には被許諾者の責任においてなされるべきである。なぜなら,被許諾者
は,自己が実施しようとする製品の内容を熟知しているし,許諾対象とな
っている発明の内容についても,これが補正により変化し得る浮動的なも
のであることを十分に認識した上で実施許諾契約を結んでいることに加え,
許諾対象発明の内容について特許庁で出願書類(包袋)を閲覧したり,許
諾者に適宜問い合わせることで,容易に知ることができるからである。
イ他方,許諾者としては,被許諾者からその実施する製品の詳細な構成や
実施許諾の動機について特段の説明や情報提供を受けることなく,特許成
立後の実施契約よりも低率の実施料で許諾しているのであり,それにもか
かわらず補正の都度,被許諾者に逐一通知しなければならないとすれば煩
瑣に堪えない。
ウこのように,特許出願段階における実施許諾契約の性質及び契約当事者
の利害状況によれば,被許諾者において,許諾対象となった特許出願につ
いて注意を払っておくべきであり,何ら契約書に記載がないにもかかわら
ず,信義則上,許諾者が被許諾者に対して補正内容について通知義務を負
うものと解することはできない。本件においても,本件実施契約には,補
正内容の通知義務に関する規定は一切ないのであり,信義則上も,原告が
被告に対してかかる通知義務を負うものと解することはできない。
エなお,仮に,原告に通知義務違反という債務不履行が認められたとして
も,被告の主張する損害は,被告自身が容易に確認できるクレーム内容の
確認を怠ったことにより生じたものであるから,上記債務不履行との因果
関係は存在しない。さらに,仮に因果関係の存在も認められたとしても,
上記事情によれば被告自身の不注意が損害の発生に寄与していることが明
らかであるから,損害賠償の責任及び額を定めるに当たり過失相殺がなさ
れるべきである(民法418条。)
第4当裁判所の判断
1争点1−1(構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の解釈)について
構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の意義について,原告は,カップリ
ング処理したものであるか否かを問わず「熱伝導性シリコーンゴム組成物に含
まれる熱伝導性無機フィラーの総量」であると主張するのに対し,被告は,
「カップリング処理を施した熱伝導性無機フィラー」であると主張するので,
以下,検討する。
1特許請求の範囲の記載()
まず,特許請求の範囲の記載について検討を加える。
ア前記当事者間に争いのない事実等で認定したとおり,本件特許の特許請
求の範囲【請求項1】には「シリコーンゴムに,下記一般式(A)で示さ,
れるシランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分
散させて成り,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全
量に対して40vol%∼80vol%であることを特徴とする熱伝導性シリコ
ーンゴム組成物」と記載されていることが認められる。。
イ上記記載のとおり,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」の文言の前
に「同「当該」又は「該」といった直前の文言を指し示す接頭語が付」,
されていないことから,同「熱伝導性無機フィラー」が,構成要件Aの定
義するカップリング処理した熱伝導性無機フィラーを指すことが一義的に
明確とはいえない。しかしながら,他方,同記載において,構成要件Bの
「熱伝導性無機フィラー」が構成要件Aのそれとは別の物である,すなわ
ちカップリング処理されていないものも含めた熱伝導性無機フィラーの総
量と解する根拠となる積極的な記載も認められない。また,構成要件Bが
構成要件Aの直後に配置され,しかも「熱伝導性無機フィラー」との文,
言が構成要件Aのそれと近接して使用されていることからすれば,後者が
前者を指している,すなわち構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」が構
成要件Aのカップリング処理された熱伝導性無機フィラーを指すと読むの
がどちらかといえば自然な解釈といえる。
2発明の詳細な説明の記載()
次に,発明の詳細な説明の記載を参しゃくして構成要件Bの「熱伝導性無
機フィラー」の意義について検討する。
ア証拠(甲2,3)によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,以下
の記載があることが認められる。
段落【0007】(ア)
「本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり,熱伝導性無機フィラ
ーを高充填化しても,成形物に柔軟性と耐熱機械特性が付与される熱伝
導性シリコーンゴム組成物及び放熱シートを提供することを目的とする
ものであり,更に具体的には,成形スラリーの粘度低下,成形物の圧縮
永久歪みの低下(ゴム弾性の付与)及び引裂強度の向上の効果をもたら
す熱伝導性シリコーンゴム組成物及び放熱シートを提供することを目的
とするものである」。
段落【0013】(イ)
「発明の実施の形態】以下,本発明の実施の形態を説明する。本発明【
の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,シリコーンゴムに,シランカップ
リング剤にて表面処理された熱伝導性無機フィラーを分散させたもので
ある」。
段落【0014】(ウ)
「シリコーンゴムとしては,二液型や一液型の液状タイプのシリコーン
ゲルやシリコーンゴム,熱加硫型のシリコーンゴム等の各種のタイプを
使用することができる」。
段落【0015】(エ)
「また熱伝導性無機フィラー1としては,アルミナ,シリカ,酸化マグ
ネシウム,酸化ベリリウム,酸化チタン等の金属酸化物,窒化アルミニ
ウム,窒化ホウ素,金属アルミニウム,銅粉等を用いることができるが,
金属酸化物を用いると,カップリング剤の処理効率が高くなるものであ
り,上記フィラーの表面の一部又は全部を酸化させることにより,カッ
プリング剤の処理効率を向上することもできる。またこの熱伝導性無機
フィラー1の形状としては,特に限定するものではなく,球状であって
も針状であっても板状であっても構わないものである。ここで熱伝導性
シリコーンゴム組成物中の熱伝導性無機フィラー1の配合割合は,熱伝
導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%とするも
のであり,40vol%に満たないと高い熱伝導率を得ることが困難であ
り,80vol%を超えると熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物
がさらに硬く脆くなる恐れがあって好ましくない」。
段落【0018】(オ)
「ここで熱伝導性無機フィラー1に対する上記のシランカップリング剤
の処理量は〔熱伝導性無機フィラーの添加量(g)〕×〔熱伝導性無機,
フィラーの比表面積(㎡/g)〕÷〔熱伝導性無機フィラーの最小被覆面
積(㎡/g)〕の式で示される熱伝導性無機フィラー1の表面にシランカ
ップリング剤の単分子層を形成するのに必要なシランカップリング剤量
の,0.1∼15倍とするのが好ましいものである。ここで0.1倍に
満たないと,シランカップリング剤による処理効果が少なくなる。また
15倍を超えるとシランカップリング剤のコストが大きくなり,また熱
伝導性シリコーンゴムの加熱処理を行う際にメタノールの発生に起因す
ると思われるボイドが発生する恐れがある」。
段落【0025】(カ)
「ここで,上記のようにしてシランカップリング剤にて表面処理が成さ
れた熱伝導性無機フィラー1の表面の様子は,図1に示すようになる。
すなわち,シランカップリング剤としてYSi(OMe)(OMeはメ3
トキシ基,Yは炭素数6以上の脂肪族長鎖アルキル基を示す)を用いる
3とすると,シランカップリング剤は,下記の式のようにYSi(OH)
まで加水分解された後,数個の分子が脱水反応によりオリゴマー化す
る」。
段落【0027】(キ)
「更に熱伝導性無機フィラー1の表面の水酸基と反応して,熱伝導性無
機フィラー1の表面は図1に示すような,疎水性の長鎖のアルキル基2
で覆われるものである。このように親水性の熱伝導性無機フィラー1の
表面が疎水性の長鎖のアルキル基2で覆われることにより,熱伝導性無
機フィラー1とマトリックスのシリコーンゴムとの相溶性が著しく向上
するものである。上記の式(A)中にYで表されているアルキル基の炭
素数は,大きければ大きいほど熱伝導性無機フィラー1とマトリックス
のシリコーンゴムとの相溶性が向上するものであるが,現時点ではこの
アルキル基の炭素数が18のものまでが,安定に存在することが確認さ
れており,Yで表されているアルキル基の炭素数の上限は18となって
いる」。
段落【0028】(ク)
「上記のように本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物では,熱伝導性
無機フィラー1とマトリックスのシリコーンゴムとの相溶性を向上する
ことができるため,熱伝導性を高めるためにマトリックスのシリコーン
ゴムに熱伝導性無機フィラー1を高充填化しても,スラリー状の熱伝導
性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇して成形加工性が低
下するようなことがなく,熱伝導性無機フィラー1を高充填化して熱伝
導性を高めた熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形加工性を向上するこ
とができる」。
段落【0029】(ケ)
「またシリコーンゴムとの相溶性を向上させたことにより,熱伝導性無
機フィラー1同士の凝集を防ぎ,シリコーンゴムのマトリックス中での
熱伝導性無機フィラー1の二次凝集の少ない良好な分散状態を可能とす
ることができ,従って熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の柔
軟性が向上し,ゴム弾性が向上すると共に,引張強度,引裂強度,圧縮
永久歪み特性を著しく改善することができる」。
段落【0030】(コ)
「またシリコーンゴムとの相溶性を向上すると耐熱エージング(高温放
置)によるシリコーンゴムの酸化を起こしにくくさせ,またこのときの
熱伝導性無機フィラー1同士の凝集も,上記のように起こりにくいこと
から,この熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の,耐熱試験に
おける機械特性変化を低減することができるものである」。
段落【0032】(サ)
「実施例】以下,本発明を実施例によって詳述する。【
(実施例1)シリコーンゴムとして,主剤と硬化剤の二液よりなる付
加反応型シリコーンゲル(東レダウコーニング社製,品番「SE188
5)を,熱伝導性無機フィラー1としてアルミナ(昭和電工社製)を,」
シランカップリング剤としてn−ヘキシルトリメトキシシランをそれぞ
れ用い,熱伝導性無機フィラー1に上記の直接処理法の乾式法にて,シ
ランカップリング剤を,熱伝導性無機フィラー100重量部に対して0.
5重量部の割合で処理し,シリコーンゴムの主剤と硬化剤のそれぞれに,
この表面処理を施した熱伝導性無機フィラー1を,熱伝導性無機フィラ
ー1の体積分率(Vf)が60%となるように配合した。この混練物の
主剤と硬化剤を一対一の比率で混練して,スラリー状の熱伝導性シリコ
ーンゴム組成物を得た」。
段落【0055】(シ)
「発明の効果】上記のように本発明の請求項1に記載の熱伝導性シリ【
コーンゴム組成物は,シリコーンゴムに,上記一般式(A)で示される
シランカップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散
させて成り,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全
量に対して40vol%∼80vol%であるため,熱伝導性無機フィラーの
表面が疎水性の長鎖のアルキル基に覆われてシリコーンゴムとの相溶性
が向上し,熱伝導性を高めるためにマトリックスのシリコーンゴムに熱
伝導性無機フィラーを高充填化しても,スラリー状の熱伝導性シリコー
ンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇して成形加工性が低下するよう
なことがなく,熱伝導性無機フィラーを高充填化した熱伝導性シリコー
ンゴム組成物の成形加工性を向上することができるものであり,また熱
伝導性無機フィラー同士の凝集を防ぎ,シリコーンゴムのマトリックス
中での熱伝導性無機フィラーの二次凝集の少ない良好な分散状態を可能
とすることができ,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の柔軟
性が向上し,ゴム弾性が向上すると共に,引張強度,引裂強度の向上及
び圧縮永久歪みを低減することができるものであり,また耐熱エージン
グ(高温放置)によるシリコーンゴムの酸化を起こしにくくさせると共
に上記のように熱伝導性無機フィラー同士の凝集も起こりにくいもので
あって,この熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の,耐熱試験
におけるゴム硬度変化等の機械特性変化を低減することができるもので
ある。また熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量
に対して40vol%以上であることで高い熱伝導率を得ると共に,80v
ol%以下であることから熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が
硬く脆くなることを防止することができるものである」。
イ発明の目的等の記載
本件明細書の前記段落【0007】及び【0013】の記載によれば,
本件各特許発明の目的は,熱伝導性無機フィラーを高充填化しても,成形
物に柔軟性と耐熱機械特性が付与される熱伝導性シリコーンゴム組成物及
びこれを成形して成る放熱シートを提供すること,具体的には,成形スラ
リーの粘度低下,成形物の圧縮永久歪みの低下(ゴム弾性の付与)及び引
裂強度の向上の効果をもたらす熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこれを
成形して成る放熱シートを提供することにあり,その目的を達成するため
の手段が,シリコーンゴムに,本件カップリング剤で表面処理を施した熱
伝導性無機フィラーを分散させるということにあることが認められる。そ
して,段落【0014】では,段落【0013】で示されたシリコーンゴ
ムとして使用できるシリコーンゴムの種類が開示され,段落【0015】
では,段落【0013】で示された熱伝導性無機フィラーの候補となる素
材が複数掲げられている。また,段落【0015】では,熱伝導性無機フ
ィラーの候補素材の中でも「金属酸化物を用いると,カップリング剤の処
理効率が高くなるものであり,上記フィラーの表面の一部又は全部を酸化
させることにより,カップリング剤の処理効率を向上することもできる」
と記載されている。
このように,段落【0015】は,本件各特許発明の目的を解決する手
段を開示した段落【0013】を受け,そこに記載されている熱伝導性無
機フィラーに好適な素材(金属酸化物)を示し,これを用いるとカップリ
ング剤の処理効率が高くなることを開示しているから,段落【0015】
の上記記載は,熱伝導性無機フィラーの全量にカップリング処理すること
を前提としたものであると理解することができる。そして,同じ段落【0
015】の中で「ここで熱伝導性シリコーンゴム組成物中の熱伝導性無,
機フィラー1の配合割合は,熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して
40vol%∼80vol%とするものであり」と記載されているから,ここで
示された配合割合は,カップリング処理された熱伝導性無機フィラーの上
記組成物に対する配合割合を示すものと解するのが自然である。
ウ発明の効果及び実施例の記載
前記段落【0025】及び【0027】には,熱伝導性無機フィラーを
カップリング処理することによって,親水性の熱伝導性無機フィラーの表
面が疎水性の長鎖のアルキル基で覆われ,熱伝導性無機フィラーとマトリ
ックスのシリコーンゴムとの相溶性が著しく向上することが開示されてお
り,その効果として,熱伝導性を高めるためにマトリックスのシリコーン
ゴムに熱伝導性無機フィラーを高充填化しても,スラリー状の熱伝導性シ
リコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇して成形加工性が低下する
ことがないこと(段落【0028,熱伝導性無機フィラー同士の凝集】)
を防ぎ,シリコーンゴムのマトリックス中での熱伝導性無機フィラーの二
次凝集の少ない良好な分散状態を可能とすることができ,熱伝導性シリコ
ーンゴム組成物の硬化成形物の柔軟性が向上し,ゴム弾性が向上するとと
もに,引張強度,引裂強度,圧縮永久歪み特性を著しく改善することがで
きること(段落【0029,耐熱エージング(高温放置)によるシリ】)
コーンゴムの酸化を起こしにくくさせ,また熱伝導性無機フィラー同士の
凝集も起こりにくいことから,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形
物の,耐熱試験における機械特性変化を低減することができること(段落
【0030)がそれぞれ示されており(段落【0055】においても同】
様のことが示されている,かかる効果はいずれも熱伝導性無機フィラ。)
ーをカップリング処理することによる相溶性の向上によってもたらされる
ものと解される。そうすると,かかる記載に接した当業者は,未処理の熱
伝導性無機フィラーを混合使用することについて直ちには想到せず(本件
証拠上,想到し得たことを窺わせる公知技術も認められない,むしろ,。)
未処理の熱伝導性無機フィラーの表面は疎水性の長鎖のアルキル基で覆わ
れていないのであるから,シリコーンゴムと熱伝導性無機フィラーとの相
溶性を十分に向上させることができず,上記発明の効果が低減すると考え
るのが自然である。よって,本件各特許発明は,熱伝導性無機フィラーの
全量をカップリング処理した上,シリコーンゴムに充填するものと解する
のが通常と考えられる。
本件明細書に開示された実施例との関係についても,前記段落【003
2】では,カップリング処理した熱伝導性無機フィラーを,シリコーンゴ
ムの主剤と硬化剤のそれぞれに熱伝導性無機フィラーの体積分率(Vf)
が60%となるように配合し,その混練物の主剤と硬化剤を1対1の比率
で混練して熱伝導性シリコーンゴム組成物を作成する実施例(実施例1)
が示され,段落【0033】ないし【0054】において,カップリング
剤の種類や,カップリング剤の対熱伝導性無機フィラーの重量割合を変え
て熱伝導性シリコーンゴムを作成する実施例(実施例2∼8)及び熱伝導
性無機フィラーの素材を変えた実施例(実施例9∼11)が示されており,
これらの実施例とカップリング処理をしない比較例等を比較して,成形ス
ラリー粘度測定,圧縮永久歪み測定,引裂強度測定及びゴム強度測定をそ
れぞれ行い,上記発明の効果が確認されている。このように,実施例にお
いても,熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理してシリコーンゴ
ムに充填することが示されており,全量未処理のものと比較することによ
り,その効果を確認しているのであり,カップリング処理したものと未処
理のものを混合使用した場合にも同じ効果が得られることは何ら開示され
ていない。よって,当業者としては,本件各特許発明はシリコーンゴムに
充填する熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理するものと理解す
ると考えられる。
このように,本件明細書における発明の効果及び実施例に関する各記載
は,一貫してシリコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラー全量をカッ
プリング処理することを前提としており,ここに未処理の熱伝導性無機フ
ィラーを充填することは,何らの開示も示唆もされていないのであるから,
本件各特許発明はあくまでシリコーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラ
ー全量をカップリング処理するものと解するほかない。そうすると,構成
要件Bの「熱伝導性無機フィラー」も,カップリング処理した熱伝導性無
機フィラーと解するのが相当である。
エ原告の主張について
原告は段落【0015】の「40vol%に満たないと高い熱伝導率を(ア)
得ることが困難であり,80vol%を超えると熱伝導性シリコーンゴム
組成物の硬化成形物がさらに硬く脆くなる恐れがあって好ましくない」
との記載や,段落【0055】の「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シ
リコーンゴム組成物全量に対して40vol%以上であることで高い熱伝
導率を得ると共に,80vol%以下であることから熱伝導性シリコーン
ゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなることを防止することができる」
との記載等に基づき,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は,シリ
コーンゴムに充填する熱伝導性無機フィラーの総量を意味すると主張す
る。確かに,これらの記載のみからすれば,原告主張のように解するこ
とも全く不可能とはいえない。しかし,上記記載は「たとえ熱伝導性,
無機フィラー全量をカップリング処理しても,80vol%を超えてこれ
をシリコーンゴムに充填すると,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化
成形物がさらに硬く脆くなる恐れがあって好ましくない」というように
解することもできるのであり(本件明細書上,カップリング処理を施し
た熱伝導性無機フィラーであれば80vol%を超えて充填しても硬く脆
くならないことを窺わせる記載も認められない,前記特許請求の範。)
囲の記載,発明の効果及び実施例の記載とも併せ考慮すれば,むしろこ
のように解するのが自然といえる。
原告は,本件明細書の発明の詳細な説明には,熱伝導性無機フィラー(イ)
の全量がカップリング処理されていなければ本件各特許発明の効果が得
られないとは記載されていないから,構成要件Bの「熱伝導性無機フィ
ラー」全量がカップリング処理されることまで要求されていないとも主
張する。確かに,本件明細書では,熱伝導性無機フィラーの全量がカッ
プリング処理されていなければ本件各特許発明の効果が得られないとま
では明示的に記載されていない。しかし,他方で,本件明細書には,未
処理の熱伝導性無機フィラーを加えてもよいことについて何らの開示も
示唆もなく,実施例にも熱伝導性無機フィラーの全量がカップリング処
理されたものだけが開示されており,未処理の熱伝導性無機フィラーを
加えた場合にも,そうでない場合と同様の効果が得られることについて
何ら記載されていない。むしろ,前記ウのとおり,未処理の熱伝導性無
機フィラーは,その表面が疎水性の長鎖アルキル基に全く覆われていな
いのであるから,これを加えた場合に本件各特許発明と同様の効果が得
られるとは容易に想到できないと考えられる。この点,原告は,自ら実
験した結果(甲6)を基に,熱伝導性無機フィラーの半量を処理した場
合であっても,本件各特許発明の効果を奏するに十分であると主張する
(原告第3準備書面15頁6行∼16頁9行。しかし,特許請求の範)
囲の解釈(均等侵害の成否は別論)において,明細書の記載のほか,出
願経過及び公知技術を参しゃくすることを超えて,当業者にとって自明
でない実験結果を考慮することはできないというべきであるから,同実
験結果の信用性にかかわらず,これを根拠とすることはできない。
原告は,段落【0018】の記載から,シリコーンゴム組成物中の熱(ウ)
伝導性無機フィラーの全表面積の0.1倍,つまり10%の表面が本件
カップリング剤で覆われていれば,本件各特許発明の効果を奏するのに
十分であるとも主張する。しかし,同段落の記載は,カップリング処理
に使用するカップリング剤の量比を示したものであって,熱伝導性無機
フィラーの全表面積の0.1倍の量のカップリング剤を使用し,その全
量が熱伝導性無機フィラーの表面に結合した場合には,全ての熱伝導性
無機フィラーの表面の平均10%がカップリング剤で覆われることにな
るのであり,その結果,あくまで全量がカップリング処理された熱伝導
性無機フィラー(表面の一部が処理されたもの)になるのであって,カ
ップリング処理が全くされていない熱伝導性無機フィラーを混合使用す
ることが示されているとはいえない。この点に関連して,原告は相溶性
との関係で重要なのはカップリング処理された熱伝導性無機フィラーの
表面積であり,体積分率ではない旨主張するが,熱伝導性無機フィラー
1個当たりの大きさが同じであれば,その表面積と体積が相関関係を有
するのは自明であるから,この点をもって構成要件Bの「熱伝導性無機
フィラー」全量がカップリング処理されることを要しないとは到底いえ
ないものというほかない。
3出願経過()
本件において,構成要件Bは本件出願後の補正(本件補正)によって加え
られたものであることから,本件特許の出願経過についても検討する。
ア当初明細書の記載
原告は,平成10年1月27日に本件出願をしたものであるところ,当
初明細書には以下の記載のあることが認められる(乙1。)
特許請求の範囲(ア)
「請求項1】シリコーンゴムに,下記一般式(A)及び(B)で示【
されるシランカップリング剤から選択されたシランカップリング剤で表
面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成ることを特徴とす
る熱伝導性シリコーンゴム組成物。
【化1】
YSiX(A)3
YSiX(B)22
X=メトキシ基又はエトキシ基
Y=炭素数6個以上の脂肪族長鎖アルキル基又はフェニル基」
発明の詳細な説明の記載(イ)
a段落【0012】
「また熱伝導性無機フィラー1としては,アルミナ,シリカ,酸化マ
グネシウム,酸化ベリリウム,酸化チタン等の金属酸化物,窒化アル
ミニウム,窒化ホウ素,金属アルミニウム,銅粉等を用いることがで
きるが,金属酸化物を用いると,カップリング剤の処理効率が高くな
るものであり,上記フィラーの表面の一部又は全部を酸化させること
により,カップリング剤の処理効率を向上することもできる。またこ
の熱伝導性無機フィラー1の形状としては,特に限定するものではな
く,球状であっても針状であっても板状であっても構わないものであ
る。ここで熱伝導性シリコーンゴム組成物中の熱伝導性無機フィラー
1の配合割合は,熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vo
l%∼80vol%とするものが好ましいものであり,40vol%に満た
ないと高い熱伝導率を得ることが困難であり,80vol%を超えると
熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物がさらに硬く脆くなる恐
れがあって好ましくない」。
b段落【0046】
「発明の効果】上記のように本発明の請求項1に記載の熱伝導性シ【
リコーンゴム組成物は,シリコーンゴムに,上記一般式(A)及び
(B)で示されるシランカップリング剤から選択されたシランカップ
リング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成る
ため,熱伝導性無機フィラーの表面が疎水性の長鎖のアルキル基又は
フェニル基に覆われてシリコーンゴムとの相溶性が向上し,熱伝導性
を高めるためにマトリックスのシリコーンゴムに熱伝導性無機フィラ
ーを高充填化しても,スラリー状の熱伝導性シリコーンゴム組成物の
成形スラリー粘度が上昇して成形加工性が低下するようなことがなく,
熱伝導性無機フィラーを高充填化した熱伝導性シリコーンゴム組成物
の成形加工性を向上することができるものであり,また熱伝導性無機
フィラー同士の凝集を防ぎ,シリコーンゴムのマトリックス中での熱
伝導性無機フィラーの二次凝集の少ない良好な分散状態を可能とする
ことができ,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の柔軟性が
向上し,ゴム弾性が向上すると共に,引張強度,引裂強度の向上及び
圧縮永久歪みを低減することできるものであり,また耐熱エージング
(高温放置)によるシリコーンゴムの酸化を起こしにくくさせると共
に上記のように熱伝導性無機フィラー同士の凝集も起こりにくいもの
であって,この熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の,耐熱
試験におけるゴム硬度変化等の機械特性変化を低減することができる
ものである」。
イ本件拒絶理由通知の内容
原告は,平成13年12月4日,特許庁審査官より本件拒絶理由通知を
受けた。これには「請求項1に記載の発明は組成物に係る発明と認められ
るが,各成分の配合量(組成比)が記載されていない(すべての配合量
(組成比)について同等の効果を奏するものとは認められない」として,)
特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に規定する要件を充たして
いないと記載されていた(乙2。)
ウ本件補正
本件拒絶理由通知に対し,原告は,平成14年2月4日に本件補正書を
提出し,当初明細書の特許請求の範囲【請求項1】に構成要件Bを加える
などの本件補正をした(乙3。また原告が同日提出した本件意見書には)
発明の効果に係る説明として,段落【0055】と同じ記載があるほか,
本件拒絶理由通知に対する意見として以下の記載がある(乙4。)
「審査官殿は『請求項1に記載の発明は組成物に係る発明と認められ,
るが,各成分の配合量(組成比)が記載されていない(すべての配合量
(組成比)について同等の効果を奏するものとは認められない』との)
ご認定である。
これに対して,本意見書と同日付けで提出する手続補正書による補正
後の請求項1の記載では,既述のように『熱伝導性無機フィラーが熱伝
導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%∼80vol%』である
点で限定されているので,請求項1に係る発明は明確になったものと思
料する」。
エ検討
上記認定のとおり,構成要件Bは,本件拒絶理由通知を受けた本件補(ア)
正によって,後から加えられたものであるところ,本件拒絶理由通知が
明らかにするように求めている「各成分の配合量」とは,当初明細書の
特許請求の範囲【請求項1】に記載のあった「シリコーンゴム」と「カ
ップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラー」の各配合量を
指すものと解するのが自然であるし,このことは,本件拒絶理由通知に
おいて「全ての配合量について同等の効果を奏するものとは認められ,
ない」と指摘されていることからも窺える。
そうすると,かかる拒絶理由通知に対する応答としてなされた本件補
正によって加えられた構成要件Bは「熱伝導性シリコーンゴム組成物,
全量」に対して「カップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フ,
ィラー」の配合量を定めたものと解するのが自然であり,このことは,
本件意見書において「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴ『
ム組成物全量に対して40vol%∼80vol%』である点で限定されてい
るので,請求項1に係る発明は明確になった」と述べられていることと
も符合する。
この点,原告は,本件補正においてカップリング処理を施した熱伝導(イ)
性無機フィラーの配合量を規定しようと意図したのであれば,本件特許
発明1のようには記載しないと主張するが,特許請求の範囲をどのよう
に記載するかについては,その具体的表現に相当の幅があるのであり,
本件においても,カップリング処理を施した熱伝導性無機フィラーの配
合量を規定する場合に,本件明細書の特許発明の範囲のような記載には
論理的になり得ないとまではいえない。
また,原告は,当初明細書の段落【0012】の「40vol%∼80v
ol%」という数値範囲が指すものは熱伝導性無機フィラー自体の配合量
であると主張するが,同段落は本件明細書の段落【0015】とほぼ同
じであり,同段落の「熱伝導性無機フィラー」がカップリング処理を施
した熱伝導性無機フィラーを指すと解するのが自然であることは前記
(2)イで説示したとおりである。
さらに,原告は本件意見書における記載をもって,本件補正の目的が
熱伝導性無機フィラー自体の配合量を規定することにあったと主張する
が,原告が指摘する記載は本件明細書の段落【0055】と同じ内容で
あり,この記載も熱伝導性無機フィラー全量をカップリング処理するこ
とを前提としていると解されることは,前記(2)エで説示したとおりで
ある。
以上からすると,本件補正における原告の主観的意図はともかく,少(ウ)
なくとも構成要件Bを加えた本件補正を外形的に見れば,カップリング
処理された熱伝導性無機フィラーの体積分率を限定したものと解するの
が相当であり,自らかかる補正をしておきながら,後になってこれと異
なる主張をすることは,本件補正の外形を信用した第三者の法的安定性
を害するものであり,禁反言の法理に抵触し許されないというべきであ
る。
4本件カップリング剤込みの量と解すると不合理であるとの主張について()
構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」につき,原告はカップリング処理
済みの熱伝導性無機フィラーの配合量(本件カップリング剤込みの量)と解
すると不合理が生じると主張するのに対し,被告は本件カップリング剤込み
の量であると主張するので,以下検討する。
ア本件明細書の記載
証拠(甲2,3)によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,以下
の記載があることが認められる。
段落【0003】(ア)
「従来このような放熱シート3のための材料として,柔軟性を持ったゴ
ムシート,両面に接着剤をコーティングしたテープ,あるいは接着剤や
グリース等のような形態のものが用いられており,いずれの形態のもの
においても熱伝導性フィラーをマトリックス樹脂に混合分散することが
行なわれている。この場合マトリックス樹脂としては,耐熱性,耐寒性
に優れ,広い温度範囲で良好な圧縮復元性を有するシリコーンゴムが用
いられることが多く,また熱伝導性フィラーとしては,アルミナ,酸化
マグネシウム,窒化ホウ素等の高熱伝導性の無機フィラーを用いるもの
であり,この熱伝導性無機フィラーをマトリックス樹脂に高充填量で混
合分散することによって得られる熱伝導性シリコーンゴム組成物を加熱
成形して放熱シート3を形成することが行なわれている。ここで,熱伝
導性フィラーは放熱シート3の熱抵抗をできる限り低減するために用い
られるものであり,電子機器の小型化,放熱器5の小型化,更には電子
部品4の発熱量の増加の傾向に伴い,電子部品4から発生した熱をでき
る限り効率よく放熱器5から放熱させようとするものである」。
段落【0004】(イ)
「発明が解決しようとする課題】しかし熱伝導率を上昇させるために【
単にシリコーンゴムに対する熱伝導性無機フィラー充填量を増加させる
と,熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇し,成形
加工性が低下したり,成形したシートの硬度が高硬度化することになる。
このように放熱シート3が高硬度化すると,電子部品4や放熱器5の接
合面の微妙なうねりや反りに対しての追随性が低下し,放熱器5と電子
部品4との間の空隙7を充分に埋めることができないという問題が発生
する。またこのような高硬度の放熱シート3を微妙なうねりや反りに追
随させようとすると,電子部品4と放熱シート3の間にかなりの荷重を
掛ける必要があり,電子部品4に対して大きなダメージを与える恐れが
ある」。
イ検討
上記段落【0003】には「熱伝導性フィラーは放熱シート3の熱抵抗
をできる限り低減するために用いられるもの」と記載されており,段落
【0004】には「熱伝導率を上昇させるために単にシリコーンゴムに対
する熱伝導性無機フィラー充填量を増加させると」と記載されていること
からすれば,本件明細書上,熱伝導率を高める役割を果たすものは熱伝導
性無機フィラーであって,本件カップリング剤が熱伝導率そのものに影響
を与えることを窺わせる記載は認められない。また,段落【0015】
(前記(2)ア(エ)には,数値限定の意義について「40vol%に満),
たないと高い熱伝導率を得ることが困難であり」と記載されていることか
らすると,40vol%以上でなければならないものは,あくまで熱伝導率
に影響を与える熱伝導性無機フィラーそのものの量であって,本件カップ
リング剤込みの量ではないと解するのが相当である。
他方,上記段落【0004】には「熱伝導率を上昇させるために単に,
シリコーンゴムに対する熱伝導性無機フィラー充填量を増加させると,熱
伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇し,成形加工性が
低下したり,成形したシートの硬度が高硬度化することになる」と記載さ
れており,成形した放熱シートの硬度が高硬度化する要因は熱伝導性無機
フィラーにあり,本件明細書上,本件カップリング剤そのものが高硬度化
に影響を与えていることを窺わせる記載はない。また,段落【0015】
には,数値限定の意義について「80vol%を超えると熱伝導性シリコ,
ーンゴム組成物の硬化成形物がさらに硬く脆くなる恐れがあって好ましく
ない」と記載されていることからすると,80vol%以下でなければなら
ないものは,高硬度化に影響を与える熱伝導性無機フィラーそのものの量
であって,本件カップリング剤込みの量ではないと解するのが相当である。
このように,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は,本件カップリ
ング剤を含まないものと解するのが相当である。もっとも,そうであるか
らといって,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」が構成要件Aのカッ
プリング処理を施した熱伝導性無機フィラーを指すとの前記(2)の判断を
左右するものではない。なぜなら,熱伝導性無機フィラーと本件カップリ
ング剤とはもともと別の成分であるし,段落【0019【0022】】,
及び【0023】において熱伝導性シリコーンゴム組成物を形成する方法
として紹介されているインテグラルブレンド法においては,熱伝導性無機
フィラーをシリコーンゴムに充填する前にカップリング処理を施すのでは
なく,シリコーンゴム中に熱伝導性無機フィラーを混練する際に本件カッ
プリング剤を同時に配合するのであるから,特にこのような方法において
は,熱伝導性無機フィラーと本件カップリング剤とを熱伝導性シリコーン
ゴムを組成する別の成分として捉えるのが通常と考えられるからである。
以上のように,構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」に本件カップリ
ング剤込みの量と解することはできないという原告の主張は採用できるが,
同「熱伝導性無機フィラー」がカップリング処理されていないものも含む
という原告の主張を裏付けることにはならない。
5小括()
以上のとおり,上記特許請求の範囲の記載及び同発明の詳細な説明の記載
並びに出願経過からすれば,構成要件Bにおける「熱伝導性無機フィラー」
は構成要件Aの熱伝導性無機フィラーと同じもの,すなわちカップリング処
理を施した熱伝導性無機フィラー(ただし,その体積分率の算定に当たって
は本件カップリング剤を含まない量を基準とする)と解するのが相当であ。
る。なお,本件明細書ではカップリング処理された熱伝導性無機フィラーと
未処理のものとを混合使用することについて許容も禁止もされていないから,
未処理の熱伝導性無機フィラーを加えたからといって,直ちに本件各特許発
明の技術的範囲に含まれなくなるという訳ではなく,あくまで,カップリン
グ処理された熱伝導性無機フィラーの体積分率が構成要件Bの範囲内にある
か否かによって判断することになる。
そして,上記解釈によれば,被告製品のうち組成について争いのないGR
−b等については,別紙被告製品の組成の「カップリング剤処理フィラー」
の「フィラーのみ」欄に記載のとおり,カップリング処理した熱伝導性無機
フィラーの体積分率が「40vol%∼80vol%」の範囲に含まれないから,
いずれも構成要件Bを充たさない(均等侵害の成否については後記3で判断
する。。)
2争点1−2(GR−nの組成)について
上記本件各特許発明の技術的範囲の解釈を前提に,GR−nの組成すなわち
GR−n中のカップリング処理を施した熱伝導性無機フィラーの体積分率(本
件カップリング剤を除く)について検討する。。
1算出方法①について()
本件において,被告は,特許法104条の2に基づき,GR−nの製造方
法を記載したものとして製造標準処方(乙26,27)を提出するところ,
これが信用できるものであれば,これに基づいてGR−nの組成を算出する
方法(算出方法①)が最も直截な方法といえる。そこで,まず製造標準処方
の信用性について検討する。
ア被告は,自ら提出した製造標準処方はGR−nのものであることに間違
いない旨主張する。しかし,製造標準処方には「用途」として「GR−
n」との記載があるものの,原材料名は製造メーカー名も含めて全て黒塗
りされており,他にも黒塗り部分が少なからず存在し,その内容を窺い知
ることができないから,これらの書証の信用性をにわかに肯定することは
できないというべきである。
イまた,乙28陳述書では,製造標準処方に示された原材料につき,GR
−nのAパーツ(乙26及び乙27の各1枚目)の原材料が,
「シリコーンポリマー(Siポリマー,)」
「シランカップリング剤処理熱伝導性フィラー(処理フィラー1,)」
「シランカップリング剤処理熱伝導性フィラー(処理フィラー2,)」
「シランカップリング剤処理熱伝導性フィラー(処理フィラー3,)」
「添加剤−A,」
「硬化触媒(Siキャタリスト,)」
「添加剤−C」
であること(乙28陳述書2頁【表2,GR−nのBパーツ(乙26】)
及び乙27の各2枚目)の原材料が,
「シリコーンポリマー(Siポリマー,)」
「シランカップリング剤処理熱伝導性フィラー(処理フィラー1,)」
「シランカップリング剤処理熱伝導性フィラー(処理フィラー2,)」
「シランカップリング剤処理熱伝導性フィラー(処理フィラー3,)」
「添加剤−A,」
「添加剤−B」
であること(乙28陳述書2頁【表3)が説明されており「添加剤−】,
A∼Cは顔料等であり,熱伝導性に影響するものではありません」と述。
べられている。そうすると,乙28陳述書によれば,シリコーンポリマー
(Siキャタリストを含む)に配合された材料は,カップリング処理さ。
れた熱伝導性無機フィラーのほか,熱伝導性に関係のない顔料である添加
剤AないしCのみであるから,未処理の熱伝導性無機フィラーは充填され
ていないことになる。しかし,被告は,GR−nには0.1vol%の未処
理の熱伝導性無機フィラーが充填されていると主張しているのであるから
(別紙被告製品の組成,乙28陳述書の内容は被告の主張と矛盾するこ)
とになる。
被告は,この点について原告から指摘されるや,乙30陳述書を提出し,
その中で「4)上記において,添加剤−A∼Cは顔料等であり,熱伝,『(
導性に影響するものではありません』を『4)上記において,添加剤。,(
−A∼Cは顔料等です。添加剤−B及び添加剤−Cは金属酸化物であり,
本件特許の請求項2の『熱伝導性無機フィラー』に含まれます』と訂正。
します」と,さしたる理由も付さずに乙28陳述書の記載を訂正してい。
るが,本件ではGR−nの組成が重要な争点になっているのであり,その
中において,裁判所からの示唆により被告が自らGR−nの製造方法を明
らかにするという趣旨で製造標準処方と併せて乙28陳述書を提出したと
いう経緯に加え,乙28陳述書が被告の技術総括責任者(常務取締役)と
いう立場にある者の作成に係るものであることに照らすと,乙28陳述書
の前記記載部分が単なる誤記ないし勘違いであったというのはにわかに信
用することができない。
ウしかも,弁論の全趣旨によれば,乙28陳述書で示された添加剤B及び
Cは酸化鉄であると認められるところ,放熱材料全般についての専門書で
ある「電子機器・部品用放熱材料の高熱伝導化および熱伝導性の測定・
評価技術(甲29)には,酸化鉄が「熱伝導性フィラー」であるとの記」
載は見受けられない。この点,被告は,公開特許公報(乙31∼34)に
は熱伝導性フィラーとして酸化鉄を使用することが記載されていると主張
するが,他方で,被告が出願人となっている「熱伝導性組成物及びこれを
用いたパテ状放熱シートと放熱構造体」という発明に係る公開特許公報
(特開2005−42096号公報:甲35)には「熱伝導性フィラ,
ー」として「金属酸化物」が記載されているものの(請求項3,そ,【】)
の具体例として酸化鉄は掲げられておらず(請求項4,むしろ酸化鉄【】)
は酸化防止剤の例示として記載されていること(0028)からすれ【】
ば,被告としては酸化鉄を熱伝導性無機フィラーとして捉えていなかった
のではないかという疑念が払拭できない。そうすると,乙28陳述書の添
加剤B及びC(酸化鉄)が被告の主張する未処理の熱伝導性無機フィラー
に当たるものとして,乙28陳述書と被告の主張との上記矛盾が解消され
たといえるのかどうかについても,少なからず疑問の残るところといわざ
るを得ない。
エさらに,乙28陳述書に示されるGR−nの組成(乙28陳述書の【表
4)に基づいてGR−nの比重を計算すると,3.4031(4213.100】
÷1238.01=3.4031:ただし,被告の主張によれば3.4029)となる。
ところ,かかる結果は,争いのない事実としてのGR−nの比重(3.3
55∼3.358)と異なることになる。この点について,被告はGR−
nに気泡が存在することに基づく差であると主張するところ,仮に上記の
差が全て気泡によるものであるとすると,気泡は1vol%以上存すること
になる。しかし,空気は断熱性の高いものであるから,これを1vol%も
含むものは熱伝導性シリコーンゴムとして不良品ではないかという疑問が
生じるし,甲第27号証による軟X線検査装置による観察でも気泡の存在
は見受けられない。また,GR−nには1vol%以上の気泡が存在すると
推認される旨結論づける乙第37号証についても,仮に乙第37号証で検
証された試料が不良品ではないGR−nであったとしても,気泡含有量の
計算を行わないで,画像のみから気泡が1vol%以上存在するとは即断し
難い。
オ以上からすると,GR−nの製造標準処方やこれを説明する乙28陳述
書及び乙30陳述書は,これを信用することができないというべきであり,
これに依拠する被告の主張は採用できない。
2算出方法②について()
算出方法②(GR−nを燃焼させた際の残渣質量を測定し,当該質量とG
R−n及びシリコーンゴムの比重に基づいて,熱伝導性無機フィラーの体積
分率を算出する方法)に基づく立証方法として,原告は甲8報告書を提出し,
被告は乙11報告書を提出するので,以下,それぞれの信用性について検討
する。
ア甲8報告書の信用性
甲8報告書では,GR−nを燃焼(空気雰囲気,800℃,4時間)さ
せて,その燃焼残渣(灰分)の重量を測定し,そのうち,シリコーン分
(同バッチの炉内で燃焼させたシリコーンゲルSE1885の燃焼残渣か
ら算出)を差し引いて,フィラー分のwt%(重量%)を算出し,その結果
とGR−nの比重(3.355)及びシリコーンゲルの比重(0.97)
から,GR−n中の熱伝導性無機フィラーの体積分率を78.6vol%と
算出している。
しかし,弁論の全趣旨によれば,シリコーンは,酸素が存在しない雰囲
気下で強熱すると,低分子で揮発性の環状ジメチルシロキサンなどに分解
し,最終的にはほぼ全量が揮発・消失するが,酸素が存在すると,Si−
有機基の酸化分解・シロキサン結合の生成という別の化学反応が起こり,
高密度の架橋構造が生成するために多量の残渣が生成することが認められ
る。また「シリコーンハンドブック(乙19の773頁)には,ゴム,」
硬化物の「組成を把握するためには,シリコーンと充填剤などを分離する
必要があるが,通常不活性ガス(Nなど)通気下熱分解することにより,2
シリコーンを低分子量の留分として分離することができる(なお試料によ
ってはシリコーンの熱分解が十分にすすまないことがある」と記載さ)。
れていることが認められる。そうすると,GR−nのようなシリコーンゴ
ムの組成を求めるには,通常,窒素雰囲気下で燃焼することにより充填剤
を分離する方法が執られるものと認められ,甲8報告書のように,空気雰
囲気下で燃焼することは通常の分解方法とは認め難い。
この点,甲8報告書では,空気雰囲気下でシリコーンゴムを燃焼させる
と残渣が発生することから,シリコーン由来の残渣を算出するためにシリ
コーンゴムのみから成る試料(シリコーンゲルSE1885)を同じ条件
下で燃焼させ,熱処理後平均37wt%減少したことから,GR−nの残渣
にも同じ割合でシリコーン由来の残渣が生じるとして,GR−nの熱処理
後の減少分2.29wt%からシリコーン由来分を算出し(2.29÷0.37=6.
19wt%,その余の部分(93.81wt%)を熱伝導性無機フィラーであ)
ると算出している。この算出方法は,シリコーンゴムのみから成る試料と,
熱伝導性無機フィラー及びシリコーンゴムから成る試料とが,熱処理後に
同じ割合においてシリコーン由来の残渣が生じることを前提するものであ
るが,証拠(乙29)によれば,空気雰囲気下での熱分解において,シリ
コーンの含有量と熱分解後の残渣量は完全に比例関係にあるのではなく,
シリコーン含有量が100wt%の場合に生じる残渣は,シリコーン含有量
が20wt%以下の場合に生じる残渣と,その割合において異なることが認
められる。そうすると,シリコーンゴムのみから成る試料と,熱伝導性無
機フィラー及びシリコーンゴムから成る試料とが,熱分解後に同じ割合に
おいて残渣が生じるという前提自体が成り立つとは認め難く,甲8報告書
は,熱伝導性無機フィラーの重量割合を算定する段階で,既に誤っている
可能性を否定できないというべきである。
上記のように,甲8報告書は熱分解の方法及びその後の算出方法におい
て疑問点がある上,原告は,被告からこの疑問点を指摘されたにもかかわ
らず,追試を行うなど甲8報告書の信用性を裏付ける証拠を提出していな
いことに照らすと,甲8報告書の信用性を肯定することはできないという
べきである。
イ乙11報告書の信用性
乙11報告書では,被告から提供された分析サンプルN(乙12によれ
ばGR−n)を窒素雰囲気下で熱重量測定(TG)を行い,30℃から6
00℃まで30℃/分の昇温条件で加熱することによりシリコーン成分を
除き,そのときの残渣質量から熱伝導性無機フィラーの体積分率を求めて
いる。具体的には,熱重量測定の結果5wt%の減量があったことから,残
った95wt%が熱伝導性無機フィラーであることを前提に,分析サンプル
Nの比重を3.4,シリコーンゴムの比重を0.97として,分析サンプ
ルN中の熱伝導性無機フィラーの体積分率を82.5vol%と算出してい
る。
しかし,そもそも熱重量測定の結果5wt%の減量があったとの点につい
て,乙11報告書では,試料の加熱前の重量及び加熱後の残渣重量が全く
記載されておらず,唐突に5wt%という結論しか記載されていない。しか
も,5wt%という数値の有効数字は1桁にすぎず,本件では,これに分析
サンプルNの比重3.4及びシリコーンゴムの比重0.97(いずれも有
効数字は2桁)を用いて乗除演算しているのであるから,結論として導き
出された「82.5」という数値の有効数字も1桁であることに変わりは
ない。そうすると「82.5」という一見もっともらしそうに見える数,
値も,実は75以上85未満の範囲内にある数値を示すものにすぎない可
能性を否定できない曖昧な数字にすぎず「40vol%∼80vol%」とい,
う構成要件Bの充足性を判断するために必要な有効数字とは到底いえない。
このように,乙11報告書は,熱重量測定の経過が不明である上,有効
数字の取り方に看過できない疑問点があるから,その信用性を肯定するこ
とはできないというべきである。
ウそうすると,結局のところ,算出方法②として当事者双方から提出され
た証拠はいずれも信用することはできず,これに基づいてGR−nの体積
分率を算出することはできない。
3算出方法③について()
算出方法③(GR−nの比重並びにGR−nの成分としての熱伝導性無機
フィラー,シリコーンゴム及び本件カップリング剤等の各比重に基づき,熱
伝導性無機フィラーの体積分率を算出する方法)に基づく立証方法として,
原告は甲25陳述書及び甲26陳述書を,被告は乙36陳述書を提出するの
で,それぞれの信用性について,以下検討する。
ア甲25陳述書の信用性
甲25陳述書の内容(ア)
被告の主張を前提として,GR−nの成分を「Siポリマー「キ」,
ャタリスト「処理フィラー1「処理フィラー2「処理フィラー」,」,」,
3「添加剤−A「添加剤−B」及び「添加剤−C」の6種類(処」,」,
理フィラー1ないし3は同じもの)とし「Siポリマー」及び「キ。,
ャタリスト」の比重を0.97「処理フィラー1」ないし「処理フィ,
ラー3」の比重を3.898「添加剤−A」の比重を2.70「添,,
加剤−B」及び「添加剤−C」の比重を5.00とし「Siポリマ,
ー」及び「キャタリスト」の体積分率を「V1(比重が同じなのでま」
とめる「処理フィラー1」ないし「処理フィラー3」を「V2+0.。),
022(処理フィラーは未処理のフィラーと本件カップリング剤とか」
ら成ることから,未処理のフィラーの体積分率を「V2」とし,本件カ
ップリング剤の体積分率を被告が主張する〔別紙被告製品の組成〕2.
2vol%とする「添加剤−A」の体積分率を「V3「添加剤−。),」.
B」及び「添加剤−C」の体積分率を「V4(比重が同じなのでまと」
める,GR−nの比重が3.356である(争いのない事実として。)
の3.355∼3.358の中間値)として,以下の式を導くことがで
きる。
3.356=0.97×V1+3.898×(V2+0.022)+2.7×V3+5.0×V4
体積分率の和は1であるから,以下の式を導くことができる。
V1+(V2+0.022)+V3+V4=1
V1ないしV4は体積分率であるから0から1の間に解がある。よっ
て,以下の各式を導くことができる。
0≦V1≦1
0≦V2≦1
0≦V3≦1
0≦V4≦1
上記各式のみでは1つの解を得ることができないが,V1ないしV4
が取り得る値を組み合わせて代入した結果,別紙計算書1のとおりとな
る。別紙計算書1によれば,水色セルの領域はV4が負の値となるから,
この領域に解は存在せず,紺色及び黄色のセル領域が上記各式の条件を
満たす領域であり,紺色セル領域がV2の最大値である。
よって,V2の最大値はいずれも80vol%を下回っている(V3「
=V4=0」の場合のV2の最大値は79.29vol%)ので,GR−
nの未処理フィラーの体積分率は80vol%を下回る。なお,GR−n
の比重を3.358としても,未処理フィラーの体積分率は80vol%
を下回る(甲25【表9。】)
計算方法について(イ)
被告は,最終製品から熱伝導性無機フィラーの体積分率を求める甲2
5陳述書の計算方法は,本件明細書に記載も示唆もされていないと主張
する。しかし,最終製品であるGR−nは構成要件Dの「放熱シート」
に該当し,その元となる構成要件Dの「熱伝導性シリコーンゴム組成
物」は,構成要件Cの「熱伝導性シリコーンゴム組成物」と同一である
こと,構成要件Cの「熱伝導性シリコーンゴム組成物」は構成要件Bの
「熱伝導性シリコーンゴム組成物」と同一と解されること(同一の文言
であり,これらを別異に解する理由もない,構成要件Bでは,熱伝。)
導性無機フィラーが「熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40
vol%∼80vol%」とされていることからすれば,最終製品である放熱
シートとしてのGR−nから,その組成を計算する方法は,むしろ本件
各特許発明の特許請求の範囲の記載に則したものというべきである。
よって,最終製品であるGR−nから組成を計算する甲25陳述書の
計算方法は妥当なものとして是認できる。
被告が主張する甲25陳述書の「第1の誤り」について(ウ)
被告は,甲25陳述書は気泡が存在しないという前提で行っているが,
GR−nには1vol%以上の気泡が存すると主張するところ,前記
(1)エのとおり,GR−nに1vol%以上もの気泡が存するとは即断
し難い(ただし,乙第37号証によれば,気泡が存在する可能性も完全
に否定することはできない。。)
被告が主張する甲25陳述書の「第2の誤り」について(エ)
被告は,甲25陳述書において,処理フィラーの体積分率を「V2+
0.022」としていることにつき,フィラーの体積分率がX%変化す
れば,本件カップリング剤もX%変化し,その結果,処理フィラーの体
積分率もX%変化するから,正しくは「1.0273×V2」とすべき
であると主張する(被告の主張する「第2の誤り。」)
確かに,カップリング処理に必要な本件カップリング剤は熱伝導性無
機フィラーの体積と一定の相関関係を有すると考えられることから,熱
伝導性無機フィラーを変数(V2)としながら,本件カップリング剤を
変数とせず,2.2vol%と固定することが合理的といえるか疑問の残
るところである。
しかしながら,他方で,被告が主張する「1.0273」という比例
定数は,被告が主張するGR−n中の処理フィラーの体積分率と未処理
フィラーの体積分率から求めた値であるところ(82.8÷80.6=1.0273,)
本件においては処理フィラーと未処理フィラーの各体積分率が争いにな
っているのであるから,被告の主張する数値を前提に比例定数を導き出
しても,客観的な裏付けのある数値にはならないというべきである。
被告が主張する甲25陳述書の「第3の誤り」について(オ)
被告が「第3の誤り」として主張する内容は,構成要件Bの「熱伝導
性無機フィラー」の解釈に係るものであるところ,前記1(4)のとお
り,同「熱伝導性無機フィラー」には本件カップリング剤を含まないと
解すべきであるから,これを含むことを前提とする被告の主張は失当で
ある。
以上のように,甲25陳述書は,本件カップリング剤の体積分率を変(カ)
数としなかった点において疑問の残るところであり,その計算結果を直
ちに採用することはできないものの,その余の計算方法は合理的なもの
として是認することができる。
イ甲26陳述書の信用性
甲26陳述書の内容(ア)
甲25陳述書と同様の手法を用いるが「処理フィラー」を処理前の,
熱伝導性無機フィラーと本件カップリング剤とに分けて計算している。
すなわち「Siポリマー」及び「キャタリスト」の体積分率を併せて,
「V1(比重0.97,処理前の熱伝導性無機フィラーの体積分率」)
を1から3まで併せて「V2(比重3.98:アルミナの比重,本」)
件カップリング剤の体積分率を「V3(比重0.88)とし「添加」,
剤−A「添加剤−B」及び「添加剤−C」については,全体に占め」,
る割合がごく小さいことから,被告の主張する値を前提に固定する。な
お,GR−nの比重は甲25陳述書と同じく3.356を前提とする。
そうすると,以下の式を導くことができる。
3.356=0.97×V1+3.98×V2+0.88×V3+2.7×0.00359+5.0×0.00089
体積分率の和は1であるから,以下の式を導くことができる。
V1+V2+V3+0.00359+0.00089=1
V1ないしV3は体積分率であるから0から1の間に解がある。よっ
て,以下の各式を導くことができる。
0≦V1≦1
0≦V2≦1
0≦V3≦1
上記各式のみでは1つの解を得ることができないが,これらに取り得
る値を組み合わせて代入した結果,別紙計算書2のとおりとなった。別
紙計算書2によれば,水色セルの領域はV1が負の値となるから,この
領域に解は存在しないことになる。橙色のセル及び赤色のセルが上記各
式の条件を満たす領域であり,この領域におけるV2の最大値は0.8
(80vol%)を下回っている。
信用性の検討(イ)
甲26陳述書の計算方法は甲25陳述書と同様,妥当なものとして是
認できる上,甲26陳述書では,上記のように本件カップリング剤の体
積分率を変数としており,甲25陳述書における前記疑問が解消されて
いる。また,添加剤−AないしCについて,これらが全体に占める割合
がごく小さいことから,被告主張の数値で固定したことについても合理
性があるものと考えられる。なお,甲26陳述書においても,気泡は存
在しないものとして計算されているところ,上記ア(ウ)のとおり気泡
の存在自体は完全に否定できないが,1vol%以上存在するとまでは認
め難いことから,この点をもって甲26陳述書の信用性を完全に覆滅さ
せるものとまではいえない。
よって,甲26陳述書は基本的に信用することができるものとして,
これを採用することができる。
ウ乙36陳述書の信用性
乙36陳述書の内容(ア)
「Siポリマー」及び「キャタリスト」の体積分率を「V1(比重」
0.97「処理フィラー」の体積分率を1から3まで併せて「V),
」),」.2(比重3.898「添加剤−A」の体積分率を「V3(比重2
7「添加剤−B」及び「添加剤−C」の体積分率を併せて「V4」),
(比重5.0)とする。なお,GR−nの比重は甲25陳述書及び甲2
6陳述書と同じく3.356とする。そうすると,以下の式を導くこと
ができる。
3.356=0.97×V1+3.898×V2+2.7×V3+5.0×V4
各成分の体積分率の和は1であり,V1ないしV4はいずれも0以上
1以下であるから,以下の各式を導くことができる。
V1+V2+V3+V4=1
0≦V1≦1
0≦V2≦1
0≦V3≦1
0≦V4≦1
上記各式を組み合わせれば「V3=V4=0」の時にV2が最大値,
,になり,その時のV2の値は0.8149(81.49vol%)となり
80vol%を上回る。なお,GR−nの比重につき,原告が委託した外
部の検査機関の測定結果の1つである3.355を採用した場合のV2
の最大値は81.45vol%,同じく3.358を採用した場合のV2
の最大値は81.56vol%となる。
信用性の検討(イ)
乙36陳述書の計算方法自体については,甲26陳述書と同様,妥当
なものとして是認することができる。
しかし,乙36陳述書で算出された「V2」は,本件カップリング剤
込みの熱伝導性無機フィラーであるところ,前記1で説示したとおり,
構成要件Bの「熱伝導性無機フィラー」は本件カップリング剤を含まな
いと解すべきである。かかる解釈を前提とすると,本件カップリング剤
込みの熱伝導性無機フィラーの体積分率を求めて,これが80vol%を
上回ることを立証しても,構成要件Bの充足性は判断できない。
ところで,乙36陳述書によれば,処理フィラーの体積分率は処理前
のフィラーの1.0273倍になるというのであり,仮にこれを前提に
すると,乙36陳述書の上記計算結果によっても,本件カップリング剤
を除く熱伝導性無機フィラーの体積分率は80vol%を下回る。すなわ
ち,GR−nの比重を3.356とした場合の処理フィラーの最大値8
1.49vol%を前提とすると,本件カップリング剤を除く熱伝導性無
機フィラーの体積分率は79.32vol%(81.49÷1.0273,GR−n)
の比重を3.355とした場合の処理フィラーの最大値81.45vol
%を前提とすると,本件カップリング剤を除く熱伝導性無機フィラーの
体積分率は79.29vol%(81.45÷1.0273,GR−nの比重を3.)
358とした場合の処理フィラーの最大値81.56vol%を前提とす
ると,本件カップリング剤を除く熱伝導性無機フィラーの体積分率は7
9.39vol%(81.56÷1.0273)となり,乙36陳述書の計算を前提と
しても80vol%を下回ることになる。
以上のように,乙36陳述書で算出されたV2の値自体は信用するこ
とができるところ,乙36陳述書で述べられている計算方法により本件
カップリング剤を除く熱伝導性無機フィラーの体積分率を求めると80
,vol%を下回ることになるので,上記構成要件Bの解釈を前提とすると
乙36陳述書はGR−nの構成要件Bの充足性を推認させるものといえ
る。
エ気泡について
被告は,GR−nに1%以上の気泡があると主張するところ,前記ア
(ウ)のとおり,GR−nにどの程度の気泡があるのか必ずしも判然とし
ないところである。この点,原告はGR−nに気泡が存在した場合を想定
して,平成20年3月17日付け原告従業員β作成の陳述書4(甲28:
以下「甲28陳述書」という)を提出するので,これについても検討を。
加えることとする。
甲28陳述書の内容(ア)
「Siポリマー」及び「キャタリスト」の体積分率を「V1(比重」
0.97「処理フィラー(本件カップリング剤を除く)の体積分),」。
率を1から3まで併せて「V2,本件カップリング剤を含む「処理フ」
ィラー」の体積分率を,被告が主張する比例定数(1.0273)を前
提に「1.0273×V2(比重3.898「添加剤−A」の体積」),
分率を「V3(比重2.7「添加剤−B」及び「添加剤−C」の体」),
積分率を併せて「V4(比重5.0,気泡(空気)の体積分率をV」)
5(1気圧・23℃下での空気の比重は0.00119)とする。な。
お,GR−nの比重は3.356とする。そうすると,以下の式を導く
ことができる。
3.356=0.97×V1+3.898×(1.0273×V2)+2.7×V3+5.0×V4+0.00119×V5
各成分の体積分率の和は1であり,V1ないしV5はいずれも0以上
1以下であるから,以下の各式を導くことができる。
V1+V2+V3+V4+V5=1
0≦V1≦1
0≦V2≦1
0≦V3≦1
0≦V4≦1
0≦V5≦1
上記各式を組み合わせると「V3=V4=0」の時にV2が最大値,
となる。そこで,V5(気泡)を0.01(1vol%)と仮定すると,
V2(本件カップリング剤を除く熱伝導性無機フィラー)の最大値は0.
79646(79.65vol%,V5を0.02(2vol%)と仮定す)
ると,V2の最大値は0.79968(79.97vol%,V5を0.)
.03(3vol%)と仮定すると,V2の最大値は0.80290(80
29vol%)となり,気泡が3vol%という数値でなければ,V2は80
vol%を下回る。
甲28陳述書の信用性(イ)
甲28陳述書の計算方法については,甲26陳述書と同様,妥当なも
のとして是認することができる。なお,本件カップリング剤を含む処理
フィラーの体積分率を「1.0273×V2」としたことについて,必
ずしも「1.0273」という比例定数に客観的な裏付けがあるとはい
い難いが,計算のために変数を少なくする必要がある上,気泡について
は被告がその存在を主張したものであるから,被告が主張する比例定数
を前提としても,必ずしも不合理とはいえない。
また,GR−n中の気泡の量について,被告は乙28陳述書から算出
されるGR−nの比重である3.4029(ただし,前記2(1)エに
よれば3.4031)と争いのない事実としてのGR−nの比重であ。
る3.355ないし3.358との差であると主張するところ,この主
張を前提とすれば,気泡の量は1.29vol%∼1.38vol%にとどま
る(甲27の2頁。そうすると,気泡が2vol%を超えることは,被)
告の主張からしても考えられないのであるから,気泡の体積分率が2vo
l%であってもV2が80vol%を超えないということは,気泡に係る被
告の主張を前提としても,GR−n中の「熱伝導性無機フィラー(た」
だし,本件カップリング剤を除く)は80vol%を下回ることになる。。
なお,被告は,気泡(空気)を体積分率に加えること自体が誤りであ
ると主張し,その理由として,重量を量る場合,例えば人間が体重を量
る場合,大きく息を吸おうが大きく息を吐き出そうが体重に相違はない
のであり,空気の重さは考慮に入れてはならないと主張する(被告第1
3準備書面4頁。この主張の趣旨は必ずしも明確ではないが,前記)
(3)ア(イ)のとおり,最終製品としてのGR−nから組成を求める
計算方法は妥当なものであり,GR−nに気泡が混入しているのであれ
ば,これを前提に組成を計算するほかないというべきである。そもそも,
被告は,甲25陳述書については,気泡の存在を考慮していないとして,
その信用性を争い,他方において,甲28陳述書については,気泡を計
算に入れたことを論難しているのであって,その主張は一貫性を欠くも
のといわざるを得ない。
4小括()
上記のように,基本的に信用できる甲26陳述書では,GR−nの熱伝導
性無機フィラー(ただし,本件カップリング剤を除く)が「40vol%∼。
80vol%」の範囲内にあると算出されていること,被告が提出した乙36
陳述書によっても「40vol%∼80vol%」の範囲内にあること,甲28陳
述書によれば,気泡の存在を考慮してもなお「40vol%∼80vol%」の範
囲内にあることからすれば,GR−nの本件カップリング剤を除く熱伝導性
無機フィラーの体積分率は,熱伝導性シリコーンゴム組成物としてのGR−
nに対して40vol%∼80vol%の範囲内にあると認められるから,GR−n
は構成要件Bを充足する。
また,GR−nはシランカップリング剤として「<中略>シラン」を用い
るものであり,これは構成要件Aの「一般式(A)で示されるシランカップ
リング剤」に該当すると認められる(弁論の全趣旨。そして,GR−nはかか)
るシランカップリング剤でカップリング処理した熱伝導性無機フィラーが分散
されているから,構成要件Aを充足する。なお,被告は,GR−nではカップ
リング処理を施していない熱伝導性無機フィラーも使用されているから構成
要件Aを充足しないと主張するが,前記1(5)のとおり,本件明細書上,
未処理の熱伝導性無機フィラーを使用することを禁じるような記載は見受け
られないから,単に未処理のフィラーを使用したということをもって,構成
要件Aの充足性を否定できないというべきである。
このように,GR−nは構成要件A及びBを充足し,構成要件Cを充足す
ることに争いはないから,GR−nは本件特許発明1の技術的範囲に属する。
また,GR−nは構成要件Dの「放熱シート」に当たるから,本件特許発明
2の技術的範囲にも属する。
3争点2(GR−b等は本件各特許発明と均等なものとしてその技術的範囲に
属するか)
前記1(5)のように,GR−b等は構成要件Bを文言上充足しないので,原
告の予備的主張としての均等侵害の成否について検討する。
1最高裁判所平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決()
(民集52巻1号113頁参照)は,特許請求の範囲に記載された構成中に
対象製品等と異なる部分が存する場合に,なお均等なものとして特許発明の
技術的範囲に属すると認められるための要件の1つとして「対象製品等が,
特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたも
のに当たるなどの特段の事情もない」ことを掲げており,この要件が必要な
理由として「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に,
除外したなど,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属し
ないことを承認するか,又は外形的にそのように解されるような行動をとっ
たものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の
法理に照らし許されないからである」と判示している。
そうすると,特許権者において特許発明の技術的範囲に属しないことを承
認したといった主観的な意図が認定されなくても,第三者から見て,外形的
に特許請求の範囲から除外されたと解されるような行動をとった場合には,
第三者の予測可能性を保護する観点から,上記特段の事情があるものと解す
るのが相当である。そこで,かかる解釈を前提に,本件において上記特段の
事情が認められるかどうかについて検討する。
2本件における出願経過については,前記1(3)において認定したとおり()
であり,本件補正をするに当たっての原告の主観的意図はともかく,少なく
とも構成要件Bを加えた本件補正を外形的に見れば,カップリング処理され
た熱伝導性無機フィラーの体積分率を限定したものと解される。したがって,
原告は,熱伝導性無機フィラーの体積分率が「40vol%∼80vol%」の範
囲内にあるもの以外の構成を外形的に特許請求の範囲から除外したと解され
るような行動をとったものであり,上記特段の事情に当たるというべきであ
る。なお,本件拒絶理由通知は,単に組成物に係る発明だからという理由で,
その組成比の記載がない本件出願は,特許法36条6項2号に規定する要件
を充足しないと判断しているところ,この判断の妥当性には疑問の余地がな
いではない。しかし,第三者に拒絶理由の妥当性についての判断のリスクを
負わせることは相当でなく,原告としても,単に熱伝導性無機フィラーの総
量を定める意図だったというのであれば,その意図が明確になるような補正
をすることはできたはずであり,それにもかかわらず,自らの意図とは異な
る解釈をされ得るような(むしろそのように解する方が自然な)特許請求の
範囲に補正したのであるから,これによる不利益は原告において負担すべき
である。
3以上により,GR−b等について「対象製品等が特許発明の特許出願手(),
続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段
の事情もない」ことという要件を充たさないから,これらを本件各特許発明
と均等なものとして,その技術的範囲に属すると認めることはできない。
4争点3(約定実施料及び損害の額)について
上記のように,被告製品のうち,GR−nのみが本件各特許発明の技術的範
囲に属し,その製造販売は本件特許権を侵害するものであるから,以下,GR
−nについて,原告が求める約定実施料及び損害の額を算定することとする。
1GR−nの販売額()
証拠(乙39)及び弁論の全趣旨によれば,平成14年6月1日から平成
15年9月末日までのGR−nの販売額は,別紙「GR−nシリーズ販売実
績(その1」のとおりと認められ,その総販売額は3282万1737円)
となる。
また,証拠(乙39)及び弁論の全趣旨によれば,平成15年10月1日
から平成20年5月末日までのGR−nの販売額は,別紙「GR−nシリー
ズ販売実績(その2」のとおりと認められ,その総販売額は7942万5)
336円となる。
GR−nの販売額について,原告は,業界全体の総売上高,被告製品のシ
ェア及び被告製品中のGR−nの位置づけなどから,平成14年6月1日か
ら平成15年10月1日までのGR−nの売上高は8000万円,平成15
年10月2日から平成20年5月末日までのGR−nの売上高は12億20
00万円をそれぞれ下らないと主張する。
しかし,原告は,本訴において,平成20年10月8日に文書提出命令を
申し立て(当庁平成20年(モ)第1296号,これを受けて,当裁判所)
が平成20年11月7日に文書提出命令(被告の決算報告書及び法人事業概
況説明書,確定申告書控え,総勘定元帳,サーコンGR販売記録並びに売上
伝票を対象とする。ただし,本件と関連のないものについては除く)を発。
令し,被告からこれらの文書の提出があった。その後,原告は同文書を閲覧
したものの,平成20年12月15日の第12回弁論準備手続期日において
「平成20年11月7日付けで決定のあった文書提出命令に基づいて,被告
から提出のあった文書を検討したが,原告からこれを書証として提出する予
定はない」と述べた。以上の経過は当裁判所に顕著である。。
GR−nの販売額等を示す最も直截な書面は,上記文書提出命令において
提出を命じた各文書であるところ,上記のとおり,原告はこれらを閲覧しな
がら,証拠として提出しなかったのであるから,かかる本訴の経過に照らし,
被告の自認する販売額の限度で,GR−nの販売額等を認定するのが相当で
ある。
2約定実施料()
上記(1)のとおり,本件実施契約の存続中である平成14年6月1日か
ら平成15年9月30日までのGR−nの販売額は3282万1737円で
あり,本件実施契約の終了日である同年10月1日の販売額については,被
告が明らかにした同月の販売額を日割りして算出したところ8万9765円
(¥2,782,712÷31×1=¥89,765〔1円未満四捨五入)となる。そこで,こ〕
れらを合算した額(3291万1502円)に約定実施料率3%を乗じた金
額である98万7345円が約定実施料の額となる。
3損害額()
上記(1)のとおり,平成15年10月1日から平成20年5月末日まで
のGR−nの販売額は7942万5336円であるところ,上記(2)のと
おり,平成15年10月1日の販売額(8万9765円)については約定実
施料算定の基礎とすべきであるから,本件実施契約終了後に被告が販売した
GR−nの販売額は7933万5571円(¥79,425,336-¥89,765=¥79,335,
571)と認めるのが相当である。また,原告は特許法102条3項による損
害の額の推定を主張するところ,前記当事者間に争いのない事実等(4)に
おいて認定したとおり,被告は,原告と本件実施契約を締結しながら,平成
14年7月17日,被告製品は本件各特許発明の技術的範囲に属さないとし
て,実施料の支払を拒絶し,同年12月13日には,本件実施契約を解除す
る旨の意思表示をしたものであること,本件実施契約における実施料率が販
売額の3%とされていたことなどに照らすと,販売額の6%に相当する金額
である476万0134円(1円未満四捨五入)をもって「特許発明の実,
施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭」と認めるのが相当である。
以上より,本件実施契約終了後のGR−nの販売に係る原告の損害額は4
76万0134円となる。
4弁護士・弁理士費用()
原告が弁護士を訴訟代理人とし,弁理士を補佐人として本件訴訟を提起し
たことは,当裁判所に顕著な事実であるところ,本件訴訟の内容,訴訟経過,
認容額(ただし,特許法100条に基づく差止め・廃棄請求及び不法行為に
基づく損害賠償請求の認容額に限る)等本件に顕れた諸般の事情を考慮す。
ると,被告の不法行為と相当因果関係を有する弁護士・弁理士費用相当の損
害額は50万円と認めるのが相当である。
5小括()
よって,原告の本件実施契約に基づく約定実施料額は98万7345円,
本件実施契約終了後の特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償の損害額は5
26万0134円となる。
5争点4(相殺の抗弁の成否)について
被告は,本件実施契約期間中に支払った約定実施料について,第1次的主張
ないし第4次的主張までの4つの自働債権を主張するので,以下検討する。
1被告の第1次的主張について()
被告は,本件特許に係る公開公報の特許請求の範囲に記載された発明に特
許権が発生することを前提として本件実施契約を締結したにもかかわらず,
現実には本件補正によって減縮された範囲でしか特許権が発生しなかったこ
とを理由に,本件実施契約における被告の意思表示には動機の錯誤があった
と主張する。
しかし,本件実施契約締結時,すなわち被告の意思表示の時点(平成12
年10月1日)では,未だ本件補正書は提出されておらず(本件補正書の提
出日は平成14年2月4日である,原告が補正を検討していたことを窺。)
わせる事情も認められない(本件補正の契機となった本件拒絶理由通知が発
せられたのは平成13年12月4日である)から,仮に被告が上記のよう。
な意図をもって本件実施契約を締結したとしても,同時点においては,被告
の動機に錯誤があったとは認められない(なお,本件実施契約締結に際して,
本件特許に係る公開公報の特許請求の範囲に記載された発明に特許権が発生
しないことを解除条件としたような事情も認められない。そもそも,特。)
許出願は拒絶されることもあり,また,補正又は訂正されることもあり,特
許請求の範囲に変動を生じ得る点は本件実施契約上織り込み済みというべき
である。
よって,民法95条に基づく本件実施契約の無効を前提とする被告の第1
次的主張は失当であり,同主張に基づく不当利得返還請求権は認められない。
2被告の第2次的主張及び第3次的主張について()
ア本件実施契約書(甲4)には,以下の定めがあることが認められる。
「許諾特許」とは,原告所有の下記の特許出願及びこれに係る特許権(ア)
並びにその分割又は変更に係る新たな出願に基づく権利をいう(第2。
条(1))
特開平11−209618号(発明の名称:熱伝導性シリコーンゴム
組成物及び該組成物よりなる放熱シート)
「許諾製品」とは,許諾特許の技術的範囲に属する熱伝導性シリコー(イ)
ンゴム組成物よりなる放熱シートをいう(第2条(2)。)
本件実施契約に基づいて被告から原告になされたあらゆる支払は,許(ウ)
諾特許の無効,本件実施契約の解約その他いかなる理由によっても被告
に返還されないものとする(第4条2:以下「不返還条項」とい。
う)。
イ上記本件実施契約の第2条(1)には,契約締結時点における「許諾特
許」として公開公報(特開平11−209618号)が掲げられており,
これと並んで「これに係る特許権」と記載されていることからすれば,特
許権発生前の「許諾特許」とは,同公開公報の特許請求の範囲に記載され
た発明を指すものであり,特許権発生後の「許諾特許」とは,発生した特
許権に係る特許請求の範囲による特許を指すものと解するのが相当である。
被告は,特許請求の範囲が減縮された場合には,信義則上,契約締結の
日に遡って許諾の範囲も減縮されると主張する(第2次的主張。しかし,)
本件実施契約締結時点では本件特許は未だ出願段階であったから,補正に
より特許請求の範囲が減縮されることがあり得ることは当然に想定できた
はずであるのに,本件実施契約書上,特許請求の範囲が補正により減縮さ
れた場合について何らの定めもされていない。
また,未だ出願段階であるが故に特許出願が拒絶されたり,補正により
特許請求の範囲が減縮されることもあり得ることを前提として,実施料率
が特許権発生後に比して低率(1%)に抑えられていると解され,これと
の均衡においても,特許出願が拒絶された場合や特許請求の範囲が減縮さ
れた場合のリスクは被許諾者において負担すべきである。したがって,補
正により特許請求の範囲が減縮されたからといって,信義則上,本件実施
契約締結の日に遡って減縮の効果が生じると解することはできない。
ウ被告は,特許請求の範囲を減縮する本件補正を出願の一部取下げと同視
し,少なくとも本件補正書の提出日の翌日である平成14年2月5日以降
は,被告の本件実施契約に基づく実施料支払義務は,補正に対応して減縮
するとも主張する(第3次的主張。しかしながら,補正によって確定的)
に減縮の効果が生じるわけではなく,その後の補正によっても変動し得る
ものであるから,補正を出願の一部取下げと同視することはできず,本件
補正書の提出日に遡って減縮の効果が生じると解することはできない。
なお,被告は,特許法29条1項及び2項の判断は「特許出願前」で行
っており,補正の効果も出願時に遡ることから,本件実施契約においても
減縮の効果が遡ると主張する(第17準備書面2頁。しかし,本件実施)
契約において減縮の効果が遡るか否かは契約解釈の問題であって,特許法
の解釈とは異なり得るし,実質的に見ても,特許法29条1項及び2項に
おける新規性,進歩性の判断基準時たる「出願時」の解釈と,本件実施契
約における減縮の遡及効の問題とは全くの別問題であるから,同列に論じ
ることはできない。また,被告は,最高裁判所平成4年(オ)第364号
同5年10月19日第三小法廷判決を引用するが,同判例は減縮の遡及効
について判断したものではないから,本件に適切でない。
エ上記に対し,本件実施契約上,特許権発生後における「許諾特許」とは,
同特許権に係る特許請求の範囲と解すべきであるから,本件補正による特
許請求の範囲の減縮により,GR−b等は「許諾特許」の技術的範囲に属
さず「許諾製品」に当たらないことになる。よって,GR−b等につい,
ては,特許権発生後,すなわち特許権の設定登録日以後,実施料を支払う
義務はなかったというべきである。
しかしながら,本件実施契約では,原告がいったん受領した実施料は,
許諾特許の無効,本件実施契約の解約その他いかなる理由によっても被告
に返還されないと定められており(不返還条項,その文言上,契約締結)
後に生じたあらゆる事由がこれに含まれることになるから,本件における
特許請求の範囲の減縮も,文言上「その他いかなる理由」に含まれること
になる。この点,被告は本件において不返還条項は適用すべきではない旨
主張する。しかし,本件では特許請求の範囲が減縮された上で特許権が発
生したのであるから,減縮後の技術的範囲に属する場合には実施料の受領
が認められることになるし,本件実施契約上,被告が原告に対して実施品
の態様を開示する義務は定められておらず,基本的に被告の責任において
当該実施品が「許諾製品」に該当するかを判断することが前提とされてい
るのであるから,特許権が発生している以上,被告の支払う実施料を受領
することは,むしろ通常のことといえる。そうすると,本件において原告
が特許権発生後も被告の支払う実施料を受領したことが信義則に照らして
容認できないとはいえず,不返還条項の適用を否定すべき事情は見当たら
ない。
オ以上より,本件実施契約締結後,特許権発生日までの間については,G
R−b等も「許諾特許」の技術的範囲に含まれ「許諾製品」に該当する,
から,その実施料の受領が法律上の原因を欠くとはいえない。
また,特許権発生日後については,GR−b等は「許諾特許」の技術的
範囲に含まれず「許諾製品」には該当しないが,GR−b等について原,
告が受領した実施料は不返還条項に基づき返還する必要はないから,その
実施料の受領に法律上の原因がないとはいえない。
よって,被告の第2次的主張及び第3次的主張に係る不当利得返還請求
権は,いずれも認められない。
3被告の第4次的主張について()
原告は,信義則上,本件補正を通知する義務を負っていたと主張するとこ
ろ,上記(2)イ・ウのとおり,出願段階では補正が認められて特許される
ものかどうかが未だ確定しておらず,原告が本件補正書を提出したというだ
けでは直ちに本件実施契約上の権利義務に影響を及ぼすものではないと解す
べきであるから,そもそも補正の事実を通知する実益に乏しく,信義則上,
かかる義務を認めることはできない。
他方で,補正によって特許請求の範囲が減縮された上で特許査定され,特
許権が発生した場合には,本件実施契約上の権利義務にも影響を及ぼすこと
になるから,減縮の事実を被許諾者に通知する実益があることは否定できな
い。また,本件実施契約では,まず,被告において自己の販売する製品が
「許諾製品」に該当するかどうかを判断すべきであるから,その判断に当た
って特許請求の範囲が減縮されたことは重要な情報といえる。したがって,
少なくとも,被告から本件出願の経過等について問合せがされた場合には,
原告はこれに誠実に応答すべき信義則上の義務があったというべきである。
しかし,さらに進んで,特許請求の範囲が減縮されたことについて,被告
からの問合せの有無にかかわらず原告から積極的にこれを通知すべき義務が
あったか否かについては,これを容易に肯定することはできない。なぜなら,
本件実施契約書においてかかる通知義務の存在を窺わせる条項は全く見当た
らず,同契約書外においても通知義務を認める旨の合意の存在を推認させる
具体的事情は何ら認められないのであるから,本件において通知義務を認め
るということは,実施許諾契約一般において,これについての明示又は黙示
の合意の有無にかかわらず,許諾者たる特許権者に信義則上の通知義務を負
わせることになりかねないからである。
もともと,出願段階で許諾を受けようとする者にとって,契約締結後の補
正により特許成立段階で特許請求の範囲が減縮されることは,当然に想定で
きる事柄であり,減縮があった場合に許諾者から通知して欲しいというので
あれば,契約交渉段階でその旨の同意を取り付けて契約書に明記しておくべ
きといえる(かかる交渉を経ずに許諾者一般にかかる義務を負わせることは,
むしろ許諾者に予期しない不利益を被らせるおそれがある。また,被許。)
諾者は,許諾者に特許請求の範囲を問い合わせたり(少なくとも許諾者には
問合せに応答すべき義務がある,特許公報等を参照するなどして,特許。)
請求の範囲がどのようになったか調査することができるのである。
上記のような事情を併せ考慮すれば,許諾者たる特許権者一般に,信義則
上,特許請求の範囲が減縮された場合の通知義務を認めることはできないと
いうべきであり,本件においても,原告に,信義則上かかる通知義務があっ
たと認めるに足りる事情はない(なお,上記は特許請求の範囲が減縮された
場合を前提としており,拒絶査定不服審判における不成立審決が確定した場
合や,特許無効審判における無効審決が確定したような場合における通知義
務については別途考慮を要するところである。。)
したがって,原告には通知義務違反の債務不履行が認められず,これに基
づく損害賠償請求権も認められない。
4小括()
以上より,被告が自働債権として主張する債権はいずれも認めることがで
きないから,被告の相殺の抗弁は理由がない。
第5結論
,原告の本件請求は,特許法100条に基づくGR−nの製以上によれば
造販売の差止め及び廃棄,本件実施契約に基づく約定実施料98万7345
円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな平成1
8年11月9日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害
金の支払及び特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償(弁護士・弁理士費用
相当の損害を含む)として526万0134円及びこれに対する不法行為の
後の日(訴状送達の日の翌日)である平成18年11月9日から支払済みま
で民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある
,からこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとし,なお
GR−nの廃棄請求を認容した部分については,相当でないから仮執行宣言
主文のとおり判決する。を付さないこととして,
大阪地方裁判所第21民事部
田中俊次裁判長裁判官
理香裁判官西
北岡裕章裁判官
別紙
物件目録
「サーコンGRシリーズ」に属し,以下の製品名を有する放熱シート
GR−b,GR−Hb,GR−Fb,GR−HFb
GR−d,GR−Hd,GR−Fd,GR−HFd,GR−Td
GR−i,GR−Hi,GR−Fi,GR−HFi
GR−k,GR−Hk,GR−Fk,GR−HFk
GR−l,GR−Hl,GR−Fl,GR−HFl
GR−m,GR−Hm,GR−Fm,GR−HFm
GR−n,GR−Hn,GR−Fn,GR−HFn
以上

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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
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採用担当宛