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裁判例


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平成21年(わ)第1869号
主文
被告人両名をそれぞれ懲役3年に処する。
被告人両名に対し,この裁判が確定した日から5年間,それぞれその刑の
執行を猶予する。
被告人両名から,押収してある電気コード1本(平成22年押第16号の
1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人両名は,平成21年7月20日,千葉県a市bc丁目d番e号所在の被告
人A方において,被告人両名の長男であり精神疾患にり患していたC(当時35歳)
が,被告人Aに対し,その頭部を殴り,その背中をける等の暴力をふるい,被告人
Bがとっさに包丁を示してその暴力を制止しようとしたのに対し,「やれるもんな
らやってみろ。」と言って同人に殴りかかるなどし,被告人Aが背後から首をバン
ダナで絞めてその暴力を制止しようとしたのに対し,同バンダナを外そうとするな
どしたことから,身の危険を感じるとともに,上記Cの精神疾患は治らず,今後も
同人の暴力はなくならないだろうと将来を悲観して,同人を殺害するしかないと考
え,ここに被告人両名は共謀の上,同日午後9時30分ころ,被告人両名の生命,
身体を防衛するため,上記Cに対し,防衛に必要な程度を超え,殺意をもって,そ
の頸部に電気コード(平成22年押第16号の1)を巻き付けて強く絞め付け,よ
って,そのころ,同所において,同人を頸部圧迫により窒息死させて殺害した。
(争点に対する判断)
第1争点
弁護人は,被告人B(以下「父」という。)及び被告人A(以下「母」という。)
が,C(以下「息子」という。)の首を電気コードで絞めて殺害した行為(以下「本
件殺害行為」という。)は過剰防衛に当たる旨主張し,被告人両名もこれに沿う供
述をしているところ,検察官は本件殺害行為は過剰防衛に当たらない旨主張する。
裁判官及び裁判員は,本件殺害行為について,過剰防衛行為に当たると判断した
ので,以下その理由について説明する。
第2証拠によると,以下の事実が間違いなく認められる。
1(1)父及び母は,夫婦であり,息子は,父及び母の長男である。
事件当時,父は67歳で,身長165センチメートル,体重50キログラ
ムで,糖尿病にかかっていた。母は61歳で,身長155センチメートル,
体重48キログラムであり,左足の指に坐骨神経痛があった。
息子は,事件当時,35歳で,身長180センチメートル,体重84キロ
グラムであった。
(2)息子は,平成12年ころから精神疾患を発症し,事件当時まで,精神
科に入通院して治療を受けていた。息子の精神疾患は,心臓が2つあるとい
う体感幻覚を起こして胸が苦しくなるなどといった症状を起こすものであ
り,息子は症状が起きると精神的に不安定になり,父や母などに自分の気が
済むまで暴力をふるい,父や母が素手で反撃すると逆上し,さらに暴力をふ
るっていた。
父及び母,息子は,平成15年ころまで千葉県内にある本件犯行場所(以
下「自宅」という。)で同居していたが,同年,息子の暴力から逃げるため
に父は東京都内にマンションを購入し,平日は上記マンションから通勤し,
週末に自宅へ戻るという生活をするようになった。母は,自宅で息子と同居
していたが,息子の暴力がひどくなると自宅を出て上記マンションに逃げ,
息子の精神状態が落ち着いたころに自宅に戻るということを繰り返してい
た。
なお,母は,平成21年6月23日ころ,息子に殺してくれと頼まれたこ
とから,座っている息子の後方からバンダナ(平成22年押第16号の2。
一辺が約57センチメートルの正方形で,布製のもの。以下単に「バンダナ」
という。)で息子の首を絞めたところ,息子が正気に戻ったことがあった。
2(1)平成21年7月20日の夕方ころ,自宅において,息子は,母に対し,
体調が悪いので救急車を呼ぶよう頼んだが,母は救急車を呼ばなかった。そ
こで息子は自ら救急車を呼んだが,救急車が到着する前に,これをキャンセ
ルした。母が救急車をキャンセルした理由を聞くと,息子は,「お前を殴る
ためだ。」と言って母の左耳付近をこぶしで1回殴った。
(2)同日の夕食中,息子は,自宅に酒がないことに機嫌を損ね,夕食後に
は,胸が苦しいと訴えた。母が,睡眠薬を飲んで寝るよう勧めると,息子は,
「おれを眠らせといて朝になったらいないんだろう。」などと言って,台所
の流し台付近で,母に対し,頭部をこぶしで1回殴り,背中に回しげりをし,
口付近をこぶしで1回殴り,首を手で絞めた。
母は,息子の手を振りほどいて息子の背後に回り込み,息子の首を右腕で
絞めようとしたが,すぐに右腕をほどかれてしまったため,台所と連結して
いるリビングにバンダナを取りに行き,台所とリビングの境界付近で,バン
ダナを三角に2つ折りにして背後から息子の首に巻き付け,首の後ろでバン
ダナの両端を交差させ,絞め付けようとした。息子はバンダナと首の間に両
手の指先を入れ,バンダナを外そうとした。
このころ,台所で息子の前方にいた父は,息子が母を殴るなどしたのを見
て,とっさに菜切り包丁(同押号の4。以下単に「菜切り包丁」という。)
をつかみ,「やめろ。」と言って息子に突きつけた。しかし,息子は無言で
父に歩み寄り,右のこぶしを振り上げて父に殴りかかろうとしたため,父は
菜切り包丁を息子の腹付近に突き出したが,ほとんど刺さらず,刃の部分が
根元から折れて床に落ちた。そこで父は,出刃包丁(同押号の3。以下単に
「出刃包丁」という。)を出し,「やめろ。やめないと刺すぞ。」と言って
出刃包丁を息子に示したが,息子は,「やれるもんならやってみろ。」と言
って右手を振り上げ,殴るような形で父に近寄ってきた。そこで父は,出刃
包丁を息子の腹付近に突き出したが,菜切り包丁と同様にほとんど息子には
刺さらず,刃の部分が根元から折れてしまった。そこで父は,息子に殴られ
ると思い,両手で頭を抱えるようにしてその場にしゃがみこんだが,殴られ
なかったので息子を見ると,母が息子の背後から首の部分をスカーフのよう
なもの(バンダナをさす。)で押さえていた。
母は,息子の首を背後からバンダナで絞めながら,後方にあったリビング
のソファ(2人掛けのもの。以下,単に「ソファ」という。)方向へと引っ
張り,息子はよろけるように後ろに下がっていった。そこで父は,息子の右
足にしがみ付き,頭で息子の腹を押すようにして母に加勢し,息子は,ソフ
ァに座るような状態で倒れ込んだ。そして,母は,ソファの背もたれの後ろ
から,体重をかけて息子の首をバンダナで絞めた。
(3)息子がソファに倒れ込んですぐ,父は,廊下から,パソコン用電気コ
ード(同押号の1。全長216センチメートル,幅0.7センチメートルの
もの。以下単に「コード」という。)を持ち出し,結び目を作って輪のよう
にし,「C君これしかないよ。」と言って,息子の頭の上からコードの輪の
部分を首に通して巻き付け,一人で息子の首を絞めようとした。しかし,う
まく絞まらなかったため,父は,「そっちを持って。」と言ってコードの片
端を母に渡し,母は,バンダナから手を放してコードを受け取った。そして,
父と母は,同日午後9時30分ころ,母がソファの左側に立ち,父がソファ
の背もたれの後方に正座するような体勢で,コードの両端をそれぞれ強く引
っ張り,約30分間にわたって息子の首を絞め付け,息子を頸部圧迫により
窒息死させた。
3息子は,母に背後からバンダナで首を絞められ,ソファ方面に引っ張られて
以降,本件殺害行為に至るまで,両手の指先を首とバンダナの間に入れて両腕
を動かし,バンダナを外そうとしていたが,言葉を発することはなく,父や母
に暴力をふるうこともなかった。
また,母が息子をソファ方面まで引っ張り始めた際の息子の位置から,ソフ
ァまでの距離はおよそ2メートル程度であり,父が息子に出刃包丁を突き出し
てから息子がソファに座るまでの時間が10秒程度であり,出刃包丁を突き出
してから息子の首をコードで絞め始めるまでの時間は17秒程度であった。
なお,父が菜切り包丁及び出刃包丁を息子の腹に突き出したことにより,息
子は,腹部に2か所,小さく皮がはがれたような傷を負った。
第3過剰防衛の成否について
本件殺害行為が過剰防衛行為に当たるといえるためには,本件殺害行為が始まっ
た時点,すなわち,父が息子の首にコードを巻き付けた時点(以下「殺害行為開始
時点」という。)において,①息子の攻撃が差し迫っていたことと,②本件殺害行
為が,父や母の身を守るための行為であったことが必要である。
そこで,これらについて順に検討する。
1①息子の攻撃が差し迫っていたか
(1)ア息子は,父に包丁を2回突き立てられたことで前記の傷を負ったが,
その傷は2か所ともきわめて軽いものである。さらに,2か所の傷の軽さ
は同程度であるが,息子は1回目に菜切り包丁を腹部に突き立てられた後
も,「やれるもんならやってみろ。」と言って父に殴りかかるなどしてお
り,ひるんだ様子を見せていない。これらの事情からすると,包丁で腹部
に傷を負ったことによって息子の攻撃力が減ったとは考えられない。
イまた,母が息子の首をバンダナで絞めた点をみても,バンダナがそれほ
ど大きなものではなく,布製で,三角に折って用いられていること,息子
が首とバンダナの間に両手の指先を入れてバンダナを外そうとしていた
こと,息子の首の部分にはバンダナで絞められたような跡が残っていない
こと,母と息子の身長差や体力差からすれば,息子がソファに座るまでの
間はもとより,息子がソファに座った後も,息子の首はそれほど強く絞め
られていなかったと考えられる。
検察官は,バンダナで首を絞められたことにより,息子は意識を失いか
けていたと主張するが,上記のようにバンダナでは首を強く絞められない
状況だったにもかかわらず息子が意識を失いかけるとは考えられないし,
バンダナを外そうとした息子の行動は息子に意識があったことの表れと
もいえるから,検察官の主張は認められない。
ウ以上からすれば,殺害行為開始時点において,息子の攻撃力が下がって
いたことはないといえる。
そして,バンダナが布製で,上記のようにそれほど強く首を絞めること
ができない形状であることからすると,息子は,殺害行為開始時点におい
て,バンダナを外して父や母に再び攻撃するだけの力を持っていたという
ことができる。
(2)検察官は,ソファの方向に引っ張られて以降,息子がバンダナを外そ
うとするほかに父や母に攻撃的な言動をしていないことを指摘する。確か
に,このように息子が攻撃的な言動をしていないことは,息子が,殺害行為
開始時点において,父や母を攻撃する意思を失っていたことを一応うかがわ
せる事情である。
しかし,父が息子に出刃包丁を向けた際の息子の言動からすると,その時
点では息子は攻撃意思を失っていなかったということができ,その時点から
殺害行為開始時点までは,およそ十数秒しか経っていない。また,事件以前
の息子の暴力は,息子自身の気が済むまで父や母に暴力をふるうというもの
であり,父や母が反撃をすれば,その反撃以上の暴力をふるっていたという
のであって,上記のとおり,殺害行為開始時点において,息子はバンダナを
外して父や母に攻撃するだけの力も持っている。
そうすると,殺害行為開始時点直前に,息子がバンダナを外そうとする以
外に攻撃的な言動をしていないからといって,殺害行為開始時点に息子が父
や母に攻撃する意思を失っていたことが常識的に考えて間違いないという
ことはできない。
また,検察官は,事件以前に母にバンダナで首を絞められた息子が正気に
戻ったことがあるので,殺害行為開始の時点でも息子は正気に戻り,攻撃意
思を失っていたはずである旨指摘するが,今回バンダナで首を絞められたこ
とによって息子が正気に戻るとは言い切れない。
(3)以上からすれば,殺害行為開始時点において,息子はバンダナを外し
て父や母に攻撃するだけの力を持っており,かつ,息子が父や母に攻撃する
意思を失っていたともいえないのであるから,息子がバンダナを外して父や
母に再び攻撃する可能性はあったということができる。
すなわち,息子の攻撃が既に終わっていたという検察官の主張を認めるこ
とはできず,殺害行為開始時点において,息子の父や母に対する攻撃は差し
迫っていたというべきである。
2②身を守るための行為といえるか
(1)殺害行為開始時点において,息子がバンダナを外して父や母に再び攻
撃する可能性があったことは前記のとおりである。
事件以前の息子の父母に対する暴力は,検察官の主張するとおり,父母に
生命の危険をもたらすほどのものではなかったといえる。しかし,事件当時,
父は包丁を息子の腹部に2回突き出し,母はバンダナで息子の首を絞めるな
どして反撃しているところ,事件以前の父母の息子に対する反撃は素手によ
るものであって,事件当時のように道具を用いたものではなく,事件以前に
母が息子の意に反してバンダナで息子の首を絞めたこともないこと,事件以
前に息子が父母から反撃された際には,父母の反撃以上の暴力をふるってい
たことからすれば,事件当時,息子がバンダナを外して父や母を再び攻撃し
た場合に,息子が父や母に対し,事件以前より強度の攻撃を加えていた可能
性は否定できない。このことに,息子と父母の体格差や体力差も併せ考える
と,息子が再び攻撃してきた場合,父や母が殺される危険が全くなかったと
断言することはできない。
そして,本件殺害行為の直前に,父が息子に包丁を示すなどし,母がバン
ダナで息子の首を絞めるなどした行為が,息子の暴力から父母の身を守るた
めにされたものであることは明らかであり,この点は検察官も争っていない
が,前記のとおり,自宅台所での反撃からソファにおける本件殺害行為まで
の間隔は,距離にして2メートルほど,時間にしてわずか十数秒であり,上
記のとおり,殺害行為開始時点において息子の攻撃が差し迫っていて,父や
母が殺される危険が全くなかったとまではいえない状況だったことからす
ると,弁護人の主張するとおり,本件殺害行為は,直前の反撃行為と同じく,
息子の攻撃から父母の身を守るためにされたものと考えるのが自然である。
(2)ア一方,父は,殺害行為開始時点において,「C君これしかないよ。」
と発言しているところ,父母は,捜査段階に検察官に対して,事件以前か
ら息子の暴力に耐えられず,息子の将来を悲観して,息子を殺す以外道は
ないという気持ちを持っており,父が母に対して,自分が息子を殺したら
どう思うかという趣旨の問いかけをしたことがあったなどと供述し,本件
殺害行為の際には,その場の息子の暴力から身を守るという気持ちの他
に,上記のような息子の暴力に耐えられないという気持ちや息子の将来へ
の悲観もあって息子を殺すしかないと決意し,本件殺害行為に及んだと供
述している。ただし,公判では,父母は事件当時の心境や事件以前の心情
について,捜査段階の供述とは異なる供述をしている。
イ父母の捜査段階における供述は,公判における供述に比べて自分や配偶
者が不利になることが含まれており,母が手帳に記載していた内容とも合
致している。そして,事件以前の息子の暴力の状況に照らせば,父母が息
子に対し,殺そうという気持ちが一切浮かばないはずがないと考えられる
ところ,父母の検察官に対する供述調書の内容は,父母の心情が具体的か
つ自然に述べられている。そして,本件殺害行為当時の,「C君これしか
ないよ。」という父の発言は,父がその場の息子の暴力から身を守るとい
う気持ちだけではなく,将来への悲観など,検察官に述べたような感情を
持っていたことの表れであるといえるし,母もそのような父の言葉を聞き
ながら父を止めることなく本件殺害行為に及んでいるのであるから,本件
殺害行為当時,母も父と同じく,身を守るという気持ち以外に将来への悲
観などといった感情があったとみるのが自然である。
ウそうすると,父母の捜査段階の供述は,公判における供述よりも信用で
き,殺害行為開始時点において,父母は,当時の息子の攻撃から身を守る
という気持ちだけではなく,将来への悲観など,当時の息子の攻撃から身
を守ることとは関係のない感情から息子を殺害しようという気持ちも併
せ持った上で,わざと息子を殺害したということができる。
(3)しかしながら,身を守るという気持ち以外に,積極的に相手を攻撃す
る気持ちがあったとしても,それだけで身を守るための行為ではなくなるわ
けではなく,身を守るために殺したといえる限りは,その殺害行為は,身を
守るために反撃しようとしてやりすぎてしまった過剰防衛行為というべき
である。
本件では,上記のとおり,殺害行為開始時点において,息子の攻撃は差し
迫っており,父母に生命の危険が全くなかったとまではいえない状況にあ
る。このことからすると,父母が息子を殺害した行為は,息子の攻撃から身
を守るのに必要な反撃の程度を超えるやり過ぎた行為であるということは
できるものの,単なる加害行為と同視できるほどにやり過ぎた行為であると
いうことはできない。加えて,本件殺害行為が,息子の攻撃から身を守るた
めにされた反撃行為からわずか十数秒の間に引き続いてされていることか
らすると,殺害行為開始時点において,父母から身を守ろうという気持ちが
消えてしまい,将来への悲観などから,息子の攻撃から身を守ることと無関
係に息子をわざと殺そうという気持ちに変わってしまったに違いないと決
めつけることはできない。
また,父母は30分間にわたって息子の首をコードで強く絞め付けて殺害
しているが,単に息子を殺害することだけが目的であれば,これほどの長時
間息子の首を絞め付ける必要はない。このように父母が異常に長い時間息子
の首を絞めているのは,父母に息子からの反撃を恐れ,身を守ろうという気
持ちがあったことの表れとみることができ,父母もこれに沿う供述をしてい
る。
以上からすれば,本件殺害行為について,身を守るための行為でなかった
ことが常識的に考えて間違いないとまで言うことはできない。そうすると,
疑わしきは被告人の利益にという刑事裁判のルールに従い,本件殺害行為
は,身を守るための行為であったというべきである。
第3結論
以上のとおり,本件殺害行為は,息子の攻撃から身を守るためにやりすぎた反撃
行為というべきであり,過剰防衛に当たる。
(法令の適用)
被告人両名の判示所為は刑法60条,199条に該当するところ,所定刑中有期
懲役刑を選択し,判示の罪は過剰防衛行為であるから同法36条2項前段,68条
3号を適用して法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人両名をそれぞれ懲役3年
に処し,情状により同法25条1項を適用して,被告人両名に対し,この裁判が確
定した日から5年間,それぞれその刑の執行を猶予し,押収してある電気コード1
本(平成22年押第16号の1)は,判示殺人の用に供した物で犯人以外の者に属
しないから,同法19条1項2号,2項本文を適用して被告人両名からこれを没収
することとする。
(量刑の理由)
本件は,夫婦である被告人両名が,息子の暴力から身を守るために,防衛に必要
な程度を超え,息子の首を電気コードで強く絞め付けて殺害したという事案である。
被告人両名は,30分間にもわたる長時間,2人がかりで,息子の首に巻いた電
気コードの両端を強く引っ張って息子を窒息死させており,息子を確実に殺すこと
を意図した執ような犯行である。本件は,息子の暴力を発端としてなされた過剰防
衛行為ではあるものの,被告人両名は,本件犯行当時,身を守るということのほか
に,息子の精神疾患は治らないなどといった将来への悲観から息子を殺害しようと
する気持ちも併せ持って,息子の殺害を決意している。そして,顔色が変わり,口
から血が流れ出すなど,息子が苦しみながら死んでいく様子を被告人Aが見つめて
いたにもかかわらず,被告人両名は,息子が動かなくなるまで電気コードを絞める
手を緩めることなく,殺害の目的を遂げている。上記のような理由があったとして
も,人の尊い生命を奪うということは到底許されるものではなく,上記のような本
件犯行自体の執ようさ,残酷さからすれば,本件犯行は,身を守るために必要な限
度を超えたものというべきであって,強い非難に値する。
息子は,35歳といまだ若く,本件犯行のころには自ら入院を希望するなど,精
神疾患を治したいという希望を持ちながら懸命に生きていたにもかかわらず,その
未来を閉ざされてしまったものであり,絶命するまでの数分間に息子が感じた肉体
的苦痛の大きさや,生命を奪われてしまったという無念は,察するに余りある。
以上のような,本件犯行が,確実に息子を殺そうという強い意思に基づいた執よ
うで残酷な犯行であること,息子の尊い生命が奪われたという結果の重大性からす
れば,被告人両名の刑事責任は重いというべきである。そして,同種の事件を防止
すべきであるという検察官の指摘ももっともであるから,被告人両名に対しては,
実刑に処した上,刑務所で服役させてその罪を償わせ,社会に対するけじめをつけ
させることが妥当であるようにも思われる。
しかしながら,本件に至った経緯についてみると,被告人両名は,約10年もの
長きにわたり,精神疾患を有する息子の度重なる暴力に耐え忍んできたものである。
息子の暴力は精神疾患によるものであって,もとより息子の落ち度というべきでは
ないが,若くて体格にも恵まれ,体力もある息子が,突発的に精神疾患の症状を発
して見境なく暴力をふるうことに対し,被告人両名は,いずれも小柄で息子に比し
て体力が劣り,体調も万全ではないにもかかわらず,これまで大きな反撃をするこ
ともできずに耐えてきたのであって,被告人両名が長年にわたって経験してきた苦
しみは計り知れない。検察官は,息子の暴力について親族に相談し,息子を強制入
院させ,あるいは警察に息子を逮捕させるなど,息子を殺害する以外に被告人両名
の取ることができた手段はあったと主張しているところ,確かに客観的に見れば,
被告人両名には他に取ることのできる手段はあったといえる。しかし,現実に被告
人両名の立場に置かれたとして,何よりも最愛の息子が精神疾患に苦しんでいる状
況で,親である被告人両名が,息子を警察に逮捕させるなどといった強制的な手段
を取ることができるのかは疑わしい。また,ひとたび精神疾患を発症すれば息子の
暴力は見境がなくなることを考慮すると,親族に危害が及ぶことをおそれて親族の
助けを得ようとしなかった被告人両名を責めることはいささか酷であるというべき
である。かえって,被告人両名は警察や福祉機関,息子の主治医らに息子の家庭内
暴力を相談していたほか,息子の精神疾患の治療に向けて尽力していたものと認め
られるのであって,被告人両名の置かれた立場からすると,息子による家庭内暴力
を解決するのに相当な努力を払っていたことは否定できない。被告人両名が経験し
てきた苦しみは,まさに被告人両名にしか理解できない壮絶なものというべきであ
って,被告人両名が,息子の暴力を発端として,身を守るという気持ちのほかに将
来への悲観もあって息子の殺害を決意したことには,同情すべき点が大きいという
べきである。
そして,上記のとおり本件に至った経緯について同情すべき点が多々あることに
加え,本件が過剰防衛行為であり,息子の暴力がなければ起こりえなかった突発的
犯行であったといえること,被告人両名が自首しており,本件を深く反省して後悔
していること,被害者の姉と弟に当たる被告人両名の2人の子が出廷して被告人両
名を許す旨述べており,被告人両名の親族から寛大な処分を望む旨の嘆願書が提出
されていること,被告人両名に前科前歴がなく,これまで犯罪とは無縁の生活を送
ってきたと認められること,裁判のためにこれまで相当期間身柄を拘束されている
ことなど,被告人両名のために酌むべき事情もある。
以上からすると,上記のような執ようかつ残酷な手段で息子の生命を奪ったとい
う被告人両名の行為は到底許されるものではないというべきであるが,被告人両名
が長年にわたって息子の暴力に耐えてきたのも,息子に対する愛情ゆえであったと
考えられることからすれば,そのように愛する息子の生命を自ら奪ってしまったと
いう被告人両名の罪の重さは,被告人両名が最も痛感し,一生涯にわたって深く悔
いていくことになろうと思われる。そうすると,被告人両名に対して,刑務所で服
役してその罪を償わせるのが相当であると断じることはできない。被告人両名には,
社会内において,これまで被告人両名を十分に支えることができなかった親族の支
えを受けつつ,夫婦で共に自らの犯した罪と向き合い,自らの行為でその未来を奪
ってしまった息子のめい福を祈り,反省悔悟の日々を送ることによってその刑事責
任を果たすことが,真に意味のある償いになるというべきである。
ただし,息子の生命が奪われたという本件の結果がまことに重大であって,本件
が被告人両名を実刑に処すことも十分に検討すべき事案であることからすれば,弁
護人の主張する懲役2年6月,執行猶予5年という刑は軽い。そこで,被告人両名
に言い渡す刑は,執行猶予を付する刑の中でも最も重い,懲役3年,執行猶予5年
とすべきである。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑被告人両名につき懲役7年,電気コードの没収)
平成22年5月26日
千葉地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官水野智幸
裁判官西川篤志
裁判官西澤恵理

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